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COVID-19の緊急事態宣言が解除されて初の週末、未音亭からそれほど遠くない場所にある大型ショッピングモールも営業再開とあって、久々に出かけてみると結構な賑わいです。店員も客も全員がマスクをつけているのと、レジで間隔を開けて並ぶこと以外、外見上はほぼ以前の状態に戻った感じです。(むしろ、つい1週間前との落差に戸惑うこともしばし。)とはいえ、依然としてどこのスーパーに行っても見当たらないのがあります。パン用の小麦粉(強力粉)です。亭主が最後に購入できたのは4月の半ばで、それ以来まったく見かけなくなりました。売り場であいかわらず空っぽのままの棚を見ると、まだ異常事態が続いていることを思い知らされます。 * * * *ところで、最近ややコロナ疲れ気味の亭主は、カロル・セラシの演奏によるクープランのクラヴサン音楽で癒されています。特に今日は少し時間ができたので、〈クラヴサン奏法〉、および〈クラヴサン曲集〉の第1、2、4オルドル(第1巻)を収めた最初のCD2枚を、楽譜を眺めながらじっくり堪能しました。亭主はこれまで、どちらかというとフランソワのクラヴサン音楽を敬遠してきました。というのも、耳にする機会があった(あまり多くはない)作品の雰囲気は、イタリアン・バロックなどに比べればどれも「微温的」に感じられ、亭主が特に好むスカルラッティのような音楽とも対極にある、と思われるからでした。一方で、フランソワはおよそ200年と言われるフランス・クラヴサン音楽の伝統の丁度ド真ん中に位置し、彼からルイ・クープラン、ダングルベール、そしてシャンボニエールへと遡れば、リュートに発するえも言われぬ芳醇な響き(あるいはルイ14世時代的な荘重華麗さ)があります。翻って彼の後にはラモー、フォルクレ、ロワイエ、デュフリ、さらにはバルバトルと、明朗快活で時に劇場的でもある華麗な表現(イタリア風?)が聴く者を楽しませます。要するにフランソワはこれら2つの潮流の結節点、あるいは分水嶺のような存在だというわけです。さて、肝心のセラシの演奏ですが、実は亭主、クープランの作品を居眠りせずに2時間も聴き通したのはこれが初めてで、フランソワの音楽=退屈という固定観念をようやく脱することに。(まぁ、譜面を眺めながらだったので、いつもよりかは注意力のレベルが高かっただけかもしれませんが...)特に今回の2枚に共通することとして、セラシの演奏は先行する時代のクラヴサン音楽が持つ巨大撥弦楽器の響きを感じさせるもので、ルイ・クープランとのつながりもはっきりと聴き取れます。一方で、亭主が思わずニヤリとしたのが第4オルドルの終曲、なんだかスカルラッティを思わせるような作品。タイトルの邦訳を調べたところ「目覚まし時計」とあり、なるほど左手に頻出するオクターヴのトリルが正に目覚ましベルの音を模倣しているようで、なかなかインパクトがあります。(18世紀初頭には既に今日我々が目にするような仕掛けが時計に施されていた、というわけです。)これらの曲を含む第1巻が世に出たのが1713年。ルイ14世が没する2年前ですが、既にこの曲集にフランソワ以前と以後の音楽が同居している風に見えるのが面白いところです。これは、例えば〈クラヴサン奏法〉(1716年)にあるのは前奏曲8曲のみなのに対し、〈クラヴサン曲集〉(第1巻以外は1716年以降)には前奏曲が1曲も含まれない、といった特徴に通じるものがあります。ちなみに、とある解説記事によると、セバスチャン・バッハはフランソワの音楽を多少は知っていたらしく、例えばアンナ・マグダレーナの音楽帳にも彼の音楽からの引用らしきものが見られるようです。とはいえ、バッハがフランス趣味をガッツリ学ぶ機会があったとすれば、おそらくそれはフランソワの同時代人だったゲオルグ・ベームからです。(フランソワの音楽が及ぼした影響はフランス国外では大変限られたものだったようです。)亭主はセラシの演奏を聴きながら、フランソワは生涯を通じてあのマニアックな装飾音と繊細なアーティキュレーションの持つ表現の可能性を追求し続けたリュート様式の大成者で、彼にとってのリュート様式とはセバスチャン・バッハにとってのフーガのようなものだったのではないか、と楽しい妄想にふけっていました。
2020.05.31
