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「働き方改革」の一環として、昨年度から始まった年休取得義務化で、年5日以上年休を使わないと職場に迷惑がかかる(罰則あり)のは周知の通りです。今年はGoToキャンペーンで7-8月と複数回にわたり温泉旅行に出かけたとはいえ、いずれも連休や夏季休暇(年休とは別で、こちらも強制)だったので、これで年休は消化できず。ズルズルと先送りしているうちに、ツケを年末にまとめて消化ということになってしまいました。というわけで、亭主は一足早く先週金曜日(25日)から年末年始の休暇モード中です。さて、休みになったとはいうものの、COVID-19の流行は収まる気配がなく、買い物ですら感染防止に気を使う状況で、気晴らしのためにどこかに外出しようなどという雰囲気は皆無です。(休み返上で奮戦中の医療関係者の境遇を思えばなおさらです。)そこで、この年末は日頃溜まっていた書類の整理と大掃除に着手。(例えば、食器棚の中身を全部取り出しての棚の清掃など、この家に越してきて以来のような作業です。)この手の作業にまとまった時間を取るのは8月以来で、初めは結構張り切っていたのですが、3日目になって段々とウンザリしてきたので一旦ブレーク。ちなみに、今日は久しぶりに(ハープシコードではなく)ピアノをじっくり磨くことに。先日購入した新しいユニコンを開栓し、黒い鏡面仕上げの筐体に振りかけながらフェルトで研磨します。弦も含め内部の鉄製パーツは既にかなりのサビが回っていますが、筐体はほとんど経年劣化がないので磨き甲斐があるというもの。磨き終わったところで、やはり音を確かめたくなりポロポロ手すさびを始めたところ、あっという間に2時間ほど遊んでしまいました。手すさびの最後に取り出したのが、ベートーヴェンのピアノソナタ第31番の譜面です。コラール風の主題に大きく音程を上下するアルペッジョのオブリガート的なパッセージが美しい第1楽章、スケルツォ風の第2楽章、そして最終楽章「嘆きの歌」から最後のフーガにさしかかったところでふと思うに、このソナタは父バッハが若い頃にたくさん書いたトッカータやファンタジアといった作品(これらも最後はフーガで締める)によく似ているなと感じました。こんな感想を抱くことになったのも、もとはと言えば今年になって父バッハの「カプリッチョ」を手始めに、初期作品を数多く聞く機会に恵まれたからです。そのおかげでメラー手稿、アンドレアス・バッハ写本といった原典資料の存在や、その中にある(バッハが影響を受けたと思しき)音楽家達の作品にも出会うことができ、バッハの「創作の秘密」を垣間見た気になったものでした。ベートーヴェンにしても、フーガを書くときには大いに父バッハを意識したことでしょう。(それにしても、第31番のフーガは何度聴いてもじわっと感動がこみ上げて来る名作です。)コロナ禍で多くの演奏会が中止・延期になり、それに関わる専門の音楽家にとっては大きな打撃だったと想像します。一方で、音楽を受容する側の音楽との関わり方、楽しみ方は十人十色。ステージ上で何か奇跡が起きることを期待するかのように会場で息を殺して座っているのは確かにワクワクするものですが、それだけが音楽の楽しみではありません。書かれた音符を手がかりに各人がそれぞれの知識や経験に応じて音楽と静かに向き合うのも一つの真当な楽しみ方です。音楽における演奏会の意味を考える上で面白いのは、それが最近読んだ「反知性主義」の中でも取り上げられた(米国での)信徒とキリスト教の関わり方によく対応しているように思われる点です。例えば、森本あんり氏の著作の中にある「River Runs Through It」という米国映画を取り上げた文章の中で、主人公の趣味である「釣り」が彼の生きざま・宗教観の反映であることを論じながら、その様子を教会での礼拝に例えた以下のような一節があります。 それはちょうど、礼拝の中でひとり神に向き合うのと同じ状況である。礼拝では、自分の周りに人はいるが、めいめいが静寂の中に見ているのは人ではなく神である。祈りも、ひとり神の前に立つうちなる独裁者として、みずからの存在を確認する時間となる。礼拝には共同の祈りもあるが、畢竟それは個人と神との関係を束ねたものにすぎず、自分も隣に座っている人も、お互いを見ているのではなく、それぞれ上を見ているのである。