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入院二日目。昨夜は康平と同じベットだし、看護婦さんもしょっちゅう来るので、ほとんど眠れなかった。熱はだいぶ落ち着いてきた。回診で先生が、「まだまだ熱が出るかもしれませんね。」といっていたので、その後も注意深く様子をみる。食欲ほとんど無し。十時ごろ義母が来たので、交替してもらい、雑用に出かけた。ついでに家に立ち寄って、必要なものをもってくる。康平は眠りっぱなし。ばあちゃんが来たのも判らなかったようだ。 病院も結構忙しい。朝六時の検温から始まり、七時に吸入、七時半に朝食。やっと薬を飲ませたと思ったら、回診。そして清拭。十時のおやつが出たと思ったら、また吸入。昼ご飯とあわただしい。午後も3時のおやつ前に、吸入がある。食事はまずいらしく、康平はご飯と味噌汁以外絶対に口にしない。同室の女の子も食が進まないらしく、付き添いのおばあちゃんが納豆やらふりかけを沢山もってきた。康平もお相伴に預かり、納豆ご飯にする。夕方はパパが来るので、交替して私が家に戻り、洗濯やら風呂掃除やら、そしてお風呂に入って病院に戻る。消灯前の吸入をし、やっと寝ることができる。やはり康平と一緒は狭いので、付き添いベットを借りた。しかし夜泣きでほとんど眠れず。 三日目。病室がやたらと蒸し暑い。それもそのはず。康平の病室は、二人いるのだが、気管支炎の女の子と肺炎の康平なので、部屋の湿度を保つため、加湿器が二十四時間フル稼働。脂汗が出てくる。早めに帰ってきたパパに頼んで、美容室をやっているおばのところへ。看病用に、伸ばしていた髪を切った。そうでもしなければとてもあの蒸し暑さに耐えられそうも無い。叔母のところでしばしリフレッシュ。ベッカムの話になり、やはりおばの店にもベッカムにしてくださいというお客さんが2人来たそうだ。やはり童顔ではあまり似合わないらしい^_^;この夜は、咳と痰で苦しめられた。痰がうまく出せず苦しむ。ナースコールで看護婦さんを呼び、二人で康平の背中をさする。最後は血が混ざっていた。きっとのどが切れたのだろう。 四日目私の両親が来てくれた。パパの「それじゃあ俺は家に帰ってビールでも飲んで寝るかな」の発言に一同唖然。怒っていた。そして本当に帰っていった。母が一言「ママの方がずっと大変なのにね・・・」パパの株またまた下がる。熱は落ち着いている。それに伴い、康平のストレスが爆発しそうだ。泣いて暴れている。父はそんな光景にいたたまれず、早々に車に引き上げていった。母は四時間ぐらい付き合ってくれた。さすがの母でも、なかなか手におえない。2人でぐったり。 五日目。日曜日で先生は来ないと思っていたが夕方回診があった。とうとう点滴をはずしてもよいという指示が出た。康平無事解放。その直後私は家に戻ったのだが、交替したぱぱが大変だったらしい。同室の女の子も一緒に点滴が外れたのだが、二人して興奮状態で、抑えるのに苦労したらしい。そしてそれは、月曜日の義母の災難にもつながったのだ。 入院六日目。月曜日。私は自分の病院があったので午前中義母に付き添いを頼んだ。康平はもはや糸の切れた凧状態。後から聞いた話なのだが、康平はこっそりトイレに行って、ナースコールを押したらしい。しかも二回。思えばその前から、ボタンには興味を示していた。「これなあに」と手をのばすたびに「駄目」としか注意しなかった私。これがいけなかった。興味深々の康平は、私がいないすき、しかもばあちゃんの目を盗んで、トイレでやらかしたのだ。そのたびに看護婦さんが飛んでいってたらしい^_^;手を焼いた義母は看護婦さんを呼んで「言うこと聞かないから、もう一度点滴してください」といったそうだ。看護婦さんの前では良い子の康平。直ぐに眠ったそうだ。また、荷物を入れるベンチ式の下に車がついている荷物入れを一人でごろごろ押していって、百メーター近い廊下の端まで行ってそこに上って外を見ていたなんて事もある。私はおちおちトイレにもいけない。あるときは入院しているおじちゃんに抱っこしてもらって外を見ていたなんて事も。そうこうしているうちに、明日退院してもいいよという話になった。きっとこれ以上いたら、病院中の有名人になってしまうだろう。事実、病棟では「おばあちゃんの言うこと聞かない康ちゃん」ですっかり有名だったので。七日目。退院許可が出る。しかしまだ微熱が出るのと、肺に影があるということで、完全に全快したわけでなく、軽快したからということであった。引き続き自宅療養している。金曜日にも受診したがやはり微熱があるのと、のども赤いと言うことで、吸入をやってきた。 退院してきた日、疲れて康平と一緒に寝ていた私に向かって、「なんだ。トドが寝てるみたいに寝て」と第一声を発したパパを私は怒っている。ご苦労さんぐらい言ってよ!!。 また火曜日に受診予定。良くなっていればいいのだけと。すっかり病院モードになった康平は、朝六時半元気に起きてくる。ちよっと大変(T_T)。
