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29日(土)から4日まで、外部との連絡を一切断って某所にいる。あしからず。 日焼けした腕の皮膚が早くも鱗状に剥けた。 たまたまフィリップ・ロスの青春小説『さよならコロンバス (GOODBYE, COLUMBUS)』を読んでいたら、夏のプールサイドの少女が、〈the skin which she had lately discovered to be peeling off her shoulders.〉「両肩から剥けているのに気付いた皮膚」、〈She fluffed little scales of translucent flesh into the air.〉その「半透明な皮膚の小さな鱗をふわふわと空中に吹き飛ばした」とあった。 なるほど、なるほど、little scales of translucent flesh と表現するのか。「半透明な皮膚のちいさな鱗」ねー----- ところで、このブログの訪問者が間もなく百万人になる。よくぞ読んで下さったと感謝する。かつての楽天ブログ・システムには裏メールがあり、私だけにこっそり住所氏名をおしえてくださり、私もささやかなプレゼントをしたものだ。現在のシステムではそれができないので、百万人目のお客さんに御礼もできない。せめて私の作品集DVDをプレゼントさせていただきたいのだが-----。ごめんなさい。本当にありがとうございます。
Jul 31, 2017
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朝日新聞webが、2011年3月11日の東日本大震災直後の医療態勢について、大崎市民病院の山内(やまのうち)聡・救命救急センター長らがまとめた調査研究を伝えている(石橋英昭氏記事)。 それによると、震災直後に宮城県の病院で亡くなった1243人のうち125人は、通常の医療態勢ならば死なずにすんだ、というのである。すなわち、125例は「防ぎ得た死」だった、と。 石橋氏の記事は、「要因で多かったのは、医療介入の遅れ▽ライフラインの途絶▽点滴や薬など医療物資不足▽避難所などの居住環境悪化。電源がなくて吸引器が使えず、お年寄りが誤嚥(ごえん)性肺炎を悪化させた例などが目立った。」と書いている。 やはりそうだったか、と私は思った。というのは、当時、私は亡母の在宅医療看護に明け暮れていた。母は、常時、酸素吸入機に繋がれてい、口からの食物摂取が不可能なため鼻腔から液体栄養剤および水を摂取していた。地震とともに酸素発生装置が断線した。五つの安全確認ランプのうち二つの断線だった。とりあえず作動していた。母は呼吸をしていた。そして予備のボンベが2本あった。 揺れが比較的おさまった直後に、電話が入った。病院の指示により酸素発生装置を提供してくれていた契約会社からだった。私は断線のこと、予備ボンベが2本あることを伝えた。すると、「今後、ボンベは東北の被災地に優先供給されます。今、2本あるのでしたら、これからとりあえずあと2本お届けします。」 次に連絡してくれたのは、医療ベッドと吸引機のレンタル会社だった。これも電動である。「停電になれば、吸引機が使えませんので、車のバッテリーを用意します。」 母は、何度か鼻腔からの液体栄養剤が1リットル余も胃から逆流し、口腔はむろん鼻腔もふさぎ、肺に入りそうになったことがあった。「入りそうに」というのは、そのたびに私はベッドに駆け上って母の脚を持って宙づりにし(文字通り、宙づりにしたのである)、それから頭を下にするようにしながら私の屈んだ膝に腰をのせて、そのままの姿勢で吸引機のチューブを口腔深く気道までつっこんで吸引した。医師が駆けつけてくれるまでには応急処置はすませていた。そのため誤嚥性肺炎にならずにすんでいた。吸引機は重要だったのである。 その後しばらくしてまた電話が入った。今度は液体栄養剤を届けてくれている薬局からだった。津波によってこの栄養剤の製缶工場が流されたと言った。この栄養剤はいわゆる生命維持に必要なすべての栄養素を含む完全栄養剤。厚生省が保険適用を認可しているただ二つの銘柄だった。1日3缶を必要とした。 「山田さんのお母さんの唯一の生命線ですから、これから手をつくして掻き集めます。味は同じ物になる可能性がありますが、がまんしてください。」「もちろん、そんなことは構いません。どうぞ、よろしくお頼み申します。」と私はお願いした。------数日後、1ヶ月分、90缶がとどいた。我家の在庫と合せて3ヶ月分ほどが確保できた。(注;その後、缶は他の国から輸入された) こういう自分の経験から、被災地の患者さんのことを想い、そして、もしやという推測をした。母は、サポート態勢がととのい、俊敏に対処してくださった優れたスタッフにめぐまれた。停電の場合も心配してくれた。幸い地震事故による停電にはならなかったが、「節電」のための時限停電が同じ市内の一部地区でおこなわれた。我家はわずかにその地区からはずれた。運が良かったというべきか、僥倖というべきか。 当時の私の心配した推測が、宮城県内の病院では事実となり、失われなくともよいはずの125名の命が失われた。 上記の研究をもとに、どのような医療態勢を構築していくか。 民生委員として自治会などで私の経験をお話ししたことがあるが、受け取る人の想像力の問題かもしれない、起っていないことを我が身に引き受けて考えることはむずかしいらしい。
Jul 30, 2017
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チャーリー・ガードちゃん、可愛いお顔を忘れませんよ。R.I.P.