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新型コロナウイルスによるウイルス性肺炎という疫病の世界的な流行が始まって早くも2ヶ月。実際に感染・発症した人やその濃厚接触者にとっては災厄以外の何物でもありませんが、このような疫病への対応によって良くも悪くも我々の生活で劇的に加速されつつある変化があります。それはいうまでもなく「世界の仮想現実化」という変化です。「仮想現実(virtual reality, VR)」の典型としてすぐに思いつくのは、航空機パイロットを訓練するためのフライトシミュレーターです。亭主は残念ながら実物に触れたことはありませんが、映画やドラマで紹介される様子からは、かなりリアルに航空機の飛行状況やトラブル時の機体の振動・加速度などが再現されているようです。このようなVRは、言ってみれば受動的なVRですが、例えば福島の原発事故現場など、人間が実際に出向くのは危険な場所にロボット(=人間の分身)が赴き、周りから得た情報を用いてリアルタイムであたかも現場にいるような体験をさせるとともに、対象を操作するような仕掛けもあります。医療においても同じようなことが「遠隔手術」として実現しつつあるようです。これらは言わば能動的なVRでしょうか。ここまでくれば、現在中止・延期の嵐が吹き荒れている音楽コンサートの代用として、亭主がすぐに妄想するのが「双方向性」を確保したVRライブコンサート(音楽会)です。と言っても原理的な仕掛けは簡単。自宅にいる聴衆がZoomのようなネット会議システムで認証・接続してコンサートホールからのライブ配信の演奏を聴けるようにするとともに、ステージ上の演奏者が聴衆の反応を見えるように、ホールの客席側にも大型のスクリーン(野球場でも見かけるような)を配置し、聴衆の映像を画面分割で映し出す、というもの。これなら聴衆の反応や拍手の様子が演奏者側からも見えるようになり、「無観客」とは全く異なるライブ感が出るのではないでしょうか。ただし、これが実用になるためにはいくつかの技術的問題を解決する必要があります。まず、現状のネット会議システムでは恐らく高音質による音楽配信を前提にしておらず、その音質が音楽鑑賞に耐えるレベルには達していないと思われます。なので、双方向コンサートライブ専用の5.1chサラウンドミーティングソフト(多分まだ存在しない?)を開発する必要があります。これに関連したインターネットの基本的な問題として、現状の規格がリアルタイムにおける通信のクオリティを保証していない(=ベストエフォート止まり)ことがあります。これは、そもそもインターネット開発が軍事目的で行なわれ、戦争で通信網が一部破壊された場合でも、生き残っているネットワークノードを探してバケツリレー形式で情報を確実に伝送するという仕様になっているからです。これを象徴するかのように、例えばNHKのネットラジオ「らじるらじる」でも、時報の部分はマスクされて配信されています。(実際、ほぼリアルタイムで流れるFM放送と同時に聞き比べると、通常の放送内容も2-3秒遅れています。ただし、これはデータの到着遅れに加えて受信装置側で圧縮されたデジタルデータを復元する際の遅れも加わりますが…)もっとも、数秒の遅れといった問題は音楽鑑賞にとってそれほど深刻ではないかもしれません。むしろ、問題はこのようなシステムで通信クオリティを落とすことなく何人ぐらいの観客を同時に受けられるかで、そのためには各コンサートホールが自前の強力なサーバーと十分なバンド幅のネットワーク回線を確保する必要がありそうです。何れにせよ、映像データに比べれば音響データは桁違いに軽く、高音質を追求してもとりあえず現状のインターネットインフラを最大限活用できれば、数百人規模の観客には十分配信可能だと想像されます。双方向コンサートライブ専用の5.1chサラウンドミーティングソフト、誰か早く作ってくれないものか…(もう一つの解は、「オリヒメ」のような分身ロボットを高規格化し、人に代わってコンサートホールの座席に鎮座させることかも?)そして、このようなシステムが実用化された場合のメリットは計り知れないものがあります。というのも、現在までのところ、どのような音楽会・コンサートにしても、それを実際に聴きに行きたいと思っている人の数は、現実にその日その時に都合をつけて会場に出向くことができる人よりもはるかに多いと思われるからです。特に、高齢者や障がいのある人はそうで、その潜在的な需要は巨大なものでしょう。VRでどこにでも行ける世界は、弱者にとっても優しい世界です。Post-coronal worldが目指すべき世界がそこにある、と妄想するのは亭主だけでしょうか。
