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誰に似たのか、わたくし、不器用かつ運動神経が未発達です。自転車や自動車の運転、水泳、スキー、スケートすべてだめ、道に氷が張ると足がすくみ、一歩踏み出せばステンと転ぶのは前にも書きました。跳び箱は一段も跳べず、鉄棒は前周りすら無理。すべり台ははしごを上る段階でパスしてましたが、後に母親となり、すべりたがる幼い子どものために、ついに子どもを抱えながらはしごをそろそろとのぼり、すべることができたのです。今はきっとできないでしょうね、もう。不器用もひどいもので、家庭科の時間に編んだソックスは、なぜかバケツ状になりました。小学校の頃、さらしの生地に簡単なステッチをする宿題があったのですが、母に作ってもらって提出したところ、あまりに完璧すぎて先生に見抜かれたらしく、ひどい点をもらいました。家庭科はもちろん料理以外は大嫌いな課目となりました。母は私とちがって、とても器用で、私が小さい頃、帽子やリュックサックまで手づくりなのには困りました(学校で馬鹿にされた)。後には皮に模様を入れて、バッグを作る趣味を続け、晩年は家庭用の機織機でショールなどを織っていました。母方の祖母も西洋人形、手編みバッグ、レース編みなど、手づくりできるものは何でも作っていました。それに母も父も水泳やスキーが得意で、山登りを楽しんでいました。となると、私の極端な不器用や運動音痴はどうやら父方の祖母から来ているようです。この人、和歌などは小さい頃からスラスラと詠んでいたのですが、こと家事とか手仕事には無関心を通りこして、忌み嫌い、そのくせ幼い私には「私みたいにならないように、ちゃんと掃除しなさい」と命ずるという自分勝手。このエゴイズムも私にちゃんと遺伝しているので、もしかして、エゴイズムと不器用の遺伝子がリンケージ(連鎖)していて、父を介して私まで来てしまったのかもしれません。とまあ、自分の能力のなさをまずは遺伝のせい、祖母のせいにしても、これで問題が解決するわけではありません。不器用を「克服して」というよりも、不器用なりに何でも作ってみるほかないのです。お金がなかった学生時代は自作のかっこ悪い洋服で通っていたためか、ある男子学生から「君はJ学院の卒業生のイメージからはずれる」という侮辱のコメントをもらいました。さて、まだ日本旅行から目が覚めないのか、昨日は和菓子が恋しくなり、アメリカ産有機農業小豆を煮て、まずは餡をつくりました。本当は桜餅が作りたい(食べたい)のですが、こちらの桜の葉(花も)は香がしないので無理。草もちも、もち米の粉を切らしているので、これも無理。残る可能性は饅頭。ということで、小麦粉に抹茶(合羽橋で大量に買った安いもの)とベーキングパウダーと砂糖と水を混ぜて、こねました。この生地を薄くのばして、餡をたっぷり、というのが私のもくろみだったのですが、現実は餡ほど甘くなかった。生地を薄くのばせば、すぐにやぶれ、餡をたっぷり載せれば、うまく包むことができず、破裂し・・・と、自分の不器用さに泣きたくなりました。ほんと、投げ出そうかと思ったくらい。結局、皮が厚くて、中身のあんこが少ない饅頭ができあがりました。うまく行ったのは蒸す作業だけ。これは、スチームオーブンのおかげ。クッキングペーパーをしいた天板に饅頭をならべて、「蒸し」プログラムで15分蒸しただけなのですから。蒸し器よりも便利なことは確かです。出来上がりは、というと、想像したとおり、皮の厚いモサモサした、不恰好な饅頭となりました。かっこわるいですが、一応記念のために写真を↓不器用饅頭 posted by (C)solar08ま、それでも腐っても鯛ならぬ、饅頭で、ないよりはずーっとマシというわけで、いっぺんに三つも食べてしまいました。残りの餡で、次は草もちに勝負です。アンパンもいいかなあ。
2009/03/29
