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有事法制は、実に奇怪な法制であったが、「国民保護計画モデル素案」なるものを見て、このようなものを作る政治家や官僚の頭の中がますます奇怪に思えてきた。 ここで想定されている武力攻撃事態(つまり侵略あるいは戦争)は、まずありえないと思われる。着上陸侵攻、ゲリラや特殊部隊による攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空機による攻撃などを企てる国があるとは考えられない。もし、それを考えるのなら、そういうことをさせないための外交などによる防止をまず考えるのが順序というものだろう。 そういう国は、周りを見渡しても考えられない。とすれば、一番考えられるのは、アメリカ軍と共同行動をすることによるこうした反撃の発生である。アメリカブッシュ政権の予防戦争を名目とする戦争政策が続くなら、共同行動を強めている日本が巻き込まれる可能性が一番大きい。 だが、そういうことを想定し、その場合の国民の保護を計画準備してまで、アメリカに追随することは、ばかげている。アメリカの世界支配戦略、予防戦争政策とは距離を置久のが、日本の安全にとって一番いい選択だ。 政府・与党は、現実にはアメリカ追随政策を強化している。有事法制はもちろんそのためだが、国民保護法、それにもとずく国民保護計画モデル素案が、そうした戦争が現実になった場合の備えだとしたらばかげている。しなくてもいい戦争に加担することを前提に国土が焦土となることを想定するなど未来切り開く思想から遠い。 アメリカとの共同行動による戦争は、イラクの状況にもよるだろうし、アメリカ政権がどのように変化するかわからないから予想できない。 それでも、このような計画を急ぎ、大騒ぎするのには、別のいともあるのかもしれない。それは、戦争を煽り、日常的に国民を動員することにより、国民を管理統制下におき、心理的に危機意識をもたせることである。 だが、危機管理をいい、危機を煽ることは、かえって危機を呼び込むことになりはしないか。たとえば、政府が中国や北朝鮮、そしてアジアとの外交努力を怠り、逆に危機意識を煽ることで、危機を呼び寄せるといった可能性である。 首相は「備えあれば憂えなし」といったが、この備えは、先々に生じる事態の深刻さを予想させ、憂えは深くなるばかりである。 最後に、国民保護法案もそうだったが、この国民保護計画モデル素案もあまりにもあほらしい。先に述べたような事態が生じたときに、モデル素案はまったくやくにたたないだろう。それは、歴史が証明している。 くりかえすが、この計画は国民の危機感を煽り、仮想国への恐怖感を抱かせ、国や自治体の管理統制を強化し、日常的に動員することにしか役立たない。
2005/02/28
人のうわさもなんとかというが、マスメディアも移り気というか、いうほどの人権意識もないようである。「人権擁護法案」がまた息を吹き返そうとしているのに、マスメディアは、地方でがんばっている一部新聞をのぞいて沈黙しているようだ。 人権擁護法案の大綱、原文、Q&Aなどに目を通してみた。(法務省ホームページ他)改めて大変な悪法であることがわかった。 先ず第一、人権擁護をうたっているが、肝心の人権の規定があいまいである。救済措置として例示されてある事例も基準があいまいで、思うままにとめどなく範囲を拡大して適用できる。マスコミの表現の自由、報道の自由、国民の知る権利はもちろん、私人のそういった権利も侵されかねない。 第二に、発生のおそれ、とか、予防とか、適当な措置とか、必要な調査とか、予防的措置が広範に導入されており、国家機関による事前検閲が行われる可能性がある。 第三に、これらを予防し、監視し、救済する機関である「人権委員会」が法務省の外局として設置されることである。これは、すべての判断と措置を「お上」の手に預けるということになる。国家が人権侵犯についての判断を行う権利を握ることの危険性ははかりしれない。 第四は、繰り返し言われていることだが、これによってマスメディアの規制、言論統制がつよまり、政治家や行政など権力を握る側の国民の知る権利を恣意的に規制し、自らの私益を守ることに使われる恐れがあることである。 第四の点は、今までも一番問題にされてきた。政府・与党は該当条項を凍結するといっているが、凍結はすぐに解除できるし、愛媛新聞もいうとおり、解除を脅しにメディアを恫喝することも可能になる。 メディアをはじめ私人についても、「言論の自由や表現の自由への介入が恣意的に行われる可能性がある」この法案は、廃案にすべきだと思う。権力者がのうのうと思うままに振る舞い、国民が息を潜めるそんな法案をまえにしたマスメディアの沈黙が気にかかる。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 追記 この法案については、自公民の間で合意がなされたらしい。あれほど反対していた民主党が合意した裏には、なにがあったのだろう。 報道によれば、自民党の古賀議員と解放同盟との話し合いがあたらしい。解放同盟は、23日、東京の参院議員会館で集会を開き、人権擁護法案の「早期制定」を政府や各政党に申し入れたということである。 申し入れ書では、人権委員会を内閣府外局に置く、報道の自由への不当な干渉につながるメディア規制を削除する、などを求めているということだが、これほど問題のある法案を訂正要望つきとはいえ早期制定を求めるとは納得できない。 そもそも人権擁護法というものを要望し運動しきっかけをつくったのは、解放同盟と一部政党だった。もちろん、このような悪法案を作った政府・与党が悪いのだが、現憲法と現法制の運用で解決できるのに、屋上屋を重ね、悪用される要求をすべきではなかった。 今回の民主党の姿勢変更には、民主党と手をつなぐ解放同盟の働きかけがあるのかもしれない。もしそうなら、目先の利益に目がくらんだとしかいいようがない。 とにかく、これだけ、危険な人権抑圧法案は廃案にするのが最善だと思う。
2005/02/27
冬も一面の緑におおわれていた田圃、どこも夏は米、冬は麦をつくっていた。その田圃が今ではまばらに緑が散在するだけになっている。冬場、なにもつくらず放置した田圃が増えている。 放置された田圃に企業が進出してきた。○○という企業が農地を借り、あるいは手に入れて農業をしているのだ。だが、それは名目でただ土地を入手するだけのように思われる。それは、その農地が作付けされたまた殆ど手入れされず放置されていることから分かる。 農水省(国)は、新しい農政基本計画案を発表している。基本的な方針を見ると、食の安全、地域の主体性や創意、環境保全などとならんで効果、効率がうたわれており、食糧自給率を上げることを目標に、さまざまな施策を実施するという。 だが、具体的な施策をみると、自由貿易協定などを通じて、輸入を多元化、食糧の安定輸入を確保するとある。輸入の多元化による安定確保は自給率の向上と矛盾し食の安全を保障しないように思える。 また、意欲と能力のある農家を集中的に支援するという。いわゆる大規模農家を中心に支援を集中し、その他は切り捨てるという政策である。 だが、我が村をみても、大規模農家、「意欲と能力」のある農家など、数えることができないくらいだ。殆どが兼業、中小農家に支えられている。最初に書いたように、それらの人も農業にそれほど熱心とはいえない。高齢化が進み、兼業農家が篤志的に維持しているといってもいい。 更に農地の集積を図り、営農組織の法人化を進め、企業の農地利用を全国的に進めるという。 農業離れが進み、兼業農家の高齢化が更に進めば、耕作放置地が増えるのは目に見えている。それは、国が農業を捨てる政策を強力に進めた皮肉な成果だ。高度成長期には、農業はいらないもの、じゃまもの扱いされた。魅力のない農業を捨てることをむしろ積極的に進めたのは、国(農水省)であり、それを支持する大企業だった。 企業の進出、農地の集積は、一時的に効果を発揮するかもしれない。だが、先にも書いたように、土地目的に進出する企業もあるだろうし、企業は利益が上がらないと見ればすぐに見捨てる。企業が地域に進出しながら、利益があがらないとなれば、すぐに撤退するのを見てもわかる。大規模小売店などは、地域に本当に必要な小規模商店を廃業させて進出しながら、かってに引き上げる。