全25件 (25件中 1-25件目)
1
NHKが「新生プラン」を発表した。どこが新生なのか疑問に思うような新味のないものだが、一つだけ「新味」があった。それは視聴料不払いの者について法的措置をこうずるというものだ。 NHKは、相次ぐ不祥事についても明快な対応策をとっていない。NHKと政党、政治家との関係、いくつかの番組改編問題についても、改めるとはいっさいいっていない。幹部やNHK自体の姿勢については一言の反省もせずに、職員の首切り、視聴者への法的措置では、納得できない。 不払いの問題についてもごまかしが多い。坂本衛氏などの指摘によればそもそも契約をしていない事業所、個人が一千万を越すというし、本多勝一氏の指摘では、受信契約さえしていない未契約が960万件、滞納と未納をあわせた不払いが約270万件だという。未契約の960万件、(実際はそれ以上)を放置して、事情による滞納、抗議の意思表示が多いと思われる未納、あわせて不払いだけについて法的措置をとるというのは、NHKのいう公平を欠くものだ。 約4600万件ともいわれるテレビ設置者数のうち、1230万件がはらっていない(その多くは契約もしていない)。それなのに、抗議のために不払いを選択した百数十万件を標的にするとは、いかにも権力的で、弱者に強いNHKらしい。 新生をいうのなら、基本的な姿勢からきちんとすべきだろう。 追記、 NHKが総合テレビ、教育テレビ、衛星第一、衛星第二、ハイビジョンなどと5つものチャンネルを持つ必要がない。そのあたりも新生というのなら最高すべきだろう。デジタル化などは、企業奉仕、国民無視の悪行である。
2005/09/30
石川真澄の遺著『戦争体験は無力なのか』を読んだ。「昔の影が伸びてくる」「今の政治は腐っている」「選挙制度と政権交代」「衰退するジャーナリズム」「社民主義勢力不在の不幸」の各章から構成されている。 各章の見出しをみれば、おおよその内容が予測できるが、なかでも心打たれるのは、小選挙区制度について繰り返し警鐘をならしていることだ。 私にも記憶があるが、小選挙区制度成立当時、マスメディア、雑誌、週刊誌、政治家、学者、知識人その他、小選挙区推進派が多数派をなし、それに反対する人は本当に少なかった。そのなかで社(朝日)のなかでも孤立しながら反対の論陣を張ったのは立派だ。 とはいえ、小選挙区制度が、今回のような結果を生み出すことは、素人でも簡単に分かったことだ。多数派は、新聞、テレビ、知識人、学者を含めて政治権力の側に分かっていて加担したのだ。そういう意味でも反対を貫きとおした点は評価できる。 その他の点でも概ね賛成できるところが多かったし、目を開かれるところもあったが、今日は小選挙区制に反対を貫いたことを特記しておきたい。
2005/09/29
イラクで息子を亡くしたシンディー・シーハンさんが、座り込みをしてイラクからの米兵撤退を訴えている。 場所を変えてホワイトハウスの近くで抗議行動中、逮捕された。罰金を払って釈放されたというが、その前後の状況が日本とはずいぶん違う。 まず、声をあげることが日本では難しい。それは、イラクで拘束されたり、殺されたりした人たちのことを思い出すだけでわかる。 シンディーさんの抗議行動は、15万人の抗議行動にまで広がった。日本ならどうだろう。そうなる前に、各界のからの押されこみがなされ、具体的な行動には警察の規制があり、15万人という数にはならないのではないか。 アメリカの民衆の中にある民主主義の主体であるという自負、それが我が日本の私たちの中にどれほどあるだろう。私はアメリカにはかなりの批判を持つが、こういう点は感心する。 日本では、共謀罪、人権擁護法案などと言論、思想の自由が抑圧され続けようとしている。声をあげる自由、それだけは、保ちたいものだ。
2005/09/28
憲法改正国民投票法案を審議する特別委員会で設置されてから、新たな決議、声明が出されている。そのなかから仙台弁護士会会長声明を転載する。 追記・・・自民・公明・民主の三党は議会に出す前に陰で調整する腹らしい。議会制、民主主義に反することを三党はやめるべきだ。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 憲法改正国民投票法案に関する会長声明 仙台弁護士会は、日本国憲法の平和主義、国民主権、基本的人権保障などの原則を尊重する立場から、これらの諸原則に反する疑いのある法案や政府の行為に対し、批判や反対の意見を表明してきた。 近時、政府与党は、国会での憲法改正国民投票法案成立を目指している。法案の内容は、2004年12月3日、国民投票法等に関する与党協議会の実務者会議において、2001年11月に発表された憲法調査推進議員連盟の日本国憲法改正国民投票法案に若干の修正を加えて日本国憲法国民投票法案骨子(案)(以下「法案骨子」という。)を策定し、この「法案骨子」を基に法案化するとのことである。 しかしながら、この「法案骨子」には、国民主権、基本的人権の保障という憲法の基本原則からして、以下の重大な問題がある。1 「法案骨子」は、憲法の複数の条項について改正案が発議された場合に、全部につき一括して投票しなければならないのか、あるいは条項ごとに個別に投票できるのかについて明らかにしていない。 この点については、国民主権の原理に則り、条項ごと又は問題点ごとに個別に賛否の意思を問う発議方法及び投票方法がとられるべきである。 2 「法案骨子」は、国民投票運動について、広範な制限禁止規定を定め、不明確な構成要件により刑罰を科すものとなっている。その主なものを挙げると、1、公務員の運動の制限、2、教育者の運動の制限、3、外国人の運動の全面禁止、4、国民投票の予想結果の公表の禁止、5、新聞・雑誌の虚偽報道の禁止、6、新聞・雑誌の不法利用の禁止、7.放送事業者の虚偽報道の禁止等である。 しかし、国民投票にあたっては、表現の自由が最大限保障されるべきであり、国民投票運動は基本的に自由でなければならない。上記のような規制が広範かつ不明確な構成要件のまま設けられるならば、憲法改正国民投票という主権者が最も強く関与すべき事項について、主権者に十分な情報が伝わらず、また、国民の間で自由な意見交換がなされないまま国民投票が実施されることになるおそれがある。「法案骨子」の制限禁止規定は、表現の自由、報道の自由及び国民の知る権利を著しく制限するものであるといわなければならない。 