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今朝、起きがけにふとスマホに手が触れて、見るとメール着信の印。夜のうちに届いていたようです。なんだろうと思って開いてみると思いもよらず訃報という文字が目に飛び込んできました。それに続いていたのは、大好きな、そして心から尊敬している友人の、このブログにも何度か登場してくれた葉っぱ子さんの、名前でした。しばらく目を瞬きながらじーっとモニターを見つめていました。信じられないというより、理解できなかったのです。知らせてくれたのは、一番の親友でいらしたAIさんでした。メールによれば、一昨日の日曜日に急逝されたということでしたが、その日も、その前の日だって、特に変わったことはなく、普通に、いつものように過ごされていたようです。そうなのです。体調が悪いというお話は聞いたことがありませんでしたし、亡くなるほどの病気で療養中というようなことも聞いていませんでした。まだまだお元気で、これからも何度もお会いできるはず。。。でした。でも、それはわたしのと思い込みだったのです。あー、またやってしまったのだと、メールを読んだ時思いました。優しくて、時には凛として、思いやりに溢れた葉っぱ子さんが本当に大好きでした。いつでもじっくり話に耳を傾けてくれて、しっかりと受け入れてくれて、押し付けることはないけれど情に流されることもなく、常に筋の通った解決を探すのが葉っぱ子さんでした。正しいけれど冷たくはない、優しいけれど甘くはない、そんな方でした。ここ何年かの間に、葉っぱ子さんに会いたいなあと思うことが何度もあったけれど、その機会を作れませんでした。いいえ、作りませんでした。それで後悔する経験を何度も何度もしてきたのに同じことを繰り返し、今、また同じ後悔をしています。今も葉っぱ子さんに会いたいです。さようならなんか言いたくありません。まだお別れなんてしたくないのです。でも、明日、やはりお別れをしに行ってきます。そうでないと、さらにまたそのことも後悔すると思うから。だから明日、お別れしてきます。
2023.03.28
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雨が止みました、ようやく。ようやく止みましたよ。東京の桜は何日か前から満開とニュースでは報じられていました。わたしも昨日それをこの目で確認しましたが、傘から雨の雫が滴るような雨の中では、立ち止まって眺める気にも、カメラを構える気にもなりませんでした。でも、昨夜の天気予報では今日は貴重な晴れ間になると言っていたので、晴れたら忘れずに大通りを挟んで家の向かいにある小さな公園の桜を見に行って、満開だったら写真を撮ろうと思っていました。明けて今朝、雨は止んでいました。が、晴れ間とは言い難い花曇りの空。それでも少し早めに家を出て、出勤前の寄り道で公園に行ってみました。公園の桜は今日が最高潮で、あとは散るだけという感じでした。本当に小さな児童公園ですが、10本余りの桜の木が全て力一杯咲いている光景はなかなかの迫力でした。まさに満開。その満開の桜の下で、春休みの小学生がサッカーボールで遊んでいました。幹から咲き出している花たち。開いていない花がないという、こんなタイミング初めてです。五分間のお花見でしたが、堪能しました。
2023.03.27
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昨日はわたしの叔父、母のすぐ下の弟の法事でした。こういう気の張るお出かけは疲れますね。滅多に着ない喪服や式服を用意するのは神経を使いますし、持ち物も忘れ物がないように万端準備して、時間も何度も確認してと、しばらく前から緊張してしまいます。そんなことで緊張する人?と意外に思われそうですが、そういう格式張ったことが本当に苦手なのです。どれだけ念には念を入れても、何か漏れていることがあるんじゃないか、忘れているのじゃないかと、不安が治まりません。当日を迎え、身支度が済んで、玄関を出てしまえば、あとは気を揉んでも仕方ないと思うせいか八割がた終わった気分になります。昨日も、家を出ると途端にホッとして、傘をさして雨の中だというのに、気分も軽く歩いて行きました。法要を行うお寺の周辺に数本大きな桜の木があり、その後の会食をするお料理屋さんも桜並木に面していて、例年より早く咲き始めた桜がその日には満開になるだろうと思った、その予想は当たったのに、鬱陶しい雨降りの1日になってしまいました。朝から止み間のない雨で、お墓にお線香をあげたり、お寺からお店に移動するほんの少しの間も傘を差してもじっとり濡れて、せっかく満開の桜も台無しでした。その叔父の法事は七回忌だったのですが、ご住職のご法話で、七回忌は小祥という別称があることを知りました。人が亡くなると「成仏する」などと言いますが、亡くなってすぐ仏に成れるわけではなく、勉強や修行をして本当の仏になるのは12年後、十三回忌を迎えてからだそうです。6年後の今はちょうど半分の折り返しなので少しおめでたい、だから小祥なのですって。それを伺って、そういえば今年は父の十三回忌の年だと思い出しました。と言うことは父はまだ仏様になっていなかったのだと、不思議な気持ちになりました。と言うのは、20年以上前に亡くなった母は、亡くなって数年は夢に出てきたり、なんとなく気配を感じるようなことがあったのですが、父は亡くなった直後すら夢に出てくることもあまりなく、2、3年後には夢にもほとんど現れなくなりました。きっと母がいたからあちらの世界にスッと馴染んで、さっさと成仏してしまったのだと勝手に納得していたのですが、そうではなかったのですね。面倒見の良い母でしたから、威張りんぼうなくせに実は末っ子気質の父を、彼方の世界でもよくお世話してあげていたのだと思います。だから父はあちらの世界に行っても寂しくないどころか、むしろ居心地が良くて、こちらの世界に未練を感じることもあまりなかったのでしょう。そして住職様の仰る通りだとすると、母が本当に仏様になったのは父があちらに行って3年後のこと。2、3年後から、父が全然こちらに来なくなったのは、母が成仏してますます穏やかに居心地が良くなったからということもあるのかもしれないと、そんな計算をしながら、法事の後の雨の午後を過ごしたわたしでした。
2023.03.27
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今回のWBCの試合は一次リーグが日本開催で、とても都合の良い時間に放送されたおかげでしっかり観させていただき、取り立てて野球ファンというわけではなかったわたしもとても楽しませていただきました。大谷選手、ダルビッシュ投手、吉田正尚選手といった大リーガーの活躍はさすがでしたが、他の選手たちも皆、期待通り最高の働きをして見せてくれました。あまり野球界のことに詳しくないわたしが前から知っていた選手は数人しかいませんでしたが、そのほかの方も皆さん国内で最高レベルのプレイヤーなのだと思います。その選手たちが、それを鼻にかける風もなく、とても真摯に、必要な事ならなんでもするという態度でプレイをしていた姿がとても印象的でした。それを象徴するのか、イタリア戦で大谷選手が見せたセイフティバントだったと思います。数日後、あるニュースショーで三冠王経験者のゲストコメンテイターが自分だったらしないと言っていました。自分の仕事はそれじゃないから、と。「大打者たる者」とか、そんな感じでしょうか。今までならそうだっただろう、それが普通だっただろうと思いました。でも、彼らは、この若いWBC日本代表チームの選手たちは、違うようです。どちらがいいということではないと思いますが、自由で柔軟な感じがしました。バントって、普通はベンチというか監督の作戦に従って行うものだと思うのですが、あのバントは大谷選手自身の選択だったように見えました。そういう、自分で考えようとしているように見えるところも、今回の日本チームの、今までと違うところのような気がします。