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昨日車をぶつけられた。私がホームセンターの駐車場に車をいれて、エンジン止めようとした瞬間、隣に頭から入れていた車が切り返しながらバックし始めて私の車の後部ドアにがつんっ。相手はおじいちゃん。すぐ免許証を見せてもらって住所・氏名・電話番号をひかえ、車のナンバーをひかえた。そしてダンナの実家の修理工場へTEL。そしたら義父母がすっとんで来てくれた。女性だからって馬鹿にされては大変と急いで駆けつけてくれたらしい。すでに重要な話は終わっていて、100パーセント相手が悪いので、警察には通報せず、保険会社との話し合いになった。 康平は会う人ごとに「ママの車ぶつけられたんだよ」と教えている。ケガが無かったのはよかった。車は痛々しかった。後ろのドアが一枚駄目になった。もう昨日のうちに工場で入院中。ぶつけられたのははじめての経験。ちょっとどきどきした。
2002年11月29日
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一日の終わりに康平の寝顔を見る。今日私はこの子に何をしてあげたろう。怒ってしまった・気を使わせてしまった・泣かせてしまった。出てくるのは反省ばかり。そんな母親でもコタツに入って抱っこしているうちに夢の中へ・・・。安心しきった顔。外は吹雪。明日は積もっているのだろうか。一面の銀世界に康平はなんていうだろう。
2002年11月27日
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家から西の空を見上げると山が見えない。きっと雪が降っている。鼻をひくひくさせると雪の匂いがする。なんとも表現しがたい雪のにおい。北国の人ならわかってくれるかな。ダンナは「さすが田舎育ちはちがうね」とにやり。康平は「北風小僧のかんたろうはもう来た?」「雪はどうやって降ってくるの?」今年もばあちゃん家に雪遊びに行こうか。
2002年11月26日
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康平はお手伝いに夢中。そこで母のひそかな野望「今のうちに仕込んで楽しちゃえ」その第一歩は料理。今までに包丁の使い方、お米の研ぎ方、玉ねぎ、人参の皮むきを仕込んだ。 今日はハンバーグ。玉ねぎの皮をむかせて、私が適当な大きさにキリ、みじん切り器に入れて康平がハンドルをぐるぐる。そして材料を混ぜたら、康平がこねこね。そして一人で「ぺたぺた」といいながら成型。いびつながらそれらしく仕上がった。泥団子つくりの成果か。そして初めて作ったハンバーグにご満悦。パパに自慢していた。本当は焼き上げてパパにほらと見せたかったのだが、帰ってきたパパが、私が目を話した隙に焼いてしまっていた。なんか複雑。 普段はハンバーグをあまり食べない康平。でも今日は食べていた。こうやってお手伝いをさせて食べないものを食べさせるのもいかな。
2002年11月25日
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康平のロタもどうなることかと思ったら、割合軽くすんで一安心。何でもはじめての感染の時が一番ひどい症状が出るそうだ。康平は二回目なので、軽かったようだ。土曜日からは下痢も止まって、吐き気も治まって食欲旺盛になった。こちらは気を使っておかゆや、煮込みうどんを用意しているのに、かってに普通のご飯をわけてきて、しかも二杯ぐらい食べている。まずは大丈夫。ご心配おかけしました。 今日は親子三人でゴロゴロの休養日。親2人が昼寝しているのに、康平は私の枕もとでぽぽちゃん相手に、おままごと。ついでにぽぽちゃんの付け髪を自分につけてご満悦。鏡をみて一人で「可愛い」とやっていた。なんだかとっても平和な午後だった。
