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新コロの感染拡大で、このところ巷はあの東日本大震災と原発事故直後にも似て、何とも言えぬ不安と緊張に包まれています。折しもこの週末、関東ではせっかく満開となった桜を強風と降雪が直撃。それでなくても暗い気分をさらに滅入らせることに。いうまでもなく、こういう時こそは音楽の出番というもの。とはいえ、現下の状況で音楽ホールに人が集まるような演奏会は(特に首都圏では)自粛要請の対象なので、週末はもっぱら自宅で楽器の手すさび、CD鑑賞、およびネットサーフィンです。(特に、CDやストリーム配信を購入することは、演奏会が中止になり経済的に苦しい音楽家を少しでも応援することになるかも?)そのようなCDの中で最近手に入れたのが、表題作品のボブ・ファン・アスペレンによる演奏を収めた1枚です。元の音盤は1991年に出たLPで、CDで再販されたのも2009年と、国内では入手困難。やむなくアマゾンに出店しているドイツの通販ショップで購入し、新コロ騒ぎで流通が影響を受けないか心配しつつ待っていたところ、1週間ほどで無事到着しました。(ちなみに、他の録音と抱き合わせの廉価版は国内入手可能なようです。)バッハの鍵盤トッカータとして知られているもの(オルガン用を除く)は全7曲あり、バッハ作品番号(BWV)で910〜916という番号が付いています。この中でも、例えばハ短調(BWV911)の曲などはピアノでもよく演奏され有名ですが、亭主に馴染みがある曲としては、後はホ短調(BWV914)を弾いたことがあるぐらいでした。ところがメラー手稿にあるニ長調(BWV912)をキャロル・セラシの演奏で知って以来、これらの作品がどういう由来を持っているのかも含め俄然興味が湧いてきた亭主、早速アスペレンのCDを入手したというわけです。演奏は1990年の録音とやはりかなりの年代ものですが、1728年製のZellによるオリジナル楽曲を用いており、その響きに加えて、壮年期のアスペレンがどんな演奏を聴かせてくれるか興味津々。で、一聴した印象は、意外とあっさりした演奏だな、というもの。トッカータといえば自在な即興性を身上とするジャンル、という前提から予想されるような大きなテンポの揺れや強いアーティキュレーションはなく、とても端正な演奏といった印象です。これに比べると、セラシのそれがいかにも変幻自在な即興性を感じさせる演奏であることが際立つというもの。フランス人、特に女流クラヴサニストが「よく楽器を喋らせる」という評判にも通じるものがあります。とはいえ、他の5曲についてはハープシコードの演奏でじっくり聴くのは初めてで、アスペレンの演奏を大いに楽しみました。ところで、メラー手稿にはトッカータはBWV912の1曲しか含まれていませんが、調べてみると初期バッハ作品を伝えるもう一つの有名な手稿である「アンドレアス・バッハ写本」の中に嬰へ短調(BWV910)、ハ短調(BWV911)、およびト長調(BWV916)の3曲が含まれています。残る2曲についてはどうやらもっと後の時代の写本に依拠する模様ですが、何れにしてもこれら資料の成立年代から見て、一群のトッカータが二十歳代の若いバッハの手になる作品であることは確かなようです。しかも、その後没するまでバッハはこのジャンルに戻ってくることはなかったとのこと。それがなぜなのか、その後の彼の人生行路とも絡んで色々と妄想のしがいがありそう… * * * *さて、今朝も新コロのニュースが気になり、AMラジオをかけっぱなしにしていたところ、8時のニュースに続いて始まった「音楽の泉」の冒頭で、司会の皆川達夫さんが自身の解説による最後の放送となる旨を告げました。初回が1988年10月と言いますから30年余、皆川さんはまさに平成の時代とともにあった司会者でした。既にかなりのご高齢でもあり、近いうちに必ずやこの日は来るだろうと頭では分かっていましたが、いざその時になるとやはりショッキングです。皆川さんが最後の放送で選んだのはバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータから、演奏は往年の名手ヘンリック・シェリング。やはり最後はそこに回帰するのだ、と名解説者の感慨に思いを馳せる亭主でした。
2020.03.29
