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キッシュ・ロレーヌをはじめて食べたのは、二十五年も前に、フライブルクから近い、フランスのアルザス地方の商業都市、ミュルーズに住むフランス人女性の家を訪ねたとき。この女性は一人で娘を育てながら、教師をしているしっかり者。家のペンキ塗りも内装も、洋服も手づくり。その上、お料理がお得意で、週末には知人を呼んで、すごいご馳走をふるまうのです。彼女が娘(当時10歳ぐらい)に手伝わせながら、腕をうるって作ったオードブルからデザートまでを、二時間ぐらいかけていただいたものです。デザートが出る頃には、お腹がふくれ、喉までご馳走でいっぱいになるほどで、毎回、苦しいほどの思いをしたのを覚えています。彼女の家の地下室には大きな冷凍庫があって、そこには、前もって作ったデザートなどがたっぷり貯蔵されていました。その一つ、キッシュ・ロレーヌをあるとき、前菜としていただいたのです。キッシュはフランス語だから、当然フランス料理ですが、ドイツでもよく作られます。わたしは長い間、娘の幼稚園時代の友達のお母さん(ドイツ人)が教えてくれたレシピで作っていました。このレシピでは、日本のネットなどで紹介されているのと同じように、キッシュの土台となるタルト生地は、バター、小麦粉などで作るタイプ。これはこれで、おいしいし、このバターたっぷりのタルト生地は、私も毎週のようにドイツ式のリンゴケーキ(アプフェル・クーヘン)に使っています。でも、最近、たまたまフランスのあるスーパーが出している広告兼レシピ小冊子をめくっていたら、私好みの、薄いパイのような生地の写真が出ていました。トマトとチーズのパイのようなお料理の生地だったのですが、レシピを読むと、この生地にはバターをまったく使っていないのです。それなのに、とてもおいしそうそうなので、これをキッシュ・ロレーヌにも応用することにしました。バターを使わないので、作り方はものすごく簡単です。直径26cmぐらいのパイ皿(タルト型)を使って、生地をうんと薄くしたい場合の分量小麦粉125g、水60g、オリーブ油大さじ2から3杯、塩少々これをボールでこねるだけ。こねたあと、一時間ぐらい室温でねかせてから、パイ型に合わせて薄くのばし、パイ型に敷きます。これにキッシュのフィリングを入れます。キッシュのフィリングの基本は、細かく切ったチーズかピザ用のチーズ、卵、サワークリームか牛乳、ナッツメッグ、ベーコンまたは燻製生ハムの細切れですが、これに好みの野菜やキノコを入れることもできます。今回は、次のようにしました。1.生地の上に、チーズ120gを散らす。2.燻製生ハムを小さく切ったものを、50gぐらい散りばめる3.昨晩のほうれん草の炒め物の残りと数個のマッシュルームの薄切りを敷く。4、卵四個、サワークリーム、200ml、ナッツメッグ、胡椒、塩少々(ベーコンの量に合わせて調節)を泡だて器で、均一になるまで混ぜてから、3に流す。5.175度に予熱したオーブンで30分焼く野菜のキッシュ・ロレーヌ posted by (C)solar08これを焼きたての熱いうちに食べます。冷えるとあんまりおいしくないですから、冷えてしまったら、必ずオーブンか電子レンジで熱くします。冷凍して、ちょっとお腹がすいたときのおやつや昼食にもぴったり。友だちの中には、ニンジン、ポロネギ、ブロッコリーなどを入れ、ベーコンなしで作る人もいます。炒め物などが残ったときの「処理」にもとても便利です中身の卵や牛乳(またはサワークリーム)を倍にすると、分厚いキッシュが出来上がります。つまり、入れる具の種類や卵の量は好みなのです。チーズをもっと増やしてもよいかもしれません。冒頭に書いたフランス人女性からは、当時、ティラミスの作り方などを教わりました。彼女の娘もお料理上手になって、今では二児の母です。
2009/04/28