2002年11月24日
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一昨日から康平が「お腹が痛い」といっていた。お腹が痛いなんてはじめての訴え。下痢をしている様子ではなかったので便秘かと思い整腸剤を飲ませた。 昨日15分もトイレにこもった末、「ママー下痢下痢」行ってみるとかすかに白みがかったうんちが・・・。その後もその怪しげな色の下痢便が続いた。私には思い当たる節が・・・。十ヶ月のころロタウィルスで入院したのだ。そのときはぴゅっーと食べたものを何回でもはいた。そして脱水。一昨日の夜も夕飯を全部吐いていた。とにかく病院へ。熱も上がってきた。うんちのことを先生に言い忘れていた。というか確信が持てなかった。しかし帰り道ケーキを買っていたら「ママうんち」というのでトイレを借りた。見事な白色下痢便。すぐに携帯で病院にTEL。先生に指示を仰いだ。とにかく消化の良いものと水分。そして何度も吐くようだったらいつでもつれてきてくださいとおっしゃっていただいた。 本人は機嫌もいいが、体力は消耗している様子。夕飯のうどんもやっぱり吐いてしまった。脱水症状に気をつけなければ。とにかく朝になったらもう一度病院へ行こう。今康平の様子を見つつ、日記を書いている。ちょっと唇が乾いてきたのが気になる。で、頭にきたのが旦那。昨夜は私は家庭教師の日。期末テスト前でどうしても休めない。ぐずる康平をなだめつつ、バイトへ。もう少しで終了と言うところで旦那からTEL「早く帰って来い」まだ時間中なのに・・・。冷蔵庫も空っぽなので急いで買い物をして帰宅。そんな私に浴びせられた言葉が「病気の子二時間も三時間もほったらかしにしてなにしてんだ!」私は遊ぶお金を稼ぎに行っているわけでない。みんな家計の足しにしている。なのにこの言葉。思わず「私だって働いているのっ。」と怒鳴ってしまった。でも本当に頭にきた。なんて自己中な人なんだろう。私が帰ってくるまで自分はただお酒飲んでただけなのに。怒・怒・怒(>_<)
2002年11月22日
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何ヶ月かぶりに髪を染めた私。普段は康平がいて、カットだけならともかく、カラーリングなんてとんでもない。ところが今日康平は義母と一緒にひいばあちゃんのお墓参りへ。妹の結納も控えているし、チャンスとばかりに行って来た。オレンジを入れてもらった。今年の流行はバイオレット系らしいが、私には老けそうなので、パス。去年の秋は確か赤を入れたはず。日光に透けるととってもきれいなオレンジになった。 私が化粧していると、そばで真似する康平。今日は「康ちゃんまゆげいっぱいにするんだ」なんて言ってペンシルで熱心に描いてた。面白いのでそのままほっておいた。先日は口紅を口の回りいっぱいに塗っていた。これはさすがに捕まえて無理やりふいて落とした。口紅の減りが激しいのはきっと康平の仕業に違いない。 昨日口紅を試し塗りをしていた。すると康平が「ちょっと可愛いんじゃない」というのでそれを信じて買ってきた。少なくとも店員さんの前ではそういっていたのだ。しかし家に帰ってくると私の耳元で「ママその口紅ちょっと可愛くないよ」なにっー(ーー;)。私も冷静になって合わないと思ったので、今日交換してもらいに行った。社交辞令だったのか!!?