後には残された地元民の不便など考えない。 企業の進出は、土地を集積しやすい場所に限られるだろう。棚田や過疎地の農地はそのまま放置される。集積が難しい土地も放置される。 この計画が描く未来は、荒廃した村里と集積された大規模企業農業とに分化した田園風景だ。 私の近くの田圃も見捨てられ荒廃した農地と企業化された農地に分かれるだろう。企業化は、これまでの農家がこまめに維持していた田圃のさまざまな自然保護機能を保持できるとは限らない。 農政基本計画案は、大企業中心、農業切捨て政策がその最終段階に来たことを思わせる。農業を切り捨て、後継者を育てなかったその結果がこのような姿で実を結んだ。 農家に育ち、村の人達が兼業して「意欲と能力」を欠くかもしれないが、粘り強く農地を維持している努力を見ながら、農業政策の無策を思う。 専業、兼業も含めて農家の人達がどう思うか分からないが、この案は、農業の未来を本当には考えていない、本当には知らない人達の机上の空論、作文のように思える。 追記 効率を重視した大規模農業、企業が参入した農業には他にも心配なことがたくさんある。アメリカの大規模農業が陥っている問題である。水、農薬、遺伝子操作をした種子の使用等々、効率と更に利益第一主義になれば生じる問題である。
2005/02/26
重要なニュースが連続して書ききれない。これから書くのも重要なニュースの一つだと思う。 06年度から使用される中学校の教科書採択を前に、広島県教委が市町教委の採択担当者に手続きを説明する際、「新しい歴史教科書をつくる会」(つくる会)の情報誌や同会が関係する教科書採択を報じる新聞記事を配布したという。 配布したのは「指導主事会議資料」で、その中につくる会が発行している「つくる会FAX通信」(6ページ・同会が関係する教科書の採択を推す地方議会の動きなど記載)、産経新聞記事のコピー(2ページ・東京都教委が採択した記事、自民党の運動方針案について「偏向教科書を適正化、靖国神社参拝の必要性も明記」と報じた記事)をとじこんであった。 教科書採択に当たっては特定の教科書についての資料を配布することは、してはならないことである。それは、教科書採択を公平に行う妨げになる。 問題はそれだけではない。教委が「つくる会」という特定の団体の会報や特定の団体の教科書を採択したり、採択するよう薦める記事を配布したことだ。これは、中立であるべき教委の立場を逸脱するだけでなく、積極的に採択を示唆する行為である。教委が決してしてはならない行為である。 県教委指導1課の二見課長は、「参考資料として添付した。偏った情報とは思わない。」と述べているが、単なる参考資料でないことは、添付してあった資料の内容から見ても分かる。これを「偏っていない」というのは、逆に特別の意図があるとみられても仕方があるまい。 その後、県教委は他の教科書に関する資料も配布するといっているが、その内容は、「必要に応じて」というもので、批判をかわすためとしか思えない。 私は教科書検定制度は検閲であると考えており、認めるものではないが、それでも、歴史を恣意的に歪曲するあの教科書は、検定合格させるべきではなかった。そんな教科書を前例にこだわる文部省が前例を破ってまで合格させたことは、大いに疑惑のあるところだった。 特定の教科書を教委が採択するように示唆することは、許されない。まして、自民党の議員たちをはじめとする歴史を逆行させようとする勢力が採択に向けて強力な運動を進めている教科書を教委という行政機関が薦めることは、決してしてはならないことだ。 我が愛媛でも知事の教唆があって、県教委がつくる会の教科書を採択したことがあった。東京都教委の例は先に挙げた。このようなやり方が、全国に広がることを私は心配している。 追記、 教科書検定制度など不要である。もし、するにしても憲法と教育基本法に反していないこと、記述上の誤りがないことくらいにとどめるべきだ。 採択については、教委は「採択の業務に携わる」だけであるのに、かかわりすぎている。採択は教師の自由採択がのぞましい。それに不安があるのなら、教委と父母代表との合議にしてもいいだろう。
2005/02/25
太平洋の小さな島に派遣された部隊が、「太平洋の防波堤たれ」と命令されて守備に就く。岩山の自然の洞窟を補強し陣地として戦う。 天皇のために死ね、国難に殉じよと訓示され、彼らは戦いに備える。だが、彼らのこころを支えたのは、他の島のように犬死の玉砕はしない勝つために戦うという守備隊長のことばであり、生きるため戦うという小隊長のことばである。 やがて闘いが始まる。米軍の圧倒的な戦力の前に、たちまちのうちに粉砕される。 「これはもはや戦争、戦闘というものではなかった。ただの集団殺戮ー白昼の殺戮だった。」 これは玉砕と題された小説である。玉砕とは全滅を美化したことばだ。だが、この小説に描かれた全滅は玉砕と美化できるものだろうか。 小説の大半を戦闘場面よりも中村小隊の兵士を中心に人物を丁寧に描いたその意図は、さまざまな生き方をしてきた、ひとりひとりの存在のかけがえのなさ、それが無謀かつ無策な戦略、戦術により、空しく殺されていくという玉砕の真実を描くところにあったのではなかろうか。 日本帝国のばかげた戦争、軍隊上部のばかげた戦術、そのために、それにもかかわらず、兵士たちは戦い続けねばならなかった。日本軍の兵士には降伏という道はなかったからだ。 そんな絶望的な戦いを闘った兵士たちに、小田はこういう言葉を送る。それは生き残った中村のみなよくたたかったということばだ。 このことばは戦争を美化するものではない。無謀、愚劣な戦争、戦術、指導層にもかかわらず全滅するまで戦わねばならなかった兵士たち、つまり民衆への鎮魂である。 小田実が中村にいわせたこのことばは、大岡昇平の『レイテ戦記』でのことば、大岡が繰り返しいっていたことば、愚劣な戦争にもかかわらず、兵士たちはよくたたかった、ということばを連想させる。こころからの痛みをこめた哀悼のことばである。 『玉砕』は、短い小説であり、全滅の悲惨が描きつくされていないようにも思う。だが、普通に生きる民衆が追い詰められ、無駄死にさせられる不幸は十分に読み取れる。
2005/02/24
かつて、小学校や中学校は、地域に開かれていた。門は開けっ放しで、人の出入りも自由だった。第一、あんな頑丈な門扉などはなかった。 放課後の校庭では、町や村の人がぶらりとやってきて、子どもを遊ばせたりしていた。学校と地域の人との距離は近かった。それでも、もっと開かれた学校にするには、どうしたらいいかということが話題になっていたりした。 最近、学校をめぐる事件が連続している。学校や教育行政側は、ぴたりと学校を閉ざすことで、それに対応しようとしている。文字通り、児童、生徒は学校に閉じ込められている。 地域住民は巡視による監視や警察の巡回による監視を行って対応しようとしている。都会や街では、監視カメラの設置も増えているようだ。 不自由になったね、殺伐としてきたね、学校がなつかしいと思えた昔がなつかしいね、そんな声があちこちで聞こえる。 理由、原因の分からない犯人が突然殺人を犯すというような事件がつづけば、学校を閉ざし、監視を強化することも仕方がないのかもしれない。でも、なにかすっきりしない。 すっきりしないのは、閉ざすことや監視を強化することが、さしあたりの対応になるにしても、事件そのものへの対応、ああした事件が発生する根本に迫るものではないからだ。 それでは、どうするかと問われても、すぐに答えはだせない。ただ、あのような罪を犯す人間がなぜ生じるのか。それに対する対策から考えるべきではないかと思うばかりだ。 当面学校を閉ざし出入りを制限することは、ある程度仕方がないのかもしれない。でも、学校はいろんな意味で開かれていてほしい。 そして、安易に監視を強化することには、慎重であってほしい。それは、別の意味での危険があるからだ。 個人情報保護法、有事関連法、住民基本台帳、人権擁護法案などで、住民の監視は強まり、自由はより制限されつつある。そして、監視カメラ。警察や住民による監視の強化。 善意からでたものが、いつ行政と一体になって人々の自由を奪うものに転化するかもしれない。 すでに、上に上げた法、あるいは法案は、「決定権を無条件でお上に与えて」(森達也)しまっている。 学校での危機に対応しているつもりが、いつのまにか、お上の住民監視政策に協力しているということだけは避けたいものだ。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 追記 ・学校で、知らない人は恐い人といった教育がされているようだ。そのうち子どもには、声もかけられないという時代になるかもしれない。殺伐とした社会だ。 ・今日、今年初めてと思われる黄砂があった。昨日、一昨日とはうって変わった春のような空と山々が黄色く染まった。