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このところ、亭主も含め世間の関心は新型コロナウイルスの流行状況に釘付けです。2月前半ぐらいまでは「中国がひどいことになっているなぁ…クルーズ船の乗客もお気の毒に…」となかば対岸の火事状態でしたが、その後国内でもじわじわと感染者数が増え始め、今月に入ったあたりからはヨーロッパ・北米で急拡大し始めたのでびっくり仰天です。実は亭主、この7月にイタリア・パルマで開催予定のとある国際会議に出席するのを大いに楽しみにしていたのですが、これも先週になってついに1年延期のお知らせが回り、ガッカリ。この会議に合わせてイタリアやスペイン・ポルトガルの旅行を企んでいただけに実に残念ですが、今やそのような状況でないことは明らかです。ちなみに、国外ニュース記事でこのところ頻繁に出てくるquarantineという言葉、名詞では「検疫」、動詞では「隔離する」ですが、元々はヴェネチアの方言で40日を意味する言葉から来ているそうです。ヴェネチアはルネサンス頃(いわゆる大航海時代の前)まで地中海・東方貿易で繁栄したヨーロッパ随一の海洋帝国でしたが、14世紀にペストが大流行した際に疫病が東方から来た船によって持ち込まれることに気づき、その侵入を抑えるために疫病の潜伏期間とされる40日間船を沖に強制的に停泊させ、感染者が発生しないことを確認してから上陸させる法律が出来たとのこと。今回のコロナウイルス感染症については、隔離期間が14日間と40日よりはだいぶ短いものの、相当辛そう。それを考えただけでも外国に行こうなどという気は失せるというものです。ところで、今から二月ほど前のこのブログで「ディミニューション 」というルネサンス-初期バロック期音楽の装飾技法を伝えるスペインのディエゴ・オルティスの「変奏論」という本を話題にしました。元になったのは朝のFMラジオで流れた「教則本を書いた作曲家達(I)」というお題の番組でしたが、実はその中で最初に取り上げられていたのが「『フォンテガラと題された作品』(原題はOpera Intitulata Fontegara)という変わった名前の教則本」でした。その著者はルネサンス期にそのヴェネチアで活躍したというシルヴェストロ・ガナッシ(1492-1565)という音楽家です。この著作、オルティスの本の解説でも言及されており、大いに気になっていた亭主は、FMで流れたル・コンセール・ブリゼのCDを最近になって落手。その華麗な装飾技法の実演を大いに堪能しました。このCD、2018年にリリースされたもので、その年のディアパソン・ドール賞を受賞しています。コンセール・ブリゼはジェネーブ(フレンチ・スイス)を拠点に活動している古楽演奏団体で、フランス・リュート音楽のブリゼ様式に由来するらしい名前からも想像されるように、初期バロック以前の音楽をレパートリーの中心に据えているようです。(日本で言えば古楽アンサンブル・アントネッロのような存在?)ライナーノート背表紙の集合写真には楽器とともにメンバーが写っています(左端の赤ちゃんがご愛嬌)。IMSLPに置いてある「フォンテガラ」のフルカラーの画像データを眺めると、イントロの後には笛の穴の抑え方を示したイラストと対応する音程が延々と示され、その後には例の装飾音形(ディミニューション)がこれまたずっと続くという退屈なもの。そこで、この装飾法を同時代の様々な楽曲に実際に応用してみせたのがこのCD収録されている演奏の数々というわけです。これらを何も知らずに聴くと、あたかも自由な即興演奏のように思われますが、ディミニューションを知った後では規則的な音形のように聴こえるのが不思議です。ライナーノートによると、ガナッシは他の兄弟共々父親に音楽教育を受けたようで、1517年にはヴェネチアのドージェ、レオナルド・ロレダン(ベリーニの筆になる肖像画で著名)の下で王宮付の音楽家として任命されています。その後、いくつかの記録の中でpiffari(笛奏者)として言及されており、かなりの名手だったことが伺えます。(1520年代には息子2人がいたようで、ぞれぞれ法律家、音楽家の道を進んだようです。)その後、1530年ごろにはサン・ロッコ教会の教育機関(Scuola Grande)に所属とあり、それから5年後の1535年に「フォンテガラ」を出版しています。とうわけで、どうやらこの著作、やはり学校で使う笛の教科書として出版されたことが想像できます。その後、1542年には職務怠慢(?)で勤先を首になったようですが、以後も笛の演奏家として時折手紙や文書中に言及されていることからも、1565年に亡くなるまで現役だったことが伺えます。ちなみに、ガナッシの生没年を眺めると、ヴェネチア派を代表する大画家ティツィアーノとほぼ同時代。ここでもまた絵画の世界と音楽が繋がってきました。