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昨日は、フライブルクに三十年以上も前から暮らしていらっしゃる、K子さんのお宅にお呼ばれして、焼き鳥丼とお吸い物、お漬物のランチをご馳走になりました。ご主人と長年かけて収集された、数々のアンティーク家具や道具に囲まれ、シックにセッティングされたテーブルで、美しい食器に入れて出されたお食事もまた上品。ウーン、わが家とは雲泥の差でした。K子さんは、ドイツでお付き合いのある数少ない日本人の方のお一人です。二十年以上前から、道ではお見かけしていて、上品でおしゃれなレディーだなあと思っていましたが、知り合う機会はありませんでした。ところが、十五年くらい前のこと。あるアジアショップでぶらぶらしていると、とつぜん、彼女が「私、あなたと同じ学校の出身よ」とおっしゃるではありませんか。とっさのことに、わたしは何のことだかわかりませんでした。「あなたxx学院のご出身でしょう?わたしもそうなのよ。でも、わたしの方がずっと年長だけど」K子さんは、わたしが個人的なことも書いた本を読んでくださって、同窓であることを知ったそうです。っということは、この方、それより前から、私の名前を知っていたということ???わたし自身はフライブルクに住んでいる日本人のお名前を数人しか知らないのですが、ほかのみなさんはかなりお互いに知っているということがわかりました。それよりも驚いたのは、パリでもベルリンでもない、こんな人口20万人の、日本に有名でもなかった町に、同じ中・高の同窓の方が住んでいらしたということです。K子さんは、七年先輩なので、彼女が高校を卒業したあとに、私が中学に入ったのですが、それでも習った先生方の多くが同じです。それで、昨日のランチでは、先生方の噂話に花が咲きました。ミッションスクールでしたから、先生は、後に宗教の先生をのぞいては、すべて女性、しかも当時はその多くが、神に一生をささげ、男性にはささげなかった、けなげなクリスチャンの熟女が多かったのです。こうした先生たちはかなり厳しくて、まいりました。先生方の中には、母と私の二代でお世話になった古株も何人かいらっしゃったので、家で母といっしょに、先生の噂話をしたものです。(学校では、先生から「あんたのお母さんはよくできたのに、あなたはどうなさったんですか?」などと皮肉られました)でも、本気ですごいと思うのは、こうした先生方の多くが、退職後、高齢になられてもまだ社会奉仕を積極的になさっていることです。あの、神に一生をささげた女性たちは、口先のお説教だけでなく、生き方に筋が入っていたということに、今頃になって気がつきました。話がそれました。もう一つ、世界は狭いを感じたことがあります。K子さん2も、フライブルクに私よりも前から暮らしていらっしゃいます。昔のことですが、あるとき、K子さん2に「どこのご出身?」と聞きました。すると彼女は、「田舎の小さい町だから、あなたは知らないわよ」とおっしゃいました。「知ってるかも知れないから、教えて?どこ?」としつこく聞くと(いやな性格ですね、私)、「O町よ」との答え。「その町ならよーく知っているわよ。昔、家族でムササビ観察によく行ったから。あの町にはxxxっていうおいしい鰻屋さんがあるのよね。」と言うと、「ええええー?私、そこの娘だったのよ」とおっしゃるではありませんか。これにはびっくり。O町で私が知っている店といえば、この鰻屋さんだけなのでした。よりによって、そこのお嬢さんだった方がフライブルクにいらっしゃるなんて!このK子さん2は、さすが料理屋の娘さんだっただけあって、お料理がおとくい。こちらの、カルチャーセンターのような成人学校で、日本料理の講座を開いていらっしゃいます。日本とドイツはこんなに離れていても、いろんなところでヒョンな出会いがあるので、人生っておもしろい。藤の花、フライブルク posted by (C)solar08
2009/04/24
