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十月一日は私立幼稚園の入園願書申し込み日。私達が康平を入れたいと思っている幼稚園は、人気があって、昨年は三日前から並んだそうだ。うちはそこの幼稚園が近いということが一番の理由。今日の午後、幼稚園に通わせている友達が様子を見てきてくれた。「まだだれもいないよ」夕方旦那が見てきた。まだ誰もいないらしい。やはり勝負は土日か。とはいってるものの、今私は気管支炎でおまけに熱も出している。康平も風邪で熱を出していて、二人仲良くアイスノンを枕に寝ている。あとはパパに頑張ってもらうしかない。頑張れ!パパ。 昨日三歳児検診を受けてきた。それはまた後日。
2002年09月27日
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今、我が家はちょっとした選択に頭を悩ませている。月曜日。夫の叔母がTEL。「うちのランクル売りに出すんだけど買わない?」それはとっても魅力的なお誘いだった。旅行などでたびたびかりていて、しかも八人のり。うちは次の車は「プラド」が欲しいと思っていたので、とっても迷った。でも4800CC。私が普段のるには大きすぎ。買えない値段ではなかったが、あきらめた。火曜日、私の母からTEL。「お母さんさぁ、ファンカーゴ買っちゃった。だからあんたのクラウンも古くなったし、お母さんのカローラⅡあげたいんだけど。愛着あるから、他の人じゃなくてあんたに乗って欲しいんだよね」早速旦那に相談。「無料」という言葉に弱い私達。実は夫のマークⅡも一度廃車になってほったらかしになっていたのを義父が譲り受けてきたのだ。実は夫の実家の家業は自動車修理工場。だからこんなことができる。わたしたちはカローラⅡをもらうことにした。しかしここで問題が発生。私と旦那、どっちの車を廃車にするかということだ。私は工場の責任者に電話して「どっちを廃車にしたらいい?」ときいたら「どっちもどっち。難しい質問だなー」といわれた。私の愛車クラウンは、昭和62年。私が高校二年のときに父が買ったもの。あのころ「いつかはクラウン」っていうCMやってたっけ。七年ぐらい前に私が譲り受け、以後、私の仕事のパートナーだった。三万五千キロで譲り受けたのが、今十万一千キロ。当時インテリアの仕事をしていた私は縦横無尽に隣の県もまたいで、走り回っていた。なんかいつも父が守ってくれているようで、安心して乗っていた。でももう十六年目なのだ。しかしバックが整備工場。まだまだ現役。ダンナのマークⅡは平成元年式だが、ツインターボでとっても速くて加速がいい。そのスピードのおかげで、私は白バイに追っかけられ、初めて違反切符を切られたのだ。そしてこちらの走行距離は十六万キロ。本当にどっちもどっちなのである。まあ2人して2000CCのセダンにのっていられるのはバックのおかげなんだけど。でも我が家は丘のてっぺん。カローラⅡの四駆の力が欲しいところなのだ。ことしの冬、家の前の坂がマークⅡで上りきれず、酔っ払っている旦那が必死で後ろ押していて、いなくなったと思ったら、転んでたなんてこともあったし。 私達夫婦は、あんまり新車にこだわらない。のってしまえば、愛着が湧くし、小さいころから家業をみている旦那いわく、数年でとっても値段が落ちるからバカらしくって。だそうだ。わたしも親から貰っているせいか、新車が欲しいとはあまり思っていない。ただ、次は、八人乗りのプラドが新・中古車にかかわらず欲しいと思っている。 さてどっちの車とバイバイしようか。私としては、いい思い出がないマークⅡにさよならしたいんだけど。カローラⅡにのって通学する旦那って絵にならないかも。
2002年09月19日
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金曜日の夜から、私の実家に康平と2人で行った。土曜日は「サントピアワールドに行って遊び、康平も大いに満足。そして昨日の日曜日に帰ってきた。 最近康平は、夜八時ぐらいから九時の間に寝て、朝の八時前に起きる。ご飯も結構食べるし、なかなか健康的な生活をしている。私の母はそんな康平の様子を知っていたので、なるべくそのリズムを崩さないようにと、気を配ってくれた。私の父や兄弟も夜康平と遊ぶのを我慢して、康平の生活リズムを崩さないようにと心がけてくれた。おかげで実家にいるときも早寝早起きをすることが出来た。そして、日曜日。帰ってきてすぐ、ダンナの実家から℡があり、呼ばれた。近所の家ですでに飲んでいた旦那は爆睡中。仕方ないので、康平と2人で行った。じりじりと康平のリズムが崩されていく・・・。そして私達夫婦がもっともストレスが溜まる義父のこの言葉が始まった。「子供は遊びながら食うんだ」今日は旦那がいないのでひとりで反撃できない。無視しているのが精一杯。康平はふらふらしている。だんだんいらいらしてきた。食事のしつけはこの家にきたら出来ない。だから私が仕事で実家の部屋を借りるときも絶対に連れて行かない。大変でも、食事の支度をし、食べるだけにして、旦那にみてもらっている。