Jul 29, 2017
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今日は民生委員の地区定例会議。やや長くかかった。市から、10月半ば過ぎまでに報告する調査依頼が48件。かつて70数件の年があったから、今年は少ないほうだ。 ひょんなことから民生委員・児童委員に推薦され国から委嘱されて就任したが、私がその責務を果たしながらゲイジュツ家のはしくれとして日常的に如何なる精神世界を往来しているか、おそらく誰も理解できない。それは、日常出会う人が、「民生委員としてたくさんの人を世話していれば、絵に役立つでしょう」と挨拶される言葉でもわかる。そんなわけないでしょう、とは応えないが、そんなわけはないのだ。 ------書くのを止めよう。くだらない。-----理解されないことが良いのだ。
Jul 28, 2017
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午前中、市から依頼があった方々をお元気かどうかお訪ねした。みなさん心配はなさそう。 帰宅とほぼ同時にプロモーターから電話があり、来年1月の海外展の企画はどうかと言う。ありがたい話だが、11月の韓国が終わってからだから、ちょっときつそうだ。返事は保留にしてもらった。 夕方から合唱の練習。11月の文京シビックホールの本番ステージまで今日の練習を入れて4回。 下の写真は、東京ビッグサイトで開催された全国民生委員児童委員大会で歌った、私の所属する日野市民生委員合唱団「かしの木」のセレクトメンバー。
Jul 27, 2017
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作詞家・山川啓介氏が24日に亡くなられた。享年72。 私の従姉の息子が歌った曲の作詞もされた。ご冥福をお祈りします。
Jul 26, 2017
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知人からの電話の第一声はみな「暑いですねー!」だ。朝から何度この挨拶を聞いたか。夕方になってさきほどから遠雷が聴こえている。雨になるのか----- 私のプロモーターの画商社長が、今秋、私の小品を持ってパリに行くと、私の担当者を通じて言って来た。新作を用意するのかと問うと、旧作で良いとのこと。私としては、多忙ではあるが、小品なら4点くらいは描けなくもないと思った。まあ、社長には社長の考えがあろう。 父母の死後、胸の閊えのようにずっと考えてきたテーマがある。まだ、いかに描くか何一つ無いが、そろそろ海外のどこかの展覧会にぶちこみたい。そんな想いが強くなっている。時間がないという思いもある。
Jul 25, 2017
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「縁は異なもの」と言う。本来は男女の縁をさす。私がここに書こうとしているのは、特に男女の縁というわけではない。現代の若者はSNS(ソーシャル・ネットワーク・サーヴィス)を使って、国内外の見知らぬ人とつながるので、「縁は異なもの」などと思わないかもしれぬ。 昨日、故平尾昌晃氏を追悼し、ヒット曲「ミヨチャン」の思い出にからんで、私の中学時代の同級生・赤城ミヨちゃんを思い出した。じつは私はミヨちゃんのお兄さんが編集制作したDVD版『戦闘帽の中学生たち 正・続 赤城良一編』を所蔵している。 このDVDは、私の中学時代の体育教師であり私が所属していた会津若松市立第三中学校新聞委員会の顧問、そして私を劇団「童劇プーポ」同人として引っ張り入れてくれた故清水和彦先生から、10年前に贈られたものだ。DVDのほかに同名の単行本2冊を贈られ、1冊は東京都中央図書館に寄贈した。 『戦闘帽の中学生たち』は、私の母校・会津高等学校の前身である旧制会津中学校に、昭和17年に入学し、昭和22年に卒業した第53回期生の戦争中の経験を記録した文集である。当時の中学生の勤労動員の記録であるとともに、非常にめずらしいのは、戦中の学校行事が年表として完全に記録されている。 そして出版に当たり編集にたずさわったのが赤城良一氏であり清水和彦先生。おふたりは文字通り同級生だった。 じつは、私の家族が八総鉱山にいたころ、会社の診療所の医師であった丸山一郎先生は、やはりお二人と同級生。中学生の私は、病院に行くのが嫌いで、3軒隣の丸山先生の家で診察してもらったことがあった。 そういうご関係を聞いたのは、10年前に40数年ぶりに清水先生と連絡が取れ、先生の喜寿の祝に会津若松を訪ねたときだった。そして、赤城氏が、なんとミヨちゃんのお兄さんであることもその時に知った。いや、そればかりではないのだ。丸山医師には弟さんがいて、その彼が、私やミヨちゃんと同級生のマルちゃんなのだった。マルちゃんは、当時、陸上競技の短距離の選手で、たしか中学生記録を持っていた。マルちゃんはいつも天花粉(ベビーパウダー)の匂いがした。陸上競技で汗をかき、股擦れもし、たぶんベビーパウダーでおさえていたのだろう(ははは、マルちゃん、ごめん!)。 私が清水先生を訪ねたとき、丸山医師は病床に臥しておられると聞いた。それでお訪ねするのを遠慮した。-----私が帰京した翌日、丸山医師はお亡くなりになった。これは、いつも美しい葡萄を贈ってくれるEさんが電話で報せてくれた。Eさんは私より2歳年輩の、劇団の女優さんだった。昔、芝居のメーキャップの仕方も知らなかった私をかばってくれたものだ。おどろいたことに、丸山医師と隣同士なのだと言った。 清水先生が鬼籍に入られて5年になる。10年前にお会いしたとき、美少年中学生(ワタシのコトですよ!)が60過ぎの爺さんになっていたので、「おめー、誰だ?」という顔をされたものだ。 いろいろ面白い話を聞いた。中学生が窺い知れなかった教師たちオトナの世界の話だ。 亡くなるまでの5年間に、先生がお書きになって発表されたものや、上述の本やDVD、あるいは会津の米や、餅や、不知身柿(みしらずがき)やらを、次から次と東京の我家へ送ってくださった。私も作品が掲載された画集や、その他の印刷物や、そして「童劇プーポ」創立50周年記念誌の表紙画を描かせてもらい、その油彩原画を先生に贈った。 ミヨちゃんのお兄さんの赤城氏はお元気なのであろうか。そしてマルちゃんは?
