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読書の秋です。 先日は司馬遼太郎さんの歴史小説「国盗り物語」を読んだのですが、今度はなぜかがらりと趣が変わって横溝正史さんのミステリ小説を読み始めました。 金田一耕助シリーズです。「犬神家の一族」や「悪魔の手毬唄」のような代表的傑作ではなく、ちょっとマイナーな「仮面舞踏会」と「白と黒」「迷路荘の惨劇」などを読んでみようと思います。ずいぶん前に読んだきりなので内容をよく覚えていない。新鮮な気持ちで読めそうです。 画像は角川文庫に、自作のカバーを着けたものです。 現在の角川文庫版はカバーデザインが味気ないので、自分で作りました。パソコンとプリンタがあれば、けっこうなものができます。書店に売っているビニールのカバー(文庫サイズ14枚入り108円)をかけると、さらに体裁のいいものができます。 40数年前、角川文庫の横溝正史作品がまきおこした大ブーム。 角川春樹さんが、それまでは忘れられた存在だった横溝正史作品を文庫化し、「横溝正史フェア」として売り出して大きな話題を呼んだ。森村誠一作品と横溝正史作品の文庫本が書店にズラリと並んでいた、そんな時代が懐かしく思い出されます。 角川文庫の金田一耕助シリーズ、第1弾は「八つ墓村」で、1971年4月。そして「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」と、つぎつぎと映画化されたことで、さらに原作小説も売れるという、大きなブームになりましたね。 杉本一文さんの表紙カバーイラストがおどろおどろしい雰囲気を醸し出して、なかなか良かったのですが、現行の版ではなぜかそのイラストが使われていない。
2016年10月30日
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司馬遼太郎さんの「国盗り物語」(新潮文庫全4巻)を読んでいます。 廃墟のように荒れ果てた御所の土塀の上で乞食がつぶやいた。「王にはなりたくないが、将軍、それがむりならばせめて国主になりたいものだ」と。 この乞食は妙覚寺本山で「智恵第一の法蓮房」といわれ、いまは松波庄九郎と名乗っている若者。この若者が京の油商 奈良屋の婿に入り、その財力をもとに「国盗り」へと乗り出してゆく。その第一歩として美濃国内に入り込んでゆく。 司馬さんは「この物語は、かいこがまゆをつくってやがて蛾になってゆくように庄九郎が斎藤道三になってゆく物語だが、斎藤道三一代では国盗りという大仕事はおわらない。道三の主題と方法は、ふたりの『弟子』にひきつがれる」と書いています(文庫第2巻「雑話」)。 道三の娘婿である織田信長。道三の妻の甥である明智光秀。 道三から変革者としての意思と行動力を学び、それを合理主義のなかに生かした信長と、道三から古典的教養と技量を学び、それを一時は信長の天下取りに役立てながらもついに簒奪者となり得なかった光秀、この二人のたどる動乱の軌跡。 松波庄九郎が長井庄九郎、西村勘九郎となって権謀術数をめぐらして美濃国を乗っ取り斎藤道三となるまでを描いたのが「斎藤道三編」(文庫第1~2巻)。 信長と光秀が主従となり、のちに本能寺で、この道三の相弟子といえる二人が相搏つことになるまでを描いたのが「織田信長編」(文庫第3~4巻)です。 司馬遼太郎さんの戦国四部作といわれる長篇作品(「国盗り物語」「新史太閤記」「関ヶ原」「城塞」)の第1作にあたる本作は1963年8月~66年6月まで「サンデー毎日」に連載。 近年の研究では、斎藤道三による美濃の「国盗り」は道三一代によるものではなく、親子二代でなしとげたものではないか、となっています。 だからといって、この昭和38年に発表された歴史・時代小説を「嘘」だとしておとしめるのは誤った扱いでしょう。 司馬遼太郎さんは小説として、斎藤道三、織田信長と明智光秀という3人の主人公を生き生きと描出している。歴史上の有名人物を、まさにこのような人物だったのかと思わせるくらいに見事に創作しています。 自分的には明智光秀に魅力を感じます。「光秀は謹直な男だが、陽気さがない」と第4巻「小栗栖」の冒頭に書かれていますが、物語中では光秀がライバル 木下藤吉郎の「陽気さ」と「大気者」が主君の信長に愛されるのを見て、大いに悩むのは、しかし人間の性格は変えようがないだろうし、光秀が無理に藤吉郎のマネをしても失敗するだけだろう。 理屈っぽく、可愛げがない明智光秀に対して信長はその働きぶりと力量を認めながらも愛そうとはしない。そして光秀は、自分に不利な空気を敏感に察しられるたちの男であり、不利な要素に過敏な性格である。 明智光秀をそのような性格の人物として描いたのは司馬さんの創作なのでしょうが、私自身も幾分かは当てはまるし、世間にはそんな人はたくさんいるだろう。しかし自分の性格だからどうしようもない。それを良い方向へ活かしていくしかないのではないか。
