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NHK札幌放送局から写真が届いた。ステージの上に漫画が映える。これだ、これだよ。私が求めてるのは。漫画を使って多くの人に伝える。大きい漫画をステージの上で見るのははじめてだ。この漫画はどうやってパソコンを覚えたか、漫画を使って多くの人に伝えるものだった。「私はあきらめない、ラッキーウーマン」今思えば、遠い昔だったような気がする。9年前の話。私は帰る家もなく、お金もなく、仕事もなく、子供まで奪われてしまった。残された私はアパートの台所でひとりでお酒に明け暮れていた。朝から飲み続けてそのまま寝て起きてお酒を飲み続ける。そうやって力のない自分を責め続けていた。私は何も考えたくない、気がつけば夜中に雪の降る中、私は線路を歩いていた。その線路を竹中ナミねぇは「死の線路」ではなく「新しい線路」として私に生きることを教えてくれた。その結果、今の私が生きてる。生き別れた息子も今、私の目の前で健やかに育ってる。あの日々を忘れてはならない。あの日々があったからこそ、普通にご飯を食べて、普通に会話して、普通に寝ることに対して感謝ができるようになった。多くの人に助けられてきた。私はまわりの人たちに感謝してやまない。恥ずかしいこともたくさんあったけれどそれでも許してくれた。そのやさしくのべてくれた手をとって今も一緒に歩き続けてる。私は漫画を描き続けていこうと決心したのは多くの人に助けられてきたから。昔は私の言葉の話せないいらだちの心を埋めるために描いてた漫画だけど、今は心のメッセージとして漫画を描き続けて行きたい。他の作品もたくさん生み出して行きたい。もうひとつ実践したい作品は「天使からの贈り物」ゆんみさんとサミーの絆というものを漫画化したものです。これも大きな目標です。ゆんみさんは強く、そして凛としたものを持っておられる方。私は彼女のまっすぐな生き方に、心惹かれました。この目で見て、この気持ちで感じたものを、多くの人々に伝わるように作品を今後の障害者が働いていける「財産」のひとつとして残していきたい。それが私の希望であり、目標のひとつです。今年は本当にお世話になりました。NHK大阪放送局、NHK札幌放送局の方々、安藤美紀のメッセージに耳を傾けて頂き、ご一緒に考えて下さり、ありがとうございました。来年もまた、安藤美紀はMAMIEスタッフと共に手をつないで、「まちづくり福祉推進ネット」「チャリティーショップくるりん」「おむすびサークル」と共同でお仕事ができますように頑張っていきますので宜しくお願いいたします。来年は・・・みんなと共に「生きて」「泣いて」「笑って」いい仕事をしたい。
2006年12月31日
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昨日、事務所で長く続いてしまった会議(なんと4時間!) そのあと1時間、大掃除。そしてついに始まった忘年会。 子供連れには丁度いい落ち着いた居酒屋「甘太郎」へ。 「ぎゃはははははは!」 「がはははっはははは!」 「きゃ~はっはっはははっ!!!!!」 「がはははっははははっははっははははははは!」 「わっはっはっはははは!」 みんな、この一年を忘れるように 壊れてた。はじけてた。 子供たちもつられてなぜか子供たちも激笑。 ひとりひとり、MAMIEの仕事について今年の反省と 来年の目標を発表してもらった。 それを発表して終わる頃には・・・・10時回ってた。 スタートしたのは6時なのよ・・・。 なんでそんなに時間がかかるのか? それはひとつひとつの発言にみんなが突っ込むからだ。 (最も多かったのは私といっちゃんだったような気がする) MAMIEの新たな目標。 MIKI→イベント出演やフリマなどに参加して、MAMIEをよりよく伝えたい。 いっちゃん→聴導犬に対する活動を更に強めたい。 紫の君→MAMIEの慰安旅行に行きたい。 慰安旅行って。ああ、会社旅行ね。そうね、 MAMIEはまだないね、んで、どこに行きたいの? と聞いたら・・・・・ 「アンコールワット」 アンコールワットかぁ。・・・・高いじゃないか! と突っ込んだけど、そういう目標があってもいいやね。 次は今年の反省。 いっちゃん→みんなにいろいろ迷惑をかけましたが、いろいろ話し合ったお陰で楽になれました。 紫の君→経理が遅くなって迷惑をかけました。今後は遅れないように気をつけたい。 MIKI→売り上げ金額にうるさく言って悪かった。結論を求めるMIKIにみんなはついていけなかったのでは?売り上げの金額より、「突破!突破!突破!」というところが変だったような気がします。今後は数字にこだわらないようにします・・・・と言ったら いっちゃんがいってくれた。 「それを言ってくれる人がいないと駄目だよ」 「おおお~泣けてくるわぁ」 「でも、計算するところが間違えてる」 「ずるっ」 ともあれ、今年はスタッフ一同、お疲れ様。 来年も売り上げにいろいろ苦労する点がありますが、 お互い力を合わせて頑張って行きましょう。
