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「マダム・イン・ニューヨーク」(原題:English Vinglish)は2012年公開のインドのコメディ映画です。ガウリ・シンデー監督・脚本、シュリデヴィら出演で、英語が苦手で夫や娘にコンプレックスを抱くインド人女性が、ニューヨークを訪れ、英会話学校に通い始めたことをきっかけに、自信を取り戻してゆく姿を描いています。 「マダム・イン・ニューヨーク」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ガウリ・シンデー脚本:ガウリ・シンデー出演:シュリデヴィ(シャシ、インドからニューヨークにやって来た女性) メーディ・ネブー(ローラン、英会話教室の仲間、フランス人シェフ ) プリヤ・アーナンド(ラーダ、シャシの姪、姉ミーラが結婚間近) アディル・フセイン(サティシュ、シャシの夫) アミターブ・バッチャン(乗客、飛行機でシャシの隣席になったインド人男性) ロス・ネイサン(ケヴィン、ミーラの婚約者) ほか【あらすじ】シャシ(シュリデヴィ)は、二人の子どもとビジネスマンの夫サティシュ(アディル・フセイン)に尽くすインドの主婦です。「ラドゥ」というお菓子を贈答用に販売するほど料理上手な彼女の悩みは、家族の中で自分だけ英語ができないこと。夫からは対等に扱われず、年頃の娘は学校の三者面談に来ることを恥ずかしがります。何かと家族にからかわれて傷つき、やり場のない不満を抱えています。そんな彼女にある日、ニューヨークに住む姉から、姪の結婚式を手伝って欲しいとの連絡が入ります。夫の勧めもあり、家族より一足先にニューヨークへ向かったシャシですが、英語ができないためにカフェでコーヒーさえ注文できず、店を混乱させてしまいます。落ち込んだ彼女は「4週間で英語が話せる」という英会話学校の広告を見て、家族や姉たちにも内緒で通学することを決意します。学校では、世界中から集まった英語を話せない生徒たちと出会います。その中に、カフェで失敗した時に親身になってくれたフランス人男性ロラン(メーディ・ネブー)もいます。ロランが自分に好意を抱いていることを知ったシャシは、長い間忘れていたときめきに戸惑いながらも、仲間と英語を学んでいきます。先生や仲間の励ましもあり、自信を取り戻し始めた彼女は、家族がニューヨークにやってきた後も、密かに通学を続けます。しかし、授業を受けている間に幼い息子がケガをしてしまい、母親としての自覚、責任感に欠けていると自分を責めたシャシは、卒業を目前に学校へ通うことを諦めてしまいます。仲間たちは彼女と一緒に卒業しようと協力しますが、卒業試験の日程が姪の結婚式と重なってしまいます・・・。【レビュー・解説】英語を流暢に話せないために夫や娘にコンプレックスを感じる美しく慎ましやかなインド女性が、ニューヨークで英語を学びながらアイデンティティの危機を克服していく姿を、現代的で洗練された美しい映像とポップで楽しいBGMとともにユーモラスに描いたヒューマン・コメディです。2012年公開のインド映画で、インド映画特有の歌や踊りが抑えられ、現代的で洗練された美しい映像とポップで楽しいBGMに彩られています。インド女性が通う英語学校は、英語をうまく話せないマイノリティ集まっており、先生もゲイという設定で、ストーリーはコミカルに展開していきます。インドでは、これまで十分な教育の機会に恵まれなかった女性たちがこの映画を観て英語学校に通い始めたとも言われ、また、英語を母国語としない日本人や、世界のトレンドについていけないと感じている人が観ても刺激が得られる作品です。冒頭、「私の母へ」と献辞が出た後に、目覚めて髪を束ねたインド女性が、チャイを沸かし、配達された英字紙とヒンディ紙からヒンディ紙を選んで読み始めます。同居する義母が起きたのに気づき、義母の為にチャイを入れ、再び、新聞を読み始めると、今度は夫の「チャイをくれ」と言う声が聞こえてきます。続いて、わがままを言う二人の子供の相手をしながら朝食を給仕する彼女を、「英語の発音がおかしい」と生意気盛りの娘が馬鹿にし、夫も一緒になって笑います。わずか三分ほどの間に、女性監督らしい細やかな描写で、彼女の置かれている立場を見事に表現しています。その後、このインド女性は得意の料理の腕を生かして、近所の人々にお菓子を製造・販売していることが描かれますが、夫の仕事の比べればお遊びみたいなもので夫に認めてもらえません。いくら家事・育児を頑張っても認めてもらえないと彼女が感じていることも明らかになっていきます。実は、この映画は英語のコンプレックスだけではなく、インド女性のアイデンティティ・クライシスを描いた映画でもあるのです。英語を流暢に話せないことが家族に認めてもらえない理由だと考えた彼女は、姪の結婚式の準備のためにニューヨークに一ヶ月滞在、家事から解放されるのを機会に、英語を勉強することを決意しますが、映画を見ていくと女性監督らしい美しさ、細やかさが感じられるだけではなく、脚本が非常によく構成されていることがわかります。英語が苦手なインド女性がひょんなことからニューヨークで英語を勉強することに実は、英語にコンプレックスを感じる主人公の女性シャシは、シンデー監督の母をモデルにしており、現代を舞台にしながらも、額にビンディをつけ、決してサリー以外の服を纏うことがない夫の不用意な言葉に絶句したり、驚いたりしても、決して言い返さない学ぶことより、料理や家族の世話が重要と考える教養を得るために学ぼうとするが、出会いを求めるわけではない勉強している間に幼い息子がケガをし、母親の自覚に欠けると自分を責めるなど、シャシのキャラクタはシンデー監督の母の世代の女性を反映しています。欧米の女性や現代の日本女性の中には違和感を覚える人がいるかもしれませんが、この現代的なテイストの映画の中でシュリデヴィが美しくかつコミカルに演じているのは、かつてのインド女性の姿であり、そんな古風な女性がニューヨークに放り込まれたら?という面白さもあります。二十世紀の半ば、インドはイギリスの植民地支配から独立、これに前後して「新しいヒンドゥー女性」の像が生まれます。それは、女性の役割は妻として夫を尊敬、良き理解者として夫が安らげる家庭を作ることヒンドゥーの倫理規範を守り, 貞節であり、常に夫の為に祈り、従うこと近代的な学識を持つ夫の良き理解者となるため、教養を身につけること子供に対する最初の教育者として、インドの精神を次の世代に伝えることといったもので、暗に「女性としての役目を忘れ、男性のようになりたがる、道徳的に退廃したイギリス女性」に対置されるものでもありました。また、宗教的規範の違いこそあれ、こうした女性像は日本の「良妻賢母」、中国の「賢妻良母」といった言葉にも象徴されるように、20世紀のアジアに共通する女性像でもあります。現在のインドではヒンディ語が公用語、英語が準公用語で、ヒンディ語で教育を行う学校では「英語」が、英語で教育を行う学校では「ヒンディ語」が教科として必ず設けられています。しかし、20世紀半ばの就学率は男性で約40%、女性はその半分以下と、女性は英語どころか、まともな教育さえ受けられませんでした。シンデー監督の母は家庭を守り子供を育てるだけではなく、漬物を作って近所に売るなど、働く女性でもありましたが、英語を話すことができず、英語教育を受けていたシンデー監督はそんな母を馬鹿にしていたといいます。勢い、女性にも教養が求め始められたインドで、母の思いは複雑だったに違いありません。「私の母へ」という献辞から始まる本作には、自分を恥じたシンデー監督の「ごめんなさい」と「ありがとう」が込められています。シャシを演じたシュリデヴィは、4歳の頃から子役として活躍したインドの大人気女優で、2012年の「インド映画史100周年国民投票」で女優部門のトップに選ばれ、2013年にはインド政府からパドマシュリを受賞するほどの大女優ですが、彼女は1997年の結婚を機に女優を休業、育児に専念しました。中途半端になりかねない両立を目指すのではなく、きっぱりと育児に専念するあたりにかつてのインド女性の倫理観を受け継ぐところがあるのかもしれません。シンデー監督とは夫同士が知り合いで、そこから彼女の長編監督デビューを知り、脚本が気に入って15年ぶりの復帰作として自ら出演を申し出たと言います。本作が長編デビュー作のシンデー監督には願ってもない幸運でした。因みに、シンデー監督はシャシとローランのロマンティックなシーンも考えていましたが、シュリデヴィは「私の子供も作品を見ます、演技でも不倫はだめです」と何度も釘を刺したそうです。ここにもかつてのインド女性的な倫理観が伺われます。シュリデヴィは撮影時、50歳近いのですが、美魔女と囁かれたその美しさと可愛らしさは30代に見え、揺れる女心を演じるパフォーマンスには15年のブランクが全く感じられません。来日した際はインタビューごとにサリーを変える念の入れようで、スチル写真で見せる美しさと威厳は神々しいばかりです。物理的な美しさだけではなく、彼女の内面にある女優、インド女性としての誇りが見え隠れします。<ネタバレ>英語学校の先生に 「entrepreneur」(起業家)と言われたり、生徒のフランス人にシェフに「料理は愛だ、愛をこめて作るから美味しい、みんなを幸せにする」と励まされ、シャシは少しずつアイデンティの危機を克服していきます。そして結婚式当日、指名された彼女はたどたどしい英語で、スピーチします。Shashi: This marriage is a beautiful thing. It is the most special friendship. Friendship of two people who are equal. Life is a long journey. Meera, sometimes you will feel you are less. Kevin, sometimes you will also feel you are less than Meera. Try to help each other to feel equal. It will be nice. Sometimes... Married couple don't even know how the other is feeling. So... how they will help the other? It means marriage is finished? No. That is the time you have to help yourself. Nobody can help you better than you. If you do that... you will return back feeling equal. Your friendship will return back... Your life will be beautiful.シャシ:結婚は美しいことです。とても特別な友情です。対等な二人の人間の友情です。人生は長い旅、ミーア、あなたは自分が劣っているように感じることがあるでしょう。ケヴィン、あなたもミーアに劣っていると観がじることがあるでしょう。お互い助け合って、対等と感じられるように努力してください。それは良いことです。結婚していても、時に相手がどう感じているかわからないことがあります。そんな時は、どうやって助け合うのでしょう?いいえ、それは自分が頑張る時です。あなた以上にあなたを救える人はいません。そうすれば、あなたは対等であると感じられるようになります。二人の友情は元通りになり、人生は美しくなります。Shashi: Meera... Kevin... Maybe you'll very busy... but have family... son... daughter. In this big world... your small little world, it will make you feel so good. Family... family can never be... never be... never be judgemental! Family will never... put you down... will never make you feel small. Family is the only one who will never laugh at your weaknesses. Family is the only place where you will always get love and respect. That's all Meera and Kevin... I wish you all the best. Thank you.シャシ:ミーア、ケヴィン、忙しいかもしれませんが、家族、息子や娘を持ってください。大きな世界の中のこの小さな世界は、あなたをいい気持ちにしてくれます。家族は、家族は、家族は・・・、決して決めつけたりしません。決してあなたをけなしたり、あなたをちっぽけに感じさせたりしません。あなたの弱さを笑わないのは、家族だけです。家族は、敬愛が得られるたったひとつの場所です。ミーラ、ケヴィン、これが私からのお祝いの言葉です。どうもありがとう。シャシは、アイデンティティ・クライシスの原因が自分にあることに気づき、その経験に基いて習得したての英語でお祝いのスピーチをします。シャシは決して責めませんが、一緒に聞いていた夫や娘はシャシの心中を知ります。出席していた英語学校の先生は、素晴らしいスピーチを聞いて卒業証書をプレゼントします。また、込み入ったことはまだ英語で話せないシャシは、ヒンディ語で、シャシ:人は自分が嫌になると、自分につながるものすべてが嫌になる。何か新しいことが魅力的に思える。でも自分を愛することができれば、今までと同じ生活が新しいもの、良いもの見え始める。と前置きし、シェフのローランに英語でお礼を言います。Shashi: Thank you... for teaching me... how to love myself! Thank you for making me... feel good about myself. Thank you so much!シャシ:自分を愛することを教えてくれてありがとう。自分自身を気持ちよく感じるようにしてくれてどうもありがとう。インドに帰る機中、シャシは客室乗務員に「ニューヨーク・タイムズ」と言いかけて、「ヒンディ語の新聞はあるか」と聞きます。ないと知った彼女は新聞を断ります。アイデンティティを取り戻したシャシに、もはや無理して英字新聞を読む必要はないことを示すこのシーンは、冒頭の新聞のシーンと対になっています。ニューヨークでの姪の結婚式は、シャシにとって、準備期間中に家事から開放され英語を勉強する機会習得した英語でお祝いのスピーチする機会アイデンティティの危機を克服する機会三つの意味を持っています。女性らしい美しさ、細やかさが感じられるだけではない、しっかりと構成された素晴らしい脚本です。カメオ出演しているアミターブ・バッチャンは「インド映画史100周年国民投票」で男優部門のトップに選ばれた俳優ですが、長編監督デビュー作の本作に、インドの男女トップ俳優がこぞって出演する理由はこの脚本の素晴らしさにあります。<オチバレ終わり>欧米的な感覚では、穏やかな女性のアイデンティティの主張が歯がゆいかもしれませんが、一見、控えめなアジア女性の芯の強さを感じさせる作品でもあります。また、本作の撮影には50着ほどのサリーが使用されていますが、本作を観てサリーの美しさを再認識し、ことあるごとにサリーを買おうと決意するインド女性が少なくないなど、ニューヨークを舞台にしながら、インドの良さを伝える作品でもあります。なお、本作の原題「English Vinglish」の Vinglishはベトナム訛の英語の意味かと不思議に思いましたが、実は「◯◯か何か」と表現する時に語頭にVをつけて繰り返すヒンディ語の語法だそうです(英語で言えば、English or something の意味)。つまり、英語とヒンディ語の語法を混ぜた、ユーモラスな表現で、欧米の文化とインドの文化の間に立つインド女性をユーモラスに象徴しているようでもあります。シュリデヴィ(シャシ、インドからニューヨークにやって来た女性) シェリデヴィ(1963年〜)はボリウッド映画の伝説的女優。4歳の時に子役として映画デビュー、演技のみならず、ダンスでも人々を魅了する。コメディ、サスペンス、アクション、ヒーローもの、ロマンスと、あらゆるジャンルで活躍、大人気女優となる。1997年の結婚ともに休業し、育児に専念、本作で15年ぶりに復帰する。2012年の「インド映画史100周年国民投票」で女優部門のトップに選ばれ、2013年にインド政府からパドマシュリを受賞している。メーディ・ネブー(左ローラン、英会話教室の仲間、フランス人シェフ )メーディ・ネブー(1971年〜)は、ドイツ人の母とアルジェリア人の父を持つ俳優。本作では、シャシに思いを寄せるフランス人シェフを演じている。プリヤ・アーナンド(ラーダ、シャシの姪、姉ミーラが結婚間近) プリヤ・アーナンドはインドのテレビCMで活躍、2009年に映画デビューした女優。本作では若くて美しいだけではなく、シャシの気持ちがわかるアメリカ育ちのインド女性という難しい役をこなしている。インド映画界の層の厚さを感じる。アディル・フセイン(サティシュ、シャシの夫、妻を愛しているが不用意な言葉で妻を傷つける)アディル・フセイン(1963年〜)は、舞台、テレビ、映画で活躍するインドの国民的俳優。インド映画だけではなく、「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」(2012年)など、国際的な映画にも出演している。アミターブ・バッチャン(乗客、飛行機でシャシの隣席になったインド人男性)アミターブ・バッチャン(1942年〜)はボリウッドで最も人気がある大スターの一人で、2012年の「インド映画史100周年国民投票」で男優部門のトップに選ばれている。本作はカメオ出演で、飛行機でシャシの隣席になったインドの老人を演じ、ナーバスになっているシャシを、「今の時代、我々がアメリカ人を驚かす番だ。初のアメリカ旅行、何事も初めては一度だけ、その一度は特別な体験だ。だから、楽しんで。」と元気づける。【関連作品】ラージクマール・ヒラーニ監督xアーミル・カーンのコラボ作品(楽天市場) 「きっと、うまくいく」(2009年)おすすめインド映画のDVD(楽天市場) 「マダム・イン・ニューヨーク」(2010年) 「マイネーム・イズ・ハーン」(2010年) 「神様がくれた娘」(2011年) 「スタンリーのお弁当箱」(2011年) 「バルフィ!人生に唄えば」(2012年) 「命ある限り」(2012年) 「マッキー」(2012年) 「めぐり逢わせのお弁当」(2013年) 「PK ピーケイ」(2014年)
2017年05月30日
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「歌声にのった少年」(原題:Ya Tayr El Tayer、英題:The Idol)は、2015年公開のパレスチナのドラマ映画です。アメリカで人気オーディション番組「アメリカン・アイドル」のエジプト版に出場、2013年の「アラブ・アイドル」に輝き、スーパースターになったムハンマド・アッサーフをモデルに、ハニ・アブ・アサド監督・共同脚本、タウフィーク・バルフムら出演で、姉との約束を果たすため、歌で世界を変えようと奮闘する少年を描いています。第89回アカデミー賞外国映画賞のパレスチナ代表に選定された作品です。 「歌声にのった少年」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ハニ・アブ・アサド脚本:サメホ・ゾアビー/ ハニ・アブ・アサド制作:アリ・ジャファル 、アミーラ・ディアーブ出演:タウフィーク・バルフム(ムハンマド・アサフ) ディーマ・アワウダ(アマル) アハマド・ロッホ(ウマル) サーベル・シリーム(アハマド) カイス・アタッラー(子供時代のムハンマド・アッサーフ) ヒバ・アタッラー(ヌール) アハマド・カセィーム(子供時代のアハマド) アブドル・カリーム・アブバラカ(子供時代のウマル) テッヤ・ホサイン(子供時代のアマル) マナール・アッワード(ムハンマド・アサフの母 ) ワリード・アブド・エルサーレム(ムハンマド・アサフの父) ナディーン・ラバキー(シャーディヤ) アリ・ジャーベル(アリ・ジャーベル) マイサ・アブ・エルハーディ(ヒバ) ハニ・アブ・アサド(サミール) ムハンマド・アッサーフ(本人) ほか【あらすじ】長きにわたり紛争が絶えず、厳しい状況が続くパレスチナのガザ地区。この地で育ったムハンマド少年はスター歌手になって世界を変えることを夢見て、お手製の楽器を携え、姉のヌールや友人たちとバンドを組みます。ヌールはエジプトにあるカイロ・オペラハウスに出るという大きな目標を掲げ、ムハンマドは練習と資金稼ぎを兼ねて結婚パーティーで美声を披露します。しかしムールは重い腎臓の病にかかり、治療費を工面できず十分な治療を受けられないまま亡くなってしまいます。姉との約束を守るため、ムハンマドは危険を承知でガザを囲む壁を越え、オーディション番組「アラブ・アイドル」に出場しようとします。【レビュー・解説】実話に基づく脚本と、無名俳優や素人の子役たちのパフォーマンスによる感動的なサクセス・ストーリーは、パレスチナの人々の生活と想い、人の心をひとつにするアラブ歌謡の魅力が込められた、ハニ・アブ・アサド監督の秀作です。 アラブ・アイドルで優勝し、一躍大スターになったムハンマド・アッサーフ(本人)2013年のアラブ・アイドルで優勝し、アラブ諸国のスター歌手となったパレスチナ出身のムハンマド・アッサーフの実話に基づくドラマ映画です。子供の頃から歌が大好きだったアッサーフは、スター歌手になるという亡き姉との約束を果たす為、パレスチナとエジプトの国境を違法に越境、出場の為の整理券なしにアラブ・アイドルの予選会場に潜り込み、そこから優勝するまでに這い上がるという、まさに絵に描いたようなサクセス・ストーリーです。単純化の為に兄弟は姉一人という設定にしたり、困る人が出ないように違法パスポートで越境するプロットになっていますが、アッサーフ本人は「80%が実話で20%がフィクションだが、その20%があるからこそ重要な真実が伝わる」と語っています。