2016年10月26日
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司馬遼太郎さんの「国盗り物語」(全4巻 新潮文庫)を本棚の奥から取り出してきて読んでいたところ、なんという偶然か、平幹二朗さんの訃報をニュースで知りました。 平幹二朗さんはNHK大河ドラマ「国盗り物語」で前半の主人公 斎藤道三を演じました。 この豪華な出演者が勢揃いした大河歴史劇を見たのがきっかけとなって、司馬さんの原作小説を読み、それ以来、司馬さんの歴史小説を通して私は歴史好きになったようなものです。 「国盗り物語」1973年(昭和48年)NHK大河ドラマ 1月7日~12月23日松波庄九郎(斎藤道三) 平幹二朗織田信長 高橋英樹明智光秀 近藤正臣木下藤吉郎 火野正平濃姫 松坂慶子お万阿 池内淳子深芳野 三田佳子雑賀孫市 林隆三小みち 田島令子 (尻啖え孫市)葛籠重蔵 露口茂小萩 佐藤友美木さる 小鹿みき (梟の城)黒田官兵衛 江守徹竹中半兵衛 米倉斉加年山内一豊 東野孝彦千代 樫山文枝 (功名が辻) 主な出演者だけでも豪華絢爛。その他にもたくさんの有名な俳優さんが出ています。 平幹二朗さんの道三、高橋英樹さんの織田信長、近藤正臣さんの光秀、火野正平さんの藤吉郎など、まさに原作のイメージに適っていて、これだけのTV歴史ドラマは俳優不足の昨今、作ることは不可能といえるのでは? 平幹二朗さんはテレビの「三匹の侍」で知って、「岡っ引きどぶ」では田中邦衛さん相手に盲目の与力 町小路左門や「剣客商売」の田沼意次など、時代劇がよく似合っていました。 映画「忍たま乱太郎」(2011)の学園長の役がおもしろかったですね。 平幹二郎さんのご冥福をお祈りいたします。
2016年10月25日
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ファミリー劇場の10月22日「ウルトラQ」はお待ちかね「クモ男爵」と「ペギラが来た!」でした。「クモ男爵」は1966年2月27日に第9話として放送された作品。 夜。灯台の灯りを点検に登った職員が大きなクモに襲われるオープニングにつづけて、万城目淳(佐原健二)江戸川由利子(桜井浩子)一平(西條康彦)が乗るスポーツカーと、後続の葉山(滝田祐介)竹原(鶴賀二郎)今日子(若林映子)の車が走ってくる。 遊びの帰りらしい彼らは、暗闇の中で道に迷い、あたりの様子を見に行った一平と竹原が底なし沼に落ちてしまう。二人を助け出した万城目たちは近くに古い洋館を見つけて、とりあえずそこで泊まることにする。 洋館は人の気配がなく、呼んでも誰も出てこない。 クモの巣だらけの荒れ果てた邸内を見て、万城目は、まるで「クモ男爵の館」だな、と云う。 主人公たちが迷い込んだ古い洋館で、2~3メートルはあろうかと思われる2匹の大きなクモに襲われる怪奇調の話です。 万城目が語る「クモ男爵」の話が重要なキーワードになっている。「今から19年前、クモ好きの男爵がいた。男爵には一人娘がいたが、ある日、男爵の飼っていたタランチュラに噛まれ、発作を起こして底なし沼に落ちて死んでしまった。 男爵は悲しみのあまり気が狂ってしまう。その男爵のもとにクモに姿を変えた娘が現れ、ひっそりと二人だけで生活を続けた」と言う。 万城目が1匹をナイフで刺し殺し、洋館から逃げ出した彼らを追って来たもう1匹を車で轢き殺します。 主を失った古い洋館は崩れて炎上して終了する。 この2匹の巨大クモは本当に主人公たちを襲ったのか? そうではなく、万城目の語る「クモ男爵」の話がこの2匹のクモだったとしたら、というのが今回の「ウルトラQ」の主眼ですね。 クモに姿を変えた男爵とその娘。彼らは人間に戻りたいと必死に訴えかけていたのではないか?それを人間は恐れおののきパニックにおちいるだけで聞く耳を持たなかった、ということではないか。「異形の者に対する人間の恐れと嫌悪、排斥と問答無用の攻撃」。今回も「ウルトラQ」のひとつのテーマであるだろう、そんな話です。「悪魔の使いとして恐れられている夜のクモにも、人間が変身したという、哀しい物語があります。人を襲うのは、人間に戻りたいという一心だったのかもしれません。あなたの庭先で夜、クモに出会っても、どうぞ、そっとしておいてあげて下さい」という石坂浩二さんのナレーションが印象に残ります。 今回の特筆すべき点はボンドガールの若林映子さんがゲスト出演していること。
2016年10月24日