2006年12月30日
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今日は特別な日。 今日6時から8時まで障害児たちのパソコン教室。 今年もみんなよく頑張ってきたね、とほめてあげたい。 今年はいろんなことがあった。 新しい生徒の仲間入り。 7月はNHK大阪の収録。 9月はNHK「きらっといきる」全国放送。 http://www.nhk.or.jp/kira/04program/04_292.html 子供たちは輝いていた。 私はNHK大阪でゲスト主演してる合間、子供たちの映像を見てつい、微笑んでしまった。 私の元気な素はそこからやな、と思った。 実は隠されたエピソードがあった。 「きらっといきる」打ち合わせのとき、ディレクターさんからこう言われた。 「聴覚障害者ママの在宅事業MAMIEとひまわり教室のいずれかを中心にしてほしいのですか?どちらを放送してほしいのですか?」 私は迷わず、ひまわり教室を選んだ。 「今の子供たちの頑張りを見せたいんです」 子供たちの成長は早い。その子供たちのひとつひとつの輝く瞳を見てほしかった。 ディレクターさんは最初、MAMIEと私の息子と触れ合いを放送を予定してたのですが、私は息子に悪いけど、ひまわり教室の子供たちを放送してくださいとお願いした。 息子よ、ごめんね。私は息子は宝物だよ。でも私はひまわり教室の子供たちに何の意味があってパソコンを教えていくのかを伝えたかったの。 小さな「できた!」という自信がどんなに大切か? 自宅、学校以外の場所で真の自分に戻ってパソコンに立ち向かう姿。 「苦しいのはあなただけではない。」 「みんな一緒やで、みんなそうやって成長していくで、なんとかなるで」 この世の子供たちにメッセージを伝えたかった。 NHK大阪のディレクターさんは忙しい合間に何度も私とのメールのやりとりしてくださった。 「きらっといきる」は主人公が存在してそこからストーリーが生まれるけれど、 ディレクターさんは「絆」というものに力を入れてくださった。 これまでディレクターさんに出会ってきたが、 今年はNHK大阪ディレクターさんもNHK札幌ディレクターさんも私より、私の伝えたいものに視点を置いて一緒に考えてくださった。 「心のメッセージ」に協力をしてくださったことに感謝してやまない。 障害者ひとりが頑張る背後には人と人のつながりがある。 大切なのは障害児が自立へと向ける中、あたたかく見守ること。手を出すのは本人が求められてきたときだけ。 障害者はかわいそうではない。 不可能を可能にしようとチャレンジしてるだけで、 「それを克服して、乗り越えて」というものではなく、 「当たり前」なのです。 その「当たり前」に口を出さない。黙って見守る。 今日も朝から子供たちの母親からメールが届く。 「今年最後の日ですね。本当にお疲れ様でした、来年もどうぞよろしくお願いします」 私は子供たちに厳しいときもあった。 それはマウスについてである。 ボールのようなマウスがある。 お勧めできないといってある。 子供のうちから「リハビリ」だと思って普通のマウスを 扱えるようにしなさいという。 普通のマウスを使えるようになれば、ボールのマウスを持ち歩くようなことをしなくて済む。 いちいちそのマウスがそのパソコンに使えるように設定しないで済む。 そのパソコンに設定しておくとソフトが使えないときもある。 便利さが不便になることもある。 自分へのリハビリだと思えば、いつかは扱える。 これもね、「なんとかなるよ」です。
2006年12月27日
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23日に行うNHKハートスポーツフェスタでも看板にイラストを掲載することになった。パソコンで作成したイラストを公開します。北海道だから最初は熊をキャラクターにしようかと思ったけど、やめて、うさぎにした。「白い恋人」というお菓子を食べながら考えていたので・・・(笑)白いうさぎの方が心があったまるかな、と私は考えながらパソコンで作成しました。やはり動物は癒される~。依頼されたときは人間が車椅子に乗っている人間を段差のところで押してるイラストと聞いてたけど、人間よりも動物の方がいいかな?と勝手に変えてしまった。NHK札幌様、いつも私に合わせて下さって感謝しております。
2006年12月23日
