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長野県の塩尻駅は、鉄道の要、ターミナル的存在である。北は、松本市や長野市、南東方向は東京、南西方向は名古屋、という立地だ。その塩尻に、今回の宿を取った。東口広場は広い。タクシーやバスが寂しいほどの広さだ。予約したホテルは、目の前に見えるのだが、真っ直ぐに行く道が無い。区画整理ができていないようだ。そんな塩尻で、駅前に大きな建物があった。ホテルだ。こんなホテルが検索で出てこなかったのか、と思いながら、食事に行った。このホテルなら、間違いのない食事を出すレストランがあると思ったからだ。だが、そこは、ホテルではなかった。グレイスフル塩尻という、特別養護老人ホームだった。駅前のロータリーに老人ホームとは、都会では考えられない。倒産したホテルを改修したのかと見上げるも、バルコニーの様子などからすると、ホテルを改修したものではないことが分かる。駅前広場を広くしたが、そこに建ったのはホテルでなく、老人ホームという、地方都市の悩みが見える高層ビルだった。
2017.03.31
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中山道ウォークで使っている地図(ガイドブック)は、山と渓谷社発行のもの。著者の八木牧夫さんは、案内に、「可能な限り、江戸時代の道に沿って歩くことをコンセプトとしている」と書いている。多くのガイドブックが、宿場町の家並みや名物を紹介しているなか、ひたすら、旧道にこだわっているのが嬉しい。とはいえ、100メートルが6mmという縮尺なので、一昨日の日記のようなところには、「江戸方面からは斜め右の細道に入り・・」などの注意書きがある。このような地図ではあるが、これに頼り切っていると、戸惑うことがある。この地図には、信号機の下にある交差点の名称も書かれているのだが(要所だけ)、画像の交差点では、道を間違ったかと、焦った。画像では見づらいが、進行方向である、右手の赤信号の下に「長地東堀」とあるが、ガイドブックでは、「長地中町」となっている。道を一本、東側に間違った。どこで間違ったのだろう・・・戻るか・・・と思いながら、左を見たら、「長地中町」と書いてあった。同じ交差点だ。普通、進行方向の名称を書くはずだが、何かの間違いでこうなったようだ。カーナビではどうなるのだろう・・・このような交差点に出会ったことはない。
2017.03.30
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去年の夏、諏訪湖を訪問して、疑問に思ったことがある。それは、諏訪湖と天竜川の間に高さ3.5メートルの水位差があり、そこに水門が設けられていること。天竜川の水源は滝だったのか、と去年の日記に書いてからも、その水位差は気になっていた。水門が作られる前はどうだったのかを知りたかったのだ。今回、中山道を歩くに際し、この疑問を解くことにした。現地に行けば何らかの資料がある、と思い、釜口水門を訪ねた。諏訪湖には31の川が流れ込み、流れ出るのは天竜川ただ一つなので、排水(流出)が間に合わずに、何回も大きな洪水が起きていた。そのため、天竜川への出口を広げ、天竜川の川底を掘り下げ、流出を良くし、掘り下げた分の3.5メートルの水門を作った、とのこと。なので、昔は、天竜川から諏訪湖へ船が行き来できたので、そのための舟通し水門があり、魚が上れるように魚道が設けられたそうだ。6月から10月の洪水が予想される時期には、あらかじめ水位を下げておいて、大雨に備えているという。疑問がひとつ解決した。
2017.03.29
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昨日の日記で、旧街道は新しい道路に塗りつぶされたりして狭くなっているところがある、と書いたが、それを如実に表しているところがある。ここは(画像)は、塩尻の先の、本山宿と贄川宿の間の道。画像の右手の橋が新しい国道19号。そして、その下を潜っていくのが旧中山道で、画像には写っていないが、この左側に旧国道がある。この3本の道は、この先で一緒になってしまうのだが、このように、ていねいに残されているところがある。それは、地元の要求だったのか、土地が中途半端に余って、売るに売れなかったのか、その事情は分からないが、こうして、残されている。街道ウオーカーとしては、このような道は貴重で、絶対に歩きたい道である。時として、見落としてしまうことがあるが、そのような時は、その分岐まで戻って、歩き直してくる。この道も、たかだか100メートルほど。しかも、橋脚の辺りは実際の街道だったのかとの疑問も生じるのだが、ここが旧道だと言われると、歩かずにはいられないのである。