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数週間、自分で料理をしないのんきな生活を送っていたので、キッチン生活復帰に手間取りました。つくづく思うのは、日本の食事はヴァラエティー豊だっていうこと。各種のヌードル(蕎麦、うどん、ラーメン、パスタ)レストランだけでも様々。居酒屋風の店だと、純和食あり、洋と和をミックスしたようなものあり、野菜あり、魚あり、肉あり・・・でこれもまた多様性に満ちています。さらには中華、韓国、インド、フレンチ、イタリア・・・・と無限に多国の料理がかなり手軽にいただけることにも感激。デパートの食料品売り場もすんごいですね。これじゃあ、自分で料理する気が起こらないんじゃないかと思うくらい。ドイツ人の「連れ」は試食を見つけると、目が輝き、手と口を勤勉に出していました(鎌倉の漬物屋さんでは、何十種類かの漬物のすべてを、しかも何度も試食して、喉を乾かせておりました)。日本の食習慣で一番好きなのは、いろいろな「おかず」を一度に出して、食べること(日本では当然のことですが、これが当然じゃないんです)。ま、中華もそうかもしれませんが。ヨーロッパの食事だと、前菜、スープ、メイン・・と一度に一つのものだけが出され(出し)るでしょう?しかもそれぞれの量が多いし。コースでなければ、メイン一つだけが、ドカーンとあるだけ。いずれにしろ、一度に一つの料理だけを食べるので、いくらおいしくても、すぐに飽きてしまうのです(食べられるだけでも幸せなのですから、こういう愚痴はポリティカルに正しくないのを承知で、愚痴ってます)。和食みたいに、色々なものを目の前にして、あっちこっちつつきながら食べる方が楽しく食べられます。それで、自宅ではサラダも何もかも、一度に出してつつきながら食べることにしているのですが、これが不思議なことに、「洋食」だとなんか調子が出なくて、結局、スープはすぐに飲み干し、サラダも食べてしまってから、肉とか魚にうつることになってしまいます。習慣が身についてしまったのか、よくわかりませんが。日本でもう一つすばらしいのは、菜っ葉の種類の多さ。水菜や菜の花がとくに好きですが、小松菜もドイツにはなくて、恋しい野菜です。それでも、気をとりなおして、昨日、青空市で買ったタンポポの葉をサラダにしたら、まるで水菜かルッコラのようで、四国で買った柚子の酢でつくった和風ドレッシングに合いました。ここしばらくは、こうやって日本の食事を思い出してはぼーっとすることになりそうです。
2009/03/25
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三月はじめのある日、徳島県阿南市の柳島町にある自然スクールTOEC(トエック)を訪問しました。トエック(TOEC)農園と「校舎」 posted by (C)solar08空は雲でおおわれ、冷たい風が吹く中を、田んぼのあぜ道を歩いていくと、何人かの子どもたちが、まだ何も生えていない田んぼの中でころげまわってい遊ぶ姿が見えました。田んぼのほかに、野菜畑や果樹園も見られます。手前には木造の小さな平屋の家があり、小さな子どもたちの声が聞こえてきます。縁側からのぞくと、4、5歳の子どもたちが、絵の具で絵を描いたり、工作をしている姿が見えました。小道の奥には、もう一つ平屋の家があります。広い土間、三十畳ぐらいの大きな部屋、同じく広い物置からなるこの建物が、自由な学校の校舎。土間では、数人の男の子たちが、熱心に泥をこねたり、かなづちやのこぎりを使って、板切れから何かを製作しています。その間を一輪車で動く女の子たち。お座敷では、女の子や男の子たちがテーブルで書いたり、描いたり、作ったり。「外人」連れの私たちの姿を見ても、子どもたちは不思議そうな顔もせず、ごく自然に「こんにちは」と声をかけてくれます。一人一人が自分の興味で活動(TOEC) posted by (C)solar08「やあ、いらっしゃい。