結局この日康平が完全に眠りについたのは十一時。しかし今朝八時に起きたのでひとまず安心。そして夜八時には寝てくれた。 どうしたら、このダンナの実家に対するイライラを静めることができるのだろう。マイホームを作って、同居の心配をなくせば収まるんだろうか。時々、旦那が仕事をやめるとき、実家を継ぐことでなくて、他の道を選択していたら(旦那は調理師になりたかった)こんな思いしなくては済んだのではと思ってしまう。「世話してやっているんだ」「稼ぎもないくせに」「やってやってるんだ。だから手伝いに来るのはあたりまえだ」こんな言葉が全身を突き刺す。私は自分の稼ぎがなかったらとっくに崩壊していただろう。 まだまだ自律神経の薬は手放せそうにない。そしてまた新たな言葉が私を突き刺す。「早く二人目作れ」「太ってるからできないんだ」。
2002年09月16日
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土曜・日曜と表郷村の「関の里」へ行ってきた。四家族総勢十七人。もちろん団体割引(^o^)丿ところが、雨・雨・どしゃぶりの雨。荷物を積むのもままならない。生後五ヶ月の赤ちゃんもいるので、荷物はとっても多い。我が家はダンナサマが仕事でいけなくなったI家の車に乗せてもらい、うちの旦那が運転した。奥様2人は三列目シートに陣取り、到着まで御喋り三昧。この三列目シートが翌日私達に悲劇を招くことになろうとは・・・。 私がいろいろ幹事をしていたので、まず、フロントで受付をし、コテージの案内図をもらい、車で移動。しかし運転手が超方向音痴のうちのだんな。迷って、結局他の車に先導してもらってたどり着いた。とおもったら、部屋がなんかペットくさいし、あらかじめ見ていた間取り図と違う。子供達も「くさい」と大騒ぎ。結局そこはペット同伴コテージだったのだ。早速フロントに交渉。部屋をチェンジしてもらった。その引越しでまた大騒動。でも、「コネクティングルーム」という2LDKのお部屋がベランダて゜二つつながった部屋に落ち着くことが出来た。 晴れてさえいれば、外で遊ぶものも沢山あったのだがあいにくの雨。パワー全開の子供達は、その力をもてあまし、部屋から部屋へと荒らしていく。康平なんて、二段ベットから飛び降りたくらいだ。そして夕食はバーベキュー。これはホテルがわにあらかじめお願いしていた。大人七人前予約していたのだが、結構な量だった。子供達はお菓子の食べすぎで、食が進まず、結構残してしまい、こっちから持ち込んだ予備のお肉まで行き届かなかった。 そして九時にいっせいに母親達が寝かしつけにはいった。康平は他の子供と眠るのがはじめての体験だった。しかし仲良しの子達と一緒にごろごろ。すぐ寝てしまった。寝相が悪い子供たちなので、部屋いっぱいに布団をしいた。 あとは大人のお楽しみタイム。うちの旦那はすでに眠っていた。今回は男部屋と女部屋に分かれていた。 そして奥様達の宴会。そこで今回雨だったのは誰のせいかとなり、結局旅行の旅に天気に恵まれないI家だということになった。そして350mlのビールほぼ一箱飲んだ。三時半すぎようやく眠りについたのだった。 午前五時うちのダンナサマ起床。五時半一番早い子供が起床。そして七時。ちびっこ軍団がお目覚め。そしてまたどたばたはじまった。他の人が朝食の用意してるのをいいことに、私は八時まで寝ていた。しかし眠いわ、気持ち悪いわ、頭痛いわでやっと朝飯を食べた。 そして十一時チェックアウト。このまままっすぐ帰ると言うと、子供達からいっせいにブーイングが出たが、奥様達の体力はない。そして家路についたのだった。 三列目シートで私達は黙っていた。しゃべる体力もない。運転席から旦那が言う「ビニール袋もったか?」私「思い出すから言わないで」そしてうとうとしていた。一番後ろというのはよく揺れる。I家の奥さんが「きもちわるー」彼女はほぼ全身をシートに預けて寝ている。わたしも気持ち悪かったが、二人とも耐えた。そして到着。子供を押しのけ真っ先に車を降りトイレに行ったのは私。そして彼女も真っ白な顔をしていた。後ろを走っていた車に乗っていた子供達は「ママたち寝てたでしょ」とからかってきたが、それに答える気力もない。そして私は荷物も解かず、昼寝に入ったのだった。 昨日までそれを引きずってしまった。でもたいして私は飲んでないのになー。 でも楽しかった。康平は大好きなりなちゃんと一緒にいてご満悦。「またお泊りいこうね。今度はY君パパも」と泣かせることを言っていた。
2002年09月10日