実話そのものが十分に感動的ですが、アサド監督はアッサーフの少年時代に映画の半分弱を費やし、結婚式を祝う人々の踊りや喧嘩、窃盗、お金がなくて腎臓移植ができないといった貧困など、パレスチナの人々の生活を浮き彫りするとともに、後半でアッサーフの活躍に熱狂、応援する彼らの想いを描いています。イスラエルとの争いの直接的な描写はなく、分離壁やガザ地区とエジプトを結ぶ地下トンネルなど、分断を象徴する状況描写を織り込むに留めており、アラブの心をひとつにするサクセスストーリーを中心に据えることにより、アサド監督は制作費の70%をアラブ圏から、5%をイギリスから引き出しています。「アッサーフの物語には2つの段階があります。希望と不屈の物語、そして成功の物語です。パレスチナではこの60年間、敗北の物語しかありません。勝利の物語もなければ、サッカーで勝てるチームもなく、1960年代の革命も失敗に終わりました。しかし今、我々パレスチナ人が待ちに待った、成功の物語を手にしたのです。興味深いのは、アッサーフの物語は、勝利の物語ということなのです。」「誰しもが様々な障壁を乗り越えて生きている、その集約的なもので、一人の人間の成功体験ではあるけど、たくさんの人が喜びを分かち合うことができる。あの優勝したときの反応や、その時にみんなが感じた喜びは、ものすごく強烈でリアルなものなので、実際の記録映像を使いました。」「サーフはアートを通じて自分を表現するという意味で自分に近いし、普通に人生を楽しみたいけれど、こういう状況下ではパレスチナの声を代表せざるをえないという点でも僕と同じです。」(ハニ・アブ・アサド監督)以前よりパレスチナ人による映画製作にこだわるアサド監督は、実際にガザ地区に住む子どもたちをキャスティングしています。ガザ地区の子供にこだわった為、許可されたのが撮影の4日前という準備もままならない状況でしたが、子供時代のムハンマドとヌールを演じたカイス・アタッラーとヒバ・アタッラーのパフォーマンスが素晴らしく、特にヒバはこの映画のポテンシャルを大きく高めています。また、屋内シーンの撮影は西岸地区で行っていますが、屋外シーンはガザ地区で撮影しており、セットではない本物の廃墟が映し出されます。ガザ地区にはここ二十年ほど映画のカメラが入ったことがなく、撮影スタッフはその悲惨な光景に言葉を失い、涙したと言います。本作はパレスチナ問題そのものを説明するものではありませんが、パレスチナの人々の暮らしや環境、そしてその想いを知ることができる作品です。実際にガザ地区に住む子どもたちをキャスティングガザ地区では実際の廃墟も撮影されたパレスチナの想いが込められているこの映画のもう一つの魅力は、アラブ歌謡のもつ魅力の一端を垣間見ることできることです。我々がアラブ歌謡に触れる機会は極めて少いのですが、本作でアッサーフの歌に聞き入る人々、彼を熱狂的に応援する人々を見ていると、アラブ歌謡が人々に深く根ざしたものであることが感じられます。本作を観た後、YouTube でアッサーフが実際にアラブ・アイドルで歌ったシーンを観てみましたが、観客が総立ちで踊りだすほどの熱狂ぶりです。アラブ歌謡の多くは方言など日常的に使う言葉で歌われ、イスラム社会では歓迎されにくい色恋ものも少なくないという、大衆的な文化です。こぶしを効かせた歌唱法や哀愁をおびた旋律は、どこか日本の演歌と似たものがあるようにも聞こえます。アラブの音楽の旋律は西洋音楽とは異なる、オリエンタルなものなのだそうですが、旋律やその歌唱法にはどこか日本の演歌と同じ流れを汲むものがあるのかもしれません。余談になりますが、本作をDVDで観る直前に、マンチェスターで行われたアリアナ・グランデのコンサート会場でイスラム過激派による自爆テロが起き、22人もの方が亡くなってしまいました。アリアナ・グランデは反トランプ、親移民、親イスラムとして知られていますが、彼女の露出の多いステージ衣装が標的にされたという説もあります。実は本作の中に、「歌は人々を堕落させる」といった意味のセリフがあったり、またアッサーフも入出国審査で「コーランの誦唱コンテストに参加する」と虚偽の目的を申告をするなど、戒律の厳しいイスラム社会の一面を感じさせる部分があり、ドキッとします。昨今、アラブ歌謡はヴィジュアルや衣装が先鋭化しており、今後アラブ圏でアラブ歌謡のコンサートがターゲットになる可能性もあるわけです(アラブ圏でもテロ事件は発生しており、コンサートは人が集まるので格好のターゲットになり得る)。アサド監督がしつこく取り上げる分離壁はイスラエル政府が続発する自爆テロを防ぐ為に建設したものですが、こうした障壁を良しせず、難民を積極的に受け入れるヨーロッパでこの様なテロ事件が続発することは悲しいことです。さらにヨーロッパが受け入れた難民の一部が、支給品の代わりに現金を要求したり、暴力事件を起こしたりする現状を見ていると、分離壁 vs 難民受け入れといった二元論では解決できない問題の構造を感じます。タウフィーク・バルフム(ムハンマド・アサフ)当初、ムハンマド・アッサーフ本人を起用する予定だったが、表情、仕草など、意図的な感情表現を必要とする演技に難点があり、急遽、タウフィーク・バルフムが起用された。カイス・アタッラー(子供時代のムハンマド・アッサーフ)ヒバ・アタッラー(ヌール、ムハンマドの姉)本作の出演料でパレスチナからオランダに出国したと言われる。2016年にミュンヘン映画祭を訪問、インタビューを受けている。ナディーン・ラバキー(シャーディヤ、アラブ・アイドルのプロデューサー)レバノン出身の映画監督・女優。自身が監督、主演したレバノン映画「キャラメル」(2007年)などで知られる。ハニ・アブ・アサド(サミール、ガザに住むプロモーター)予定していた俳優が分離壁の検問でひっかかり、急遽、アサド監督自身が出演した。彼は、自身が出演することを好まず、二度と出演したくないと言っているが、1シーンの出演で見事な存在感を示している。【動画クリップ(YooTube)】アラブ・アイドルでの実際のムハンマド・アサフのパフォーマンス 「歌声にのった少年」のDVD(楽天市場)【関連作品】ハニ・アブ・アサド監督作品のDVD(楽天市場) 「エルサレムの花嫁」(2002年) 「パラダイス・ナウ 」(2005年) 「オマールの壁」(2013年)イスラム世界を描いた映画のDVD(楽天市場) 「マルコムX」(1992年)「ビフォア・ザ・レイン」(1994年) 「運動靴と赤い金魚」(1997年) 「少女の髪どめ」(2001年) 「アフガン零年」(2003年)「ペルセポリス」(2007年) 「灼熱の魂」(2010年) 「壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び」(2011年) 「別離」(2011年) 「少女は自転車に乗って」(2012年) 「オマールの壁」(2013年)「裸足の季節」(2015年)
2017年05月28日
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「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(原題:The Best Exotic Marigold Hotel)は、2012年公開のイギリス・アメリカ・アラブ首長国連邦合作のコメディ&ドラマ映画です。2004年発表のデボラ・モガーの小説「These Foolish Things」を原作に、ジョン・マッデン監督、オル・パーカー脚本、ジュディ・デンチ、ビル・ナイ、マギー・スミス、トム・ウィルキンソンら豪華キャストで、それぞれ事情を抱えながらも優雅な暮らしを夢見てインドのホテルを訪れた7人の男女に起きる様々な出来事をコミカルに描いています。 「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ジョン・マッデン脚本:オル・パーカー原作:デボラ・モガー「These Foolish Things」出演:ジュディ・デンチ(イヴリン・グリーンスレイド、借金返済の為、自宅を売却した未亡人) マギー・スミス(ミュリエル・ドネリー、差別的な老女、人工股関節手術の為にインドへ) ビル・ナイ(ダグラス・エインズリー、楽天的な初老の男、ジーンの夫、娘が事業に失敗) ペネロープ・ウィルトン(ジーン・エインズリー、ダグラスの悲観的な妻、インド嫌い) トム・ウィルキンソン(グレアム・ダッシュウッド、元判事、知人に会う為にインドへ) セリア・イムリー(マッジ・ハードキャッスル、恋多き女性、インドで金持ちの夫を探す) ロナルド・ピックアップ(ノーマン・カズンズ、女好きの老人、ロマンスを求めインドへ) デーヴ・パテール(ソニー・カプール、ホテルの支配人、経営の才能はあまりない) ティナ・デサイ(スナイナ、ソニーの恋人、オペレーター、ソニーの母に結婚を反対される) シド・マッカー(ジェイ、ソニーの兄、コールセンターのマネージャー、イヴリンを雇う) リレット・デュベイ(カプール夫人、ソニーの母、未亡人、ソニーを連れ帰ろうとする) ダイアナ・ハードキャッスル(キャロル、ジャイプールに長年暮らすイギリス人女性) ほか【あらすじ】40 年間連れ添った夫を亡くしたイヴリン(ジュディ・デンチ)は、多額の負債を返済するために自宅を売却、インドのマリーゴールド・ホテルで一人暮らしすることを決意します。彼女の他に6人の男女が、イギリスからこのホテルを訪れます。イギリスで家を買うはずが、退職金を貸した娘が事業に失敗してインドにやってきたダグラス(ビル・ナイ)とジーン(ペネロープ・ウィルトン)の夫婦イギリスの病院では半年待ちと言われ、人工股関節の手術を受けるためにインドにやってきたミュリエル(マギー・スミス)異国の地で最後のロマンスを夢見てやってきた独身男のノーマン(ロナルド・ピックアップ)お金持ちの夫を探して結婚と離婚を繰り返すマッジ(セリア・イムリー)以前この地に住んでおり、数十年ぶりに知人に会いに来た元判事のグレアム(トム・ウィルキンソン)彼らが想像していた優雅な生活は、実際のホテルを目にして砕け散ります。亡き父から譲り受け、改装の予定というホテルの若い支配人ソニー(デーヴ・パテール)は、やる気だけは人一倍ながら経験不足です。電話は使えず、ドアのない部屋もありと大変なホテルですが、既に前金を支払ってしまった7人に選択の余地はありません。ジャイプールの街に溢れる音と色彩、喧騒と人ごみ、そして暑さに圧倒されながらも、7人はそれぞれの生活を踏み出します。様々な悩みを抱えながらも、この地で過ごすうちに、彼らは少しずつ前に進み、互いの交流も深まります。一方、ソニーは、ホテルを復活させる為に投資家に援助を依頼しますが、一緒にホテルを相続した2人の兄と母親は売却するつもりです。母親の説得に負けたソニーは、ホテルを閉鎖すると言い出します・・・。【レビュー・解説】オスカー級の俳優に大英帝国勲章を叙勲された俳優がずらりと、豪華キャストが凄すぎる、訳あり熟年がインドで第二の人生に悪戦苦闘するハートウォーミングな群像劇コメディです。乗継ぐ国内線が欠航と、いきなりのインドの洗礼を受けて途方に暮れる7人左から、マギー・スミス(ミュリエル・ドネリー、差別的な老女、人工股関節手術の為にインドへ)ロナルド・ピックアップ(ノーマン・カズンズ、女好きの老人、ロマンスを求めてインドへ)ビル・ナイ(ダグラス・エインズリー、楽天的な初老の男、ジーンの夫、娘が事業に失敗)ペネロープ・ウィルトン(ジーン・エインズリー、ダグラスの悲観的な妻、インド嫌い)セリア・イムリー(マッジ・ハードキャッスル、恋多き女性、金持ちの夫を求めてインドへ)トム・ウィルキンソン(グレアム・ダッシュウッド、元判事、知人に会う為にインドへ)ジュディ・デンチ(イヴリン・グリーンスレイド、借金返済の為、英国の自宅を売却した未亡人)第二の人生に挑戦する為にインドのジャイプールという街に訪れた訳あり熟年が7人が、環境に圧倒されながらも悪戦苦闘する群像劇コメディは、何と言ってもキャストが凄すぎます。7人の熟年に扮するのは、ジュディ・デンチ(撮影時77歳、オスカー女優、DBE叙勲)マギー・スミス(撮影時77歳、オスカー女優、DBE叙勲)ロナルド・ピックアップ(撮影時71歳)ペネロープ・ウィルトン(撮影時65歳、DBE叙勲)トム・ウィルキンソン(撮影時63歳、オスカー候補、OBE叙勲)ビル・ナイ(撮影時62歳、1949年)セリア・イムリー(撮影時59歳、1952年)熟年と言っても、全員、役者として主役を張る現役で、全編二時間、すべてが見所です。特に大団円でのジュディ・デンチとマギー・スミスのやりとりは、緊迫感がみなぎりますが、他のキャストもキャラクター設定が巧みで、正統的なトム・ウィルキンソン、楽天的なビル・ナイ、不安定なペネロープ・ウィルトン、女好きのロナルド・ピックアップ、玉の輿を目指すセリア・イムリーと、各々の俳優が絶妙のパフォーマンスを披露します。並み居るキャストの中でペネロープ・ウィルトンは幾分地味な印象の女優ですが、本作では出色の演技を見せています。 ホテルの支配人とその母親には、デーヴ・パテール(撮影時21歳、オスカー候補)リレット・デュベイ(撮影時54歳)と助演も手を抜いていません。第81回アカデミー賞で作品賞など8部門を受賞した「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)を主演、「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」(2016年)でアカデミー助演男優賞にノミネートされたデーヴ・パテールは、ホテルの支配人を口上商人よろしくコミカルに演じる大奮闘です。また、自ら舞台監督を務める一方、「モンスーン・ウェディング」(2002年)や「めぐり逢わせのお弁当」(2013年)などに出演しているリレット・デュベイは、並み居る先輩女優を横目に息子との対決シーンを見事に納めます。 脚本は「四角い恋愛関係」(2005年)、「17歳のエンディングノート」(2012年)のオル・パーカー、デボラ・モガーの原作には緩く基づいている程度で、大きく脚色されています。2時間の中に、7人の名優の見せ場を詰め込んだせいか、プロットはやや強引で予定調和的な観はあります。「Queen Victoria 至上の恋」(1997年)、「恋におちたシェイクスピア」(1998年)を手掛けたジョン・マッデン監督は、デリーの近くの街でロケしていますが、観光名所に頼らずにインドらしさも出す為に苦労したようです。現代劇ですが、個人的にはCGで敢えてセット風の映像に演出しシェイクスピア劇風の雰囲気を出すと、面白かったのではないかと思います。7人がインドに来た理由のひとつに、生活費が安いことがあります。日本でも、老後は生活費の安いアジアやオーストラリアでという方がいますが、かつてイギリスの植民地で現在も英語が準公用語のインドは、イギリス人が老後を過ごすにはより身近な国なのかもしれません。原題の「The Best Exotic Marigold Hotel」は、異国情緒溢れる最高のホテルといった意味です。Exoticというのは、(イギリスから見て)遠く離れたといみっで、特に熱帯地方を連想させる言葉です。7人の滞在先のジャプールは、デリーから200〜300キロの都市で、イギリスの植民地時代も自治権を留保した、インド的な強く雰囲気を残す都市です。彼らは異国情緒溢れる豪華なリゾートホテルを夢見てきたわけですが、実はとてもディープなインドに直面するというのがひとつのミソになっています。ぼろぼろのホテルを見た彼らは案内の写真と違うと支配人に文句を言いますが、支配人はこれから改装するのだと言い訳し、インドのことわざを引用します。「Everything will be alright in the end. So if it is not alright, then it is not yet the end.」(最後にはすべてうまく行く。うまくないなら、まだ終わっていない。)なるほど、これがインド流かと笑ってしまいます。因みに、この言葉の出所は、映画「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」(2007年)、ジョン・レノン、フェルナンド・サビーノ(ブラジルの作家、ジャーナリスト)と、様々な説があります。いずれにせよ、終わりよければすべて良し(日本のことわざ)All's Well That Ends Well(シェイクスピアの戯曲のタイトル、終わりよければすべて良しの意)Aal Izz Well(All is well、イギリス統治時代のインドの夜警の掛け声)Everything gonna be alright(Sweetboxの歌)など、古今東西を問わず、すべてうまくいくことが人々のシンプルな願いであることを考えれば、これをひとひねりした言葉が世界のあちこちにあっても不思議はなさそうです。<ネタバレ>この支配人の苦し紛れの言い訳が、後にこの映画のキーワードになり、訳ありでインドにやってきた7人の人生は不幸なままでは終わらないことを示唆します。<ネタバレ終わり>ジュディ・デンチ(左、イヴリン・グリーンスレイド、借金返済の為、自宅を売却した未亡人)ジュディ・デンチ(1934年〜)は、イギリスの女優。1957年に舞台デビュー、ローレンス・オリヴィエ賞、トニー賞など数々の賞を受賞、1985年以降は映画にも多く出演。その貢献が認められ、1988年にイギリス王室から「Dame」の称号を授与される。豊富な舞台経験に裏打ちされた演技力は映画でも高く評価され、これまでに7回アカデミー賞にノミネートされている。1998年公開の「恋におちたシェイクスピア」ではエリザベス1世を演じ、わずか6分の出演で助演女優賞を獲得。マギー・スミス(ミュリエル・ドネリー、差別的な老女、人工股関節手術の為にインドへ)マギー・スミス(1934年〜 )は映画、テレビ、舞台で活躍するイギリスの女優。オックスフォード大学演劇科で学び、1956年に映画デビュー、「ミス・ブロディの青春」(1969年)でアカデミー主演女優賞を、「カリフォルニア・スイート」(1978年)で同助演女優賞を受賞。「天使にラブ・ソングを…」シリーズでの修道院長役や「ハリー・ポッター」シリーズでのミネルバ・マクゴナガル役で広く知られる。イギリス王室より大英帝国勲章DBEを叙勲されている。ビル・ナイ(ダグラス・エインズリー、楽天的な初老の男、ジーンの夫、娘が事業に失敗)ビル・ナイ(1949年〜)はイギリスの俳優。主に舞台とテレビで活動し、1981年に「針の眼」で映画デビュー。テレビ、ラジオや舞台で主に脇役として活躍するが、2003年公開の「ラブ・アクチュアリー」で終わったロック・ミュージシャンを演じて、注目を浴びる。50歳を過ぎていた彼は「異なった視点からしか演じられない年になった」と言うが、逆にそれが彼の魅力を際立たせた。本作で妻役を演じるペネロープ・ウィルトンとは、「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)でも夫婦役を演じている。ペネロープ・ウィルトン(ジーン・エインズリー、ダグラスの悲観的な妻、インド嫌い)ペネロープ・アリス・ウィルトン(1946年〜 )は、イギリスの女優。父親は実業家、母親は元女優で、伯父や叔母、従兄弟も俳優だった。 1969年に舞台デビュー、映画「フランス軍中尉の女」(1981年)や、テレビドラマ「ダウントン・アビー」シリーズ(2010〜2015年)で知られる。2016年にイギリス王室より大英帝国勲章DBEを叙勲されている。本作で夫役を演じるビル・ナイとは、「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)でも夫婦役を演じている。トム・ウィルキンソン(グレアム・ダッシュウッド、元判事、知人に会う為にインドへ)トム・ウィルキンソン(1948年〜 )はイギリスの俳優。イングランドとカナダで育ち、1970年代よりテレビに出演、ナショナル・シアターやロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどに所属し、舞台俳優としても活躍する。1990年代より「フル・モンティ」(1997年)など本格的に映画出演し、「イン・ザ・ベッドルーム」(2001年)、「フィクサー」(2007年)でアカデミー賞にノミネートされる。2004年、イギリス王室より大英帝国勲章OBEを叙勲。本作に出演のダイアナ・ハードキャッスルは、実生活の妻。セリア・イムリー(マッジ・ハードキャッスル、恋多き女性、インドで金持ちの夫を探す)セリア・イムリー(1952年〜)は、イギリスの女優。テレビ、舞台、映画に数多く出演し、2000年代に最も成功したイギリス女優の一人と言われる。映画「ブリジット・ジョーンズ」(2001〜2015年)、「カレンダーガール」(2003年)、「四角い恋愛関係」(2005年)などに出演している。ロナルド・ピックアップ(ノーマン・カズンズ、女好きの老人、ロマンスを求めインドへ)ロナルド・ピックアップ(1940年〜)は、テレビ、映画で活躍するイギリスの俳優。「ジャッカルの日」(1973年)、「哀愁のエレーニ」(1984年)などに出演している。デーヴ・パテール(ソニー・カプール、ホテルの支配人、経営の才能はあまりない)デーヴ・パテール (1990年〜)は、イギリスの俳優。ヒンドゥー教徒でケニア出身のインド系移民の両親のもと、ロンドン郊外に生まれ育つ。2007年に連続テレビドラマでデビュー、イギリス国内で注目を集める。「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)で主役を演じ、世界的に有名になる。「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」(2016年)でアカデミー助演男優賞にノミネートされる。ティナ・デサイ(スナイナ、ソニーの恋人、オペレーター、ソニーの母に結婚を反対される)ティナ・デサイはインドの女優、モデル。2011年、ヒンディ映画でデビュー、本作が世界デビュー作品となった。リレット・デュベイ(カプール夫人、ソニーの母、未亡人、ソニーを連れ帰ろうとする)リレット・デュベイ(1953年〜)はインドの女優、舞台監督。