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プロップ・ステーションから卓上カレンダーが送られてきた。こどもたちの活動をサポートするNPO法人CANVASからは、「キッズカレンダーコンテスト」の受賞作6点。チャレンジド(障害者)のアーティスト6人の作品。私もそのチャレンジドのひとりとして作品をパソコンで作成しました。チャレンジドのアーティストはみんなパソコンで作成しております。子供たちの描くようなタッチをパソコンで描くのは一苦労しました。子供たちの発想はなかなか真似したくても真似できません(T_T)「私の好きな街」をテーマに12点の作品を集めた卓上ミニ・カレンダーが出来上がりました。私のは11月のカレンダーのイラストになっております。子供の頃に戻った気分で描いてみました。私は昔「不思議な国のアリス」のアリスになりたかった。(笑)かごの中にいるような家を出て冒険がしてみたい。(プチ家出を6回以上もした)できたら空を飛んで素敵なライトの灯る不思議なお城が並ぶ街。動物にも羽がついてる。この世は動物も私も(昔の)人間の大人に支配されてるから、いつかは私たちが飛ぶようになって、自由になりたい。それが、昔の私の発想でした。住んでみたいという街なら、こんな街でしょう。灯りや、お月様や星の輝く、美しい街にあこがれてます。この街に住むことができたら毎日、私を癒してくれるでしょうね。
2006年12月23日
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ナミねぇが教えてくださった。 「みっちゃんの赤ちゃんってこんなに大きくなったのよぉ」 ・・・え?みっちゃんって大平光代さんのことだ。背中に刺青を持つ元やぐさの妻だった。弁護士となり、大阪市の元助役でもあった。大阪の助役だったころ、数回ほど出会った。もちろん、ナミねぇの親友だから会えたけど、私のあこがれの女性のひとりでもあった。その彼女にダウン症の娘が9月に生まれたのだ。私はそれを聞いて、思わず「ナミねぇ、これで大平さん、落ち着くことができるんや。」といってしまった。ナミねぇは「そうやね!」といってくれた。「彼女はずっと何かを追うように走ってるように見えたんです。でも今は何かをすべきだというのを見つけて穏やかになったじゃないかなぁ」なんだか、私はうれしかった。大平さん、これを機会にもっといろんなことを見せてくだされ!今までは女性としてあこがれを持ってたけれど、これからは母親として太平さんを陰ながら応援します!私はこのナミねぇと大平さんにアドバイスを頂いたことがある。それは。。。。 “「ラッキーウーマン」を漫画化にしたいならまず自分の名を世の中に知れ渡るようになれ!”それは絶対無理やで、それは絶対無理やで、私はお二人にも及びません、とひとりで泣いたことがある。漫画の世界っていかに厳しいことか、わかっていたけれど立ち向かわないといけないものに立ち向かわないといけないことを私はお二人から学びました。お二人に感謝しております。「出口は必ずある」なくせいじめ自殺
2006年12月21日
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10日で漫画を45ページ仕上げた。きゃ~めっちゃ嬉しい!途中で感染胃腸炎にかかり(T_T)、朝夕点滴を受けながら漫画制作してたけど、集中力が大切なので、集中力があるときは机から顔を上げない。朝点滴を受けて机に向かって顔を上げるともう外は真っ暗。もういいや、点滴は朝だけでええわ~身体は元気やけど、自分は病気だとあまり実感はなかった。と思ってるうちに病院に通院するのをすっかり忘れてしまった。腹痛は多少あったけど、ずっとおなかをあたためて(ストーブの風)当然、ご飯は食べないのでそれがよかったみたい。気がついたら胃腸炎は回復してた。熱はなかったので軽い胃腸炎だったみたいです。私としては「何が何でもこの作品は仕上げるで!」という気持ちが強かったのか、好きなことに集中してたからなのか、身体の方はいつの間にしか回復してました。オーマイガー!マッサージはしたいなぁ。。。肩こりも腰も痛いし、足も痛い。改めて思った。漫画家は身体によくない仕事やけど、精神面では私にとってはプラスになるようだ。作品が終わるとね、、、、、子供を生み終えた気持ちになれる“達成感”があります。あとは結果のみやね。。。。ああ、それもつらいやな・・・。45ページの漫画を10日で一気で仕上げることは今までの最高記録かも。お陰で腱鞘炎になりそうだった(T_T)私は50代になったら漫画家、引退するわ!この仕事、体力がいるんです!ずっと壁に向かってるのよ、いや、壁じゃない。机だ。(顔を上げないから)漫画を描きながら子供に「お風呂に入りなさい!」というけど、目は原稿、手はペン。そこに子供はいるのわかってるけどお風呂に入ったあとなのかもわからない。「お風呂に入りなさ~い」と私が言うと、息子は私の後ろで「風呂なら入ったよ」今度は「もう寝なさい~!」と私が言うと息子は布団から顔を出して「もう寝ております」とこんな会話が10日間。今日から普通の生活に戻れるよ、今までありがとうね、うんと家族サービスしちゃいますよ!