Jul 24, 2017
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作曲家・平尾昌晃氏が21日夜、亡くなったという。享年79。 平尾昌晃氏といえば私はロカビリー歌手としてそのデビューの頃から耳に馴染んでいる。ちょうど私が両親家族の許を離れて中学生生活を送るようになった時だ。「星は何でも知っている」や「ダイアナ」や「ミョチャン」や「恋の片道キップ」を、級友のN君が口ずさんでいたのを思い出す。 「ミヨチャン」は、クラスに赤城ミヨちゃんがいた。彼女は活発な女の子で、おとなに混じって登山をし、また、美術の授業では中学生離れをした構成のしっかりした絵を描いていた。日に焼けて背が高く-----。級友たちは、「ぼくの可愛いミヨちゃんは、色が黒くて、でっかくて-----」と歌ったものだ。 私はこの級友たちを通じて、ポール・アンカ(「ダイアナ」原曲)や、ニール・セダカ(「恋の片道キップ」原曲)という海外のロカビリー歌手を初めて知った。たまに両親家族の家に帰れば、買ったばかりのテレビが「日劇ウエスタン・カーニバル」の狂乱を放映しているのを見た。 ------平尾昌晃氏の歌は、13歳14歳の私の孤独とベールを隔てた別世界ながら、時にそのベールが薄くなるような不思議な時代をつくっていたのだった。あの、「星は何でも----」の甘ったれた歌い方を、自分を叱咤しながら独りで暮らしていた私は、マネすることさへできなかったのだけれど。(そういえば、後年、赤城ミヨちゃんは、当時の私を「孤児」だと思っていたと言った。) 平尾昌晃氏のご冥福を祈ります。
Jul 23, 2017
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背後に森や林を控えた我家は、夏も今頃は蝉の鳴声がかまびすしいが、今年はなぜか余程遠くで鳴くのがかすかに聴こえるだけだ。まだ、その時期ではないかと思っていたら、昨日、市役所の前の公園で騒々しい程に鳴いていた。あまりの騒々しさに、私は「今年初めて!」と思ったほど。連日の猛暑に夏を感じないわけは無いのに、その蝉鳴を聴いてようやく夏を実感したというのも妙だ。(おや? これを書いている今、19時17分、どこかで打ち上げ花火だ。) さきほど民生委員の仕事で訪問すると、ご家族のお一人が熱中症に倒れたという。二日ほど発熱がつづいたとか。どうやら、前もって自覚症状もなく突然気分が悪くなって倒れてしまうようだ。 私も仕事しながら水分補給には注意しているが、今日は-----ええと-----ブラックコーヒー3杯に、冷たい緑茶2杯だ-----
Jul 22, 2017
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昨日、何時頃だったろう? 微震があった。今日は会議中だった市役所の5階が揺れた。弱震だ。数十秒でおさまったが、皆しばらく様子をうかがっていた。「このところ、よくある」と、誰かが。弱震程度で地下のエネルギーが放出されていれば、それに越したことはなかろう。 小中学校は今日から夏休み。いつもなら朝、登校の子供たちの声がにぎやかに聴こえるのだが、今朝は静まり返っていた。会議で隣り合った方が、私にスケジュールを記入した手帖を見せながら、嬉しそうにお孫さんとハワイに行くのだと言う。1週間分ほどの日にちが、大きな→を引いて、「ハワイ」と書いてあった。楽しい夏休みになりそうである。-----私? 私は展覧会のための制作で奮闘中である。ザンネン↘ 話は変わる。いや、私が話すことではない。CNNが伝えている。自転車ロードレース、ツール・ド・フランスに出場しているドイツの選手が、自分の脚を撮影してソーシャルメディアに投稿した、と。その写真が紹介されているのだが、いやー、すさまじいものだ。レースが過酷であるのは承知していたが、その過酷さが選手たちの肉体をどのように痛めつけているか、「変形」しているかを、まったく知らなかった。脚がこのような状態になるスポーツ競技が、他に果たしてあるのかどうか。恐れ入った。CNN.co.jp : ツール・ド・フランス、選手がレース後の「脚」画像を公開