映画「モンスーン・ウェディング」(2002年)や「めぐり逢わせのお弁当」(2013年)などに出演している。ダイアナ・ハードキャッスル(キャロル、ジャイプールに長年暮らすイギリス人女性)ダイアナ・ハードキャッスルは、主にテレビで活躍するイギリスの女優。本作に出演のトム・ウィルキンソンは、実生活の夫。【サウンドトラック】 「The Best Exotic Marigold」のサウンドトラックCD輸入版(楽天市場)異国情緒たっぷりで、居ながらにしてインド風の雰囲気が味わえます。1 Long Old Life 2 This Is the Day 3 The Chimes at Midnight 4 Road to Jaipur 5 Night Bus 6 Tuk Tuks 7 The Best Exotic Marigold Hotel 8 Assault on the Senses 9 Anokhi 10 Cricket Spell 11 More Than Nothing12 Day 22 13 Mrs. Ainsley 14 Do Your Worst 15 Udaipur 16 Turning Left 17 Not Yet the End 18 Progress 19 Young Wasim 20 What Happens Instead 21 A Bit of Afters【撮影地(グーグルマップ)】撮影に使用したホテルホテル・ラヴラ・ケンパー・ウダイブルという実在のホテルの一部を使って撮影しています。こんなホテルが実際あるなとは、さすがディープなインドです。ソニーがステイナに会う井戸 「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」のDVD(楽天市場)【関連作品】「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」の原作本(楽天市場) Deborah Moggach "These Foolish Things"「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」の続編のDVD(楽天市場) 「マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章」(2015年)ジョン・マッデン監督xジュディ・デンチ x トム・ウィルキンソンのコラボ作品(楽天市場) 「恋におちたシェイクスピア」(1998年)ジョン・マッデン監督xジュディ・デンチのコラボ作品(楽天市場) 「Queen Victoria 至上の恋」(1997年)オル・パーカー脚本・監督作品のDVD(楽天市場) 「四角い恋愛関係」(2005年) 「17歳のエンディングノート」(2012年)ジュディ・デンチ x ビル・ナイ共演作品のDVD(楽天市場) 「あるスキャンダルの覚え書き」(2006年)ジュディ・デンチ出演作品のDVD(楽天市場) 「ハムレット」(1996年) 「アイリス」(2001年) 「プライドと偏見」(2005年) 「007 カジノ・ロワイヤル」(2006年) 「ジェーン・エア」(2011年) 「マリリン 7日間の恋」(2011年) 「007 スカイフォール」(2012年) 「あなたを抱きしめる日まで」(2013年)マギー・スミス出演作品のDVD(楽天市場) 「秘密の花園」(1993年) 「リチャード三世」(1995年) 「ゴスフォード・パーク」(2001年)「ハリー・ポッター」シリーズ(2001年〜2011年) 「カルテット! 人生のオペラハウス」(2012年) 「ミス・シェパードをお手本に」(2015年)ビル・ナイ出演作品のDVD(楽天市場) 「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004年) 「ナイロビの蜂」(2005年) 「ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」(2007年) 「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1」(2010年) 「パレードへようこそ」(2014年) 「ゼア・ファイネスト」(2016年)トム・ウィルキンソン出演作品のDVD(楽天市場) 「いつか晴れた日に」(1995年) 「フル・モンティ」(1997年) 「恋におちたシェイクスピア」(1998年) 「イン・ザ・ベッドルーム」(2001年)「エターナル・サンシャイン」(2004年) 「フィクサー」(2007年)「ゴーストライター」(2010年) 「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(2011年) 「ベル-ある伯爵令嬢の恋-」(2013年) 「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年) 「グローリー/明日への行進」(2014年)デーヴ・パテール出演作品のDVD(楽天市場) 「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年) 「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」(2016年)リレット・デュベイ出演作品のDVD(楽天市場) 「モンスーン・ウェディング」(2002年) 「めぐり逢わせのお弁当」(2013年)
2017年05月25日
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なんだか低次元な争いを見ている気がします。「小規模の店舗まで禁煙にすると潰れてしまい全体の失業率が上がるので、がん患者の方はもっと働きにくくなるのではありませんか?」ということだと思うのだが・・・。「がん患者は働かなくていい」と野次る方も野次る方だが、非公開の会合で感情的になって一般公開のブログに心情を綴るってもどうかと思う。もう少し、まっとうな議論ができないものか?自民部会 三原じゅん子氏「怒りで震えた」(毎日新聞)https://mainichi.jp/articles/20170521/k00/00m/040/013000c14:00までの注文で本日出荷(営業日のみ)【新品】【未開封】【正規品】アイコス 本体 キット ネイビー ホワイト(アイコスキット)チャージャー ホルダー 電子タバコ iQOS-NAVY WHITEご希望のカラーを選択し、買い物かごに入れてください。価格:11480円(税込、送料別) (2017/5/25時点)
2017年05月25日
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「ミス・シェパードをお手本に」(原題:The Lady in the Van)は、2015年公開のイギリスのコメディ&ドラマ映画です。劇作家アラン・ベネットが彼の自宅前のバンで15年間暮らしていたミス・シェパードを回想した「The Lady in the Van」を原作に、ニコラス・ヒンター監督、アラン・ベネット脚本、マギー・スミス、アレックス・ジェニングスら出演で、風変わりなミス・シェパードとベネットとの長きにわたる奇妙な関係を描いています。 「ミス・シェパードをお手本に」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ニコラス・ハイトナー脚本:アラン・ベネット原作:アラン・ベネット出演:マギー・スミス(ミス・シェパード、ベネットの家の前のバンに住む女性) アレックス・ジェニングス(アラン・ベネット、劇作家) ジム・ブロードベント(アンダーウッド、元警官) フランシス・デ・ラ・トゥーア(ヴォーン・ウィリアムズ夫人、近所の住人) ロジャー・アラム(ルーファス、近所の住人) ほか【あらすじ】ロンドン北部の町カムデンに引っ越してきた劇作家ベネット(アレックス・ジェニングス)は、通りに停められたおんぼろ車の中でミス・シェパードという女性(マギー・スミス)が生活していることを知ります。彼女はここで気ままに暮らしており、近所の住人たちから食事を差し入れをもらってもお礼を言うどころか悪態をつく始末です。ある日、ミス・シェパードは路上駐車を咎められ、見かねたベネットはしばらく自宅の敷地に車を置くことを提案します。ベネットは一時的なつもりでしたが、ミス・シェパードは敷地に居座り続け、彼女との共同生活は15年も続きます。エキセントリックな言動に悩まされつつも、フランス語が堪能で音楽にも精通している彼女との間に、いつしか不思議な関係が芽生えていきます・・・。【レビュー・解説】車上生活するホームレスの老女をマギー・スミスが好演、優れた人物描写を軸に、作家や近隣の人々との不思議な関係を深く洞察しつつコミカルに描く、ウィットとアイロニーの効いた英国風味の傑作会話劇です。1974年から自宅敷地内に住み着いたミス・シェパードとの15年間に渡る奇妙な関係が、その後のアラン・ベネットのライフワークとなりました。彼の回想録は日記、朗読、舞台、ラジオドラマと展開し、長くコラボしてきたニコラス・ヒンター監督、マギー・スミスとともに映画化を実現したの本作です。 1974年 ミス・シェパードがアラン・ベネットの自宅敷地内で暮らし始める 1989年 ミス・シェパード逝去 1989年 日記版「The Lady in The Van」出版 1990年 ラジオ版「The Lady in the Van」放送(アラン・ベネット朗読) 1999年 舞台「The Lady in the Van」上演 (ニコラス・ヒンター監督、アラン・ベネット脚本、マギー・スミス主演) 2009年 ラジオドラマ「The Lady in the Van」放送(マギー・スミス主演) 2015年 映画「The Lady in the Van」公開 (ニコラス・ヒンター監督、アラン・ベネット脚本、マギー・スミス主演) 敷地内で車上生活を始めたミス・シェパードと劇作家のアラン・ベネットドラマ仕立てに脚色されていますが、核となるのはミス・シェパードの人物像と、それに対峙する作家との奇妙な関係です。アラン・ベネット曰く、ミス・シェパードは「偏屈で、偏狭で、怒りっぽく、常軌を逸しており、人に厳しく、利己的で、悪臭を放ち、無礼な、カーキチの雌牛」と辛辣ですが、「さすらい人の高潔さ」があったと言います。マギー・スミスはそんな、ミス・シェパードをリアルにかつ、ユーモラスに演じています。「彼女は最も偉大な俳優の一人だと思う。彼女は海のように深い後悔を表現できる。それはヤワなものでもなければ、感傷的なものでもない。そのずっと先にあるものだ。映画を見ているうちに、ミス・シェパードが持っていた可能性と現実のギャップが見えてくる。ところが、彼女は底抜けに可笑しい。鎧を纏った、気性の激しい、無礼で攻撃的な老女が、気後れするロンドン北部の知的リベラルたちを打ちのめす様は、信じられなくらい可笑しい。善意のささやかな喜びさえ彼らに与えないんだ。」(ニコラス・ハイトナー監督)「時々、近所の人がディナー・パーティで残ったクリーム・ブリュレなどを持っていくことがあった。クリスマス・プレゼントなんかもね。でも困ったことに、彼女は何も欲しくなかったんだ。クリスマス・プレゼントはバンの中に放り投げられ、決して開かれることはなかった。彼女は誰の恩義も感じたくなく、誰にも感謝したくなかったんだ。とても独立した精神の持ち主だった。」(アラン・ベネット)ミス・シェパードは生前、決して身の上を語ることがありませんでしたが、没後にその半生が明らかになりました。実名がマーガレット・フェアチャイルドで、実の兄弟がいること将来を嘱望されたピアニストだったこと修道女を志したが、ピアノの演奏を禁じられ、精神的に破綻したこと施設にいたこともあるが、逃げたこと死亡事故に巻き込まれたが、現場を立ち去り、警察から逃亡する形になったことこれらの話は映画にも織り込まれています。映画には作家のベネットとその分身が登場します。一人は作家としてミス・シェパードを観察するベネットで、もう一人は人間としてミス・シェパードに対峙するベネットです。この二人のベネットが対話する中で、何故、ミス・シェパードを自宅の敷地に招き入れたのか親切心からなのか、自らの弱さからなのか、実母と一緒に過ごす時間が少ないのが後ろめたいからか、ミス・シェパードをネタにした作品で一儲けしたいからかといった葛藤が浮かび上がります。そんな悩ましいベネットとは裏腹に、ミス・シェパードは不幸な人生を嘆くこともなく、人々に嫌われても臆するこなく、堂々としています。そんなミス・シェパードを見て、ベネットは、アラン・ベネット:私が学んだのは、そして恐らく彼女が私に教えてくれたのは、自分が書く物語に自分自身を入れ込む必要はない、そこに自分自身を見出すことだ。と語り、エンディングで自らの人生を生きること、自身がゲイであることを示唆します。邦題の「ミス・シェパードをお手本に」は、この展開に因んだものと思われます。しかし、この展開はドラマ仕立てにする為の演出のひとつに過ぎず、本作の真骨頂はあくまでもミス・シェパードの個性的なキャラクターと二面性を持つベネットの描写と、ホームレスとリベラルの滑稽な関係が示唆する様々な含みにあります。そういう意味では、教条的ニュアンスのある「お手本」という邦題は、ミスリーディングのように思われます。映画の公開に際し、ベネットはミス・シェパードとの関係について、次のように語っています。「心からの親切ではない。私の仕事場から人々が彼女のバンを叩くのが見えるんだ、私が仕事ができないくらいね。それで、しばらく敷地の中に車を入れるように言ったんだ。3ヶ月ほどのつもりが、15年になってしまった。今は10分ほど離れた別の場所に住んでいるので、当時のプレッシャーを忘れていたが、私の仕事部屋の窓は彼女の車まで数フィートだったんだ。何もかもはっきりと思い出す。バンの横の狭い空間を身を捩るようにして通り抜け、家に出入りしたんだ。言い争いなんかできない。今朝、聖母マリアに会ったなんて言うんだ。馬鹿げてるなんて言えなかった。」「映画の中で私は切羽詰まり、誰もが決して言わないことを言うんだ、「ケアとは下の世話だ」ってね。実際、それは人々の後始末をすることだし、ミス・シェパードの後始末はたくさんあった。でも、それが人生の真実だと思うんだ。彼女だけではなく、彼女のように気難しく、腹立たしい人の面倒を見る人々にとってね。彼らはそれを当然の事と思い、決して口に出すことはないんだ。」この映画の話は40年以上前に起こったことで、ミス・シェパードはとうの昔に亡くなった。彼女は「気難しく、エキセントリックで、そして何よりも貧しかった。最近は貧しい人々を気にかける人が特に少ない。貧困は今日、テューダー王朝時代のように悪徳になってしまった(筆者注:テューダー王朝時代、プロテスタンティズムの流入し、貧困は怠惰の結果と見做された)。もしこの映画に要点があるとしたら、それは公正さと寛容さ、そしていやいやながらではあるが、嫌われる貧しい人々を助けることだ。こうしたことは、今後、ますます少なくなりそうだ。」(アラン・ベネット)ホームレスという社会問題を背景に、ミス・シェパードと作家として人間としてのベネットとの関わり、ホームレスとリベラルの滑稽な関係が示唆する様々な含みは、彼女とのベネットの出会いから40年以上経った今もなお、新鮮です。余談になりますが、2007年に Pew Internatinal という調査会社が面白い調査結果を発表しています。 行政はとても貧しい人々の面倒を見るべきである(抜粋) そう思う そう思う+まあそう思う イギリス 53% 91% ドイツ 52% 92% フランス 49% 83% アメリカ 28% 70% 日本 15% 59%(47ヶ国中最下位) World Publics Welcome Global Trade (Chapter 1. Views of Global Change)意外な結果ですが、貧困が原因で騒ぎが起こることのない日本では、「何故、税金で弱者救済しなければならないのか」という議論や意識が希薄なような気がします。社会民主主義的なヨーロッパは元より、拝金主義で税金が大嫌いなアメリカでも、「収入は努力だけではなく運の結果でもある。従って、収入の一部と税金として納め、不運な人々に富の再分配をすべきである。」という議論があり、彼らが渋々税金を納める理由のひとつになっています。英語では貧しい人々を「unfotunate」(不運な)と婉曲表現しますが、多くの日本人の貧しい人々への意識はせいぜいで「可哀想」であり、自分が厳しいと「他人を可哀想と思う余裕がない」となる傾向があるような気がします。もし、自分がアラン・ベネットの立場ならどうするのか、考えてみると面白いかもしれません。見て見ぬふりをする、何もせず放っておく行政に通報し、対応を要求する本人と対峙し、ギリギリ妥協できる線で共存するマギー・スミス(ミス・シェパード、ベネットの家の前のバンに住む女性)マギー・スミス(1934年〜 )は映画、テレビ、舞台で活躍するイギリスの女優。オックスフォード大学演劇科で学び、1956年に映画デビュー、「ミス・ブロディの青春」(1969年)でアカデミー主演女優賞を、「カリフォルニア・スイート」(1978年)で同助演女優賞を受賞。「天使にラブ・ソングを…」シリーズでの修道院長役や「ハリー・ポッター」シリーズでのミネルバ・マクゴナガル役で広く知られる。イギリス王室より大英帝国勲章を叙勲されている。テレビドラマ「ダウントン・アビー」では正装することが多かったので、本作のミス・シェパードの装いでリラックスできた、この装いでバンの中に入るとメソッド演技なんて不要という気分になると、冗談を飛ばしている。舞台劇初演時からミス・シェパードを演じ続けており、撮影時80歳にもかかわらず、メリハリの効いたパワフルな演技に驚かされる。アレックス・ジェニングス(アラン・ベネット、劇作家)アレックス・ジェニングス(1957〜)はイギリスの俳優。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーとナショナル・シアターの舞台で活躍、数多くの賞を受賞している。「鳩の翼」(1997年)、「ヨセフ・アンド・ザ・アメージング・テクニカラー・ドリームコート」(1999年)、「クィーン」(2006年)、「ベル〜ある伯爵令嬢の恋〜」(2013年)などに出演している。本作では、アラン・ベネットを知的に、コミカルに、人間的に演じている。ジム・ブロードベント(アンダーウッド、元警官)ジム・ブロードベント(1949年〜 )は、イギリスの俳優。舞台俳優としてキャリアをスタートし、ロイヤル・ナショナル・シアターやロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどの舞台に立つ。1978年に映画デビュー、「ライフ・イズ・スウィート」(1991年)で注目を集め、「アイリス」(2001年)でアカデミー助演男優賞を受賞している。本作では、出番が少ないのが残念。フランシス・デ・ラ・トゥーア(ヴォーン・ウィリアムズ夫人、近所の住人)フランシス・デ・ラ・トゥーア(1944年〜)は、イギリスの女優。舞台、テレビ、映画で活躍、ブロードウェイの舞台にも立ち、トニー賞を受賞している。本作では、出演時間は限られるものの、人の良いリベラルな老婦人を品よく演じ、しっかりと好印象を残している。ロジャー・アラム(ルーファス、近所の住人)ロジャー・アラム(1953年〜) はイギリスの俳優。舞台俳優として知られているが、テレビや映画にも出演している。【サウンドトラック】 「The Lady In The Van」サウンドトラック CD、輸入版(楽天市場)1. Miss Shepherd's Waltz2. Moving In3. Two Women - Tango<4. Re-parking5. In Care6. The Neighbours7. Special Paint8. Collision and Confession9. Piano Concerto No. 1 in E Minor, Op.11 (Excerpt)10. The New Van11. Broadstairs12. Impromptu No. 3 in G-Flat Major, Op. 90, D 899 (Excerpt)13. Curtain Down14. Alive and Well15. Freewheeling16. The Day Centre17. A Sepulchre18. Remembering Miss Shepherd19. Walk Through the Cemetery20. The Ascension (Miss Shepherd's Waltz)21. Impromptu No. 3 in G-Flat Major, Op.90, D 89922. Piano Concerto No. 1 in E Minor, Op.11: II. Romanze - Larghetto23. Piano Concerto No. 1 in E Minor, Op.11: III. Rondo - Vivace (Excerpt)【撮影地(グーグルマップ)】アラン・ベネットの自宅撮影は当時、アラン・ベネットが住んでいた自宅で行われた。現在、彼は別の場所に住んでいるが、当時の自宅は今も彼が所有している。アラン・ベネットの母が入所した施設ミス・シェパードが乗った海辺のメリーゴーランドミス・シェパードがアイスクリームを食べた店ミス・シェパードが昇天する墓地撮影はケンサル・グリーン墓地で行われた。実際はイズリントン & カムデン墓地に埋葬されている。 「ミス・シェパードをお手本に」のDVD(楽天市場)【関連作品】「ミス・シェパードをお手本に」の原作本(Amazon) Alan Bennett "The Lady in The Van" (日記版) Alan Bennett "The Lady in The Van" (ラジオドラマ版CD) Alan Bennett "The Lady in The Van" (映画版脚本)ニコラス・ハイトナー監督作品のDVD(楽天市場) 「英国万歳! }(1994年)マギー・スミス出演作品(楽天市場) 「秘密の花園」(1993年) 「リチャード三世」(1995年) 「ゴスフォード・パーク」(2001年)「ハリー・ポッター」シリーズ(2001年〜2011年) 「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(2012年) 「カルテット! 人生のオペラハウス」(2012年)