2020.03.22
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昨年11月末にFM放送で生中継された鈴木優人氏のN響デビュー公演(第1927回定期)、亭主は前もって知らなかったこともあり、前半を聴き逃してしまいましたが、先週末夜にオンエアされたテレビ収録版については事前に情報を抑え、録画したものをこの週末にじっくり鑑賞させてもらいました。まずはプログラムのおさらいをすると、前半は1. メシアン「忘れられた捧げもの」2. ブロッホ「ヘブライ狂詩曲『ソロモン』」3. コレッリ「合奏協奏曲 第8番 ト短調「クリスマス協奏曲」」後半は4.メンデルスゾーン「交響曲 第5番 ニ短調 作品107『宗教改革』」となっていました。一見したところ、時代もスタイルもバラバラである上に、平均的なクラシックファンにはあまり馴染みのない曲目ばかりです。テレビ収録版では、演奏会の前に収録されたと思われる鈴木優人氏のインタビュー、およびチェリストのアルトシュテットとの対談が含まれており、プログラム全体の意図がある程度明かされていましたが、番組側ではそれだけでは不十分と思ったのか、それぞれの楽曲や作曲家についての手短な解説も付けられていました。優人氏によれば、このプログラムのお題はズバリ「宗教音楽」。確かに、彼が指揮するバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)はバッハの宗教音楽にレパートリーの中心を置いており、N響デビューでも宗教音楽を取り上げることは自然に見えます。問題はその中身です。まずメシアン。タイトルの「捧げもの」は人類のために血を流したイエスの十字架を意味し、楽曲はその十字架、罪に走る人類、そして聖体の秘跡の3部からなっています。要するに新約聖書の世界というわけです。この曲、実はメシアンの出世作となったと言われているようですが、後のトゥーランガリラ交響曲を思わせる曲想が随所に聞かれました。次の作品はスイス出身のユダヤ系作曲家エルネスト・ブロッホの作品。こちらは旧約聖書の世界、ユダヤが最も反映した時代のソロモン王を題材にした音楽です。曲の作りとしてはほぼチェロ協奏曲で、番組で流れたチェロ奏者のニコラ・アルトシュテットとの対談では、ソロモンが書いたという3つの書物のうちの一つを念頭に、その虚無主義的な世界観が音楽の背景として語られます。ブロッホは1880年まれで、作風は新古典主義とされているようですが、この作品が持つ緻密で厚い管弦楽の響きはリヒャルト・シュトラウスの音楽を彷彿とさせます。前半最後の「クリスマス協奏曲」は、古楽ファンにはお馴染みのレパートリーですが、これを優人氏自身がモダンオケ用に編曲したもの奏されました。大胆にも自らハープシコードで通奏低音も弾きながらの「弾き振り」で、何とも器用な役者であることを披露。ちなみに、対面にあるポジティブオルガンの奏者、どうも見覚えがあると思ってよく見ると、これも古楽ファンお馴染みの大塚直哉氏。(こんなところでチェンバロ男子デュオ実現。)そして後半、このプログラムのトリである「宗教改革」とは、いうまでもなく1517年に始まったルターによる宗教改革運動を指しており、優人氏が語るようにユダヤ教からキリスト教(カトリック)、さらにはプロテスタント(ルター派)へという歴史の縦の線をなぞったプログラムになっている、というわけです。さて、こうして(優人氏本人の解題も踏まえながら)曲目を眺めれば、それらが西洋音楽の根幹にあるキリスト教の歴史を俯瞰するようなプログラムだった、というのが素直な理解でしょう。とはいえ、ひねくれ者の亭主としては、やはり「でも何故?」というギモンが止まりません。「N響デビュー」というのは、実質的にはクラシック音楽界へのそれを意味することは明らか。