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今年もいよいよ残すところあと二日少々。クラッシック音楽界はもっぱらヴェルディとワグナーの生誕200年で持ち切りだったようです。記念の年といえば、バロック音楽におけるスーパースターの一人、アルカンジェッロ・コレッリも没後300年にあたっていますが、日本の音楽界では残念ながらほとんど話題にならずじまいでした。そこで、遅まきながら未音亭主によるコレッリ讃をひとくさり、今年のブログの〆にしたいと思います。コレッリといえば、やはりそのヴァイオリンを中心とした器楽曲の素晴らしさで知られています。というか、この時代にオペラを手がけることなく、器楽曲だけで同時代に全ヨーロッパ的な名声を勝ち得た音楽はほとんど見当たらない、と言ってよいようです。カークパトリックはドメニコ・スカルラッティについての著作の中で、コレッリのことを次のように紹介しています。 パスクイーニと父親(=アレッサンドロ・スカルラッティ)の後に、ドメニコがオットボーニの王宮で聞いた最も偉大な音楽家はアルカンジェロ・コレッリであった。ヨーロッパ中で、また海を越えて全世界で賞賛された彼の仕事は、ほとんどの同時代人の諸作品よりも長く生き続けた。そのソナタと協奏曲によって、コレッリはまさに18 世紀室内楽の基礎を築いた。次世代のヴァイオリニストと異なり、彼は常に演奏の巧みさを音楽的表現の純粋性より下位に置いた。またも熱心さに高揚したガスパリーニは彼のことを「我らが時代の真のオルフェウス」と呼び、続けて曰く、「かような巧妙さ、腕前、そして気品をもってバス声部を動かし… 結合と不協和音をあれほどよく制御し解決し,さまざまなテーマを実にうまく織り交ぜているので、彼は魅惑的な調和の完全さを発見したと言われた」ここで「次世代のヴァイオリニスト」と言われているのは、おそらくヴィヴァルディやタルティーニといった音楽家たちを指すのでしょう。彼らが華麗な超絶技巧で現代のロックスターのように聴衆を興奮させたとすれば、コレッリはある種禁欲的な美意識を貫徹し、今日モーツァルトの音楽が果たしているように聴衆を天界へと誘う役を演じたと言えるかもしれません。コレッリの演奏を収めたCDはあまたありますが、未音亭にはムジカ・アンフィオンとピーター・ヤン・ベルダーによる作品全集があり、何かあるとこれを引っ張り出して聴いています。この季節だと、例えばコンチェルト・グロッソ作品6の第8番「クリスマス・コンチェルト」とも呼ばれる名品がオススメ。あのモーツァルトの交響曲40番と同じト短調で書かれており、パセティックな雰囲気の音楽が続きますが、最後のパストラーレはまさにクリスマスの情感が漂います。もう一つは寺神戸亮がバロック・ヴァイオリンを弾いて作品5のソナタを6曲入れたCDで、こちらも大変素晴らしい演奏です。6曲目には第12番、有名な「フォリア」の変奏曲が取り上げられています。寺神戸亮の演奏はとても透明感があり、適度な残響が伴奏のチェンバロと渾然となってヴァイオリンの響きを浮き立たせる感じで、録音としてもピカ一というところ。暮れようとしている2013年、世間は「プチバブル」ともいわれ何かと騒々しい一年でしたが、年の瀬は静かにコレッリの清楚な響きで癒されてみるのも乙なものではないでしょうか。
2013.12.29
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かねて予告されていたスキップ・センペの表記著作がついに刊行され、亭主も早速アマゾンにて落手。まだ拾い読みの段階ですが、期待通りで大変興味深い内容です。この本、英語版と仏語版が半々で、その分厚さが二倍になっているところがやや難点(片方なら1cmですむところが2cmになっている!)ですが、おそらく過去のCDに付けられたライナーノートが網羅されている上に、オマケとしてそれらのCD録音からの抜粋が5枚のCDに収まったものが付いており、おトク感も十分。特に、亭主のように比較的新しいファンにとって、やはり1990年代のCDは手に入れにくいので、それらからの抜粋を聴けるだけでも楽しみは小さくありません。収録されたセンペのライナーノート・エッセイは42本。それらが大きく6つに分類されて章立てされ、各章は以下のようなタイトルでまとめられています。