2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全17件 (17件中 1-17件目)
1
昨日は康平のお誕生日。そして今日はパパの誕生日。昨日のお昼には、パパの両親と義姉と誕生パーティをした。朝から私は熱を出し、ケーキを取りにいったり買い物はパパがしてくれた。前日遅くまで誕生日のために、会津の「こづゆ」を作っていたので、尚風邪を悪化させたようだ。でも我が家のお祝い事や正月に「こづゆ」は欠かせない。パパも康平も大好きだ。 夜は三人であまったご馳走でささやかに。もう三歳だなぁ。あれから三年経つたんだなぁと思うと、感慨深いものがあった。日に日に成長が見られる康平。彼と付き合うにはとっても体力がいるけれど、面白い。 人の気持ちがわかる優しい子に育って欲しい。
2002年05月27日
コメント(2)
今日は私の両親と一緒に、岩瀬牧場へ行った。ある記念で、柏餅を配っていた。私達は大人四人だったので、四パックもいただいてしまった。 散策していると、庭にイチゴが沢山植えられていた。うちの主人が、ひとつぷちっともいで、口に入れたので、「そんなことやめなよ。康平も真似するし」と私が言っていると、幼稚園か保育園の遠足らしい一行がいたのだが、その中の二三人の親子連れが、柏餅の食べてしまったパックの中にわれ先にといちごをとってつめていた。あまりみっともいい姿ではなかった。子供はどんな気持ちでそんな母親を見ているのだろう。どこにも「ご自由にどうぞ」なんて看板は無かったし、他の人々もせいぜいひとつとって口に入れてみる程度だった。 そんなことも有ったが、牧場はいいお天気で、とても気持ちが良かった。康平は喜んで駆け回り、やぎや、うさぎにえさをあげていた。旦那と私の父はビールで一杯機嫌でシートでお昼寝。母はシロツメクサでネックレスを作ってくれた。 金曜日から一泊した両親は夕方帰っていった。康平はいつも両親が帰るときに、何とかひきとめようと精一杯の知恵をしぼったり、最後には大泣きして後を追う。お互い涙の別れだ。
2002年05月26日
コメント(1)
体重管理にはそれなりに気を使っているつもりだった。でも体重計に乗ってみたら、ふ・増えてる・・・。夫に相談した。そしたら、今ジャズダンスでストレッチをやっている効果で、脂肪が筋肉に変わりつつあるからだと言われた。筋肉のほうが重いからだそうだ。それから脂肪燃焼が始まるから、体重が一時的に増えてるだけだそうだ。体重よりサイズを気にしろと言われた。たしかに体重は増えたけど、洋服はまったく大丈夫。来月から週に二回運動できるから、がんばってみようと思った。
2002年05月23日
コメント(2)
今日は市で開催するストレッチ教室の申し込み日。珍しく昨夜康平が九時ごろ寝たので、七時半には起きてきた。 駐車場が少ないので、近所の友達と出かけるつもりだったが、彼女の四男が熱を出したため、私と康平だけで行った。ジャズダンスを習っているところと同じなので、康平は警戒している。到着したら、九時前と言うのにすでに何人も来ている。九時受付開始なのに。私は友人の分と二枚申し込み用紙をもらい、記入した。受付開始と同時に、定員近くなってしまった。この講座は託児がついている上、年齢も限定されていないので、実に幅広い。六十代の方もいた。私は無事、友人の分と共に申し込みを終えることが出来た。来月の木曜日から週一回で五回。800円でリフレッシュするぞ!