選手自身の意識もですが、監督もそれを望んでいるように思えました。というか監督が許さなければ、選手が考えを行動に繋げることはできませんよね。先日、わたしが栗山監督は新しいタイプの監督?と書いたのは、そんな風に感じたからでした。あるブロ友さんのコメントによると、栗山監督は選手としてすごい記録を残した方ではなく、監督としても優勝回数が特に多いというわけではないそうです。チームスポーツでは、「カリスマ」と呼ばれるような個性の強い監督が強いチームを育てた話が多くて、また、そういう方が名監督と呼ばれたりしているようです。でも、栗山監督はそういうタイプの名監督ではなく、新しいタイプの名監督なのかもしれません。そんな新しいタイプのリーダーのもとで自分の才能を伸ばしていけるのは、縦社会の枠の中に収まらず柔らかい意識を持ち続けながら自分で自分を育てる意思のある人なのでしょう。今までのスポーツ選手とはややイメージが違うような気がします。今回のジャパンチームはとりわけ年齢が若いようですので、こんな新人類とも言えるような思考方法、行動様式を持つプレイヤーが多いのかもしれません。史上最強といわれたチームだそうですが、ただそれだけでは優勝まではできなかったかもしれません。今までとはどこか違う若い選手たちが伸び伸びと考え、実力を発揮して優勝するには、きっと栗山監督という、新しいタイプのリーダーの存在が大きかったのではないのかしらと思います。
2023.03.24
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19日の日曜日、整体の予約をしていたのですが、萩、津和野に行っていた二日間を挟んで2週間休みなしだったのが堪えて、動く気になれず、昨日に替えていただきました。先日のMRIの結果もお伝えしたら、安心したと喜んでくださいました。施術の後、いつものスーパーに買い物に行ったら、このところ日曜日に行っていたのでお休みだったお隣のお花屋さんが開いていました。この日は、いつもよりお値段は高いけれどすごくボリュームのある花束が並んでいて、今回のサブスクと正反対の派手で個性的な色合わせが面白くて、買って来ました。華やかでしょ?奥行きのない階段の窓際には置けないので、ボリューミーなこちらのほうをリビングに飾りました。いっぺんに春がきた感じです。これ、700円だったんですよ。お安いですよね。で、お会計を済ませて、ふと脇を見ると、青いデルフィニウムの花。色合いがとても素敵で、素通りできずお値段を聞くと、一本300円。って、もらったお釣りとちょうど同じ金額ではありませんか。これは買うでしょ!ということで連れて帰って来ました。この子です。こちらは玄関にと思っていたのですが、ふと思いついて、こんな風に↓置いてみたら、これも素敵じゃないですか?なんか面白いし、2ー3日このままにしてみようと思います。ずっと後ろに隠れたままではデルフィニウムも可哀想なので、2-3日したら、玄関に移します。
2023.03.23
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昨日、今日とWBC日本代表チーム、素晴らしい戦いを見せてくれましたね。昨日は全員メジャーリーガーのメキシコチームに対して一歩も引かず、どころか、最後に不振だった村上がとうとう爆発してくれて、逆転での準決勝突破。そして今日はまさにメジャーリーグ代表のアメリカチームを向こうに回しての決勝でしたね。一点差に詰め寄られながら、その一点を守り切っての優勝でした。実はmamatam社、最後のイニングは仕事中なのに全員でパソコン観戦してしまいました。大谷対トラウトという多分二度と観られない対戦を、みんなで固唾を飲んで見守り、スリーアウトの瞬間バンザイ!でした。予選リーグから一度も敗戦をせず全勝での優勝は本当に快挙ですよね。試合を見ていて、プレーはもちろんですがそれ以上に感動したのは今回の日本代表チームの雰囲気の良さでした。メンバーの誰をとっても日本野球界の最高峰、世界に通用する実力の持ち主なのに、そのことを鼻にかけたり尊大な態度を取る(ブイブイ言わせるという感じの?)選手が一人もいなくて、皆さん本当に真摯な態度でプレーしているのがとても爽やかでした。メンバーが皆とても若いということもあったのでしょうが、きっと監督のお人柄もあったのではないかと思うのです。栗山さんは、きっと新しいタイプの監督さんなのじゃないでしょうか。選手に対して威張ったり、自分の考えをゴリ押ししたり無理強いしたりということがあまりなさそうに見えます。そういうこともチームのゆったりした雰囲気につながっているのかしらと感じました。野球が大好きというわけでわないわたしですが、今回のWBCは見られて良かったと思いました。今日は、萩、津和野の旅レポのおかげで紹介し損ねていた、今週のサブスクのお花の写真をアップします。旅行でわたしが不在だった先週末はお花の配送も休んでもらって、この前の土曜日に2週間ぶりに届けてもらったお花です。久しぶりのバラと、ピンクと紫の矢車菊をメインにしたアレンジでした。すっきりした、清楚な雰囲気が素敵です。階段の踊り場に飾りました。
2023.03.22
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萩も津和野も、仕事に追われて事前の下調べはほとんど出来ず、観光コースを自分で考えるのは無理でした。それに、帰ったら翌日からまた1週間仕事で、2週間休みなしになるので、どちらの町も歩いて回るのはきついので定期観光バスを探しましたが、津和野も萩も運行していませんでした。津和野では、そんなわたしにぴったりの自転車でのガイドツアーがあったので予約しました。でも、萩にはそれもなくて、贅沢とは思ったけれど観光タクシーを利用することにしました。津和野でも萩でも、コース設定は全部お任せの丸投げ、ほとんど白紙の状態でしたが、津和野ではガイドのさとしクンが、萩ではドライバーさんが行った先々でその場所のことをきちんと説明してくれるし、疑問に思ったら訊けば答えてくれるので、身体も頭もまさにノンストレス、とても楽しく過ごさせて戴きました。そんな観光タクシーのドライバーさんともいよいよお別れです。最後に美味しいお昼のお店を教えていただいた中からわたしが選んだのは、十割蕎麦のお店、がんこ庵さんでした。一人ですけど、大丈夫ですか?と伺うと、女将さんが「ええ、ええ、大丈夫。あなたにぴったりのお席がありますよ。」と案内してくださったのは四人掛けのテーブルに一つ空いた席でした。高齢の女性がお一人でざるそばを召し上がっていて、向かいに女性がお二人。お話が弾んでいました。聞いていると年配の女性は萩の方。お二人は広島からいらした母娘さんで、初対面の様子です。でも、お庭の手入れやご家族の話などですごく盛り上がっていらして、わたしも問われて、東京から一人で来て、今日はもう帰ること、見て来た椿の山や東光寺のパン屋さんのことなどをお話しました。一人客の高齢女性を気遣っていらしたらしい女将さんが、わたしたちのテーブルにだけ特別と言って真っ赤な大粒のイチゴを一粒ずつ持って来てくださって、お食事もおしゃべりも楽しんで、他の三人はそれぞれにお食事が済むと出ていかれました。わたしはおかげですっかり気持ちがほぐれ、注文したお蕎麦が出てくるまでだいぶ待たされたのに、知らない街の知らないお店に一人ポツンと座っている緊張感を全く感じませんでした。わたしが注文したのは近くの農場でお野菜やハーブなどを餌に平飼いで育てていると言う地鶏黒かしわの鶏せいろ。女将さんは、散々待たせた挙句に「すごく元気な鶏さんで捕まえるのに手がかかった上に、あなたのために美味しくなる魔法をかけていたので時間がかかりました。」ですって。あはは🤣でした。お蕎麦はこんなに細くて綺麗なのにつなぎなしの十割そばで、そのままで2-3本口に入れたらとてもいい香りがしました。