2002年06月30日
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十九日の夜、楽天の日記を書き終えたところに、康平が起きてきた。痰が絡まった様子の苦しそうな咳。熱もありそうだ。これはただ事でないと、夜間救急病院に電話。するとI病院に今夜小児科の先生がいるのでそちらのほうが良いのでは。もし駄目だったらうちで引き受けます。と言われた。指示どうり電話してみると、すぐ来てくださいとのこと。だが夫はいびきかいて寝ていておまけに酔っ払っている。役に立たない。一人で連れて行こうかとも思ったが、ふと外に目をやると、前の友人がまだ起きてる!!。早速SOS。直ぐに来てくれ、友人の旦那さんは康平を毛布にくるんでくれた。友人に抱っこされ、私の運転で病院へ。七・八分で到着。早速熱を計ると九度六分。唇も乾いている。レントゲンをとり、点滴が始まった。そして先生に呼ばれ、「急性気管支肺炎と脱水症です。肺に影がありますね。四五日入院してください」そして入院手続きへ。入院の荷物を取りに行かなくてはならないのだが、康平を一人で残していくのは忍びなかった。しかし気丈にも康平は「ママ、行って来ていいよ。」看護婦さんも見ていてくれると言うので、私と友人は引き返した。入院の用意をし、シャワーをあびて、夫をたたき起こし、事情を説明した。そして私は病院へ。後になって判ったことだが、病院のパンフレットを見せて置いて行ったにもかかわらず、夫は翌朝自分の実家に行き、私からの℡を受けるまで、どこに入院したか判らなかったらしい。つくづく情けないと思う。 家から戻ってきたのが、午前二時。看護婦さんによると、康平はお話しながら私の帰りを待っていたらしいのだが、待ちきれず寝てしまったとの事。「いい子ですね。」看護婦さんに誉められた。その後も熱が下がらず、結局朝方まで寝ることが出来なかった。病院もその夜はずっと急患の子供達で一杯だった。そのうち入院したのが康平含めて二三人。やはり康平は緊急事態だったのだ。点滴でつながれた康平。それから点滴が取れるまでも大変だった。・・・次回へちなみに康平は火曜日に軽快したと言うことで、退院しました(^o^)丿しかしまだ肺に影があるし、咳も出るので要注意なのです。
2002年06月27日
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康平が十九日深夜、急性気管支肺炎と、脱水症のため、緊急入院しました。
2002年06月22日
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今日の午前中まで落ち着いていた熱が、また上がっていた。昨夜はセキとたんで苦しがっていた。夕方再び小児科へ。のども赤くないし、耳も大丈夫。熱がでる要素が無いのに。と言われた。今の夏風邪は高熱が出るらしい。無理に解熱剤で下げるのも何だしと思って様子を見ている。解熱剤は心臓にも負担がかかると聞いた。康平は生後一ヶ月検診で、心臓に穴が見つかり、その後穴はふさがったのだが、心雑音がある。一年に一度検査を受けている。今年もその時期だ。なので、心臓に負担が・・・なんて聞くとちょっと躊躇してしまう。結局康平の心臓の穴は、胎児のとき誰でもあいているものが、ふさがらないまま生まれたためだった。なので最初心房中核欠損の疑いもあったのだが、実家から戻ってきてすぐさま小児心臓外科の先生に見てもらったら、そういわれ、一安心。ちょっと小柄だが、さしたる大きな病気もせず、丈夫なのに育ってくれた。しかし今回は長い・・・。
2002年06月19日