2017.03.28
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今回の中山道ウォークは、下諏訪からスタートした。スタートして直ぐのところで出くわしたのが、この細い路地。画像上の左側にある少し傾いた電柱と、右にある垣根のような植木の間が、大名行列をした中山道だという。寸分違わず旧街道を歩きたいとは思ってはいないし、それは不可能なことなのだが、こうして歩ける道が残っているなら、街道ウォーカーとしてはこの道を歩きたくなる。だがこの道幅では、馬も籠も通れない。なぜ、こんなに狭くなってしまったのだろう。中山道に限らず東海道にも、道が消えたり幅が狭くなっているところは何カ所もあったが、そのほとんどは、新しい道路に塗りつぶされたか、放置されて自然によって狭められたかであり、このように、公共事業ではない、人為的に狭めらた所は無かったように思う。画像下は、この路地(旧中山道)の奥から、入口方向を写したもの。公共事業で表の道路を拡幅するので、不要となる旧道と交換した、と思いたいが、この様子では、公共の手は入っていないように思われる。道路幅は、約60センチ。私道なのか公道なのか?どう考えても、建築確認は下りない道路幅だ。何がどうしてこうなったのか、知りたいものだが・・・経緯を知る人はいないと思われる。
2017.03.27
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中山道ウォークを再開した。季節的、行程的には少し早いのだが、今月初めの東海道ウォークで、滋賀県草津市の、中山道と東海道の合流地点を踏んだものだから、その気になった。中山道ウォーク、今回は、諏訪からのスタート。中山道は、諏訪から北西に上り、塩尻で名古屋方向の南西に下るのだが、この間にあるのが塩尻峠。標高は1055メートル。麓が800メートルほどあるので、高低差はさほどきつくない。だが、この雪だった。前日の雪が峠では大降りだったようだ(3月22日)。少し早かったか・・・と反省をしたのだが、積雪は大したことはなく、枯木に花を咲かせたような雪が青空に映えて綺麗だったので、歩を進めた。とはいえ、ここで転倒したら動けなくなるだろうし、救急車も来ないだろう。一歩一歩、確実に足を出し、滑らないように最大の注意を払った。画像下は、スギ花粉の住処。雪に驚いて、花粉を飛ばすどころではないようだった。
2017.03.26
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読売新聞・東京新聞国会が賑やかだ。政治をしているのか、足の引っ張り合いをしているのか、まったく分からない状況だ。TVはあまり見ないので、私の情報源は新聞とネットニュースが大半だが、今回の騒動で、分からないこと、知りたいことが二つある。一つは、学校用地を値引きした原因である地中のゴミだ。この土地は、どのように管理されていたのか、適切に管理されていたのか、適切に管理されていたのなら、ゴミは無いはずで、何億円という処分費が必要になるほどのゴミが埋まっているはずはない。値引額が正しいというなら、旧国有地の管理責任を問うのが先ではないのか。もう一つは、安倍夫人が名誉校長になった経緯だ。以前から、籠池家と安倍家と、何らかの付き合いがあったのか?それなら、名誉校長になってほしいとう働きかけがあってもいいだろう。だが、そうでないとするなら、誰が、どうして、名も無い小学校の名誉校長に安倍夫人を持って来たのか、犬も歩けば棒に当たる・・・で、名誉校長になったはずはない。私の情報にモレがあるのかもしれないが、マスコミや国会の質問者はこの点を見落としていると思う。
2017.03.25
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観音霊場とは、大雑把に言うと、祀られている観音の所在する地域のこと。この観音霊場を巡ることを、遍路とか巡礼などと言う。有名なのは、関西地域の西国33ヶ所、関東地域の板東33ヶ所、埼玉県秩父地域の秩父34ヶ所で、これらを合わせて、100観音という。33というのは、仏教的な意味があるようだが、合計で100としたいために、秩父の34ヶ所を加えたとも言われている。観音霊場と言うくらいだから、これら100ヶ寺のご本尊は、観音様だ。如来様と観音様はどう違うのか、私には説明ができないが、御利益のほどは同じと思う。しかし・・・とつなげていいのか分からないが、これら西国33ヶ所、板東33ヶ所、秩父34ヶ所のお寺の宗派は同じではない。宗派の違うお寺が、なぜ、と思わせるところに、観音霊場の不思議がある。そうそう、四国88ヶ所のお寺は、すべてのご本尊が観音様ではない。如来様を祀るお寺もあるのが、四国88ヶ所である。で、画像は、西国15番の観音寺の御朱印。昭和49年に戴いているのだが、いまだ、西国33ヶ所を巡り終えていない。板東33ヶ所と秩父34ヶ所は巡り終えているので、西国33ヶ所を完結したいと思っている。元気なうちに・・・・