2002年05月22日
コメント(2)
昨日、ジャスコのコージーコーナーにお誕生日ケーキを注文しに行った。康平はそこのイチゴのケーキが大好き。ワンカット食べてしまう。名前を入れる段階になって、2人分の名前をお願いしたら、「双子さんですか?」とやっぱり聞かれた。「親子なんです」というと、「すいませーん。」お姉さん笑ってました。パパのプレゼントも買った。康平は「康ちゃんのお誕生日プレゼントは?」となかなかうるさい。実はもう買ってあって隠してあるのだ。ゲームコーナーから離れない康平の耳元で私はささやいた。「あのね康ちゃん.実はママ今日ケーキ買ったりパパのプレゼント買ったりしたから、もうお金ないんだ。」「そーなんだ。じゃ帰ろう。」じつにあっさりと引き下がってくれた。最近なかなか物分りがいい。かえって叱るより効果的だ。康平は康平なりの理由付けがあって行動していると言うことが私にもよく理解できるようになった。なので、説得するほうが彼のプライドを傷つけずにすむ。 ひさびさに楽天のフリマに参加。締め切り間際だったが、無事康平の水着を1500円でGETできた。これで今年の夏も猪苗代湖や、お家でベビープール三昧だ。
2002年05月21日
コメント(3)
今日はなんだかすっきりしないお天気。洗濯物もあるというのにいまいち気分が乗らない。 そろそろ康平のお誕生日ケーキを注文しなくちゃ。パパが次の日に誕生日だから、プレートには2人名前を入れてもらう。きっとお店の人は双子ちゃんだと思うだろうな。パパ33歳。康平3歳。だからロウソクは三本なのです。 昨夜、眠るベットの中で、康平が「ママ、大好き」といってくれた。めったにそういうことは言わない子なのに、びっくりしてしまった。お母さんと一緒の今月の歌のメドレーママバージョンを歌ってあげたのが効いたのか。とっても嬉しかった。
2002年05月20日
コメント(2)
今日は久しぶりの晴れ。お弁当をもって何処かへ行こうと思っていたら、一本の電話が・・・。義父からだ。(ーー;)。「家の片付けするから来い」いつだって人の都合、予定お構いなし。社長様で人に使われたことが無いので、人の時間を拘束するのはなんとも思っていないらしい(夫談)。別居しているのに、息子の家庭へ介入するのは当たり前だと思っている。区別がついていない(-_-)。しぶしぶ出かけて、結局無理やり帰ってきたのが3時。もう出かける時間も無いので、そこで夫は康平に、昨日買った包丁を使わせてみることにした。夫はMY包丁(祖父の形見らしい)セットを持っているくらい料理好き。本当はコックか板前になりたかったらしい。 常々康平が3才になったら包丁を使わせると言っていた夫。お小遣いで子供用包丁を買ってくれた。子供用といってもちゃんと刃がついているものでないと、かえって危ないそうだ。ケガをするのは、切れる包丁じゃなくて切れない包丁で無理にやるからだと言われた。 きゅうりを1本用意し、左手をネコ手。みぎに包丁を持たせて、教えていた。私はやらない。だっていまだにネコ手じゃなくて、とても危なっかしいらしい。不ぞろいだが、きゅうりを1本丁寧に切った。それをビニール袋にいれ、浅漬けのもとを入れて、夕飯のときのお楽しみとした。康平ははじめてのことに大喜び。ちゃんとパパかママがいるときに使うと言う約束をして、包丁をしまい、一応、扉にロックをしておいた。 さて、康平の作った浅漬けはどんな味がするのだろう。
2002年05月19日
コメント(2)
今日康平は一度もパンツをぬらさなかった。ジャズダンスの日だったので、託児の先生にもお話して、トイレの声かけをお願いした。しかし行った様子もなく、帰りのミスドでも行かなかった。緊張していたのだろうか。午後はやはり十五分おき。でもしっかりうんちもしたし、やったね。康平!
2002年05月17日
コメント(2)
康平のトイレ失敗率が下がってきた。お出かけしてもトイレを教えたくれる。こっちは心配で着替え一式を常備してるので、オムツの時よりも荷物が一杯。 今日は十五分おきぐらいに、トイレに行っている。そのたびにちゃんと出るから不思議だ。オムツ卒業かな・・・?