Paradise LostClavessinistesHarpsichord and HarpsichordistsLe Parnasse FrançoisCross RelationsPacking and Re-packing巻末にある初出の年号を眺めると、古くは彼のCDデビューを飾ったフランソワ・クープランのクラブサン曲集(DHM, 1990年)に付けられたライナーノートから、今年(2013年)になって書かれた短文(「ラモーの葬儀」と題され、おそらくParadizoレーベルで企画されているラモーの没後250年を記念した2014年のイベントの予告として書かれたもの)までが収録されており、それぞれ文章の主題や他との関連を考えながら(初出年の順にこだわらず)有機的に並べたものに見えます。亭主の手元にはたまたま上記で触れたフランソワ・クープランのCDがあり、試しにそのオリジナルと今回の本に収められた文章を比較してみたところ、最初のパラグラフで文章の順番を入れ替える等、若干手を加えられていることが分かりましたが、基本的な内容はほぼオリジナルのままでした。(要するに、センペは今でも四半世紀前と基本的な考え方・感じ方を変えていない、ということなのでしょう。)ちなみに、最初に置かれた「ルネッサンス・オーケストラとソノリティの力」と題された文章(2001年初出)では、本書の冒頭にふさわしく彼の生い立ちや若い頃のエピソードが語られており、センペというミュージシャンに興味を持っている読者にとっては、いきなりツボにハマって「書措く能わず」状態になります。(…ったく、週末は片付けなければならない用事が山積みだっちゅうに…)※)本書の邦訳「贅沢な戯れ」(濱田あや 監訳・訳、岡田宏子 訳)が2026年2月に春秋社から出版されました。
2013.12.22
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先週、スイスの寒さは予想ほどでもない、などと強がっていましたが、その後は毎日外を歩くのが嫌になるほどキツーイ朝の冷え込みに見舞われてタジタジ。スイスから帰国すると、関東の冬はまだ温かいなぁ、という感じです。さて、往復の機上でずっとかけっぱなしにしていたフローベルガーの組曲について、この週末アスペレン先生のライナーノートを読み始めたところ、面白くて止まりません。どうやら全世紀の終わりから2006年にかけて、新たな手稿譜が発見される等、フローベルガー研究は現在も進行中のようです。折角の機会ですので、CD−vol.1のライナーノートを以下に一部訳出してみます。「ライン川上の旅」とその他の標題音楽 フローベルガーの標題的な鍵盤組曲は、音楽史上でも最初の「物語的」、「標題的」音楽と考えられる。そこに記されているのは、彼の広範な旅の途上で作曲家の身の上に起きた出来事、自画像的な要素であり、そこから彼の伝記的な情報を得ることが出来るという意味で、ほとんど日記帳のようなものである。 仮に、よく知られた擬音語的な戦闘の音楽、例えばジャヌカンのBataille、ジェンキンスのNewark Siege、あるいはイベリアにおけるorgan batallasがある種の標題音楽的—主に戦争的な—要素を持つとしても、フローベルガーにおけるそれとは全く状況が異なっている。 ここで「表現される」物語の多くは、実際一つ一つ逐次的に語られており、そこではある特定のオリジナルなモチーフへの細かい言及がなされ、最近では数字を使って表示されていることも明らかになっている。加えて、それらのモチーフのいくつかは、文字通り「ライトモチーフ」という意味で我々が見るところ音楽史上における最初の例と考えられる(以下を参照)。 音楽がどの程度まで言語に置き換わり得るか、という問題は数多くの人文主義的音楽理論家を悩ませただけでなく、今日の我々をも依然として捉えるテーマである…拍子—リズム—音形 「音楽的表現」において(ヨハン・クーナウが1700年に彼の標題音楽的作品『聖書ソナタ』中で言及しているように)、フローベルガーは彼の「物語」の中で修辞的な「音形」という多彩なパレットを用いている。それらは、例えばティラータ tirata、つまり時として「砲撃」あるいは「矢の一撃」(マッテゾンによる)と解釈されるスケール、あるいは「三角の」ため息、掛留を含む平行三度のパッセージである。さらに、古代まで遡る詩韻の拍子は、17世紀においては時としてある特別な感情と結びついていた(trochee[トロウキー:強弱格]=柔軟、molossus[3シラブルの格]=謹厳、iambus[弱強格]=勇敢、不屈、等)。 当該分野の代表的な人文主義者でオランダ人のアイサック・フォッシウスによる「詩の音韻と拍子の力(1673年刊)」という著作は、後にマッテゾンやフォルケルに影響を与えただろうし、明らかにクーナウやバッハにも見られる。