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初体験ていってもべつにあのことではありません^_^;母親としての初体験。それは康平がはじめて夜中に熱を出したときのこと。康平がいきなり泣き出しがたがた震えだした。一瞬熱性痙攣かとも思ったが、熱が上がるときの寒さのためだった。耳温計を使って計ると四十度。座薬を入れた。朝四時再び震えだす。昨夜八時ごろ一回目の座薬をいれ、二回目が一時過ぎ。慌てて耳温計ではかると三十四度八分。あれっ、と私は思わず泣き出し、ダンナを起こし、「康平の体温が下がりすぎてるー」慌てて病院へ。そこは昼間はとてもいい小児科の先生がいらっしゃるのだが、さすが時間外。寝ぼけ眼の女医さん。「座薬使いすぎて体温下がっちゃったんですー」看護婦さん「???」「ちゃんとありますよ」。そう私は慌てたばかりに、ちゃんと耳温計を当ててなかったのだ。それから我が家は水銀計。暴れる康平押さえつけるのはちょっと大変。結局その発熱は大体の母親の登竜門「突発性発疹」だった。 さて、昨夜も九度5ブ出した康平。すっかり私はお疲れ気味。W杯も鈴木宗男も吹っ飛んでます。果たして今夜は寝れるかな(-_-;)
2002年06月18日
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昨日の午後、康平がおなかが痛いと言った。康平がそんな事言うのは初めて。随分とトイレで頑張っていたが、コロコロうんちが少し。おなかが張っている様子。最近食べ物の選り好みが激しくて心配していたところだった。九時ごろ寝てしまったので、朝食用にと野菜スープを作った。せめてスープだけでも飲んでくれればと思ったが、我が家にスープになりそうな野菜があまり残っていない。よほど前に住んでいる友人に電話して野菜を分けてもらおうかとも思ったが、とりあえず人参と玉ねぎと干ししいたけと大根葉で何とかした。夜中の一時、康平がお目目ぱっちりで起きた。身体を触ってみるととても熱い。はかってみたら8度5ブ。熱サマシートとアイスノンをしたが、本人もうつらうつらで熟睡できない様子。そのうちパパのほうに転がっていって、パパも康平を抱っこしたので、少し私も眠ろうとし、眠った一時間後、ふと気が付くと、康平が何も掛けないで寝ていて、パパが毛布を身体に巻きつけて寝ている。まったくと思いつつ康平を引き寄せたが、康平も熟睡していない。結局六時に康平に起こされた。熱は下がらないものの、元気も機嫌もいい。朝っぱらからプラレールで遊んでいる。でも食欲は無い様で、スープを少し飲んだだけ。結局午後まで下がらず、病院へ行った。のども赤くないし、おなかの張りも治まっている。結局風邪薬と整腸剤を貰ってきただけだった。 夕方七度八分。気分が良いのか、珍しくご飯をおかわり。見事な食べっぷりだった。今も熱はそのまま引いていない。時折咳き込むので風邪だと思う。そういえば今朝、前の友人にお腹の張りのことを話したら、友人の子供が良く飲むと言うことで、「ラキソベロン」という下剤をくれた。そういえば私も妊娠中良く飲んだと思い出し懐かしくなった。薬のおかげで、康平のお腹もすっきり。またまたトイレにこもり(康平は一人でうんちをしたがる.気が散るらしい)「ママー。下痢下痢だよー」と騒いでいた。そういえばオムツのころ、うんちするたびに「今日はころころ」とか「今日は下痢下痢」と自己申告してから私に替えてもらってた^_^;妹が勤める保育園では、看護婦さんの子供が「今日は軟便デース」とか「今日はふちゅう便(普通便)デース」と自己申告するらしい。やっぱりお尻の感じでわかるんだろうなー。
2002年06月17日
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私、康平、義父、義母と続いてとうとう旦那も風邪でダウン。別居している割には旦那実家をも巻き込んで、我が家の夏風邪は一通り感染し、終焉に向かってきた。火曜日旦那がダウン。普段から汗っかきなのだが、いつにも増してすごい。病院の薬とゴオウ(これが効く)を飲んで寝ている。私は大忙し。今日はバイトの日の上、夕食の用意、ダンナのゴオウを実家に貰いに行ったりして、あちこち動き回っていた。水曜日。ダンナ復活。私は火曜日の疲れでぐったり。しかし康平はマイペース。でも涼しくて寝心地がいいのか、朝なかなか起きてこない。結局康平と2人、お昼近くまでごろごろしてしまった。木曜日。先週お休みしてしまったストレッチ教室へ。託児室ではいつも泣くはずの康平が、周りの小さい子の泣く姿に、三歳児としてのプライドが刺激されたのか、平静を装い、そればかりか一緒に行った友人の子一歳の面倒まで見始めた。いつも同じ年頃の子三人で託児室にいるため(ジャズダンスで)、今日の子供の密度の濃さにはびっくり。なんと九ヶ月の赤ちゃんまでいる!みんなママは外に出たくて、そしてリフレッシュしたいんだよね。ストレッチ教室は年齢層が幅広くて、面白かった。