2017年05月23日
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「パリ、恋人たちの2日間」(原題:2 Days in Paris)は、2007年公開のフランス・ドイツ合作のロマンティック・コメディ映画です。女優ジュリー・デルピーが監督、脚本、主演など、一人六役を務め、アダム・ゴールドバーグ、ダニエル・ブリュール、アレクシア・ランドーら出演で、旅行の帰りにパリの実家に立ち寄ったフランス人とアメリカ人のカップルに訪れる破局の危機をコミカルに描いています。第33回セザール賞脚本賞にノミネートされた作品です。 「パリ、恋人たちの2日間」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ジュリー・デルピー脚本:ジュリー・デルピー/アレクシア・ランドー原案:ジュリー・デルピー/アレクシア・ランドー/アレックス・ナオン原作:ジュリー・デルピー(キャラクター創造)出演:ジュリー・デルピー(マリオン、フランス人の女性フォトグラファー) アダム・ゴールドバーグ(ジャック、アメリカ人のインテリア・デザイナー) ダニエル・ブリュール(ルカ、謎の放火犯) アルベール・デルピー(ジャノ、マリオンの父) マリー・ピレ(アンナ、マリオンの母) アレクシア・ランドー(ローズ、マリオンの妹) アレックス・ナオン(マニュ、フランス人、マリオンの元カレ) アダン・ホドロフスキー(マチュー、フランス人、マリオンの元カレ) ほか【あらすじ】ニューヨーク在住のフランス人フォトグラファー、マリオン(ジュリー・デルピー)とアメリカ人インテリアデザイナー、ジャック(アダム・ゴールドバーグ)は付き合って2年になります。二人はベネチアでバカンスを過ごした後、彼女の故郷パリの実家に立ち寄ります。テロを警戒するジャックはメトロやバスを嫌い、タクシーに乗ると主張します。マリオンは両親の真上に部屋を購入していましたが、建物は古く、バスルームの天井はカビだらけです。綺麗好きなジャックは気味悪がりますが、マリオンは清潔すぎるからアレルギーになるのだと言い返します。マリオンがベネチア旅行前に両親に預けた猫のジャン=リュックを引き取りに行くと、母のアンナ(マリー・ピレ)が賞味期限切れのフォアグラを食べさせたジャン=リュックは丸々と太っています。マリオンの声を聞いて出てきた父のジャノ(アルベール・デルピー)も出てきます。両親と二人が囲む食卓で、作家の名前を並べ立てたジャノは、わざと画家の名前を挙げてジャックを試そうとします。道端で出会ったマリオンの元カレのマニュ(アレックス・ナオン)は、ジャックを無視してマリオンを見つめ、苛立ったジャックはマリオンと言い争います。マリオンの友人のパーティーに参加したジャックは、フランス人たちが下半身にまつわる話題ばかりをぶつけてくるので落ち着きません。サン・マルタン運河のカフェでは、マリオンの別の元カレのガエルと再会します。マリオンの元カレにばかり遭遇して辟易したジャックは、彼女が部屋に置き忘れた携帯が受信した、別の男、マチューからのエロティックなメッセージを突きつけます。ついに喧嘩別れし、一人になったジャックはファーストフードの店に入り、相席になった男、ルカ(ダニエル・ブリュール)から、彼女の元に戻るように言われます。その日はフランスの「音楽の日」で、街中に音楽が溢れています。マリオンとジャックはその中に紛れ込みますが、互いに相手を思いながらも、2人は出会うことができません・・・。【レビュー・解説】女優ジュリー・デルピーが脚本の才能を発揮、フランスとアメリカの文化の差を突いたシニカルで示唆に富む会話劇を、俳優が個性たっぷりに好演、監督デビュー作にしてフランス版ウディ・アレンと評された、型破りなロマンティック・コメディです。リチャード・リンクレイター監督の「ビフォア」シリーズで一躍、有名になった女優ジュリー・デルピーの初監督作品ですが、シリーズの作風を倣うかと思いきや、コメディ要素の強い強烈な作品で、思わず引き込まれてしまいます。個性的なイタリア系アメリカ人を描いたハリウッド映画は珍しくありませんが、実はフランス人もイタリア人に負けず劣らず濃い国民性の持ち主です。そんなフランス人とアメリカ人の文化の差を突きながら、恋人たちを喧嘩別れに追い込んでいく脚本が見事で、十代の時からアメリカに住み、フランスとの違いを熟知しているデルピーならではです。料理とセックスの話しかせず、我が道を行くフランス人と、外面良く社交辞令を忘れないアメリカ人の対照が絶妙で、特にフランス系アメリカ人の女性に大受けだそうです。女優として有名なデルピーですが、17歳の時から脚本を書いており、クレジットされていないものの「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」(1994年)の脚本にも参加しています。2001年に本作を小編として着想、パリでゲリラ撮影すべく共演のアダム・ゴールドバーグに声をかけますが、その後、リチャード・リンクレイター監督から「ビフォア・サンセット」(2004年)の共同脚本の依頼があり、そちらに取りかかりました。両方ともパリが舞台ですが、かたや破局のコメディ、かたや再会のドラマと対照的な脚本です。どちらのタイプも器用にこなしていますが、デルピーのベースは後者にあり、「ビフォア」シリーズも作を重ねるにつれてデルピーのカラーがより強く出ています(彼女が脚本にクレジットされた作品はいずれもアカデミー脚色賞にノミネートされている)。「ビフォア・サンセット」制作後、本作の撮影に入るべく再度、ゴールドバーグに電話をかけますが、プロデューサーに資金を集めて長編を撮ろうと背中を押され、脚本を長編用に書き換えて撮影、編集して、音楽をつけたのが本作です。男女が再会する「ビフォア・サンセット」とは裏腹に、一組のカップルが48時間という短い間に別れるとしたら、どんな別れ方になるか、それをコミカルに描いてみたいと思ったデルピーは、かつて女友達とパリで過ごした時に驚くほど運の悪いことが続いたことを思い出します。アメリカ人の彼をいかに困らせるかを主題のひとつにし、フランスとアメリカの文化の差を突きながら、巧みな会話劇で二人を喧嘩別れに追い込んでいきます。一方、カタコンベ(地下墓地)の前でセックスの話をさせる「ラストタンゴ・イン・パリ」のマーロン・ブランドがビル=アケム橋で見せる仕草を、マリオンにムンクの「叫び」風に真似させるロマンティックなサン・マルタン運河で二人を喧嘩別れさせるロマンティック・コメディにも関わらず、政治的、社会的な要素も効かせるなど、シニカルでチャレンジングな展開でメリハリをつけながら、クライマックスの「音楽の日」の祝祭に持ち込んでいく構成はなかなかのものです。神経症的なユダヤ系アメリカ人を演じることが多いアダム・ゴールドバーグですが、本作では男性的な部分も見せての大活躍です。美しさ、可愛らしさも、コメディも演じることができるジュリー・デルピーのパフォーマンスは卓越しており、フランス文化に直面して苦しむジャックを見て、「可哀想に」とさらりと言ってのける様は見ものです。時にスタイリッシュ、時にヒューマン、時にエモーショナルな二人のパフォーマンスが、本作を不条理コメディではなく、しっかりとしたロマンティック・コメディに性格づけています。時にスタイリッシュ、時にヒューマン、時にエモーショナルな二人のパフォーマンスが、本作を不条理コメディではなく、ロマンティック・コメディに性格づけている。マリオンの両親は、デルピーの実の両親が演じています。二人ともフランスの実験劇場で活躍した、筋金入りの舞台俳優です。劇中、母親役のアンナが、「343人のあばずれの一人だった」と言うシーンがあります。「343人のあばずれ」とは、1971年、まだ人工妊娠中絶が違法だったフランスで、343人の女性が中絶経験を署名入りで宣言した、女性解放運動の歴史的な出来事ですが、アンナを演じたデルピーの母マリー・ピレは実際に署名に名を連ねた一人です。デルピーの父、アルベール・デルピーも、母親以上に女性解放に熱心で、男の子と差別なく育てられたジュリーは、理屈ではないフェミニズムが身に染み付いていると言います。終盤にカフェで元カレのガエルと出くわしたマリオンが、ガエルのかつての児童買春を激しく糾弾し、店を追い出されるシーンや、女性をモノのようにみなす元カレのマチューをオブジェを使って風刺するシーンは、そんなジュリーの一面をコミカルに反映しています。また、マリオンの妹、ローズを演じるアレクシア・ランドーも存在感があり、フランス・パワーが炸裂するマリオンの家族の中で、この姉にしてこの妹ありという、実にいい味を出しています。パリで育ち、16歳のときにアメリカに移り住んだランドーは、フランス系アメリカ人の女優で、本作では原案、脚本にも参加しています。当初、アテにしていた予算がつかず、さらにゴールドバーグの「デジャブ」(2006年)の撮影に押されて本作の撮影が一週間延びて損失が発生するなどの困難がありましたが、デルピーはテイクの回数を減らすなどやりくりして本作を完成させました。シンガー・ソング・ライターとしてCDも出す多才なデプリーですが、本作で監督・脚本・主演のみならず音楽・編集・制作を含む六役を務めているのは、実は経費を削る為でもあります。デルピーが17歳から書いた脚本が10本、36歳にして初めてその一本を映画にできた本作は、とても長編監督デビュー作とは思えない、実に見応えのある作品に仕上がっています。ジュリー・デルピー(マリオン)ジュリー・デルピー(1969年〜)はパリ出身の国際的な女優、映画監督、脚本家。舞台俳優の両親を持ち、自身も5歳の時から舞台に立つ。1978年に映画デビュー、1985年には「ゴダールの探偵」に出演、「汚れた血」(1986年)と「パッション・ベアトリス」(1987年)と続けてセザール賞有望新人賞にノミネートされる。1990年よりアメリカに住み、ニューヨーク大学で映画制作を学ぶ。2001年にアメリカの市民権を取得、2003年にシンガー・ソング・ライターとしてCDアルバム「Julie Delpy」を発表。「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」(1994年)の続編「ビフォア・サンセット」(2004年)と「ビフォア・ミッドナイト}(2013年)で主演を務めるとともに、リチャード・リンクレイター監督、共演のイーサン・ホークと共に脚本を執筆、いずれの作品もアカデミー脚色賞にもノミネートされる。監督、脚本、主演など六役を務めた本作は、黒縁メガネをかけた彼女の装いとシニカルなコメディの質の高さから、フランスのウディ・アレンと評された。他にも、「 血の伯爵夫人」(2009年)、「スカイラブ」(2011年)、「 ニューヨーク、恋人たちの2日間」(2012年)の監督を務めている。アダム・ゴールドバーグ(ジャック)アダム・ゴールドバーグ(1970年1〜)はサンタモニカ出身のアメリカの俳優。「プライベート・ライアン」(1998年)、「ビューティフル・マインド」(2001年)、「ゾディアック」(2007年)などに出演している。神経質なユダヤ系アメリカ人を演じることが多いが、本作では男性的な一面も見せている。ダニエル・ブリュール(ルカ)ダニエル・ブリュール(1978年〜 )はバルセロナ生まれのドイツの俳優。ドイツ人舞台演出家の父と、カタルーニャ人の母の間に生まれ、ドイツのケルンで育つ。ドイツ語、スペイン語、英語を流暢に話し、10代よりテレビ等に出演、ドイツ映画「グッバイ、レーニン!」(2002年)のヒットで世界的に知られるようになり、イギリス映画「ラヴェンダーの咲く庭で」(2004年)、スペイン映画「サルバドールの朝」(2006年)、ハリウッド映画「ボーン・アルティメイタム」(2007年)と国際的に活躍、2013年にはイギリス・アメリカ合作の「ラッシュ/プライドと友情」でF1レーサーのニキ・ラウダを演じ、高い評価を得ている。アルベール・デルピー(右、ジャノ、マリオンの父)アルベール・デルピー (1941年〜)は、サイゴン生まれはフランスの俳優。筋金入りの舞台俳優で、ジュリー・デルピーの実父。1976年にオムニバス映画で妻と娘と共演して以来、親子役、親類役などで度々共演している。マリー・ピレ(右、アンナ、マリオンの母)マリー・ピレ(1941〜2009年)は、フランスの女優。筋金入りの舞台俳優で、アルベール・デルピーの妻、ジュリー・デルピーの母。1976年にオムニバス映画で夫と娘と共演して以来、親子役、親類役などで度々共演していたが、2009年にガンで逝去、夫と娘に大きな悲しみを残した。アレクシア・ランドー(左、ローズ、マリオンの妹)フランス系アメリカ人の女優。パリで育ち、16歳の時にアメリカへ移り住む。「サンキュー、ボーイズ」(2001年)、「ムーンライト・マイル」(2002年)、「マリー・アントワネット」(2006年)などに出演しており、本作では原案、脚本にも参加している。【サウンドトラック】 「2 Days in Paris」サウンドトラックCD 輸入版(楽天市場)1. Lalala 2. Comagnon Du Ciel 3. Sans Titre 4. House Arrest 5. Dead Wood 6. Le Temps Des Fleurs 7. Dead Lover 8. Springtime9. Foide 10. L'age Tendre 11. C'est Pas De Ma Faute 12. Minor Leap 13. Mes Departements 14. Pour Le Meilleur Et Le Pire 15. Mon Amant De St. Jean【撮影地(YouTube)】ジム・モリソンの墓マニュと出会った道端の花屋「ラストタンゴ・イン・パリ」のマーロン・ブランドを、マリオンがムンクの「叫び」風に真似たビル=アケム橋変な男に付きまとわれた地下鉄の駅二人が喧嘩別れするサン・マルタン運河 「パリ、恋人たちの2日間」のDVD(楽天市場)【関連作品】ジュリー・デルピー出演作品のDVD(楽天市場) 「汚れた血」(1986年) 「僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ」(1990年) 「トリコロール/白の愛」(1994年) 「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離」(ビフォア・サンライズ)(1995年) 「ビフォア・サンセット」(2004年)・・・脚本・出演 「ブロークン・フラワーズ」(2005年) 「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」(2006年) 「パリ、恋人たちの2日間」(2007年)・・・監督・脚本・出演 「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)・・・脚本・出演
2017年05月20日
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「エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に」(原題:Everybody Wants Some!!)は、2016年公開のアメリカのコメディ映画です。リチャード・リンクレイター監督が自身の記憶を色濃く反映した「バッド・チューニング」(1993年)、「6才のボクが、大人になるまで。」(2014年)の精神的な意味での続編とされる作品で、自身の監督・脚本、ブレイク・ジェナー、ゾーイ・ドゥイッチ、タイラー・ホークリン、グレン・パウエルら出演で、1980年の夏、野球推薦で大学に入学することになった主人公の新生活の始まりを通し、大人の扉を開けるひと時の輝きを捉えた青春群像劇です。 「エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:リチャード・リンクレイター脚本:リチャード・リンクレイター出演:ブレイク・ジェンナー(ジェイク) ゾーイ・ドゥイッチ(ビバリー) グレン・パウエル(フィネガン) タイラー・ホークリン(マクレイノルズ) ライアン・グスマン(ローパー ) ワイアット・ラッセル(ウィロビー) テンプル・ベイカー(プラマー) J・クィントン・ジョンソン(デイル) ウィル・ブリテン(ビューター) ジャストン・ストリート(ジェイ) フォレスト・ヴィッカリー(コーマ) ターナー・カリーナ(ブラムリー) オースティン・アメリオ(ネスビット) ほか【あらすじ】1980年9月。野球推薦で大学に入学することになった新入生のジェイク(ブレイク・ジェナー)は期待を抱きながら、大人への一歩を踏み出そうとしています。高校時代はスター選手だったジェイクが、お気に入りのレコードを抱えて野球部のメンバーが住む家に着くと、4年生のマクレイノルズ(タイラー・ホークリン)とルームメイトのローパー(ライアン・グスマン)から好意的とはいえない歓迎を受けます。同居する先輩たちは、野球エリートとは思えない風変わりな奴ばかりです。謎めいたマリファナ愛好者で「コスモス」の熱狂的ファンのウィロビー(ワイアット・ラッセル)、ノーラン・ライアンの再来を自認する妄想癖の塊のようなナイルズ(ジャストン・ストリート)、ギャンブル狂のネズビット(オースティン・アメリオ)、仲間から「ビューター」という田舎者っぽいあだ名を付けられた噛みタバコ好きで気さくなビリー(ウィル・ブリテン)、カリスマ的だが早口で陰のあるフィネガン(グレン・パウエル)・・・。そんな中、面倒見の良いフィネガンが新生活のツアーガイド役を買って出ます。大学を巡るツアーは、当然のように女子寮に行くことから始まります。車で流しながらフィネガンが2人組の女の子にアタックしますが、あえなく拒否されます。ジェイクは同じ新入生で演劇専攻のビバリー(ゾーイ・ドゥイッチ)に一目惚れ、彼女もジェイクに好意的です。ツアーを終えて野球部の家に戻ったジェイクですが、長い初日はまだ終わりません。チームのメンバーは、めかしこんで地元のディスコに出かけます。続いて、カントリー・バーに繰り出し、カウボーイハットをかぶってダンスを踊ります。さらにパンクのライブにも出かけます。チームの自主練習の後も、仲間たちと遊びに繰り出します。【レビュー・解説】大学での新生活が開始する三日間、先輩や新しい仲間たちとの希望に満ちた日々を、気鋭の若手俳優を起用、懐かしいロック音楽とともに、ヴィヴィッドに描いた秀作です。リチャード・リンクレイター監督の「バッド・チューニング」(1993年)は、1976年のテキサスの田舎の高校を舞台に、先輩による洗礼の儀式から必死に逃げつつも高校生活に期待する新入生、新入生を追い回しながら自分たちの未来に不安も抱く先輩たち、そして夜の歓迎パーティで、ロック、アルコールにドラッグと青春を謳歌する若者たちの一日を描いた作品です。一方、「6才のボクが、大人になるまで。」(2014年)は、6歳の少年の成長とその家族の変遷を、主人公や両親を演じた俳優など、同じキャストとともに12年にわたって撮り続けるという斬新な手法で描いた作品です。いずれもリンクレイター監督の自身の記憶を色濃く反映した作品ですが、本作はこれらの作品の精神的な意味での続編とされる作品です。「バッド・チューニング」も本作も、進学して新生活が始まる瞬間をスナップ・ショットのように切り取った作品ですが、前者はパーティに集まる高校生たちを描いているのに対して、本作は同居する大学の野球部の面々との関わりを描いています。野球部にもいろいろな人間がいて、いわゆる「体育会系」のステレオタイプではありません。個人の生活を優先し、友人との結びつきはスマホでという現在とは違って、どこに行くにも仲間と一緒で、無駄とも思える時間を一緒に過ごしながら、人間関係を築いていく様子を垣間見ることができます。新生活への不安や期待も、高校と大学では異なります。高校は半ば義務教育のようであり、親元から通う生活は制約も多く、学校には怖い先輩がいたりします。親元から離れる大学生活は 、いつ寝ていつ起きようが全く自由で、自分が何になるのか自分で選択する、大学が嫌なら辞めて働くことさえ出来る世界です。記憶は往々にして音楽と強く結びついており、リンクレイター監督は当時の音楽を聞きながら脚本を書いたと言います。サウンドトラックもこだわって選択しており、タイトルの「エブリバディ・ウォンツ・サム!!」は、ハードロック・ヘヴィメタル系の先駆者であるヴァン・ヘイレンの同名の曲に由来しています。「ヴァン・ヘイレンの最初の頃のアルバムは特別だ。ヘア・メタル・バンドにコピーされたのは彼らのせいではない。彼らが最初でオリジナルだ。いくつかの意味を持つタイトルと、この曲が好きだ。ちょっといやらしいけど、皮肉やユーモアが込められて面白いんだ。「エブリバディ・ウォンツ・サム!!」、若くていろんなことが起きるのを待ち構えている、期待しているんだ。ヴァン・ヘイレンには先駆者の純粋さがある、僕はいつもそう見ていたし、この映画が描いているのはそういうことなんだ。」(リチャード・リンクレイター監督)本作の脚本は、当初、新入生の一年間を描いていましたが、180ページにも及んだ為、気に入った部分を選んで、授業が始まる直前の三日間に凝縮されています。実在の人物を参考にしながら、複数の人物を複合したキャラクターで構成されており、主人公のジェイクは自身が野球部員だったリンクレーター監督の分身でです。リンクレーター監督の実体験も随所に挿入されています。冒頭、レコードを抱えて新しい家に入るシーンは、当時の多くの大学生が経験したものです。リンクレイター監督が乗っていた車はガラクタで何の価値もありませんでしたが、ステレオとレコードは彼の全てだったと言います。今なら、全てスマホに入ってしまいます。仲間と大声で「ラッパーズ・デライト」を歌いながら、車で流すシーンがありますが、これも実際にあった話です。後部座席に座っていたリンクレイター監督は、この曲を白人の中流家庭の子弟が歌うのはおかしいと思ったそうですが、ラップがまだ珍しい頃の話です。