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ファミリー劇場で15日(土)に放送された「ウルトラQ」の「ゴメスを倒せ!」。 制作順では第12作目にあたり、1966年1月2日(日)に番組が開始された時の第1話です。 制作順は以下のとおり。1 マンモスフラワー2 悪魔ッ子3 変身4 あけてくれ!5 宇宙からの贈りもの6 鳥を見た7 五郎とゴロー8 1/8計画9 206便消滅す10 甘い蜜の恐怖11 育てよ!カメ12 ゴメスを倒せ!13 クモ男爵14 ペギラが来た! この制作順の放送でもけっしてわるくはないだろうけれど、第1話に「ゴメスを倒せ!」を持ってきたことで、この新番組「ウルトラQ」は「怪獣もの」だということを視聴者にハッキリと示したといえ、それが番組の「大ヒット」につながったのでしょう。 1966年1月2日の時点で、それまでに「怪獣映画」がいくつあったのだろうか?「ゴジラ」1954年11月「ゴジラの逆襲」1955年4月「空の大怪獣ラドン」1956年12月「大怪獣バラン」1958年10月「モスラ」1961年7月「キングコング対ゴジラ 1962年8月「モスラ対ゴジラ」1964年4月「宇宙大怪獣ドゴラ」1964年8月「三大怪獣地球最大の決戦」1964年12月「怪獣大戦争」1965年12月「妖星ゴラス」(62)と「海底軍艦」(63)に怪獣が登場するけれど、ゴジラ、アンギラス、ラドン、バラン、モスラ、キングコング、ドゴラ、キングギドラ・・・これくらいでしょうか? 映画館で年に1、2作品が公開される程度で、重要なのはこれらの映画は子供向けではなかったということです。もちろん子供でも大いに楽しめるが、物語は大人向けといってもいい。出演者も「モスラ」(61)に子役が出るのを除けばすべて大人の俳優ばかりです。 その怪獣映画に登場するような「怪獣」が毎週テレビで見ることができる、ということでこの新番組「ウルトラQ」は画期的なものだった。「怪獣もの」というより「怪獣も出るSFドラマ」というほうが正確なのだろうけど、私たち当時の子供にとっては怪獣が見られるというだけで大喜びしました。 その記念すべき第1話「ゴメスを倒せ!」 高速道路を建設している山中のトンネル工事現場で、作業員(大村千吉)が「トンネルの中でトンネルが現れた」と妙なことを云って錯乱する。 工事は一時中断され、毎朝新報の江戸川由利子(桜井浩子)が万城目淳(佐原健二)のヘリコプターで現地へ向かいます。 万城目淳と助手の一平(西條康彦)、由利子が現地に到着するが状況がはっきりせず、現場監督は報告した作業員(大村千吉)を「彼はアル中だからね」と信用していない。 現場から大きな岩の塊が掘り出され、生物オタクの次郎は古代生物の卵ではないかと云うがこれも信じてもらえない。 しかし毎朝新報の記者(江原達怡)と一平は次郎の仮説を支持し、金峰山のお寺の伝承と寺の裏にある洞窟で発見されたという古文書に描かれている古代怪鳥リトラだと推測する。さらに作業員がトンネルの中で見たものはリトラの天敵 古代怪獣ゴメスではないかと。 冬眠状態だったゴメスがトンネル工事によって目を覚まし、トンネル内に入った万城目淳と江戸川由利子を追って、ついに地上に姿を現した。 大きな卵形の岩をリトラの「サナギ」と云ってるけれど「タマゴ」ではないのか?「サナギ」だとリトラは「昆虫」なのかい? 毎朝新報の記者役で「若大将シリーズ」でおなじみの江原達怡さんがゲスト出演しています。
2016年10月18日
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10月15日(土)の「ウルトラQ」は「育てよ!カメ」と「ゴメスを倒せ!」でした。 まず「育てよ!カメ」を見たのですが、これは1966年2月6日に第6話として放送された作品です。 当時これを見て、ガッカリしてつまらなく思った。テーマ曲がない、おなじみの石坂浩二さんのナレーションがない、佐原健二さんや桜井浩子さんはチョコッと出るだけの顔見せ程度。「ウルトラQ」はアンバランス・ゾーンをテーマにしたSFファンタジーサスペンス怪奇作品だとしたら、本作はどれにもあたらないのではないか? 主人公の太郎少年は亀キチで、学校にまで亀を持ってきては先生にしかられている。 授業中に亀の身体測定をやっていると先生に見つかって亀を取り上げられてしまう。「屋上に立ってなさい!」と云われた太郎くんは屋上に行く。 屋上でふて腐れていると、眼下に見える銀行から強盗が走って出てくるのを目撃。 警官隊と撃ち合って逃げる強盗を見た太郎くんは先生に「強盗だよ!」と伝えるが先生は「また嘘なんだろ?」と取り合わない。太郎くんは虚言癖があると思われているらしいが、虚言ではなく空想力が豊かというか、妄想癖があるというほうが適っているのでは。(個人的な思い出ですが、小学1年生のときに何が原因だったかは覚えてないけれど、先生に叱られて運動場に立ってなさいと云われたことがあります。云われるままに運動場へ出て行くと先生があわてて連れ戻しに来た。他の教室からも見えるのでぐあいが悪かったのか?) 銀行強盗2人組が亀を持っていってしまったために太郎くんは追いかけていく。 その亀がなぜか1メートルくらいに大きくなったので強盗たちはビックリ。 