2005/02/23
南米のエクアドルの先住民の写真をみていた。その顔があまりにかつての近所のこどもたちおとなたちに似ているのにおどろく。 かつてアメリカ大陸がユーラシア大陸と地続きだったとき徒歩で渡り、移動していったのだから、似ているのは当然なのだが。 万年という単位で移動していった時間を思う。そして、やがて大陸が切り離された後、独自の、旧大陸とは違った形の優れた文明を築いた。 ヨーロッパはそれを野蛮とし徹底的に破壊した。でも、彼らは、生きつづけている。 一枚の写真から永い長い旅を思った。 振り返れば、人類自身の歩みが、永い長い旅路なのかもしれない。 生物の発生から人類の発生までの永い旅、人類の発生から、現代までの永い歩み。 そこには果てしなく続く旅がある。果てしなく死の道が敷かれ、生の道が敷かれていく。 この歩みはどこまで続くのだろうか。 或いは自滅して途絶えるのか。新たな発展を迎えるのか。私は前者が近い気がする。 それでなくても太陽系はやがて滅びる。それを乗り越えても宇宙の終焉があるのかもしれない。 だが、人類も時間と空間の中に存在する宇宙の一部であってみれば、それにまかすしかあるまい。 宇宙も永い永い旅を続けているのである。 一枚の写真から、こんな妄想が浮かんだ。 (注)DAYS JAPAN 3月号 「辺境の村 エクアドル」のセバスチャン・サルガドの写真と池澤夏樹の文章から
2005/02/22
小さな町で憲法改悪に反対する講演会があった。参加者は少なかったが講師の弁護士さんの熱弁は迫力があった。例によって、特に印象に残ったところと感想をメモしておこう。 ・憲法改悪の露払いとして、教育基本法改悪が企てられている。これは、教育を国家の思うままに支配するというのが目的だ。その最終的な狙いは戦争を担う人づくりにある。戦争体制ができても、戦争をする人間がいなければ戦争はできない。 ・改憲案がいろいろ出されているが、それに共通する根本は現憲法を構成する大枠から変える点にある。現憲法は基本的人権を根幹に、それをどういかすかという国の仕組みをプラスする構成になっている。アメリカ憲法などもそうだ。 ところが自民党などの改憲案は、国家を上に置き、人権を制限する形になっている。 現憲法が99条で国会議員他に憲法遵守擁護義務をかしているのは、それらの人達が、かつて権力を濫用し、する恐れがあるからだ。国民にはそんな義務は課されていない。 自民党などの改憲案は、それを逆転させ、国民に改悪した憲法を守らせるようになっている。国家が国民に強制できる形になっている。 そうした上で、9条を変える。9条を変え、軍隊、戦争を肯定し、集団的自衛権の行使を認める。国民の権利は制限され、国防の義務という条項からみて徴兵制が課されるだろう。こうして、米軍と一体になって戦争を遂行する体制が完成する。侵略と弾圧は裏表だ。国民の権利は大幅に制限されるだろう。 国連憲章、国際司法裁判所の判決、ハーグでの世界市民平和会議などを見ても、9条は先駆性を持っている。征服、侵略の戦争を禁止した憲法はたくさんあるが、一切の戦争の放棄、軍備の禁止をした点で先駆的だ。・今、自由をめぐって国民への抑圧がすすんでいる。精神的な自由の大切さを見逃してはならない。いったん失ったら何もいえなくなる。その恐さを認識しておきたい。・小選挙区制のもと、国会は国民の意思を反映していない。国民の意思が反映されるようにすることが大切だ。 講演は多岐にわたり、興味深い話が多かった。私は一つ一つなるほどと納得しながら聞いた。 特に印象に残った点は以上だが、憲法を国民のための法から、国家=支配層のための法にかえるという点に改めて注目した。9条の改悪もそのためである。 人権を根幹に、どういう国にすればそれが生かせるか。それを考えるとき、現憲法の示す方向を逆転させてはならないと思った。
2005/02/21
勝ち組負け組みといういやなことばが浮かんだ。愛媛新聞の「道標」という欄で、三菱総研専門研究員という人物の文章を読んだからだ。 その人(以下筆者)は酒が好きでよくタクシーを利用する。タクシーを利用すると「私の仕事に多岐多様な政策資料の数量的土台を提供するというのがあり、政策の方向を導くのに非常に貴重な会話は大歓迎」だからでもあるという。 先日もタクシーに乗り会話のやり取りがあったという。そのやり取りは省略するが、運転手のぼやき(小泉改革は競争を激化させるだけで我々の生活を考えてくれていない)や知人の関係者のぼやき(仕事がない誰かどうかしてほしい)を聞き、筆者は、次のようなことを考えたという。 「その背後には、自分に利得や自己実現の機会が得られないのは他人に非があるのだといわんばかりの空気がかんじられる。確かに自由競争は勝者と弱者を生み出す。が、彼らは大事な点を見落としている。いや気づいていないだけかもしれない。自由競争ゆえのメリットや成功者の背後にある努力を。自由競争はまた機会均等も保障しており、各人の努力次第でリターンは確実にいくらでも得られる。」 そして話はややそれるがとして、東大卒、ハーバード大博士課程修了の「家柄」「容姿」「学歴」とれをとっても「完璧」な上司を紹介し、それが、他人の知りえない「努力」によって得られた賜物だという。そして、「自己努力」が大切だと結ぶ。 話の全体を通じて感じられるのは、自分も「自己努力」によって自由競争でのリターン、メリットを得た勝者だという意識であり、その意識からくる自由競争社会の全面的な肯定である。 筆者は、そうかもしれない。上役もそうかもしれない。だが、私には、そうは思えない。運転手や知人の関係者のぼやきのほうが、身近に感じられる。 筆者は、自由競争のメリットと努力がすべてを決めるという努力進行を披瀝するが、自由競争の酷薄さと、上役がいい例だが、自由競争が実は「自由な」競争にはなっていないことに気づいていない。 たとえばこのような数字がある。ニート52万人、フリーター400万人、完全失業率4%後半、300万人超、パートタイマー1211万人、派遣労働者236万人。 これらの人達がみんな、「自己努力」をしていないというのだろうか。あるいは、努力不足だというのだろうか。 これ以外の企業などで働く人達も、筆者のいう勝者はごく一部である。ではそれ以外の、筆者のいう「弱者」は、努力不足の人間なのか。 私はそうは思わない。自由競争が可能なのは実は極一部の選ばれた人達であり、他の人達はどんなにしても「自由な競争」には加われないのだ。 利権を受け継ぐ特権層と極一部の選別された者以外は排除される。それが、筆者のいう自由競争の真実だ。この競争はほとんど出発点から結果が決まっている。 もしそうでなくても、数千万の筆者のいう「弱者」(本当は敗者というべきなのだろうが)の努力不足ではありえない。 自由競争の社会は一部の人達にとっては自由でも、多くの人達にとっては「不自由」なのが真実である。誰にでも努力次第で、メリットやリターンが確実にいくらでも得られたりはしない。
2005/02/20
京都議定書が発効した。地球温暖化抑止にあまり効果はなさそうだが、それでもないよりましか。日本は抑止に取り組む前に8%もCO2を増加させてしまった。 地球温暖化については今現在CO2を60%カットしても2100年までにやっと安定する程度だという。100年単位で考えてやっと対策が具体化するそんな話らしい。 それに対し、アメリカなどは、目先の企業の利益と過剰生産、過剰消費、過剰投棄の今の生活を捨てようとはしていない。考える時間の物差しが、目先の長さしかないのだ。 これは日本の企業も同じで、目先のことしか考えていない。考える時間の物差しは、よほど短い。 永い先まで見通して、子々孫々のまだその先まで考えて行うべきことは多いのに、今、今日の利益のためにそれを無視することがあまりにも多い。 考えるべきは未来だけではない。過去についても百年、二百年、時には数千年、数万年の先まで振り返り、参考にすべきこともある。 これから先のことで言えば、原子力発電や核兵器などについては、万年単位で考える必要がある。 日本の憲法の問題についてなら、最低百年を見通しての判断が必要だろう。過去の数千年の人類の歴史も振り返る必要があるかもしれない。それを、今、アメリカとどう連携するかと考えるだけだ。 国会の審議は、もっとひどい。どんな重要な問題でも、今の国会の会期内で採決する。あるいは、乗り越えることしか考えていない。 企業も政治かも官僚も、多くの私たちも、今、が考える時間の物差しになってしまっている。 課題、問題毎にそれにあった時間の物差しにしたがって考えてほしいものである。