3 「法案骨子」は、国民投票の期日については、国会の発議から30日以降90日以内の内閣が定める日としている。 しかし、国民が的確な判断をするために必要かつ十分な期間が確保されなければならず、この期間はあまりにも短い。 4 「法案骨子」は、憲法改正に対する賛成投票の数が有効投票総数の2分の1を超えた場合に国民投票の承認があったものとする。また、国民投票が有効に成立するための投票率に関する規定を設けていない。 しかし、少なくとも改正に賛成する者が、全投票総数の過半数を超えたときに、改正についての国民の同意があったとされるべきであり、国民投票が有効となる最低投票率に関する規定も設けるべきである。 5 「法案骨子」は、国民投票無効訴訟について定めているものの、提訴期間を投票結果の告示の日から起算して30日以内とし、一審の管轄裁判所を東京高等裁判所に限定している。 しかし、この提訴期間は憲法改正という極めて重要な事項に関するものとしては短かすぎるし、管轄の限定も国民の裁判を受ける権利を制限するものであって不当である。 6 「法案骨子」は、軽微な選挙違反による公民権停止者の投票権を認めず、「衆議院及び参議院の選挙権を有する者は国民投票の投票権を有するものとする」としている。また、18歳以上の未成年者についても、これを認めないとしている。 しかし、公民権停止中の者に対して憲法改正の投票権を否定する理由に乏しく、また、18歳以上の未成年者については十分な議論がなされるべきである。 いうまでもなく、憲法改正国民投票は、主権者である国民が、国の最高法規である憲法のあり方について意思を表明するという国民の基本的な権利の行使にかかわる国政上の重大な問題である。よって、国政参加のどの機会にも増して、国民には自由な議論の時間と方法が保障されることが必要であるし、投票結果には国民の意思が正確に十分に反映される手続が保障されるべきである。 しかるに、「法案骨子」は、上記のとおり、民主的な手続的保障への配慮を欠いているといわざるを得ず、このまま拙速に進めば、国民の基本的人権を侵害したまま、国民の意思が正確に反映されないまま、国の最高法規たる憲法が改正されてしまう危険がある。このような「法案骨子」に基づく憲法改正国民投票法案が国会に提出されることは到底容認することができない。 よって、仙台弁護士会は、国民主権、基本的人権尊重などの基本原則を尊重する立場から、「法案骨子」に基づく憲法改正国民投票法案が国会に提出されることに強く反対するとともに、広く国民の間で、真に国民主権に根ざした憲法改正国民投票法のあり方について十分な議論がなされることを求めて、活動していくものである。2005年(平成17年)9月21日 仙台弁護士会 会長 松 坂 英 明
2005/09/26
「これはなんというススキですか?」と声をかけられた。散歩の途中である。おじいさんが一握りの草の穂を握って聞いている。 それは、ススキににているがススキではなかった。そういうと「山へでも行かないとないのですかねえ」と去っていった。 その草は、「建設省」が堤防の補修の際に撒いたもので、年々勢いを増して広がっている。 月見草が一面に咲いていた所も、いつのまにかその草に覆われ、彼岸花が真っ赤に連なっていた所も消えていった。背丈よりも高いその草が今は、堤を覆っている。 今日やっとススキを見つけた。川原のアシの茂みの間に数十株のススキが白く穂をつけていた。このススキもやがて追われて姿を消すのだろうか。 自然までもがしらずしらずの間に変えられていく。自然や環境を壊しておいて、文化をいい伝統をいうのは、さびしいことだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 悪評高い「共謀罪」を国会に再提出するという。国民を抑圧し、自由を奪うことに執念を燃やす政権党と小泉内閣である。 以下、記事を記録しておく。 <共謀罪>特別国会に再提出へ 組織犯罪処罰法改正に含め [ 09月20日 11時32分 ] 南野知恵子法相は20日、「共謀罪」の新設を盛り込んだ組織犯罪処罰法などの改正案(衆院解散で廃案)を、21日開会の特別国会に再提出する考えを明らかにした。 実際に行為に及ばなくても、仲間内で犯罪を計画しただけで罪に問える共謀罪に対しては、野党や日本弁護士連合会などが「思想を処罰する悪法だ」と強く反対し、与党内からも修正を求める意見がある。再提出にあたって法案の内容を手直しするかどうかについて、南野法相は「どのようなものがよいか検討している」と述べた。
2005/09/25
イギリスに○○党なら豚でもいい。投票する。というジョークがあるという。頑固で無知な選挙民を風刺したのだろうが、先ほどの衆院選もそれに近いところがあった。 昨日、「週刊新潮」「週刊文春」の二誌を買ってきて読んだ。話半分にしても奇奇怪怪だ。テレビでみた記憶もまじえながらあげてみよう。 「早く料亭に行きたい」といったという者、運動の時だけ庶民を演出した者、縁もゆかりもない土地を愛しているここから日本を変えるなどと叫んだ者、政策など難しいことは分からないといった者、そんな候補者達が当選している。 官僚のエリートや大金持ちも結構いる。別にエリートや金持ちでも庶民のことや政治のことに真摯に取り組めばいいのだろうが、余り期待できそうにない。第一、庶民の痛みや苦しみが分かるはずがない。勝ち組を謳歌している連中なのだから。 公募に応じた候補者の中には、民主と自民と両方を受け、一方を選んだという候補も何人かいるようだ。両党が政策的に近いといっても、ご都合主義というものだろう。 自民党の当選者のなかには、こうした議員がごろごろいる。自民党は有権者をバカにして、カズ合わせをし、有権者の中には、そういうところに目をつむり、自民党ならだれでもいいと投票したのだろうか。 ニュージーランドでは、250万人の有権者の一人が犬だったと分かり話題になっているという。飼い主が登録用紙に必要事項を記入、提出したら登録されたというのだ。 選管当局はチェックできず犬の登録をうっかりみとめてしまったことに衝撃を受けているという。(以上AP=共同) これはご愛嬌だが、議員に選ばれるということは違う。議員は私たちにとって大切な政策を決定し、法律を定め、それを執行する立場にあるからだ。単なる数といっても、そんな数で重要事項が決められるのだから、ことは重大だ。 ○○党なら豚でもいいというのは、やはり誤り、このことばは風刺の効いた批判のことばなのだ。