(「反知性主義」、pp.131、森本あんり、新潮選書)この文章中の「礼拝」を「演奏会」に「神」を「演奏家」あるいは演奏家を通して顕現する「作曲家」に置き換えれば、ほぼクラシック音楽の鑑賞者が置かれた状況そのものです。そして、このような関わり方であれば、実はライブ・コンサートという形式自体が必ずしも不可欠ではない、という(興行主にとって不都合な)真実も浮かび上がってきます。上述の例でいえば、礼拝に行かずとも聖書を通して神と向き合うことはできる、というわけです。コロナ禍は、そのような個人の内面において音楽との向き合うことを否応無く強いて来る、あるいはライブ・コンサートという形式の冗長性を気づかせてくれるという意味でも未曾有の体験でした。来年こそは良い年になりますように。
2020.12.28
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このところ最後の盛り上がりを見せている(?)ベートーヴェン生誕250年記念。特に先週12月16日は彼の250歳の誕生日ということもあり、テレビ・ラジオの様々なクラシック番組で彼の人となりや音楽が紹介されました。さらには、活字メディアでも年末恒例の交響曲「第九」演奏会にまつわる記事の連載や、その日本での受容史を紹介する特別記事など、かなりの露出度。さすがは「楽聖」です。こうなると、亭主としても自分のベートーヴェン体験をちょっと振り返ってみる気になり、記憶をたどってみることに。まず、亭主が小・中・高の学校時代を過ごした高度経済成長の末期(1960--70年代)は、爆発的にピアノが普及し、「ピアノのお稽古」が流行した時期でもありました。そこで最初に出会う「まともなクラシック音楽のレパートリー」の一つがベートーヴェンのピアノ・ソナタ(もちろん有名な作品が主)。記憶に残るLP時代の演奏家としてはケンプ、バックハウスといった名前が浮かびます。一方、学校の音楽鑑賞でも交響曲第6番「田園」や第9番はいわば定番。ピアノを習っている生徒にとっては、家でも学校でもクラシック音楽全体への入り口でベートーヴェンに出会うことになりました。交響曲ではカラヤン+ベルリン・フィルは斯界の帝王として君臨中でしたが、なぜか日本ではカール・ベームの人気が高く、ウィーン・フィルと来日して(1975年頃)第7番などを演奏した際の熱狂ぶりは今でも思い出されます。長じて室内楽、特に弦楽四重奏などにハマったのが大学生時代(1970年代終わり--1980年代)でしたが、このジャンルにおいて何と言っても抜きんでていたのがアルバン・ベルク弦楽四重奏団(SQ)の演奏。当時のクラシックファンの間でも人気が高く、来日公演はいつも満席。(亭主も東京での演奏会に押しかけて完璧なアンサンブルを堪能したのが記憶に鮮明です。)LPもアマデウスSQ、ジュリアードSQ、東京SQなど複数持っていましたが、特にラズモフスキー3曲など中期の録音で彼らの演奏に熱中しました。,,,とここまで来たところで、これ以後のベートーヴェン体験はどうも曖昧になってしまいます。要するに、昭和の終わりとともに彼の音楽を特に好んでは聴かなくなった、ということのようです。その後だいぶ経ってから、偶然ノリントン指揮+N響による演奏を聴く機会があり、あのノンビブラート奏法の新鮮な響きにイカれて全曲録音CDを購入・堪能しましたが、これは2010年代に始まった亭主の古楽趣味の延長上にあります。こうして振り返ると、亭主にとってベートーヴェンの音楽とは、結局のところ悩み多き「青春の音楽」、個人史における「疾風怒濤時代」の音楽だったということなのかもしれません。彼の音楽が同時代においてシュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)の文学運動と呼応していたことも偶然ではない?ベートーヴェン、それは「クラシック音楽の青春」なのかもしれません。
2020.12.20