他にも、チームの面々はディスコに行ったり、カントリーの店に行ったり、パンクのコンサートに行ったりと、みんなで連れ立って、何でも楽しんでしまいます。また、演劇部のパーティに行くジェイクが、嫌々ながら野球部のメンバーを誘うシーンも実話です。「演劇部の人々に惹かれて、劇作コースを取ったんだ。僕は野球の世界と演劇の世界をクロスさせたくなかったんだけど、それにも関わらず、野球部の連中は来たんだよ。」(リチャード・リンクレイター監督)ジェイクが嫌々ながら野球部の連中を誘い、なんだかんだ言いながら野球部の連中が押しかける展開は、アメリカ人はストレートだという通説を覆すようで(?)笑えます。本作に出演する俳優は気鋭の若手で、日本ではあまり名が知られていない人が多いのですが、「バッド・チューニング」にも無名時代のベン・アフレック、マシュー・マコノヒー、ミラ・ジョボビッチ、レネー・ゼルウィガーなどが出演しています。本作の出演者も、10年後には世界的な大スターになっているかもしれません。ブレイク・ジェンナー(ジェイク)ブレイク・ジェンナー (1992年〜)は、アメリカの俳優、歌手。リアリティ番組「Glee プロジェクト 〜主役は君だ!」シーズン2で優勝者、テレビドラマ「Glee/グリー」シーズン4に出演。ゾーイ・ドゥイッチ(ビバリー)ゾーイ・ドゥイッチ(1994年〜 )は、アメリカの女優。母親が「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年〜)で主人公の母を演じた女優リー・トンプソン、父親が「プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角」(1985年)の監督ハワード・ドゥイッチ、姉は女優でミュージシャンの姉マデリーン、大おじは俳優のロバート・ウォーデンという映画一家に育つ。ロサンゼルス・カウンティ芸術高等学校在学時代から、テレビや映画に出演し始める。グレン・パウエル(フィネガン)グレン・パウエル(1987年〜)はアメリカの俳優、作家、プロデューサー)。ホラー・コメディ・テレビ・ドラマ・シリーズ(2015–16年)、映画「ドリーム 私たちのアポロ計画」(2016年)などに出演している。タイラー・ホークリン(マクレイノルズ)タイラー・ホークリン(1987年〜)は、アメリカの俳優。7歳の頃から野球を始める。彼は内野手としてアリゾナ州立大学、ノースウッズリーグの野球チーム、バトル・クリーク・ボンバーズでプレイする。9歳の時から演技を始め、「ロード・トゥ・パーディション」(2002年)に出演している。その後も、「ホール・パス/帰ってきた夢の独身生活<1週間限定>」(2011年)などに出演、テレビ、映画で活躍している。ライアン・グスマン(ローパー )ライアン・グスマン(1987年)は、アメリカの俳優。映画「ステップ・アップ4:レボリューション」(2012年)、「ステップ・アップ5:アルティメット」(2014年)、「ジェニファー・ロペス 戦慄の誘惑」(2015年)などに出演している。ワイアット・ラッセル(ウィロビー)ワイアット・ラッセル(1986年〜)は、アメリカの俳優、元プロ・アイスホッケー選手。父親は俳優のカート・ラッセル、母親は女優のゴールディ・ホーン、俳優のオリヴァー・ハドソン、ケイト・ハドソンは異父兄・姉、俳優でミュージシャンのビル・ハドソンは異父兄。俳優のビング・ラッセルは祖父。「肉」(2013年)、「コールド・バレット 凍てついた七月」(2014年)、「22ジャンプストリート」(2014年)などに出演している。テンプル・ベイカー(左、プラマー)アメリカの俳優。3歳の時から野球をプレイする。テキサスのヴァンダービルト大学在学中に、演技経験のないまま本作のオーディションを受け、採用される。J・クィントン・ジョンソン(デイル)アメリカの俳優。ブロードウェイの舞台にも出演している。ウィル・ブリテン(ビューター)ウィル・ブリテン(1990年〜)は、アメリカの俳優。「 女教師」(2013年)などに出演している。ジャストン・ストリート(左、ジェイ)アメリカの俳優。父はかつのテキサス大学のクォーター・バック、ジェイムズ・ストリート、兄はメジャーリーグの野球選手ハストン・ストリート。映画「My All-American」(2015年、日本未公開)で父を演じている他、「バーニング・オーシャン 」(2016年)に出演している。フォレスト・ヴィッカリー(コーマ)アメリカの俳優、プロデューサー。ターナー・カリーナ(ブラムリー)アメリカの俳優、作家。オースティン・アメリオ(ネスビット)アメリカの俳優、作家。 テレビドラマシリーズ「ウォーキング・デッド」 (2010年〜)などに出演している。ドーラ・マディソン・バージ(中央、ヴァル)ドーラ・マディソン・バージ(1990年)は、アメリカの女優。テレビドラマシリーズ「シカゴ・ファイアー」(2015年〜)など、テレビや映画で活躍している。【サウンドトラック】 ・・・リンク先で視聴できます「エブリバディ・ウォンツ・サム! ! 世界はボクらの手の中に」サウンドトラックCD(楽天市場)1. マイ・シャローナ/ザ・ナック2. ハート・オブ・グラス/ブロンディ3. テイク・ユア・タイム/S.O.S.バンド4. ハートブレイカー/パット・ベネター5. オルタナティヴ・アルスター/スティッフ・リトル・フィンガーズ6. エヴリワンズ・ア・ウィナー/HOT CHOCOLATE7. エヴリバディ/ヴァン・ヘイレン8. レッツ・ゲット・シリアス/ジャーメイン・ジャクソン9. ビコーズ・ザ・ナイト/パティ・スミス10. 甘い罠/チープ・トリック11. ホウィップ・イット/ディーヴォ12. ロミオの歌/スティーヴ・フォーバート13. グッド・タイムズ・ロール/カーズ14. ラッパーズ・ディライト/シュガーヒル・ギャング【動画クリップ(YouTube)】車で流しながら、「ラッパーズ・デライト」を歌うシーンジェイクが嫌々ながら野球部の連中を演劇部のパーティに誘うシーン 「エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に」のDVD(楽天市場)【関連作品】リチャード・リンクレイター監督作品のDVD(楽天市場) 「バッド・チューニング」(1993年) 「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離」(1995年) 「ウェイキング・ライフ」(2001年) 「スクール・オブ・ロック」(2003年) 「ビフォア・サンセット」(2004年) 「僕と彼女とオーソン・ウェルズ」(2008年) 「バーニー/みんなが愛した殺人者」(2011年) 「ビフォア・ミッドナイト」(2013年) 「6才のボクが、大人になるまで。」(2014年)「エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に」(2016年)
2017年05月18日
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「少女の髪どめ」(原題:باران 、英題:Baran)は2001年公開のイランのドラマ映画です。マジッド・マジディ監督・脚本、ホセイン・アベディニ、モハマド・アミル・ナジ、ザーラ・バーラミら出演で、周辺部に多くのアフガン難民が住むテヘランを舞台に、建設現場で育まれる若者の純真な恋心を詩的に描き出しています。第25回モントリオール映画祭でグランプリ受賞、第74回アカデミー外国語映画賞のイラン代表に選出された作品です。 「少女の髪どめ」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:マジッド・マジディ脚本:マジッド・マジディ出演:ホセイン・アベディニ(ラティーフ、貧しいイラン人、建築現場で雑用をする青年) ザーラ・バーラミ(ラーマト/バラン、アフガン難民、負傷した父の代わりに働く) モハマド・アミル・ナジ(メマール、工事現場の親方、アフガン難民の労働者に同情的) ホセイン・ラヒミ(ソルタン、アフガン難民の労働者、ラーマトの面倒を見る) ゴラム・アリ・バクシ(ナジャフ、アフガン難民の労働者、バランの父、怪我で働けない) ほか【あらすじ】冬のテヘラン。17歳のイラン人ラティーフ(ホセイン・アベディニ)は、建築現場で買い出しやお茶くみの仕事をしています。親方のメマール(モハマド・アミル・ナジ)は、アフガン難民に同情的で、違法と知りつつアフガン人も雇っています。ある日、アフガン難民労働者のナジャフ(ゴラム・アリ・バクシ)が転落事故で足を折り、代わりに息子と称するラーマト(ザーラ・バーラミ)が働きにやってきます。ラーマトは力仕事が苦手で、やがてラティーフの仕事と交替しますが、それが皆に好評となり、ラティーフは面白くありません。しかし、ラティーフはまもなくラーマトが女の子だということに気づきます。彼女に恋心を抱いたラティーフは態度が急変、翌日から髪を整え、めかしこんでは、事あるごとにラーマトをかばうようになります。しかし、違法労働者を取り締まる役人に追われるラーマトをかばった為に、ラティーフは警察に連行されてしまいます。ラティーフが親方のメマールに引き取られて建築現場に戻った時には、彼女は髪どめ一つを残して去っていました。ラティーフは、仕事を休んでラーマトを探す旅に出ます・・・【レビュー・解説】貧しいイラン人の少年とアフガン難民の少女の淡い恋心を詩的に描いた恋物語は、感動的であるだけではなく、欧米でも顕在化している移民問題の本質がしっかりと織り込まれた秀作です。初の長編映画「バダック 砂漠の少年」(1992年)を制作した時から、マジッド・マジディ監督の心からアフガン問題が離れることはありませんでした。アフガンとバルキスタンの国境付近で撮影した時に、マジディ監督らは多くのアフガン人が夜に違法越境してくるのを目の当たりにしました。禁制品を密輸するトラックは見つからないようにライトを消して走り、翌朝にはアフガン人の死体が残されていました。アフガンからイランに逃れ、死に直面する彼らの姿に、マジディ監督は心を奪われました。この時、マジディ監督はアフガンの少女たちが少年のように装い、通りで靴磨きの仕事をする姿を目の当たりにしました。工事現場で働く少女という本作のアイディアはここから生まれています。イスラムの戒律が厳しい地域では、女性は近親者の男性の付き添いなしに外出することができず、女性は公的な場面から完全に排除されます。戒律を破ると死罪になる場合もあり、仕事に出ることもできません。しかし、困窮すれば男女を問わず日銭を稼がないと、餓死してしまいます。少女が少年に変装して働くというのは実際にある話で、セディク・バルマク監督の「アフガン零年」(2003年)でも少年に変装して働く少女が描かれています。1979年、アフガンは旧ソ連に占領されます。彼らは1989年に撤退しますが、内紛が続き、多くのアフガン人が、国を逃れざるを得なくなります。1978年のイラン革命以前から、アフガンからイランに逃れる移民は多かったのですが、アフガンの内戦以降はさらに増え、イランは世界最大の難民受け入れ国(国際連合難民高等弁務官事務所)となりました。イランで生まれ育った若い世代は、アフガンに行ったことのない難民二世です。 本作の舞台となる工事現場では、トルコ人、アゼルバイジャン人、クルド人、ローレスタン人など、様々な人々が働いています。話す言葉や文化が少し違ったりするのですが、アフガン人に何かと同情的なメマール親方の元、なんとかかんとかうまくやっています。ここで、給料の支払いを巡って、面白いやり取りがあります。イラン人労働者:あと5万トマンほど。メマール親方:困ったやつだな。他にも労働者はいるんだ。同郷人にいくら貰ったか聞いてみろ。これは明日、アフガン人に払う分だ。イラン人労働者:外国人より、イラン人を大切に。メマール親方:良心がないのか。彼らは安月給で遠くから通っているし、お前らイラン人よりよく働く。今日は一人転落して、怪我をした。どっちに払うのが先か、心に聞いてみるんだな。イラン人労働者:こっちだ。メマール親方:もういい。話しにならん。イラン人労働者:ペルシア語(イランの公用語)で話を。メマール親方:ペルシア語は在庫切れだ。イラン人労働者:働く者に給料を払うのが、人情というもの。駄目なら契約を。メマール親方:契約だと?イラン人労働者:はい。メマール親方:わかった。金を持ってけ。イラン人労働者:これでおさらばだ。序盤、テヘランの街中で、身なりの良い紳士が場違いなラティーフを見下すように眺めるシーンがありますが、貧困はアフガン難民に限った問題ではありません。イラン東部から多くの労働者がテヘランにやってきますが、彼らはテヘランではそのような目で見られます。イラン国民なのに、彼らは皆、「難民」なのです。生活が厳しいのはアフガン人に限ったことではないことを示したかったのです。イラン人も厳しい。公式的には150万人のアフガン人がイラン国内で働いていると言われていますが、実際はその倍もおり、仕事が不足しています。あまり注目されていませんが、そうした問題も示したかったのです。(マジッド・マジディ監督)イギリスのEU離脱、トランプ米大統領の反移民政策など、欧米にも雇用を守るために移民を制限する動きが顕著になってきましたが、こうした問題は既にアフガン難民を受け入れたイランにもあったことがわかります。純粋な心情や優しさを追い求めるマジディ監督の作品はシンプルな子供の世界を描くことが多いのですが、本作では子供と大人の狭間にある少年を主人公にしています。ラーマトの為に仕事を変えられたラティーフは面白くありませんが、ラーマトが女の子であることに気づくや否や、恋心が芽生え、彼女を守ろうと必死になります。<ネタバレ>いよいよ金に困ったナジャフはメマールに金を借りに来ますが、資金繰りに困っているメマールは用立てることができません。ナジャフ:お金を貸してください。一生、恩に着ます。メマール親方:今はない。オーナーも金を入れてくれん。ナジャフ:あなたしか頼る人がいない、断らないで。メマール親方:二、三週間待ってくれないか。ナジャフ:すぐ必要です。メマール親方:それは無理だ。ナジャフ:後生だから。メマール親方:困ったな、本当にないんだよ。見ろ、ポケットの金を全部やる。もってけ、さあ。ナジャフ:私は物乞いしに来たんじゃない。メマール親方:友達だろう、水臭いな、さあ。ナジャフ:もう頼まない、さようなら。物陰でこれを聞いていたラティーフは、少女を救う為に貯めていた全財産のみならず、IDまで売って金を作り「メマール親方から」と嘘をついてナジャフに届けます。しかし、彼女は家族とともにアフガンに帰ることになります。ラティーフは全てを失います。墓場でたくさんの墓石を見たラティーフは、死を感じます。風をはらむカーテンは、死が彼を呼び込むことを象徴しています。聞こえてくる死者の祈りや声を受け入れたラティーフは、彼女を諦め(イスラムの男女関係は男性の経済力が絶対条件)、物欲を超え精神的な存在になります。(マジッド・マジディ監督)少し難しい説明ですが、大人の世界で純粋さを保つことは、無私無欲の境地に立つことを意味していると思われます。<ネタバレ終わり>終盤、アフガンに向かう際に、毅然とブルカを纏う少女が美しいです。イスラムの聖典には女性は顔と手以外を隠し近親者以外に目立ってはならないと書かれており、イスラム女性は頭を覆う服装をします。髪だけ隠す、顔を残し頭から体全体を隠す、目だけ残し顔から体全体を隠すなどの覆い方があり、アバヤ、ヒジャブ、ヒマール、ブルカ、ニカーブ、チャドルなど様々なタイプの衣装があります。目の部分も網状になっていて完全に身を隠すブルカは、これらの中で最も露出の少ないアフガンの伝統的な民族衣装です。ブルカブルカはアフガンの伝統的な民族衣装。目の部分も網状になっていて完全に身を隠すブルカは、アバヤ、ヒジャブ、ヒマール、ニカーブ、チャドルなど、イスラムの頭を隠す衣装の中で最も露出が少ない。 終盤、アフガンに向かう際に、毅然とブルカを纏う少女が美しいです。イスラムの聖典には女性は顔と手以外を隠し近親者以外に目立ってはならないと書かれており、イスラム女性は頭を覆う服装をします。髪だけ隠す、顔を残し頭から体全体を隠す、目だけ残し顔から体全体を隠すなどの覆い方があり、アバヤ、ヒジャブ、ヒマール、ブルカ、ニカーブ、チャドルなど様々なタイプの衣装があります。目の部分も網状になっていて完全に身を隠すブルカは、これらの中で最も露出の少ないアフガンの伝統的な民族衣装です。貧しいイラン人の青年とアフガン難民の少女の淡い恋を詩的に描いた感動的な物語ですが、昨今の世界的な移民問題にも共通する格差と雇用の問題や、民族的アイデンティティの問題もしっかりと織り込まれた、素晴らしい作品です。ホセイン・アベディニ(ラティーフ、貧しいイラン人、建築現場で買い出しやお茶くみをする)ザーラ・バーラミ(ラーマト/バラン、アフガン難民、負傷した父に代わって工事現場で働く)モハマド・アミル・ナジ(メマール、工事現場の親方、アフガン難民の労働者に同情的)ホセイン・ラヒミ(ソルタン、アフガン難民の労働者、ラーマトの面倒を見る)ゴラム・アリ・バクシ(ナジャフ、アフガン難民の労働者、バランの父、怪我で働けない) 「少女の髪どめ」のDVD(楽天市場)【関連作品】マジッド・マジディ監督作品のDVD(楽天市場) 「運動靴と赤い金魚」 (1997年)「太陽は、ぼくの瞳」(1999年) 「すずめの唄 」 (2008年)イスラム世界を描いた映画のDVD(楽天市場) 「マルコムX」(1992年)「ビフォア・ザ・レイン」(1994年) 「運動靴と赤い金魚」(1997年) 「少女の髪どめ」(2001年) 「アフガン零年」(2003年)「ペルセポリス」(2007年) 「灼熱の魂」(2010年) 「壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び」(2011年) 「別離」(2011年) 「少女は自転車に乗って」(2012年) 「オマールの壁壁」(2013年)「裸足の季節」(2015年)
2017年05月14日
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「ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期」(原題:Bridget Jones's Baby)は、2016年公開のイギリス・アメリカ・フランス合作のロマンティック・コメディ映画です。シャロン・マグワイア監督、レネー・ゼルウィガー、コリン・ファース、パトリック・デンプシーら出演で、アラフォーとなった元祖こじらせ女子のブリジットに訪れる新たな恋の行方をコミカルに描いています。 「ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期」(楽天市場)監督:シャロン・マグワイア脚本:ヘレン・フィールディング/ダン・メイザー/エマ・トンプソン原案:ヘレン・フィールディング出演:レネー・ゼルウィガー(ブリジット・ジョーンズ) コリン・ファース(マーク・ダーシー) パトリック・デンプシー(ジャック・クワント) ジム・ブロードベント(コリン・ジョーンズ) ジェマ・ジョーンズ(パメラ・ジョーンズ) エマ・トンプソン(ドクター・ローリングス) サリー・フィリップス(シャザー) シャーリー・ヘンダーソン(ジュード) ジェームズ・キャリス(トム) サラ・ソルマーニ(ミランダ) ケイト・オフリン(アリス) メートランド・チャンドラー(エドワード) ほか【あらすじ】アラフォーになったブリジット(レニ―・ゼルウィガー)は、未だに独身です。彼女が愛した男たちと言えば、ダニエル(ヒュー・グラント)は事故で亡くなり、別の女性と結婚したマーク(コリン・ファース)は離婚調停中です。しかし、今やテレビ局の敏腕プロデューサーとなったブリジットに、ドラマチックな出会いが訪れます。相手はハンサムでリッチ、性格もナイスなIT企業の社長、ジャック(パトリック・デンプシー)。ブリジットはいつもの天然っぷりでジャックに急接近する一方、マークとも再会を果たします。またしても二人の男性の間で揺れ動くことになったブリジットは、40代女性としてさらに大変な局面を迎えます・・・。【レビュー・解説】第一作から15年、時代や状況が変わる中、年齢を重ねた元祖こじらせ女子を休業明けのレネー・ゼルウィガーが見事に演じた、名作ロマンティック・コメディ・シリーズの最新作です。第一作公開から15年、前作から12年と間が空き、さらに主演のレネー・ゼルウィガーが心身の疲労から6年間も女優活動を休業した後の作品とあって、その出来が懸念されましたが、さすがオスカー女優、年齢を重ねたブリジットを見事に演じ、役者としての衰えを全く感じさせない、素晴らしい仕上がりです。第一作では32歳だった元祖こじらせ女子のブリジットも本作では43歳、状況も人物も大きく変化しています。第一作を演じた時は31歳だったゼルウィガーも、途中に休業を挟んで本作撮影時には46歳で、本作を演じるにあたり、ブリジットの何が変わり、何が変っていないか、スタッフと徹底的に話し合ったと言います。「進化している自分を見せなくてはいけないし、それでいて変わっていないところも見せなくてはいけない。今作のブリジットは仕事がすごく上手くいっていて、前回よりも「ウブ」ではありません。でも、未だにとってもロマンチストで、非常に楽観主義です。彼女の魅力はそこだと思っています。ブリジットはまだ、色々と悩んでいますし、人生の各段階で、社会の中で「自分がこうあるべきだ」という理想に対し、常に努力しています。それはシリーズに一貫して言えることで、私が好きな彼女の一面でもあります。」「ある年代までいくと、経験から全部わかるようになるって言う人もいるけれど、それは嘘だと思います。常に何かダメな部分が出てきます。でも、それが人間的なことだと思います。ブリジットもたくさん失敗するけれど、それでも一生懸命で、彼女を見ていると自分たちもこれでいいんだと思わせてくれます。ブリジットはひとりでも上手くやっていこうと頑張っていて、周りに流されず、自分なりの自立した満足を求めようしています。そこが男女問わず共感を得ている部分なのではないかと思います。」(レネー・ゼルウィガー)イギリスのインデペンデント紙が、日曜版のジャーナリストのヘレン・フィールディングに、専門職として働く若い女性をターゲットとした都市生活に関する週刊コラムを依頼、1995年にブリジット・ジョーンズのコラムが誕生しました。