太郎くんは大きくなった亀にまたがって東京の上空を飛び、海中へ飛び込む。そこは雲の上のような世界で竜宮城?、太郎くんと同年代の少女がブランコに乗っていて、わたしが乙姫よ、と。 亀が99センチに育ったら竜宮城へ連れて行ってくれると信じている少年 太郎くんを主人公にしたファンタジー(?)です。 当時、これを見てつまらなく思ったのですが、それは当然なのではないか?、ファンタジーといえるのか?は大いに疑問で、描かれる世界は小学生の日常でしかない。学校の教室と職員室と先生。 銀行強盗の登場など、これは子供が夢を見ているだけなのではないか。太郎が竜宮城へ行って乙姫を自称する少女と出会ってガッカリして原爆を持ち出して「これで竜宮城なんか木っ端微塵だぞ!」と物騒なことを云うなど、小学生が見る夢の程度でしかない。 このような物語を見て視聴者である子供たちが面白いと感じるはずがなく、面白がるだろうと思ってこれを作ったとしたら、それは大人のかってな思い込みでしかないだろう。子供を主人公にしたら子供は感情移入しやすくて面白がるだろうというのは、大人の勘違いにすぎない。 この「ウルトラQ」を始まりとして、このあと「怪獣ブーム」がやって来るのだが、「怪獣」がどんどん低俗化してゆく。大怪獣ガメラが背中に子供を乗せて飛んだ、なんてのがその極みです。 太郎くんは亀が竜宮城へ連れて行ってくれると信じている。 というより、育ててやったから連れて行けよ!と脅迫しているような感じだが、はたして子供が竜宮城へ行って楽しいものだろうか? 竜宮城というのは、乙姫さまを筆頭に、両手に花どころか、きれいなお姉さんがいっぱいいて、お酒を飲んでどんちゃん騒ぎ。酒池肉林の桃源郷。子供が行く場所ではない。
2016年10月17日
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「海底大戦争」(1966)WATER CYBORG監督 佐藤肇 企画 亀田耕司 、吉野誠一 原案 福島正実 脚本 大津皓一 撮影 下村和夫 水中撮影 館石昭 美術 江野慎一 編集 祖田富美夫 音楽 菊池俊輔 特殊撮影 矢島信男出演 千葉真一、ペギー・ニール フランツ・グルーバー、アンドリュウ・ヒューズ エリック・ニールセン、マイク・ダニーン、ビバリー・ケラー ブラウン・ガンサー、室田日出男 本編84分 総天然色 スタンダードサイズ チャンネルNECOで放送された映画「海底大戦争」を録画して鑑賞しました。 特撮映画が好きで、よく見るのですが東映のはめずらしい。日活の懐かしい青春映画やアクション映画だけでなく東宝の特撮映画、そしてこの東映の特撮映画など、チャンネルNECOは私好みの映画をよく放送してくれるので、たいへんありがたいチャンネルです。 新聞記者の安部(千葉真一)は、米海軍の潜水艦で記者を集めて行われた新型魚雷の発表会の席上でモニター画面に黒い人影のような物体が横切ったのを見つける。海軍のブラウン中佐(フランツ・グルーバー)は適当なことを云ってごまかすが、納得がいかない安部は恋人のカメラマン・ジェニー(ペギー・ニール)と翌日、その海域を調べようとアクアラングを着けて潜ります。 海底でジェニーが不思議な人影を目撃し、撮影するがカメラを落としてしまう。安部とジェニーはそのカメラを捜すうちに海底の洞窟へまぎれこんでしまいます。 その洞窟は謎の海底施設につづいていて、安部とジェニーは世界征服をたくらむ悪の組織に捕まってしまう。組織のボスはムーア博士(エリック・ニールセン)というマッドサイエンティスト。彼は人間を改造して半魚人サイボーグをつくりだしていた。安部とペギーも手術台にしばられて半魚人サイボーグに改造されようとする。 さらに原子科学者のハワード博士も半魚人どもに拉致されて海底基地につれてこられる。その3人を救おうとアメリカ海軍のブラウン中佐が奮闘し、潜水艦で捜索にむかいます。 東映とアメリカのラム・フィルムとの日米合作映画です。日本公開は1966年7月。 若き千葉真一さんが主役の熱血記者を演じていますが、あとの出演者のほとんどは外国人ばかりです。恋人のジェニー役のペギー・ニール、アメリカ海軍のブラウン中佐のフランツ・グルーバーなど、外国人の台詞はすべて日本語に吹替えられている。 この外国人たちはあまり演技が上手ではなく、日米合作といってもペギー・ニールとフランツ・グルーバーの他は俳優ではなく、日本在住の外国人たちを使ったのではないか? 千葉真一さんにとっては、テレビの「新・七色仮面」と「アラーの使者」が1960年。「キイハンター」が1968年からなので、その間に制作された作品です。 演技に素人くささを感じる外国人俳優?たち。演出もどこかぎこちなく、「味わいがあるが変な映画」を見たという感じがします。半魚人の着ぐるみを着たまま水中撮影がおこなわれたらしく、その水中撮影はよく出来ています。先日見た「大アマゾンの半魚人」に負けていない?