2002年06月14日
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康平はどちらかと言うと私の弟に似ている。これは父方母方双方で認めざるを得ないくらいである。以前私の親兄弟と私と夫と康平である旅館に泊まったときのこと、朝食会場で弟が康平を抱っこしていたらおばさんたちに「あらーパパそっくりね」本物のパパは横にいた^_^;。また有るときは、母と私と弟で公園に行ったら、康平を追いかけていった弟が若いママサークルの人たちに「そっくりですね」と言われていた。 ところが最近気づいたことがある。康平の靴下の脱ぎ方。片方の足でもう一方の靴下の先をおさえて引っ張って脱ぐのである。もちろん手は使わない。私達夫婦はそんなことしない。また日常康平のまわりんいる人にも心当たりが無かった。誰もそんなこと教えていない。そして思い当たる人物が一人だけいた。夫の兄である。康平と同じ脱ぎ方をするのだ。しかし兄とは3.4ヶ月に一度会えばいいほうだ。これは遺伝か?そこで旦那と2人、康平が誰かと似ているところを探してみた。 都合の悪いことは聞こえないフリ・・・・義父 強情・・・・私 とってもおしゃべり・・・・義父 食が細い・・・・パパの小さいとき しつこい遊び方をする・・・・パパのお兄ちゃんこれはどうみても康平の性格はパパ方似なようだ。
2002年06月10日
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子供の集中力ってどのぐらいなんだろう。というのは、昨日康平はプラレールで一人で二時間も遊んでいたからだ。旦那は昼寝中。私も康平を寝せたくて、ベットのところで待っていて、眠くなってくるのを待っていた。康平が寝たらあれもしようこれもしょうなんて思っていたのだが、いっこうに寝る気配もなく、別室で一人遊んでいる。結局二時間後こちらが根負けした。別に私が相手をしたわけではない。むしろ近寄ってくると寝たふりをして、「寝る時間なのよ」アピールをしていた。 康平の遊びはしつこい。物は限定されるが、気に入ったことや、プラレールなんかあるとずっとそれで遊んでいる。と思えば、あちこちに玩具をだして、渡り歩くように遊んでいるときもある。またひとつ康平の謎が増えたようだ。
2002年06月09日
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私の主人の父は、「専業主婦というのは、家にただいる」という認識をしている。去年私の母が退職したときも「毎日家にただいるんだから暇なんだろう?」と言った。私のこともそう思っている。だから家業の商売の手伝いをして欲しいようだ。 毎日ダンナのお弁当つくりから始まり、子供の世話、掃除、洗濯、炊事そんなことで一日があっという間に過ぎてしまう。旦那はと言うと、帰ってきてまず一寝。起きて晩酌お風呂。そして九時過ぎには寝てしまう。その間家のためにしたことは、あまり無い。あまりの私の忙しさに愚痴をこぼすと、「専業主婦なんだから当たり前」旦那も義父と同じ人間なようだ。なにをやっても当たり前。やらないと文句をいわれる。息抜きに実家に行きたいと言うと、「俺を一人にするのか」「俺の飯は」休日に家にいても自分のことしかやらない。こっちは皆がおきている間中動いていなければならないのに・・・。私は好きで「専業主婦」を選んだ。自分の子供と少しでも多くの時間かかわっていたくて。だけど最近その他のほうが多くて、それが果たせないでいる。でも少しで家が家族の憩いの場になるようにと努めている。二十四時間ここが私の職場なのだから。それにしても専業主婦に対する偏見・軽視なんとかならないのかなぁ(-_-)きっと義父やだんなみたいに思っている人沢山いるように思う。自分の時間は自分で作り出さなければ。それも能力のひとつであって、だけど大変なことだとも思う。
2002年06月08日