Jul 21, 2017
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おっとっと、である。たった今、コンピュータのスケジュール・カレンダーにあった会合に出席するために家を出ようとして、念のために正規の予定表を見たところ、全然ちがう日だった。「あれッ?」と、狐に摘まれたよう。あらためて確認すると、やはりコンピューターに入れた予定日がまちがっていた。 勘違いしていたのだ。-----それにしても、出かける前にふと確認する気になったのは、どこかにうっすらと不審感があったのかもしれない。 明日は午後に民生児童委員の会議がある。ついでにこちらも確認しておいた。まちがいない。市役所に行かなければならない。
Jul 20, 2017
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昨日の雷雨、都心では雹が降ったと報じていた。しばらくぶりの雨があがったら、関東地方は梅雨明けだという。おやおや、である。今年は空梅雨か----。農作物への影響は如何なのだろう。洪水被害に苦しむ処あり、降水不足を嘆く人もあろうか。 地球温暖化の影響をウソだと言い放つ「バカの壁」もいるが、実際、アラスカの北極海の氷が溶けて村が海水に侵蝕されている。森が砂漠化しているともいう。対極の南極では、巨大氷棚に入っていた亀裂が、先日ついに分離して、1兆トンの前代未聞の大氷塊が流れ出した。 温暖化の影響かどうかは分からないが、動物の絶滅が予想よりもずっと早まっているらしい。いわゆる絶滅危惧種約2万4,000種(この種類の数にも驚く)以外の動物にも及んでい、カバは早くから危ぶまれていたが、キリンもチーターもゾウも危ういところに来ているらしい。 ほとんどニュース種にはならないが、地球生物は、毎年恐ろしいほどの種が絶滅している。人間がそのなかに含まれるのは、いつになるやら-----。 人間は、気候変動で絶滅するよりも、たぶん、自らの愚かさのために死ぬかもしれない。ドンパチ、ドンパチ、花火じゃあるまいし、よくも飽きずに殺し合いに「興じて」いることよ。 日本政府は、先日、ニューヨーク国連本部で行われた核兵器禁止条約採択に署名しなかった。無意識の井戸(id) 底で死に取り憑かれている権力者(及びその阿諛者)に操られるままに、日本国民は盛大な核の花火に焼かれて死ねというわけか!
Jul 19, 2017
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昼過ぎ、雷鳴とともに強い雨が降り出した。市内の各小学校から、次々に、1,2年生の下校を止めて校内に待機させる、というメール連絡が入った。1時間ほどで小康状態となり、再び、下校を開始したと報せて来た。学校も何かとご苦労なことである。 雨があがって、少しは涼しく感じられる。もうしばらく降りつづいてもよかったが-----。19時25分過ぎ、まだ遠くで雷鳴がしている。 そうそう、今朝方の夢で、私は巨大な目の描写をしていた。自分の顔をその絵の瞳にできるだけ近づけて、筆を入れていた。やっぱり私は絵描きで、その筆運びや描写がいかにもナマナマしかった。すぐに目がさめたのだが、ナマナマしさが残っていて、夢だったのか現実なのか、一瞬、あいまいになった。そのときから15,6時間も経つのに、いまだに記憶の薄皮にその瞳の輝きというか艶(つや)がへばりついている。
Jul 18, 2017
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画材店に注文してあった品が入荷したというので、午後、受取に行った。ついでに文房具店に寄り、講義に使おうと思い、ホワイト・ボードを購入。ユークリッド幾何学の平行線公準や、ロバチェフスキー幾何学や、リーマン空間について、図を描いて簡単な説明をするつもりだ。 それにしても連日の猛暑。もう、一週間以上つづいている。午後6時前、どこかで鳴っているのは、遠雷か? ザーッと、ひと雨ほしいところだ。