長靴を用意しときましたから、まず靴をはきかえてください」と物置に案内してくださったのは、NPO法人自然スクールTOEC、TOEC幼児フリースクール(自由な幼稚園)、TOEC自由な学校(小学校)の設立者で代表のタツロウさん。見れば、スタッフのみなさんはみな長靴とアノラック姿。これなら、ぬかるみにも田んぼも入っていけます。「田んぼで遊んでいた子どもたちは、自分たちで薪でたいたお風呂に入ってたんですよ。風呂焚きが好きでねえ」とタツロウさん。お座敷にあがると、スタッフの女性が子どもたちが作った絵本を見せてくださいました。「昨日は絵描きの方が見えて、子どもたちは刺激されて、絵本づくりをしているんです」とのこと。コラージュや絵を組み合わせて、楽しい作品ができつつあります。子どもがつくった絵本の1ページ(TOEC) posted by (C)solar08タツロウさんにお話をうかがいながら、5000坪の農園や果樹園、幼児フリースクールを見せていただきます。「この建物は解体で出た廃材や家具をもらってきて使ってます。お古ばかり」「ここでは授業はしないのですか?」「カリキュラムのようなものはありません。毎日、朝のミーティングで子どもたちもスタッフも今日は何をしたいかを発言して、それぞれが好きなことをするのです。スタッフはそれを見守り、ささえます」「中学校に行ってから、授業についていけるのですか?」「それがおもしろいことにねえ。ふつうの学校の子どもよりもついていけるみたいですよ。市立の図書館で本を借りる子どもの数では、ここの子が一番です。」子どもたちは自分の関心に応じていろいろ活動していくうちに、字を覚え、算数を身に付け、自分自身で考えて何かをなしとげることを養うようです。「博士みたいな子どももいてね。化学の知識では大学生みたいすよ。」トエックの基本は、子ども一人ひとりをありのままを受け入れ、ほめたり叱ったりで子どもをしつけたり、条件づけたり、強制したりしないこと。そしてなにより、「自然と遊び、自然から学び、伸びやかに生きさせてあげる」こと。「幼児フリースクール」の家では、昼食がはじまっていました。ちょうど来ていた一人のお父さんも子どもたちに混じって、食事中です。幼児も手伝いながら、スタッフがつくる昼ごはんは、この農園で子どもたちもいっしょになって無農薬で育てたお米のご飯、おみそ汁、野菜と鶏の煮物、ワカメ、菜の花のおひたし。一つ一つがちゃんとした瀬戸物の食器で出されています。とても健康でおいしそうで、密かに「早く食べたいなあ」と思いました。小学生たちの過ごす家に戻ると、やさしいスタッフのお姉さんが「じゃあ、そろそろお昼にしましょうか」とおっしゃいます。部屋の端のテーブルには炊飯器、みそ汁や煮物の入った大きなお鍋、食器がならんでいます。遊びが一区切りついて食べたくなった子どもたちが、自分で食器にご飯やおかずをよそって、食卓に運んで食べ始めます。いっせいに食べるのではなく、お昼の一定時間内の好きなときに食べるのです。それでも、友だちといっしょに食べたい子は多いらしくて、数人の子どもたちがスタッフの一人と食卓を囲んでいました。野菜たっぷりの昼食(TOEC) posted by (C)solar08タツロウさんの向かい側で私たちも食事をいただきました。野菜もご飯もおいしい!食材を生かしてあっさりした味付けがなんともいえません。「野菜づくりにも子どもたちが参加するので、みんな食物を大事にしますよ。お茶の木の葉をつんで、お茶づくりもしました。」とタツロウさん。一人の女の子(六歳)が食事をもってきて、タツロウさんの隣にちょこっとすわって、食べ始めました。もう、ほとんどの子どもは食事を終わって、遊びはじめていましたが、この女の子は遅めの今が食事の時間というわけ。ドイツ人の「連れ」が(失礼にも!)カメラを向けると、いやな顔もせず、かといって「ピース」などといって媚びることもなく、まっすぐにカメラを見つめました。