2002年05月16日
コメント(1)
私は現在小学六年生四人、中学一年生一人を週一回ずつ勉強を教えている。大学を卒業して以来、出産・その後一年ぐらいを除いては、大抵一人はいつも生徒がいる。「塾」という形態はとっていない。小学生四人は一緒の部屋で勉強はしているが、その子のレベルによってやっていることは違う。私のところは強いて言うならば、「塾でもなかなかついていけない子」が来ている。だから四人が私一人では限界。それでもみんな一時間半一生懸命がんばっている。主人の実家の一室を借りて、こたつやテーブルを皆で囲んで、やっている。 一年半前、主人の病気休職により、収入減で、夜の3交替のお弁当やパンの製造工場に行こうかと、年上の友人達に相談したところ、それだったら家の子勉強見てよと言う話になり、2人からスタートした。そして友人の口コミで希望者はあったが、きめ細かい指導がしたかったので、四人でお断りした。 はじめたときは小学四年生の秋。掛け算九九も良く出来ない状態だった。四年生と言えば、小数なども入ってくる。特にひどい子は九九からやり直し。足し算も指でやっている状態だった。きっと学校の算数の時間つらかっただろうと思うと、胸がつぶれる思いだった。少しずつ少しずつ進んで、やっと今分数の足し・引き算。通分や約分のところまで来た。 同じスタートを切ったもう一人の子は、算数の面白さに目覚めたらしく、朝五時半に起きてドリルをやり、夜も寝る前に勉強していると言う。今一人でどんどん先に進んでいる。もっとむずかしい問題もやってみたいと言ってきた。「勉強する時間とやり方を教えたい」それがわたしの方針だ。やり方がわからなくて遅れてしまっている子供は多い。だからちょっとしたやりかたさえ教えてあげれば、開眼する子も多い。私の場合、お母さん達と楽にコミュニケーションが取れるのも幸いしている。だから、ちょっと心配なこととか、家庭学習についても相談し合えるし、お母さんたちの要望なんかもすぐ聞くことが出来る。来月あたりは、元英語教師の夫が、英語に親しんでもらうための授業をしてくれるそうだ。 週五日制への移行、指導要領の変化、ゆとり教育といっても、まだまだ学校の勉強についていけなくて悩んでいる親子は多い。親も忙しい。そして皆が皆塾に行ったり、家庭教師をつけたり出来るわけではない。でも事実、取り残されている子供がいる。私にとっても、頭の痛い話である。
2002年05月14日
コメント(3)
我が家は3DKの貸家である。前のお宅との間が駐車場兼お庭。駐車場も3台余裕で置けるので、築二十年以上とはいえ、なかなか快適だ。今までは旦那がハーブ、私が花と言う風に、ささやかながらガーデニングをしてきたが、去年モロヘイヤとミニトマトに味を占めてから、ガーデンブロックを買ってきて囲いを作り、土を配合して地植えの野菜を育てることにした。去年の秋、畑の土を作っていると、通りがかりのおじさんが、若いのに感心だと、次の日軽トラックでくきたちの苗を持ってきてくれて、植えていってくれた。その後も主人の実家からネギを植えるようにと、筵までつけて届けられた。春、くきたちは立派に成長し、我が家の食卓に何度も登場し、料理の得意な旦那は、くきたちを使って、何種類かのパスタを良く作ってくれた。 四月末、そろそろくきたちの旬は過ぎ、私は再び土をいじり、ナスとトマトとすいかとサニーレタスを植えた。すいかも同じ値段で大玉と小玉があったのだが、思わず大玉を選んでしまった自分はつくづく欲張りだと思う。 私がこうやって土いじりをしているので当然康平も真似をする。旦那が折角種をまいたところを見事にほじくってくれた。最初ネコの仕業かとも思ったが、やはり犯人は康平だった。今日よーく蒔いたところを見てみたら、イタリアンパセリの芽が隅っこに申し訳なさそうに出ていた。康平の被害にあわずにすんだらしい。 今年の私の夢は、庭でバーベキュー(毎年夏になると週一ぐらいでやっている)をしながら、野菜をとって食べることだ。そして、今週の予定は、プランターに枝豆の種をまくことだ。 今日の康平は、お昼に主人の実家に母の日のプレゼントを持って行き、お昼をご馳走になって帰ってきたのだが、トイレの失敗は無し!。その後遊びに夢中になったのと、お昼寝のため、計三回パンツを交換した。しかしうんちもトイレでするし、本人もだいぶ自信をつけたようだ。「お兄ちゃんパンツ」が大好きなようだ。