普通の指揮者なら、そのような「場」で期待されるレパートリー(今年はベートーヴェン生誕250年だし、やはりベト7とか色々盛り上がる曲はあるはず)を取り上げるのがオトナの振る舞いというものでしょう。(ちなみに、メンデルスゾーンの交響曲の中でも第5番はおそらく最も演奏機会が少ない曲だと思われます。同じメンデルスゾーンをやるにしても、「クラシック音楽界」へのデビューを飾るにふさわしい作品とは思えないところ。)こうして見ると、やはり亭主はそこに隠れたメッセージが託されているとどうしても考えたくなります。「宗教改革」の原題はReformation、文字通りの意味が「改革」であることを考えれば、「クラシック音楽界よ、改革せよ」というのがそれだ、と妄想したのは亭主だけでしょうか...なお、チェロのニコラ・アルトシュテットは古楽にも精通しているとのことで、ブロッホの作品終演後のアンコールでバッハの「無伴奏チェロ組曲 第5番」からサラバンドを弾いていましたが、その際にチェロのエンドピンをするするとしまい込み、バロック・チェロよろしく楽器を股に挟み込んで弾くなど芸達者なところを見せていました。
2020.03.15
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このところ亭主がご執心のメラー手稿、セバスチャン・バッハの初期作品や彼が影響を受けたであろう同時代の音楽家の作品の写本として興味が尽きないところですが、今日の話題は手稿そのものではなく、その中から選り抜きの作品を録音したCDで目の覚めるような演奏を聞かせてくれた表題のハープシコード奏者についてです。Carole Cerasiは日本ではほぼ無名といってよい存在ですが、調べて見ると自身のホームページ(http://www.carolecerasi.com)をお持ちです。そこにある経歴を見ると、彼女は1965年生まれ、現在は英国在住で、王立音楽院やギルドホール音楽演劇学校のハープシコード・フォルテピアノ教授を勤めているとのこと。フランス語のウィキペディアにあるブリュージュ国際古楽フェスティバルの記事(こちら)によると、直近2018年のコンクールでハープシコード部門の審査委員の一人でもあったようで、既に斯界の重鎮といった存在であることが伺えます。ちなみに、この年の審査委員としては、他にスキップ・センペやアンドレア・マルコンらが名前を連ねています。(優勝者はAndrea Buccarellaというイタリア人演奏家。)先週のブログでは、その名を英語風に「キャロル・セラシ」と表記しましたが、上記の経歴によると彼女のルーツはイスタンブールにいるセファルディムの家族に発するそうで、幼少時をストックホルム、ジェネーブ、イェルサレム等で過ごしたとか。フランス語を母語としているので、ファーストネームは「カロル」と表記するのが正しいようです。ここで「セファルディム」とは、「亡国離散したユダヤ人のうち、主にスペイン・ポルトガルまたはイタリアなどの南欧諸国や、トルコ、北アフリカなどに15世紀前後に定住した者を指し(ウィキペディア)」、以前にこのブログで版画家サミュエル・メスキータを紹介した折にも行き当たった言葉です。というわけで、Cerasiという姓はどうやらイタリアに起源を持つと想像されるので、「チェラージ」、あるいは「ケラージ」と読むべきものかも。さて、肝心の音楽家としての経歴ですが、これについても(多少自己宣伝が入っているであろうことを承知で)彼女のホームページから引用すると、ざっと以下のような感じになります。カロルは11歳の時にハープシコードの勉強を始めた。そしてケネス・ギルバートに会った後に、アントワープのヴースハイス(Vleeshuis)にある彼の講座に最も若い受講者として参加するよう招かれた。ギルバートは後に回想して、彼女は自分のキャリアの中で出会った中で最も才能ある生徒だったと語っている。カロルはまたアムステルダムのレオンハルトのもとにも定期的に通っていた。だが、彼女の音楽生活の核となっていたのは、令名高き教育者にしてハープシコード奏者であるジル・セヴェルス(Jill Severs)からの、深くまた絶え間ない影響であった…彼女のデビューCD「エリザベト・ジャケ・ド・ラ・ゲール」は1999年のグラモフォン賞(器楽部門)の栄に浴し、「C.P.E・バッハとトーマス・トムキンズ」のディスクはディアパソン・ドール年間賞を受けるなど高く評価された。