このコラムはすぐに人気となり、フィールディングは1996年に「ブリジット・ジョーンズの日記」を刊行します。この小説版は、ジェーン・オースティンの名作「高慢と偏見」に緩く基づいており、次いで書かれた「ブリジット・ジョーンズの日記 キレそうなわたしの12か月」は同じくオースティンの「説得」に基づいています。小説版のマーク・ダーシーはBBCの連続テレビドラマ版「高慢と偏見」に出演したコリーン・ファースを元に、シャザーはフィールディングの友人のシャロン・マグワイアをモデルに描かれています。2013年に刊行された小説版の三冊目、「ブリジット・ジョーンズの日記 恋に仕事にSNSにてんやわんやの12か月」では、現在のロンドンを舞台にソーシャルメディアを始めたブリジットと5年前に事故死したマークとの間に、5歳と7歳の子供がいることが明らかにされます。本作の原作に相当する「Bridget Jones's Baby」は映画公開後に、小説版の4冊目として出版されましたが、本来の時系列は三番目になります。 舞台(年) 小説版(発表年) 映画版(公開年) 1995 第一作(1996) → 第一作(2001) ・ 第二作(1999) → 第二作(2004) 2000 ・ 2005 第四作(2016) ← 第三作(2016) ・ (2010年以降の時代背景で描かれている) 2010 ・ 第三作(2013) → ?映画版の第一作「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001年)は、原作者のフィールディングと、BBCのテレビドラマ版「高慢と偏見」の脚本を執筆したアンドリュー・デイヴィス「フォー・ウェディング」(1994年)、「ノッティングヒルの恋人」(1999年)などロマンティック・コメディを得意とする脚本家リチャード・カーティスの共同脚本で、BBCの連続テレビ・ドラマ版「高慢と偏見」出演のコリン・ファース「フォー・ウェディング」、「ノッティングヒルの恋人」出演のヒュー・グラントをキャスト、原作のシャザーのモデルとなったシャロン・マグワイアが監督する形で実現しました。しかし、ロンドンっ子のブリジット役に、テキサス生まれのアメリカ人女優レネー・ゼルウィガーを起用することは、イギリス映画としてありえないことでした。出演者が発表されるや否や、「もうすぐ幸せな結婚する(当時、ゼルウィガーはジム・キャリーと婚約していた)垢抜けたアメリカ人がブリジットを演じるなんてありえない。たったひとつの良いことは、メグ・ライアンじゃないことだ。」と酷評されました。主役には、ケイト・ウィンスレット、レイチェル・ワイズ、トニー・コレットらが検討されていましたが、キャスティングが難航する中、オーディションでゼルウィガーに会ったマグワイア監督とプロデューサー達は彼女だと直感したものの、「なってこった、テキサス出身だ」と嘆いたと言います。しかし、マグワイア監督は諦めませんでした。「彼女の内面には大胆さと純粋さが、外観には脆さがある。コメディを演じるセンスがあり、正しく演じようとする情熱がある。最初に会った時から、もし失敗したら私たちはこてんぱんに潰されると彼女は言っていた。」(シャロン・マグワイア監督)ゼルウィガーは13キロも体重を増やしてブリジット役に取り組み、英国人が選ぶイギリス英語が上手い俳優のトップにランクされるほど完璧にイギリス英語をマスター、「等身大の独身女性」を演じたと高い評価を得てアカデミー主演女優賞にノミネートされるなど、見事にマグワイア監督の期待に応え、成功の原動力となりました。シリーズはイギリスに大きな興行収入をもたらし、「アメリカ人が演じるなんてありえない」というイギリスの常識を覆しました(第三作はロマンティック・コメディとしてイギリス史上最大のヒット作となった)。第一作、第二作と異なり、映画版第三作は原作が出版・評価される前に動き出した為か、完成まで紆余曲折を経ました。2009年、製作会社が第三作の製作に向けて動き出し、小説版第三作の映画化ではなく、2005年のフィールディングのコラムに基づくことが明らかにされる(この頃のコラムで、ブリジット・ジョーンズが妊娠し、子供が生まれている)。2011年、ゼルウィガーとファースが本作への出演に興味を示していること、ポール・フェイグが監督すべく最後の詰めが行われていること、映画化が決定したことが報じられるが、フェイグが制作上の見解の相違を理由に降板、ピーター・カッタネオが監督することになり、フィールディング、フェイグ、デイヴィッド・ニコルズによる脚本から、「Bridget Jones's Baby」というタイトルが決まる。2012年、グラントが脚本に難色を示すなど、脚本と俳優達の見解の相違により、映画製作の遅れが懸念される。2014年、脚本に納得できないグラントが第三作に出演しないこと、エマ・トンプソンが新たに参加し、脚本を書き換えることが明らかにされる。2015年、第一作を監督したシャロン・マグワイアが、第三作も監督すべく最後の詰めが行われていること、両親役のジム・ブロードベント、ジェマ・ジョーンズも再び出演する話が進んでいること、新たにパトリック・デンプシーが出演することが明らかになる。脚本や制作上の見解の相違が具体的に何であったのかは不明ですが、専門職として働く若い女性の結婚、出産を映画としてどう収めていくかは、微妙な問題です。結婚や妊娠、出産は必ずしも女性の幸せではないというアメリカ的考えもある一方、イギリスはアメリカほど革新的ではありません。作中、過激なフェミニズムをチクリといった風刺もあり、また、男女の役割が変化しつつあるもののイギリスにおける結婚や出産に対する願望は比較的根強いようです(実際、本シリーズはアメリカよりイギリスやその他の国々で人気がある)。原作は結局、ダニエルの子を宿したブリジットがマークと結婚するが、後にマークが事故死するといった流れになりましたが、本作の制作段階では原作は出版されておらず、プロットのあり方を巡って混乱があったのではないかと思われます。興味深いのは、フィールディング、ゼルウィガー、トンプソン、マグワイアといった女性陣がこの混乱を収めている点です。作中、トンプソン扮するローリング医師のセリフに、ローリング医師:正直に言って、あなた方に出産の現場にいてもらっても役に立たないわ。私の元夫が言ってた、お気に入りのパブを焼け落ちるのを見てる気分だったと。とありますが、女性を描いた映画は女性がまとめるのが良いのかもしれません。因みに、「ブリジット・ジョーンズ」シリーズは、三部作全てを女性が監督した最初の映画となりました。また、一般に女性の俳優生命は比較的短命で、本作のように同じ女優が同じ役を長く演じ続けることはまれです。本作のゼルウィガーは15年、リチャード・リンクレーター監督の「ビフォー」シリーズのジュリー・デルピーは18年、「6才のボクが、大人になるまで。」のパトリシア・アークエットは12年、同じ役を演じています。小説版の三冊目「ブリジット・ジョーンズの日記 恋に仕事にSNSにてんやわんやの12か月」は、まだ映画化されていませんので、ゼルウィガーには、是非、記録に挑戦して欲しいと思います。レネー・ゼルウィガー(ブリジット・ジョーンズ)レネー・ゼルウィガー(1969年〜)は、テキサス出身のアメリカの女優。父はドイツ系スイス人、母はサーミ人の血を引くノルウェー人。1993年に映画デビュー、 リチャード・リンクレイター監督の「バッド・チューニング」にクレジットなしの端役で出演している。「ザ・エージェント」(1996年)でトム・クルーズの相手役を演じてブレイク、「ベティ・サイズモア」(2000年)でゴールデングローブ主演女優賞を受賞、「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001年)、「シカゴ」(2002年)と、二年連続でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、「コールド マウンテン」(2003年)でアカデミー助演女優賞を受賞している。2007年に、フォーブス誌のエンターテイメント界で活躍する資産の多い女性として、総資産54億円で20位にランクされた。2010年から、6年間、心身の疲労を理由に女優を休業していた。コリン・ファース(マーク・ダーシー)コリン・ファース(1960年〜)は、ハンプシャー出身のイギリスの俳優。ロンドン芸術大学で演技を学ぶ。1995年にBBCで放映されたジェーン・オースティン原作の「高慢と偏見」のダーシー役でスターの座を確たるものにする。ヘレン・フィールディングはこのドラマのファンで、コリン・ファース扮するダーシーを元に「ブリジット・ジョーンズの日記」のマーク・ダーシーのキャラクターを作り上げ、ファースは後に映画版「ブリジット・ジョーン」シリーズ出演することになる。「シングルマン」(2009年)でヴアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、「英国王のスピーチ」(2010年)でアカデミー主演男優賞を受賞、2011年に大英帝国勲章を叙勲されている。パトリック・デンプシー(ジャック・クワント)パトリック・デンプシー(1966年〜)は、アイルランド系アメリカ人の俳優、レーシングドライバー。10代の頃はジャグリングに熱中、スキーも得意。1985年に映画デビュー、いくつか主演するも次第に人気が下降、低迷する。テレビ・ドラマ・シリーズ「グレイズ・アナトミー」(2005年〜)でブレイク、評価される。ディズニー映画「魔法にかけられて」(2007年)などで中心的な役として出演、「近距離恋愛」(2008年)で主演を務める。本作には、降板したヒュー・グラントのピンチヒッターとして出演、二人のオスカー俳優に挟まれながらも、アメリカのIT企業のイケメン社長を好演している。ジム・ブロードベント(コリン・ジョーンズ)ジム・ブロードベント(1949年5月24日〜 )は、リンカンシャー出身のイギリスの俳優。両親ともに芸術家でアマチュアの役者。舞台俳優としてキャリアをスタートし、ロイヤル・ナショナル・シアターやロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどの舞台に立つ。1978年に映画デビュー、「ライフ・イズ・スウィート」(1991年)で注目を集め、「アイリス」(2001年)でアカデミー助演男優賞を受賞している。「ブリジット・ジョーンズ」シリーズでは、父親役としてしっかりと脇を固めている。ジェマ・ジョーンズ(左、パメラ・ジョーンズ)ジェマ・ジョーンズ(1942年〜)性格俳優として舞台、映画で活躍するイギリスの女優。アン・リー監督の「いつか晴れた日に」(1995年)や、ウディ・アレン監督「ロンドン狂騒曲」(2010年)などにも出演している。「ブリジット・ジョーンズ」シリーズでは母親役として脇を固めるとともに、短い出演時間ながらポジティブな天然ぶりを巧みに演じ、この母にしてこの娘ありと印象づける。エマ・トンプソン(ドクター・ローリングス)エマ・トンプソン(1959年〜)は、ロンドン生まれの女優、喜劇役者、脚本家。文芸作品などで皮肉な状況下にある控えめな女性を演じる事が多い。品があって芯の強いイギリス女性を感じさせる一方で、優しげで、ユーモラスな印象もある。1989年に映画デビュー、「ハワーズ・エンド」(1992年)でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、1993年には「いつか晴れた日に」(主演女優賞)と「父の祈りを」(助演女優賞)とアカデミー賞にダブル・ノミネートされ、名実ともにイギリスのトップ女優となる。「いつか晴れた日に」(1995年)でアカデミー脚色賞を受賞する一方で、ハリウッドに進出、「パーフェクト・カップル」(1998年)などに出演する。2000年以降は小さな役に出演、2010年以降はベテラン女優として活躍、その演技は年齢、経験とともに円熟し、第二次世界大戦前のイギリス映画の様な抑制された感情を知性で表現できる数少ない女優と言われている。人権及び環境の活動家としても知られ、また、作家としてピーター・ラビットの続編も執筆している。本作では脚本の書き換えを行うとともに、ブリジットの出産を担当する医師を自ら演じ、作品をきりりと締めている。ケイト・オフリン(アリス)ケイト・オフリン(1986年〜)は、舞台や映画で活躍するイギリスの女優。ロイヤル・ナショナル・シアターの舞台や、マイク・リー監督の「ハッピー・ゴー・ラッキー」(2008年)、「ターナー、光に愛を求めて」(2014年)などに出演している。本作は、ブリジットとは対照的なクールで現代的な年下の上司を演じている。日本では無名だが、存在感が際立っており、将来が楽しみな女優。【サウンドトラック】・・・リンク先で試聴できます 「ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期」サウンドトラックCD(楽天市場)1. スティル・フォーリング・フォー・ユー 2. メテオライト 3. リイグナイト 4. シンキング・アウト・ラウド (キャンプファイヤー・ヴァージョン) 5. ホールド・マイ・ハンド 6. スレイヴ・トゥ・ザ・ヴァイブ 7. キング 8. ラン 9. ファック・ユー10. 苦しみの時 11. ジャンプ・アラウンド 12. ザット・レイディ、パート1&2 13. ウォーク・オン・バイ 14. ジャスト・マイ・イマジネーション 15. 悲しいうわさ 16. ウィ・アー・ファミリー 17. 恋はノン・ストップ 18. レース・トゥ・マークス・フラット 19. ウェディング【撮影地(グーグルマップ)】ブリジットが住むフラットマークがプナニの弁護を行う法廷ブリジットのマタニティ・クラスの会場マークとジャックがブリジットを病院に運ぶ橋 「ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期」(楽天市場)【関連作品】小説版「ブリジット・ジョーンズ」シリーズ(楽天市場) Helen Fielding "Bridget Jones's Diary"(1996年) ブリジット・ジョーンズの日記 Helen Fielding "Bridget Jones: The Edge of Reason"(1999年) きれそうなわたしの12か月(上) きれそうなわたしの12か月(下) Helen Fielding "Bridget Jones: Mad About the Boy"(2013年) 恋に仕事にSNSにてんやわんやの12か月(上) 恋に仕事にSNSにてんやわんやの12か月(下) Helen Fielding "Bridget Jones's Baby"(本邦未訳、2016年)映画版「ブリジット・ジョーンズ」シリーズのDVD(楽天市場)(レネー・ゼルウィガーxコリン・ファース共演作品) 「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001年) 「ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月」(2004年) 「ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期」(2016年)レネー・ゼルウィガー出演作品のDVD(楽天市場) 「ザ・エージェント」(1996年) 「母の眠り」(1998年) 「ベティ・サイズモア」(2000年) 「シカゴ」(2002年) 「コールド マウンテン」(2003年) 「シンデレラマン」(2005年) 「ミス・ポター」(2006年)
2017年05月13日
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「デリカテッセン」(原題:Delicatessen)は、1991年公開のフランスのダーク・コメディ映画です。監督・脚本はこれが長篇デビューとなるジャン=ピエール・ジュネとマルク・キャロ、ジル・アドリアン共同脚本、ドミニク・ピノン、マリー・ロール・ドゥニャら出演で、終末戦争後のパリに残った精肉店とその階上のアパルトマンに住む人々が織りなすダーク・コメディを描いています。新人監督作品賞、脚本賞などセザール賞を4賞、受賞した作品です。 「デリカテッセン」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ジャン=ピエール・ジュネ/マルク・キャロ脚本:ジャン=ピエール・ジュネ/マルク・キャロ/ジル・アドリアン出演:ドミニク・ピノン(ルイゾン、クラペットのアパルトマンに越してきた芸人) マリー・ロール・ドゥニャ(ジュリー・クラペット、肉屋の娘) ジャン・クロード・ドレフュス(クラペット、肉屋の親父) カリン・ヴィアール(メレ・プリュス、肉屋の愛人) ティッキー・オルガド(タピオカ氏、アパルトマンの住人) アンヌ・マリー・ピザーニ(タピオカ夫人、アパルトマンの住人) ほか【あらすじ】核戦争から15年、生き残りの人々が食料をあさる荒廃したパリの街はずれ、ルイゾン(ドミニク・ピノン)は職を求めてデリカテッセン(肉屋)にやってきます。ところが、店の主人(ジャン・クロード・ドレフュス)は、カモをおびき寄せては肉にしてしまう恐しい男でした。その娘で心優しいジュリー(マリー・ロール・ドゥニャ)は、気のいいルイゾンに好意を寄せます。犠牲者が増えるのが堪まらないジュリーは、反体制の菜食主義者「地底人」たちと手を組み、秘かにルイゾン救出する作戦に乗り出します。デリカテッセンの上のアパルトマンの住人たちは、突然侵入してきた地底人たちと上を下への大騒ぎになります。風呂場に水を溜め、追手に水で反撃するというルイゾンの最後の一手も失敗し、ルイゾンとジュリーに肉屋の手が迫ります・・・。【レビュー・解説】ホラーとSFとユーモアを巧みに結びつけ、独特の美的感覚とユーモア感覚で人心が荒廃したアパルトマンを描き出し、低予算の長編デビュー作ながら、「アメリ」と並んでジャン=ピエール・ジュネ監督の代表作のひとつとなったダーク・コメディです。一階の肉屋の親父とそのアパルトマンに引っ越してきた芸人、肉屋の娘、肉屋の愛人、アパルトマンの住人たち、反体制のレジスタンスたちが繰り広げるダーク・コメディは、ジャン=ピエール・ジュネ監督と友人のマルク・キャロ監督が共同で執筆した「ロスト・チルドレン」 (1995年)が無名の監督のデビュー作としてはコストがかかりすぎで実現が難しかった為に、低予算でできるオリジナル作品として製作されたものです。その為、制約のあるセットで、キャストに両監督の友人や家族を動員して撮影、小道具もかき集めた古いガラクタを利用しています。一階に肉屋があるアパルトマンに住んでいたジャン=ピエール・ジュネ監督は、毎朝、肉屋が肉切り包丁をチャン、チャンと擦り合わせる音で目が覚めたと言います。これを聞いた彼の恋人が、近所の人を切り刻んでいると言ったことがアイディアの発端となりました。これに、ロベール・ドアノーの写真テックス・アヴェリーのアニメバスター・キートンの映画など、当時の彼が愛したものすべてを要素として取り込んで制作されたのが、この作品です(ジャン=ピエール・ジュネがアメリカを旅行した際に、ホテルの食事が人肉のようにまずかったことから、この映画のアイディアを思いついたという異説がありますが、真偽の程は定かではありません)。ジャン=ピエール・ジュネが愛したロベール・ドアノーの写真集 Paris Doisneau by Robert Doisneau(楽天市場)オープニングで、ゴミやガラクタに紛れ込んだクレジットが、舐めるようなカメラワークで、一種、美しく映し出され、目を引かれます。同様、エンド・クレジットも秀逸で、並々ならぬセンスを感じます。作中、随所に埋め込まれたユーモアのセンスが抜群で、特に、ドミニク・ピノン扮するルイゾンとカリン・ヴィアール扮するメレ・プリュスが、並んで腰掛けてベッドのスプリングを調べるシーンや、ティカティカ・ウォークというダンスを踊るシーンが傑出しています。他にも、肉屋と愛人の情事で軋むベッドの音に、アパルトマンの住人が次々とシンクロしていく様など、随所にユーモアが満載で、アパルトマンの住人も奇人変人ばかりで滑稽です。低予算で製作された長編デビュー作でありながら、独特の美的感覚とユーモア感覚が随所に生かされた本作は、後に製作された彼の名作「アメリ」(2001年)と並んで、ジャン=ピエール・ジュネ監督の代表作のひとつとなりました。主人公のルイゾンを演じたドミニク・ピノンは、本作をきっかけにジャン=ピエール・ジュネ監督作品の常連となり、彼の作品には必ず出演しています。また、長編映画の出演が二作目のカリン・ヴィアールは、美形にも関わらずしれっとコメディを演じるなど、大物感たっぷりです。実際、彼女はセザール賞の常連となるなど、フランスを代表する大女優の一人となりました。日本での公開作が少ないのが残念ですが、最近作では「パリ警視庁:未成年保護部隊」(2011年) 、「エール!」(2014年)で、素晴らしいパフォーマンスを披露しています。ドミニク・ピノン(ルイゾン、クラペットのアパルトマンに越してきた芸人)ドミニク・ピノン(1955年〜)はフランス出身の俳優。ジャン=ピエール・ジュネ監督作品の常連で、ジュネの作品には必ず出演している。マリー・ロール・ドゥニャ(ジュリー・クラペット、肉屋の娘)マリー・ロール・ドゥニャ(1960年〜)はフランスの女優。英語劇の吹き替えを専門に活躍している。ジャン・クロード・ドレフュス(クラペット、肉屋の親父)ジャン・クロード・ドレフュス(1946年〜)はフランスの俳優、コメディアン、作家。ヒールの肉屋をコミカルに演じた本作で、セザール賞助演男優賞にノミネートされている。カリン・ヴィアール(メレ・プリュス、肉屋の愛人)カリン・ヴィアール(1966年〜)はフランスの女優。美形にも関わらずしれっとコメディを演じるなど、本作が長編映画出演二作目とは思えない大物感がたっぷり。実際、セザール賞の常連となるなど、後にフランスを代表する大女優の一人になった。日本で公開されている作品は限られるが、最近作では「パリ警視庁:未成年保護部隊」 (2011年) 、「エール!」 (2014年)で、卓越しsたパフォーマンスを披露している。アパルトマンの住人先にアパルトマンに住んでいた男。逃亡を図るが、見つかり、肉にされる。アパルトマンの住人コンドームを膨らましている。二箇所にパッチが当ててあるが、彼には子供が二人いる。アパルトマンの住人自殺未遂常習犯。 アパルトマンの住人カタツムリばかり食べている。このシーンではカメレオンを擬態している。アパルトマンの住人おもちゃばかり作っている。 菜食主義者のレジスタンスたち地下で暮らしている。穀物欲しさに、ジュリーと組んでルイゾンの救出に向かう。【サウンドトラック】 「デリカテッセン」サウンドトラック(楽天市場)1. デリカテッセン(オープニング・テーマ) 2. ティカ・ティカ・ウォーク 3. 泡のような回想 4. 水中キッス 5. ひとつの鞄 6. デュオ(屋根の上の二人) 7. 精神錯乱のサーカス 8. アコーデオンのワルツ9. あなたの涙 10. ボンゴ・ボレロ 11. オールド・ハワイの夢 12. パイ焼き職人 13. パリの舗道 14. 名誉の勲章 15. 闘技士の入場 16. デリカテッセン(エンディング・テーマ)【動画クリップ(YouTube)】オープニング・クレジットアパルトマンの住人がシンクロするリズムベッドのスプリングを調べるシーンダンス・シーン 「デリカテッセン」のDVD(楽天市場)【関連作品】ジャン=ピエール・ジュネ監督xドミニク・ピノンコラボ作品のDVD(楽天市場) 「ロスト・チルドレン」 (1995年)・・・マルク・キャロとの共同監督 「アメリ」(2001年) 「ロング・エンゲージメント」(2004年) 「ミックマック」(2009年) 「天才スピヴェット」(2013年)ドミニク・ピノン出演作品のDVD(楽天市場) 「ディーバ」(1981年) 「フランティック」(1988年)カリン・ヴィアール出演作品のDVD(楽天市場)「憎しみ」(1995年) 「しあわせの雨傘」(2010年) 「パリ警視庁:未成年保護部隊」 (2011年) 「エール!」 (2014年)