2005/09/24
22日の衆院本会議で、憲法改正手続きを定めた国民投票法案を審議する「憲法に関する調査特別委員会」の設置を自民、公明、民主などの賛成多数で議決した。共産、社民は反対した。 国民投票法案は、改憲の発議後に実施される国民投票の具体的手続きを整備するもの。(以上「愛媛新聞一面」、朝日は見落とすくらいに小さく報道) この国民投票については、今までもさまざまな意見が主に与党と民主党あたりから出されている。自公は、国民投票法について独自の素案をすでに作成している。 国民全体に関わる問題なのに、投票可能な年齢についても有権者に限るという案、国民投票の成立の要件、憲法案が国民投票で承認される要件などについても意見が出されている。 改憲を進めようとする勢力は、この国民投票成立の敷居を出来るだけ低くし、さらに憲法案承認の敷居もできるだけひくくしようとしている。 また、国民投票に関しては、国民の運動を大幅に制限し、マスメディアも規制しようという動きもある。 与党および改憲を進める勢力は、なんとしてでも突破しようとしており、特別委員会での審議を注目する必要がありそうだ。 国民投票法案に関連しては、志葉玲さんのブログ http://reishiva.exblog.jp/ や、そこに紹介されている下記のサイトが参考になる。 http://www4.vc-net.ne.jp/~kenpou/reef.html
2005/09/23
カテゴリー5のハリケーン「カトリーナ」(902ヘクトパスカル)が凄まじい被害をもたらしたのに、もう次のハリケーン「リタ」(現在カテゴリー5 897ヘクトパスカル)が発生している。 アジアではベンガル湾で発生したサイクロンによる豪雨と高潮のため、インド南部やバングラデシュで多数が死亡し、行方不明になっている。インドのアンドラプラデシュ州では、40名が死亡、行方不明は約1000名ともロイター通信は報道した。 AP通信によるとバングラデシュでは、16人が死亡、約3000人が行方不明と地元メディアが報道しているとのことだ。(アジアについての報道は、新聞のすみっこに特別小さいスペースで掲載されていた。) 世界的な海面水位の上昇。海水温の上昇に伴う、サイクロン、ハリケーン、台風などの巨大化、強力化が進んでいる。明らかに地球温暖化の表れだろう。 現状から将来を予想すれば、すぐ対策を採ることがのぞまれる。だが、アメリカはそれを認めようとはせず、日本をはじめ他国のとりくみも進んでいない。 テロだ戦争だという前に、こうした地球温暖化とか、自然災害に対するそなえこそが大切だ。
2005/09/22
20の朝日の記事によると、民主党の前原代表は、朝日のインタビューに答えて、憲法改正について、次のように述べた。(関連部分のみ抜粋) 「(憲法改正についての)国民投票の法律がないのは手続き的に大きな問題だ。我々としては前向きに取り組むと、松本剛明政調会長にもお願いした。」 「(憲法の中身の議論は拙速には考えていない。責任あるものをまとめるほうが、むしろ大切だ。」 「(自民党より)後から出したから後れを取るというのではない。我々も責任を持たないと、(憲法改正の発議は)通らない。イメージとしては大連立的な考えをもたないとやれない。」 これを見ると、前原氏が憲法改正について確固として考えを持っていることが分かる。だから、国民投票法についても、前向きだというわけだ。 問題は、三番目の憲法改正の発議は大連立の考えに立つという部分だ。枝野氏も前から、同じ意見を述べ、選挙の争点にすれば、連立できるものもできなくなるから、争点にしないとまでいっていた。 案の定、今回の選挙の争点には自公民双方の思惑からか、争点にしなかった。 大連立という考え方の前提にはあくまで改正(「改悪」)を実現しようという目標がある。 大連立をした両党は、議会に諮るまえに、共通の改正案作成、そのためのすり合わせを両党だけで行うのだろう。そして、共通の改悪案が出来次第、議会に提出し、大連立で一気に通過させる。 民主は自民と手を携えて「憲法改悪」をあくまで推進しようとしている。これは妥協ではなく、共謀だ。 今回の発言が重要なのは、一議員としての発言ではなく、代表としての発言であるという点だ。民主は、一番根幹の部分で自民と手を組もうというのである。
2005/09/20
民主党の前原新代表が、憲法問題についてテレビで発言。憲法9条2項(戦力の不保持)を削除し、新たに明記する自衛権には、個別的自衛権と集団的自衛権の両方が当然含まれるとした。 手段的自衛権については、「米国に助けてもらうこともあれば、米国を助けることもある。それを判断するのは、日本の主体性だ。」と述べた。 自衛隊から自衛軍の変更については、おのずからそうなると述べた。 また、イラクのサマーワで活動する自衛隊の武力行使について「自衛隊を守ってくれている国が攻撃されても反撃できないという形でいいのか、タブー視せず議論していいと指摘した。(以上19日の愛媛新聞) さすが、自民党防衛族とも緊密な関係を保ち、その持論から日本のネオコンといわれるだけのことはある。 憲法9条を改悪し、軍隊を持ち、軍事力を行使できるようにしようというのだ。さらに、集団的自衛権の容認によって、アメリカと世界をまたに共同行動をする。 イラクのサマーワの自衛隊派遣については、憲法上問題が多く、自公の与党は、それを詭弁を弄して、派兵に踏み切った。アメリカのイラク攻撃自体が批判されている時にだ。 現在も自衛隊がサマーワに滞在することには、従って問題が多い。それを批判もせず、更に反撃、つまり武力行使をせよというのだから、なにをかいわんやである。民主党はサマーワの自衛隊を早期に撤退させるのではなかったのか。 彼の考えは、自民党の考えとほぼ等しい。闘う党にするというが、彼は、自民党と闘うのではなく、自民党と共に、アメリカの尻にくっついて戦争をするつもりかもしれない。 そんな戦いなどごめんだ。憲法改悪のために戦うなどというのもごめんだ。
2005/09/19