2005/02/19
鶴見俊輔は読書の範囲が広いので驚かされる。先日も「時間・空間ともに大きくとらえる瞬間芸が日本から生まれたら大したものだ。漫画の世界からは、すでに岩明均『寄生獣』が現れた。さらにこうの史代『夕凪の街 桜の国』(双葉社2004年9月)が出た。」と漫画を紹介していた。 『寄生獣』は、以前読んだ。共生するとはどういうことかといったことがテーマだったように思う。いい作品だったのでこうのさんの漫画を買ってみた。 あとがきを入れてわずか103ページである。夕凪の街が特によかった。これだけなら34ページの短編だが、被爆者をテーマとした作品として、映画『父と暮らせば』や多くの原爆小説に負けないくらいの存在感をもっている。 鶴見さんのいうとおり、時間と空間を一瞬のうちにとらええている。現在第五刷。もっともっと読まれてほしい作品だ。読み終えたら、きっと、こころを激しく揺り動かされるだろう。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ アサヒビールの名誉顧問中条高徳氏は「新しい歴史教科書をつくる会」の賛同者に名を連ねている。その中条氏が千葉県知事に立候補する森田健作氏を応援する場で次のような演説をしたという。 「昔、日本は清らかで、親切で美しかった/今の世の中、夫婦ですら話し合いがつかない。国家同士で話し合いなどできるはずがない。話し合いで解決できなければ、戦争をしてもいいんです。戦争を国際法で認めているんです。/愛国と右翼は違います。自分を愛する心です。それが使命感になれば死は恐くなくなるんです/(朝鮮人は)千葉にもいるかもしれない。」(週刊金曜日「金曜日から」より) 話の全部を知りたいところだが、これだけでも、相当時代錯誤だ。『夕凪の街』でも読ませたいところだ。 自分を安全圏において戦争を煽り、死を美化して扇動している。戦争を国際法も認めているというが、国連でも厳しい枠をはめ、可能な限りしないことを求めている。こんなことを恥ずかしげもなくいうとは、永い人生なにを学んだのだろう。 以前からアルコール強化のアサヒビールは飲まないようにしている。これからも飲まないだろう。 それにしても、大企業の関係者が口を揃えるように改憲をいい、戦争をいう時代になるとは、企業のモラルが退廃するはずである。 東京、埼玉、神奈川と首都圏の知事はひずんでいるようだ。それに森田健作氏などが加わらないように遠くから願っている。
2005/02/18
今日も鶴彬の句の続き。同じ1936年の句に植民地朝鮮から日本本土に働きに来ていた朝鮮人を呼んだ句がある。〈半島の生まれ〉と題されたそれらの句は戦時動員以前でも厳しい環境に生きていたことが分かる。 なお、当時、チョウセンあるいはチョウセン人という呼び方が差別的であるというので、半島人という呼び方が普及されていた。その半島人も略語の半島もその後、やはり、差別語となる。ことばを変えても実態が変わらなければ同じなのだ。 ・半島の生まれでつぶし値の生き埋めとなる 内地人に負けてはならぬ汗で半定歩のトロ押す 半定部だけ働けばなまけるなとどやされる ヨボと辱められて怒りこみ上げる朝鮮語となる 鉄板背負ふ若い人間起重機で曲る背骨 母国掠め盗った国の歴史を復習する大声 行きどころのない冬を追っぱらわれる鮮人小屋の群れ 1936年(昭和11年)26歳の句 ヨボも鮮人も差別語、半定歩(部)は日本人の半分の賃金。差別に耐え、厳しい労働を強いられて生きても、賃金は日本人の半分。屈辱的なのはそれだけではない。母国を盗んだ「国の歴史」を暗誦させられる。すでに皇民化は強化されていたのだ。それでも日本人の気に食わなかったら住んでいる住居も追い立てられる。 戦時動員、皇民化政策の前、植民地朝鮮からやってきた人達も屈辱と圧迫の下を生きなければならなかった。 ・息づまる煙の下の結核デー 免税になるまで生めば餓死が待ち 正直に働く蟻を食ふけもの 高粱の実りへ戦車と靴の鋲 屍のいないニュース映画で勇ましい 手と足をもいだ丸太にしてかへし 万才とあげて行った手を大陸へおいて来た 1937年(昭和12年)27歳の句 昭和12年7月7日、日中戦争が始まる。財閥は戦争でもうけるが、労働者は戦場への動員と工場への動員で苦しめられる。悪化する労働条件、うわべだけの安全対策。働くものはけものにいのちをむさぼられている。 鶴彬の目は拡大する大陸での侵略戦争へも注がれる。コウリャンを踏み潰す戦車と軍靴で象徴する侵略戦争。 戦場で傷つく兵士たちへの同情、(手を大陸へおいて来た)、そういう兵士を作りだす国家への批判は鋭い。(丸太にしてかへし) だが、哀しいユーモアを通して(バンザイをした)、あるいは操作されたニュース映画(屍のない)に興じる民衆へ批判と、そういう操作をする国家への批判もまた見逃せない。 屍のない勇ましい情報に操作されて、再び手足を失い、人を殺し、人の土地を蹂躙することのないようにしたいものである。 鶴彬は1909年(明治42年)に生まれ、1938年(昭和13年)29歳で亡くなった。短い生涯で作品もそれほど多くないが今も鋭い光を放っている。
2005/02/17
以前から読んでみたいと思っていた鶴彬の句をやっと読んだ。図書館に全集があったのを借りて、句を拾い読みした。印象に残った句を勝手な感想と一緒にメモしておこう。 ・生と死を車輪の力切りはなし 1925年(大正14年)16歳の句 ずいぶん早熟だったことがわかる。機関車の動輪が目に浮かぶ、切りはなされる生と死は、身体とも、出征する兵士と残る家族とも思える。 ・ロボットを殖やし全部を馘首する 大砲をくわへ肥った資本主義 1928年(昭和3年)19歳の句 企業で働く、労働者が、物言わず働くロボットにさせられる。そして企業の都合によって馘首される。そんな企業は軍需で超え肥っている。どちらも民の命を食っているのには違いがない。昭和のはじめも今も似たような状況は続いている、 ・三本きりしかない指先の要求書 1929年(昭和4年)20歳の句 三本しかない指は工場の機械によって失われた結果だろう。これを比喩と取れば、今も生きる句だ。指先どころか体をずたずたにされ、命まで削り取られる。でも、今、どこにそれにも負けず要求書を差し出す手があるだろう。労働組合組織率は低下を続け、組合のほとんどが御用組合。残された二本の指を取られても沈黙を守るのではないかとさえ思われるのが現状だ。 ・多角形農業 多角形にやってくる 貧乏! 1934年(昭和9年)24歳の句 世界金融恐慌の後、昭和5年には農村恐慌が日本を襲う。政府の音頭で、いくら工夫をしても、農村の荒廃、貧困は乗り越えられない。現在の多角経営農業の行き詰まりを連想させる。 ・銃剣で奪った美田の移民村 玉の井に模範女工のなれのはて 1935年(昭和10年)25歳の句 昭和6年の満州事変から始まって大陸での戦争は続く。一方国内では、昭和9年東北地方が大凶作。農村の疲弊は続いた。日本の農村を捨てて満州に渡って、開拓に従事した農民の多くが得た土地は、荒地ではなく、満州農民を追い出しあるいは、捨て値で買い叩いた土地だった。 日本内地では、困窮した農民の娘の身売りがあった。模範女工も生活のため、玉の井で売春をすることにもなった。 ・ざん壕で読む妹を売る手紙 修身にない孝行で淫売婦 泥棒を選べと推せん状が来る 1936年(昭和11年)26歳の句 疲弊した農村、続く大陸での侵略戦争。兄は戦場で妹の身売りの知らせを読む。どちらも国家の犠牲者。 家のために身売りする娘の「孝行」を、鶴彬は痛烈に皮肉る。国家が偽善的に欺瞞的に強制した「修身」という道徳を身売りという不幸で行わねばならない皮肉。この句の裏には作者の悲しみがにじむ。 そんな折、選挙が行われた。推薦状にあるのは、国民の財産を盗む国家的泥棒である候補者だった。国民の苦しみをよそに、泥棒を議員として「選ばされる」のは、今の選挙も同じだ。