2017年05月11日
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「ウディ・アレン」(副題:振り返りながら前進する)は、芝山幹郎×渡部幻の対談やおおもり・さわこ、井上一馬らの論考、川本三郎、片岡義男らのエッセイなど、再録を含む20人以上の対談、エッセイ、コラム、作品評、論考から、作家・俳優・映画監督として活躍、世界映画史を代表する知性であるウディ・アレンの全貌を浮き彫りにする、河出書房新社のムック「文藝別冊」シリーズの最新刊です。 河出書房新社「ウディ・アレン」(楽天市場)【レビュー・解説】創業三十周年記念で新作を含むレンタルDVDがなんと30枚で1000円という破格の出血大サービスにつられて訪れたツタヤで、ついでに購入した書籍です。ウディ・アレンの人物・作風に関しては、既に包括的な伝記ドキュメンタリー「映画と恋とウディ・アレン」(2011年)を見ていますが、蔦屋書店のポイント5倍キャンペーンにつられ、「寄稿者が多いので様々な視点が楽しめるに違いない」と期待しながら購入しました。最近、書籍を購入しても積読が多いのですが、本書は期待に違わず様々な視点が興味深く、一気に読了しました。一般的な解釈や難解な評論は飛ばして、特に面白いと感じた部分を挙げます。十歳のアランは背が低くて発育不全のように見えたし、実際自分の容姿に自信をもっておらず、青白い顔には冴えない表情をたたえていた。おかげで内気に見えたし、後に映画俳優となった彼はその外観を利用して負け犬的な役柄ばかり演じることになるのだが、実のところはにかみ屋でもなければ抑圧されていたわけでもなかった。近所では有名な「悪たれ」だったのである。(遠山純生、映画評論家)アレンには、「コンプレックスを抱えた知識人」的なステレオタイプがありますが、コンプレックスと知識だけで、50年もの間、映画制作の第一人者であり続けるとは考えづらいものがあります。例えば、「悪たれ」的要素が彼のハイペースでハイレベルな創作活動の原動力になっているとし、それが具体的に何なのか、考えてみるのも面白そうです。では、ウディ・アレンのスタンダップネタは、どんなものだったのだろうか?(いいをじゅんこ、クラシック喜劇研究家/ライター)いいをじゅんこは、いくつかのネタを具体的に紹介しながら、アレンのネタの類型が「ミスディレクション」と「マジックリアリズム」であることを示しています。アレンのコメディ映画のベースが、スタンダップ・コメディアン時代にあることに疑いはありませんが、彼のスタンダップのネタは意外に知られていません。本書では、作家の池澤夏樹もアレンのジョークを紹介していますが、EMブックスの「ウディ・アレン」にスタンダップ時代の有名なネタの多くが収録されているようです。その人生の流れを振り返ると、普通のユダヤ人女性から(最初の妻)から裕福なユダヤ女性(二番目の妻)へと変わり、中産階級的なアングロサクソン系(ダイアン・キートン)からハリウッド名門のアングロサクソン系(ミア・ファロー)へと、パートナーの社会的なポジションも動き、それによってアレン自身も成長していった。そして、今は女優とは客観的な距離を保つことで、むしろ、自分の世界を自由に追求できるようになったのだろう。(おおもり・さわこ、映画評論家)ダイアン・キートンやミア・ファローとの関係がアレンの作風に大きな影響を与えたことは広く知られていますが、おおもり・さわこはその前後の女性や女優を含めて、網羅的にかつ鋭く考察しています。スカーレット・ヨハンソンやケイト・ブランシェットは別格としても、ナオミ・ワッツ、シャーリーズ・セロン、マリオン・コティヤールたちは意外に小粒に見えた。みな、実力派なのだが、アレンと同世代的に共闘してきた女優たちに比べ、何か埋めがたい距離が感じられるし、ひとつ「膨らみ」にかける印象である。(渡辺幻、ライター/編集者)ウディ・アレンの映画で開花したと言える女優は、「魅惑のアフロディーテ」(1996年)と「ギター弾きの恋」( 1999年 )でアカデミー助演女優賞のノミネートされたミラ・ソルヴィーノとサマンサ・モートンあたりまででしょう。2000年以降のアレンの作品で際立ったいる女優は、 「マッチポイント」(2005年)のスカーレット・ヨハンソン 「それでも恋するバルセロナ」(2009年)のペネロペ・クルス 「ブルー・ジャスミン 」(2013年)のケイト・ブランシェットと、既に確立した女優ばかりです。元よりアレンは演技指導しない監督として知られていますが、おおもり・さわこの考察にもあるように、ミア・ファローとの決別以降、徐々に女優と客観的な距離を保つようになり、演技は女優次第という傾向がより強くなっているのかもしれません。そういう意味では「ワンダー・ホイール」(2017年秋公開予定)のケイト・ウィンスレットは、ケイト・ブランシェット同様、傑出した女優として素晴らしいものを見せてくれそうです。(ウディ・アレンは)音楽が好きだから、音楽が映画を甘やかすことを知っている。だから、そう簡単には好き勝手にまかせない。ドラマチックな音楽がいきなり流れて恋する男女が抱き合ったり、問題が解決されたするなんてごめんだね。音楽は物語を左右させるものではなく、ただ楽しく、切なく、楽しいものとして鳴り、登場人物たちの時間を先に進めるもの。圧倒的にロマンチックなメロディに、いかに身を任せないないで物語を作ろうか。そういう命題に挑むアレンが透かして見えてきたら、この映画(「マンハッタン」)がもっと好きになった。(松永良平、音楽ライター)ウティ・アレン自身、クラリネット奏者ですが、サウンドトラックの使い方がストイックであるという指摘です。確かに、彼の作品では音楽が鳴っていないことも多い一方、「マンハッタン」(1979年)や「それでも恋するバルセロナ」(2008年)、「ミッドナイト・イン・パリ」(2011年)などでの音楽の使い方は絶妙です。また、本書では映画評論家の故淀川長治が、アレンのミュージカル映画「世界中がアイ・ラヴ・ユー」(1996年)における選曲を絶賛しています。1960年代後半ーユダヤ人は差別される存在。ユダヤ人には独自の文化がある。1970年代後半 ーユダヤ人には独自の文化がある。移住してきたばかりの頃が懐かしい。(青山南、翻訳家、エッセイスト、米文学研究者、文芸評論家、絵本作家、早稲田大学文化構想学部教授)ウディ・アレンは何冊かの短編集を執筆しており、青山南は作家としてのウディ・アレンを批評しています。青山の時代分析に従うと、1970年代にユダヤ人作家として認知されるようになったアレンは、「差別されるユダヤ人」から、「昔を懐かしむユダヤ人」に変化する端境期の作家と言えます。アレンの作品にはユダヤ人であることのコンプレックスや自虐ネタが多いと言われますが、彼のネタには必ずしもトゲがないことに通じる様でもあり、興味深いです。1935年生まれですでに八十歳を過ぎたウディ・アレンは長年に渡ってほぼ年に一作という驚異的なペースで映画を撮り続けてきたが(そのせいで彼はアメリカではときに「ワーカホリックな監督」と揶揄されることもある)、アレンの場合、監督だけではなく、大半の作品で脚本も自分で書いているので、その頭のなかには余人の想像を絶するほどの豊穣な言語世界と鋭い言語感覚が存在していると考えられる。(井上一馬、エッセイスト、翻訳家)アレンの才能は多岐に渡りますが、強いてひとつだけ挙げるとすれば、脚本の執筆であることに疑いはありません。映画という形で彼の作品に接することが多い為、ついつい見落としがちですが、脚本執筆における彼のアイディアの豊富さ、セリフの適確さ、そして書くスピードは常軌を逸しています。いわゆる映画評論家だけではなく、コメディ研究家によるスタンダップの批評、女性の目から見た女優との関係、音楽ライターによるサウンドトラックの批評、文学研究者による短編の批評など、様々な視点をカバーしており、ウディ・アレンの人物像や作風をより立体的に眺めることができる一冊です。 河出書房新社「ウディ・アレン」(楽天市場)ウディ・アレンに関する包括的ドキュメンタリー映画のDVD(楽天市場) 「映画と恋とウディ・アレン」(2011年)ウディ・アレンの有名なスタンダップのネタが収録されている本(楽天市場) EMブックス「ウディ・アレン」ウディ・アレンの映画のサウンドトラック集(楽天市場) Music from Manhattan to Midnight in Paris 輸入版ウディ・アレンの著作(楽天市場) 「これでおあいこ」ウディ・アレン短篇集(1971年) 「羽根むしられて」ウディ・アレン短篇集(1975年) 「ぼくの副作用」ウディ・アレン短篇集(1980年) 「ウディ・アレンの漂う電球」(1982年)・・・戯曲本 「ウディ・アレンの浮気を終わらせる3つの方法」(2005年)・・・一幕劇集 「ただひたすらのアナーキー」ウディ・アレン短篇集(2007年) 「ウディ・アレンの映画術」(エリック・ラックスと共著、2009年)
2017年05月09日
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「レッドタートル ある島の物語」(原題:The Red Turtle、仏題:La Tortue rouge)は、2016年公開の日本・フランス・ベルギー合作のアニメーション映画です。スタジオジブリ初の国外との共同製作による作品であり、オランダ出身のアニメ作家、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督・共同脚本で、不思議な無人島にたどり着いた男が体験する出来事を、美しい映像と音楽とともに全編セリフなしで描いています。第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門特別賞を受賞、第89回アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされた作品です。 「レッドタートル ある島の物語」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット脚本:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット/パスカル・フェラン原作:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット出演:男 女 息子 (全編を通して息遣いや叫び声はあるが、台詞はなく、声優のクレジットもない)【あらすじ】嵐の中、荒れ狂う海に放り出された男が目を覚ますと、そこはウミガメやカニ、鳥たちが暮らす不思議な無人島でした。男は竹で作った筏で何度も無人島からの脱出を試みますが、何者かに筏を壊され、ことごとく脱出を阻まれます。男は絶望しますが、死んだアシカを見て、再び島から脱出することを決意します。巨大な筏を作って海に出た男の前に、赤い大きなウミガメが現れ、再び筏が壊され、男は島に戻ります。赤いウミガメが筏を壊したと思い込んだ男は、激しく怒り、浜辺で見つけた赤いウミガメをひっくり返して、放置します。赤いウミガメは死んでしまい、男は後悔しますが、ウミガメの甲羅の中に意識のない1人の女が現れます。男は女を必死に看病し、目覚めた女と男は恋に落ちます。数年後、無人島では息子に恵まれた三人家族が幸せな生活を送っています。島に漂着した瓶を見つけた息子に、父親は島の外の世界の絵を描いて見せます。さらに数年後、突然津波が島を襲い、三人は津波に飲み込まれますが、なんとか再会を果たします。その後、失くした瓶を再び発見した息子は、外の世界へ旅立つことを決意、3匹のウミガメと共に島を出ていきます・・・。【レビュー・解説】81分、全編セリフなしという大胆な構成で、無人島を舞台に人間と自然のかかわりを繊細で美しい映像と音楽で描いた、神話的スケール感のアニメーション映画です。スタジオジブリのプロデュースですが、必ずしもジブリの作風を踏襲するものではなく、短編アニメ映画作家であったマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督独自の作風が長編アニメーションに発展した作品です。81分、全編セリフなしの大胆な構成ですが、開始するやいなや、繊細で美しい映像と音楽に魅了され、引き込まれます。一瞬、意外なストーリー展開に戸惑いますが、女が自然の慈愛のメタファーであることに気がつくと、神話的なスケール感で人間と自然の関わりを描いた作品であることがわかります。文明が進化すると自然への畏怖が薄れ、人間中心の世界観になりますが、本来、人間は自然の一部であることを思い起こさせる作品です。無人島からの脱出をことごとく阻まれる男は赤い亀に出会うやがて女が現れ、男は恋に落ちる子供が生まれ、三人で暮らす男は息子に島の外の暮らしを絵に書いて教え、成長した息子は島を出て行く自然の描写が美しいヴィット監督は、以前から無人島を舞台にした作品を考えていましたが、短編に収まらず、実現しませんでした。たまたま、ジブリスタジオから長編制作の声がかかり、かねてから考えていたアイディアを実現したのが本作です。「子供の頃、沢山の童話を読みました。ヨーロッパの有名なものだけではなく、他の大陸のものにも、心を奪われました。ギリシャ・ローマ神話や、他の文明の神話も読みました。私は、生来、神話や寓話、童話が好きで、創作も極めて自然にその方向に向かいました。」「私を強く印象づけた一冊の本があります。それは、ラフカディオ・ハーンの「Kwaidan」(怪談)です。「この本に触発されるものがあるかもしれない」と、スタジオジブリに戴きました。それは日本の童話集ですが、極めて暗い内容の為、怪談と呼ばれています。自然に近く、とても強烈で感動的な話に触発されました。この映画に取り込んだ話はありませんが、この本の感覚に魅了されました。」(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)ラフカディオ・ハーンの「Kwaidan」の「雪女」は自然の畏怖と慈愛のメタファーですが、本作に登場する女と少しばかり重なる部分もあります。なお、日本に浦島太郎伝説のように亀が出てくる童話があることを後に知り、ヴィット監督は驚いたといいますが、本作はこれに影響を受けたものではありません。本作のストーリーはシンプルですが、脚本は試行錯誤を重ねながら時間をかけて書かれており、制作に8年と長い期間がかかった理由にひとつになっています。「時間を贅沢に使わなければ、この映画の脚本を書くことができませんでした。もし、急いで脚本を書いて、制作を始めていれば、この映画は失敗していました。私は時間をかけて脚本を書き、何度も書き直しました。人々の声をフィードバックし、最終的には共同で脚本を書いてくれる人を頼みました。いろんなことに磨きをかける必要あったのです。基本となる話は強いものですが、鍵となる部分の流れがよくありませんでした。共同脚本のパスカル・フェランが、全てをより強いものにしてくれました。」(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)本作には、自然の畏怖として津波が描かれています。シナリオが完成したのは、東日本大震災が起きる2年前でした。「私がこの作品で一番伝えたかったのは、人間が自然と真剣に向き合い、尊重する心を持つ、ということ。それを南の島に漂流した男の人生に重ね合わせたかった。津波は残酷な一面もありますが、自然現象としてある種の美しさも感じていたので、作品にとって不可欠なものでした。ところが2011年、東日本大震災が起こり、わたしの心は激しく動揺しました。」(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)津波のシーンを残すべきかどうか、ヴィット監督は自問し、スタジオジブリに津波のシーンを削除することを提案したそうです。これに対し、ジブリは、この映画は自然対人間を描くものではなく、「人間は自然の一部なのだ」ということをテーマにしているので、残すべきだと答えました。「自然は美しいものでもあり、怖いものでもある。作品に普遍性が求められる以上、その両面をしっかりと描くべきだと思っています。ただ今回は実際に津波が起きて、甚大な被害が出たので、配慮の問題は相当悩みましたが、マイケルは自然現象として尊厳を持ってきちんと描いていた。作品にとっても必要不可欠なシーンだったので、最終的にカットすべきではないという結論に達しました。」(鈴木敏夫、プロデューサー)インタビューを読むにつけてもヴィット監督の誠実な人柄が伺われますが、本作で伝えたいことに関して次のように語っています。「本作は教訓的な話ではありません。私は、教訓的な映画は見るのも作るのも嫌いです。そういう意味でのメッセージは本作にはありません。エコロージーに関するメッセージも込めたつもりもありませんが、ある意味、そうした部分はあるかもしれません。エコロジーが自然への畏敬に基づくものであること考えれば、自然に対する深い畏敬の念と関わりを美しく描くことは、エコロジーのメッセージに似たものです。」「映画を制作しながら、自分は何を伝えたいのか自問しました。これだという、深みのある真の答えを見つけることができませんでした。しかし、制作を終え、作品を見た時に、もし、観客がこの映画を観て、如何に自然に関わっているか感じてくれれば・・・、植物や愛らしい動物とだけではなく、もっと深く自然と関わっている、さらに言えば、我々ひとりひとりが自然であり、観客自身が自然と深くつながっていると感じてくれれば、とても素晴らしい、とても素晴らしいです。観客の心の中に微妙な何かが生まれてくれればと、思います。」(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)スタジオジブリ初の国外との共同製作は、2006年に当時の社長でプロデューサーであった鈴木敏夫が、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督に長編映画を作ってみないかと声をかけたことがきっかけです。鈴木は、アカデミー短編アニメーション映画賞を受賞したヴィット監督の「岸辺のふたり」(2000年)を観て感動し、彼の長編アニメーション映画を見てみたいと声をかけたと言います。彼がヴィット監督に宛てたメールには、「岸辺のふたり」(2000年)を配給させてもらえないか?ジブリの為に長編映画をつくらないか?という質問が書かれていました。二つめの質問に面食らい、信じられなかったヴィット監督は、ひとつめの質問にのみ答え、二つ目の質問に関してはどういう意味かわからないと説明を求める返事を書いたそうです。長編映画の制作が初めてだったヴィット監督は、ジブリからアドバイスを得ることを条件に本作を制作することになりました。コミュニケーションを円滑にする為に来日、小金井市に一ヶ月ほど住んでシナリオと絵コンテを作成、メンターである高畑勲らのチェックを受けた上で、絵コンテが完成させ、フランスに戻って本格的な製作に入りました。批評家には非常に高い評価を得た本作ですが、残念ながら興行成績は振るわなかったようです。ジブリスタジオのプロデュースでありながら、娯楽目的ではなく、ヴィット監督が自身の内面を深く掘り下げ、低予算で実現した、いわばインディーズ系のアニメーション映画ですので、やむを得ない部分もありますが、本作の高い芸術性を見るにつけても、鈴木敏夫プロデューサーの大胆な目利きが素晴らしいです。マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット(1953年〜)は、主にイギリスを拠点として短編アニメ映画を中心に活動する、オランダ出身のアニメ作家、アニメーター、イラストレーターです。大学卒業後、フリーランスのアニメ作家、アニメーターとして活躍し、ディズニーのアニメ映画「美女と野獣」(1991年)、「ファンタジア」(2000年)に参画する一方、ユナイテッド航空、AT&T、ネスレ、フォルクスワーゲン、ハインツなどグローバル企業のCMを手がけ、数々の賞を受賞しています。1990年代より、短編映画の監督を務め、「お坊さんと魚」(1994年)でセザール賞短編アニメーション映画賞を受賞、アカデミー短編アニメーション映画賞にノミネートされます。「岸辺のふたり」(2000年)でアカデミー短編映画賞を受賞、本作でカンヌ国際映画祭ある視点部門特別賞を受賞、アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされています。絵本の制作も手掛けており、「岸辺のふたり」を絵本化するとともに、絵本作家テオとともに「オスカーとフー」を共同制作しています。【サウンドトラック】 「レッドタートル ある島の物語」サウンドトラック(楽天市場)1.Love in the sky2.Flying with the turtles3.The girl4.The tsunami5.White hair6.She is dead7.The baby8.Despair9.Baby's fall10.L'au revoir11.The first raft12.The red turtle13.I will stay with you14.The fall15.The dream16.I've found Dad17.Where is she?18.He has to go19.Anger20.Second raft 「レッドタートル ある島の物語」のDVD(楽天市場) 【関連作品】マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督作品のDVD(楽天市場) 「マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット作品集」ジブリより贈られ、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督が触発された本(楽天市場) ラフカディオ・ハーン「Kwaidan」マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットがイラストを描いた絵本(楽天市場) 「オスカーとフー 」 「オスカーとフー いつまでも」「岸辺のふたり」