2020.05.24
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このところ青年時代のバッハの師であったゲオルグ・ベームのハープシコード音楽に興味津々の亭主、先月はじめにはシモーヌ・ステッラの演奏による鍵盤作品全集のCDを入手・拝聴したことをご紹介しましたが、同時に手配していた出版譜も最近になって手に入りました。この楽譜、ブライトコプフ&ヘルテル社から出ているもので、東京・本郷の輸入楽譜専門店A社ウェブページの商品リストにあるのが検索に引っかかり発見。注文したのは4月半ばごろで、コロナウイルス騒動で物流が逼迫している(?)恐れもあり、A社の担当者も入荷遅れの可能性に言及していましたが、こんな「不要不急」の品物にも関わらずおよそ1ヶ月ですんなり到着しビックリ。そこで、早速ステッラの演奏と突き合わせながら譜面を眺めていたところ、どうも様子が変です。それもそのはず、楽譜で使われている組曲の番号とCDのそれが全く対応していないことが程なく判明。仕方がないので、両者で共通の情報である調性を頼りに、対応する譜面のページを探しながらCDの演奏を聴くことにしました。CDで使われている番号を譜面の目次上の対応する組曲の横に書き入れたのが下の図です。楽譜の奥付を改めて眺めると、この全集譜が出版されたのは今から40年前の1980年と、実はかなりの年代物です。目次からもわかるように、当時は組曲6曲とCapriccio、Overture(現組曲第2番)、Praeludiumの9曲が正規作品、残りは付録(不完全だから?)という扱いになっています。また、巻末にある原典資料に関する記載を見ると、メラー手稿とアンドレアス・バッハ本がメインで、あとは若干の資料がベルリンとハンブルクにあるだけのようです。想像するに、おそらくブライトコプフ版が出た後でベーム作品の音楽学的な研究が進展し、ステッラのCDにあるような(新しい?)番号システムが導入されたということでしょう。さて、ベーム作品の全体像(?)が見えてきたところで、もう一度若いバッハが研究したとされるメラー手稿とアンドレアス・バッハ本に含まれている彼の作品を、手稿に出てくる順にリストアップすると以下のようになります。(亭主にも「読める」楽譜が手に入ったおかげでようやく対応がつきました。)組曲・へ短調(第8番)組曲・へ短調(第9番)組曲・ト長調(第10番)組曲・ヘ長調(第7番)プレリュード・ヘ長調カプリッチョ・ニ長調 組曲・ニ短調(第4番)アリアによるパルティータ 「イエスよ、汝はあまりに美しく」前奏曲、フーガ、後奏・ト短調組曲(序曲、エア...)・ニ長調(第2番)組曲・変ホ長調(第6番)組曲・ハ短調(第1番)組曲・イ短調(第11番)(ここで1点不可解なこととして、メラー手稿には含まれている第9番が、何故かブライトコプフ版では抜け落ちていることを発見。手稿中ではヘ短調の第8番に引き続いて出てきますが、まさか同じ調性であるために見落とした、なんてことがあるのでしょうか?[アリアによるパルティータもしかり])ところで、前のブログでは第2番(ニ長調)を取り上げ、これが「まさにフランス・クラヴサン音楽そのもの、といった感じで、しかも雰囲気が太陽王ルイ亡き後、18世紀中葉のそれを思わせるような明るさです」と書きましたが、この作風、ベームの組曲の中ではむしろ例外で、他の作品ではルイ・クープランやフローベルガーといった17世紀の作風が支配的です。後のバッハにおける鍵盤組曲というスタイルへの固執や、そこで時折見られる17世紀的な雰囲気も、このようなベーム作品の影響ではないかとの妄想が膨らみます。何れにせよ、これらは素人目にも大きな魅力を備えた作品群と感じられ、ベームはもっと注目されてもよい「忘れられた」音楽家の一人のように思われます。(楽譜も是非「新版」を出して欲しいもの。)その昔、シュバイツァーか誰かはバッハを評して「バッハには全てが流れ込み、そこからは何も発しない」と言ったとか。今から見ると、まさに贔屓の引き倒れの典型(?)にも見えますが、若いバッハがベームという良き師を得ることで、17世紀鍵盤音楽の粋を効率的に学んだとすれば、それこそは音楽史上の僥倖だったと言えるかも知れません。