2017.03.24
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東海道を、草津から大津へ歩くと、びわ湖の南端部分を迂回することになる。なので、先を急ぐ旅人は、びわ湖の南端部分を船で渡ったのだが、比叡下ろしの強い風のために、船が転覆したり、足止めを食ったりしたという。で、「急がば回れ」の言葉が、この地で生まれたという。びわ湖の南端部分をぐるりと回って、瀬田の唐橋を渡るのが、確実というワケだ。で、その、瀬田の唐橋の近くに、建部大社(たけべたいしゃ)がある。日本武尊 (やまとたけるのみこと)を祀った近江国一宮で、静かで落ち着いた神社だ。この神社、三脚と椅子が置かれていた。記念撮影をする業者が置いた物と思われたが、そうではなかった。ご自由にお使い下さい、とあった。と、前置きが長くなったが、この建部大社の直ぐ近くで食べたのがこれ(画像)とろとろハヤシのオムライスだ。そのまんまのネーミングで、とろとろとしたハヤシがオムライスに掛けてある。B級グルメと言っては失礼かもしれないが、旅先の味、という感じで、美味だった。飲み物付きで、800円。
2017.03.23
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四国霊場88ヶ所を巡ってから、仕事や観光で何回が四国を訪ねている。その都度、近くの88ヶ所霊場のお寺を訪ねたのだが、そのほとんどは、記憶がなかった。一気に88ヶ所を巡ったので、記憶が混じったというか、記憶が次から次へと重なったからだ。そんな中、記憶にあるのが、このオレンジカード。何回かに分けて、88寺のオレンジカードが発売されたので、機会あることに買い集めたものだ。当時は、売り切れるという心配はなかった。もし売り切れても、駅どうしてやりくりをするし、それでも足りない時には追加発行するということだった。そして、最後には、専用のアルバムを入手した。88ヶ所の寺の案内があり、オレンジカードを差し込めるようになっているものだ。(オレンジカードを知らない人がいるのかもしれない。その際は、ネット検索を)
2017.03.22
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ブログ友に「御朱印帖持って、お寺さんをめぐり、成仏を祈願しなはれ・・」と書かれては、何か一言を返したくなる。そうは言え、信心の自慢をしたのでは御利益がなくなるので、自慢にならない程度に。およそ45年前、四国88ヶ所霊場を巡った。埼玉から往復も車で、12日間をかけて。大きな病や心配事があったのではない、単なる信心からだ。当時は、カーナビは勿論、正確な案内図もなく、道路地図と札所案内のコマ地図が頼りで、山頂のお寺には、麓に車を置いて数時間歩かなければならないところもあって、大変な巡礼だった。そうそう、宿を取るのも、ネットという時代ではなく、電話料金も高い時代だったので、往復葉書で予約をしたのだった。御朱印を頂くにも時間が掛かった。団体さんの後になると、御朱印を頂くのに1時間も掛かることもあった。遠い昔の出来事である。そのお陰で、こうして、(今のところ)元気で過ごすことができている。
2017.03.21
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今週には、桜が開花するという。近くの小公園の桜も、蕾が大きくなっている。で、最近、気付いたことがある。桜の小枝が、桜の木の下に落ちていることだ。歩行者に踏まれて小さくなっている枝もあるが、ほぼ同じような長さの枝だ。桜の木が、開花前に、新陳代謝で古い枯れ枝を落としているのか、と思ったが、このような出来事は、今年が初めてだ。すると、何なのだろう・・・・しばらく分からなかったが、昨日、その答に出会った。カラスだ。カラスが巣作りのために、桜の枝を折っていくのだが、折ったはいいが、銜え損なった枝を落としているのだ。落とした枝は拾えばいいのに、拾うのが面倒なのか、カラスのプライドが許さないのか、落としたままになるので、画像のように、桜の木の下が散らかるのだ。どこかで追い払われたカラスが、近くで巣作りを始めたようだ。我が家の近くに、そんな木があるのだろうか?