その姿がなんとも自然。タツロウさんが「キャンプで、若者が小さなことでも自分で決められないのには驚きますよ。あるとき食事していて、学生が『先生、鍋のふたはどこに置いたらいいんでしょう?』って聞くから、『どこだっていいよ』って言ったら、床の上にじかにふたの内側をべたっとつけて置いたんですよ。『なんでよりによって床に?』って言うと、『だって、どこに置いてもいいっていうから』と言うので唖然としましたよ」と愚痴ります。昨今、似たような話をよく聞きます。みそ汁があまりおいしいので、おかわりをすることにしました。ぶしょうな私は、鍋のふたを適当に食器の上にあぶなっかしくたてかけました。すると、食べ終わった食器を洗っていた男子が、さっとふりかえって、場所を空けてふたをちゃんと置きなおしてくれたのです。その気遣いの細やかなこと。私は恥じ入ったのでした。ここでは子どももスタッフも、とても気配りがきく人ばかり。相手が必要としていることを、さっと感じ取って、言われない先にするのです。自分が自由な行動をするためには、他人への思いやりは欠かせません。それを、毎日の自主的な生活の中で、はぐくんでいるようです。「じゃあ、そろそろお話をみんなで聞きましょうか」というスタッフの声で、15人余りの小学生たちが、畳の部屋に集まってきました。唯一の暖房である火鉢の隣が、私のための「上席」。その前には、私が書いた本が並べてくださってあります。これもスタッフの気配り。目の前にずらりとすわり、無駄口も聞かずに私にまっすぐに目を向ける子どもたちを見て、どんな講演のときよりもドギマギしました。というのも、この子たちに「環境を大切に」とか「自然を守りましょう」などという念仏はすぐに見透かされてしまうからです。彼らこそが私よりもはるかにたくさん、自然と付き合い、自然から学び、自然を愛しているのは、それまでの数時間でよくわかりました。ふつうの学校で環境教育の話をしたことは何度もあるのですが、ここでは、毎日の生活が環境教育を実践しているようなもの。私などが、えらそうなことを言うわけにはいきません。それで、子ども時代に薪のお風呂(東京のど真ん中でです!)を炊いたこと、お風呂が週一回だったので足が真っ黒で「クマのようだ」と先生に言われたこと、家には火鉢だけしかなかったこと(子どもの中に、湯たんぽを暖房にしているという子がいて、感心しました)、ミミズで遊んだこと、大学時代に哺乳類の生態を学んだこと(ここでも、哺乳類がなんだか説明できる子がすぐに手をあげました)、ドイツのある学校で、ミミズをクラスで飼い、ミミズが食べられないもの(プラスチックとかアルミなど)は悪いゴミということを子どもに心で実感させる環境教育を実践したのこと(ある子がすぐに、このことを書いた私の本のページをさっと開けてくれました)などを、つたない言葉で話しました。一時間近くも話したのに、子どもたちはざわつきもしません。一人の子はスタッフの女性に膝まくらしてもらって、寝そべっていますが、顔はしっかりこちらに向けて聞いてくれています。「ドイツの童謡を聞かせて」というスタッフの言葉に、連れが「Alle meine Entchen・・・」を歌いました。このメロディー、実は「コギツネコンコン、山の中」なんです。そう、この歌の原曲はドイツ発祥なんです。ここからが、実は一番書きたかったことです。子どもたちに「ふつうの学校とちがって喧嘩やいじめがないようだけれど、もし喧嘩になったら、それをどう解決するの?」と聞いてみました。すると、六年生の男子がぽつりと「時間だな」と言いました。頭の悪い私たちは、「? どういう意味?」とポカーン。すると、膝枕してもらっていた男の子が「それはね、喧嘩をすると相手の顔をしばらくは見たくないから、おたがいから離れるでしょ?そうやって時間がたつと、いつのまにか喧嘩のことは忘れるでしょう?だから、時間が解決する、っていう意味」と、とてもわかりやすく教えてくれたのです。