最初は汁をつけずにお塩(お蕎麦の向こう側にあるブルーの瓶の萩のお塩)を振って食べてみてと言うお勧めで、そうしたら、甘味が立って確かにとても美味しかったです。汁も鶏と魚介の出汁の旨みが混ざり合っています。しっかり焼き目のついた白ネギと鶏がいい味です。わさびはお蕎麦に載せて、汁に混ぜないで食べてって言ってたなと思い出し、少しずつお蕎麦に載せて、お蕎麦とわさびの香りと甘味を味わいながらいただきました。鶏は地鶏にしては柔らかめ。とはいえしっかりした歯応えで、香しくて、本当に魔法をかけたように美味しかったです。だいぶ待たされたのでここでずいぶん時間を使ってしまいましたが、空港までの乗合タクシーの時間まで古い建物が残る街並みを歩くつもりでした。下調べをしていないので、地図を見てもあまりよく分からず、スマホの萩観光のサイトやマップなども使いながら、のんびり歩いて、こちらの御朱印をいただきましたが、ふと気づくと、スマホの電池の残りが少ないのです。写真をたくさん撮ったり検索やマップを見たので思いの外電池を使ってしまったようです。マップをやめて適当に歩いて、雛人形の展示などを見ましたが、電池のことが気になってオチオチ観光していられません。と言うのは、今回の旅で知ったのですが、今は飛行機も事前にスマホでオンラインチェックインと言うのをして、その時付与されたバーコードを提示しないと搭乗ができないみたいなのです。電池切れでスマホが開けないと飛行機に乗れないかもしれません。それは大変です。前日の津和野は山の中なので電池の消耗が早くて、持って来たモバイルバッテリーも使ってしまい、バッテリー用の充電コードを忘れてきたため充電もできていません。ホテルで頼んでみればよかったのに、思いつかなかったのが大失敗でした。歩きながらコンビニでも見つかればバッテリーを買うつもりでしたが、コンビニも見つかりません。乗合タクシーの乗車時間まではまだ2時間くらいありましたが、集合場所のバスセンター付近の方がコンビニも見つかりやすいかと思ったので、観光はやめてそちらの方に移動することにしました。バスセンターの近所には小さなスーパーが一軒あるだけでコンビニは見つかりませんでしたが、スーパーの隣にauショップがあったので中に入りました。スタッフは皆接客中で頼める人がおらず、ずいぶん待ってようやく一人の接客が終わったので事情を話して充電してもらえました。10分ほどで時間切れ。22%で心許ないのだけれど、タクシー乗り場に行き、ロッカーから重い荷物を回収して乗合タクシーに乗り、空港に向かいました。無事スマホを使って搭乗もでき、ほっとしていると、萩からの乗合タクシーの相客さんがわたしの一つおいた隣の座席に座っておいででした。奇遇!と思いましたが、この方にはご挨拶だけしかしませんでした。と言うのも、萩空港に着く頃からひどく降り出した雨、低気圧のせいか、巡航高度に入った頃からわたしは耳が詰まったようになり、音もほとんど聞こえなくなってしまったのです。時々ピキッと痛みも走るほどで、このまま聞こえなくなってしまったらどうしようと不安になる程でした。羽田に着陸するとだいぶ良くなり、家に着いた頃にようやくほぼ聞こえるようになりました。よかったです。無事家に戻れて、楽しい思い出もたくさんできて、ほとんど何も準備せず旅立ったにしては、もう上出来以上、100点満点で120点くらいのお点が戴けそうな今回の旅でした。最後にあれこれ焦り、おかげで、萩の一番萩らしいところが見られずに終わってしまいましたが、満足感でいっぱいで、残念さも悔いもありません。なかなか行ける場所でもありませんが、またぜひ訪れてみたいという気持ちで終われて、本当に良い旅が出来ました。でも、たった一つ、残念なことがありました。それはホテルでもらった、萩で使えるクーポン券。ホテルの売店でお土産を買った時に2枚使ったのですが、1枚だけ、宿泊した施設では使えないものがあったのです。午後に使おうと思っていたのに、おそばやさんではすっかり忘れていて、入ったお店で扱っていないと言われたりで、使えなかったらどなたかに差し上げようと思っていたのにその後はそれどころではなくて、結局1,000円分残してしまいました。家に帰って荷物の整理をしたら出て来て思い出しましたが、もう、今更です。記念品にしましょうか?
2023.03.21
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萩旅レポを続けます。昨日の椿の原生林のオハナシ、あれは明治になりお留山だった笠山の立ち入り禁止が解かれ、木が切られ日当たりが良くなると、虎ヶ崎では日向が大好きで育ちの早いヤブ椿がいち早く切り株から芽吹いて育ち、落ちた種が芽吹いてまた育って一面椿の林という今の姿になったそうです。説明不足でしたね。さて、次は萩で一番大きなお寺、東光寺さんだそうです。海産物マーケットの萩シーマートとか河津桜がきれいに咲く展望台とか大きな蒲鉾屋さんの脇とかを通り過ぎてお寺に向かいます。禅宗である黄檗宗の寺院です。毛利家の菩提寺で、長州(萩)藩の奇数代の藩主の墓所だそうです。そういえば、幕末になって萩藩は萩にあった藩庁を山口に遷したんですって。あれがなかったら、山口県は萩県で、県庁所在地は萩だったかもしれないと、運転手さんはちょっと残念そうに言っていました。さて、お寺へお詣りにいきましょうか。入り口は総門。この門をくぐり、拝観料を払い、書き置きがありますと言われて御朱印を拝受。なぜ書き置きだったのか、後でわかりました。めちゃくちゃ立派な山門をくぐった先には御朱印に書かれた大雄宝殿。正面から見るとまさに勇姿です。大雄宝殿の鬼瓦です。こちらは修復されたもののようですが、24個あるうちのいくつかは創建(元禄時代)当時のまま残されているそうです。大雄宝殿の奥の墓所に続く石畳。その奥には500を超えると言われる石灯籠が立ち並ひ、その先に見える鳥居の奥に代々の藩主と奥方の墓碑が並んでいます。真ん中が第3代藩主と奥方のお墓です。いきなり出て来たこの美味しそうなパンは大雄宝殿の隣の方丈の裏手にひっそりと立つお寺直営のパン屋さんの製品。カンパーニュの1/4カットの一部(誰かが食べた残り😂)です。このパンが、御朱印が書き置きだった理由なのではないかとmamatamは推測しているのですが、だって、住職さん、このパン屋さんのレジにいらして、「はい、300円戴きます。」っておっしゃっていたんですもの。写真の2倍弱の大きさのカンパーニュが300円って安すぎません?しかも1/4カットはお値段も1ホールの1/4なのです。優しすぎ!荷物に余裕がありさえすれば1ホール1200円、絶対買いだったのに!聞けば、ここは、パンが大好きなさ住職さんの希望で、本当はご飯党のパンはほぼ召し上がらないお嬢さんが焼いて、奥様が売り場を守っていらっしゃるお店なんだそうです。あまりにこのカンパーニュが美味しそうなので、ホテルでお酒など重いものをたくさん買ってしまったんだから持ちきれないと思いつつ、我慢しきれず「飛行機の中で食べちゃえばいいのよね!」なんて言って買ってしまいました。そしたら奥様が5枚にスライスしてくださったのです(萩の人、やっぱり親切!)。飛行機に乗る前に2枚食べちゃった犯人はわたしなのですが、すごく美味しかったです。パンを買って次に向かったのは、「萩といえば」な松陰神社でした。運転手さん、吉田松陰さんを「松蔭先生」と呼んでいらっしゃいましたよ。小学校の頃、朝礼のように始業前に松陰さんの言葉や歌を唱和するとかそんなふうにして育つので、萩の方にとっては親しむと同時に無条件に尊敬する方なんだそうです。松陰神社、鳥居と御本殿、一門のお弟子さんたちを祀る末社、松門神社。これがあの松下村塾!最初は右側の部分だけだったそうです。本当に狭くて、八畳ほどのお座敷一間だけです。のちに一門の人たち皆で左側に一回り広い部屋を増築して拡げたそうですが、それにしてもやっぱり狭い、ほとんど小屋のような建物です。ここから伊藤博文や高杉晋作はじめ何十人もの明治時代を作ったとも言える人々が巣立って行ったとはとても信じられませんでした。