クーナウのソナタ中にはそのような情緒的なモチーフが見られ、付随する文章で詳細な説明が加えられているうえに、これらは彼の偉大な偶像だったフローベルガー—その名前が言及されている--との明確な関連を示している。アイサック・フォォッシウスのアイデアは、著名な彼の父親にして、フローベルガーと同じくコンスタンチン・ホイヘンスの友人であり文通者だったかの偉大なゲルハルト・ヨハン・フォッシウスの仕事の一つの延長と見なすことも出来よう。数の象徴主義フローベルガーは、時としてその作品中で数の象徴主義を用いたと考えられる根拠がある。これは、球体の音楽、錬金術、ヘルメス主義、あるいはカバラ主義といったものが(アグリッパ、ディー、フラッドといったネオプラトニストたちの影響を受けた)君達を含む偉大な知識人の一般常識であった当時としては、特段驚くことではない。 地上の音楽は、惑星の異なる運動によってもたらされ、それに応じた比率を持つ天の階梯の反映と見なされていた。(例えば、パッヘルベルは—恐らく失われた--「惑星組曲」を書いた。)これらの数値は、建築や造形芸術でも、例えば身体の比率や遠近法において重要な役割を果たした。宗教的な側面も合わせ持つ錬金術/ヘルメス主義も、芸術家の間で当時広く受け入れられた教義であった。モンテヴェルディはある手紙の中で、数週間のうちに鉛を金に変えることを期待していると書いているし、フローベルガー自身はアラビアに出かけるアイデアに思いを巡らせているが、そこでは「賢者」が「ラピス」、すなわち賢者の石を持っていた… ユダヤ起源の数象徴主義(ヘブライ語においては数字と文字は同一)であるカバラ主義は、ルネッサンス以降にキリスト教の側でも同様に行われ、それはまたフローベルガーの晩年におけるパトロンであったヴッテンベルクのシビッラの姉が熱心に実践した手法でもあった(vol.2参照)。…この節に続いて、アスペレンは具体的な数とその象徴的な意味、さらに彼の音楽でそれがどのように現れているかなどを解説していますが、長くなるので割愛します。いずれにしても、このライナーノートを読みながら、亭主は遠い学生時代に錬金術やヘルメス文書の本を読みあさっていたことをまざまざと思い出しました。といっても、きっかけはもちろん17世紀音楽ではなく、ユング心理学にハマって彼の「心理学と錬金術」を読んだことでしたが…なんだか急に気持ちがそわそわし始めました。
2013.12.15
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亭主は今週、仕事で週末からチューリッヒ近郊の研究所に来ています。(日曜日は早朝から終日移動に費やしたのでさすがにネットにはアクセスできず。)事前の情報では気温が昼間も零度近いということで覚悟をして来たのですが、実際のところ昼間は茨城県南界隈とそれほど変わらない感じ(朝は−1℃)。今のところ日中はよく晴れて太陽の暖かみが身にしみます。さて、ことのころルイ・クープランのハープシコード音楽にどっぷりと浸かっていた亭主ですが、その魅力の発するところがどこから来るのかおぼろげながら分かり始めるにつれて、彼の音楽と他の同時代のそれの関係が気になり始めました。特に、ルイと直接交流があったと想像されるフローベルガーの作品についてもう少し詳しく知りたいと思い、AEOLUSから出ているヴァン・アスペレンの録音を調べたところ、全4巻のうち始めの3巻がアマゾンで入手可能と分かりとりあえず発注。先週到着したCDを早速iPodに詰め込んで、成田からチューリッヒに向かう機上でじっくり堪能しました。アスペレンのCDは1巻毎にテーマのようなものが掲げられていて、第1巻はLe passage du Rhin(「ラインの旅路」とでも訳す?)、第2巻はA l’honneur de Madame Sibylle(「シビィユ婦人の誉れ」?)、第3巻はHomage a l’Empereur(「皇帝讃歌」?)となっており、いずれの巻もCD2枚組で充実した内容です。残念ながららライナーノートを携行しなかったので詳しいことは分かりませんが、アスペレンとしてはおそらくこのテーマに従ってフローベルガーの組曲を性格別に集めてみた、ということではないかと想像します。例えば第1巻は副題にthe programmatic suites 表題的組曲とあり、そのような性格を持つ作品群からなるということでしょう。いずれにせよ、まずは能書き抜きでアスペレンによるフローベルガーの音楽をじっくり堪能です。