2002年11月21日
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康平は、ミルクと母乳8対2ぐらいの割合で育った。中毒症だったため、薬を服用していたので、ちょうどいい時間に母乳があげられなかったのだ。五ヶ月の初めに歯がはえて、乳首を噛まれて出血したのをきっかけに母乳は終わり。康平自身も執着を見せずにあっけなくバイバイ。それはそれでちょっと淋しかった。 「ママのおっぱい」に関心が無いようなそぶりをしている。恥ずかしいらしい。おっぱいは赤ちゃんが飲むものだと思っているからだ。だから同じ年のいとこがまだママのおっぱいを吸っているのをみて固まっていた。でもやっぱり時々おっぱいが恋しいらしく、胸に顔をうずめて寝てみたり、お風呂上りの私のところにきて、「おっぱいぶるんぶるん」とかいって触っていく。ひそかに旦那と「ママのおっぱいはだーれのだ」とか言い合っている。「康ちゃんの!」といっているらしい。
2002年11月20日
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今日は康平の二回目のインフルエンザ接種。針が刺さる前から「いたいよー」と大泣き。診察室と予防接種室は違うんで、ばれちゃうんだよね。無事完了してごほうびシールをもらって、おまけにクリスマスツリーに飾り付けまでさせてもらって帰ってきた。飾り付けのオーナメントにはちゃんと康平の名前まで付けてくれた。このクリニックにきた子供達にやってもらっているらしい。そして予防接種代2500円。これはこの辺じゃ安いと思う。 私の車の助手席には常に康平。もう二十四時間べったりの私たち。三歳六ヶ月ともなると、結構役にも立つし、こちらの言うこともわかってくれている。二人で外食何ていうのも大有り。ただし食事中の「ちっち」には慌てる。康平は2人で出かけると、「今日はママとデートだね」なんて言ってご満悦。出不精の旦那よりずーっとエスコート上手。今まで、午後ともなればお昼寝時間があって、休日なんかはその時間に一人で買い物なんてことも出来たが、お昼寝なしの今はほんとにいつでも一緒だ。でも来年から幼稚園だし、こんなにべったりしていられるのも今のうちだなんて思って楽しんでいる。そして、康平は人の変化に敏感。私が髪の分け目を変えただけで「どうしたのその頭」眉毛を整えて、左右微妙に違っていれば「ママ、眉毛変」義母が白髪染めをすれば「染めたの」私の母が口紅の色を変えただけで「その唇どうしたの」恐るべし3才。きっとそれぞれの旦那さんは気づかないよ。 きっと「ママとデート」なんて小さいうちにしかしてくれないんだろうなぁ(T_T)
2002年11月18日
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水曜日から体調を崩してしまい、PCもずっとあけずにいたら、メールが30件溜まってしまっていた。 なんだか憂鬱で、微熱が続いて、最悪。パパは「いいかげんにしろ」と怒り出すしまつ。仕方が無いのになー。それでもビーフシチューを作ってくれた。おかげで先週一週間は洋食が続いた。日曜日に夫婦とお友達で料理教室に参加して、フランス料理を習ってきた。そのおいしかったこと。早速次の日材料をそろえて、旦那に作ってもらった。そして水曜日に大量のビーフシチュー。次の日はそこにパスタをいれ、その次の日にはオムレツにそのシチューをかけた。デミグラスソースは日がたつごとにおいしくなっていった。 今も完全に体調が戻ったわけでもなく、耳鳴りがしたり、めまいがしたり。うーん困った・・・(T_T)
2002年11月17日
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康平が二歳を過ぎるころから、私たち夫婦の遮断機・信号待ちに対するイライラが少なくなった。 以前は、引っかかると結構イライラしていたが、今は「あっ康平に電車見せられる」「赤のうちに鼻水拭いておこう」なんて思うようになった。場合によっては信号待ちが待ちどうしい時もある。鼻水だらーんの康平を「待ってよ、待っててね」とティッシュを渡す。そうしないと袖がべかべか、かぴかぴ。警報機がなり、遮断機が降りはじめると康平はわくわく。外では近くで絶対怖くて見れないのに、車の中からだったら平気。「電車だー」この喜ぶ顔が見たいので、今日も内心「遮断機降りないかなー」なんて思いながら車を走らせる。(ローカル線沿線住民なんで・・・)