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小学校の低学年のころは、自主休校ばかりしていました。登校拒否などというほどのことではなくて、暖房のない家だったために風邪をひくことが多く、それがたいしたことでなくても、例の祖母に「体が大事」と休ませられたのと、両親も子どもを学校に行かせることにそれほど関心がなかったのもあって。いずれにしろ、一年生では57日、二年生では64日という欠席日数は。ふだん物覚えが悪くて、電話番号や日付はぜったいに覚えられない(いまだに子どもの家の番号を覚えられません)わたしが、いまだに覚えている数字です。それで、学校を休んで何をしていたかというと。母が勤めていたし、祖父母は別の棟に住んでいたので、ひとりぼっち。わが家にはテレビという娯楽機器もなかったので、ラジオの学校放送や高学年になってからは、ヒットパレード(坂本九とかね、知らないでしょうねお若い方がたは)とかを聴きながら、本を読んでいたのです。母はしょっちゅう本を買ってきてくれて、若草物語とか小公子とかは暗記できるほど繰り返し読みました。当時は「岩波少年少女文庫」というのがあって、低学年用は濃いピンクのまだら模様の表紙、高学年用は青で同じ模様の表紙でした。挿絵も線画が少しあるだけの、地味な本でしたが、名作がずらりとそろっていた記憶があります。エーリッヒ・ケストナーの「点子ちゃんとアントン」(ベルリンが舞台ですが、当時は自分が将来、ドイツに行くとか住むとか帰化するなんて、夢にも思わなかったし、そもそもドイツという国が現実にあるものだという感じはしなくて、メルヘンの世界のようでした)、「二人のロッテ」「エミールと探偵たち」、デュマの「三銃士」などは、なんどもなんども読んだものです。こうやって、書いてみると、昔の児童書は翻訳物が多かったのですね。息子が読んだ児童書には、日本の作家の名著がたくさんあったのとは、対照的です。読む本がなくなってしまうと、家にある大人用の小説や推理小説、雑誌「主婦の友」も読みました。わからない漢字も単語もなんのその、すべてすっ飛ばして。ま、主婦の友は、とくに付録の料理の本が好きでしたけど。今回、思い出をたぐりよせてみて、気がつきました。高学年になって、学校を休むことがわりあい少なくなるにつれて、読む本も少なくなりました。さらに、中高つづいている女子学校に入ってからは、さらに少なくというか、ほとんどまったく本を読まなくなったのです。学校の「お勉強」とかクラブ活動とか、なんだかんだと忙しくて、本を読むゆとりがなかったのでしょう。さらに受験勉強(へへ、ちょっとはしたんです)で、本どころではなくなり、大学に入ってからは、今度はお勉強ではなくて、遊ぶのに夢中で(大学って、私にとってはまったく学びの場所ではなくて、ボーイフレンドづくりとか結婚相手発見の場所だった。ひどいもんです。ちゃんと勉強すればよかったと反省をいまごろしても、遅すぎます)、本は、試験に必要なもの以外は手にとることもしませんでした。そうやってみると、学校に行くことで、本を読むことが少なくなるってこと?実際、大学卒業して、結婚・出産してからは、また本をかなりむさぼり読んだものです。ま、これはすべて「まえがき」。ずっと探しつづけている児童書があります。上に書いた岩波少年少女文庫の中の、たしか高学年用の一冊です。ヨーロッパのどこかが舞台で、思い出せるシーンの一つは、主人公の男の子が、(たぶん)親が庭の中に隠しておいてくれた、イースターの卵を見つけるところ。当時はもちろんヨーロッパの家庭が、イースターに色塗った卵を飾ったり、卵さがしをするなんてことは知りませんでしたから、「イースターの卵」とはいったい何なんだろうと不思議でした。現在はイースターの卵代りに、卵やウサギの形をしたチョコレートを探したり、食べたりすることも多いですけどね。日本のヴァレンタインと同じように、チョコレート会社の謀略でしょうか(ドイツではヴァレンタインにチョコはあげません。男性が女性に花をあげることぐらいはあってもね)。もう一つ覚えているのは、主人公の男の子が、庭のハリネズミ(ネズミという名前が日本語ではついていますが、これは陸上生活をする食虫類、つまりモグラの仲間です。家の庭にもときどきヒタヒタと歩いて出てきます)をとらえて、焚き火だかなんだかの中に入れて、蒸し焼きして、針に刺されないようにしてから、肉を取り出すというシーン。これも、当時はハリネズミなるものを知らなかったので、どう想像してよいか、わからなかったものです。いま読めば、まだほかのシーンも理解できるだろうと思って、ぜひ、この本を読んでみたいのですが、題名も、作者もまったく思い出せないのです。