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昨日は一日中康平がぐだっとしていて、だるそうにしていたので我が家は静かだった。バイトの日だったので康平が寝ている間に夕飯の準備も出来た。夕方もぐずって泣いてばかりいた。きっと今夜も熱がでるんだろうなぁと思いながら、バイトに出かけた。いつもバイトが終わってからベニマルによって値下げ品のお肉や魚などを一週間分ぐらい買ってくるのが習慣だったので、この日も、立ち寄った。ダンナが苦労して機嫌が悪くなっていないかなぁと思い、電話してみた。「早く帰ってきてー」とダンナ。さぞかし具合が悪くてぐずって大変なのだろうと思ったら、「パワー全開。はじけてるよこいつ」とっても元気らしい。「たまには面倒みてよ。」と遠慮なく買い物に専念した。 帰ってみるといるいる怪獣が一人。夕方までのあの静かな康平は何処へ行ってしまったの?ダンナの話によると、私が出かけてから開き直ったように元気になったらしい。結局十一時ごろまで振り回された。子供って不思議だ・・・。
2002年06月07日
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今朝は康平の熱も小康状態。イオン飲料もごくごく飲んでいた。今は大好きなTDLのビデオを見ている。でも機嫌が悪い。いっつもほげほげ言って私にべったり。きっとだるいんだろうなぁ。楽天のあるお店の懸賞に当選した(^o^)丿。今年は結構GETしている。やっぱり風水かなぁ。西の部屋を黄色でまとめてみました。あと黄色い財布。近所のママ友達も皆持ち始めました。黄色と言えばぷーさん。プーグッズを結構集めて飾ってます。 夏風邪が近所でも流行中。今週のストレッチ教室もジャズダンスも皆キャンセル。今日は私も復活してきた。やっぱりママパワーは強かった!?
2002年06月06日
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最後に日記を書いてから一週間がたってしまいました。何故かというと、私が風邪で寝込んでいたんです(T_T)康平の誕生日が終わってから、急に体調を崩して、最初はいつもの精神科で出してもらった風邪薬でしのいでいたのだけど、日曜日、ちょっと調子がいいからって、アサヒビールのお客様感謝祭に行ったのが大間違い。その日から、ドつぼにはまったのでした。 ダンナは「出かけて具合が悪くなるんだったら、もう出かけない。」と怒り出し、寒さと熱に苦しんでいる私に、食事も与えてくれず、おまけに次の朝「弁当は?」だって。さすがにかんべんしてもらったら「おまえが具合悪いと俺まで調子悪い」と学校を早退して来た。だが食事の支度や後片付けもやってくれず、おまけにお酒飲んで、康平をお風呂にも入れず寝てしまった。本当にマイペースいや、自己チューな人間だ!怒った私は、康平を連れて実家に帰ろうと思ったが、そこまで体力が無かったので、とりあえず家庭内別居とおもって別の部屋に布団を敷いて康平と寝た。火曜日も弁当を作らされ、帰ってきて私が寝ているのも無視してお酒飲んで寝ている。そこへたまたま義父から電話があり、「食事は?」と聞かれたので、ダンナが寝ているので私が作っていますと言ったら、あわてて義母と2人お寿司を買って来てくれた。そして今日康平を一日預かってくれた。康平がいないからと言ってもたまりに溜まった洗濯物と病院へ行くので、寝てはいられなかった。そして夕方近く帰ってきた康平が、熱を出していた。38度5ブ。慌てて病院へ。そして帰ってきただんなに康平を任せ、自分は買出しに。私もつらいが、康平にうつしてしまったという後悔が、私を奮い立たせた。薬と栄養剤で急場をしのいだ。帰ってみるとまたまたダンナはお酒を飲んで寝ている。康平はその脇でただじっと目を開けていて、私の顔をみるとほっとしたような顔になった。しかしどうしてこの事態にお酒飲んでいられるのか!だから肝機能の値が悪いのよ!!!康平の熱は下がらず、食事も吐いてしまった。念のため救急外来の準備だけしておいた。その後豆腐を半丁も食べたので、少し安心。熱はそのままだが、今は眠っている。役立たずのダンナは、私に看病してもらっている康平をうらやましがり、自分は8度7分でも母親に相手にされなかったとこぼした。でもダンナが具合悪いときはちゃんと同じようなことやっているのに、どうしてこの人は僻みっぽいのだろうと思った。私の実家では私がやっているようなことは当たり前。でもだんなの家ではそうではなかったと言う。この騒ぎで、私も自分が風邪何ていっている場合ではなくなってしまった。でもこの数日間たまりに溜まっただんなへの不平不満が日記で吐き出せて少し気分が良くなった。久々なのに、愚痴ばっかりでこれを読んでくださった人本当にごめんなさい(T_T)
2002年06月05日
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