2002年11月11日
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小学生や中学生と接していてこのごろ痛切に感じることがある。それは、自分の考えや気持ちを的確に表現できないということだ。会話だけでなく、文章にもそれは表れている。自分の行動の根拠を「おもしろいから」「おもしろくないから」と言うことに基づいて処理してしまう子もいる。「おもしろくない」から勉強しに来ない。「おもしろくない」から本は読まない。etc・・・(-_-メ)また、子供とその親と話してみると、子供の言うべきところをすべて話してしまう母親も多い。こちらが子供に聞いているのに、「Aちゃんは○○なのよね」とか「家の子は○○だから、■■なんです」そう親が代弁してしまう。その脇で子供は親の顔を見ながら、「あれだってば」「ちがうよー」と言うだけである。 先日、勉強を教えていてある物語の感想文を書いてもらう機会があった。出来上がった文章をみて愕然とした。とても高学年の子供達が書く文章ではないように思われた。三者三様そうである。「おもしろくなかった」「どうせ物語だから死んでも生き返ると思った」またはあらすじを書いて「・・・だから優しいと思った」だけが自分の感想。原稿用紙の使い方もめちゃくちゃ。そして気になったのが、文章自体も会話調なのだ。「・・・てゆうから・・・だから・・・で・・・そして・・・だと思う」句読点も何も無いまま文章が続くのだ。 表現力の無さと同じくして、読解力の無さも大きな問題点のひとつだ。読解力が無いばっかりに、算数の文章題が解けない。計算問題は完璧なのに、文章題に変わったとたん、正解率はがくんと落ちる。私のところに集まっている子供達の保護者には常々、「本を読ませてください」といっている。が「家の子は漫画ばっかりで、少しも読まないんです」といってくる。漫画以外の「本」は「面白くない」らしい。本を読むことはとても大事なことと思うのだが・・・。 そしてこの間から私が頭を悩ませていることがある。通常、小学生は四人一緒に教えている。といってもその子のレベルに合わせてのことなので、進度はまちまち。とっても進んでいる子もいれば、下の学年に戻りながら学習を進めていく子もいる。ある子が来なくなった。「みんな話もしないでやっているから面白くない。質問できるひとはどんどんしているけど、僕は質問が出来ない。それなら家でやったっておんなじだ」といったそうだ。そして母親は「じゃあ行かなければ」といったそうである。どの子も平等に見てきたつもりだったが、ショックだった。しかもこちらから「大丈夫?出来なくない?」と一人で勝手に違う問題集をやったりしていたその子に対して常に問いかけをしてきた。そのたびに首をふり、「大丈夫」と答えていたその子。私の落ち度だった。 しかしそのことを、他のお母さん達に、我が子の言葉だけを信じ、言っていたそのお母さん。決して知らぬ仲ではない。直接言ってくれればいいものを・・・。一週間ぐらい前夫がその人に会ったとき、「家の子がすっかりさぼりぐせついちゃって」と言っていたので「そういうことは親次第だ。中学生になってあわててお尻ひっぱたいたって遅い」と言ったと私に話していた。そしてこうも付け加えた。「でも全然罪悪感なんて無い様子だった」と。 今後どうしたらいいんだろう。(-_-メ)
2002年11月10日
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オムツも取れ、外出先で「ママちっち!」が頻繁に出るようになり、ひとつ困ったこと。それは平面の和式トイレしか無い所。洋式だったり、段になっている和式トイレだったら、ズボンを少し下げて用を足せばいいが、平面だとどうしていいかわからない^_^;ましてや「うんち」何ていわれた日にはドキッとしてしまう。家では和式トイレに洋式の便座をつけて、そこでに補助便座をあげてしている。洋式だったら私が身体をささえて落ちないようにしてあげれば、うんちも何とかなる。 みんなどうしているんだろう。
2002年11月09日