選挙が終わってから、郵政民営化反対だった議員のなかから、賛成に変わる人がみうけられる。理由は民意に従うというのが多い。 自民党の議席が多数を占めたのが、郵政民営化に対する民意で、それにしたがうというのだ。 だが、これは読み違いというものだ。郵政民営化については、投票数の割合が反映するものとすれば、半々だ。賛成も民意なら、反対も民意だ。 もうひとつ、それぞれの議員が郵政民営化反対を掲げて当選したのなら、反対を貫くのが民意に沿うことであり、賛成に変わることは、民意を否定することになる。 当の議員さんたちには、そんなことは十分分かっていることだろう。要するに自らの利権を守ることが、第一なのだ。 国会で、選挙で、ウソをいう、ごまかす、前言を翻す、約束した言をかえるなどが横行する時、こんなことは彼らにとってなんでもないことかもしれない。 しかし、これは政治の退廃、政治家のモラルの堕落ではないか。ひとつひとつの約束事を守ることなしに、選挙も議決もありえない。 故意であれ、無知からであれ、彼らは民意を読み違えている。
2005/09/18
今日、民主党代表選挙があり、菅氏に2表差をつけて、前原氏が選ばれた。民主党に期待するものはないが、この前原氏の動向が気にならないわけでもない。 記者会見の途中から見たが、重要な発言が聞けた。憲法については9条を中心に改憲をめざすこと、小泉氏が「改革」を取り上げたことを評価すること、無駄を削減した政府をめざすこと、などだ。 憲法については、民主党は以前からそのであったし、前原氏は特に自民党議員らと防衛問題の勉強会などもしており、予想されることだった。だが、氏が代表になったことで、改憲、軍事強化の流れが強まるおそれは強い。 改革云々については、自民党と改革競争を演じそうな予感がする。自民党と同じ方向で競争すれば、被害をこうむるのは国民だ。これもたぶんそうなるだろう。 民主党の議員には、元自民党議員も多い。若手も自民党に所属していても何の不思議もない議員が多い。たぶん、「政権」に固執する立場から、より近いと思って民主党を選んだだけではないだろうか。 民主党に批判的な私が代表選のあとの記者会見を見ながら思ったのは、そんなことだ。私は、民主党を自由・民主党と皮肉ってよんできたが、「・」がとれるような方向に向かいそうなそんな記者会見だった。
2005/09/17
21日召集の特別国会で「憲法調査特別委員会」が設置される。この委員会は、憲法改正手続きをさだめる国民投票法案を審議する。 当初常任委員会として設置することで、自公民で一致していたが、その後、公明党の内部から異論が出、その後、自公の間で上記のとおり合意した。民主党側には追って再調整を求める予定。 常任委員会の設置が検討された際には、自公民が賛成。社共が反対だった。特別委員会の設置についても同じになるのではないか。 選挙の際には一切触れなかった憲法改正にさっそく着手しはじめた。手段を選ばぬ政権党と改憲に積極的な民主、反対派社共という構成だけに先行きが心配だ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 米ジョージア大学のウエブスター教授のグループは、この30年間で海水の表面温度が0・5度上昇しており、その結果、大気の対流に影響が生じ、台風やハリケーンがより協力になっている可能性が高いという研究結果を発表した。 同グループは、1975年から2004年までの間、太平洋、大西洋、インド洋など世界各地で発生した台風などについて調査。その結果、米国の分類でカテゴリー4(最大瞬間風速58メートル以上)かカテゴリー5(同約69メートル以上)という強力なものの発生比率がすべての海域で大幅にアップしていることが分かった。 特に日本が面する太平洋西部では、75年から89年までの発生に占める割合が25%だったカテゴリー4以上の台風が、90年から04年まででは全体の41%に達しているという。 アメリカのハリケーン被害、日本の台風14号でも分かるとおり、地球温暖化の影響は明らかになっている。戦争に血道をあげたり、金儲けに狂う政府や産業界のあり方をすぐに改めるべき時だ。 もちろん、私たちの生活もかえる必要がある。
2005/09/16
熊谷伸一郎さんが、次のような文章を書いている。全面的に賛成というわけではないが、大いに参考になった。ここに転載して紹介する。Aさんというのは、あなたであり、私である。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「選挙結果に嘆息するAさんへの手紙」http://list.jca.apc.org/public/aml/2005-September/003453.html前略すいません。昨夜はメールありがとうございました。 総選挙の結果について、「もう海外への亡命しかないので、どこかいい場所を知らないか」とのこと、どうしてもお望みだというのであれば差し当りキューバでも推薦しておきますが、どうもAさん、落ち込みすぎなのではないかなあと思います。もちろん冗談だろうと思いますけど。Aさんだけではなく、運動系のメーリングリストや掲示板の投稿を見ていても、自民党大勝への絶望と幻滅、嘆息ばかりが聞こえてきます。 日刊「ゲンダイ」の見出しは象徴的で、たぶんAさんの心境をそのままズバリ代弁しているのではないかと思います。Chance!のメーリングリストに紹介されていましたが、Aさんも見ましたか? この国の民主主義は死んだ もはや何事も言う事なし この選挙結果は狂気の果てだ 自民党に投票した若年層はその悪の報いで酷いめにあうだろう 狂人首相が勝ち誇って、この国はどんなことになるのか、世の中お先真っ暗 これから先、生きるのが辛い大多数の庶民と、濡れ手でアワの一部詐欺集団に二分化され、アメリカと同じになっていいのか 全く情けなかった民主党、これから暗黒の10年が必ずはじまる 政権交代は夢の夢 いやー、「世の中お先真っ暗」なんて、慨嘆もここまで徹底していれば爽やかな感じがしますね。面白くもない「客観報道」「不偏不党」で権力への牙を抜かれたマスコミより100倍偉い。頑張れ、日刊「ゲンダイ」。 でも、Aさんも「ゲンダイ」も、僕から見ると落ち込みすぎ、嘆きすぎだと思う。「ゲンダイ」はともかく、Aさんは私と同じくレッキとした左翼でしょう。今回の選挙結果は、要するに保守党岡田派の議席が保守党小泉派に移動しただけの話で、保守党内部での議席の移動など、極端に言えばどうでもいいことではありませんか。民主党の西村眞吾という、例の「刀剣友の会」顧問の二世極右ボンボン議員は選挙区で落選(比例で復活)しましたけれども、これは悲しむべきことではないでしょう。彼を切れない民主党に幻想など持たないことです。