岩波少年少女文庫のほとんどは、いまは姿も名前も変えて、豪華な復刻版が発行されているようです。それで、岩波書店の編集者の方に、このリストを送っていただき、「調査」もしていただいたのですが、この本だけは見つかりません。なにしろね、登場人物の名前もわからず、覚えているのが、イースターの卵とハリネズミの蒸し焼きだけですからねえ。この本が復刻版に入れられたのかどうかは不明です。そこで。もし、どなたか、この本を読んだような記憶がおありでしたら、ぜひ教えていただけませんか?もう、何年もさがしているのですが(といっても、熱心さに欠けた)、先週のイースターがきっかけで、またも記憶と願望がむくむくとわいてきたのです。当時の少年少女文庫を入手したいとも思っています。いつかね。
2009/04/19
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生け花とか茶の湯とか、およそ「日本人らしい」ことはできない私です。両方の祖母までは、そういうたしなみが身についていたらしいですが、母の代でこれはプツンと切れたまま。わたしの茶の湯の知識は、娘が四歳のときにまだ日本の保育園でちょっと習ったのを、彼女から(!)教わったものだけ。どれほどのものかは、想像にかたくありません。二十年以上も前のドイツ、フライブルクでも日本茶は売られていました。マイナーな存在だとはいえ、いちおう抹茶、玉露、煎茶、番茶という名のついたグリーンティーが、紅茶やハーブティーなどを売るお店にありました。緑茶が健康によい、癌に効くなどと言われるようになってからは、だんだんに知られるようにもなりました。でもね、入れ方がね。なんか違うんですよね。分量もお湯の温度も、どっかセンスがちがうというか・・・。ところが、少なくとも二十年以上前から、こちらでも茶の湯を教える教室があります。知られているのは、ハースさんというティー・マイスター(!)。ハースさんの弟子も各地でお茶の教室を出しているということを、あるとき鉄道列車の中で知り合ったドイツ人老紳士(元ナチだった人らしいことが、話の端からチラチラとわかったのも記憶に残ってます)から聞きました。彼の娘さんが、その一人だということで。ハースさんは京都だかの禅寺で修行もしたらしいです。ところが偶然にも、このハースさんが教室を開いているのは、フライブルクです。知人のドイツ人女性が、生徒の一人で、畳をしいたお茶室で習うそうです。でも、お教室の写真を見ると、みなさん、横すわりしていたりで、なんだかおかしい(などと外野が批判するのは失礼ですが)。正座ができないのだから、しかたがないですよねそうするほか。日本でもどこでもいっしょに行く「旅の連れ」は一時、お茶の店を開いていました。開店祝いには、このハースさんを呼んで、お点前を披露してもらったそうです。ところがこれの様子を店の外から見かけた、近くのホームに住む老婦人がびっくり仰天。宗教的なセクトが店開きしたという噂が広まったのだそう。というわけで、「連れ」は毎回、日本に行くたびに、煎茶や抹茶に興味をもちます。八年前にはじめて日本にいっしょに行って京都をたずねたときには、宇治にある有名なお茶のお店を訪ね、ぶしつけにも社長さんに連絡してもらって、お茶のプランテーションを社長さん自らに案内していただきました。こういうとき、外人(、白人だけかな)てトクですよね。日本人のふつうの人がフラリと出かけてって、こういうお願いはできないもんね。でも、根が節約的な「連れ」は高いお茶はまったく買わなかったので、社長さんもさぞかしがっかり、びっくりしたことでしょう。ドイツ人て、なんてケチなんだ、と顔には出さなくても、心の内で思ったかも。彼が日本で買うのは、ふつうの煎茶、そして合羽橋の飲食店経営者が買う食料品店にある、抹茶の500g入りの徳用袋(喫茶店はこういうのを使っているのかな)。これを、去年も今年も買ったので、二人でわけてもたくさんあります。たまーに祖母(あの不器用でわがままの祖母)が手焼きした抹茶茶碗でお茶を入れるのですが、なんかねえ、自分で入れた抹茶はおいしくないの。泡立て方?がまずいのか、分量に問題があるのか・・・。それに和菓子もそうそういつもはないし。それで、いまだに抹茶は冷凍庫に眠っています。