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今日は朝から調子が悪い。頭痛・肩こり・腰痛・無気力。私は自律神経失調症。抗ウツ剤、鎮痛剤、抗不安剤を飲んでやっとパソコンに向かう気力が出てきた。こんなときでも康平は元気いっぱい。そして私に気遣ってひとりで遊んでいる。遊びの跡はものすごいが・・・。キッチンのシンクには、ままごと道具のお皿がいっぱい。どうやら洗おうとしたらしい。「ママ腰痛い?」優しい子だ。そして家事は夫がやってくれている。料理上手なだんな様に感謝。今日は夫の退職日。病気休業中の退職なので、花束の一つもないさびしい退職だ。せめてものねぎらいの気持ちで、小さな花束を、「五年間ご苦労様」と夫に渡したら、喜んでくれた。「おまえからの花束が何よりだ」と。私の自律神経失調症の原因は、ストレスが主なものだ。夫の病気、夫の実家との関係。それがさまざまな身体症状となって出てくる。早く治りたい。その第一歩として、四月からはいろいろなことに挑戦してみよう.康平と一緒に外に飛び出してみよう。康平が生まれてから、夫の看病と育児で余裕がなかったけれど、思いっきり康平と向き合ってみよう。こんな蜜月はもうないのだから。
2002年03月31日
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康平と夫がゴムボールとバットで遊んでいる。なかなかボールをパパに投げ返すのがうまくなってきた。「康平と外でキャッチボール出来る日も、そう遠くないね」と声をかけたらうれしそうに夫は笑った。夫は小さいころ父親とそういう遊びをした記憶がないと言う。父は今も健在だが、なかなか心がうまく通じ合わない。義母や私にそのとばっちりが来る。同居していないのがせめてもの救いだが、この先義父の会社に入って大丈夫なのだろうか。義父の言葉は時として人に対して凶器になる。夫は四年前その凶器によって自分の人としての自信を失い、心の病気になった。そして四年間戦って出た結果が、今の自分の職を辞し、義父の会社を継ぐという決断だった。そのことで幾度夫婦喧嘩をしたかわからない。私自身も義父という人間、家を受け入れることが出来ない。そのことで夫は板ばさみにもなっていたと思う。暴力をふるわれたこともある。仕事を休職したり、復帰したりしながら、ようやくこの春に行き着いた。夫は今まで支えてきてくれて有難う。これからもよろしくと、手紙をくれた。私は今までもこれからも、自分と夫と子供を中心とした「家族」を守っていくだけだ。夫は今まで親兄弟に自分を認めて欲しいと言う気持ちを小さいころから持ちつづけてきたようだ。兄弟が誰も継ぐといわない会社を自分が継ぐといったのも、そのあたりからきているようだし、小さいころから兄のスペアと言われて育ったらしく、兄が会社を継がずに好きにことをやっているので、自分がしなければと言う責任感もあるらしい。そして父親に自分と言う人間を認めさせたいようだ。末っ子のせいかまだ子ども扱いされ、意見も聞き入れてもらえない。精神科のお医者さんから、夫は「アダルト・チャイルド」だと言われた。あとはいかに自分が父親からの呪縛から脱却するか。息子としていきて行くのではなく、康平の父親として生きていって欲しい。子供に、夫と同じ思いをさせたくない。私が絶対守りたいのはそのことである。
2002年03月30日
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今夜は夜遊びしてしまった。といっても夜、車で一時間くらいのところにショッピングに行ったのだ。叔母と私と叔母の友人三人で行ったのだが、今、ビーズアクセサリーが人気ということで、買い物に行ったその手芸店にテレビ取材がきていた。そしたら、インタビューされてしまった・・・。ちょっと恥ずかしかった。十時ごろ家に着くと、もう真っ暗だったので起こさないようにそーっと入ると、「お帰りー。」ちびっこは起きていた。夫の話によると、ママがいなくてさびくて、涙がこぼれそうなのをずっと我慢していたらしい。思わずぎゅーっと康平を抱きしめた。今も一向に寝る気配がなくとってもごきげんで、絶対寝ないと言い張り、ままごとをしている。私も、ちょっと罪滅ぼしのつもりで好きなようにさせてしまっている。(いいのかなあ)。育児でストレスが溜まっても、少し離れると、二倍も三倍も優しくなって帰ってこれるんだよね。
2002年03月29日
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康平をスーパーなどに連れて行くと、結構子供の遊び場で遊ばせることが多い。その際に気が付いたことがある。子供だけで遊ばせて自分はさっさとひとりで買い物に行ってしまうお母さん。残された子がけっこう傍若無人だったりすると、こちらも困ってしまう。今日も康平を遊ばせていると、小学校高学年くらいの子を頭に、幼稚園ぐらいのこが三人遊びに来た。親は見当たらない。小さい子2人は広場で遊び始め、それをお兄ちゃんが見ていると言う風だった。幼稚園くらいの妹は、康平が作っている積み木の新幹線を足でけって壊している。しばらく様子を見ていたら、壊されても壊されても康平は黙々と作っている。思わず賽の河原の話を思い出してしまった。たまりかねて、その女の子に、「一生懸命作っているから、壊さないであげてね。」と注意した。さんざん他にも遊んでいる子の邪魔をしているので、いいかげん腹が立ってきたとき、母親登場。友達と一緒に紙袋をたくさん下げて。「ほら、行くよ」と悠然と去っていくその背中に、「ここは託児所じゃないんだからね」と叫びたくなったのはわたしだけではないだろう。しかし、見ていると子供を置いていってしまう母親の多いこと。今の日本はそんなに安全なのだろうか。親のモラルを疑ってしまう。