2016年10月13日
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ファミリー劇場で毎週土曜に2話ずつ制作順に放送されている「ウルトラQ」。10月8日の「甘い蜜の恐怖」は1966年2月20日に第8話として放送された作品です。 とある農業試験場で実験用の蜂を飼っている温室が深夜に何者かに荒らされます。それを陰から目撃していた管理人のおじさん。 数日後、万城目淳(佐原健二)は助手の一平(西條康彦)に訓練させながらセスナ機を飛行させていて、眼下を走る貨物列車が、線路が盛り上がって転覆事故を起こす場面に遭遇する。 その後、一の谷博士(江川宇礼雄)といっしょに、博士の友人が場長を務めるその農業試験場を万城目、一平、由利子(桜井浩子)たちが訪問します。 彼らは木村(黒部進)という研究員が高栄養剤「ハニーゼリオン」なるものを開発していると紹介される。「ハニーゼリオン」はローヤルゼリーの何十倍かの効力を持つが、副作用があり、生物を巨大化させるという。今後の研究が期待される「ハニーゼリオン」。開発した研究員の木村は学会に論文を発表することになっている。 木村は場長の娘 愛子(沢井桂子)と婚約している。化学者としても研究成果が学会に認められることで彼の将来はバラ色であるが、その陰で彼の成功を妬んで陥れようとして奸計をめぐらしている同僚 伊丹(岩下浩)がいた。 その時、村の畑の地面が盛り上がり、地中から巨大なモグラが出現する騒動が勃発。モグラが蜂の温室を荒らしてハニーゼリオンを食べたために巨大化したと推測され、村の農家が甚大な被害をうける。ろくでもないものを開発したと農民たちに批難された木村は窮地に立たされることに。 今回のウルトラQはアンバランス・ゾーンというより、人間の「妬み」がテーマです。 同僚の成功や出世を妬む男というのは私たちの現実社会にもいるのですが、このような尻の穴の小さな男はおぞましくてイヤですね。 同僚が仕事で成功し、ひそかに憧れていた上司の令嬢を嫁にするのを知った男 伊丹は、モグラを使って奸計をめぐらす。万城目や由利子たちの調査と、管理人が目撃したことで悪事が露見した伊丹は逃げ出して、巨大モグラのトンネルへ入って行き、ダイナマイトを爆発させてモグラと心中をはかる。爆発の寸前に、「木村、愛子さんと幸せにな」などとつぶやく。 嫉妬の塊のようなクソ男がこんなきれいな台詞をいうはずがないだろう。「みんな吹っ飛んじまえ-、くそったれども!」とか、そう云って自爆するほうがふさわしいのではないか。ドラマなので最期に改心させたのかもしれないが、とってつけたような、きれい事です。 研究の成果が認められた上に、上司のきれいな娘さんと婚約して幸せ一杯の男 木村を演じるのは黒部進さん。「ウルトラQ」につづけてすぐに始まる特撮テレビ番組「ウルトラマン」で初代ウルトラマンのハヤタ隊員役で出演。ほかに時代劇の「燃えよ剣」で新選組の永倉新八を演じていましたね。 そのフィアンセ役の沢井桂子さん。東宝の女優さんで、「フランケンシュタイン対地底怪獣」(65)「海の若大将」(65)「怪獣大戦争」(65)「お嫁においで」(66)など。この「ウルトラQ」のあとに立て続けに東宝映画に出演なさっています。
2016年10月12日
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ファミリー劇場で放送中の「ウルトラQ」。10月8日は「206便消滅す」と「甘い蜜の恐怖」でした。「206便消滅す」は1966年7月3日に第27話 最終回として放送された作品です。 万城目淳(佐原健二)と一平(西條康彦)を乗せた日本初の超音速旅客機206便が香港からの帰途、東京羽田上空で謎の渦流に巻き込まれて消えてしまう。 江戸川由利子(桜井浩子)と一の谷博士(江川宇礼雄)が空港に迎えに来ていて、これは大変だと、博士の知人の金子という管制官(小泉博)がいる管制塔を訪ねる。空港上空で飛行音はするがレーダーには何も映らない。206便はいったいどこへ消えたのか。 206便は4次元空間に入り込み、雲の上に不時着していた。機内で護送中の凶悪犯が手錠を外して乗客を脅し、銃を突きつけられた万城目、一平、機長、副操縦士たちが飛行機の外に出ると、その雲の上の世界には戦時中の零戦やB-29などの残骸があり、時空の迷い込んだ飛行機の墓場だった。 万城目と一平は足下にビー玉のようなガラス玉を見つけるが、凶悪犯にはそれがダイヤに見えるらしく、目がくらんだ凶悪犯のすきをついて万城目が飛びかかり、格闘の末に凶悪犯は雲の下に落ちてゆく。格闘のさいに拳銃が暴発し、機長と副操縦士が負傷してしまう。 そのとき、巨大なトドの怪獣が現れて、彼らの旅客機に近づいて来た。機長たちが負傷したために万城目が操縦桿を握り、怪獣に襲われる寸前、脱出に成功し、現実世界に帰って来る。 この作品は第7話として2月13日に放送予定だったのが、2月4日に全日空のボーイング727旅客機が羽田沖に墜落する事故(乗客乗員全133人が犠牲になった)が起きたことで変更されて、最終回の第27話になったそうです。 この「ウルトラQ」の楽しみのひとつは、東宝特撮映画で顔を見た俳優たちがゲスト出演していることです。 今回は空港の管制官の役で小泉博さんが出ています。「ゴジラの逆襲」(55)「モスラ」(63)「モスラ対ゴジラ」(64)「宇宙怪獣ドゴラ」(64)「三大怪獣地球最大の決戦」(64)などなど。 小泉博さんについて、今まで四方晴美さんのお父さんだとばかり思い込んでいました。チャコちゃんのお父さんは安井昌二さんであり、私の思い違いでした。