次のCDである「J.S.バッハとメラー手稿」は再度ディアパソン・ドール年間賞を受賞し、グラモフォン賞(バロック器楽部門)第2位となった。続いて高い評価を受けたディスクとしては「マニュエル・ブラスコ・デ・ネブラ ソナタ集」、バッハの「イギリス組曲」、「ハイドンと変奏の芸術」、「スカルラッティ ソナタ集」(2012年グラモフォン賞第2位)がある。「多感様式の至宝」と題された彼女の最新リリースでは、C.P.E・バッハ、ミューテル、ハイドン、およびモーツァルトが取り上げられている…と、(ブログを書くに先立って)ここまで読んだ亭主は、彼女のCDを既に1枚持っていたことをハタと思い出しました。他でもないブラスコ・デ・ネブラのソナタ集です。(しかも、この音盤についてはかつてここで紹介したこともあるのですが、演奏家のことはほとんど忘れていました…)実はこれをきっかけに、カロル・チェラージという演奏家が突然亭主の意識に明瞭に立ち現れたという次第。こうなってくると、他の音盤も聴いてみたくなります。取り上げられた作曲家のリストを眺めると、亭主の好みと重なる部分も多いので集め甲斐があるというもの。久しぶりに電脳空間で「追っかけ」をやってみようかという気になってきました。
2020.03.08
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先週に引き続き、メラー手稿についてネットを駆使しながら調べ物をしている亭主、その情報量の多さに目を見張っています。まずは(多分バッハ好きの間ではよく知られているであろう)重要情報として、そこに含まれているセバスティアン・バッハの作品を初出順に並べると、(1)プレリュードとフーガ・ト長調 BWV 535a(2)カンツォーナ・ニ短調 BWV 588(3)トッカータ・ニ長調 BWV 912a(4)プレリュードとフーガ・ハ長調 BWV 531(5)ソナタ・イ短調 BWV 967(6)プレリュードとフーガ・イ長調 BWV 896(7)カプリチョ・変ロ長調「最愛の兄の旅立ちにあたって」 BWV 992(8)組曲・イ長調 BWV 832(9)プレリュードとファンタジア・ニ長調 BWV 549a(10)第3旋法によるプレリュードとパルティータ・ヘ長調 BWV 833(11)「暁の星はいと麗しかな」(2つの鍵盤とペダル用)BWV 739(12)2つの主題によるファンタジア・ト長調 BWV 917の12曲。先に紹介したキャロル・セラシのCDではこれらの中から(3)、(8)、(5)、および(7)を順に取り上げています。(3)のトッカータはおそらく初期バッハ作品中の傑作の一つで、最後のジーグ様フーガはヘンデルを思わせるところもあります。(8)はアルマンドの17世紀的な響きと、ラモーの曲かと思われるトランペットのためのアリアの対照が大変面白い作品です。(5)は(3)と双璧をなす佳作で(これと似たスカルラッティのソナタがあったような…)、この「ソナタ」という題名がイタリア風を指すのではという妄想を誘います。そして(7)はメラー手稿の代名詞と言ってもよい作品。その表題入りの構成がクーナウの「聖書ソナタ」を思わせるところもよく指摘されるところ。いずれにしても、バッハが当時二十歳そこそこだったことを考えると(長兄のヨハン・クリストフの手がどのくらい入っているのかは分かりませんが)、これら12作品の完成度の高さは驚くばかりです。とはいえ、亭主にとってより興味深いのはこの手稿中に登場する他の音楽家たちの作品で、セバスティアン君がどの様な音楽を吸収していたかを知る直接的な手がかりです。音楽家名だけ並べてみると、こちらも初出順に・ヨハン・アントン・コーベルク [Johann Anton Coberg] (1650 -1708)・トマゾ・アルビノーニ (1671 -1751)・ヨハン・クリストフ・ペツ[Johann Christoph Pez] (1664 -1716)・ヨハン・アダム・ラインケン (1643 -1722)・ゲオルグ・ベーム (1661 -1733)・クリスティアン・リッター [Christian Ritter] (1645/50 -1725?)