2006年12月20日
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北海道から戻ってそれから私は漫画の制作のため、引きこもり。これが私の机です。ごちゃごちゃしてます。上にぶら下げてるのは原稿です。あわせて42枚。それを20日まで完成しなくちゃいけない(今は日記書き込みしてる場合じゃないが)身。でも、日記ブログはお茶の時間。漫画の制作に集中力がなくなったときにブログを見るのはひそかな楽しみです。。。。肩こりが今ひどい。でもマッサージに行く暇がない。行く暇があったら漫画を描かなくては。20日まであと5日だもん。この漫画何枚かは白紙。眺めながらイメージアップ。20日までには間に合うようにするよ!
2006年12月14日
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いよいよ本番!と思い朝起きて窓から外を眺めると 「げげげ!凍ってるんじゃないか~道路が!」 これが雪国なんだ、でもNHK札幌の方は12月はまだマシ。 これから厳しくなるんだよ。2月が一番寒い。 え~え~あれでも道路凍ってるのに・・・これ以上寒くなったらど~なるの???と思った。でもね。。。。空気が美味しいの。こんなに空気が美味しいとは思わなかった。 つまり、大阪の空気は汚れてるのね・・・。 1枚目の写真がNHKハート・プロジェクト まんがでハートフルメッセージの看板。ピンクで際立っておりました! NHK札幌の部長さんがとても礼儀正しくて、言葉が丁寧で驚きました。腰が低くて部下をみんな支えておられました。だからチームワークがとてもよくまとまってて、みんな生き生きとお仕事されておられました。それは勉強になれました。2枚目の写真はイベントが無事に終わって札幌市内に戻ったときの写真です。みんないい笑顔してるでしょ。 左から本人、本人の息子、礒野アナウンサー。司会をしてくれた礒野アナウンサーは生放送をいくつかを担当しておられるだけで、イベントをうまくフォロー。 さすが、プロ!と思いました。 礒野アナは笑い上戸な方でイベントの途中で「アハハ!」と笑っちゃう、明るいキャラを持っておりました。会場での写真はとれなかった(涙)あとでNHK札幌からもらえたらいいけど、ありましたら下さい~。 イベントの内容は後日、詳しくまとめて報告しますね。 3枚目はイベントの打ち上げに行ったサッポロビール園。 とっても綺麗なところで大感激しました! 写真にうつっているのはNHKディレクターさん(大変お世話になって下さいました!)この方、仕事にとても熱心でまじめな方。(うわさでは彼女がいないだそうだ!)とNHKの若手社員(奈良県から北海道にきたそうだ。ハイテンションでみんなを盛り上げるとてもいい感じの青年でした) 息子と仲良くはじゃいておりました。同じ関西育ちだから、気が合ったみたいです。 最後にNHK鹿児島から転々と越してきた同じ鹿児島県出身のスタッフもおられました。お姉さんのようにお世話をしてくださいました。鹿児島から北海道まで一途にお仕事をされておられるのには感心しました。頑張って下さいね。最後に本当にお世話様になりました。イベントの内容はあとでまとまったら報告させていただきますね。 実は今漫画の締め切り(20日まで)に追われておりますのでお許しください。(T_T)最後に千歳空港から取った北海道の風景。嗚呼、寂しくなるけど、最高でした!私を暖かく迎え入れてくれたNHK札幌のスタッフの方、http://www.nhk.or.jp/sapporo/index.html厳しい雪の中会場に足を運んで下った方々、ありがとうございました!13日、ほっからんど北海道という番組の中のほっと情報というコーナーでhttp://www.nhk.or.jp/sapporo/hokka/index.htmlリポーターさんが伝えます。11時05分から正午までの番組です。司会は村上里和アナです。北海道の方、ご覧になってくださいね!