2005/02/16
共同通信が以下のような記事を配信している。この日米連携は、憲法を越えるどころか世界規模での軍事行動を予想させる。日本政府が目指す方向は極めて危険である。アメリカの軍事戦略にますます深入りし、共同の軍事行動を行うことは、平和とは逆の方向を目指しているとしかいえない。以下記事をメモしておく。世界規模の日米連携明記 米軍再編へ共通戦略目標 [ 02月12日 18時55分 ] 共同通信 日米両政府が在日米軍再編の基本理念としてまとめる「共通戦略目標」の骨格が12日、固まった。ワシントンで19日に開く予定の外務、防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で合意、共同声明に盛り込んで発表する。 イラクやインド洋への自衛隊派遣の実績を踏まえ、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、国際テロ組織の活動など「新たな脅威」への対応を目的とした世界規模での連携強化を明記。日米安保条約に基づくアジア太平洋地域での周辺有事対応などと並ぶ日米協力のもう1つの柱として明確に位置付けるのが特徴だ。 アジア太平洋地域に関しては、北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の軍事的台頭を念頭に、朝鮮半島と台湾海峡の緊張が不安定要因になると指摘。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 宮内勝典氏の「焼身」(すばる3月号)を読む。吸い込まれるように一気に読む。同氏の海亀通信で紹介されていたので読んだのだが、楽しくかつ深くいろいろと考えさせられた。感想は後日。
2005/02/15
NHKの不祥事が明らかになった時、NHkはきちんとした対応をしなかった。視聴者の批判が相次ぎ、受信料支払い拒否が相次いだとき、NHK幹部は「吸収できる範囲」とうそぶいた。批判などなんの影響もありませんよといったのと同じだ。 それを聞いて、私はNHKへの抗議のため、受信料(どうも受け入れがたいことばだが)の支払いを停止することにした。銀行にいってその旨をいうとすぐ用紙が出てきて、簡単に手続きが終わった。行員の反応ぶりから受信料支払い停止、あるいは拒否がかなりあるようだった。 その後、NHKは、相変わらず視聴者無視の姿勢を続けた。その内、受信料支払い拒否、あるいは停止する人が急増。NHK海老沢会長の「おわび」番組を放送したが、ほとんどお詫びになっていなかった。私は支払い停止を続けることにした。 そのうちにNHKと自民党との癒着事件が起こった。例の中川、安倍両氏の圧力問題である。経過を追っているとNHKは、自民党に視線を向け、視聴者には背を向けていることが、はっきりしてきた。 自民党議員に説明に回ることを当然の行為とした。それを新会長が間違っていたと訂正したかのような発言をしたと思ったら、すぐに自民党総務会にわざわざ出向いて、説明にまわることは悪くない、問題はその方法であるという意味の弁明をした。やはり、視聴者から背をむけ、自民党のほうだけを向いている。私は、停止を継続することにした。 先日は、ラグビーの試合を生放送せず、深夜に回すという騒動があった。審判の胸に某マスコミの名前のロゴが入っているからというのが理由だった。そんなことはラグビー協会とNHKの問題で、視聴者には関係ない。それに翌日のマラソンでもそうだが選手の胸に企業のロゴが入っているのは普通だし、NHKの他のスポーツ放送でも企業の名前は露出しぱなしだ。NHKはここでも、視聴者を無視していた。(抗議が集中してさすがのNHKも生放送したが) そんなこんなで、私はまだしばらく受信料支払いを停止しようと思っている。NHKがもう少し私たちのほうを向くまで。 停止してから後、NHKからは何の連絡もなかった。さすが「吸収できる範囲」というだけのことはある。連絡があったのは、やっと先先週である。 担当者が、「あの問題が理由でしょうか」というので私も「はいあの理由です」と答えた。それで通じたようで、「そのうちお伺いしますのでよろしく」といったが、まだ、来ない。担当者に何の恨みもないし、大変だなと思ってもいるので、来たら丁寧に説明し、要望を言うつもりだ。 受信料支払いを停止しているというと、よく聞かれるのは「NHKはみないのですか」ということだ。実は、私はNHKを見ている。それは、みていないとNHKがどう変わったか分からないからだ。番組をよく見届けたうえで、支払い停止を解除してもいいと思えたら、すぐに支払うつもりだ。 追記、 こんなことを書いていたら、テレビ放送がデジタル化される関係で一部の地域でチャンネル設定が変わるので、係りが訪問するという報道があった。 地上波放送の難視聴区域をなくすためといって、衛星放送を開始、地上波放送を手抜きして、衛星放送を充実、その後、ハイビジョン、デジタル化と、頼みもしないのに、事業を拡大し、以前からの視聴者を無視しつづけるNHKの姿勢は、みなさまの公共放送とはとてもいえない。
2005/02/14
今日は、「沖縄と憲法9条」という講演を聞いた。話の組み立てが新鮮だったし、ディーテイルも面白かった。そのうちの幾つかを私の感想をそえながら、記録しておこう。 ・沖縄米軍基地のフェンスは、上部が基地の外側に折れ曲がった形になっている。基地からは簡単に乗り越えて外にでれるが、外からは入れない。ということは、つまり、沖縄は基地が中心であり、住民はフェンスの中に閉じ込められているということになる。 なるほどと納得させられた。沖縄が基地の島だということは、そういうことなのだ。巨大な基地の中にフェンスで囲まれて島の住民は暮らしている。フェンスは基地を守っているというよりも住民を閉じ込めている。 ・基地の島沖縄と天皇・・・天皇は「聖断」によってポツダム宣言を受諾した。このポツダム宣言で北方領土は、ソ連に沖縄等の南方領土はアメリカに占有された。1945年4月のアメリカ海軍軍政府布告第1号は、北緯30度以南の南西諸島及びその周辺海域をアメリカ軍の占領かにおくことを宣言。以後、沖縄返還まで、沖縄はアメリカの支配下に置かれ続けた。 それ以降、1946年の憲法制定のための総選挙を前に、連合国総司令官は旧植民地、北方領土、沖縄等を日本の政治、行政の管理範囲から除外。 天皇はこうした事態につき「アメリカが、日本に主権を残し租借する形式で、25年ないし50年あるいはそれ以上、沖縄を軍事支配することは、アメリカの利益になるのみならず、日本の利益にもなる」とGHQに伝えた。 アメリカが戦争終了前から一貫して沖縄を支配下に置こうとしていたこと、それを天皇が「日本の利益にもなる」と肯定していたことには、改めて驚かされる。 琉球処分以降日本帝国政府が取り続けていた二重政策(ある場面では、日本として利用し、ある場面では、沖縄として差別する)が露骨に表れている。ある意味で天皇は自らの免罪と引き換えに沖縄を放棄したといえるのではないか。自らの保身のためならあえて切り捨てる冷酷さ。・天皇と国柄 吉田首相の衆院本会議での演説にこういうのがあるという。 「連合国からいたしますと、上に皇室を戴いて、この忠勇なる日本国民が皇室を中心として一致団結する、そうしてそこに平和に対する危険があり、世界の平和を乱す原因がそこにあると考えられたのであります。かくのごとき疑惑の中にあって、日本が如何にして国体を維持し、国家を維持するかという事態に際会して考えてみますると、日本の国体、日本の国家の基本たる憲法を、まず平和主義、民主主義を徹底せしめて、日本憲法がごうも世界の平和を脅かすがごとき危険のある国柄ではないということを表明する必要を、政府といたしましては深く感得したのであります。」 ここに天皇制の擁護と引き換えに平和主義を取り入れるという時の政府の判断があったことがわかる。 それと同時に、小さなことだが、私の注意を引いたのは「国柄」ということばだ。