たしかに保守党岡田派は今は野党だし、私たち左翼の票を取り込もうとしているので、多少なりともリベラル味を出していますが、これは合成添加物によるもので、素材本来の味ではない。 それよりも、私が票を投じている反戦・護憲の共産党や社民党は現状を維持しているわけです。いや、むしろ前回の総選挙に比較すると社共は比例の獲得票を伸ばしてさえいる。社民では、元気のいい辻元も保坂も当選した。私は、「小選挙区で勝てない政党は比例でも票が減る」原則によって、社共が壊滅してしまうのではないかと、それだけが心配だったので、社共が生き残ったことに、心から胸をなでおろしているのです。私は心から叫びたい、「社共よ、痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」とね。まあ、そうはいっても議会における護憲派が、依然としてイリオモテヤマネコ並みの絶滅危惧IB類であることは変わりませんけど。 それとAさん、自民党に投票した有権者に対して「地獄に落ちろ」と八つ当たりするのもどうかと思うね。又吉イエスじゃないんだから。唯物論者としてふさわしくない表現でもあります。例外は茨木7区で、ゼネコン汚職で有罪になり実刑判決を受けて服役した男を当選させている。彼に投票した茨木7区の有権者は「腹を切って死ぬべきである!」 それにしても、「小選挙区制になれば汚職議員は当選できない」などと言っていた人たちは、この結果に対して何と説明するのだろうな。 そう、小選挙区制。これこそ民主主義の敵だ。数字を見てみればわかる。比例の得票率と議席の占有率を見てみよう。政党名 比例での得票率 議席占有率自民党 38.2% 61.7%民主党 31.0% 23.5%共産党 7.3% 1.9%社民党 5.5% 1.5% これは比例で得られた議席も含めて占有率を計算しているので、これをのぞくともっとすごいことになるぞ。政党名 比例での得票率 選挙区での議席占有率自民党 38.2% 73.0%民主党 31.0% 17.3%共産党 7.3% 0.0%社民党 5.5% 0.2% つまり、政党としては過半数に届かない38%の得票しかなかったにもかかわらず、小選挙区では自民党は実に4分の3近くの議席を占有しているわけですね。これが今回の自民党大勝のカラクリです。だから、選挙結果はゲンダイが言うような「狂気の果て」ではない。捏造された「自民党大勝利」なのであります。これが民意を正しく反映する比例代表選挙であったら、自民党の得られた議席は、過半数に遠く届かない183議席に過ぎず、対する民主党は149議席で、公明党や我らが社共の行方次第では政権交代すら可能だった、というわけです。「政権交代されやすい」というのが小選挙区制導入のセールスポイントだったにもかかわらず、実際には自民党一党独裁を強固なものにしていることがよくわかりますね。まったく、あれこれと思いつく限りのインチキを並べて小選挙区制導入に旗を振ったマスコミと御用文化人たちこそ「腹を切って死ぬべきである!」、であります。 だから、「亡命」のために『地球の歩き方』を買いに行くとか、有権者に八つ当たりしているヒマがあるなら、選挙制度を民主的なものに変えるための運動をするほうが、よほど前向きだと思いますよ。少なくとも僕はそういう運動をしたいと思っています。それに、この期に及んで選挙協力を検討すらしないという、あまりに危機意識の欠如した共産党と社民党をどうにかしないとね。 ところで、僕は総選挙の日は沖縄にいたんですが、沖縄では那覇を中心とした一区で反自公を掲げた候補者(保守系だけど)が社民党や社大党の推薦を得て勝利し、基地の集中する中部の二区では社民党の候補者が勝利しました。それで、僕はそれほど絶望を感じなかったのかもしれません。それでも、さすがに開票速報のライブで自民党の議席が伸びていくのを見ていた時は血圧が上がりましたけれども。 しかし、絶望というのが、抗議することや要求することをあきらめるということを意味するのなら、Aさん、そりゃおかしい、と僕は思う。少なくともAさんも僕も、酔狂やヒマ潰しで運動しているわけではないはずだ。沖縄にいて、そう思った。爆音が響き、女性が犯され、軍用ヘリが墜落し、米軍基地の建設が狙われる此処では、絶望すら余興になってしまう。 それに、今回はものの見事に「郵政民営化」に争点が誘導されてしまった、しかもその郵政の問題でも小泉首相の大ウソ(この点は共産党の批判がわかりやすかった)がそのままテレビやマスコミで垂れ流されて、自民党(保守党小泉派)への票も多少は増えたけれども、9条や靖国や基地やイラク派兵や…という問題では、各世論調査を見る限り、私たちのような考え方をする人は多数派であるかそれに近いわけです。ぜんぜんマイノリティではない。夏のアブラゼミぐらいに一般的な存在だ。こんな状況で「亡命」をウンヌンするなんて、ちょっと敗北主義的すぎるんじゃないでしょうか。 以上、私としては、今回の選挙結果について、「遺憾ではあるんだけども、社会に向き合う姿勢と見解には特に変化ナシ」というところです。やるべきことをやっていくまでの話だ。というわけで、またどこかの集会ででもお会いしましょう。追伸 涼しいほうがいいなら、ノルウェーもおすすめです。国連開発計画(UNDP)によれば生活の豊かさは一位で、日本の選挙の翌日に行なわれた選挙で労働党を中心とする左派政権が誕生したそうです。 熊谷 伸一郎 拝
2005/09/15
私の友人の忘暮楼さんが、選挙結果について次のような分析をしている。同感の部分も多い。参考になると思うので、ここに転載する。小選挙区制とマスメディアが結託して、実際の票数からみれば、あれくらいの差であったことを知っておく必要がある。 そうして、つくられた結果を民意などと強弁して、あらゆる悪政やりほうだいということを許してはならない。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~錯覚政治ー小選挙区制度をやめよ http://boboro.web.infoseek.co.jp/bd050915.htm-------------------------------------------------------------------------------- 先日の総選挙で自民党が圧勝、惨敗の民主党は党首が辞任に追い込まれた。共産党は現状維持で委員長の責任追及はとりあえず回避できたことはご同慶の至り。社民党は善戦というべきだろう。 