なーるほど!スタッフの女性も、「暴力を止めはしますが、私たちが仲裁をしたり、どちらかが悪いとか、あやまりなさいなどと判定を下すことはありません。両方の話を聞いてあげ、怒りやくやしさを受け止めてあげるだけです」とやさしく説明してくれました。この子どもたちにして、このスタッフあり。ほかのことでも、、子どもたちがしっかり自分の言葉で筋道を立てて発言するのには驚きました。大学生より成熟している!タツロウさんはすばらしい子どもたちとスタッフに恵まれて、幸せな方だなあ。こういう学校ならぬ学校が、もっともっと増えればいいのに、と思わずにはいられませんでした。トエックはフリースクールのほかに、週末や夏休みに一般の人(子どもも)を対象としたキャンプも行っています。そこでもコンセプトは同じ。無人島や川の美しい自然の中で、子どもや親が自由に自分の力で好きなことを伸び伸びとするキャンプです。
2009/03/21
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ただいま!というのも変ですかね。日本から戻ったのだから、ドイツ側から見ればただいまなんですが、日本から見ればさよならですよね。ともかくも、昨日3月18日に成田を発って、こちらに戻りました。昨晩の夢の中ではまだ日本にいて、目が覚めて、自分がどこにいるかわかりませんでした。2月15日にこちらを出て、16日に東京に着いたのですが、寒いのにはびっくり。これならトレンチコートではなくて、ダウンジャケットを着ていけばよかった。翌日はまずは仕事。丸の内にあるエコッツェリアで開催された企業の方向けの環境セミナーのような催しで話をさせていただきました。この催しでは、農林水産省の方のお話が印象的でした。日本の食物自給率の低さ、農業の重要性、そして、日本人が残す食物の膨大な量。みなさーん和食をしっかり食べましょうっと呼びかけたくなりました。それから、寒さを逃れてグアム島で十日余りをのんびり過ごしました。グアム島は噂どおり、日本人でいっぱいなんですね。ちょうどドイツ人にとってのマジョルカ島のようなものです。ここでは、いまさらながらドイツの物価の安さを実感しました。なんでもドイツより高いです。グアムでも日本でもホテル住まいで一ヶ月余りを過ごすとあって、経費が馬鹿にならず、せめて食費ぐらいは節約しなければなりませんでした。そんな私たちに、コーヒー一杯5ドルは痛かったです。アイスクリームはドイツの数倍。節約のために、毎日、ヒルトンホテルに通ってそこのバイキングランチ(これはお薦め、18ドルで新鮮なエビや魚、野菜も果物が食べられます。ほかのホテルのもっと高いバイキングよりも質が上等です)をお腹いっぱい食べ、密かに持ち帰ったパンを翌朝の朝食にするという姑息な方法を使いました。グアムで驚いたのは、日本人の若い人たちがブランドショップにあふれていること。不況って本当?と思えるくらい。みなさんお金持ちなのか、お金をためて来ていらっしゃるのか。三月はじめに東京に戻り、四国に出かけました。お目当ての一つは、徳島県の阿南市にあるトエックというフリースクール・幼稚園の見学。田んぼの真ん中にある自由な学校です。ここの子どもたちには心底感激しました。一斉授業はなくて、子どもたちは思い思いの活動をするのですが、その集中力、創造力、根気、自主性には感動しました。これについては、別にくわしく書きます。徳島から室戸岬を経由して海岸沿いの景色を楽しみながら、高知市に移動しました。高知は大好きな町です。たまたま町をあげてのお祭りをやっていて、広場に様々なブースが出ていて、ゆずのジュース、いわなの炭火焼きなどを楽しみました。各地区のよさこい節の踊りグループの発表や、ヒップホップとブレークダンスの「バトル」も見ました。ヒップホップもブレークダンスもこれまで見たことはなかったのですが、子どもも混じったグループも含め、みなさん、ものすごく上手なので、ついに終わりまで見てしまいました。