2002年05月12日
コメント(2)
お兄ちゃんパンツ二日目。今日は一度おもらししてしまった。私は普段康平のおなかが出るのをきらって、下着は大体ロンパス型にしている。プチバトーだと、ノースリーブ型のやつもあるので、赤ん坊のころから愛用している。しかし、この下着だと、失敗した場合、下着までお取替え。ちょっとした手間になってしまった。お昼寝のときは失敗なし。そしてその後、トイレのドアが半分開いているので覗いてみると、康平がひとりでズボンとパンツを下ろし、立って便器に向かっていた。「ままーひとりでちっちできたよー」私はだんなを大急ぎで呼び、ふたりで思いっきり誉めた。ズボンの下ろし方が不十分なのと、便座をあげきらなかった所為で、ズボンはおしっこで汚れてしまったけど、ひとりで出来た達成感に康平の顔は輝いていた。 夜、外食しに行ったが、一応予備のオムツとズボンを用意していった。しかし、食事後、自分でトイレに行くと言い出し、結局、そのお店の和式便器でも用を足すことが出来た。 本人のやる気を尊重し、あせらずに進んでいこうと思っている。 明日は母の日。主人の母にはコムサのバックを、実母には兄弟三人で割り勘にして、マッサージ座椅子を共同購入で贈ることにした。今日、実家に届いたそうなのだが、代金は前もって私が郵便振替で支払っておいたのだが、明細書が荷物と一緒に送られてしまい、金額が全部母に知られてしまった。とっても悔しい。ちゃんと母の日のプレゼントであることを先方の会社にメールで伝えておき、しかも共同購入で購入したのは私ひとり。(おかげで割引にも何もならなかった)とっても残念。今までの通販や共同購入で、こんなことが無かったので、後悔している。 今この日記を書いている途中で、康平がまた、「お化けがいる」といって怖がって私のところへやってきた。ベットの布団の中にいると言う。仕方が無いので、だんなを起こし、隣の居間に布団を敷いて寝ることにした。今はすっかりご機嫌でだんなとテレビを見ながらじゃれあっている。康平の見えているのは一体何なんだろう。少し霊感が強い旦那いわく、ときどき寝室のベットの上をスーッと通っていくものがいると言う。だけど悪さをするようなものじゃないとも言う。私にはさっぱり。この家に結婚と同時に引っ越してきて六年目。金縛りも一回くらいしかないし(前一人暮らしをしていたアパートはそれはもうひどかった)比較的良い家だと思うのだけど。いつかマイホームを建てるときは、その辺も考慮しなければ・・。こんなこと書いていると怖くなってしまったので、もう寝る事にしよう^_^;
2002年05月11日
コメント(1)
今日はジャズダンスの日だったので、康平を説得しつつ出かけた。途中「ママはダンスしてなよ。康ちゃん遊んでるから」と調子のいいことを言っていたのだが、いざ到着すると、泣き出し、お友達が迎えにきてくれても、べそをかいたままだった。託児室でも大泣き。まるでこの世の別れのように泣く。先生に抱っこしてもらい、すたこらと私は、姿を消した。今までのことから、康平は私がいなくなるとけろっと泣き止むらしい。案の定今日も私がいなくなった瞬間に泣き止み、照れくさそうに笑ったと言う。康平は「貸して」が上手にいえないらしい。同じ年頃の子三人で見てもらっているのだが、子供同士ではなかなか「貸して」「いいよ」のコミュニケーションが取れず、康平は先生に擦り寄っていって、望みのものを手に入れようとするらしい。上手に先生が導いてくれたおかげで、最後にはちゃんとお友達に「貸して」が上手にいえるようになり、コミュニケーションもばっちり取れるようになったらしい。 午後、買い物に行った帰り、「ちっち。トイレ」とさかんに車の中で私に訴えたが結局、家に着くまで我慢することが出来た。これを機に家の中では完全に布のトレーニングパンツにしようと思い、「今日からお家でお兄ちゃんパンツね」といったら、得意げにしていた。本人も緊張するらしく、十分おきくらいにトイレに行ってしかも毎回おしっこをしていたのだが、夜寝るまでの間、三回ほどパンツとズボンを交換した。でもトレーニングパンツとはいえ、布パンツと言うことで、本人のプライドを大いに高めたらしく、以前から買ってあった紙のトレパンマン、実家でも安いからと買っておいたらしい紙のトレーニングパンツの出番は無いかもしれない。
2002年05月10日
コメント(3)