何しろ衆議院の全議席数の三分の二以上の議席を自民党が占有したであるから驚きだ。私は8月14日に「「自爆解散」、「破れかぶれ解散」などと甘いことをいっているとあっという結果になるかもしれない。」と書いたのだが、本当に「あっという結果」になった。 ここで国中を一つの錯覚が覆った。鳩山内閣のころから予測されていた錯覚、つまり小選挙区制度が噴出す錯覚である。その錯覚とは、国民の意識が怒涛の勢いで変化しているのだ、という錯覚である。 自民党が小選挙区で手に入れた議席数は確かに民主等の4倍強、自民党の大勝利なのだが、自民党が得た票は民主党の1・3倍しかないのだ。得票率も数ポイントの上昇でしかなかった。 つまり、小選挙区制度は、政治状況を誇張する装置、増幅する装置、要は錯覚を撒き散らす装置である。小選挙区制度とマスコミが結託すれば、民意は大きく捻じ曲げられ、今回のような結果も当然生じうるのである。 だからこそ、我々は小選挙区制度に反対してきたのだ。民意はできるだけ正確に政治に反映されなければならない。そのためには、完全比例代表制か中選挙区制、それらの組み合わせが適当である。 錯覚したのは誰か。まず国民である。そして小泉首相自身である。これからしばらくへんてこりんな錯覚政治が展開されるのであろう。そして何かをきっかけにこの錯覚から目覚めるはずである。国民も、首相も。
2005/09/15
小林信彦さんが週刊文春に「本音を申せば」というコラムを連載している。その375回に大いに共感するところがあった。その一部を感想をまじえながら引用してみよう。 「おかしな話である。テレビをつければ、ニュースに白がピンクのシャツの小泉首相が現れ、〈コイズミ的〉の功罪を問うニュースショーでも、公平を期すつもりか、正面の壁に小泉の顔がアップで映っている。これはもう、公平どころか、独裁国家のあり方であり、テレビ局、大新聞は完全に狂っているとしか思えない。」 どこかの独裁国家や選挙のあり方を笑っているどころではない。こういうあり方を小林さんはベンジャミン・フルフォード氏のことばを引いて慨嘆する。 「9・11総選挙をめぐる日本の大手マスコミ、特にテレビの報道は、戦前のプロパガンダに近い。」 選挙中どのテレビ、大手新聞もそうだった。テレビはチャンネルをかえたすえ、切って余り見なかった。大手新聞(我が家の場合は朝日だが)も郵政民営化を推進せよという宣伝と激戦区報道が目に余った。まさにプロパガンダだったのだ。ということは、テレビや大手新聞が政権を支持し続けているということだ。 そんなマスメディアだから、こういうことになる。 「(郵政民営化で)アメリカ側はその三兆ドルをぶったくろうというだけのことだ。すでに何人かのエコノミスト、評論家が指摘しているのだが、新聞・テレビは沈黙を守っている。 こんなことのために総選挙をやるなんて、犯罪だと思う。」 このことは、今も沈黙のなかだ。そして、犯罪的な総選挙をやった政権党は、すでに、選挙の争点でなかったはずの、増税、憲法改悪に着手している。小選挙区制とマスメディアのプロパガンダから生まれたこの政権は、なにからなにまでまやかしの政権である。
2005/09/15
選挙結果をみて、喜んだ人、がっかりした人さまざまだ。だが、結果から見えてきたことも多い。単純に悲喜するのではなく、丁寧にみてみよう。 驚くべき選挙結果をもたらした最大の原因は、小選挙区制にある。小選挙区議席が300もあり、その結果、投票した人の意思が正確に反映していない。 47・8%の得票率の自民が219議席(議席占有率73%),36/4%の民主党が52議席(同17%)、その他の党にいたってはほとんどゼロだ。すべてが比例代表制あるいは、中選挙区制であれば、これほどの差は生じない。 投票率から簡単に計算しても自民党は有権者の4分の1の支持を得ているに過ぎない。圧倒的に議席を獲得したことに驚いているだけではいけない。 小選挙区制度の弊害は歴史的にも証明済みだった。このような結果は予測できた。それを強引に進めた政党とそれを全面的に応援し、小選挙区論者でなければ人にあらずといった報道をくりかえしたマスメディアは、戦争以来の誤りを繰り返し続けている。 マスメディアは、テレビも新聞も、小泉氏の手法をほめそやしている。コメンテーターもそうだ。だが、その手法を可能にしたのは、それにのったマスメディアであり、その基盤としての小選挙区制だった。 マスメディアは、小泉の郵政民営化論にのり、刺客、激戦区、注目の選挙区ということで、小泉戦術を全面的に応援した。応援したのではないというならば、全面的に乗った。マスメディアの果たした責任は大きい。彼らは日本の未来にどう責任を持つつもりだろうか。 小泉氏のことばは、分かりやすいという。それを支持拡大の大きな理由にする人もいる。だが、先に述べたことを考えに入れれば、それほどのものでもないだろう。 小泉氏のことばは、単語としてはわかりやすい。文も短いから分かりやすい。その反面、中身はほとんどわからない。彼のことばは、実はほとんどわからないことばなのだ。 叫ぶ、くりかえす、感情に反射的に訴える。雰囲気でごまかす。平気でいうことをかえる。そんな気分演説に気分で反応したひとも多いかもしれない。このような手法は、愚民政策そのものだ。 とはいえ、この制度の下での結果はでた。政権党は、これであれもこれも自由に出来ると勘違いしそうだ。でも、小泉氏は、この選挙は、民営化について国民の声を聞く選挙だといった。すべての課題について問う選挙だとはいっていない。彼はそう一貫して述べたのだから、フリーハンドで行動してもらっては困る。公約違反をそんなことはたいしたことではない、という人物ではあるが。 最後に、太鼓たたいて笛吹いて、それに乗って踊った人もいるだろう。太鼓と笛につい浮かれてとも、太鼓に笛にだまされてともいわないようにしてほしい。 小選挙区制という大きな詐欺的制度の上で、笛や太鼓で演じられる選挙舞台を真剣に慎重にみて判断すべきはあなただったのだから。
2005/09/13