たまに気まぐれにアイスクリームを作ったり、スポンジケーキに混ぜ込んだりするだけ。ところが、Kojikoさんがときどき抹茶折り込みシートで抹茶のパンをおつくりになるんですよね。それがとてもおいしそうで。作りたくなりました。そこで、教えていただいたクックパッドなどを参考にして、まずは抹茶折込シートを手づくり。抹茶、牛乳、砂糖、バター、粉、スターチを混ぜて、電子レンジで加熱するだけで、簡単にできました。これを薄くのばして、クロワッサン生地のバターシートのようにします。パン生地は卵を入れない、小麦粉、牛乳、砂糖、バター、塩だけのもの。一次発酵させたあとに、クロワッサンづくりと似た要領で、抹茶シートを折り込みます。クロワッサンみたいに、たたむたびに冷蔵庫に寝かせないでよいので、とても楽です。今回はじめて、伸ばした生地を三つ編みにしてから、型に入れるという作業をしました。ウーン、いいこと教わった。見た目がかっこいい(三つ編みのときに生地を三本に切るのですが、その幅がものすごく違ったにもかかわらず、不器用だからね)。で、これを二次発酵させてから、175度ぐらいで三十分焼いたら。抹茶パン posted by (C)solar08あっらー、フワフワのパンになったではありませんか。Kojikoさんのみたいに上手にはできませんでしたが、バゲットやクロワッサンより作りやすいのは確か。これがわかっただけでも収穫。本当はやわらかい食パンは好きではないのですが、これは例外よ。今日はこれに餡と生クリームをのせて、コーヒータイムか抹茶タイム。あの祖母にも食べさせてあげたかったなあ。
2009/04/17
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日本からいらした方が、青空市で見つけて、「これ、フキですか?」とたずねられる野菜?があります。これです。ルバーブ(食用大黄) posted by (C)solar08ね、赤いフキのように見えるでしょう。私もドイツに来たばかりのころは、そう思いました。でも、これは日本でルバーブと呼ばれている植物。今、旬の植物で、青空市でたくさん見かけます。この植物の葉柄を、果物(たって果実ではないけれど)のように、ジャムやコンポート、ケーキに使います。アンズに香が似ているといわれます。味もアンズのようにとーっても酸っぱいので、砂糖が大量に必要なのが難です。コンポートにするなら、ざくざく切って(私は皮はむきません)、砂糖をかなり入れて、煮るだけ。生クリームをかけたりしてデザートに。でも、わたしはやっぱりケーキにしたい。それも、卵白のメレンゲをたっぷりのせたタルト。ドイツのネットで見たルバーブのケーキは、タルト皮を分厚くしているようで(たぶん、余ってしまう卵黄を利用するためなのでしょう)、好みではありません。私は薄いタルト生地に、中身のフルーツたっぷりが好き(饅頭でもドラ焼きでもあんこたっぷり、生地薄く、がすきなの)。そこで、いつもどおり、小麦粉150g、バター100g、卵黄1個、砂糖30g、塩少々をミックスし、冷蔵庫でねかせてから、のばして、薄いタルト生地を作りました(直径26cmのケーキ型)。ここに、長さ3cmぐらいにざく切りにしたルバーブを800gぐらい並べます。175度に予熱したオーブンで25分くらい焼きます。焼いている間に、卵白3個分に塩少々を入れて固く泡立て、さらに砂糖150g(砂糖が少ないとメレンゲがしっかりできないので、多目に)を少しずつ入れて、さらに固く泡立てます。熱いケーキの上にこのメレンゲをてんこ盛りにして(本当は美しくのせればいいのでしょうが、不器用でせっかちな私は、ただのせただけ)、まだ150度ぐらいになっているオーブンに入れてから、設定温度を110度に下げて90分ぐらい焼くというよりも、メレンゲを乾かす感じで焼きます。レシピにはたいてい、250度で8分とか書いてあるのですが、これだと、へたをすると、いったん盛り上がったメレンゲが、冷えるとしなっとしぼんでしまうことがあるのです。茶色のこげつきも激しいし。一方、低温で時間をかければ、外側がかりっとして、中がふわっとしたメレンゲになり、冷えてもしぼみません。