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今日は本命の幼稚園の見学日。9月生まれのお誕生日会があるらしい。家からすぐ近くだったが、雨が降っていたので車で行った。 今日の見学者は六組。もう五十組近くきているようだ。 副園長先生のお話を聞いてから、園舎見学へ。しかし康平は、「ママ康ちゃんここで遊んでいるから」と年長サンのクラスの玩具で、先生と遊んでいる。他の子はママと一緒に園舎見学に行ったと言うのに。多分ジャズダンスの託児と同じだと思っているらしい。康平に見せたかった園児のお遊戯も見ずに終わってしまった。笑えたのは、上履きを持っていったのに、教室に入るときは靴を脱ぐこと。先生に「お行儀がいいのね」と言われた。おかげで靴下は真っ黒。ふだん公共の場で、ベンチとか遊び場とかで靴脱ぎなさいとうるさく言っていたからかな。でも旦那も他の子供でも、靴のままソファーや病院の待合室のいすに上がっている子供を注意したことがある。やっぱりそういうマナーは身に付けさせないと。でも教室はいいんだよ康平。 そして今日とうとうオーブンレンジが壊れた。メーカーに聞いたら、修理だけで一万五千円するという。でもあれがないと私のお弁当つくりは非常に困ってしまう。旦那に泣きついたら、「俺バイト代家計に出してないから、買ってやる」やったー。気が変わらないうちに買いにいった。一万九千八百円也。一番最初に使ったのが旦那だったので、ちょっとむくれたけれど、やっぱり新しい家電は気持ちがいい。でも怖いのはつぎに洗濯機が壊れること。結構年季はいってるからなー。でも次に買うなら洗濯機は大きいのが欲しい。うちのは3.8キロなので二回まわすのは当たり前なんだもん。明日は近所の人たちと、白河のコテージに泊まりに行ってきます。
2002年09月06日
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最近康平は、近所の一歳八ヶ月の「りなちゃん」が大好き。りなちゃんの前ではお兄ちゃんぶって、格好いいところ見せようとするし、りなちゃんに話し掛ける声はとっても優しい。私だって聞いた事が無い。(^.^)そんなりなちゃんと、今日はほぼ一日中遊ぶことが出来た。朝パジャマ姿でぐずぐすしていたら、家の前にりなちゃんがきたのがわかったので「康平、りなちゃん公園の前にいるよ」と声をかけたら、すばやく着替えをして、外にとびだしていった。運悪く、りなちゃんはお母さんと散歩に行ってしまった後だった。「いないねぇ。でもすぐくるよね」公園で遊んでいたら、りなちゃんが帰ってきた。とっても嬉しそうな康平。2人はブランコにのったり、三輪車に乗ったり、お昼まで遊んでいた。午後はりなちゃんの妹が、四ヶ月検診で、お母さんが出かけてしまうので、おじいちゃんとお留守番だそうだ。午後、私達も買い物に行き、帰ってきたら、おじいちゃんとりなちゃんがいた。またまた遊びはじめるふたり。りなちゃんのおじいちゃんに遊んでいただき、ザリガニをとったり、大きなくもをみつけたりしたそうだ。 結局りなちゃんのお母さんが帰ってくるまで2人は遊び、ふたりでブランコの立ちのりまでマスターしてしまった。まだまだ帰りたくなくて泣きながらお母さんに連れられて帰ったりなちゃん。きっと今夜はグッスリだろう。そして康平も、一日中外で遊んだので、泥だらけ。夕飯前にパパとお風呂に入った。私がバイトから帰ってくるとぐっすり眠っていた。そしてとっても優しい声で寝言。「どこにいったんだべなー」夢の中でもりなちゃんとあそんでいるのだろう。
2002年09月05日
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家は貸家に住んでいる。庭には車が3台止められるし、軒下ではベビープールをさせてあげられる。そして玄関を開けるとそこは小さな公園。康平にとってとてもいい環境だと思う。できればこの土地を買って家を建てたいくらい。 そしてもうひとつすばらしいのがご近所さんたち。公園で遊ばせているうちにママ同士がとても仲良くなって、ダンナ衆を巻き込み、家族ぐるみで仲良くなった。たまたま四人のままのうち私を含めて三人が同い年。もう一人もひとつ年上。うちのダンナともう一人の旦那さんは高校の同級生だった。そして四件あわせて子供が十人。小学校三年生から下は生後五ヶ月。 旦那さん同士も、年は違えど、仲良くなって男同士で飲みに行ったり、ゴルフに行ったりそれなりに楽しんでいる。昨日もゴルフに行って今日はその反省会と称して、午後から飲み会をしていた。夕方ついでに私達も混ざって、子供達にカレーを食べさせ、楽してしまってた。今週末は四件合同でコテージに泊まりに行く予定。誰も風邪を引きませんように・・・。 そして、同じ貸家にすんでいるお向かいさん。こちらとも親しくしてもらっている。昨日もダンナが不在で、康平が先にシャワーを浴びてしまったので、私がお風呂に入る間、康平を預かってもらっていた。熱を出した康平を夜中一緒に病院にも行ってくれた。 その他の近所の人たちもみな親切。公園をはさんだお向かいのおばちゃんは、うちらが集まっていると差し入れしてくれたり、私が作れないようなお惣菜を作って持ってきてくれたり、旦那さんは網戸を直してくれたり。本当に恵まれていると思う。 こうやって地域の人に支えられて生活してるんだなーってつくづく思う。そしてこういうところに住めた我が家は本当にラッキーだと思う。長屋的生活悪くないかも。病気は貰っちゃうけどね。
2002年09月01日
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