自民党や改憲派の人達がよく口にする「国柄」が、ここでは皇室を戴き、皇室を中心に団結する「国柄」と世界平和のために貢献する「国柄」とに対立的にとらえられている。 自民党や改憲派の人達のいう「国柄」は、現憲法を改めて挿入するというのだから、平和主義ではありえない。あるいは、それは、天皇を中心として団結する国ということではないだろうか。・安保と沖縄 サンフランシスコ条約によって、日本が独立国家として認められるのと引き換えに、アメリカ政府は日米安保条約と沖縄の要塞基地化を要求した。その後、本土の基地は減るのに沖縄の基地は増え続けて今に至っている。 講師の結論「沖縄からみた憲法9条は本土からみる憲法9条とはその姿を大きく異にしている。沖縄の不幸は常に憲法9条から降りかかってきたのであった。なぜこうなるか。それは、日米安保条約体制が憲法を蹂躙しているからであり、日本がアメリカの軍事戦略との中にあるからである。ところがこの現状にも満足できず、アメリカの軍事戦略との一体化をさらに強めようとする動きが強まっている。憲法改正の執拗な追求もそのひとつである。 1945年には、連合国が軍国日本の牙を抜いた。しかし、それから60年たった今日、再び軍国日本の新しい牙がはっきり姿を現している。今度は我々自身がこの牙を抜かなければならない。」 我々本土に住む者は、安保体制下の沖縄を都合よく忘却し、あるいは利用し、その一方で、また都合よく思い出している。殺し殺された土地沖縄、米軍出撃基地としての沖縄と「ちゅらさん」の沖縄とである。 沖縄に憲法9条と安保体制との矛盾があらわに姿をみせている。その解消を軍国化によって図ろうとするのが、改憲はである。私たちは、軍国化ではないもう一つの道、軍国化の牙を抜く道を選びたい。講師の結論に大いに共感した。
2005/02/13
建国記念日だということで、賛成派の「建国記念の日奉祝県実行委員会」が松山、西条、宇和島の三箇所で集会を開いた。奉祝とは戦前、戦中を思わせる。神武天皇即位という架空の神話を信じる集団にはふさわしいのかもしれないが。 この会の会長は元松山藩主久松家の当主(ついでにいえばNHKの松平アナウンサーはこの一族)。 会では、福岡県立高校の教師が紀元節の意義などについて講演。「教科書を改める愛媛1000人委員会」を設立することを決議した。 「1000人委員会」というのは、扶桑社版の「新しい歴史教科書」についての理解を広げ、同教科書採択を目指すのが狙いだそうだ。 注意されるのは、決議のアッピールの中で、県教委の「公正な」採択が強調されていることだ。 扶桑社版、つまり「新しい歴史教科書をつくる会」の「新しい歴史教科書」の採択を推進する会が「公正に」といえば、この教科書を採択せよと要求していることを意味する。 「公正に」ということが、「公正」とは、反対の意味になることは明らかだ。 「新しい歴史教科書をつくる会」は、愛媛県を重点地区にして二度に亘って大々的な運動を展開した。それとの関連はあきらかではないが、そうしたなか県知事は二度に亘って県教委に指示して、この教科書を採択した経緯がある。 安倍氏や中川氏の場合もそうだが、「公正に」ということが「公正」の反対の「圧力」になる場合はしばしば見られる。 これに反対する人達も「公正」を言い、「公正」が交錯するわけだが、「公正さ」に問題のある団体が、「公正さ」に問題のある教科書を「公正に」採択せよと運動していること、県教委が「公正」を言いながら「不公正」な動きをする可能性があることに注意したい。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^~ 日本政府が進めているミサイル防衛は、アメリカの軍需産業に1兆円もの金を貢ぐことでしかない。 北朝鮮のミサイルを想定しているということだが、北朝鮮がそんなことをするとは考えられない。金正日体制を維持するのに汲々としているのに、それでは自滅である。 もし、万が一ミサイルが発射されたとしたら、防衛など不可能だ。 いずれにしても、1兆円の金は、アメリカへの貢物でしかない。そして、日本の軍需産業も多少のおこぼれをもらい。政治家たちもおこぼれをもらうのかもしれない。 だが、ミサイル防衛は、それ以上の価値はない。 ただ、それ以外に意味があるとすれば、政府のするめる戦争のできる国の体制をなし崩しにつくってゆく、その一環を築きあげることだけだろう。
2005/02/12
小泉首相は先日の首相インタビューで郵政民営化法案の「通常国会での廃案は小泉内閣への不信任であり退陣要求だ。継続審議も廃案と同じだ」と今国会での成立に全力を挙げると言明したという。 不信任と考えるのは大いに結構、さっさと退陣しても私は何も困らない。成立に全力をあげるくらいなら他にある重要な課題に全力を挙げてほしいものだ。 郵政民営化について国民はなにも要求していない。国民生活の安定、自然災害への対策、補償、年金問題、国家財政問題、いくらでも課題はあるのに、郵政民営化を最重要課題だとして、本丸だなんだと勝手に首相が騒いでいるだけだ。 以前にもなんども書いたが、郵政民営化が一般の国民のもたらす利益はなにもない。郵政に関係する害は、政府自らが自己改革すればすむことが殆どだ。郵貯、簡保などの資金の使用方法なども、政府が改めれすむ。 民営化して喜ぶのは一部金融資本と利権が増すことで潤う関係者だけだろう。郵貯、簡保の金を狙っていることは、預金勧誘に来る一行員さえもうずっと以前から公言していたことだ。「そのうち郵便局の金もみな銀行にきますから」と。 それだけではない、アメリカ金融資本との関連でビル・トッテン氏は次のように述べている。(ビル・トッテンからのレター) 「昨年2月、新生銀上場で約2200億円の売却益を得たときにも書いたが、リップルウッドが破たん企業を安く買いたたいて再上場させ利益を得ることは最初から明白だった。計画通り、旧長銀が破たんしてから公的資金を約8兆円も投入した銀行を、リップルウッドは追加投資を加えてもわずか1210億円で手に入れ、今回の売却は世界の「はげたかファンド」の取引の中でももっともハイリターンの取引となるとフィナンシャルタイムズ紙は記していた。日本の金融機関が誰も買収に手を挙げなかったとしても、日本の権力者(政治家、官僚)の協力なしには海外投資家が旧長銀を買い取ることはできなかった。日本の権力者はこうして富裕者をさらに富ます取引を行い、メディアを使って「世界の流れだからしかたがない」と国民に破壊のための変化をおしつけた。 日本政府が行おうとしている郵政民営化もまったく同じである。民営化の狙いは、巨額の郵便貯金をはげたかファンドの手にわたすことだ。政権の変化を拒む日本国民が、自分たちのまわりにあふれる情報に無関心であるために、ゆっくりと社会を破壊する変化を結果的に受け入れている。」 これが本当だとすれば(私は本当だと思う)小泉首相は日米のハゲタカのような金融資本に奉仕するために他の重要課題を放置して全力を尽くしていることになる。 このような郵政民営化法案は、廃案にすべきであろう。 そもそも、民営化が国民のためであったためしはない。
2005/02/11
町がとなりの町と戦争をするという設定の小説。こういう設をしたことが、面白い。たまたまその町に住んだ主人公がその戦争に巻き込まれる。 小さな町同士の町おこしのという変な戦争だが、戦争のあらゆる要素がそろっている。それが小さな自治体という場に集約されることで、こっけであったり、戦争の真実をついていたり、人生のパロディーになっていたりする。 この小説は、日常と非日常とがつながって存在する現実の怖さを描きながら、そういう連続の形として戦争もあるといっているように思う。長年の計画、緻密な事務、そうした生活の些事のうえに戦争は連なっている。 また、日常のなかにある非日常がそのまま戦争につながっている。 現代の戦争は、そうして普通に暮らす人々の生活のそばで人々の無関心の横で行われる。普通に暮らす人々は日常において無関係であるようでありながら、実はどこかで関係している。 この小説は、ちいさな町同士の町おこしの戦争という設定の中でそうした戦争というものの本質を描き出してみせる。パロディーとしてプット噴出しながら、そうそのとおりと納得させられる小説である。 この小説を読みながら気に入った部分を幾つかメモしておく。 ・僕たちが戦争に反対できるかどうかの分岐点は、この「戦争に関する底知れない恐怖」を自分のものとして肌で知り、それを言葉として語ることができるかどうかではないか・・ ・「弟は誰かに殺されたわけではなくって、戦争で死んでいったのですから」←注、このことばは戦争では、殺人が殺人でなくなり、戦争遂行者、戦争犠牲者となるということを意味している。 ・考えてみれば、日常というものは、そんなものではなかろうか。僕たちは、自覚のないままに、まわりまわって誰かの血の上に安住し、誰かの死の上に地歩を築いているのだ。 ・こうした変わらぬ日常のその先こそ、戦争は、静かにその姿を現すのだから。 最後に途中に挟み込まれた役場の文書にいたるまで丁寧に描かれたディテイルに考えさせられ、また、楽しませてくれる。