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店頭には、クリスマス用品が並び始めた。この時期このコーナーに釘付けになるのが康平。特に、踊るサンタさんが大好きで、いつまでもいつまでも見ている。しまいには自分で踊りだす。 去年、クリスマスにサンタクロースに何をお願いするのか聞いたら「サンタさん」と言う。すでにプレゼントを用意してしまったし、季節限定なので、どうしようかと思ったら、パパがイブ前日、ホームセンターで値下げになっていたのを買ってきた。ところが、今まで康平が見てきたどのサンタサンよりも音がでかい。おまけに良くわからない歌を歌って、手を振り回している。さすがの康平もこれにはびびってしまい、そのくせ怖いもの見たさで何度もやってとせがむ。翌日には押し入れ行き。 そして今年も同じ商品が店にあった。早速見つけた康平。「あれ康ちゃんのお家にあるよね。”踊って踊って”って歌うんだよね。」と振りつきで店の中でやった。そして今日、去年の怖さを忘れたのか、サンタさん出してとうるさい。出してあげて早速スイッチオン。一瞬顔が引きつった。そして私がこの日記を書いている間、サンタクロースに半径一メータ以内には近づかず、太鼓を叩きながら、のりのりにしている。スイッチを押してから逃げるまですばやいこと。しまいには、サンタの腰の振り方に文句をつけている。康平が去年じっと見ていたサンタクロースは高いんだよ、康平。
2002年11月06日
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我が家の前のお宅のお姉ちゃん2人は「おたふく風邪」仲良しのYくんの弟達は康平と同じ風邪。おまけに手足口病の疑いも。康平の大好きなりなちゃんも、同じ風邪で超不機嫌。そんな中、土曜日仲良し四件で飲み会をした。旦那は他の飲み会があって途中抜けて、十時ごろ戻ってきた。相変わらずみんな飲む。熱がある子はひえぴたを貼っておねんね。元看護婦さんがいるから、心強い。なんか家で康平の発熱におろおろしてるよりも、心強くて嬉しい。きっと火曜日に奥様達で、お茶会とランチをしたときに一斉感染したんだろうなー。おまけに木曜日もハロウィンやったし。そのときは、おたふくかぜの潜伏していたお姉ちゃんも一緒だったし・・・。康平は予防接種やっているからいいけれどね。 旦那が戻ってきたとき、私の舌は絶好調。ダンナの女性関係とか、ふーぞく行った事とかをしゃべっていた。信じられないことに、旦那はそういうことを私にしゃべる。それが鬱憤となって、みんなに暴露していたのだ。そこへタイミングよく旦那登場。たちまち奥様達の標的になった。みんな私の気持ち代弁。気持ちいいー。ほかのダンナサマたちも「それはだめだよー。だまっていなくちゃ」なんて旦那を諭している。なんか各夫婦の大暴露大会みたいになってとっても面白かった。これでしらふでちゃんとあえるんだから、みんな大人だよ。奥さん達は同年代だけど、だんなさんたちの年が全然違うので、尚おもしろいかな。下は二十九上は四十と一回り違うだんなさんたち。でも一緒にゴルフに行く仲良しさんたち。みんなこっそり練習しているらしい(^_^;)
2002年11月05日
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今日、以前から欲しかった、「ロンシャン」のバックを楽天で注文した。以前雑誌「マフィン」で見て、一目ぼれしてしまっていたのだ。色は黒。革で光沢の無いものにした。これは夫のアドバイス。これから妹の結納、康平の入園式、などなど行事が沢山ある。康平が小さいのでまだハンドバックひとつと言うわけにもいかない。だからトートバック(といっても横37センチくらい)にした。家計簿と自分のバイト代にらめっこして、今日決断した。毎月全額バイト代入れてるから、ちょっといいかななんて。そして直営店に電話して詳しく聞いたり、お店にいろいろ問い合わせたりと、万を事しての注文。来るのが楽しみ。 金曜日から近所のちびっこちゃんたちがみんな発熱。加えて発疹。風邪のウィルスらしい。康平も手や足やお尻や口の中に出来ている。あいにく病院は休み。熱も日曜には下がったので、様子を見ている。一人の子が病院へ行って「手足口病」ではないと診断された。みんなくっつかって遊んでいるので、みんな同じ風邪かな。
2002年11月04日
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