2017年05月08日
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「女神は二度微笑む」(原題:Kahaani )は、2012年公開のインドのヒンディー語によるミステリー&サスペンス映画です。スジョイ・ゴーシュ監督・脚本、ヴィディヤー・バラン、パラムブラト・チャテルジー、ナワーズッディーン・シッディーキーら出演で、失踪した夫を捜す為に熱気が渦巻くコルカタを訪れた妊娠中のヒロインが、根気強い捜索を続けるうちに、事態が急展開していく様を描いています。 「女神は二度微笑む」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:スジョイ・ゴーシュ脚本:スジョイ・ゴーシュ出演:ヴィディヤー・バラン(ヴィディヤ、失踪した夫を探してコルカタを訪れる妊婦) パラムブラト・チャテルジー(ラナ、ヴィディヤに協力する頼りないが誠実な警察官) ナワーズッディーン・シッディーキー(カーン、インド国家情報局のエリート捜査官) ほか【あらすじ】二年前に毒ガスによる地下鉄無差別テロ事件で多くの犠牲者が出たインドのコルカタ(旧名カルカッタ)の国際空港に、ロンドンからやってきた美しき妊婦ヴィディヤ(ヴィディヤー・バーラン)が降り立ちます。彼女の目的は、一ヶ月前に行方不明になった夫を捜すことでした。しかし宿泊先にも勤務先にも夫がいたことを証明する記録は一切なく、ヴィディヤは途方に暮れてしまいます。そんな中、夫に瓜ふたつのミラン・ダムジという人物の存在が浮上、それを知ったインド国家情報局の捜査官カーン(ナワーズッディーン・シッディーキー)が捜索に介入、ヴィディヤへの協力者が何者かに殺害されるという緊迫の事態に発展していきます。少々頼りないが誠実な警察官ラナ(パランブラト・チャテルジー)の協力を得て、夫捜しに執念を燃やすヴィディヤですが、やがてが夫の失踪が二年前に起きた無差別テロ事件に関連していることを知ります・・・。【レビュー・解説】熱気が渦巻くコルカタの街を舞台に、国家情報局や無差別テロ事件が絡む本格的なミステリー&サスペンスを、美しい妊婦を主人公に描いたスリリングで感動的なインド映画です。インド映画にもかかわらず、派手なデコレーションも歌や踊りもない本作は、ブライアン・シンガー監督の名作「ユージュアル・サスペクツ」(1995年)に匹敵するほどの本格的なミステリー&サスペンス映画に仕上がっています。人だかりを避ける為に何度となくゲリラ撮影したという映像はドキュメンタリー風で、猥雑なまでにエネルギッシュなコルカタの街をヴィヴィッドに映し出します。ガガネンドラナート・タゴールの水彩画「Pratima Visarjan」のカラースキームに影響を受けたという映像が美しく、クライマックスのドゥルガー・プージャーの祭りが圧巻です。120万ドルの低予算ながら、1600万ドルの興行収入を記録したヒット作です。インド国家情報局や毒ガスによる地下鉄の無差別テロ事件が絡む本格的なミステリー&サスペンス映画ですが、主人公は身重の女性という珍しい設定です。「このストーリーは私の中で、何年もかけてあたためてきたものです。最初の発想は、私の妻が最初の子どもを出産したときに、一晩で変わった彼女の姿を見たことがきっかけでした。前の夜まで知っていた彼女とは違う、別の誰かに一瞬で成長したのです。それは私にとって大変魅力的な光景でした。突然生まれた責任感、わが子を守ろうとする本能、無条件の愛。それがアイディアに結び付いたのです。」「母親というものは全く見知らぬ環境の中でどう反応するのか?どのようにして自分自身や自分の子供を守ろうとするのか?このアイディアをヴィディヤー・バーランに相談し、そこから作り上げていきました。」(スジョイ・ゴーシュ監督)主人公のヴィディヤを演じるヴィディヤー・バランは、才色兼備のボリウッド女優です。幼い頃から女優を志しますが、教育を重視する両親の意向により大学で社会学を専攻、ムンバイ大学大学院で修士号を取得しています。また、マラヤーラム語、タミル語、マラーティー語、ヒンディー語、英語、ベンガル語と、多数の言語に堪能な才媛です。女性が開放されつつあるインドでは女性を描く映画が増えつつありますが、女性を中心に据えた映画に彼女が出演するのは本作で4作目になります。「私はずっとヴィディヤー・バーランと一緒に仕事をしたいと思っていました。この映画の企画が浮かんだときに彼女にアイディアを伝え、それから彼女と相談しながらストーリーを作り上げていきました。そしてこの役を演じる上で、彼女には多くを説明する必要はありませんでした。彼女は主人公のキャラクターについて私と同じくらい理解してくれていましたし、インドでも抜きんでた女優ですから、自分の役柄をしっかりと演じてくれたのです。」(スジョイ・ゴーシュ監督)ヴィディヤー・バラン(ヴィディヤ) クライマックスのドゥルガー・プージャーの祭りは10月ごろに行われる女神ドゥルガーに祈りを捧げる祭で、とりわけベンガル地方では盛大に執り行われものです。ドゥルガーは、ヒンドゥー教の女神で、その名は「近づき難い者」を意味し、外見は優美で美しいが、実際は激烈な気性を兼ね備えた恐るべき戦いの女神です。本作では、女性としての美しさと強さを兼ね備えた主人公のヴィディアに重ね合わせられています。邦題の「女神は二度微笑む」の女神とはドゥルガーのことで、美しい女神としての微笑みと強い女神としての微笑みのふたつの微笑みを、二度微笑むと表現したものでしょう。ドゥルガーの像 ドゥルガーの像(楽天市場)さらに本作を見応えのあるものにしているのが、誠実だが少々頼りない警察官ラナと、エリートだが粗野な捜査官カーンです。この対照的な二人の存在が、主人公ヴィディヤの美しさと強さを際立たせています。誠実だが少々頼りない警察官ラナを演じているのが、本作が出世作となったパラムブラト・チャテルジーです。ラナ役は他の俳優が演じる予定でしたが、撮影直前に出演できなくなくなり、ゴーシュ監督から電話で以来を受けたチャテルジーが、急遽、イギリスから駆けつけて撮影に参加しました。本作のパフォーマンスが彼に高い評価をもたらし、その後、多くの主演作が製作されただけではなく、監督としてもデビュー、何本かの作品を世に出しています。パラムブラト・チャテルジー(ラナ)エリートだが粗野な捜査官カーンを演じるナワーズッディーン・シッディーキーは、インドの個性派俳優です。12年間の下積みの後、本作をきっかけに注目されるようになり、カンヌ国際映画祭観客賞を受賞した「めぐり逢わせのお弁当」(2013年)や、アカデミー賞で6部門にノミネートされた「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」(2016年)にも出演しています。ナワーズッディーン・シッディーキー(カーン)ゴーシュ監督の生まれ故郷であり、映画の舞台となるコルカタ(旧名カルカッタ)はインドの西ベンガル州の州都で、イギリスの帝国主義政策における主要な拠点として建設され、イギリス領インド帝国時代に植民地政府の首都機能を有していた街です。近郊を含む都市圏人口は約1500万人であり、世界第20位、インドではデリーとムンバイに次ぐ第3位、市域の人口密度はデリー、ムンバイ以上と、活気に溢れる街です。他の地域には見られない、インドの大都市ならでは街並みや風景をフルに堪能できるのも本作の魅力です。コルカタの街を捜索するクライマックスはドゥルガー・プージャーの祭が舞台となる【撮影地(グーグル・マップ)】毒ガスによる無差別テロ事件が起きた地下鉄の駅ラナが勤務する警察署ヴィディヤが宿泊したホテル捜査で訪れる神像の工房街二人の男が殺害された路面電車の車庫ドゥルガー・プージャーの祭りが行われる街 「女神は二度微笑む」のDVD(楽天市場)【関連作品】おすすめインド映画のDVD(楽天市場) 「きっと、うまくいく」(2009年) 「マダム・イン・ニューヨーク」(2010年) 「マイネーム・イズ・ハーン」(2010年) 「神様がくれた娘」(2011年) 「スタンリーのお弁当箱」(2011年) 「バルフィ!人生に唄えば」(2012年) 「命ある限り」(2012年) 「マッキー」(2012年) 「めぐり逢わせのお弁当」(2014年) 「PK ピーケイ」(2014年)
2017年05月06日
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「グッバイ、サマー」( 原題:Microbe et Gasoil、英題:Microbe and Gasoline)は、2015年公開のフランスの自伝的青春コメディ映画です。「自らが体験したことを元に冒険したかった」というミシェル・ゴンドリーの監督・脚本、アンジュ・ダルジャン、テオフィル・バケ、オドレイ・トトゥら出演で、様々な悩みを抱える14歳の少年と風変わりな転校生の二人が、エンジンで動く自作の小屋に乗ってパリからフランスの田舎を旅をする様をコミカルに、そしてほろ苦く、描いたロードムービーです。 「グッバイ、サマー」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ミシェル・ゴンドリー脚本:ミシェル・ゴンドリー出演:アンジュ・ダルジャン(ダニエル) テオフィル・バケ(テオ) ディアーヌ・ベニエ(ローラ) オドレイ・トトゥ(ダニエルの母) ジャナ・ビトゥネロヴァ(テオの母) ほか【あらすじ】画家を目指す14歳のダニエル(アンジュ・ダルジャン)は、大人と子供の狭間でたくさんの悩みを抱えています。中学生になっても女の子のような容姿で、クラスメイトからは「Microbe」(チビの意:原義は微生物、病原菌)と呼ばれ、恋するローラ(ディアーヌ・ベニエ)からは全く相手にしてもらえません。母親は過保護、兄はパンク野郎で、誰も本当の自分を理解してくれません。そんなある日、ダニエルのクラスにテオ(テオフィル・バケ)という名の、風変わりな転校生がやって来ます。目立ちたがり屋で、自分で改造した奇妙な自転車を乗り回し、家業のせいで身体からガソリンの匂いを漂わせています。周囲から浮いた存在のダニエルとテオは意気投合し、親友になります。息苦しく、うんざりするような学校や家族、仲間から脱出する為、彼らはスクラップを集めて夢の車を作り、夏休みを利用して旅に出ます・・・。【レビュー・解説】現実の個人的体験と夢に見た幻想的体験の記憶を再構成しながら、十代の少年の友情と青春のほろ苦さを見事に描き出した、ノスタルジックでファンタジックな自伝的青春映画です。14歳は微妙な年齢です。性に目覚め、女の子に憧れる一方、様々な劣等感に苛まれます。本作はそんなローティーンの少年が、彼を励ましてくれる友人と出会い、エンジンで動く手作りの小屋に乗ってパリからフランスの田舎を旅する冒険談を、ミシェル・ゴンドリー監督がノスタルジックに、ファンタジックに、そしてほろ苦く描いています。ミシェル・ゴンドリー監督と言えば、記憶を慈しむように描き、アカデミー脚本賞を受賞した「エターナル・サンシャイン」(2004年)手作り感の満載の「僕らのミライへ逆回転」(2008年)映像効果の素晴らしいカイリー・ミノーグのミュージック・ビデオ「カム・イントゥ・マイ・ワールド」(2002年)などの個性的な作品が強く印象に残っています。特に、「エターナル・サンシャイン」では、消されまいと逃げ回る愛し合う二人の記憶に思わず感情移入、無事に逃がしてやりたいと強く思いました。こうした個性的な作品に比べると本作はマイルドな仕上がりですが、例えば、同じ少年の日々をノスタルジックに描いたロブ・ライナー「スタンバイミー」(1986年)ウェス・アンダーソン監督の「ムーンライズ・キングダム」(2012年)といった作品に比べると、ミシェル・ゴンドリー監督らしさが滲み出ている作品です。「ノスタルジーは失った瞬間を再び作り出すことであり、今を楽しめない時に過去を思って今を忘れる」と、ゴンドリー監督は言います。奇しくも、彼が難易度の高い映画への期待に押し潰されそうになった時に、本作にも出演しているオドレイ・トトゥに個人的な映画を制作をしてみたらと言われて、本作の制作を思いったったといいます。「私はノスタルジーが美学だとは思いません。それは失われた瞬間を再創造すること、脳に残るかすかなイメージを呼び戻し命を与えることです。しかし、再創造された記憶と本来の記憶は異なることに私たちは気づきません。それは、映画で夢を描くようなものです。ノスタルジーとは誰もが心の中に持つものであり、それを映画を通して他の人々に伝えることができるのは、とても幸運なことです。」「私はノスタルジックな人間で、しばしば記憶を辿ります。二度と私に訪れることはないだろうと思う瞬間もあります。私が記憶を遡るのは、今、この瞬間を十分に楽しむことができないと思うからかもしれません。記憶を辿っていると、この瞬間を生きることを忘れることができます。これは悪循環ですが、監督である現在の私を題材に映画を作ることは難しい。自分自身のことを映画にするには、監督になる前の少年時代に戻る必要があったのです。」(ミシェル・ゴンドリー監督)本作の前半は、ゴンドリー監督の現実の記憶に基づいています。ゴンドリー監督は創作活動の為に見た夢の記録をとっているのですが、本作の後半はその彼が実際に見た夢の記憶で構成されています。現実の記憶鬱で過保護、身体的接触を必要とする母、パンクに夢中な兄長髪でいつも女の子に間違えられていた自分絵を描くことやアイディアを考えることが得意な自分女の子に恋していた自分いつもスクラップで工作をしていた、父親が古物商の友達友達と中古のゴーカートを買い、スーパーの駐車場で乗り回していた自分たちで車を作るという計画を思いついた(が、実現しなかった)夢の記憶歯医者の家に泊まるエピソード風俗店で散髪するエピソードアメフト選手に追いかけられるエピソード後ろ向きに飛ぶ旅客機のエピソード車を自作してしまう辺りは、「僕らのミライへ逆回転」同様、ゴンドリー監督らしい手作り志向ですが、少年の頃に実現できなかった願望の実現という点では、ウェス・アンダーソン監督が「ムーンライズ・キングダム」で「空想の記憶」を実現したのと似ています。しかし、ゴンドリー監督は自分自身の現実と夢の記憶に徹底的にこだわります。空想は往々にして願望ですが、夢は必ずしもそうではなく、むしろ意外なものです。また、湖の中からローラが現れたり、飛行機でパリに戻るなど、願望が現実となるシーンで、ゴンドリー監督は映像を逆回しに、敢えてファンタジーであることを強調している点も興味深いです。(因みに、韓国系の風俗店の美容師が日本語を話すシーンがありますが、これも日本語のオムニバス短編映画を監督したことがあるゴンドリー監督が見た「夢」が元になっていると思えば、合点がいきます。)本作の見所のひとつは、テオが誰も見に来ないダニエルの個展を訪れ、あたかも会場が混んでいるかのような芝居をして、ダニエルを笑わせるシーンです。実は、お互いに夢を見続けさせることが、ダニエルとテオの友情のベースになっています。テオは役にたたないスクラップから物を作り出し、ダニエルの想像力を刺激します。また、ダニエルが芸術家肌で創造的であることを、テオは称賛します。周囲からはまともに相手にしてもらえませんが、二人は互いに信じあっています。お互いに夢を見続けさせることが二人の友情のベース 大人になってしまえば、お互いに夢を見続けさせるような関係は難しくなります。今や映像作家として大成功したゴンドリー監督ですが、金や名声目当てで彼を賞賛する人はいても、なんでも聞けて、潰れそうな時には励ましてくれるテオのような無垢な友人は、彼の前に二度と現れることはないでしょう。何故、湖から現れるローラや、パリに戻る飛行機の映像が逆回転なのか、エンディングの後、ローラとの関係は果たしてどうなるのか、これらはゴンドリー監督にとってテオとの関係が何物にも代えがたい記憶であり、より強いノスタルジーであることを暗示しています。14歳という微妙な年齢、性への目覚め、女の子への憧れ、その一方での様々な劣等感といった普遍的な題材が多くの人々の共感を呼びますが、裏を返せば、よくある話になりかねません。ゴンドリー監督の自身の記憶へのこだわりとともに、自分を創造的に刺激し、励ましてくれる友人への強いノスタルジーが、彼の作品であることを強く特徴づけています。アンジュ・ダルジャン(ダニエル)フランス生まれ。本作が映画初出演ですが、役柄通り、女の子の様にキレイで、繊細な男の子を見事に演じている。テオフィル・バケ(テオ)フランス生まれ。本格的な映画出演は本作が初めですが、ダニエルと対称的な役柄を見事に演じている。「素晴らしい風船旅行」(1960)や「天使」(1982)などに出演したフランスの俳優、モーリス・バケ(1911年~2005年)の孫。ディアーヌ・ベニエ(ローラ)フランス生まれ。本作が映画初出演。あどけない少女から女性に変貌する端境期の14歳をうまく演じている。とても綺麗な顔立ちで、将来、美人になりそう。オドレイ・トトゥ(ダニエルの母)1976年、フランス生まれ。パリの演劇学校で学び、映画初主演の「エステサロン/ヴィーナス・ビューティ」(1999年)でセザール賞有望新人賞を受賞する。「アメリ」(2001年)が世界的大ヒットとなり、一躍その名を知られる。「スパニッシュ・アパートメント」(2002年)を初めとするセドリック・クラピッシュ監督の青春三部作でメインキャストを務める一方、また『堕天使のパスポート』(2002年)、「プライスレス 素敵な恋の見つけ方」(2006年)などに出演、「ダ・ヴィンチ・コード」(2006年)でハリウッド進出を果たす。余談になりますが、私たちが日常的に経験する出来事に関する記憶を自伝的記憶と言い、この記憶は再構成されることが知られています。「再創造された記憶と本来の記憶の違いは本人にはわからない」とゴンドリー監督が言っているのは、この記憶の再構成を意味しています。再構成には、思い出す人の性別、年齢、気分、性格、過去と未来の捉え方などが影響すると言われています。平たく言うと、その人特有のバイアスがかかり、思い出しやすいように思い出すということです。「私の人生は不幸だった」と嘆く私の母を、「いいこともあったはずだ」と諭す父を見るにつけても、なるほどと思います。私自身はあまり記憶を辿るタイプではないのですが、記憶が再構成されものと知ると、逆に興味が湧いてきます。ゴンドリー監督にならって14歳の頃の自分を思い出してみると、背が小さく、奥手で、コンプレックスを感じていた野球の選手に憧れ、毎晩、素振りをしていた英語の先生が美人で、ハッスルして勉強した友人の影響でオーディオに興味を持ち、映画音楽ばかり聞いていた・・・これらが再構成された記憶であると自分では認識できないのですが、もし、これらの記憶をベースに物語を作るとしたら、そこには現在の自分が反映するような気がします。一から物語を作るのは大変ですが、こうした自分の記憶を様々な映画の設定に当てはめ、物語の中で自分がどう動くか見てみたい気がします。【動画クリップ(YouTube)】訪問者のいないダニエルの個展で会場が混んでいるかのように芝居をするテオ【撮影地(グーグルマップ)】ダニエルらが通う学校(校門) ダニエルらが通う学校(3D俯瞰) 設定ではヴェルサイユだが、校門及び校庭はパリの近くの中学校で撮影している自転車に乗ったテオがダニエルとローラを追って渡る跨線橋ローラがダニエルに手紙を渡した通り給油に立ち寄ったガソリンスタンドダニエルが奪ったフットボールを返したダム祭りが開かれていた村 「グッバイ、サマー」のDVD(楽天市場)【関連作品】ミシェル・ゴンドリー監督作品のDVD(楽天市場)「エターナル・サンシャイン」(2004年) 「ブロックパーティー」(2004年) 「僕らのミライへ逆回転」(2008年) 「TOKYO!」(2008年) オムニバス映画(「インテリア・デザイン」を監督)ミシェル・ゴンドリー監督のミュージック・ビデオ(YouTube)チボ・マット「シュガー・ウォーター」(1996年) 左右に分割された画面に二人の女性が登場、うち一人の映像が逆回しだが、中間点をすぎると・・・カイリー・ミノーグ「カム・イントゥ・マイ・ワールド」(2002年) 一体どうやって撮影したんだと思わせる、長回し+編集が素晴らしい映像ケミカル・ブラザーズ「スター・ギター」(2002年) 一見、シンプルな車窓の風景の様だが、実は音楽と完全にシンクロさせた合成映像という凝った作品
2017年05月04日
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