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いつの間にやら残すところあと2週間余りとなった今年ですが、コロナ禍でほぼ立ち消え状態だったクラシック音楽界のベートーヴェン生誕250周年記念、ここに来て駆け込みで若干の盛り上がり(?)を見せている感じです。先々週覗いた書店の店頭にもベートーヴェン関連の書籍が並んでおり、そこで亭主の目を引いたのが片山杜秀氏の表題の本(文春新書、2018年)でした。出版年からもわかるように、本書は必ずしも記念イベントに合わせて執筆されたものではなく、売る側が便乗していることは明らかですが、杜秀クンしらい大風呂敷のタイトルに惹かれて衝動買い。この本、序章にも宣明されているように、西洋クラシック音楽の歴史を音楽家・作曲家(=音楽の供給側)からの立場ではなくその受け手側から描いて見せたもので、音楽を契機にしてヨーロッパの社会・文化史が俯瞰的に語られています。本書を前にして思うに、従来の教科書的な音楽史ではどちらかというと音楽の供給側からの視点が中心です。そこでは、それぞれの時代の作品を引きながら、どのような様式・語法の音楽が作られ、時代とともにそれがどう進化していったか、あたかも音楽がそれ自体で自律的な発展を遂げたかのような語りが支配的なように思われます。取り上げられる音楽家も、特に19世紀以降はいわゆる大作曲家と言われる人たちが中心。このような大作曲家(=エライ人)vs下々の鑑賞者、という垂直的・権威主義的な西洋クラシック音楽享受の構造をひっくり返すという点で、杜秀クンの試みはとてもこんにち的です。なぜなら、本書の隠れたテーマは「西洋クラッシック音楽の盛衰の歴史」であり、現在はまさに「衰」、その権威も昔日のものとなった黄昏にあるという認識があるからです。背景にあるそのような歴史認識も含め、亭主はこの本を大いに楽しむとともに、日頃ぼんやりとしか考えられていなかった色々な事柄を整理することに役立ちました。特に、なるほどと膝を打ったのが、ロマン派時代における「バッハの再発見」に関するくだりです。杜秀クンによれば、それは「ベートーヴェンの呪縛」から解放されるためでした。彼曰く、「ベートーヴェンは市民のためのクラシック音楽の可能性の大鉱脈をほとんど掘り尽くしてしまった。これ以上ベートーヴェンを引き取って発展させようと思っても、その余地はもう残されていなかった」というわけです。そこで、ポスト・ベートーヴェン時代の音楽家であるメンデルスゾーンやシューマンが目をつけたのが、知る人ぞ知るバッハ。彼の古い対位法を身上とした多声音楽の美学を改めて取り入れ発展させることで、近代の「主役なき時代=みんなが主役」の精神に合う新しい音楽を作り出した、という見立てです。さらにもう一点、「金融資本主義的(無国籍・グローバル主義的=ユダヤ的なもの)」と「民族主義(=ナショナリズム的なもの)」の対比・相克という概念を用いてワーグナーをはじめとした19世紀末の作曲家達を整理して見せたところもなかなか秀逸。これは現代にもそのまま見られる二項対立で、音楽史において名を留める19世紀末の音楽家達が、つまるところ反グローバリズムという時代の要請にうまくマッチした音楽を供給できた人達だった、という視点は説得力があります。一方、バロック以前の音楽に関しては、やや的外れと思える論考も見られます。例えば第1章の末尾、当時の「神の秩序」という世界観の中で人間が単なる道具とみなされていた、という主張を裏付けるために持ち出される「ヴァイオリンは異常な楽器」という挿話です。曰く、…イランでも中国でも、小さい擦弦楽器だって床か地面に片方の手で立てて、もう一方の手で弓を持って弾く。体からだいぶん離して、耳の近くになんか絶対持ってきません。体に優しく楽器を扱うとこうなるのです。…擦弦楽器を顎で挟んで耳元で鳴らそうとはヨーロッパ人以外は考えません。 確かに顎で挟んで、体のすぐ近くに楽器を寄せて、目でも弦のどこを指で押さえるかなどいちいち確認しながら、しかも右手で弓に圧力をたっぷりかけて弾けば、早業もやりやすくなるし、力強さも出る。でも体には悪い。それでも弓を早く動かし、大きな音で鳴らすことに特化するために、演者の肉体を、インストゥルメントの一部として扱おうとする。これが西洋文明の怖さですね。最近ではバロック時代の楽器や演奏習慣も知られるようになり、当時ヨーロッパで流行していたヴィオール族の擦弦楽器はまさに体からだいぶん離して立てた楽器を弓で弾いていたことが知られていますし、バロック・ヴァイオリンも顎当てはなく、おそらく顎で挟むといった奏法はまだなかったと思われます。つまり、杜秀クンが言い募っているのは、19世紀以降に大ホールでの演奏を前提として改造が加えられた近代の楽器および奏法についてのもので、この文脈で持ち出すのは筋違いというもの。(少年時代のヴァイオリンのお稽古に由来するトラウマが思わず噴き出した?)なお、あとがきから推測するに、本書はどうやら口述筆記から起こした原稿のようで、上記の引用部分にも明らかなように、テレビ・ラジオで接するあの杜秀クンの語りがそのマンマ出ているところも楽しみどころです。
