おしゃれ手紙

2020.10.10
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カテゴリ: 映画
ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン

知るほどに、もっと彼を好きになる。

1922年、イタリアに生まれたピエール・カルダンは、ファシズムが台頭する祖国からフランスへ脱出。
ファッションの道へ進み、50年代初頭にはオートクチュール(高級仕立服)を始める。
やがて、プレタポルテ(既製服)に業界で初めて本格参入。
未来的なコスモコール・ルックで若者を熱狂させた。
そんな彼が語るのは、先鋭的すぎてファッション界から敬遠された苦悩と反撃、女優ジャンヌ・モローとの運命的な恋、
情熱を注いだ劇場運営、門前払いされた高級レストラン『マキシム・ド・パリ』のリベンジ買収……。

さらに、ファッション後進国だった日本や人民服を着ていた中国に先陣を切って乗り込み、ファッションの楽しさを世界中に伝えたカルダン。
ジャン・ポール・ゴルチエやシャロン・ストーン、ナオミ・キャンベル、森英恵、高田賢三、桂由美といった豪華ゲスト陣の証言から浮かび上がるのは、スキャンダラスな天才デザイナーのチャーミングな素顔と輝かしいレガシーであった……。
ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン ■より。

 この映画を見て、ピエール・カルダンの知らなかったことがいっぱい分かった。
 まず、のっけから、カルダンはゲイであることを告白。
映画の中でもナレーションで何回もゲイのことを言っている。

この映画の、監督・プロデューサーが男性カップル。
 フランス人だと思っていたが、カルダンは、1922年、イタリア生まれ。
彼が幼い頃、ファシズムが台頭する祖国イタリアから逃れ、一家でフランスへ移住。(1924年)
 1960年、パリの老舗高級レストラン「マキシム・ド・パリ」に行ったカルダン。
ドレスコードに引っ掛かり、まさかの入店拒否された。


前衛的なデザインを売り物にするカルダンが
1893年創業、アールヌーボー・スタイルの老舗高級レストラン、マキシムの室内にうっとりしていた。
そりゃあ、アール・ヌーボーに勝てるデザイナーはいないだろうと、アール・ヌーボー大好きな私は、嬉しかった。
ビートルズの衿なしジャケットを作ったのは、ピエール・カルダン だということもこの映画を見て知った。
 映画の中で、デザオナーの高田賢三も出てきている。
81歳彼の死が報じられたのは、映画を見た次の日で、死因は、コロナだった。
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Last updated  2020.10.10 00:09:04
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天地 はるな@ Re:昔語り:父の方言(01/26):追加 ●うんにゃ *否定することば 「うんにゃ、…
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