Jul 17, 2017
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7月に予定していた医療クリニックでの美術講義は、同一内容で2回やってほしいという希望があり、開催日を9月に変更して2回行うことにした。そのポスターができた。
Jul 16, 2017
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末期癌のため危篤が伝えられていたノーベル平和賞受賞の劉暁波(リウシアポー)氏が亡くなられたという。慎んで哀悼いたします。
Jul 14, 2017
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暑い! ビッグサイト以後、4日間、仕事場に閉じこもっているのだが、私は何をやっているのだか。原書を読んだり書き物をしているけれど、肝腎の作品制作に進まない。 さきほど仕事場のドアを開けて廊下に出ると、階下から上がってきた弟と鉢合わせして、お互いに「おッ!」と声をあげた。私にアイスクリームを持ってきてくれたのだった。そして、「どこか具合悪いの?」と言う。 「いや。どうして?」「なんだか様子が違うから----」「だいじょうぶ。元気だよ」「それなら、いいけど」 -----ってなわけで、要するにカンヴァスに向かわないといけない、ということだ。デッサンを始めよう-----
Jul 13, 2017
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ふと思い出した。私が若い頃、能楽師の梅若夫妻と連れ立って我家に遊びに来てくれたフランスの天才的なピアニスト、エリック・ファーラン=アンカウア氏が演奏するドビュッシーだ。 当時、エリックさんも20代そこそこだった。クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで受賞した直後、横浜音楽祭が招いての初来日は、たしか19歳だった。来日のたびにピアニストの山岡優子先生が私をお招きくださり、彼の演奏を聴きに行っていた。新日本フィルや他の日本の交響楽団と何度も共演されている。 「いつもヤマダさんの眼が、演奏している私の指を見ていますね」と言った。 「えっ? 分かりましたか?」 「分かります。一番前に坐っていられるのだもの」 そんなやりとりと共に、エリックさんのピアニズムに、クラッシックとジャズのフュージョンに向かう気配を感じていたことを思い出した。 私は歳をとり、エリックさんも50代半ばと成られたはず。You Tubeを検索してみると、ご活躍の映像がいくつも見つかった。 ドビュッシーの『金魚』の演奏もあった。エリックさんの『金魚』を聴いてしまうと、好きだったミケランジェリの『金魚』が退屈になってしまう。それほどにエリックさんの演奏はスリリング。 いっそ、ここにご紹介しましょう。曲の解釈に彼の強い個性が感じられるでしょう。エリック・ファーラン=アンカウア氏のオフィシャル・サイトここには以下のライブ録音があります。他に12本のヴィデオ・ライブがあります。ヴィデオのなかに、11歳の少年時代に交響楽団と共演してメンデルスゾーンのピアノ協奏曲を演奏する映像があります。