しかも吉田松陰が松下村塾で塾生たちと接した期間は、松陰がアメリカ密航を企てた罪で萩に幽閉された年から安政の大獄に連座して江戸で刑死するまでのわずか一年ほどなのです。松蔭の生涯を辿ると、本当に驚くことに、9歳で藩校明倫館で兵法を教え(学び、ではなく)、11歳で藩主に講義をして才能を認められ、明倫館の塾頭として桂小五郎や山縣有朋にも兵学などを教え、やがて松下村塾を引き継ぎ、罪を得て斬首されるのですが、享年わずか29歳と言う早熟の天才でした。本当にユニークでなかなか傍迷惑な人ではあったそうで(運転手さん談)、同時代の人々、とりわけ頭の硬い幕府の役人、要人たちには到底理解が及ばなかったのだろうとは思いますが、それにしても、これほどの頭脳、才能に天寿をまっとうさせていたら、日本はどうなっていたことだろうと、思わずにはいられませんでした。今、この現代でも、松陰を師と慕う人がたくさんおられることが頷ける気がします。そうそう、大事なことを忘れる所でした。こちらの松陰神社では、御朱印を目の前で書いていただけました。ご覧にいれますね。この言葉は松蔭を語るのに欠かせないもののようです。萩をめぐる観光タクシーはここが終点で、バスセンターに戻り、楽しいガイドをしてくださったドライバーさんとはお別れです。その前に美味しいお昼を食べられるお店を紹介してくださったのですが、そこでまた素敵な出会いに恵まれました。そのお話はまた、明日にでも。
2023.03.20
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萩の旅レポ、続きです。たっぷり眠って、目が覚めたら午前5時でした。もちろん起きないし、テレビもつけません。ただただお布団の中でゴロゴロ。普段は絶対できない至福の時間でした。窓の外を見ると、もちろんまだ日の出前です。夜明け前の海の美しいこと。ちなみに日の出は7時頃。朝風呂から帰ってきて撮りました。朝食は7時半に予約してあります。お食事処に行くともう用意してくださっていて、朝も少しずつの盛りだくさん。まず、右奥の夏みかんジュースをいただき、右手前の四角いお皿、これ、イカ刺しでした。甘くてプリプリ。すごく美味しい!丸いザルの中の右奥の小鉢の釜揚げしらすが、これもメッチャ美味しかったです。奥のピンクの小鉢にスプーンが添えであるのはサラダドレッシング。夏みかんと醤油でジュレ仕立てになっていました。夏みかんジュースの隣のヨーグルトのトッピングは夏みかんの皮の甘煮です。萩は本当に夏みかんの街なのです。小鍋は湯豆腐です。朝の湯豆腐なんて、贅沢!厚焼き卵としじみ汁がでたあと、コーヒーも。コーヒーはトアルコトラジャでとっても美味しかったです。朝ごはんの後はゆっくり荷造りをして、ロビーの売店でお土産を買いました。夫と息子に前夜飲み比べした地酒と、お嫁ちゃんに朝ごはんに出た夏みかんジュース、美味しかったので重いのに後先考えずに買ってしまって、後ですごく後悔しました。我が家と息子家にふぐだし塩、mamatam社の女性スタッフ達に萩名物しらすとワカメの入ったなぶら(小魚)ふりかけ。わたしの記念にクリアーホルダー2種、椿と夏みかんの図案です。チェックインのときに戴いた萩で使えるチケット3,000円分のうち2,000円はここの売店で使えました。買い物が済んで予約していたタクシーのピックアップが10時の約束だったので、ロビーで待ちました。待っている間にこんな写真を撮りましたよ。観光タクシーが10時に来てくれて、まず最初に椿の原生林に行きました。海沿いの山道をゆっくり登っていくと、椿の花が散り敷いて綺麗です。今が満開のようで、椿祭りが開催されていました。るこんな散策路を通って海の見える場所に出ます。後ろの島は大島だそうです。この服は大島紬とカーキ色の大風呂敷を接いで、無地の風呂敷のところに大島のパッチワークをした(わたしがしたわけではありませんけど)お気に入りのチュニックなのですが、この日、椿まつりで広場にテントを張って売店をしていらした漁協の婦人部?の方が、大島でしょ?リメイクしたの?良いわね、良いわね!っていろいろ話しかけてくださって、それをきっかけにいろんなお話を聞けました。着物リメイクの功徳ですね。ここの椿の実を絞った油があったら買いたかったのだけど、それはないんですって。いやいや、また重くなるから、なくってよかったのですけど、でも、こんな小魚の干物を我が家と息子家にたくさん買って来ました。この売り場なテントにいらした方が網元さんの奥様だそうでした(タクシーのドライバーさん情報)。その先の駐車場の隅で洗濯干し用のピンチにワカメが干してあって、それも欲しいと思ったのだけど、まだ売店が開いてなくて断念。あまりに残念がるので運転手さん、ちょっと呆れてたみたい。この後、山を降りて麓の明神池で泳いでいるお魚に観光客などが投げ与える餌のパンを狙ってトンビがたくさん飛んでいるのを眺めました。たまにダイビングキャッチとかするらしいです。ヌートバーか?手前の波紋の下に見える黒っぽいモノはお魚、たぶんボラです。タイもいたし、時々エイなんかもいるとか。この池は海と繋がっていて、そこに漁師さんが網にかかった魚を放したりするからだそうです。写真奥の方に神社もあったのですが、普段は神職さんはいないから行かない方がいいよ!とのことで、お詣りも御朱印も諦めました。まだまだ続く萩の旅です。
2023.03.19
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今日は旅レポお休みです。先日撮ったMRIの結果と診断を聞きに病院に行って来ました。土曜日の診察は予約が取れないとのことで、朝9時に受付をして待合室で待つこと2時間半、中待合にと言われてそこで待つことさらに15分。ようやく診察室への入室が許され、診断を伺いました。初診時の超音波検査で子宮の後ろ側に何かの存在がはっきり見えていたので無罪放免の可能性はゼロとは思っていましたが、その予測通りとなりました。ただ、MRI画像を見ても組織の変性はなく、差し迫って気がかりな状況ではなかったようで、すぐに手術をしたほうが良いとかではなくて、少し様子を見ましょうということでした。まずは3ヶ月くらい置いて再度超音波検査を受けに来てください、それで大きさに変化がないか、組織の変性はないかなどを見てみましょうと、今日のところはそういうお話でした。両手をあげて、万歳!めでたい!というわけには行きませんでしたが、まあ、良かったかなという感じで、正直、かなりホッとしました。今回は診察料250円の支払いをして終わり。たったこれだけのために3時間半かかりました。病院は錦糸町駅の近くなので、スカイツリーが触れそうな近さに見えますが、今日は久しぶりに肌寒い雨で684m、頭は雨雲の中で、わたしの気分そのものでした。でも、お腹は空いたので病院近くのお蕎麦屋さんでお昼を頂きました。お昼の御膳。炊き込みご飯と小鉢、ざる蕎麦に天ぷら。美味しかったです。食べたら元気になったみたい。なあんだ、お腹すいてただけなんじゃない!ということで、まだお腹には余裕があるし、先日も行ったすみだ珈琲さんに、雨の中寄り道。これはもう、完全復活ですね。なんとゲンキンなmamatamさん!☺️今日もおすすめのコスタリカを戴きます。カップは七宝柄。素敵です。今日はアップルタルトも。揃うとこんなビジュアルです。ケーキのお味は評判通り、なかなか美味しいです。そしてコーヒーを飲み終えるとカップはこうなりました。やっぱり素敵。今日は切子カップ オールスターの写真も撮って来ました。一客13,200円だったかしら?買わないけど。あまり長居のできないお店なので、しっかり味わって飲んで食べて、早々に失礼して、駅前へ。そこにもう一つお目当てがあるのです。それがタイトルの大きな鰻。錦糸町にはわたしが子どもの頃からあるお魚屋さん、魚寅さんというお店があって、安くて美味しいので有名です。そこで先日たまたま見つけた鰻の蒲焼、それが三河一色産でなんと一串1,400円から1,600円!スーパーより断然安い。一番安いので十分なのだけれど、それはいつも売れてしまって1本か2本しかないのです。息子家の分も頼まれるので足りなくていつも1,500円の、ちょっと贅沢なのを買います。今日も1,400円はなくて1,500円。メジャーを添えてみました。15cm✖️10cm!肉厚でふっくらした美味しいうなぎです。今夜は贅沢しますよお。ついでにこちらも焼きエビ、ブラックタイガーです。大きさはカレースプーンくらいあるんですよ。うなぎと一緒に買ったのでお店のおじさん、100円おまけしてくれて3本1,000円です。これは明日のおかず。ふふふ、明日も贅沢ですね。