2017.03.20
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東海道に限らず、宿場町には賑わいがある。人為的に作られた宿場もあるが、その多くは、集落でもともと人が多く住んでいたところ。なので、色々な商業漁業があって、賑やかなのだ。中でも、我々の東海道ウォーカーの気になるのが、造り酒屋。メンバーには、酒が嫌い、酒が飲めない、という人は一人もいない。いや、人一倍酒が好きな人たちだ。帰りの電車の中で、2時間ほどの間に、8人で一升瓶2本、ということもあった。で、今回は、滋賀県甲賀市(水口宿・みなくちしゅく)の美冨久酒造を見学した。見学したと言っても、全行程を見学したのではない。いわゆる、仕込み樽のある部屋を上から覗いただけ。酒蔵見学の後は、お楽しみの、試飲。試飲をしたくて見学に入った、という感じがしないでもない。このあと、20キロ近く歩くんだよな、と言いながらも、酒好きの集団は次から次へと試飲を続ける。そして、今晩宿で飲む酒を購入して、リュックサックへ。元気な集団である。
2017.03.19
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某所、某お寺の掲示板に、なるほどと思う書き込みがあった。多くの場合、ああしろこうしろ、神や仏は見ている、という内容だが、「過去は拝むもの 未来はまかすもの 現在はいただくもの」とあった。「過去は拝むもの」・・・これを読んで、やはり押しつけか、と思ったのだが、「未来はまかすもの」・・・と続いたので、なるほど、すると現在は・・・どうなのか、「現在はいただくもの」・・・と、続いた。拝めとか、任せろとか、押し戴け、という押しつけがましいところがないのがいい。この歳になると、亡くなった両親のことや、自分の今後を考えること多くなるが、確かにこのとおりだと思う。ボケ老人になりたくないと願うが・・・自分ではどうしようもない事で、未来は、まかすしかない。その自分が今あるのは・・・この世の周囲に守られて生活ができているからだ。お寺の掲示板に頷く歳になったのである。
2017.03.18
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東海道ウォークは、現在、滋賀県の大津市まで歩いている。あと10数キロでゴールの京都三条大橋だ。で、前回のウオークでは、いくつかの天井川を見た。いや、見たというか、くぐったと言うのが正しい。画像上のトンネルの上が川なのだ。道路や鉄道ではない。なぜ川がこんな高いところを流れているのか、かなりの疑問だが、思うに、この付近は、その昔、平坦な湿地帯で、湿地帯を利用するには、その中を自由に(広がるように)流れる川に堤防を作るのがいい、ということで、堤防が作られるようになり、堤防から水が溢れると、堤防を高くするのだが、川の向こうとこちらで堤防の高さが異なるので、自分の地域を守ろうとして、競うようにして堤防が高くなっていった・・・・のではないだろうか・・・・滋賀県は、日本一天井川が多いという。おそらく、その昔は、びわ湖の周囲は湿地で、堤防を作って、びわ湖に水を導いたのではないかと思われる。画像下は、トンネルの上の川。訪れた時は、水の流れはなかった。
2017.03.17
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大阪、住吉大社の末社に、大歳社(おおとししゃ)がある。収穫・集金・家の安全・幸福の神さまで、特に、大阪商人の間では集金の守護神として信仰されてきた神さまだという。その大歳社の狭い境内に、おもかる石がある。「おお、もうかる」の、「おもかる」ではない。「重い、軽い」の「おもかる」で、願いを念じる前と後とで、石の重さを 軽いと感じたら・・・・願いはかなう 重いと感じたら・・・・好転へ努力が必要というもの。で、無謀にも、「かおりちゃんの不思議なおもちゃのケータイ電話」という絵本を市場に出そうとしているので、その願いを念じて、石を持ち上げてみた。結果は、重かった。重さを増して感じた。好転へ更なる努力が必要ということだ。絵本で億万長者を夢見ているのだが、甘くはなかった!