私の家に遊びに来たころの面影をしのばせる美少年の----ドビュッシー『花火』『金魚』、モーツァルト『ピアノ協奏曲 No.12』、スクリャービン『ピアノソナタ No.3』、リスト『ピアノ協奏曲 No.1』、ショパン『即興曲 No.1』、ガーシュイン『前奏曲 No.1, No.2, No.3』、ジョルジュ・エネスク『ピアノとヴァイオリンのためのソナタ No.3』、バッハ『ゴールドベルク変奏曲 1~7, 25~Fin』、ストラヴィンスキー『ピアノラグ』、ラヴェル『ファイナル・コンチェルト G』You Tube で聴くエリックさんの演奏ベルリオーズ/リスト 「幻想交響曲」ベルリオーズ/リスト 「幻想交響曲」(舞踏曲版)2009年「ベルリオーズ・フェスティバル」にてライヴ録音ベルリオーズ「幻想交響曲、ワーグナー「タンホイザー序曲」、リスト「二つの伝説」から抜粋による、リストによるピアノ版ドビュッシー 「金魚」ストラヴィンスキー「春の祭典」ドヴォルザーク 「ユモレスク」 シューマン「クライスレリアーナガーシュイン「ラプソディー・イン・ブルー」 ガーシュイン「プレリュード No.3]デイヴ・リーブマン作曲「スリー・アズ・ワン ~ ソプラノ・サクソフォンとピアノのためのソナタ」フランス・ストラスブルクにおいて世界初演のためのリハーサルエリック・ファーラン=アンカウアとマーティアル・ソラル対談(1)エリック・ファーラン=アンカウアとマーティアル・ソラル対談(2)
Jul 11, 2017
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きのうは東京ビッグサイトでに全国から代表が集結した1万人(実数)の前で,特別編成の合唱隊一員として歌った。 1万人の観客の前で歌うのは初めてなので、どんな感慨をもつだろうと想像していたが、じつは私にとってとても意外だった。「へ〜、あっそう」だったのだ。 どういうことかというと、ビッグサイトは本来的に巨大展示場、つまり観客は平土間の椅子に坐っている。昨日は観客も一緒に斉唱するので、歌のときは立っていたが、ステージから見やると、林立する小さな姿。私たちが見られているという感覚はまったく起らなかったのである。コンサート・ホールや劇場のように観客席が擂鉢状に立ち上がっていると、また違った感覚を得たのであろうが、きのうは、私はほとんど冷めた感じ。もちろん前列の観客はその顔立ちまではっきり見えるのだが、はっきり見えれば見えるほど、「へ〜、あっそう」だったのであった。 歌い終わって控え室までのかなりの距離を歩きながら、仲間と共に、次の予約されたステージのための曲を低くくちずさみながら確認していた。気持がすっかり切り替わっていたということか。 それにしても、やはり2度はない経験をさせてもらった。その意味では、おもしろかった。 全国から終結した諸兄姉は、きょう10日も都内各所の会議場に分散して研究会がおこなわれている。
Jul 10, 2017
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きょうは東京ビッグサイトで本番前日のただ1回のステージリハーサル。午後3時45分に家を出て、帰宅したのが10時少し前。リハーサルはものの20分程度。リハーサルはそれで充分だったが、いやはや会場との往復に終始したような感じだ。 ビッグサイトは演奏には適さない会場であることは前もって承知していた。しかし、ステージで実際に歌ってみて、特別編成の合唱団120名を5列にして、1列24名ずつ、端から端の音の伝わり方が0.0何秒か違うと私の耳は聴いた。ちょっとヘンなふうに音がズレて聴こえるのである。これ、いわゆる仲間同士の音のズレだが、客席ではどのように聴こえるものだろう? ズレはないのかもしれない。
Jul 8, 2017