2023.03.18
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津和野を真昼間の14時56分に出発したバスが終点東萩駅に着いたのは、夕刻16時37分でした。バス料金は2,220円。現金で支払いをしようとすると、運転手さんが「支払いは現金ですか?」みたいなことを尋ねてきました。これがモロ山口弁で、わたしには、現金なの?勘弁してよ!みたいなニュアンスに聞こえて、びびってしまいました。それで思わず、「だって、あの、こっちの電子マネーとか持ってないし。パスモかスイカならありますけど、使えませんよね?」とかゴチャゴチャ言っていたら、「いいもんがあるから、それあげるからまず2000円出して。」というので渡すと、「こんなのがある」と見せてくれたのが、プリペイドカードでした。で、1枚につき10%100円のおまけがつくんですって。このカードを2枚くれて、あと20円出してというから払うと、2020円でバスに乗れたことになりました。最初怖かったけど、ヤダ、山口の人、親切!駅前で下りて、うろうろしながら待つと、5時にホテルからのピックアップのバスが来てくれて、これもまたわたし一人の貸し切り。ドライバーさんが独り漫談をしながら運んでくれました。玄人はだしの話芸でしたよ。ホテルは新しくはないけれど清潔で、ゆったりしていました。最近リニューアルをしたとかで、お部屋はこんなふう。洗面所が可愛かった。楽天トラベルの特典で浴衣貸出無料だったので、これを借りました。窓からは海が見えます。こちらは右方向。そして左にカメラを向けると朝日も夕日も見えると聞いたけど、山があるし、どちらも見えませんでした。大浴場は2か所あって、時間によって男女が入れ替わります。温泉は写真を撮れませんでしたので、ホテルのHPから。手前側が露天風呂で、向こうに海と山が見えます。お風呂は二つ並んでいるのでどちらも似たような景色です。早速お風呂に入って浴衣に着替えて、夕食は19時30分の予約なのでゆっくり食事どころへ。朝晩同じお部屋でした。夜撮り忘れたのでこれは朝食の時です。お隣のお部屋の声は聞こえますが、1人でゆったり戴けました。晩ごはんがもうすごーく豪華で、びっくり🫢‼️すごい品数ですけれど、これ、まだ全部じゃないのです。お品書きです。左奥の炊き込みご飯を炊いているおかまの隣は鮑のバター蒸しです。右奥の鍋はふぐちりです。フグは他にもお刺身、フライ、チリソースとありました。真ん中の小鉢の三種盛りは塩辛がとっても美味しかったです。ビールの脇にあるお刺身三種はマグロと鯛とヒラマサで、とりわけヒラマサが最高でした。これだけ美味しいものが揃ったら日本酒は欠かせません。1人なのでお部屋に歩いて帰れなくなると困るので、萩の地酒三種飲み比べをお願いしました。左から宝船、長陽福娘、東洋美人。どれもふっくらと麹の香る美味しいお酒で、なかでも東洋美人がわたしは一番気に入りました。メヌケの煮付けです。これ、本当に美味しかった。大和蒸しと柔らかい長州牛の一口ステーキ、お吸い物デザートもありました。朝は早かったし、お昼は食べ損ねておせんべいだけで、お風呂から出てきた時は倒れるかと思うほどお腹がぺこぺこだったので、この量をほぼ完食!でもご飯は食べられなくて、そう言ったら、なんと、おむすびにしてくださいました。お部屋にお持ち帰りくださいってお箸もつけてくださって、ビックリでした。これ、実は翌日持って歩いて、帰りの飛行機に乗る前にいただきました。美味しかったです。この後、もう一度お風呂に入り、お部屋にもどりましたが、バスで爆睡したとはいえ前日2時間弱しか寝ていなかったし、流石に疲れも出て、そのままバッタリ倒れて眠ってしまいました。
2023.03.17
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やや遅れながらなんとか駅の観光協会に戻り、担当の方とこの日のガイドをしてくださる方にお会い出来ました。自転車はレンタルの物を用意してくださるとのことでしたが、電動のスポーツタイプになるかもと言われていて、スポーツ車は多分乗れないと思っていたので少し心配していましたが、普通の形の電動自転車だったので安心しました。津和野は小さな町ですが、山間の町なのでそこそこ傾斜があり、電動でないと厳しいかもしれませんが、新しくてきれいな自転車でした。ガイドのさとしクンは島根出身で広島在住、この日は朝広島を出て車で来てくれたのだそうです。ツアー参加者はわたし一人(!)。ちょっと、それ、赤字じゃないの?と心配になりました。最初に少し試し乗りをして、コースや津和野の町について説明を受け、のんびりと二人で出発です。駅前からしばらく商家の続く商人地を走り、武家地に入っていきます。昔はこの間に門が建っていて、許可された人以外は入れなかったそうです。街並みはとても古くて建物も年代を感じさせますが、よく手入れされ、綺麗に保持されていました。街がとても大事にされている感じを受けます。それを伝えると、さとしクンわが意を得たりとばかりにとっても嬉しそうに、津和野の人たちは津和野が大好きで、とても大事にしていると教えてくれました。津和野には、幕末に描かれた百景図というものがあり、明治以降津和野の街の人たちはこの百景図に描かれた津和野をそのまま残そうと、ものすごく頑張ってきたそうなのです。なのでこの百景図に描かれた場所に行って現在の姿と幕末のその図を比べると、ほぼ同じ!というところが何箇所もあるのだそうです。最初にわたしたちが走ってきた武家地のメインストリート=殿町通り=沿いの景色はまさにその典型です。さとしクンが百景図のコピーを見せながら説明してくれましたが、森鴎外も学んだ藩校の養老館や、昨日の源氏巻の家老多胡さんの家など、まさに百景図のままでした。面白いのは、現代の津和野では街の代名詞のようにもなっている堀が、実はその百景図には描かれていないことでした。それは堀が、度重なる水害の対策として明治以降に掘られたから、なんですって。自転車ツアーだったため、走りながら写真が撮れず、この辺りの写真がありません。数少ない写真をアップしますと、津和野のマンホール蓋、その1。津和野のゆるキャラ(名前失念)の蓋です。その2。家老屋敷の塀と門でしょうか?そしてそのマンホールを撮っているわたしをさとしクンが撮ってくれました。こちらがそのさとしクンとわたしです。森鴎外の生家を訪ねた後、川沿いを走っていたら、知り合いの方にバッタリ会って、その方がシャッターを押してくれました。若々しくはあるけれど落ち着いた感じのさとしクン、息子より少し上?30代後半くらい?と思ったら6歳年上ですって。1980年生まれ?それでもやっぱり若いわね。右側に見えるのが今回お借りした電動自転車です。後ろに見えるのは津和野のシンボル青野山かもしれません。青野山、ぽっこりまあるい可愛い山です。鴎外の頃は「いもやま」と呼ばれていたそうです。「芋山」かと思ったら「妹山」なんだそうですが。まぁるいのはこれが溶岩ドームだからなようです。この後永明寺(ようめいじ)に行きました。ここは森鴎外のお墓があります。鴎外は、作家としてでも、最高位に上り詰めた軍医としてでもなく、1人の人として津和野に戻ってくることを望んだそうで、墓碑にはただ森林太郎墓とだけ刻まれていました。