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【敗北の時にこそ出る美酒の芽】ブラジルで行なわれているサッカ-コンフェデ杯で日本は、決勝進出を逃した。予選リ-グ初戦で地元ブラジルに3対0で惨敗し、続くイタリア戦では健闘及ばず4対3で敗れた。明日最終戦となるメキシコ戦が行われる。日本中の大きな期待を受けながら、惨敗したブラジル戦は、長友選手の試合後のコメント「中学生とプロがやっているようであった」がピッタリ合っていたと思う。香川選手は「何もできなかったというより、なにもしなかった」と反省の弁を語り、本田選手に至っては、「でかいことを言ってきたが、もう言えなくなった」と彼なりの言いまわし方で、悔しい心境を語っている。続くイタリア戦は、まるで違ったチームと見違えるほどの積極的な戦いとなり、イタリアに負けこそしたが、勝利までもう一歩まで肉薄した善戦を繰り広げた。できたら明日のメキシコ戦も、日本スタイルを貫いて積極的に戦って欲しい。そして、個人的には出来るだけ惨めに負けて欲しいと願う。なぜなら、進化は試練なくしてなされないからである。ワ-ルドカップまで残り1年、12カ月である。そのためには、屈辱こそ力となるからである。今週、男子プロゴルフ界では、日本ツア-選手権が行なわれている。今年からアメリカに戦いの場を移した石川遼選手も帰国してこの大会に参加している。今大会の話題は、石川選手と同じ21歳で、今年プロ入り絶好調の松山英樹選手と、予選第一戦、第二戦を同組で回ることであった。石川選手は18歳で早々とプロ入りしたが、松山選手は大学に進んでようやく今年プロに転向した。稀なる天分に恵まれた二人は、すべての面でライバルである。周囲から見るより遥かに大きなライバル意識が、本人たちの心中には有る筈である。案の定、初日にそれは現れた。松山選手は5アンダ-で2位の好位置につけたが、石川選手は8オ-バ-の最下位であった。ところが2日目の昨日は、石川選手が猛烈なチャ-ジを続けて2日目を7アンダ-とした。この日松山選手は、もう一つ不調で、イ-ブンパ-のまま総合順位を下げた。結局、石川選手は予選通過ラインに1打及ばず、予選落ちとなった。初日を終わって最下位となった石川選手の心境、おそらく一睡もできなかったことであろう。それを翌日堂々と跳ね返した力こそ、彼の才能であり、最も優れた非凡性である。そして予選通過に1打及ばなかったことが、彼の最も恵まれた羨ましい宿命である。「石川選手は勝負の神様に何と愛されているのだろう!」とつくづく私は思う。彼はこれを機に、更に強く逞しくなっていることだろう。そんな意味からも、サッカ-明日のメキシコ戦は破れて欲しいと思う訳である。中途半端な勝利など、今の日本チ-ムには全く不要なのである。吉田よ、長谷部よ、内田よ、ブラジルの地に芝生にしみ込んだ悔し涙を忘れるな!心配ない、来年にはその涙は、きっと最高の美酒に変わっていることだろう。【頑張れ日本の若者達!】この老人、明日も当然朝から1人テレビを抱いて、ヤレヤレ来週も寝不足の週になりそうである。
2013年06月22日
「遺伝子で混乱する人類」【乳房はだれのもの?】近年に入り人類は、物理・科学面で急速な発展を続けている。その一つが遺伝子の発見であり、その理論の構築である。しかしこの発見が必ずしも素晴らしい未来ばかりを構築しているかと云えば、はなはだ疑問である。その例が、先日マスコミで大きく報道された女優アンジェリ-ナ・ジョリ-さんの行動である。女性の魅力を最大限に発揮して大女優の座を獲得した彼女が、乳癌の遺伝性が強い型だと知り、両乳房の乳腺部分の切除を行なったと云う。全摘出ではなく部分的なため、現在の美容整形技術ならおそらく外部からは違いは分からないだろう。しかし、母乳を生産さすことは永遠に不可能になるだろう。ご主人も賛同したと云うから、これまた驚きである。報道によると乳癌でも遺伝性のリスクが高いものがあるという。その乳癌は、特定の遺伝子に変異があり、その遺伝子(BRCA1,2)を持つ女性は遺伝性の乳癌のリスクが高いという。日本国内でも毎年約6万人が乳癌になり、その内5~10%の方がBRCAの該当者だと云う。5月10日朝日新聞朝刊によると、遺伝性乳癌・卵巣がん症候群(HBOC)とは、特定の遺伝子の変異が原因で、乳癌や卵巣がんのリスクが上がる病気。8割は遺伝子BRCA1.2の変異が原因。この遺伝子変異が有ると、乳癌だけでなく、卵巣癌にもなる。70歳までに卵巣がんになるリスクは約10~40%。