2016年10月11日
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「黄金の棺」(1966)THE HELLBENDERS監督 セルジオ・コルブッチ脚本 アルバート・バンド、ウーゴ・リベラトーレ撮影 エンツォ・バルボーニ音楽 エンニオ・モリコーネ出演 ジョゼフ・コットン、ジュリアン・マテオス、ノーマ・ベンゲル ジーノ・ベルニーチェ、エンジェル・アランダ アルド・サンブレル 本編88分 総天然色 ビスタサイズ「マカロニ・ウエスタン傑作映画DVDコレクション」の第13号は「黄金無頼」と「黄金の棺」ですが、この書店販売のDVDシリーズも、このようなちょっと珍しい、マイナーな作品が収録されるようになりました。「黄金の棺」はセルジオ・コルブッチ監督の1966年作品。日本では劇場未公開です。 位置的には「続荒野の用心棒」(66)と「さすらいのガンマン」(66)の間に入るのでしょうか? 南北戦争が南軍の敗北によって終結した直後の頃。 約40人の護衛兵に守られた北軍の現金輸送馬車が襲われて、皆殺しにされた末に積んでいた150万ドルが奪われる。 奪ったのは南軍のジョナス大佐(ジョゼフ・コットン)とその3人の息子たち。彼らは奪った札束を馬車に載せた棺桶に入れ、戦死したアレン大尉の棺ということにして故郷に埋葬するために旅しているように偽装する。 ジョナス大佐は南軍の敗北を認めず、奪った金を軍資金にして南軍を再興し、戦争を続けようと夢見ている。棺を運ぶ旅にアレン大尉の未亡人役が必要だとしてキティという女を雇ったが、これがアル中の強欲なあばずれだったために危うく窮地に陥り彼女を殺してしまう。 旅をつづけるためにどうしても未亡人役の女性が必要な彼らは、クレア(ノーマ・ベンゲル)という女賭博師を雇う。 クレアをメンバーに加えたジョナス大佐と3人の息子、ジェフ、ナット、ベン(ジュリアン・マテオス)たち5人は、南部の故郷へと道を急ぐが、行く手には北軍の検問、自警団、山賊、インディアンの集落などの難関が待ちうけているという物語です。 棺を馬車に載せて5人の男女が旅をするというロードムービーです。 父親のジョナス大佐は偏執狂的な人物で、南軍が敗北したあとも戦いをあきらめない。見ていて、いまさら一個人の力で何ができるか?と思うし、3人の息子の、末子のベンは腹違いということでまともな好男子だが、長男と次男は胸くそ悪いろくでなしなので、困難を乗り越えて旅するこの親子を応援や心配をする気にならないのが難点。 途中で北軍の巡邏隊や、保安官に率いられた町の自警団に遭遇して棺の中を調べられそうになったり、棺の中の故人を知っているという町の牧師に出会ったりして、どうなるハラハラな場面があったりするが、そこまでです。 先に見た「黄金無頼」は素人が撮ったようなヘタクソな映画だったけれど、この「黄金の棺」はさすがにプロが撮ったと思える、撮影も見事だし、物語に緊張感もあるし、構成もしっかりしています。 でも、どっちが好みか?と問われるとヘタクソな「黄金無頼」の方と答えるしかありません。 冒頭の場面で北軍の現金輸送隊の兵士が、積荷の札束が旧札であり回収するために運んでいるんだと云ってますね。それを知らない主人公たちが40人の兵士を皆殺しにしてまで強奪し、その紙くず同然の札束を後生大事にして運ぶ話です。 地獄へ向かって旅をしているような、救いのない物語。 ようするに、映画ってのは見る人にとって「好き」か「嫌い」のどちらかで、私はこの映画は「嫌い」です。 同じセルジオ・コルブッチ監督の「続 荒野の用心棒」も「さすらいのガンマン」も日本でヒットしたのに、本作が日本の配給会社に買われなかったのは、この作品に魅力が感じられなかったのが理由かもしれない。
2016年10月10日
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「黄金無頼」(1967) PROFESSIONISTI PER UN MASSACRO監督 ナンド・チチェロ製作 オレステ・コルテラツィ脚本 ヘザス・バルカザーニ ロベルト・ジャンヴィッティ ホセ・アントニオ・デ・ラ・ローマ エンツォ・デラクィラ撮影 フランシスコ・マリン 音楽 カルロ・ペス出演 ジョージ・ヒルトン、ジョージ・マーティン、エド・バーンズ ジェラルド・ハーター、モニカ・ランドール、ホセ・ボダロ 本編89分 総天然色 シネマスコープサイズ「マカロニ・ウエスタン傑作映画DVDコレクション」の第13号は「黄金無頼」と「黄金の棺」です。どちらもこれまでに見たことがない作品で、今回がまったくの初鑑賞。「黄金無頼」の日本公開は1969年4月です。 このようなマカロニウエスタンがあるのは知りませんでした。1969年といえばすでに映画館へはよく通っていたし、映画誌「スクリーン」も毎月購読していたのに。 時は南北戦争の真っ最中。武器不足の南軍はメキシコ人から銃器を買おうとしていたが、その購入を担当したたロイド少佐(ジェラルド・ハーター)が資金の金塊を奪って逃走してしまう。 南軍の将軍は銃殺刑に処される寸前だった3人のごろつき兵士スティール、フィデル、ジムを、罪を赦す条件で、ロイド少佐から金塊を奪還する任務を与えます。 戦争のどさくさで一儲けをたくらむ3人組のスティール(ジョージ・ヒルトン)は元神父なのに爆薬の専門家。フィデル(ジョージ・マーティン)は馬泥棒のプロ。ジム(エド・バーンズ)は早撃ちの銀行強盗。 