晩年、津和野に戻ることを強く望んでいたそうですが、鉄道(山口線)は林太郎が亡くなった翌年に開通し、彼の帰郷の望みは存命中には叶わなかったとのことでした。このお寺には、また、代々の藩主や主だった家臣も葬られているそうです。奥に見えるのは御本堂の屋根、手前の門は藩主がお詣りするときだけ使われたものだそうです。本堂の屋根は葺き替えられたばかりとのこと。屋根を葺く茅をあつめるだけでも何年もかかったそうですが、檀家の方々の協力で、出来上がったばかりだと、ご住職の奥様が話してくださいました。この日はご住職がご不在とのことで、書き置きでしたが御朱印を拝受することができました。こちらです。書き置きですが、なんかすごく心がこもっている感じがします。サイクルツアーはここで終わりで、駅に戻りました。この後は津和野発14時56分の路線バスに乗って萩に移動します。実は、わたしはこの日お昼ご飯を食べ損ねていました。どこかでお昼を食べたいと思いつつ、駅の目の前にある安野光雅美術館にもぜひ寄ってみたくて、1時間強ほどある時間をどう使おうか、ぼんやり悩みながら、吸い込まれるように美術館に入ってしまいました。入場券です。安野さんが津和野町の出身というご縁でここにこんな美術館ができたそうです。緻密でいながら温かみのある安野光雅さんの作品がたくさん展示されていて、内装も安野さんの作品にぴったり。窓から見える別棟です。ここにも石州瓦が使われていました。記念にクリアホルダーを買ってきました。のんびり見た後、カフェテリアでお茶と軽食でもと思いましたが、売店しかないとのことで、結局お昼は食べ損ね、駅前のなんとも形容のしにくいお店で、ペットボトル入りのまめ茶とお煎餅を買い、駅前のベンチに座ってバスを待ちながら食べました。まめ茶は、帰ってきて調べからカワラケツメイという薬草のお茶なんだそうです。とってもおいしくて、体にも良さそうだし、お取り寄せしてみようかと思っています。おせんべいも美味しくて、バリバリ食べていたら、バスが来ました。東萩駅行き、終点まで1時間40分くらいかかります。乗り込んだ乗客はわたし1人。車内は静まり返っていました。最高に良いお天気で、ポカポカしたバスの中で、寝不足のわたしはいつの間にか爆睡していました。途中何度か目が開きましたが、すぐにまた眠りの世界に戻ってしまい、はっきり目覚めたとき、バスはもう萩市内を走っていました。楽しかった津和野でしたが、半日の滞在はやはり短すぎました。名物のうずめ飯も食べられなかったし、もう一度来ないといけないような気がしています。付記昨日の日記で、仮名手本忠臣蔵の浅野内匠頭をモデルにした登場人物を塩谷判官と書きましたが、変換ミスで塩冶判官が正しいです。読み方はえんやはんがんです。失礼いたしました。
2023.03.16
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萩石見空港から津和野に向かいます。2時間しか寝ていないので寝不足のはずなのに移動中も寝るどころではなく、ドライバーさんの後ろに座って時々話しながら窓の外を興味津々、眺めながら行きました。空港から離れ、山の中に入ると、道沿いに流れる川の水がとても綺麗です。道すがらとても気になったのは、屋根をツヤツヤとした赤褐色の瓦で葺いた家々でした。尋ねてみると島根県のこの辺りの特産の瓦だとのこと。石州瓦と呼ばれ、県産の良質な粘土と、やはり特産の来待石から作る釉薬を使って高温で焼き上げると、硬くて温度の変化に強い、独特の赤い色をした瓦になるのだそうです。良い写真がないのでwebからお借りしましたがこんな感じなのです。しかもほとんどの家の屋根の上に見慣れないものが載っています。これもシャチホコっていうのかどうか、鬼瓦は魔除けの意味らしいけれど、こちらは魔除けと合わせて火除けの意味もあるらしいです。 (写真はwebより拝借)この辺りの方達はよその土地に行って黒い瓦の家がこんなふうに連なっていると不思議な気持ちがするそうです。などと話しているうちに津和野につきました。津和野駅です。この路線はSL山口号が走るので有名です。そのせいか駅前にこんなお方が暇そうに立っていました。こちらの白バイさんとはこの日3回もすれ違いましたので、何かのご縁と思いご登場いただきました。この時10時45分。まずは駅舎の中にある観光協会に行きました。一か所行きたいところがあって、ツアーのコースにそこが入っているかどうかを確認したかったのです。予約を受けてくれた方が不在で詳細は不明というのですが、どうしても行きたかったので、先に行ってしまって戻ってくることにして大して重くはないリュックを預けて、折よく停まっていたタクシーに乗りこみました。行ったところは太皷谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)です。日本三大稲荷の一社で、必ず願いを叶えてくれるという意味を込めて、稲荷ではなく稲成と津和野のお殿様が決められたのだそうです。ここにお参りして、御朱印帳と御朱印をいただきたかったのです。御本殿にお参りして、社務所で御朱印帳を購入し(表表紙と裏表紙)、立派な見開きの御朱印を書いていただきました。この時は通れませんでしたが、願望成就のお礼にと全国から寄進されたという千本鳥居が御利益の大層さを表していますね。本社の他の3社もお参りして、御朱印に記されている四拝を果たし、大急ぎで駅に向かいます。Googleのマップには徒歩だと所要時間32分とあるのに12時まで35分しかありません。山道(緩やかな下りですけど)を必死で小走りしました。途中、こんなポストに出会い、足を止めて写真を撮ったり、津和野高校の野球部の少年たちがランニングしているところに出っくわしたら先頭から順番に全員がこんにちは!って挨拶してくれるので皆んなにこんにちわこんにちわこんにちわこんにちわと返したり、川べりで見つけたお店で津和野名物源氏巻をついつい買ってしまったりしながら、駅まで戻って、少し遅刻でしたが、無事ガイドの方とお会いできました。サイクルツアーのお話はまた明日書きますね。でもその前に、上の写真の源氏巻の包装紙に印刷されているこのお菓子の由来を読んで嬉しくなってしまったお話をさせてください。これ、歌舞伎、文楽ファンにはお馴染みの仮名手本忠臣蔵ゆかりのお菓子だったのです。浄瑠璃では塩谷判官(浅野内匠頭)より前に、コンビで饗応役を務める桃井若狭之助が指南役の高師直に愚弄されて斬りかかろうとしたところを塩谷判官に止められます。それでも桃井若狭之助の気持ちはおさまらず、屋敷に戻ってから、翌日師直を斬るつもりだと家老に打ち明けました。打ち明けられた家老加古川本蔵は、バッサリやっちゃいなさいと焚き付けておいて、自分は馬を走らせ登城する師直に多額の賄賂を贈ります。師直はいじめの標的を塩谷判官に変え、その結果判官による刃傷沙汰が起きるのです。この、最初にいじめられていた桃井若狭之助のモデルが津和野藩の藩主亀井滋親で、家老加古川本蔵はその家老多胡外記がモデルだそうです。多胡は小判を包んだ形のお菓子を吉良上野介に贈りご機嫌を取って滋親へのいじめを止めさせ、藩は取り潰しの危機を免れたと伝えられました。それから津和野では、小判の代わりに餡をカステラで包んだ源氏巻きが国(藩)を救った縁起の良いお菓子として長く愛され親しまれてきたのだそうです。(注 諸説ございます。)まさかこんなところで仮名手本忠臣蔵にバッタリと邂逅するとは!という、嬉しいおまけ付きでした。
2023.03.15