2006年12月11日
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写真を撮る時間がなかったのであとでカメラを確認してたら、 ほとんどボヤケてる部分が多かった・・・(涙) とれてる写真をいくつか公開しますね。 綺麗に取れてるのはなぜか息子が多いです・・・(涙) 1枚目はNHK札幌の会議室にての息子。 結構リラックスしておりました。NHKの皆さんに可愛がられており、私の仕事中でもあちこち駆け回ってみんなとコミュニケーションをとっておりました。 2枚目はNHK札幌での打ち合わせ、収録が終わってホテルに戻るところ。NHK札幌の前にはテレビ塔があり、大阪の天王寺の通天閣みたい。きれいだったので写真を撮りました。 NHKディレクターによるとこのテレビ塔からの眺めは綺麗らしい。 札幌は雪が降っており、足元も気をつけないと滑ってしまうほど。道路はすべて凍っておりました。タクシーに乗るとき、何度かスリップしてヒヤリとしました・・・(冷や汗)
2006年12月11日
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昨日、無事に終わりました!(時間があまりないので詳しくは大阪に戻ってからお話しますね)昨日、朝起きると、札幌市内はおとといから地面が凍っている。道路はすべて凍ってるため、車がゆっくり走ってる。歩くのも滑りそうで一苦労。そんな中でNHKスタッフらとタクシーであちこち移動。会場に向かう中、あちこち車がスリップして事故ってた・・・(冷や汗)会場にきてくれるだろうか???寒いし、道は凍ってるし、歩くだけでも大変な中だし・・・と思ったけど52人参加してくれた。(本当に寒い中きてくださってありがとうございました!)いよいよ会場が始まった。磯野アナウンサーと2時間、漫画とパソコン、竹中ナミねぇのことやMAMIEのことを話し合った。そのバックには私の描いた漫画と映像。最後には息子の出演。息子は磯野アナウンサーの質問にすらすらと答えた。会場は盛り上がった。やさしい北海道の人柄が出た会場でした。イベントが終わったあとは聾学校に通っている高校生の女の子3人と交流。手話で言葉を交わし、握手してお別れ。そしてそのあとはNHKスタッフらとサッポロビール園で打ち上げ。サッポロビール園で飲んだビールは美味しかった。生ラムも美味しかった。NHK札幌のスタッフさん、ありがとうございます。いろんなおもてなしとご協力、感謝しております!本当にNHK札幌のスタッフの方々、チームワークもすばらしく、心情も暖かい。この場を借りて、本当にありがとうございました!