2017.03.16
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自動販売機・自販機と言うが、何が自動なのだろう?自動ドアと言うと、手で直接開ける必要がなく、閉める必要もないドアのことだが、これと同じ解釈をすると、自動販売機は、お金を入れて、欲しい商品を指定して、自分で商品を取り出すのだから、自動とはなんぞや、という思いが生じる。という話ではなかった。東海道を歩いていて、こんな自販機があった。ビールと時計を売っているのだ。しかも、大きな時計だ。いや、この時計が、ゴロンと出てくるはずはない。道を行く人のための時計なのか。だとすれば、自販機の中に入れる必要はない。何のための時計なのか・・・・自販機を見たら、答があった。「午後11時から翌日午前5時まで 販売を停止しています」とある。おそらく、時計を持たないで自販機へくる客のために、大きな時計を置いたのだろう。なんとも絵本的で微笑ましい。
2017.03.15
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東海道を歩いていて、こんなアンテナを見た。びわ湖の直ぐ近く、おそらく、公営住宅と思われる、少々古い建物。我が家付近では、地デジのアンテナを見かけない。高層ビルの陰で共同受信になっているか、ケーブルTVになっているか、天井裏にアンテナを置いているか・・・だと思われる。公営住宅も、共同受信になっているので、このようなアンテナ群は見ない。ある意味、珍しい風景である。その昔、地デジの前には、これより大きなアンテナがいくつも立っていて、その中のいくつかは、素子が折れたり曲がったりしていて、見苦しかったが、このアンテナは、今のところ行儀よく並んでいる。この行儀の良さは、設置時期と業者が同じだったからと思われる。だったら、共同受信にすればいいのに、と、素人は思うのだが、何か、まとまらない状況があったのだろうか?おそらく、アンテナを一本にするなら、ブースターの費用は出る 配線の費用は同じくらいか、安いはず何がこんなアンテナを立てさせたのだろう?
2017.03.14
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東海道ウォークの楽しみのひとつは、地元のグルメ。グルメと言うと、グルメ(美味食)になるが・・・いわゆる、B級グルメのこと。前回の東海道ウオークは、滋賀県の水口石橋からのスタート。スタート地点がだんだん遠くなるので、電車を降りると、昼食の時間になってしまう。駅から数百メートル歩いて、昼食。谷野製麺所の谷野食堂で、「スヤキとキツネ丼」のセットを注文。スヤキとは、味付けをしていない焼きそばのこと。客がソースや醤油などで自由に味を付けて食べるようになっている。近くにある高校の生徒を相手にしていて、このような食べ方になったという。画像上が、スヤキ。画像中が、私風に味付けしたもの。画像下は、きつね丼。「キタキツネの肉かな~」などと冗談を言っていたが、油揚げの刻んだものがご飯に載っている丼だ。確かに、キツネである!