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してきました先週末、3月11日、12日、島根県の津和野町と山口県の萩市を周遊して来ました。たった一泊でしたので、旅したなんて大仰に言えるモノではありませんが、まるでゴールデンウィークの頃のような暖かい二日間をゆっくり、とても贅沢に楽しみました。ことの発端は息子が保有しているマイレージが期限切れになりそうなので、どこか行きたいところがあったらチケットをあげると言ってくれたことでした。いくつか候補地をあげてみたものの、空いている土日はこの週しかなく、その日に飛行機とホテルと両方の予約が取れるのは萩だけだったので、迷う余地もなく行き先が決まりました。最初は一泊2日の萩旅行のつもりでしたが、空港から萩市へのアクセスを調べていると、津和野という地名が出ていることに気づきました。山陰の小京都と呼ばれていることを知って若い頃憧れていた町でした。空港からは津和野の方がむしろ近いようでした。萩と津和野、決して近くもなく、便利に移動できるわけでもありませんでしたが、どちらも行ってみたいと思うと諦めきれず、時間もお金も不経済と思いつつ、1日目は津和野、2日目は萩を回ってみようと決めたのです。旅の支度もなかなかできなくて、結局、荷造りも日程確認のための調べものも直前の2日間ぐらいで怒涛の勢いで完了させました。羽田と萩・石見空港を結ぶANAの朝の便は8時25分羽田発です。当日は6時30分ごろに家を出て、7時30分ごろに羽田に着くリムジンバスに乗る予定で、5時にアラームをセットしましたが、寝られたのは3時ごろでした。ほとんど寝られた気のしない状態でバスに乗り、飛行機に乗り、島根県には10時ごろに到着しました。良いお天気で、富士山が綺麗に見えてい等とアナウンスがありましたが、うっかり反対側に座席を取ってしまい、見えたのは富士山でなく、雪を被ったアルプスの山々でした。萩・石見空港から津和野へは乗合タクシーを予約して利用しました。ワゴン車にわたし1人という、それでも乗り合いなので、利用料は定額です。海に近い葉が石見空港から、車はどんどん山の中に入って行きます。所要時間約50分、津和野に到着です。料金は2,200円でした。普通にタクシー利用だったらとてもこんな金額では来られませんから、とてもありがたいです。いよいよ津和野の街歩き。。。のことは、明日書かせていただきますね。
2023.03.14
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大変ご無沙汰しておりました。土日、旅行に出ていたのですけれど、その準備も全くできていなくて、出発の2、3日前からいっぱい一杯でした。もちろん元気にしていましたし、旅行はとても楽しくて、無事に昨日帰宅しました。今日はその旅日記を書くつもりでしたが、息子たちの引っ越しの助っ人で、仕事が終わって19時から荷解きをすることになり、引っ越し先のマンションに21時までいたので、旅レポを書く時間がなくなってしまいました。息子が今まで住んでいたマンション、赤ちゃんが生まれてもしばらくは大丈夫な広さだったので住み続けると言っていたのですが、ふと気づいたら、玄関のスロープが赤ちゃんを乗せたベビーカーを押して上り下りするには危険なほどの急勾配だったんだそうです。赤ちゃんが生まれてからの引っ越しは大変だし、産前ならお嫁ちゃんのお腹があまり大きくならないうちがいいと、慌ててマンションを探し始めたら、運良く2月の下旬に良さそうな物件が見つかり、契約もスムーズに終わりました。でも、世は引っ越しシーズンで、引っ越し屋さんの予約が今日の午後しか取れなかったんですって。月曜日の午後なんて最悪だねと冗談に言っていたら、13時30分の予定が1時間も遅れて来たというのですからとんでもない話です。引っ越しって、荷造りより荷解きの方が大変なんですよね。それに、経験のある方はご存知だと思いますが、荷解きは、荷造りみたいに手当たり次第じゃダメで、最低限台所とお風呂と寝具、寝室だけは引っ越し当日の夜から使えるように順番とタイムリミットを考えながらしないといけません。帰ったら2人でそういう風に荷解きするのよと息子に言い聞かせる母なのでした。聞いて不安になったのか、お嫁ちゃんと相談した息子からわたしに協力要請があり、行って来たという次第。わたしは台所担当で、鍋や調理器具、調味料、台所用品をメインに、種類別に、なるべく使用する場所に近い抽斗に納めました。きちんと品目別に、箱の表に内容を書いてわかりやすか箱詰めしてあったので、用途のわからないものは聴きながら、シンク下、レンジ下の抽斗6つに別けてしまい、台所は2時間ほどで片付きました。まだまだ段ボールだらけですが、金曜日までに少しずつ片付け、週末に二人で頑張れば大丈夫そうです。2人でしっかり協力して、息子もまあ頑張って作業していましたので、お嫁ちゃんのお腹もだいぶ目立って来ていましたが、心配いらないかなと思いました。今日の東京は雨が止んだら気温が下がって、息子の家を出た21時ごろは、風が強くて冷たくて、そんなに薄着をしていたわけではないのに冷たい風が身にしみました。楽しかった旅の日記は明日からポツポツと書いていきたいと思います。
2023.03.13
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旅行を計画しています。たった一泊なのですが、少しずつ準備しておこうと一つ手をつけるともう大変。ブログもつい後回し、気がつくと真夜中で、まだお風呂も入ってなかった!明日会社なのに!!と大慌て、となります。息子が、期限切れになりそうなマイレージを使って航空券をプレゼントしてくれるというので、行き先は山口県の萩市にしました。候補はいくつかあったのですが、一人旅なので、知らない街で食事をする場所をひとりで探して歩くのはやはり少し不安だし、一泊の短い旅ではその時間がもったいないと思って、二食付きのプランがあって一人客OKという宿を探してみると、なかなか見つからないのです。しかも飛行機の予約が取れる日に都合よくホテルも空いているところとなると本当に少なくて、ほぼ一択のような形で萩になりました。今回萩で見つけたホテルは、街の中心からは少し離れるようですけれど海べりで景色がよく温泉があるそうで、楽しみです。お天気が良ければ夕日も楽しめそうだし、大浴場からの眺めも素敵だそうなので、願ったり叶ったり。本当にラッキーでした。無事に萩のホテルが決まって空港から萩へのアクセスを調べていると、若い頃の憧れの街だった津和野がそう遠くないことがわかり、萩と津和野を組み合わせた旅にすることにしました。それにしても、もう何年も自由に動き回る旅をしていませんでしたので、コースプランを立てようとしても、以前のようにはいきません。わたしは行き当たりばったりの旅というのがダメなタチで、昔は旅行に行くとなると、時刻表のような旅程表を作って出かけたものでした。旅自体はもちろんですが、プランを立てる、予定を作るというそちらも好きだったのですね。目的地のことを学んでそれに基づいてプランを立てたり、交通手段、タイムテーブルを調べてコースを決めることも、とても楽しくて、若い頃は旅そのものと同じくらい楽しんだものでしたが、今ではガイドブックを読み込んで情報を集めてコースを組み立てていくには、時間も、体力気力も足りません。こんな時のお助けは定期観光バス!と思い、観光協会に問い合わせましたが、どちらの街にもないそうなのです。2日間、自分の足で歩き回るのはきっと大変すぎるので、ネットで調べたり、観光協会に電話で相談したりして、ボランティアガイドさんの案内してくれるガイドツアーと一部は観光タクシーを利用することに決め、予約しました。それと、どちらの町でも、電動の貸自転車が利用できるとのこと、それも予約なしの当日申し込みでOKというので、様子を見て、そちらも活用したいと思っています。食べ物も、どちらにも美味しいものがたくさんありそうなので、出発までにそこはしっかり調べていきたいと思います。こう書いていて思い出しました。1日目のホテルの送迎バスを予約していませんでした。大変、たいへん。忘れないように、メモしておきましょう。出かける前から疲れてしまわないように、焦らずのんびり、ゆるーく準備を進めていこうと思います。
2023.03.07