2002年03月28日
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今日は朝から雨降り。康平はじっと窓の外を見ていた。突然、「ママ、花火だよ!」何のことかと思えば、車に雨があたって飛び散る様子らしい。思い切って窓を開け、しばらく2人でそとを眺めていた。「ママ、雨はどこに行っちゃうの?」私はどうしたものだろうと考えながら「土の中に入っていくんだよ」と答えた。理解できただろうか。子供の素朴な疑問にわかりやすく答えるって難しい。外を眺めていると、近所の人が通りかかって、「桜草ってもってる?」と聞かれた。いいえと答えると、それではと、家からかわいらしい桜草を持ってきてくれた。「きれいだねぇ」と康平は雨にぬれている桜草をずっとながめていた。ちょっと幸せで、静かな午後だった。
2002年03月27日
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私がお風呂から上がったらパパと寝ていたはずの康平が遊んでいる。「パパはひとりでねんね。康ちゃんおきちゃったの」と康平が言った。「ママ、ごはんつくったよ」見ると、テーブルの上には、ままごとの小さなお皿と、ティーポット、ティーカップやらがきちんと並んでいる。フライパンにウィンナーとハンバーグをのせ、焼くまねをしてから、「はいどーぞ。熱いからふうふうしてね」「お茶飲む?ふうふうして飲むんだよ」なかなか世話やきさんだ。康平が二歳をちょっとすぎたころから私の実家でままごとをしてから、康平のおしゃべりが盛んになった。少しずつ道具は増え、おもちゃ部屋は女の子だか男の子だかわからない。でも私は男の子だからとか、女の子だからなんて遊びを分けたくない。康平はぬいぐるみ遊びも大好きだし、新幹線遊びも大好きだ。なんでも柔軟に物事を考え、受け入れられるような子になってほしい。
2002年03月26日
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ぎっくり腰になってはや13日。なかなか治らない。西洋では、魔女の一撃と言うらしいが、まさにそのとおり。雑草の根っこを引き抜こうとしてやらかしてしまった。そのあとも康平とボール遊びをしたのが、よくなかった・・・。毎日整形外科に通って、電気とマッサージを受けている。 昨日実家の両親が遊びに来てくれた。実は私が眠っている間に、ダンナが私の実家に電話をして、自分の退職のショックで私が元気がない。お父さんたちの顔をみれば、元気になるだろうからと呼んでくれたらしい。そんな夫の心遣いが嬉しかった。 腰に腰痛ベルトを巻き、買い物に出た。康平は買い物にでるととてもはしゃいで追いかけるのに苦労するので、母が最初からおぶってしまった。悔しそうな康平。スポーツ店で父の買い物をしているとき、父とはぐれてしまった。ようやく見つけたとき、母の背中で康平は父にむかって「勝手に歩いたら駄目でしょう!」。一瞬私は私と母がそんな会話をしてしまったかと思ったが、何の事はない、康平は普段自分が言われていることをそっくりじいちゃんに言ったのだった。康平語録はたくさんあるが、たいてい誰かの口真似だったりする。気をつけなければ。
2002年03月25日
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最近、康平はとっても怖がり。怖がりは今に始まったことではない。せっかく「ぐーちょこらんたん」のショーに行ったのに、泣いて会場に入れず、私と2人、ロビーでモニター見ていたり。今の怖がりはそんなことではない。何かを感じ、何かが見えるらしい。TDLに行ったとき、私たちはかねてから憧れていた、東京ベイヒルトンに一泊した。昼間パークで疲れていた康平は、すぐに寝ると思われていた。がしかし、ベットのところが怖いと言って近寄らない。しかもおうちに帰ると大泣き。パパと義姉に迷惑なので、私は康平をおぶって二時間バスルームに閉じこもっていた。なんとか機嫌をなおし、バスルームからでると、「あっちだったら大丈夫。」と窓辺のソファーを指差したので仕方なく2人で遊んでいた。暇に任せて撮ったビデオには、みょーにハイな康平が映っている。そしてようやく寝たのが三時半。私は憧れのホテルのベットで、四時間しか寝れなかった・・・。その後も康平の見える感じるは続いている。この時期には良くあることというけれど、やっぱり私も怖い。
2002年03月24日
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最近TDLに行ってからというもの、康平の頭の中は、ディズニーでいっぱい。TDLのビデオ(アトラクションの紹介などを朝から繰り返し見ている。「康平あれ乗ったねぇ」・「康平泣かなかったよねぇ」でもね康平。ママはイッツ・ア・スモールランドで大泣きした子供を見たのは、あなたが初めてだよ。「今度はデジュニー・シーに行こうね。ママ」えー?ディズニー・シーはもっと怖いと思うんだけどなぁ。でもビデオの46分の繰り返しはきついよ・・康平にビデオの操作教えるんじゃなかった。 康平ただいま二歳九ヶ月。何でも「康平やるの!」
2002年03月23日
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今日主人が五年勤めた仕事をやめました。退職辞令をもらってきたときはさすがに泣けてきて、おもわず涙してしまいました。四月からは、実家の会社を継ぐために、専門学校へ入学します。私としては、今までの仕事を続けて欲しかった・・・。 でもなにがあっても私とKoheitがパパの家族。がんばってね。
2002年03月22日
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