2006年12月10日
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昨日は「ほっからんど北海道」収録があった。NHK札幌の皆さんはとても暖かい人ばかりで感激。 収録、打ち合わせ、リハーサルの間、息子はスタッフらと待ってくれた。 http://www.nhk.or.jp/sapporo/hokka/index.html キャスター村上里和さんと対面して、台本をチェックして、リハーサル。 この収録は1月4日北海道で放送される予定である。村上さんとおしゃべりしながら練習。 村上さんはとてもきれいな方でした。 私より年上とは思えないきれいな肌をしておりました。 ともに子供を育ててるワーキングウーマンとして 働く母親として同じ年の子供がいましたので話はすぐ溶け込みました。 MAMIEの設立のきっかけ、それは子供が小学校4年の春だった。 学童保育所は小学校3年まで。夕方5時まで学校の中にある学童保育所で子供はそこで宿題をやったり、友人と遊ぶ。そして家に帰ってひとりで私の帰りを待つ。 小学校4年からはなくて、学校が終わるとそのまま家に帰ってひとりで7時か、8時頃までに私の帰りを待つ。不安はあったのだが、息子の目にチック症が出てきた。 息子に問いだしても「大丈夫、ひとりで待つの慣れているから大丈夫」といいながら目はチックしてるのだ。 息子は気がついていないが、無理してるんだと私は涙が出た。 これをきっかけに私は無理して働くことはないんだろう、貯金もあるから1年か2年は息子のそばにいようと会社をやめることを決心。 働くことに対して私は考えたかった。 この世には母親と息子を考える環境はない。 それをサポートするところがないから少子化になるんじゃないか? 子供と母親にとっていい場所はないんだろうか・・・ そういう考えをしてる間に「家にきてパソコンを指導してほしい」と障害児の母親からの相談があった。 その話を引き受けて私は障害児の家までパソコンの家庭教師をやることに。それが口コミとして広がり、生徒さんが増えたので「ひまわり教室」ができた。 それが、のちにMAMIEへの設立へとつながっていく。 聴覚障害者ママが働きやすい職場をみんなで考えて創っていこう。 家にいても、職場にいても仕事ができるようにシステムを考える。子供が病気になったり、学校の行事があってもそれぞれのスタッフが責任を持って仕事がしやすいようにする。 チームワークが大事だ。今まで苦労もあったが、みんな手と手を取り合って仕事を続けてこれた。チームワークを大事にするスタッフは私にとってよきパートナーである。 その思いを「ほっからんど北海道」で語らせて頂きました。 新しい職場への考え方、MAMIEのような職場を他の方にも創っていただきたい。「ほっからんど北海道」のスタッフの皆さん、本当に楽しませて頂きました。 ありがとうございます。 今日はいよいよ、NHKハートフルメッセージです。 http://www.nhk.or.jp/sapporo/event/e_06heart.html 会場は札幌のメディアホールで行われます。
2006年12月08日
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いよいよ明日から札幌入りです。会場に持っていくチラシも作成、あと準備も万全。12/8(金)ANA771 伊丹9:00→札幌10:4512:00札幌駅着13:00~15:00「ほっからんど北海道」インタ打合せ・収録@NHK札幌15:30~17:30イベント打合せ@NHK札幌(18:00)ホテルチェックイン、休憩(メールチェック、息子とじゃれ合い)19:00~21:00夕食(NHKディレクターさんと食事を取ります)12/9(土)10:00ホテル発、会場入り(メディアMIXホール)10:45~11:30リハーサル11:30~13:00昼食・休憩13:00~14:15本番14:30~15:30ふれあいミーティング(16:00)ホテル着 休憩18:00~ 打ち上げこのようなスケジュールになります。詳しくはまた明日、乞う楽しみ!NHKまんがでハートフルメッセージ
2006年12月07日
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週末は札幌のイベントに行くのでお土産とかいろいろチェック中。漫画制作の合間にインターネットで検索したのだが、 息子も友人もこれを買ってぇ~とたのまれて気になるのは 「まりもっこり」。 検索したら安藤美姫ちゃんも携帯ストラップ「まりもっこり」を持ってるだそうだ。 お土産はやっぱり「まりもっこり」と白い恋人に限るかな? 北海道の方でもいいからおススメのお土産があったら教えて下さい! NHKハート・プロジェクトhttp://www.nhk.or.jp/sapporo/event/e_06heart.html 「まんがでハートフルメッセージ~ともに生きる社会をめざして~」
2006年12月05日