・ペトルス・ヘイドロン [Petrus Heydorn] (1660 -1720)・ジャン=バティスト・リュリ (1632 -1787)・ディートリッヒ・ブクステフーデ (1637 -1707)・クリスチャン・フロー[Christian Flor] (1626 -1697)・ニコラウス・ブルーンス[Nicolaus Bruhns] (1665 -1697)・アゴスティノ・ステファーニ[Agostino Steffani] (1653 -1728)・ウェルナー・ファブリチウス[Werner Fabricius] (1633 -1679)・ヨハン・パッヘルベル (1653 -1706)・フリードリヒ・ヴィルヘルム・ザカウ[Friedrich Wilhelm Zachow] (1663 -1712)・ニコラ・ルベーグ (1631 -1702)・モリツ・エデルマン [Moritz Edelmann] (? -1680)これらのうち、コーベルク(ハノーファー)、ペツ(バイエルン)、ラインケン(ハンブルク)、ベーム(リューネブルク)、リッター(ハレ・ドレスデン)、ブクステフーデ(北ドイツ)、フロー(ベームの前任者)、ブルーンス(ブクステフーデの弟子)、ファブリチウス(ライプツィッヒ)、パッヘルベル(南ドイツ)、ザカウ(ハレ、ヘンデルの最初の音楽教師)、およびエデルマン(ハレ)はドイツ人の音楽家で、バッハ家と何らかの関係があったとも想像されます。一方、イタリア人音楽家としてはアルビノーニとステファーニしかいないのが目を引きます。(ヴィヴァルディをはじめ多くのイタリア音楽に衝撃を受け、彼らのコンチェルトを鍵盤に編曲するのは後のことのようです。)さらに面白いのはリュリとステファーニで、いずれもオペラ作曲家。ステファーニはハノーファー宮廷楽長としてオペラで大成功を収めており、ヘンデルとも親しかったようです。ところで、メラー手稿は全体でちょうど200ページぐらいありますが、セバスティアン君の初期作品が書き込まれ始めるのは90ページあたりからで、後半に集中しています。(以下に日本語版の作品リストを掲示)それともう一つ、以前のブログで紹介したニコラ・ルベーグの組曲については手稿の末尾にまとめて一気に筆写されている点が際立っています。メラー手稿に収まっている順番と、セバスティアン君が自身の作品を作曲した時系列、あるいは他の音楽家の収録作品を目にした時系列と対応しているとすると、手稿中に見えるセバスティアン君の初期作品はもっぱら地元ドイツの音楽家をお手本にしながら成立した、ということになるのかも?特に面白いのは、数多く筆写されているベームやラインケンの作品が、アルマンド、クーラント、サラバンド、ロンド、ジーグという定型の舞曲による組曲のスタイルをとっている点です。亭主はセバスティアン君のフランス風組曲への志向がルベーグやデュパールの影響と思っていましたが、どうやらもう少し古いドイツの鍵盤音楽の伝統からきているのかも、と思い始めました。あともう一点、これらの初期作品ではフーガへの志向もあまり強くは感じられない気がします。例えばケーテン時代に成立した平均律クラヴィーア曲集のフーガ群、あれがどのようにして生まれたのかをこの手稿から窺い知るのは難しいようです。============メラー手稿目次・ヨハン・アントン・コーベルク:4声の序曲(管弦楽組曲・ハ長調から)[Johann Anton Coberg]・トマゾ・アルビノーニ:2台のヴァイオリン・ヴィオラと通奏低音のためのソナタ第1番 [Op.1, No.1]・トマゾ・アルビノーニ:同ソナタ第2番 [Op.1, No.2]・ヨハン・クリストフ・ペツ:管弦楽組曲・ト短調 [Johann Christoph Pez] --前奏曲[Intrada]、ロンド、ジーグ、アリア、シャコンヌ ・ヨハン・アダム・ラインケン:組曲・ト長調 --アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ・ゲオルグ・ベーム:組曲・へ短調 --アルマンド、クーラント、サラバンド、シャコンヌ・ゲオルグ・ベーム:組曲・へ短調 --アルマンド、クーラント、サラバンド、・ゲオルグ・ベーム:組曲・ト長調 --プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ロンド、ジーグ・クリスティアン・リッター:組曲・ハ短調 [Christian Ritter] --スウェーデン王カールXI世の逝去へのアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ・ゲオルグ・ベーム:組曲・ヘ長調 --アルマンド、クーラント、サラバンド、ドゥーブル、ジーグ・ゲオルグ・ベーム:プレリュード・ヘ長調・ゲオルグ・ベーム:カプリッチョ・ニ長調 ・作者不詳:(組曲・変ホ長調) --アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ・ヨハン・アダム・ラインケン:組曲・ハ長調 --アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ・ゲオルグ・ベーム:プレリュード・ニ短調・ペトルス・ヘイドロン:ラインケンの主題によるフーガ・ニ短調 [Petrus Heydorn]・ペトルス・ヘイドロン:フーガ・ト長調・ヨハン・アントン・コーベルク:フーガ・ニ短調・ゲオルグ・ベーム:組曲ニ短調 --アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ・ゲオルグ・ベーム:アリアによるパルティータ 「イエスよ、汝はあまりに美しく」・装飾音解題(デュパール)・J.S. バッハ:プレリュードとフーガ・ト長調 [BWV 535a, Fragment]・ジャン=バティスト・リュリ: シャコンヌ・ト長調(歌劇「ファエトン」第2幕、第5場より)・ディートリッヒ・ブクステフーデ:プレリュードとフーガ・イ長調 [BuxWV 151]・クリスチャン・フロー:組曲・ニ長調 [Christian Flor]・J.S. バッハ:(カンツォーナ・ニ短調 [BWV 588] の最後の16小節)・J.S. バッハ:トッカータ・ニ長調 [BWV 912a]・ディートリッヒ・ブクステフーデ:トッカータ・ト長調 ・ニコラウス・ブルーンス:組曲・ト長調 [Nicolaus Bruhns] --プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ドゥーブル、ジーグ・クリスチャン・フロー:組曲・ハ長調 --プレリュード、アリア、ドゥーブル、クーラント、ドゥーブル、サラバンド、ジーグ・J.S. バッハ:プレリュードとフーガ・ハ長調 [BWV 531]・J.S. バッハ:ソナタ・イ短調 [BWV 967]・J.S. バッハ:プレリュードとフーガ・イ長調 [BWV 896]・J.S. バッハ:カプリッチョ・変ロ長調「最愛の兄の旅立ちにあたって」[BWV 992]・アゴスティノ・ステファーニ:序曲と導入(歌劇「ブリセード」(1696)から編曲)[Agostino Steffani]・ウェルナー・ファブリチウス:ジーグ・ベレ・ハ短調 [Werner Fabricius]・J.S. バッハ:組曲・イ長調 [BWV 832] --アルマンド、トランペットのためのアリア・作者不詳:(ハ長調、断片)・作者不詳:(アレグロ・ニ長調)・ヨハン・パッヘルベル:トッカータ・ハ長調・J.S. バッハ:プレリュードとファンタジア・ニ長調 [BWV 549a]・J.S. バッハ:「暁の星はいと麗しかな」(2つの鍵盤とペダル用) [BWV 739]・J.S. バッハ:第3旋法によるプレリュードとパルティータ・ヘ長調 [BWV 833]・フリードリヒ・ヴィルヘルム・ザカウ:組曲・ロ短調 [Friedrich Wilhelm Zachau] --アルマンド、クーラント、サラバンド、フーガ・フィナーレ・ニコラ・ルベーグ:組曲 ト短調(1677/1697)・ニコラ・ルベーグ:組曲 ニ短調・ニコラ・ルベーグ:組曲 イ短調・ニコラ・ルベーグ:組曲 ハ長調・ニコラ・ルベーグ:組曲 ヘ長調・ニコラ・ルベーグ:装飾音表・J.S. バッハ:2つの主題によるファンタジア・ト長調 [BWV 917]・ニコラウス・ブルーンス:プレリュード・ホ長調・モリツ・エデルマン:トッカータ・ニ長調(不完全)[Moritz Edelmann]
2020.03.01
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