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主治医のクリニックに行き健康検診を受けた。大腸がんと血液検査の結果は後日、出る。 とにもかくにも、今のところ元気が余っている。先生が、「これは検診と関係ないんだけど」とわざわざ断って、私の生き様のようなことを訊かれた。私の活力がどこから出てくるのか、と思われたのだろうか。さーてね、である。 先生のクリニックのカンファレンス・ルームで今月行う予定の美術講座、先生も聴講したいが7月のスケジュールがとれない、日程を変更しては貰えまいかと言う。私に否やは無い。ただし、10月に入ると、韓国での展覧会出品作の制作が追い込みに入っているはずなので、9月を提案。主治医の都合に合わせて2度の講義日を設定してくださっても結構です、と応えた。ついでに第5回のテーマも提案しておいた。 主催者である主治医夫人が、私の講義は一つのテーマを様々な分野から検証して,世界が網の目になっていることを教えてくれる、と評された。「地上を歩き回り、空へ飛び、宇宙から地上を見、そのまま地下にもぐって、また出て来られる」と。この評には内心驚いた。良く分かって下さっている、と。それこそが私が学んで来た人間を見る目。人間をどう見るかを、私は話したいのだ。
Jul 7, 2017
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きょうも昨日と全くかわらないタイム・スケジュール。 スライド編集は97ページになり、使用画像は178点。そして、発声の自主練習。 明日は朝八時に家を出て、主治医のクリニックに行く。1年に1回の大腸がん検査を含む健康検診をしてもらうことになっている。このところ数ヶ月間、忙しくて、ろくなメニューの料理をしていなかった。一応、栄養バランスを考えながら作ってはいたが、品数が少なかったり、和洋中韓の丼物のようなメニュー。そんな食事の結果がちょっと心配だ。
Jul 6, 2017
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午前中からスライドの編集。59ページまで作り、画像は117点。講義原稿の48/60ページ。明後日までには終了したいところだ。やはり、排除するには惜しい資料画像がたくさんある。が、仕方がない。 ところで、今度の日曜日は東京ビッグサイトで民生・児童委員全国大会である。私は特別編成120名の合唱団の一員として歌う。練習は、本番前日の土曜日の夜にたった一回だけ。 私は心の中で、〈少年少女合唱団や、昔の青春映画のような学校の窓辺で歌う女学生たちにような歌になったら、イヤだなー〉と思い、しかし、今まで一度も会ったことがない人達と一回の練習でステージに立たなければならない。ゲイジュツカの端くれの観客向けの心が疼いて、じつはさきほどまで防音室でたった一人の自主練習をやっていた。 男声は120名のうちたった11名。それでも、歌唱が少女趣味にならないように、本番のステージの上でひっぱってやろう----という、思い上がった心意気である。声が出ないではお話にならないので、発声の自主練習をやったというわけだ。
Jul 5, 2017
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きょうも34℃の猛暑。 都議会議員選挙は、自民党が歴史的大敗を喫っした。当然の結果だろう。----------------------- ところで、講義用スライドを編集しながら、600点の資料のなかに、私が今回のテーマの研究をするきっかけになったと言ってもいい、ある現代美術家の1点の絵が含まれていないことに気がついた。 その絵を見たのはもう40年くらい前のこと。外国の作家だ。以来,私はその作品をどこでも目にした事がないのだが、こまったことに作家名を思い出せない。記憶力が衰えているのだろう。その作家が、他にどんな作品を描いているかも知らない。私にとってはただ1点の作家なのだ。手がかりがまったく無い。その絵のイメージは、完全に思い出すのに-----。 もちろん、その絵を論じるわけではないので、私の見解は話せばそれですむ。しかし、その単純な構図の絵にこめられた画家の鋭さは、単純なだけに一層、誰も真似ができない。他の画家の似たような絵は無きにしもあらずだが、それらには痛ましいほどの現代批評性もなければ、それが因って来る「思想」もないか、あっても児戯に等しい。 いやー、いくら思い出そうとしても、ダメだ!