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鹿児島県に住んでいる兄貴からメールがきた。今品川から静岡に移動らしい。仕事で兄貴はあちこち回る。独身の頃は海外が多かったが、最近は国内が多いのでホッとしてるらしい。「美紀たちは札幌に行くだろ?(この日記を見てるやな)いいなぁ~」兄貴は何故か海外嫌いで、ハネムーンは北海道を選んだほど、大好きだ。兄貴、美紀は兄妹そろってあちこち移動してしまう。これも亡き父親譲りだろうか?亡き父親はかつて海の男で船や飛行機で世界を回った男だ。とうとう日本に帰らぬ間に他界したが。話変わるが・・・今日、ショックなことが。息子の親指にヒビが入ってることが判明。理由は給食の牛乳の入ったかごを運んでそれを足の上に落としたらしい。うわあああああああ!こないだなんか、腕相撲して腕にヒビが入ってそれが治ったばかりじゃないか!「週末に北海道につれていっても大丈夫でしょうか?」と医師に聞いてみた。「暴れなければ大丈夫でしょう」「マリモッコリ!マリモッコリ~♪」と楽しそうに言い放す息子。嗚呼、この息子を連れて私、落ち着けるかしら・・・?とにかく、うまく行くことだけを考えてイメージアップするのみ!明日からしばらくMIKIMIKIMIKIは家にこもって漫画を描きます。札幌で行うイベントはこちら
2006年12月04日
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朝から漫画の作業に入ってます。まだ腹膜炎の痛みが残ってるので身体を暖めながら作業します。 話し変わって・・・ http://www.nhk.or.jp/heart-pj/index.html NHKは福祉についていろんなイベントをやっているのだね。 こういう機会をミキティに与えてくれて感謝。 NHK札幌放送局でミキティは漫画をとおして障害者の社会参加を考える「まんがでハートフルメッセージ~ともに生きる社会をめざして~」を実施するけど、どういう形で伝えようと考えている。http://www.nhk.or.jp/sapporo/event/e_06heart.html 昨日の日記の続き。 20歳のミキティは手話も知らなかった。障害者の友人も昔の知人位しかなく、自分という人間をよく知ろうと決心。手話も私にとって第2の言葉かもしれないと、覚えることに。 さまざまな協会やイベントに参加するようになったのもその頃である。 20歳のミキティは田舎者で苦労しらずの子だったので、周りからは「変わり者」と見られていた。(今思えば) 17歳の頃「りぼん」の新人賞を受けてこれからの漫画の活躍に担当さんに相談しながらの漫画制作だったが、プロへの道は険しかった。 それは・・・高校生でないと描けない高校生の恋愛漫画がかけなかったのである。当時、テレビにも字幕スーパーもなく、私が通っていた高校は共学でなく、カトリック制の女子高等学校だった。男女の恋なんて、初恋なんて、ときめきという・・・ものはミキティにとっては程遠いものであった(T_T) 18歳~20歳は挑戦の日々だった。御茶ノ水で漫画の持込、カトリック制の短期大学で日本画専攻。夜は友人がホステスナンバーワンだったため、彼女の助けでクラブやバーでお客さんの接待。手相のアルバイトもした。夜の2時まで多くのホステスのマネージャーみたいなことをしてた。これもすべて漫画制作のお金のためだった。 日本画の絵の具代は高価なので両親からの援助だけでは間に合わなかった。200万の卒業制作のためにミキティは八王子で夜な夜な世界の中の仕事を体験させてくれた。 ホステスのお客さんが社長ばかりで、障害者の私はホステスのおまけみたいなもの。彼らは私の前でいろんな体験話をきかされた。「また話しを聞いてくれ」 と日曜日もナンバーワンのホステスの接待をよろしくとクラブのマネージャーから頼まれる。 つまり、ナンバーワンのホステスを守ってくれというものです。ミキティがいれば、誰もナンバーワンのホステスに手が出ないだろうという意味です。 ミキティは彼女の世話をしてました。食事の支度や洋服の買い物。 それがあったお陰でミキティは食べていけたのです。 反面、勉強になった。健常者は苦労しながら働いているな、と思いながらも私も健常者と同じようにいろんなことを体験しながら苦労して働きたい。とその気持ちが強くなったのだ。 「ナンバーワンのホステスと社長」 意外なところから火がついたのかもしれない・・・。
2006年12月04日