中までしっかり熱を入れたいこともあって、わたしはこちらの方法を独断でとっています。ルバーブタルト・メレンゲ posted by (C)solar08見た目はあんまり美しくはないですが、メレンゲにたっぷり含まれている砂糖の甘さがごくごく酸っぱいルバーブと合って、おいしいですよ。ルバーブからたくさん汁が出るので、できたてのタルト皮はやわらかくなってしまいますが。冷めればそれなりに、固くなります。卵白を使った残りの卵黄は、カスタードクリームをつくって、ケーキに添える生クリーム代りにしました。余ったルバーブとリンゴを砂糖で煮て、これにクリームを添えたデザートもおいしかったです。下はおまけの写真。青空市はいま、色とりどりの花で華やか。あんまりカラフルだったので。青空市の花 posted by (C)solar08下は娘がむかし一年だけ通った学校の前の並木。桜みたいですが、幹を見ると、ちがうのがわかります。たぶん(たぶんです)アーモンドの花だと思います。かなりこちらでは、見られるのです。近所の並木 posted by (C)solar08
2009/04/14
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発電規模では世界一となった、ドイツの太陽光発電。ふつうの電気代よりもずっと高く電力供給企業に買い取ってもらえるので(法律で定められている)、個人の家でもさかんになりました。中でも日照時間が長いフライブルクは、太陽光発電がさかんです。そのフライブルクでも、設置された太陽電池が盗まれることもよくあるそうです。でも、今回、運転がはじまった、広さ800平米の太陽電池は、絶対に盗まれそうもないところにあります。それは、ケ・イ・ム・ショ!市内のどこよりも監視がきついところです。フライブルクの刑務所の建物は1878年に建てられたレンガづくりの歴史的建造物で文化財保護に指定されています。中央から星型というか、ヒトデのように五つの棟が放射状に出ている建物。この棟の二つと、同じ敷地内にある、木工作業所の大きな屋根に取り付けられ、一年に9万4千キロワット時、30世帯家族分の発電をするそうです。ここをクリックしてくだされば、ビデオが見られますよ。実は、わたくし、この刑務所に入ったことがあります。っていっても、ここは男性用ですから、いちおうまだ女性のわたくしは、住んだわけではありません。十一年前にある環境研究所の人に、「フライブルク刑務所のゴミ減らし・資源活用の取り組みはすばらしいですよ」と教えてもらいました。さっそく、これをネタに記事を書こうと、取材を申し込むと、「いいですよ」と快く応じていただいたのです。当日はやっぱりちょっと緊張しましたね。「ふたたび出てこられるだろうか」という心配もちらっと頭をよぎりました。入り口でパスポートを提示すると、「預からせてもらいます」と取られてしまい、ますます心配に。ここには、500人あまりの男性が収容されています。ただし、殺人犯のような重罪犯はいません。所内には学校、各種作業所、診療所、食堂などがあって、小さな村のようです。でも、ゴミの面では、ふつうの村とはちがった問題があります。例えば、逃亡防止のために、タオルは布ではなくて、使い捨ての紙タオルなので、ゴミの元になるし、残飯も大量に出ます。私は物品管理担当と廃棄物・技術担当の職員の方に案内されて。房の並ぶ棟の一つに入りました。廊下では、ちょうど授業や作業を終えた囚人たちがおしゃべりをしたり、ブラブラ歩いていました。職員は囚人にも「ハロー」と気さくに声をかけ、囚人も「ハロー」と答えるので、誰が職員で誰が囚人なのか、区別がつきませんでした。独房の一つに入らせていただきました。ちょうど住人がいなかったのです。ベッドや洋服ダンス、小さな流しなどがあって、なんだかアパートみたい。流しの下には、ゴミ用の小さなバケツが二つ、色分けされてありました。一つは残飯用、もう一つは資源用。一日に二回、ゴミを廊下の端にある、中間収集場所にもっていって空けます。中間収集所には六種類の大型容器がならんでいました。紙類、包装材(プラスチックや缶)、ガラスビン、パンの残り、その他の残飯に分けて捨てるのです。乾電池用の容器も別にありました。