2017.03.13
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今日は、3月12日。雛祭りは、3月3日。時の流れは早いものである。画像は、某ファミリーマートで写したもの。最初は「ひなまつり」と読んだのだが、何か変!「ひなつまり」になっている。客がいたずらで、並び順を変えたな・・・と思い、直して上げようとした(というのは表向きで、更に語順を変えてみようと思った)。が、しっかりと付けられていて、少しの力では剥がれない。無理に引っ張ると紙が破けそうだった。思うに・・・日本文字の分かる外国人の店員が、これを貼ったのではないだろうか。「3月3日」は間違いなく貼れたが、「ひなまつり」が難しかったのだろう。なかなかユニークである。客も店員も気がつかずに、めでたく、3月3日を迎えていた。
2017.03.12
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バレンタインデーに、カップラーメンをいただいた。この歳になると、糖分摂り過ぎになるので、チョコレートではなく、ラーメンなのだ。で、そのカップラーメンだが、「甘~い きつねうどん」と「味噌カレーミルクラーメン」。なかなか食べる気にならず、そのままになっていたが、ホワイトデーが近いので、食べてみることにした。甘~いきつねうどんは・・きつねも汁も甘い。甘すぎるほどではないが、ラーメンには不似合いの甘さ。味噌カレーミルクラーメンは・・味噌が主なのか、カレーが主なのか、ミルクが主なのか、意味不明の味。その昔、味噌バターラーンが流行ったことがあるが、そのカレー味付、という感じ。はっきり言って、両者とも、二度と口にしたくない味。ホワイトデーに「どうだった?」と味を尋ねられなければいいのだが・・・・
2017.03.11
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洗面所の換気扇が変な音を出すようになった。金属がこすれる音だ。回転軸のどこかが摩耗して、回転がぶれてきたのではないかと思われた。洗面所の換気扇は、8年ほど前に交換した物。毎日何時間も動いているので、そろそろ寿命のようだ。動かなくなるまで使うことも可能かもしれないが、摩擦熱で出火するようなことがあるといけないので、交換することにした。ネットで検索すると、14,256円の定価。だが・・・送料込みで5,099円で売られている。近くの量販店でもこの値段では出せないというので、取り寄せた。なぜこんなに安いのか・・・・おそらく・・・取付費用を請求しづらい業界なので、定価を高く設定しているものと思う。「工事費込みで12,000円で結構です」と言えば、顧客は大喜びだからだ。ということで、簡単に交換完了。我が家のさっちゃんは、「手間賃込みで2万円でいい?」と言ったが、後でバレるといけないので、半分を受け取った。しめしめ・・・しめしめ、という話ではなかった・・・・換気扇の電源コードのスマートさだけでも、5千円の価値はあるのだぞぉ~!
2017.03.10
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キャノンのプリンターインクを買った。なんと・・珍しく、ベルマークが付いていた。「学校に持っていってね」とある。最近、ベルマークは少なくなってきたと思。それなりの年代の子供がいなくなったので、日常の買い物が変わったから、とも考えられるが、それにしても、少ないと感じていたのだが、健在だった。で、キャノンのプリンターインクのベルマークだが、「みほん」と印字されている。見本じゃ、学校に持って行けない。印字ミスか、テスト印字のまま市場に出たのか・・・と思い、ネットを検索したら、トナーのカートリッジを学校に持っていくと、ベルマークと同じ効果がある、とあった。カートリッジの回収は、家電量販店、公民館、マーケットなどで行っているが、どうやら、ビニール袋に入っていたり、ついでのゴミが入っていたりするので、回収のコストが掛かるので、PTAに、綺麗なカートリッジでリサイクルを頼んだのが、実際のところのようだ。だったら、インクのパッケージにそう書くべきだ。ベルマークがあって、「学校に持っていってね」、とあれば、このマークのことと思う。なぜ、こうも、舌っ足らずなのだろう。本気で回収する気持ちが無いのだろう・・・・と、思うしかない。どうも後味が悪い!