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昨日は軽い腹膜炎にかかっていたため、手話サークルを休んだお陰でだいぶマシになった。腹膜炎は持病みたいなもので放っとくとひどくなるので、おかしいと思ったら休ませるのがベスト。今ようやく痛みもなく漫画の作業に戻れた。 話し変わって・・・ http://www.nhk.or.jp/heart-pj/index.html NHKは福祉についていろんなイベントをやっているのだね。 こういう機会をMIKIMIKIMIKIに与えてくれて感謝。 NHK札幌放送局でMIKIMIKIMIKIは漫画をとおして障害者の社会参加を考える「まんがでハートフルメッセージ~ともに生きる社会をめざして~」を実施するけど、どういう形で伝えようと考えている。http://www.nhk.or.jp/sapporo/event/e_06heart.html 障害者の社会参加はなぜか、複雑なものである。 私もかつて今社会参加について拒否してる部分がある。 それは障害者から職を選ぶ権利を奪われているような気がして、 今、自分らの力でMAMIEという職場をつくった。 現在の障害者は社会の受け入れによって企業に就職しやすくなれるようになっている。それは大いに感謝するべきなのか複雑。そのお陰で障害者は日本で働けるようになったが、自分のやりたいことができないまま、あきらめて生きていくようになるのだ。 ずっと障害者としてのレッテルを貼られたまま生き抜く。 MIKIMIKIMIKIは今でも企業から職に戻らないか?と声がかかる。 それは・・・おそらく罰金を支払わないで済むからだろう。 障害者雇用のために私に多額の給料を支払うことで、企業は企業なりに協力できると思っただろう。その企業の気持ちは感謝する。 MIKIMIKIMIKIは自分の力の可能性を見つけてみたい。 せっかく生まれてきたんだから、障害者だから無理とかあきらめないで健常者と同じように仕事をして苦労してやりたい。 MIKIMIKIMIKIは20歳まで健常者とともに生きてきた。障害者と会うことなく、手話も使わないで普通と同じような学生生活を送った。 しかし、仕事を探そうと思えば思うほど"障害者"であることで壁にぶつかった。 "障害者"であることを通して障害者職業安定所にいって、自分の障害でも受け止めてくれる企業を探してその範囲のなかから自分の職を探さなければならない。 MIKIMIKIMIKIはその現実に愕然とした。 障害者は事務をやらなくちゃいけないの?一生事務? 苦労してもいいからやりたい仕事をやりたいのがMIKIMIKIMIKIの本望。 中学の美術教師になりたかったので教師の勉強をして試験の申し込みをしようとしたら断れてしまった。 それは耳がきこえないからである。 まるでこれからという人生に社会がMIKIMIKIMIKIに上から蓋を押し付けられるような気がしてならなかった。 身動きできなかったMIKIMIKIMIKIにも問題があった。それは 「障害者」として育てられなかったからこそ、社会に出たらこんなことがあるというアドバイスを誰からも受けられなかった。 そのとき、MIKIMIKIMIKIは多額の教育費を出してくれた両親に相談したかったけど、相談できなかった。 反逆児だったMIKIMIKIMIKIは企業に内定を受けてそれを両親に報告すると両親は涙を流して喜ぶ。 そういう両親に背中を背けることもできなかったMIKIMIKIMIKIは複雑そのものでした。 「わたしは変わってるのだろうか?素直に喜べないわたしは変だろうか?」 そのときMIKIMIKIMIKIは20歳だった。(続きは次の日記で・・・)
2006年12月03日
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NHK札幌放送局の番組に出演が決まりました。 「ほっからんど北海道」という番組の中の「この人に聞く」というコーナーで、 http://www.nhk.or.jp/sapporo/hokka/index.html番組キャスターの村上里和さんと10分位のインタビュー収録、12月中旬に放送する予定です。内容は、漫画やパソコンが内容になると思いますが、VTRにした漫画も放送されますので楽しみです。これは北海道ケーブルですので、北海道の方、ご覧下さるようお願いします。12月9日に行われるイベントですが、北海道の方は是非参加してください!安藤は北海道で皆さんにお会いできることを楽しみにしております。安藤の作成した漫画をパワーポイントでムービー風に公開されるのでまったく新しい漫画の“動くアニメ”になることでしょう!この漫画のタイトルは「私はあきらめない」になります。乞う期待!また情報が入りましたらお知らせします。この漫画は3年に数回もやり直した作品です。http://www.nhk.or.jp/sapporo/event/e_06heart.html今、安藤美紀は聴導犬の漫画制作に追われております。「聴導犬」というものを皆さんに知ってもらいたい。日本の皆さんにもっと伝えたい!とペンをとります。この漫画は集英社に持ち込みをする予定です。担当さんと数回に渡る見直しに苦戦中ですが、作品というものに立ち向かうのは私にとって試練そのものです。なんらかの形でメッセージを伝えることができる場を作ることができるって安藤はこの上ない幸せ者です。でも札幌に行く前は睡眠をたくさん取ってダウンしないように気をつけます!
2006年12月01日
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