2005/02/10
亡くなった父がまだ若かった頃、いろいろな人が家にやってきた。行商の人、富山の薬売り、博労、乞食、そして、過門付け芸人、その中には人形使いもいた。 人形使いは箱を首からつるし、その上で二体の人形を使った。うたう人が別にいたか、それとも使い語りだったかおぼえていない。 人形を使い終えると食事をしたり、お茶を飲んで一服したりして休んでいった。やってくる人達はみなそのように食事をしたり、お茶を飲んだりして休んでいった。 休みの間には、父や家族との話が弾んだ。こうして朝から晩まで農事に過ごす農家でも、世間に開かれ、思わぬつながりを持っていたのであろう。 そのころは、大方が貧しかった。貧しい中で道を誤る人もあり、犯罪もあったが、底辺に暮らすもの同士のつながりは濃かった。 あり余る物質に埋もれるように暮らす大量生産大量消費の生活もなく、そんななかでの貧富の極端な差もなかった。みんなほどほどだったのだ。 人々を不安にさせる要素はあったろうが、それなりの落ちるける要素もあった。生活にあえいでいても、それなりの安定があった。殆どの方がもう亡くなっている当時の大人たちの暮らしぶりを振り返りながら、そんな記憶があるように感じる。 丁寧にその頃のことを調べればまた別の姿が浮かぶかもしれない。でも、私の記憶にあるのは、そのようなことである。 あり余る物量の中で、極端な貧富の中で、孤立して生きるということの困難さを思う。 人形遣いが来た頃の出来事を私は美化して記憶しているのかも知れない。それでも、美化された記憶から抽出される一つの生き方を未来に向けて投射してみたいとも思う。 それほどに、今という時代は、問題を多くはらみ、ほんとうに生き難い時代である。
2005/02/09
ある人が新聞を見ながら涙を流していた。記事を見ると愛知県安城市の幼児殺傷事件の氏家容疑者についてのものだった。 かつて住んでいた近所の同級生の話によると「川の土手の葉っぱを取って食べていた」「学校のジャージーが擦り切れていた。ほとんど口もきかず、家のことも話さなかった」「電車にのれないときは歩いていた」足は怪我して靴はぼろぼろであまりのひどさに町内会で「仕事ができるまで最低限の面倒は見てあげよう」と話し合って散髪や銭湯にいかせたり、古着をあげたりしたという。 その人はこの記事に述べられた悲惨さに涙したのだった。 町内の温かい人情があった。それ以上に親がだめであり、凄まじい困窮があった。その中を黙々と耐えて生きる少年の姿を想像して涙したのだ。 もちろんすべてをそのような環境のせいにするわけにはいくまいし、殺人や傷害を許すわけにはいかない。 でも、彼の生い立ちを見ていると私も同情せずにはおれない。凄まじい貧困の中で必死に生きていたであろう毎日。その中で犯した罪。仮出所してみれば、その前に立ちはだかる壁。絶望感。 殺人は罰せられねばならないが、今まで生きて来た彼の人生にも私は注目した。幼児の死に涙しながら、同時に彼の過去の人生にも哀しいものを感じた。 彼のような人にも開かれる未来はあるのだろうか。準備できているのだろうか。 それでなくても、おびただしい失業者、パート、派遣社員、バイトなど流動的労働の増加、ホームレスの人達を考えると、それも難しいようにも思える。 人々が未来を安心して信じられる社会を用意することが大切だとも思う。今のような社会が続く限り彼の犯したような犯罪は絶えないし、幼児のような無辜の被害者が絶えないような気がする。
2005/02/08
「日本初生命保険買い取り、困窮がん患者から」こんな記事が今日の新聞に出ていた。ほんとうに驚いたなあ。 記事によると、療養が長期にわたり生活資金を必要とするがん患者から生命保険を買い取る事業を東京のベンチャー企業「リスク・マネジメント研究所」がはじめ、埼玉県の男性患者(50歳)との間に契約がまとまったということだ。 この患者は、長期入院のため退社、数年前には家を売り貸家にうつったが、その後預貯金が底を突き決断したという。保険会社は名義変更を拒否しているということだが、おどろいたのは、このような患者を救う制度がないということである。 アメリカではすでにビジネスとして定着しているということだが、貧困ライン以下の人が数千万、健康保険に加入していない人が数千万というアメリカで、命を売る商売がなりたっているということだ。 そのアメリカの後を追うかのように、日本でも失業者や不安定流動的雇用に従事する人達が増え(私の推定では1000万人くらい)その人達が、何の保護も受けられず、同じような状態に置かれている。 このような人達が何の保護も受けられず、保険を売るということは、命を売ることに等しい。売る保険もない人は、そのままだ。軽い病気ならまだ保護はあるようだが、重い病気になった場合、こんなことになってしまうとは、文化国家、人権国家とはいえまい。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 同じ新聞に福井県知事が「もんじゅ」改造を了解したという記事があった。もんじゅといえばナトリュウム漏れ事故を起こし大惨事寸前だった高速増殖炉である。 事故の原因が十分に究明され、対策がなされたともきかないのに、この結論だ。もともとこの炉自体の安全性が専門家の間では、問題にされている。 政府が急ぐのはプルトニウムがたまり続ける現状をどうかしたいということだろうが、再開が大事故につながりかねないという心配は離れない。 この判断をめぐってどんな策謀が渦巻き、これまであるいはこれからどれだけの金が舞うのかは分からない。ただ、いえるのは、この判断がもし事故が起こった場合影響を受ける人々の命を売る行為だということだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 政府も企業も、あまりにも一般庶民の生活と命を軽んじてはいないだろうか。
2005/02/07
今日は頭数がそろわないというので協力して、ある会に出席した。町の行事だったが、ずいぶん退屈な会だった。 その会の「開会行事」というのがあった。挨拶に立つ一人ひとりが、日の丸に最敬礼をしてから演壇に向かった。我県では普通になっていることである。 驚いたのは、挨拶で、町長も町議会議長も来賓の町出身の県議も口を揃えて「今は金よりもこころの時代です」といったことだった。 来賓の県議の父親は、前町長で在任時代に町の借金を100億にまで増やし、その金を使って息子を県議にしたと評判の人物だ。現町長は50億円を使って町の上水道施設をやりかえると張り切っている。議長はそんな行政を認め共に推進してきた人物である。このような人物3人が口を揃えてこころの時代というのだ。 挨拶の中で、知事もこころの時代といっていると紹介された。そこで、気が付いたのだが、政府、政治家、文部省あたりもしきりにこころの時代といっている。 上から下まで声を揃えて「こころ」を強調するのは、うさんくさい。彼らが普通以上に金に執着しているところからみても何かを隠そうとしているようだ。 汚れたこころの持ち主が自分のことを棚にあげて、「こころ」こころという裏には、彼らが村や町や国を蚕食し、破壊してきた、そしてしつつあることを隠そうとしているのではないか。 そうしながら、彼らは厚顔にもしもじもの、つまり私たちのこころのなかに踏み入り、統制し支配しようとしているのではないか。 そう考えると、教育基本法の改悪、「こころのノート」という副読本の配布と利用の強制、政治家たちの「こころ」の連呼、すべてがひとつにつながってくる。 三人が口を揃えて言うのを聞きながらそんなことを考えた。