今日は、墓参り。峠を越えた山奥の過疎の村へ行く。墓はその村の小さな谷の奥にある。墓は自然石を積み上げたもので、ここらあたりでももう一つしか残っていない。なかなか風情のある墓だ。 墓への山道があちこち掘り返されている。同行者に聞くと、いのししが掘り返した跡だろうという。こんな里近くまでいのししが来ているのだ。 帰り村のあちこちにまだ台風の大雨の被害の跡が残っているのをみる。村といったが、現在は合併して町。町から遠く離れているここは、見捨てられているようにみえる。 このように見捨てられた土地の人たちも昨日の選挙には、自公に投票したのだろうか。 見捨てている相手とわからず、救いの手と錯覚して、投票したのではないだろうか。 それと見抜いた人たちもいるかもしれない。でも、その声は小さく、片隅に、あるいは無視されてしまう。 それは、このような田舎ばかりではない。全国いたるところで、見捨てている相手をすくい手と錯覚した人は多いのであろう。また、声をあげながら無視される人たちも多いだろう。 これからどんな政治が展開されるか。それは、すでに見えているのではないか。 いのししの掘り返した跡のある過疎の村で、がっくりした選挙結果のことをちらと思った。
2005/09/12
朝、犬を散歩させていたら、「選挙いきました?」と声をかけられる。もう投票から帰る途中の人もいるようだ。家へ帰って、急いで投票にいく。 投票場は、まだひとがまばらだった。小選挙区、比例区と裁判官審査の順で投票する。いつもながら、やや面倒だ。 小選挙区制にまいどのことながら納得がいかない。投票の半数以上が、無駄になる。投票した人たちの意思が無視される。 投票率がどのくらいになるか分からないが、選ばれた議員は、有権者のごく一部の支持しかえないことになる。 そのごく一部の支持を背景に、やりたい放題のことをする議員、政党をみることになる。 どのような結果になるか。庶民のために活動する議員がどれほど選ばれるか。 あとは、結果を待つだけだ。
2005/09/11
メルマガ「JCJフラッシュ」に次のような文章が紹介されていた。政治家というものへの痛烈な批判と要望が読み取れる。他山の石とも読み取れるので転載する。州兵や州のヘリが多数イラクに派兵されていること、堤防強化予算をブッシュ政権が大幅にカットしたことなどは周知のとおり。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~マイケル・ムーアから合衆国大統領への公開書簡 * * * * * *拝啓 ブッシュさん 2005年9月2日、金曜日 あなたのたくさんのヘリコプターはいまどこですか。そのことをちょっとでも考えていますか。カトリーナの大洪水からもう5日目。まだ何万もの人がニューオーリンズに閉じ込められたままです。いまヘリが必要なのは、この人たちです。 あなたはあのたくさんの軍用ヘリを、いったいどこに散り散りばらばらにできたものでしょう。見つけるには助けが要るでしょうね。私も一度、スーパーのシアーズの駐車場で、自分のボロ車を見つけられなくなったことがあります。実に厄介な経験でした。 それから、国を守るわが国の兵士たちがいまどこにいるかについても、頭が回っていますか。私たちは本当なら、今度のことで、彼らの助けを当てにできたはずですね。彼らは国土の災害には喜んで救助に当たると、誓約しているからです。彼らがすぐ現場に来て仕事を始められないのは、どういうわけなんでしょうね。 先週の木曜日、私はフロリダの南部に滞在、カトリーナの眼が頭のうえを通過するあいだ、外に座っていました。ハリケーンの威力度としては、最低レベルの1でした。それでも生やさしいものではありませんでした。11人が死亡し、今日もまだ電気の来ない家が何軒もあります。あの晩の気象予報は、このハリケーンがニューオーリンズに向かっている、といっていました。それが木曜日です。そのことを、だれもあなたにいわなかったんじゃないですか。 あなたは休暇を邪魔されたくなかった。悪いニュースも嫌だった。おまけにチャリティ・イベントに出かけなければならなかった。なにも知らず、やがて悪罵にさらされる、イラクで殺された兵士の母親たち、シンディー・シーハンさんたちが来て、待ち構えていました。あなたはしっかり、彼女たちを見せ物にしましたね。 私がとくに気になったのは、ハリケーンの翌日、あなたが、被害地のルイジアナに飛ぶ代わりに、ビジネス仲間のパーティに出るため、遠いカリフォルニアのサンディエゴまで飛んだことです。そのことで人に悪口をいわせてはいけませんね。所詮、嵐は過ぎ去っていました。あのとき何ができたというんでしょう。堤防の穴に自分の指を突っ込み、ふさいでいればよかったんでしょうかね。 そして、ニューオーリンズに向けられる工兵隊の予算をこの夏、連続3年目となるかたちで削減したことについても、今後必ず批判する人間が出てきますが、そういう人たちのいうことも、聞かないほうがいい。あなたはこういえばいいんです。かりに堤防改修予算があったとしても、工兵隊は堤防を直しにはいけなかった―彼らにはもっと重要な工事があった。それはイラクの民主主義の建設だ! 3日目、あなたが遂に休暇の別荘を発ち、大統領専用機、エア・フォース・ワンがニューオーリンズ上空にさしかかり、パイロットに飛行機を雲のうえから降下させたとき、私は率直にいって、心を動かされました。あなたは被災地を一望できました。しかし、それではあなたは、そこにとどまれないし、ハンドマイクを握ることもできず、廃墟のうえに立ち、最高司令官として振る舞うこともできないことは、すぐわかりました。そこにいって、そうすればよかったのにと。 やがてこの悲劇を政治的な問題とし、あなたに反対するために利用する人たちが出てくるでしょう。支持者たちが影響されないように、遮断しておくことが大事です。何も答えないのが得策です。メキシコ湾の水温の上昇が今回のような避けがたい嵐を引き起こすのであり、今回の悲劇の発生も予想できた、といってきたうるさい科学者たちも、抱え込んでおけばいいんです。 みんなを、地球の温暖化にぬくぬくと安んじている腰抜けたち全部を、なにも知らない状態に置いておくことです。今度のハリケーンだって、とくに異常なことは何もありません。それは、ニューヨークからクリーブランドにかけて発生する威力度4レベルの竜巻と、同じ程度の広がりを持つだけです。 そうなんです、ブッシュさん、これまで同様、何ごともなかったようにやっていけばいいのです。ニューオーリンズの住民の30%が貧困層であるとか、何万もの人たちが町を離れる有効な交通手段を持っていなかったとかは、あなたの罪ではありません。そうです、彼らはみんな黒人です! こんなことは、メーン州の高級保養地、ケンネバンクポートでは起こりようがないんです。 あなたは、白人たちが5日間も屋根のうえに取り残されている光景を、想像できますか。笑わせないでくださいよ。この際は、人種ということには何の意味もありません。何にもです! いまのままでけっこうなんです、ブッシュさん。ただ、急いで軍用ヘリを何機か見つけ、現地に派遣するようにしましょう。あとは、ニューオーリンズやメキシコ湾岸の人たちを、サダム・フセインの故郷、イラクのティクリートの近くに住む人たちのように思い、取り扱っていけばいいんです。たやすいことじゃないですか。 敬具 マイケル・ムーア