2017.03.09
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最近の裁判に限ったことではないが、精神鑑定や責任能力という言葉が気になる。相模原の施設の19人刺殺、洲本の集落での5人刺殺、などが記憶に新しい。刑法第39条には、 心神喪失者の行為は、罰しない。 2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。 とあるので、弁護人はこれを拠り所に弁護する。しかし、刑法が言っているのは、精神鑑定をしなければ分からないような心神喪失や心神耗弱ではないはずだ。上記の犯行は、いずれも、事前に刃物を用意して、車などで目的地に向かって、迷わずに行動している。いや、だから正常だと言っているのではない。複数の人を殺傷する沙汰は正気ではできない。精神的に狂っているから、できたことだ。犯罪者は多かれ少なかれ精神的におかしいのだ。精神的におかしいから、犯罪を犯すのだ。境界の争いから隣人を殺傷した、という事件もあった。長年の鬱憤が溜まっていた、というが、それで人を殺すのは、やはりどこかが狂っているからなのだ。100%正常で人を殺せるのか・・・・答はここにある。容疑者を弁護するのが弁護士の役目だろうが、何でもかんでも精神に異常があったという主張は、刑法の意義(立法趣旨)に反する。刑法の心神喪失心神耗弱とは何ぞや・・・立法の趣旨に合った解釈がほしい被害者に代わって(私刑に代わって)刑罰を科するのが刑法だ。
2017.03.08
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昨日の日記の続き。東京都庭園美術館というくらいだから、庭園も広い。半分ほどが工事中だったが、池をひとまわりして茶室を見て回ることができる。この庭園の維持管理費用は大変な金額だろうな・・・その当時は、だれが、その費用を支払っていたのだろう・・・どうしても、そこに疑問が行ってしまう。現在は東京都の所有だが、その前は西武の所有だったようだ。朝香家が西武に売却したのだろうか?都内の一等地なので、巨額の固定資産税に絶えられなかったのだろうか?それとも、例の西武の騒動で、西武が手放したのだろうか?そすると・・・東京都はいくらで買ったのか・・・?ということで、画像は、旧朝香宮邸の庭園。この季節なので、枯れ枝が寂しいが、木々が芽吹く頃は緑に溢れることだろう。季節を変えて、もう一度尋ねたいと思っている。
2017.03.07
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きのうの日記の続き。並河靖之の七宝展があったのは、東京都庭園美術館(港区白金台)。港区は広く、最寄りのJRの駅は目黒。目黒駅から、徒歩圏にある。さすがに白金台と思わせる雰囲気の中にある。こんな土地が残っているんだ、と思ったら、旧朝香宮(あかかのみや)邸とのこと。門から美術館(旧朝香邸)まで、徒歩数分もある。朝香宮って・・・誰?というのが、私の知識。ネットで検索すると、明治天皇の第八女の夫君が朝香宮。昔は宮宅が多かったというが、このような邸宅を各宮家が持っていたとは・・・その財政はどうなっていたのだろう・・・というのも私の知識のなさ。画像は、東京都庭園美術館のパンフレットに載っている、車寄せと南の庭、そして、邸内。明治時代にこんな建物を作れたのか、その時から空調があったのか?水道やトイレはどうしたのか?やはり、私の知識のなさはそこへ行く。
2017.03.06
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東京都庭園美術館で、並河靖之の七宝展を見た。並河靖之は明治時代の日本を代表する七宝家。これが七宝なのかと思わせる器が数多く展示されていた。七宝とは、ガラス質の釉薬に鉄や銅の酸化物を混ぜたものを、金属に乗せて焼くもの。七宝には、無線と有線とがあるという。アマチュア無線をする者としては、何のことなのか分からなくなるが、銀などの細くて薄い板で模様の形を作り、そこに釉薬を入れる技法を「有線」といい、この線を使わないのが、「無線」というそうだ。無線では、釉薬の境目が混ざるため綺麗な模様を作り出すのが難しいという。で、並河靖之は、有線にこだわった七宝家で、線の存在を感じさせない。陶芸の世界でも、釉薬の使い方は難しい。釉薬だけで絵柄を出すのは不可能に近い。それが七宝との違いなのだろうが、参考になるいくつかのヒントを得てきた。