かくして一筋縄ではいかない3人組はお目付役のローガン中尉といっしょに軍資金の金塊を強奪して逃げたロイド少佐一味を追跡することになる。 金塊をめぐって、追う者、追われる者、それを横から奪うメキシコ山賊の一味がしてやったりやられたりを繰り広げる。 爆薬、馬泥棒、射撃など特技を持った男たちが、戦争のどさくさの中で一儲けを狙う話ですが、いかにもマカロニウエスタンらしい、適当に物語をでっちあげたようなお手軽感のある一作です。 砲弾炸裂する戦場なのに、銃を持って走る南軍兵たちの姿に緊張感がなくチョコチョコという感じで走り回る素人くさいオープニング。見ていて最初っから脱力してしまうような、へたくそな演出。 登場するガトリング機関銃もブリキ板とパイプで作った、いかにもヘナチョコ機関銃ぶり。 このお手軽感のある素人臭さとヘタクソ感がマカロニウエスタンのひとつの特徴であると云ってしまえばそれまでですが、マカロニウエスタンのファンにとっては、このヘタクソ感もご愛敬であり、笑って許せるというところか。 ジョージ・ヒルトンは「真昼の用心棒」でフランコ・ネロの兄貴を演じたり、「荒野の無頼漢」などでもお馴染みだし、ジョージ・マーティンもジュリアーノ・ジェンマ主演の「夕陽の用心棒」「続・荒野の1ドル銀貨」などで知られる顔です。エド・バーンズはご存じテレビ映画「サンセット77」でお茶の間の人気を集め、その後マカロニウエスタンにアメリカから出稼ぎに来た俳優の一人。 金塊を奪って逃げた南軍のロイド少佐を演じているのは「復讐のガンマン」でリー・ヴァン・クリーフと決闘するオーストリアの男爵役で印象に残っている俳優です。 その金塊を横取りするメキシコの山賊親分のホセ・ボダロは「続 荒野の用心棒」でもメキシコの山賊を演じていました。出演俳優はその顔をよく見かける方々です。
2016年10月07日
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ファミリー劇場で放送中の「ウルトラQ」。10月1日(土)は「五郎とゴロー」と「1/8計画」。「1/8計画」は、1966年(昭和41年)4月24日に第17話として放送された作品です。 毎日新報の報道カメラマン 江戸川由利子(桜井浩子)は万城目淳、一平と車で都内を走っていると、区役所の前に「1/8計画第3次募集中」と書かれた看板を見つける。たくさんの人が入っていくので「何だろう?」と思った由利子は受付場へ行ってみることに。 そこでは応募者たちに「1/8計画」がどんなに素晴らしいものか説明がされている。「働かなくてもいい」「税金を納めなくてもいい」「住居が無償で提供される」「お年寄りでも大歓迎」「毎日、好きなことをして暮らせる」など、この世の楽園であると。 人口過密の東京。住宅不足や食糧、エネルギーの不足、それらを解決するために人間を1/8に縮小する計画ですという説明を聞いて、由利子は「人間を縮小させるなんて非人道的だわ」と憤慨する。「ご協力していただけますか?」と云うのに「わたしは大きくなりたいほうなの」と。 しかし由利子はたくさんの人たちに押されるように一緒にエレベーターに乗り込んでしまう。気がつくと、彼女は1/8の大きさになっていた。 現実問題として、人間の大きさが1/8(身長20センチくらい)になれば、地球上の広さも、日本国土の広さも、街の広さも、自宅の広さも、現在よりもずっとずっと広大なものになり、広く利用できることになり、食糧もエネルギー不足も解消されるだろう。 しかし、それは地球上の人類がすべて1/8に縮小されるのが前提で、希望者だけの、一部の人たちだけだったら、新たな差別問題が発生するのではないか? この「1/8計画」というSF的な物語を見ていて思ったのは、地球人類や動植物の「大きさ」についてです。 人間の成人の身長は150センチから200センチの間くらいですが、なぜ、この大きさなのだろうか? なぜこの大きさで誕生したのだろうか?、もっともっと小さく、または大きくならなかったのはなぜだろうか? 地球の重力とかに見合った大きさである、ということでしょうか? 物語の中で、万城目淳と一平が由利子を捜して小さくなった東京の一画?に現れ、巨人の出現に人々が逃げ惑う場面があるのですが、その1/8になって空間的に余裕が生まれたはずの世界が、現状と同じ過密都市で、車が渋滞し人々で混雑しているのが変ですね。
2016年10月05日
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「大アマゾンの半魚人」(1954) CREATURE FROM THE BLACK LAGOON監督 ジャック・アーノルド製作 ウィリアム・アランド原案 モーリス・ジム脚本 ハリー・エセックス アーサー・ロス撮影 ウィリアム・E・スナイダー音楽 ジョセフ・ガーシェンソン ヘンリー・マンシーニ出演 ジュリー・アダムス、リチャード・カールソン リチャード・デニング、アントニオ・モレノ、ウィット・ビセル 本編79分 モノクロ ビスタサイズ 怪物映画として有名な作品です。ビリー・ワイルダー監督の「七年目の浮気」(55)で、この映画を見て劇場の外へ出たマリリン・モンローが「怪物が可哀相だわ」と云う場面があるなど、かなりヒットした作品のようです。 日本公開は1954年7月。ずっと関心を持ちながらもこれまで見る機会がなかったのですが、今回ブルーレイソフトでの初鑑賞です。 アマゾン河の奥地でデボン紀の地層を発掘していたマイア博士(アントニオ・モレノ)が水かきのついた手の化石を発見する。 