2005/02/06
国会中継をみていたら、民主党議員の質問に答えていないという追求に小泉首相はこう応えた。「私の演説は総花的と言われたんです。総花的とは全部に触れているということですよ」。そういって席に戻り薄ら笑いを浮かべた。 国会中継を見ていると小泉首相はこのように答弁をはぐらかすことが多い。その後必ず浮かべる薄ら笑い。 首相は、こんなはぐらかしや薄笑いが国民をばかにしていることを分かっているのだろうか。いや、分かった上でなめきってそうしているのかもしれない。 総花的とはいろいろというが中身がないということだ。民主党の質問者は、このくらいのはぐらかしを軽く切り返していいのだが、そうせず次の質問に移った。 こうして薄笑いはぐらかしがとおり、民主党がそれでなにもしないのは(たまに騒動を起こして見せたりするが)両党が本質で同じだからだ。 民主党の鳩山由紀夫氏が「憲法に自衛軍をはっきりと書き込むべきではないか」と質問した。小泉首相はそれに大賛成だと応えた。野党の民主党が首相に改憲を要求し、首相が喜んでそれに応える。それも、憲法遵守義務など無視してである。 具体的な政策でも重要な案件では、両党が一致あるいは、民主党の方が強く主張(たとえば消費税)場合が多い。こんな両党に緊張関係が生まれるわけがない。 先ほどの総花発言の場合もそうだったが、質問する民主党議員は二世議員のお坊ちゃん。せっかくいいテーマなのに現実の苦労をせず、現場をしらないから迫力がない。応える首相は三世議員のお坊ちゃん。お坊ちゃん同士がなれあっている。薄笑いはぐらかしが堂々とまかり通るわけだ。 このとき質問した民主党議員は北海道知事時代、道職員組合や地元企業と癒着して利権と汚職にまみれた。質問しても迫力がないのには、そういうわけもあったようだ。そういう点でも両党は似たもの同士。 議会の場で、それもテレビに映る場面だけで、対立してみせても、見える政策で一致、見えないところで共同では、国会のあの雰囲気、首相の薄笑いはぐらかしはやむことがないだろう。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 追記 NHK番組改編問題に関連して、安倍氏は女性国際戦犯法廷は「拉致問題に対する沈静化を図り北朝鮮が被害者としての立場をアピールする交錯宣伝活動の一翼を担っていると睨んでいた」といっているそうだが、拉致問題は2002年9月、法廷は2000年12月。 こんなでまかせを平気で垂れ流す人物が次期首相候補とは恐れ入る。彼も三世議員、姻戚には大物がぞろぞろ。世間知らずのお坊ちゃんで「強硬、強硬」というだけの空疎な人物を持ち上げる連中にはあきれる。 そして、民主党は小沢氏が次期代表候補だという。これもあきれる。
2005/02/03
田舎で百姓をしていて若者が徴兵されて中国の戦場へゆく。異国の光景の珍しさに目を見開いているうちに前線に送られる。 前線では、日本で聞かされていたのとは違った手強い抵抗にあう。日本軍の徹底的な破壊のあとを見る。 最初は自分たちの行為と切り離して、中国人に同情したりしているが、ゲリラや正規軍と戦ううちに周りがすべて敵にみえてくる。やがて殺人、殺戮が常態化する。 日本軍兵士は、東亜永遠の平和とか、建設、安定とかいったスローガンを刷り込まれており、それによって目にするもの自分たちのすることを意義付ける。 農家生まれの岩崎章治も同じ道を歩む。農家に生まれたかれは、前線で自己省察を書きながらも現地人に同情する。そんな彼が、南京攻撃戦に参加することで変わって行く。 「南京の下関駅を工兵隊が占領したのが14日未明です。時に敗残兵約800名位我等工兵の手で揚子江の川べりで銃殺してしまったのです。人を殺しているのか、竹でも川に流しているのか自分でも分からないほどでした。」「今日は南京入城式です。(中略)其の為に昨夜城内に居った支那人を約二千人ばかり集めて本日の未明全部殺してしまったのです。揚子江の川べりだけでも約五千人位の死体がごろごろして居ります。」 その後彼は「のんびりとした気分」になりふるさとのことを思い出したりする。 普通に暮らしていた一人ひとりの人間が、訓練され其の過程で刷り込まれ、それでも普通の感情を持ちえたものが、戦場の殺し殺される中で、殺人殺戮を普通と考えるようになる。そして、現地の人達への想像力、共感の力、現実を受け止める力を失ってゆく。 ファルージャでの米兵の行動の報道に接するとき、日本帝国陸軍との類似に驚く。 ともに侵略軍であるが、戦争の大義を刷り込まれている。戦闘のあと、現地人に歓迎されるはずが、思わぬ反感、反撃にあう。やがて、周りがすべて敵に見えてくる。そして、ファルージャの虐殺だ。 誤った出発、現地での齟齬、大量殺戮、其の中で生きた兵士たちのあり方が重なって感じられる。やがてファルージャでの殺戮と破壊の真実も明らかにされるだろう。 先日のNHKスペシャルで、イラク派兵自衛隊員が交代で日本に帰国する際、精神療法を受ける場面があった。その時、隊員たちはいろいろと胸のうちをいうのだが、一つ心に残ったことがあった。 一人の隊員が、「サマーワについたとき、イラク人がみんな敵に思えた」といったのだ。このことばは、戦場であるイラクということを思うとき、ありうる心情だと思う。 そしてこの心情が、実際の戦闘の中におかれるとき、ファルージャや南京での大量殺戮へとつながってゆく可能性は少なくなく、そこまでの距離は遠くないのではないかと思った。 鹿野政直著『兵士であること 動員と従軍の精神史』(朝日新聞社)の中の「村の兵士たちの中国戦線」を読みながら浮かんだ感想である。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 追記、昨日は、里山に大雪、田圃も白くなっていた。最高気温2・2度。北日本とは比べられないが、この地方としては記録的な寒さだった。 NHk顧問の年間報酬は、一人1300万円だという。週平均3~4日でるだけで、これだけもらえるのだという。常勤の社員の場合、相当の高給に違いない。 それにしても、海老沢元会長他数名の恥知らずなことだ。番組改編に関係した幹部で現在顧問になっているのもいる。これも恥知らずだ。
2005/02/02
自衛隊がおおきく変わっていることを実感するこのころだが、先日放送されたNHKスペシャル「陸上自衛隊 イラク派遣一年」をみて改めて実感した。 この番組はイラクに派兵された一部隊に焦点を絞って丁寧に追った番組だ。自衛隊の訓練、出発の様子、現地での活動ともりだくさんだった。 その中で私の注目を引いたのは、自衛隊の情報戦だ。自衛隊の中にはそれを専門に研究している部門があり、その結果は各部隊に伝えられる。 そのような部門があるであろうことは、想像のつくことだが、彼らが「旧軍」(日本帝国陸軍)の中支での戦略を研究し、それをサマーワでの活動に生かしていることまでは考えなかった。そんな古い作戦が生かされるとは思わなかった。その点で自衛隊と日本帝国軍隊との結びつきが見えた。 自衛隊はサマーワに派兵されたが、その際に自衛隊の情報戦、の実験が行われていることもよく分かった。サマーワでの自衛隊は、いわゆる人道支援かどうかという論議以上にこれからの海外派兵を見越した研究を実践的におこなっているのだ。 なぜなら、「宣撫」などの帝国軍隊の戦術を生かした情報戦は、自衛に専念する場合には、必要ないからである。 気になったのは、この情報戦、情報戦略のターゲットに日本国民があったことだ、やわらかいことばで言えば、理解を得るためということになろうが、実際は、国民を誘導するためのものである。一連のイラク報道が自衛隊の情報戦の一環に組み込まれていたことをこの番組で改めて認識させられた。 自衛隊はこのような情報戦を重視し、それをアメリカ軍との緊密な連携の下におこなてちる。それは、アメリカ軍将校が行っていたとおり、日米両軍が将来共同行動をスムースに展開できるようにするためだ。 この番組を見て、改めて自衛隊の目指す方向を再認識した。そして、自衛隊が危険な一戦を超えつつあることも再認識した。 重要な内容があると教えてもらって、再放送でみた番組だが、見てよかったと思った。
2005/02/01
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