2005/09/10
投票日があさってに迫ってきた。大新聞、テレビのキー局、週刊誌も、郵政民営化と激戦区報道ばかりだ。大政党とそれにくっつく某政党などと一緒に、政策課題のかくしっこ、世間の目からのかくれんぼをしている。 自衛隊イラク派兵を来年夏まで延期するという。こんな無駄、こんなに危険な派遣の是非などもぜひ争点に加えてほしいものだ。 軍事力で平和は達成できないのに、ゲームのように議論を弄ぶ議員達を選んでいいのか。これも争点に加えてほしい。 サラリーマン増税、消費税増税などの大増税、福祉の切捨て、年金の問題、国の抱える強大な負債、庶民へ庶民へとますます重くなる負担。こういった問題を隠し、こういう問題から隠れ、ウソで固めて、すべてが郵政民営化で解決するなどと平気で言える政治家たちを信じるわけにはいけない。 中村哲氏はいっている。 「今回の選挙は無理やり「劇場」に連れ込まれ、見せ付けられている「芝居」のような気がする。でも、それだからこそ、将来を決定する重要な決断は事実を見極め、軽々に結論を下さず、踏みとどまり、立ち止まって決めることが重要だ。あれもしてくれる、これもしてくれるという「足し算」で人を選ぶのではなく、少なくともこれには加担しないといった「引き算」で考える必要があるのではないだろうか。」
2005/09/09
台風14号が通り過ぎた。巨大、非常に強く発達した台風は死者、洪水、浸水、がけ崩れ、土砂崩れその他、大きな被害をもたらした。 台風が通過中、あるテレビのニュースを見た。例によってコメンテーターが的外れなことをいっていた。東京都いう大都会の、安全な家に住み、災害など経験したことのない彼らには、想像もできないのだろう。 でも、コメンテーターとして発言し、それで豊かな暮らしもできているとしたら、もうすこし増しな発言をしてほしいものだ。もっともそういう暮らしをしているから、繰り返しになるが、余計、分からないかもしれないが。 彼らの発言や、新聞、テレビの報道を見ながら、地方は全く放置されていると痛感した。地方の更に過疎地にでもなれば、なおさらだ。 大都市に住み、富裕層、権力層として生活する連中からすれば、地方など眼中にないのだろう。政治も同じで、政権党の政治家はもちろん、その他の党の多くの政治家も、地方や過疎地や弱者は、眼中にない。 危険区域とか河川についての基準はあり、ハザードマップなど出来ていてもそれは机上の産物、閉じられた印刷物にすぎず、それら多数の基準を満たす対応はできていない。弱小地方自治体は精一杯に働いてもとても対応できない。 政権党そして、大政党は、地方切捨て、弱者無視の政治をいつまでつづけるのか。有権者はいつまで彼らを支持し続けるのか、もう、目覚めてもいいのではないか。 最後に台風の被害に会われた地方のみなさんにこころからお見舞い申し上げます。
2005/09/08
アメリカは日本にさまざまな要求をしている。あきれるほどの多岐多彩な要求だ。 その要求にたいして、どのように対応するか。アメリカとの距離の置き方が国民に問われている。 政党は、アメリカべったりの党から、距離を置く党まで、さまざまだ。 アメリカは、9.11以後、世界最大の軍事力を背景に、かつてなかった形の戦争を始めた。自国が必要とみとめたら、世界のどこででも、先制攻撃をおこなえるという戦争だ。その際、テロという名があれば、最高だ。 そのようなアメリカと日本は、追随し、いったいとなり、その戦略の一部をになおうとしている。 かつて人類が犯した数々の戦争の誤り、日本がおこなった戦争の誤りの教訓をすべて忘れたかのように。 このままの方向でいいのか。アメリカとの距離の置き方を反省すべきではないのか。 郵政民営化の陰に隠されたこうした課題を真剣に検討してみたい。
2005/09/04
国民の声を聞きたいんですと絶叫する声を聞くと、おやおやと思う。国民の声を聞くべきときは、幾度もあったが、一度もそんなことをいったことがない。なぜ、郵政民営化だけ、国民の声なのだろう。その応えはずいぶん早くから出ているのに。 イラクで日本人が拘束された時、その都度、国民の声を無視した。まるで、すぐ殺してもらっていいというかのように、テロには屈しない、毅然と対処するとくりかえした。 有事法制関連の法律などでも、国民の声など聞かなかった。有事法制関連法(戦争関連法)は、つぎからつぎへとろくな審議もなしに通過させた。 その他、あれもこれも、国民の声をきくべき課題はおおかったが、すべて無視の連続だった。国民の声に耳を傾け、あるいは、解散して意見をきくべき場合は、たくさんあった。それをしないで、いま、国民の声を聞きたいなどと絶叫するのは、まやかしに過ぎない。 多分、それとしって、そのまやかしに乗るマスメディアも多い。国民の本当の声を届けたいものだ。
2005/09/03
市町村合併の結果、私の住むところは、選挙区のはしっこになってしまった。選挙カーもほとんどやってこない。 選挙カーが来ないところといえば、あちこちの過疎の山村など(合併して市や町の一部になっているが)がそうだ。 そういうところは、自治体や国のサービスも行き届かず、銀行などの「民=私企業」もやってこない。小さな店が一軒、郵便局が一箇所。そこが生活のたよりになっている。 政治は、都市や大都市を中心に回っている。企業や大企業を中心にまわっている。世襲議員や大金持ちや官僚を中心に回っている。二極化した一方が国の富をわがものがおに私物化している。 もう一方に、切り捨てられる人たち、切り捨てられる地方がある。 今回の選挙はそういう現状を続けさせるのか、どうか、という選択の選挙でもある。 自らを捨てられていいのか、捨てる勢力を認めるのか。 マスメディアは、小選挙区という悪制度を制定した時と同じに、選挙民をそういう選択とは逆の選択に誘導しようと躍起になっている。 他にも重要な選択の視点はたくさんあるが、これもはずせないことの一つだ。
2005/09/02
全25件 (25件中 1-25件目)
1

![]()