博士は海洋生物研究所へおもむき魚類学者のリード博士(リチャード・カールソン)、所長ウィリアムズ博士(リチャード・デニング)、所長助手のケイ(ジュリア・アダムス)たちと調査チームを組んで船を雇って現地にもどるが、マイア博士の留守をあずかっていた現地人2人の無残な死体が発見される。 発掘は成果がなく、化石が流されているかもしれないと推測した彼らは河の下流を潜水調査することに。その一帯は現地人が「黒い入江」と呼んで恐れている場所だった。 リードとウィリアムズが潜水調査で不在の間、ひとりで泳いでいたケイを水中から人間の体に全身が鱗に被われエラで呼吸をする怪物が狙っていた。ケイは危うく難にあうことがなかったが、リードは入江に毒物を流し、仮死状態に陥った半魚人を生け捕りにすることに成功する。 息を吹き返した半魚人は調査チームの男たちに復讐を始め、死者や重傷者がでることに。リード博士は調査を中止して出直すことを提言するが怪物発見で功績をあげようとするウィリアムズ博士はあくまでとどまって半魚人捕獲にこだわる。しかし危険があまりに大きくなったためにやむなく彼らは船を引き帰させようとするが、入江の出口は半魚人の作った障害物で封鎖されていた。 この映画も、先日から見ているテレビの「ウルトラQ」と同じような「異形の者を社会が敵視する」物語ですね。 もしも現実社会において、人里知れない河や沼で「河童」を見つけたとしたら、あなたならどうするだろうか? そのまま自然の中にそっとしておいてやるか?、それとも捕らえて見世物にして、河童の発見者として有名人になって金儲けをするか。 どちらにしてもその河童は人間社会に受け入れられることはない。 しかも、その怪物が人間の女性を誘拐して河の底に連れ去ったとしたら、人間たちはけっして許さないだろう。怪物のくせに人間の女性に恋をするなど、人間は許さないだろう。 この「大アマゾンの半魚人」はそんな映画です。 現代の目で見ると、この映画は古く、ヒロインは美人だけどお飾りにすぎず、ただ悲鳴を上げるだけの役立たずです。怪奇映画とするほど怖いわけでもなく、その知名度のわりには内容はたいしたことがない。期待外れの一作といったところか。水中シーンはよく撮れてるけれど。
2016年10月04日
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ファミリー劇場で放送されている「ウルトラQ」の10月1日は「五郎とゴロー」(#2)「1/8計画」(#17)でした。「五郎とゴロー」は1966年1月9日(日)に第2話として放送された作品です。 第1話「ゴメスを倒せ!」がゴジラ型怪獣ゴメスと鳥型怪獣リトラ、今回の第2話ではキングコング型怪獣ゴロー、そして第3話「宇宙からの贈りもの」はナメクジ怪獣ナメゴンが登場した。続いて第4話がマンモスフラワー、第5話が南極の冷凍怪獣ペギラと。「ウルトラQ」は「アンバランスな世界」で起きる不可思議なできごとを描くのが目的で、怪獣ものだけでなく、怪奇やSFなど様々な作品を放送するという企画だったそうです。それが、放送局の意向もあって「怪獣もの」としてイメージが定着してしまったのは、新番組としてスタートした当初の第1話~第5話がすべて怪獣が登場する話(巨大花マンモスフラワーも怪獣の一種とすれば)だったからかと、あれから50年ぶりの再鑑賞で、そのように思います。 当時中学1年生だった私の場合でも怪獣が出る話がやはりおもしろかったし、「育てよ!カメ」(#6)や「カネゴンの繭」(#15)などは、怪獣が出ないだけでなく主演の佐原健二さんや桜井浩子さんも出てこなくて、なんだか違う番組を見たような感じがしてつまらない思いをした。もしも「育てよ!カメ」と「カネゴンの繭」が第1話、第2話だったとしたら、この番組を見つづけることがなかったかもしれないし、あれだけの人気番組にならなかったのかもしれない。「五郎とゴロー」 伊豆の淡島ロープウェーに巨大な猿が出現して観光客たちが大パニックになる事件が起きる。 野猿が棲息する淡島の野猿研究所に保管されていた甲状腺ホルモンに影響をもたらすという「青葉くるみ」が猿に食い荒らされているのが職員によって発見される。 青葉くるみを食べて異常に大きくなったと思われる巨大な猿は、野猿研究所の下働きをしている口のきけない孤独な青年 五郎が可愛がっている猿ゴローだった。 五郎は巨大化したゴローに餌を与えるため、地域の農家から食料を盗んで捕まってしまう。 警察署に留置された五郎を追ってゴローが街に現れる。 先日の「鳥を見た」と基本設定が同じです。 地域の住人に疎外されている孤独な少年・青年が、鳥・猿を可愛がって心を通わせるが、その鳥・猿が巨大化して怪物になる。「怪物・怪獣」とは何か?というのは、この「ウルトラQ」のテーマのひとつかもしれません。 可愛らしい小鳥が巨大化すれば怪鳥になって恐れられ、猿が巨大化すれば猿の怪獣になる。 パンダでも、可愛い子猫でも子犬でも、それが数十メートルに巨大化すれば怪獣として敵あつかいされて、人間社会には受け入れられない。そして同じ人間であっても、その姿形が異様だったりすれば差別し、疎外して集団から追い出そうとする。 人間は自分の姿形と大きく異なる者を忌み嫌う本性があるのだろうか? 先の「変身」などもそうだし、人間の偏見性と排他性、そういう残酷な本性が人間性なのだろうか?
2016年10月02日
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