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昨日は美容院の予約があって、帰りがけに寄り道をして近所の公園の河津桜を見てきました。超満開でした。近寄ってみると、本当に最高のタイミングで綺麗に咲いていたので、さらにもっと近づいて超アップ。めっちゃ自慢げに咲いていますよね。お昼も近くなってきたので急いでもどると、出掛けている間に、お花のサブスクが届いていました。お花たち、萎れてはいませんでしたが、今までに比べると気温の高い日だったので、念のためたっぷりの水に首まで浸けておきました。夜、改めて花瓶に挿したのがこちらです。ストックも水仙も良い香り、雪柳はちらっとお花が開いています。階段踊り場の窓には先週のお花です。今週は玄関まで回りませんでした。さて、今日はまたお墓参り、その後しか野さんでしょくじなので、そろそろでかけますね。では、また。
2023.03.05
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昨日、検査が思いのほか早く終わったので、そしてその割には心身ともに疲労が甚だしかったので、病院のそばのとても素敵な珈琲屋さんに寄ることにしました。「すみだ珈琲」さんというお店です。すみだは墨田区からとったのだと思いますが、スカイツリーの足下近くにある錦糸町(きんしちょう)駅のすぐそば、墨田区太平にあります。ガラスのはまった格子戸をガラガラっと開けてお店に入ると奥にカウンター、手前にはテーブルが三脚?四脚?定員多分十人くらいの小さなお店です。わたしも何度かしか来たことはありませんが、丁寧に淹れてもらったコーヒーはいつもとびきりの美味しさです。この日の注文はおすすめコーヒーのコスタリカにしました。あっさりしたドリップですが、酸味、甘味、香りが程よくて、美味しくいただきました。こちらのコーヒーは、お店の特注の江戸切子のカップで提供されます。店主さんのお父様がガラスを扱うお店を墨田区で営んでいらしたとのことで、こちらの生まれ育ちというわけではないようですが、不思議なご縁でこの墨田区で開業することになったそうです。その時にお父様に相談すると、お父様からそれなら切子のカップでコーヒーを出したらいいという提案があり、熱いコーヒーを入れても大丈夫な特製の切子のコーヒーカップを開発してくださって今に至っているそうです。この日のカップはこんな感じ。こちらは赤なので、コーヒーが入っている状態だと柄などがわかりにくいですが、空になるとこうなります。上から写すとこうで、実はソーサーの中央にも同じ柄の切子細工が施されています。上の写真にもちらっと写っていますが、こちらのお店、カップだけでなく、シュガーポットも、お水のグラスも切子が使われています。実はこちらのお店、自家製の焼き菓子も美味しいとの評判なのです。お皿も素敵なのだとか。でも、わたしはいつもあまり時間がなくて、コーヒーを1杯いただくのが精一杯。昨日もこの後会社に行かないとならなかったので、またもやお菓子は戴けませんでした。次回はぜひ、評判の焼き菓子と一緒にコーヒーを味わいたいです。ついでじゃなく、しっかり時間を作って行かないとですね。
2023.03.04
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今日は、28日に予約した検査の日でした。MRI検査です。初めてなのでビクビクもの。検査の予約は10時15分で、20分くらい前に病院到着、受付して時間通りに検査開始でした。金属類がダメということで、ファスナー、ホックなどないものを選んで着て行ったので、コートを脱いで、靴を脱いで、あとはほとんどそのままで検査OKというので、かえってビックリ。本人確認だけで何の予備検査もなく、検査着を上から着たら即検査台に案内され、検査時間は20分ほどでした。何かあったら鳴らしてくださいとブザーを握らされて、検査台に仰向けに寝たままきっちり固定されてほぼ身動きはできない状態で、長さ1m程でしょうか、白いトンネルの中に滑り込んでいきました。閉所恐怖症の人は受けられないなんて同意書に書かれていたり、かなり怖い思いをしたらしい会社のスタッフから散々脅かされたり、海堂尊のバチスタシリーズでドラム缶を叩くようなすごい音がするのでMRIを担当する放射線科の医師のあだ名が「ガンガントンネル魔人」だと書かれていたり、どんな恐ろしい場所かと恐怖心がかなり膨れ上がっていましたが、なんのこっちゃ!でした。わたしは怖いとはほとんど感じませんでした。確かにピーピーとか、ドンドンとか、シューとか、色々な音がずっと聞こえていましたが、それも、わたしにはそこまで苦になりませんでした。どんなことが起きるのか、自分がどう感じるのかと、好奇心の塊みたいになっていたせいか、20分はあっという間、終わった時は、えーっ、これで終わり?という感じで、何だか拍子抜けでした。病気の検査に行ったのですから、その心配が大きいはずなのに、違う緊張でいっぱいになっていたようで、心配するのを忘れていました。結果は18日、次の診察の時にわかります。帰りがけに撮った早咲きの桜、河津桜でしょうか?枝の先まで満開でした。道の向かいでは、ピンボケでわかりにくいですが、辛夷です。珍しい辛夷の並木でしたが、その中で一本だけ満開でした。辛夷が咲くと、ソメイヨシノの開花ももう直ぐ、春になりますね。わたしにはどんな春が来るのかな?手術の春?一病息災の春?2週間後に結果がわかります。
2023.03.03
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わたしは仕事の関係でメイクをしません。1週間のうち5日をノーメイクで過ごすと、休日もメイクしても良い日なのを忘れて、出かけた先で「ハッ😲!忘れてた!!」となることも珍しくなくなってしまいました。その生活がもう17年になります。初めの頃はたまには化粧品を買っていましたが、ちっとも減らなくてそのうち廃棄なんてことも多くなり、いつの間にか化粧品の売り場に近づくこともなくなりました。それでも、もちろん基礎化粧品は使います。化粧水やクリームは買いに行っていましたが、仕事が忙しくなるにつれてネットで買うようになりました。でも、ネットでは試してみることができないので、新しいものを買うのは冒険で結構大変です。気になるものがあって良さそうだと思っても、購入を躊躇ってしまいます。そのうち、ネットには化粧品の原料を扱うショップがとても多くて、そういうショップではかなり高級な成分も手の届くお値段で手に入ることに気づき、化粧水や美容液、クリームなどを手作りするようになりました。手作りなら自分に合わせて成分をアレンジできるし、保存料不使用のため一度にたくさんは作れないので、肌に合わないと感じた理配合や成分を変えたくなったりして作り直しても損害があまり大きくないのがいいのです。最近は完成品も取り入れて、なかなか良いペースで作り、使っていました。それが歳のせいか、今年は寒さが堪えて、年が明けてからなくなった化粧品を新しく作って補充するのが億劫になってしまっています。道具が洗面所に置いてあるので、そこでいつも作っているのですが、我が家の洗面所にはエアコンがなくて、家の中でも寒さ厳しき場所なのです。一つ使い切ってしまう度に作るぞ!と思うのに、夜は寒いし、休みの日の昼間に作ろうと思ってもエアコンがないと昼間でもやはり寒くて、そんなこんなでもう三月です。シミもシワもひどくなってる!と鏡を見る度に思うのに、まだまだ湿度が低くて乾燥がちだし、そろそろ紫外線も強くなる今日この頃、このままではますますひどくなってしまいます。今週は春の陽気が続くと天気予報で言っていたので、鬼の居ぬ間ならぬ寒さの居ぬ間にせめて美白と保湿の美容液だけでも作りたいと思っていますが、今夜はすでに寒いです。すっかり寒さに負けてしまっているわたしが、シャキッと背筋を伸ばして敢然と寒さに立ち向かうようにと、祈っていてください。
2023.03.02
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