2020.12.13
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年明け早々に始まった世界的なコロナ禍が続く中、音楽関係のライブ・イベントやコンサートがほぼ消滅し、19世紀以来確立されて久しい音楽享受のあり方が問われている…このような危機意識を持たれている関係者は少なくないと思われます。もちろん、その根本にあるのはいわゆる「三密回避」という防疫上の要請、「多数の人の集い」への禁忌です。この問題は何も音楽イベントのみに限らず、スポーツから映画・演劇、その他様々な文化活動に同様のインパクトを与えています。これらに共通する背景として、18世紀以前には少数の限られた王侯貴族のためのものであった文化・芸術が近代以降に大衆化するとともに、一度に多数の観客を相手にすることで経済的な利益に繋げるというビジネスモデルが確立したことがあります。ではなぜそのような大衆化が起こったか?よく語られる理由は、19世紀以降に一部の市民が裕福になるにつれて王侯貴族の文化に憧憬の念を抱き、自分たちもそれを享受したいという欲求が湧き起こったからだとされています。「衣食立って礼節を知る」は普遍的な真理ですが、それまで自らの文化を洗練させる機会も余裕もなかった庶民が、成金になってとりあえず貴族ごっこに飛びついた、というわけです。とは言え、文化・芸術への憧憬を単にスノビズムのみで説明するのはやはり皮相的というもの。ここで現れるのが「人はパンのみにて生くるものに非ず」、人間は貴賎を問わず本性として文化・芸術を必要としている、というもう一つのテーゼです。(もちろんここで文化には、広くスポーツなどの娯楽も含まれます。)文化・芸術の大衆化が、それを担う人材や理解者の間口を大きく広げることに寄与した理由もここにあると思われます。さて、コロナ禍の収束が依然として見通せない中、この9月に出版された岡田暁生センセの著書「音楽の危機--《第九》が歌えなくなった日」(中公新書)を書店で偶然目にし、思わず衝動買い。何が書いてあるのかとこの週末覗いて見ました。予想に違わず、岡田センセは多数の人が集うことによって成り立っていた文化・芸術を担う興業ビジネスがコロナ禍によって立ち行かなくなったことを憂い、彼が愛するクラシック音楽、なかんずくベートーヴェンの交響曲第9番に象徴される文化・芸術そのものが失われるのではないかと危惧するとともに、近未来の姿についていろいろな妄想を書き連ねています。とは言え、いろいろな可能性をギロンした上で最後に出て来る結論は「結局のところ、ホールから引き剥がすのが最も難しいのは十九世紀クラシック、とりわけオーケストラと合唱だということになる。考えてみれば当然だろう。ホールという「近代が生んだ建物」のために作られた「近代の音楽」がクラシックなのだから、近代の存立基盤を直撃されて一番ダメージを受けるのはここなのだ。それでもなおわたしは、ホールという建築/制度を生かした形で従来のクラシック・レパートリーを救出することは、決して不可能ではないと思う。」と、愛するクラシック音楽の存在意義そのものは不滅であると信じ込んでいるところがなんとも無邪気に思われてしまいました。亭主から見ると、コトの本質は「人間という社会的生物は集って共感することを欲する」という点、つまり「共感したい」という欲求にあり、ライブやコンサートのような興業的見世物はその手段・媒介に過ぎないと思われます。むしろ、コロナ禍によって明らかになったことは、共感の対象としてのクラシック音楽やコンサートホールという19世紀的な興業的見世物がとっくに耐用年数を超えていたということではないでしょうか?(オリンピックに代表される「見世物」としてのスポーツも然り?)これからは少数の集団による共感(〜オタクの世界)が人類の主要な慰めとなるのかも知れません。(共感欲求は食べ物に対する欲求と同じで、「不要不急」と片付けられるべきではありませんが、その満たし方には多分色々な可能性があります。)
2020.12.06
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