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ヒジキが欲しいそうなので、ひじきの栄養について考えましょう。ひじきは厳密には植物ではない藻類です。(分類方法には諸説あり)フコキサンチンという成分がダイエットにいいかも?といわれています。ヒ素を含むという点もありますが、人間の体に微量必要なミネラルでもあるので、極端に大量にヒジキを食べるわけでなければ大丈夫そうです。サラダやコロッケ、卵焼きなど、おいしそうですね。もちろんご飯のお供にも。って、平成最後のサイエンスブレイクが…ひじきですか…
2019.04.30
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小中学校の学級掲示というのはにぎやかな場合も多いですが、私自身が多動傾向だったため、集中力が全然持たないという経験もありました。実際高校で担任をした際に当初は教室前方にも掲示をしていたのですが、なんか違うな―と思い、前方は時計月日・週番の表記のみにすることにしました。その他、学級への連絡事項も前方黒板には書かず、後方の黒板へ。誰かほかの教科担任の先生が前の黒板に連絡事項を残した場合も容赦なく消して後の黒板へ転記、という具合です。教卓なし教室と同様に、前方に教員と黒板しかない、という状況を作り出すと、それなりに集中できる効果はあったようです。※視線の逃げ場は、もう、外を見るか寝るかしかないですからね…また、「全ての情報は後方にある」ということが最初から分かっているので、「一日一回は、後ろの掲示を(新しい情報がないかもふくめ)チェックすること」という習慣をつけることが出来、連絡する担任としても楽、生徒も楽です。生徒が、「自ら毎日スケジュールチェックをする」スキルを身につけられたのはこの『前方に掲示しない→後方に情報が集約される』方法の副産物です。ちなみに、当初例えばいろいろ掲示したり、文化祭の思い出の品を飾ったりということもしていたわけですが、そこに対してベテランの方から「思い出にしがみつくのはいかん」みたいなことを言われてカチンときたのが発端ではあります(笑)それでも、たしかに、教室は学習する場と考えると、余計なものはいらない、引き算の考え方は思い出より大事かもしれません。さらにちなむと、前方は「学級の格言」も追加で掲示していたことがあります、これはまた別な記事で。はたまた、時計も取り除くという暴挙に出たこともありますがこれもまた別な機会に。
2019.04.21
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なんと、ベジータさんの質問です。グラビアアイドルに会うにはどうすればいいか?銅などでできたリール(回転する太い棒)を削ることでもとの「版」をつくって、濃淡のはっきりした写真を大量に印刷できるのが「グラビア印刷」昔は写真などを雑誌等に印刷するにはにその方法が適していたようで、「グラビア」と呼ばれるようになったとか。現在は、電子的に(電気の力で)版を作る「オフセット印刷」が普通のようで、今のアイドルはほとんど「オフセットアイドル」ということに…では、グラビアアイドルは今いないのか?グラビア印刷をまだ用いている物は、お菓子のパッケージなどビニール製のものです。また、アイドルとは「偶像、信仰の対象」という意味です。なので、お菓子のパッケージなどにのっているお地蔵様?(そういうパッケージがあれば、ですが…)などの信仰の対象の物に会いに行けば、「グラビアアイドルに会った」と言い張ってもいいことになります。
2019.04.20
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好きな人を振り向かせるにはどうすればいいか?振り向く筋肉は、まず前側の胸骨と鎖骨のあたりに頭から延びる「胸鎖乳突筋」これが、頭を前方向に動かす筋肉です。もう一つが、「頭板状筋」、頭を後ろ側に動かす筋肉です。これらが、振り向くときには働いています。命令を出しているのは脊髄の神経、首の上から三つ目の背骨あたりらしいのでそのあたりを何らかの方法で刺激すれば振り向いてくれます!それが無理ならどうしましょう。この筋肉は首を使うスポーツでも有用です。トレーニングとかこつけて、いっぱい振り向いてもらえばいいですね。まずは、好きな人のトレーニング担当になればいい、ということです。よかったですね。
2019.04.16
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化学授業ネタと並行して、先生という職業をしている方向けの、ネタを紹介していきます。様々な実践を参考にしているものもあれば、オリジナルでやっているものもあります。また、全ての学校や学級で適用できるものでもないことはあらかじめご承知おきください。とはいえ、です。多くの(特に中・高校?)では、教卓を用いている場合があると思います。コクヨ/教卓 チェリー/SSD-N120Gこんなのです。しかし、私の学級ではこれ使いません。(最初の頃は使っていましたが、ある時から使わないようにしました。)周囲の学級の担任や、教科担任からは嫌がられたこともありましたが、説明して理解を頂きました。何で使わないか?「教卓は、心の壁」なんですよ。皆さんも見たことあるはずです。先生という生き物が、教卓の後ろからほとんど出てこないで授業をしている様子を。学校によっては「教壇」がある場合もあるでしょう。そこから降りることもない。先生は偉いからそれでいい?そんなわけないでしょう。「教卓で生徒との壁を作る」程度の気持ちで、本気の授業ができるのか?「自分が教えてやる」というような上から目線で、本当に伝わると思っている?このあたりに、自分自身陥ってしまっているのを感じて、出した結論がこれです。教卓がなければ、授業のシナリオは頭に叩き込まないといけません。教卓のノートや教科書ちらちら?自信ない説明?そんな真似はできなくなります。生徒と自分を遮るものもありません。ある意味生徒も、逃げられない。ガチンコ勝負です。実際、最初はクラスの生徒からも嫌がられました。先生との距離が近すぎる!という苦情です。しかし、ひと月もすれば、生徒は慣れて、授業に食いつきやすくなりました。もう、食いつかざるを得ないわけです。先生がなんか近いから。また、教科担の先生も、納得してガチンコの授業をしてくれているようでしたし、どうしてもいやだという先生のために、一応教卓は教室の端っこに物置として、教卓の位置には生徒机を置いて、対応しました。こんなかんじこれなら教卓ほどの「壁」感はなく、それでも壁を作りたいという先生にはギリギリの隠れ蓑になったことでしょう。(担任をするなら、教科担任との間で妥協策を出すことも大事です)というわけで、学級ネタ1時間目は、教卓を使わないという提案でした。
2019.04.12
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