卵巣の予防切除はすでに数か所の病院で行なわれていた。家族に次の様な人がいる場合、HBOCの可能性が高い。1. 乳癌経験者が3人以上いる。2. 40歳未満で乳癌になった人がいる。3. 卵巣がんの人がいる。4. 男性の乳癌経験者がいる。日本の病院でも、がん研有明病院や聖路加国際病院等が態勢を整えつつあると云う。さて、近年ここまで医学と云うか、遺伝子学、ならびに分析学が発達した事を先ずは評価すべきであろう。しかしその一方で、大いなる矛盾と不安を感じるのは私だけであろうか?癌の恐怖に怯えて乳房を切り落とすこととは、母親となる女性の資格と義務、権利をも失うことである。良く数字を分析して見ると、日本の場合毎年6万人が乳癌になると云うが、その5~10%(3000~10000人)が遺伝子の該当者だと云う。{日本の年間癌発症者は約36万人だから、乳癌は全体の6分の1(=16%)となる}逆に云えば、90~95%は別次元の理由だと云う訳だ。{更に全癌者に対するHBOC者の確率だと0.8~2.7%となる}この比率は果たして高い確率だろうか?乳房を切り落とされた女性が結婚して母親となった場合、その子どもには当然母乳の授乳は無理である。ミルクがあるから、育児は大丈夫だと殆んどの人は考えるだろう。しかし、オ-ストリアの小児科医コンラッド・ワ-スマン博士の研究では、牛乳や乳製品から新生児が授乳された場合、高い確率でアレルギ-体質を持った子どもになると言っている。本来動物はそれぞれの環境で進化して来て、それがDNAという形で受け継がれてきたわけである。人間の乳児の場合、人間の母乳成分しか分解吸収できない状態で生まれて落ちてくる。従って、体内には、歯の生え切った幼児や成人の腸内細菌などに棲んでいる消化細菌類は、何処にも存在していないのである。そこに、成分の殆んど異なる牛の乳が入って来るとどうなるか?乳児の消化器官、特に腸が大変な混乱を来す訳である。それが、アレルギ-の始まりとなると博士は長い研究の結果、主張しているのだ。博士は、乳児には最低3カ月間は母乳を与えるべきだと結論づけている。アレルギ-は、一度発症すると一生の問題ばかりでない、大切な遺伝子さえ常に戦場に晒され、時には悪い方へと変化さえしてしまうわけだ。例えば、胃や腸が常に炎症状態で経年して行くとその先はどうなるだろうか?それがやがて腫瘍となり、癌に変化し、あるいは遺伝子を傷つけ、癌発症の遺伝子になるということだってあり得る訳である。近年癌が増え続け、日本では2人に1人が癌になる時代だと云う。アレルギ-の患者数や、その原因も増続けており、今日ではそば粉やパン粉までに及んでいる。そんなことから、アレルギ-と癌の因果関係についても全く無いとは云えず、むしろ関係が深いともいえないだろうか?一番問題なのは、遺伝子がどうして傷つくのか、そこにあると私は思う。そこをないがしろにして、その先の事を利己的な思考で判断してしまう。その結果が、癌を必要以上に恐れ、女性として最も大切で美しい場所を、削除する行為となる訳である。その場所とは、本人だけでなく、人類を現代に繫げ、未来に繫げる最も大切な人類の故郷なのである。この癌発症を遺伝子問題として捉えていくと、人類は例えば、子宮や卵巣も削除し、腸や胃や肺も削除してしまわなくてはならなくなる。実に馬鹿げた話になって行ってしまうのだ。ちなみに、切除するに要する手術費用は100万円というが、おそらく片側であろう。(乳癌手術だと1千万円はかかると云う)その先、一生を考えると、定期的な検査や、美容整形費用等が、かなり必要となっていくのだろう。困るのは、その内この方法も予防だから、健康保険扱いにせよという、今時の甘い風潮である。医療費や介護費用で、もはや破産寸前のこの国の国家財政。少しはこの点も、考えて見て欲しい。そんなことより、癌のことを良く知り、それを簡単に予防する方法は日常の中に沢山ある。食生活や適度な睡眠、生活態度などである。最低線、遺伝子を傷つけないように正しく暮らして行けば、良いのである。「頭が良く、流行を追う女性の一部の人達が、遺伝子という言葉にすがり過ぎて、その罠に罹っている」。この現象、ひねくれ者の小生には、そうとしか映らない。
2013年06月11日