Jul 3, 2017
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朝方の雨があがったと思ったら、猛暑である。午後3時前の気温が30℃を超えた。昼食後、都議会議員選挙の投票に行って来た。 朝から執筆していた講義用原稿をようやく書き上げた。400字詰めで50枚丁度。たぶん手直しして加筆があるだろうから60枚というところか。2時間程度で話すのには多過ぎる枚数かもしれない。 他の仕事のためしょっちゅう中断したが、それにしても執筆に時間がかかり過ぎた。 まとめにくいテーマなうえに、足早ながら12,3世紀からごく近年までのイタリア、フランス、ドイツを中心に、ちょこっと日本の文化状況も語ろうという欲張り方。収集した資料画像も見せたいし、40年前にパリでみつけた今回のテーマにぴったりの面白い本も回覧してもらい、ワイワイやりながら興味をかき立て、知識を深め、個人個人の思想を培ってもらいたい。 美術の知識など忘れてくれて結構、最終的にご自分の思想に組み込んでかたちにしてくれれば、それが講座を引き受けている私の願いである。 さて、原稿はできた。こんどはスライドの編集だ。600点の資料から選択するのだから、これもちょいとした大仕事になりそうだ。 こんなことをしていると、無意識のうちに頭のどこかで考えている韓国用の絵のイメージが、ヌーッと手足をのばして一瞬目の前に影像を結ぶことがある。あっ!と思いながら、その幻影を記憶する。
Jul 2, 2017
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日本の政治家の程度が低いのは、結局は国民の程度が低いということだろうが、それにしても内閣の程度の低さは別格だね。 稲田防衛相なんて、こんな頭すっからかんが日本の国防のトップだなんて、おいおい安倍首相、冗談じゃないよ。戦争法案を憲法に盛り込む算段をしているのだろう? 軽佻浮薄な防衛大臣じゃ、身内に敵有りじゃないか。こういうのを、「獅子身中の虫」って言うんだぜ。しっているのかい。 二階堂自民党幹事長はどうだ? 国分寺で行った都議選の応援演説で、言うに事欠いて、「私らを落とすなら、落としてみろって。マスコミの人だけが選挙を左右するなんて思ったら大間違いですよ。マスコミは偉いんです、偉いには違いないが、偉いっていったって限度がある。みんな、頼んでいるわけじゃないんだから。あんたらどういうつもりで書いているか知らんが、我々はお金払って新聞買ってんだよ。買ってもらっていることをやっぱり忘れちゃダメじゃないかな」(朝日新聞・毎日新聞)だってさ。 なんだろね、この幼稚園児の喧嘩みたいな理屈をこねる頭は。 それじゃあ、こっちも言ってやろう。いい気なデタラメをやらせるために、あんたらを選んだわけじゃない。それを忘れちゃダメじゃないか、と。「腕利き」だと自負しているが、いったい何の「腕利き」だか、知れたもんじゃない。
Jul 1, 2017
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