踊っていた若者から「ブレークダンスはドイツでも盛んですよ」と言われましたが、そんなことも知りませんでした。いやー、かっこいい!高知市の日曜市場もすてき。新鮮な野菜や果物が安くて、文旦が何キロも入った大きな袋が300円。キュウリの山盛り(日本のキュウリはドイツのとちがって細くて小さくて香がいいのでおいしい)が100円。思わず買ってしまいました。高知に来るまでの道路上でポンカンを買ったら、おまけといって、さらに大きな袋のポンカンとデカポン(これも知らないかんきつ類でしたが、おいしいですねえ)を大量にくれました。というわけで、毎日、毎日、ジュースの代りにかんきつ類をひたすら食べました。新鮮で安くておいしくて、感激しまくりました。それでも食べきれず、最後には文旦を六個ぐらいレンタカー屋のおじさんに受け取っていただきました(もったいなかったなあっと未練がましい私)。高知の四万十川沿いを走ったときには、快晴に恵まれ、ウグイスがあちこちで声高にさえずっていました。桜はまだでしたが、それでも春の気分にひたれました。その後、フライブルクの姉妹都市、松山をまわってから新幹線で東京に戻りました。そしてまた一つ仕事。「地球の友」という環境団体の勉強会で、ドイツ人の経済専門家と私が話をしました。「気候変動防止」とか「グリーンニューディール」とか固いテーマなのに、五十人以上の方がいらして下さり、話の後にもたくさんの質問が出て、その熱心さには驚きました。これ以外は旧友と食事をしたり、日比谷公園を散歩して「日比谷パレス」のランチ(野菜のビュッフェがおいしい)を食べたり、浅草の河童橋に出かけたり。戻る前の一日、ちょうど快晴になった日に、去年と同じく鎌倉に出かけました。私はこの町が大好きです。森も海岸も近いし、町が落ち着いていて、すてきな散歩場所がいくつもあって。八幡にいたるまでの、小さなお店が並んだ道も好きです。どういうわけか、この道沿いの「洋品店」には、どこでも1000円のTシャツとか3000円ぐらいの大胆なデザインのベストが並んでいるのが、目をひきました。日本での数週間、とくに高級なレストランで食事をしたわけではないし、ときにはファミレスにも入ったのですが、日本の食事はどこでもおいしいですねえ。まず、その多種多様なところがすごいですね。和食といっても、色々なタイプの和食があるし。若い人が多く見られる、洋風と和風の混ざったような店(こういうの居酒屋っていうんですか?丸ビルみたいな大きなビルの上階にあるモダンな和風の構えの店)では、工夫を凝らした色々なお料理(焼き飯みたいなものにイクラが乗ったのとか、玉子焼きのチーズグラタンみたいものは初めて食べました)に出会いました。去年、日本に行ったときには見られなかった料理も。食材もそうで、ベビーリーフと名づけられたサラダ用の野菜は前にはなかったなあ。そう、日本はパン以外の食物はなんでもおいしいですねえ。徳島の鳴門にある、ドイツハウスというところに行ったのです。そこのショップで売っている「ドイツパン」は見かけは茶色でライ麦も入っていて、ドイツパンぽいのですが、ドイツ語で展示のガイドをしてくれたドイツ人男性も言うとおり、日本人の口に合うように「モディファイ」されていて、押すとフカフカしていました。「本場の」ドイツパンは顎に力を入れないと噛めないです。こうして、おいしい日々はあっという間に過ぎていったのでした。昨日、こちらに戻り、今日は洗濯と食料の買出しをしたあと、冷凍してあったライ麦天然酵母の元種に水とライ麦粉を混ぜて、目を覚ましてもらっているところ。まだ、宙に浮いているような時差ぼけ状態なので、めちゃめちゃ文章ですみません。まぶたがふさがりそうに眠いので、ここらでお仕舞いです。
2009/03/19
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