2020.05.17
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すごい翻訳書が出ました。16世紀末にフランスで出版された舞踏の指南書である表題の書物が、何と37年という歳月をかけてついに邦訳として出版されたとのこと。訳者は「古典舞踏研究会原書講読会」とあり、編著者として今谷和徳氏、中村好男氏、服部雅好氏の名前が挙がっています。発行日が2020年3月17日とあることから、まさに世間の耳目がCOVID19に釘付けになり始めた頃。おそらくはパンデミックの直接的な影響を受けないギリギリのタイミングで出版にこぎつけたものと想像されます。この訳書が成った経緯については「あとがき」に詳しく触れられていますが、原書講読会が発足し、邦訳を目指して研究が始まったのは1982年とあり、最初の全訳ができたのが1999年ごろ、その後フランスでの現地調査を挟んでさらに20年近くをかけて原著者の周辺や出版当時の状況まであらゆる細部を調べ上げ、膨大な注釈や解説記事(本書の第2部)を付けて完璧を期す、という大事業を成し遂げたということで、讃嘆措く能わずです。亭主の専門分野も含め、通常アカデミックキャリアと言えば大学院生になったときから数え始めますが、37年と言えば(寄り道せずに行くと)ほぼ還暦、つい10年ぐらい前までは定年退職の年齢に達するということで、要するに研究人生の全てを捧げることを意味します。(それにしても、よく途中で投げ出さなかったものです…)さて、肝心の内容ですが、原書が出版されたのは1589年と言いますから、日本ではちょうど戦国時代末期、関白豊臣秀吉が君臨していた頃です。以前にこのブログで紹介したディエゴ・オルティスの「変奏論」から30年ほど降ったタイミングで世に現れたわけですが、当時のフランスはまさに血で血を洗う宗教対立の時代、サン・バルテルミの大虐殺(1572年、ユグノー教徒の弾圧)、アンリ3世の暗殺、そしてユグノー教徒だったアンリ4世が即位してカトリックに改宗、といった一連の事件が起きている頃です。(「マルゴ公妃」の舞台でもあります。)当時どのような音楽が鳴っていたかと言えば、もちろんディミニューション全盛の時代。で、後のルイ14世の時代に繋がる舞踏はどうだったか、という点について、本書は実に具体的にその詳細を語ってくれています。実際、個々の動作やステップから始まって、様々な種類の舞踏についてそれらをどのようなシーケンスで繋いで行くかを細かく図示してくれており、亭主もその気になれば踊れそう(?)。また、本書を眺めれば、鍵盤楽器を始め16-17世紀を通じて登場するアルマンド、クラント、パヴァーヌ、といった舞曲がどう踊られたかを大方知ることができます。(古楽の授業でも取り入れられている、ということでしたが、大いに納得です。)とはいえ、流石に音楽なし、テキストだけでは実際に踊るのは容易ではありません。コロナ騒動で家に閉じ込められている古楽マニアにとっても、自宅でバスダンスの練習ができるよう、登場する舞踏を実際に音楽に合わせて踊ったビデオを是非とも出して頂きたいものです。
2020.05.10
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政府の緊急事態宣言からおよそ1ヶ月、この間通常の経済活動(特にサービス業)が大きく縮小し、人によっては大幅に増えた自宅で過ごす時間をどう活用するかが問題になっているようです。「人の生くるはパンのみによるにあらず」。スーパーやコンビニで食べ物さえ手に入ればよい、というものでもありません。日常的になった不安と緊張を少しでも和らげる気晴らし、それもできればクリエイティブな活動の機会が欲しい、と誰もが思うところでしょう。実際、インターネット上ではそういった様々な活動が発信されているようですが、亭主がとりわけ興味を持ったのは「実写で名画を再現(?)する」というもので、#COVIDClassicsと検索すると面白い画像が色々と出てきます。(実はこのネタ、先週とあるTVプログラムで取り上げられているのを偶然目にして知りました。)