アスペレンの演奏以前に亭主が聴いていたのはレオンハルトによるそれで、そこで取り上げられている作品(CD2枚分)ぐらいしかなじみがありませんでしたが、こうして聴いていると実に多彩な響きがあって面白く感じられます。中でも一つ発見だったのが、CD第2巻、ハ長調の組曲5番中にあるサラバンドで、この作品、ルイ・クープランのト長調のサラバンド(通し番号で87番)とよく似ています。ルイとフローベルガーの直接的な交流を示す証拠(?)の一つとして大変面白く感じられるところです。さらに興味深い点として、センペはあのルイ・クープランの録音の中で、自身が編んだハ長調の組曲の中に何故かこのト長調のサラバンドを組み入れて弾いています。フローベルガー(ただしハ長調)との類似を考えると、なんだかセンペに謎かけをされているような気分です。
2013.12.09
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先日、NHK-FMの夜の放送(ベストオブクラッシック)を聴くともなく聞いていたところ、カルロ・グランテの来日公演の様子が録音で流れていました。グランテといえば、亭主にとってはスカルラッティ演奏の名手、また彼のソナタのピアノによる初の全曲録音に挑戦中のピアニストとして馴染みの名前ですが、FMのナレーションによると、どうやら今回が初来日とのこと。そもそも亭主は今年彼の来日が予定されていたことすら知らなかったのですが、9月初頭に東京・武蔵野市民文化会館でオール・ショパンによるリサイタルが行われていました。(FMで流れたプログラムはこちら)そこで、いまさらと思いつつもおっとり刀でネット上を調べてみると、招聘元と思しき武蔵野文化事業団のホームページに関連記事が掲載されているのを興味深く読みました。なんでも「あなたの弾きたいプログラムで」とお任せで、また「何かテーマ性のあるものならなおよい」と相談を持ちかけたところ、返って来たのが「ショパンのバラード全4曲とスケルツォ全4曲」という返事だったとか。(持ちかけた方は「オール・スカルラッティ」とかを期待していたようですが…)ピアノを弾く方はご存知だと思いますが、バラード、スケルツォいずれどの一曲をとっても難物で、全部を一度に取り上げるなどというのはやる方も聴く方もなかなか大変だと思います。どうやらグランテは、これらの作品を聴衆の前に一同に開示することでこのリサイタルに何らかのテーマを掲げたと想像されますが、来場者はどのようなメッセージを受け取ったのでしょうか…ところで、このリサイタルではアンコールとしてゴドフスキーの作品が1曲とスカルラッティのソナタが2曲演奏されたようです。後者はK.198とK.159で、いずれも既に出ている彼のスカルラッティ全集CDに収められている演奏でも聴くことが出来ます。(このCDについての以前のブログはこちら)K.198はそれほど「有名な」ソナタではありませんが、あのホロヴィッツが録音に残しているので、逃走曲風の物悲しい響きに覚えがある方もおられるかも。この曲、ヴェネベチア手稿では孤立した一曲ですが、パルマ手稿では同じホ短調のソナタK.203と対になって配置(第IV巻の20番と21番)されていて、グランテのCDでも連続したトラックに収まっています。(ちなみにグランテのスカルラッティ全集は、パルマ手稿を第一義的な拠り所としている点で、従来の全集とは一線を画した新しい試みになっています。)K.198に引き続くK.203は曲調も似ている上に、軽快な3拍子の舞曲であることから「結びの舞曲Nachtanz」(15世紀から17世紀にかけて作られた対構成の舞曲[パヴァンとガイヤール,パッサメッツォとサルタレッロ,サラバンドとジーグ等]の2曲目を指す言葉)としてもそれらしい配置です。一方のK.159は多分超「有名」なソナタで、冒頭の華やかなホルン・コールと引き続く駿馬のギャロップのようなリズムが狩りの場面を彷彿とさせ、まるで一幅の絵を見るような一曲。きっと当日の聴衆にもウケたものと想像します。実のところグランテのスカルラッティ全集CDは、2010年に第1巻と第2巻が相次いで出ましたが、その後は待てど暮らせど音沙汰なし。既に3年余りが経過しており、亭主もだいぶ気をもんでいるところです。(グランテさん、まさかクレメンティの時と同じく途中で放り出したんではないでしょうね!)いずれにしても、次に来日する時は是非ともオール・スカルラッティ・プログラムを!
2013.12.01
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