GWも終わり、日常生活に戻った私たち。昨日午後七時ぐらいに自宅へ戻ってきて、キューばたんと寝てしまった。朝、ダンナの様子を伺うと、具合は悪くなさそうだ。ほっとしつつお弁当を作った。きっと康平は疲れて寝ているだろうから、その間にのんびりしようと思ったら、きっかり八時。だだだっと走ってきて抱っこ「おはよー」。私のささやかな夢は打ち砕かれた。親の疲れも何のその。元気一杯だった。午後私のほうが眠さに耐えられず、うとうとしてしまったら、ちゃんと脇で遊んでいた。私の腕にどこから見つけたのか、手首用血圧計を巻きながら、お医者さんになりきっていた。最後は「はいちっくん」「テープはっておきますね」とセロハンテープをペタ。とってもセロハンテープが好きな康平。自分の顔に貼って、顔を作っていた。変な顔(ーー;)
2002年05月07日
コメント(0)
朝六時に、友人の家に行くために出発した。康平が寝ているところをそっと着替えさせて車に乗せたが、目を覚ましてしまった。思ったより東北自動車道は混んでなく(朝六時だもんね)スムーズに到着した。早速、遊びに行こうということになり、康平は動物園に行ったことが無かったので東武動物公園に行くことにした。子供の日ということもあって、とても混雑していた。加えてとても暑い。動物たちもぐったりと木陰で休んでいる。案の定最初は怖がって帰るを連発していた康平も、最後のほうで象や麒麟、シマウマなどをみたら大喜び。連れてきたかいがあったと一同安心。でも一番楽しかったのは入口にあった100円で乗れる新幹線の乗り物だったらしい・・・。それにしても、ライオンやトラやかばが、動かない動物だと思ってしまっていたらどうしよう^_^;。
2002年05月05日
コメント(1)
今日は予定では埼玉に出かけるはずだったが先方の都合で、明日の朝早く出発することになった。が、これが帰って好都合。康平をゆっくり休ませることが出来た。実家で買ってきた花や野菜の苗も植えることが出来たし、ちょっと一休みと言う感じだった。雑巾がけをしていたら、康平もやりたいと言うので、やらせてみた。康平は何かを思い出したらしく、「ママ、笛でピーして」。康平はドラマ「温泉に行こう」の雑巾ダッシュを思い出したからだ。「ピー」「はあい」と私の笛に合わせて、「あー」と言いながら雑巾ダッシュしている。そのうち「ママ交代」今度は私が雑巾係。「ピー」「はあい」私はどたどたと雑巾がけをすると、「遅い。まだまだ」笛で母親を動かすことが嬉しくてたまらないようだ。これがかなりきつい。時々だんなが康平を遊びに誘って助け舟をだしてくれるのだが、いっこうに譲らない。聞けば、近所でも子供たちが家で、雑巾ダッシュやっているそうだ。私はやせた思いがした。決してやせたわけではなかった・・・。
2002年05月04日
コメント(2)
実家に帰省して二日目。母と私と康平で出かけることにした。公園で康平を遊ばせ、食事をし、花や野菜の苗を買いに行った。途中道路から山のほうを見ると、菜の花畑らしいところがあった。「行ってみようよ」大体の見当をつけ、山を登っていった。あちこち見ながらようやく見つけた菜の花畑。とってもきれいだった。 母は昨年退職し、今は専業主婦。だから私も平日に実家に帰れるようになった。康平の扱いはお手の物。康平も母がいるときは、私を素通りして母に行ってしまう。 こうやって母と過ごすのは、母が退職してからが初めてだった。ずっと共稼ぎだった母の思い出といえば、いつも家の中を忙しそうにしている姿。ちょっぴりいらいらしてせわしなく動いている。何度か母の勤める保育所にも遊びに行ったことがある。とっても生き生きしていた。たまの休みにおやつを一緒に食べるのがとても嬉しかった。十八で大学入学のため実家を離れた私は、そのまま就職し、結婚してしまった。母とゆっくり過ごす時間は取れなかった。私が康平を育てるにあたり母なしでは、とても耐えられなかっただろう。何かと言うと実家に電話し、アドバイスをもらい、不安を解消させてもらった。 母が退職し、家にいるようになると、その密度は濃くなり、同じ専業主婦としての共通の悩みや、知恵を話し合うようになった。 きっと私は今、昔の思いを満たしているのだ。母娘で買い物したり、お茶したりという昔出来なかったことを。
2002年05月02日
コメント(1)
全17件 (17件中 1-17件目)
1
![]()