検索で上がってくる画像を眺めていると、フェルメール、ダ・ヴィンチなどの有名な絵画の模倣が人気で、秀逸なものも少なくありません。特に多いのが肖像画・人物画の類で、被写体の人物が絵の中のそれと似たような衣装を着け、家にある道具類で作った背景の前でポーズを取っています。これですぐに思い出すのは日本の現代美術家の一人である森村泰昌さんで、彼は自分の顔を著名な絵画作品中の人物に融合させ、「西洋美術史になった私」、「日本美術史になった私」といった一連の作品として発表しています(最初の作品は1985年とか)。一見他愛もないアイデアのように見えますが、こういう形で対象作品を「異化」することによって、「美術鑑賞とは何か」という問いを我々に突きつけている感もあります。とはいえ、森村作品があくまでオリジナルの一部を自画像に改変する、つまりオリジナルを尊重するという立場を堅持しているのに対し、今回出現した「作品群」はもっと過激なものも多く、「絵画とは何か」という、より根本的なギモンすら暗示しているようにも見え、単なるお遊び・パロディとバカにできないかも?さて、コロナ禍でテレワークが増えたとはいえ、特にヒマになったわけでもない亭主も、流石に連休は時間に余裕があります。(外出自粛の有無にかかわらず、そもそも連休は人出を避けて自宅で庭いじりという生活になって久しい。)そこで、COVIDClassicsへの出し物としてふと頭に浮かんだのがD.スカルラッティの肖像画。(これを実写で再現できればバズるかも、とつまらない野望がムクムクと頭をもたげます…)ところが、その気になってウィキペディアに載っている画像をじっくり眺めはじめたところ、疑問が次々と湧いてくることに。まず、何と言ってもよく分からないのが彼の着ている衣装です。以前は漠然とブラウスの上にヴェスト、さらに上着という認識でしたが、よく見るとヴェストの錦織(?)と同じ生地が大きく袖口で折り返されているように見えます。(これまで見たことがないような…)そこで、18世紀の衣装についてネットで調べてみると、当時は上着そのものの袖を大きく折り返したスタイルが主流で、しかも上着の裾はほぼ膝までの長さがあります(フロックコートの原型)。ところがドメニコの上着は明らかに腰の上でカットされており、その端が寄りかかっているハープシコードの鍵盤の上にあることが見て取れます。つまり、ドメニコの衣装はヴェストの袖が上着より長く、しかも上着の丈が異様に短い、と二重に謎めいています。さらにしぶとくネット検索を続けたところ、ヴェストについてはどうやら当時のウェストコート(Waistcoat)がドメニコの着ているそれに近いことが判明。ニューヨーク・メトロポリタン美術館の収蔵品によく似たものがありました。これを見ると、肖像画では上着の袖が折り返されているのではなく、ヴェストの袖口が大きく出ている様子が描かれているというわけです。(英語のウィキペディアに掲載されている同美術館所蔵のもう一着は1747年製とされており、ドメニコの肖像画が描かれた時期に近いと思われます。)一方、前身頃が腰までしかない上着については、残念ながら対応するものを見つけられず。短い前身頃という点で唯一似ているのは燕尾服やその前身である乗馬服ですが、これらの衣装が流行するのは18世紀も末になってからで、ドメニコの時代にはまだなかったようです。いずれにせよ、ウェストコートはどうやら英国ファッションで、ドメニコの時代にスペインと英国は広く交流があったようなので、上着についても同国のファッションを詳しく調べると何か分かるかもしれません。ちなみに、ドメニコが左胸に着けているのは、おそらくサンチャゴ騎士団の赤い十字架とバッジ(両方着けているのは珍しい?)で、このことからもこの肖像画がポルトガル王ジョアン5世から叙勲された1738年以降に描かれたものと推測されます。それともう一つ、よく見ると画面右上に巨大な置時計と思しきものが描かれていますが、その針は2時20分を指しています。昼なのか夜なのかも含め、この時刻が何を意味するのかも気になります。というわけで、COVIDClassicsのネタにするつもりが、奇しくもドメニコの肖像画を初めてじっくりと眺める機会となりました。
2020.05.04
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