2017.03.05
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昨日、3月3日はひな祭り。ひとり住まいをしている娘が、ひな人形を飾ったというので、見に行ってきた。これは、娘が3歳の頃に買ったもの。当時は、7段飾りとか8段飾りとか、段数を競った物がTVで宣伝されたが、最近は、住宅事情のこともあり、折込広告でも7段飾りは数点しか無い。こうしてひな人形を飾るのだから、結婚しようという気はあるのだろうが、なぜか、男っ気が無い。という話ではなく、俳句の世界では、このような雛飾りを「雛段」という。俳句では文字数にかぎりがあるので、こう言うようになったようだが、これからの時代、「雛段」では通じなくなるのかもしれない。雛段を辞書で引くまでもなく、議場などで一段高く設けられた席も雛段と呼ぶ。嘘やとぼけた答弁をする大臣が座る席が、雛段、となっていき、ひな人形の雛段は死語になっていくのかもしれない。
2017.03.04
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知人がミュージカルの舞台に出るというので、チケットを買った。いわゆる、「お付き合い」というヤツで、ミュージカルが好きなわけではない。知人は女優を名乗っているが、ひいき目に見ても、女優と言うことにギャップを感じる。少なくとも、舞台だけで生活できている人が女優を名乗れるのではないだろうか。ま、そんな陰口は置いといて・・・・舞台を見ながら、色々な計算をしてしまった。チケットは、7千円。 ホールは800人ほどで、ほぼ満席。公演は4回。 ホールの賃料は、リハーサル・会場スタッフを含めて150万円(?)出演者は40人ほど。 チラシなどの宣伝費100万円(?) 衣装代・大道具・小道具代300万円(?)こんな数字の中で、主演助演者作曲者などへの支払が・・・・数百万円・・・とすると、名も無い女優にはいかほどの支払となるのだろう。捌いた切符代金だけが、本人の収入か?会場では、他のステージの案内パンフレットを多数配布していたが、それは、このような状況下にある人が大勢いるということだ。野球にしても、ゴルフにしても、ピアノにしても同じことと思うが、世の中、大変なことである。
2017.03.03
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赤いたぬきに緑のきつね・・・というCMがあるが、これ風に言うと・・・赤いコイン電話に緑のカード電話・・・では、変化が無いか・・・・ま、世の中には、赤い電話と緑の電話があった。あった・・・というのは過去形だが、赤い電話の方は、まず、見なくなった。そして、緑の電話も、ほとんど見なくなった。先日、某所、某百貨店の通路で、緑の電話を見た。なんとも懐かしいので、デジカメをしたのだが、このような状態で置かれているのは、これが最後かも知れない、という思いだった。仕事をしていた頃、外で電話をするのは、もっぱら、この電話だった。テレカを集めるには資金が必要だから、公衆電話を使って、資金回収をしていたのだ。が、それも昔ばなし。テレカも緑の公衆電話も懐かしい物の一つになってしまった。
2017.03.02
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「あの日、なぜ津波から この神社は残ったのか」電車の車内広告に、こうあった。acジャパン(公共広告)の広告だ。語順の悪さ、語呂の悪さは別にして、言わんとすることは分かる。だが、日本語として正しいのか、いささかの疑問がある。短い文章だが、これを要約すると、なぜ、津波から神社は残ったのか・・・なのだが、津波から、残る ・・・ という表現はありなのだろうか?火事から残る、雷から残る、嵐から残る、悪魔から残る・・・などとは言わない。火事に耐える、雷に絶える・・・だろう。マラソンの先頭集団に残る、とは言うが、先頭集団から残る、とは言わない。まさか、「1000円からお預かりします」の「から」ではないだろうが、いまの若者は、このような言い方をするのだろうか?
2017.03.01
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