【善と悪】その境界とは?(10)【マッカ-サ-の太平洋戦争について】(7)【マッカ-サ-のもたらしたもの{善(功績)と悪(喪失)}】ではマッカ-サ-の評価を分析して見よう。1. ソ連の日本進出を阻止して、ドイツのような国家が分断される危機を回避した。2. 天皇制を廃止せよという米国内の世論を抑え、日本人の心の拠り所を守った。3. 日本憲法草案を6日間で起草するよう指示し、極東委員会からの介入の余地を与えなかった。4. 婦人の地位向上、言論の自由、労働組合の認可、政治犯の釈放、農地解放、財閥解体など。1~4の項目についても、その人の立つ位置によって、評価は様々になるだろう。逆な位置にいる人では、評価は真逆きさえなるだろう。ところで、今日本においては、日本維新の会代表の橋本大阪市長が、従軍慰安婦問題について私的見解を述べたことが、世界中に波紋を起している。過去の事について反省し、改善して行くことは人類の未来にとって大切なことである。しかし、本質をそっちのけで、枝葉ばかりの議論を孫やひ孫など当時の戦争を知らない連中が、何時までも唾を飛ばして議論しあっても、あまり意味のないことではなかろうかと思う。それより、為政者達の善と悪の議論の末に、発生する戦争と云う愚かな行為こそ問題にすべきである。他の動物の世界では、人間の殺し合いのように、ここまでも大規模に、そして悲惨・残酷には、決してやらない。これこそ、恥ずべき最も愚かな行為である。頭脳が他の動物より発達したことが、最も真逆な結果を生んでしまっている訳である。いざ鎌倉となれば、相手を殺傷する武器なら何でも構わない。剣であろうが銃であろうが、毒ガスだろうが、生物兵器であろうが、原爆だろうが、相手に勝てる兵器なら何でも良いのである。そして、日常で人殺しをしたなら重い罪となり、複数の人を殺傷すれば、大概は死刑であるが、戦争では無罪であり、多くを殺せば英雄である。そんな異常な戦争と云う世界の中で、脳が発達している人間(兵士)達が引起す行動を、どうしたら起さないように出来るか、規制出来るかを、もっと真剣に考え・議論すべきである。どうしたら核兵器をなくせるのか、戦争をなくせるのかを、もっと真剣に議論すべきであろう。動物から見たら、軍人が誇らしく着る制服や、その功績を表す輝く勲章姿は、理解できないばかりか、ピエロ以上に滑稽に見えることだろう。ときに、私は想う。「豊かで強きもの達」が、まずもう少し優しくなり、もう少し素直になれないのだろうか?なぜなら、この世は常に「豊で強きもの達」が、余りにも傲慢過ぎるからだ。ここで「豊で強きもの達」の定義をしておかなくてはならない。まず彼らとは、現時点の最終戦争(第二次世界大戦)に勝利した国々とその国民達だろう。そして宗教や思想の世界でも同じことが云え、時代を生き残り現行ある勝ち残ったもの達である。さらに、この議論を進めて、最終的に身近に落として行くと、「豊かなもの達」とは、健康で生まれ、体力に恵まれ、知力にも恵まれ、親族や家庭環境、教育環境、職場環境などにも恵まれた者だけということになる。さらに追求して行くと、周囲より力が強い人、大きな人、背が高い人、頭が良い人、記憶力の良い人、雄弁な人、足の速い人、スポ-ツが上手い人、歌が上手い人、絵が上手い人、楽器ができる人、明るい人、忍耐強い人、優しい人、人等々・・・となる。最終的に追求して行きつくと、現に死の床についているもの以外は、みんな恵まれている者達と云う事になってしまう。すなわち、現に生きているもの達の中には、恵まれていない者達など存在しないと云うことである。生まれて来られなかった命さえもある訳だから・・・・。さて、良く考えて見ると、我々の才能や能力さえ、実は自分のモノではない。そして、努力した事すら、その体力や気力や環境が有ったからだ考えると、これらも「与えられたモノ」に過ぎない事になる。生きている間だけ、一時天から与えられたモノに過ぎない訳だ。要はモノの価値基準を、特に心の価値基準を何処に合わすと云うことである。少なくとも今、美しく青く輝くこの世界で我らはいま生きており、それは超奇跡的なことである。(専門家の話だと、その確率とは一等の宝くじが連続して1万回当たる確率だという)その超奇跡的な時間は、たった百年足らずに過ぎず、宇宙的な時間から見ると、ほんの一瞬なのである。明日再び美しいこの大空を見られる保証は、誰にもないのである。従って、万人が、その生きている尊さを強く意識し、そのことをもっと強く感じ続けることで肝心である。さて、【善と悪の境界】とは?の「項」に、そろそろピリオドを打とう。その答えとは、「我ら人間のその時代の心の持ち方の中に必ず存在し、その生が有る限り、それらに干渉され続けるものである」と云えないだろうか。(完)
2013年06月04日
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