収集所には当番の囚人が立って、分別がちゃんとされるように注意するそうです。この中間収集所のゴミ容器が、さらに大きなコンテナに種類別に空けられて、それがゴミ事業所によてって回収されるのです。まあ、ここまではフライブルクの一般家庭とあまりかわらないんですが、この刑務所では、むかしから物を無駄にしないで、再利用する伝統があり、規則で定められている以上のゴミ減らしを実行してきたのだそうです。大量に購入される食料品や消耗品の包装容器(バケツ、タンク、ボール箱)は房や事務室のゴミ容器として、または掃除用バケツとして使われ、ボール箱は、縫製作業所や製本作業所でできた製品の納入用の梱包にも使われます。縫製作業で出る布くずは製本作業所のぞうきんになります。かびの生えていないパンは、職員が買って、ウサギの餌に。木工所ででる木くずは、燃料用に職員が買います。電気工作業所ででるコードの切れ端は、市民がひきとって、銅を取り出します。節約にも努力電池は充電式にかえられました。洗濯機は節水タイプ、手洗い用の液体せっけんは容器に泡立て装置をとりつけて節約(なるほどー!)。ここでは職員だけでなく、刑に服す人びとにも環境教育をしており、ゴミについての情報は数ヶ国語で出されているそうでした。管理者と囚人代表者のあいだで話し合う機会ももたれました。話し合いでは、囚人からの提案も出され、実行されているそうです。一人当たり300gだったパンを250gに減らして、もっとほしい人は前日に申し込むとか(これでパンの残りが激減したそうです)、収集箇所に捨てに行くときには、当番の囚人だけでなく、職員にも立ち会って欲しいとか。こうして、この刑務所はフライブルクの廃棄物処理事業所から、「所内のゴミの資源別分別は、一般家庭よりも優秀だ」とほめられたそうです。「ここの住人は、環境意識が高い」と職員の方がおっしゃるので、「なぜ」とたずねました。すると「囚人には、自分は責任感のある人間であって、他人にうしろ指をさされるようなことはしない、という誇りがあるからだ」というお答え。わたしには、職員と囚人のなごやかな雰囲気やコミュニケーションも、ポジティブに働いているのではないかと思えました。製本作業所の壁には囚人の手で書かれた大きな貼り紙がありました。そこには「君たち、おれたちは地球をゴミの山にし、海や川をよごしてしまった。(中略)地球を守るために、小さくても意味のあることをしたいなら、ゴミを減らすことからはじめよう。さもないと、刑務所ではなくて、おれたち自身が被害を受けるんだ。わかったかー」とありました。これは数年前から貼られているのに、だれも破らなかったそうです。ただし、「わかったかー」の言葉のあとに、だれかが小さく「わからん」と小さく書いていましたが。このように、昔から環境意識の進んでいた刑務所。今回、ドイツでおそらく最初の「ソーラー刑務所」になったことで、ますます元気(?)が出るかな。ちなみに、太陽電池の設置費用(4000万円弱)の三分の一は、個人の市民が出しました。といっても、寄付ではなくて、財テクのためです。出資額におうじて、電気の買い取り料金が支払われるので、うまく太陽が照ってくれれば、ふつうは十年あまりで元がとれます。さらにもう十年間も高い買い取り料金が保証されていますし、太陽電池の寿命はいまでは二十年よりもずっと長いですから、全体としては出資額の倍以上が戻ってくるというわけ。
2009/04/11
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今日からイースター(復活祭)、月曜日まで続きます。といっても、私は何もしませんが。今年は冬がかなり寒かったし、春になるのもゆっくりだったので、花がなかなか咲かなかったのですが、一週間ぐらい前に、とつぜんのように暖かくなり、快晴がつづきました、昨日、今日はフライブルクは日中は25度にもなり、タンクトップで歩いている人、川辺で日光浴をしている人もいます。それで、花もあわてて咲きました。一ヶ月以上遅れた水仙は、一足早いチューリップといっしょになってしまいました。水仙とチューリップが同時に咲いた posted by (C)solar08レンギョウも一ヶ月遅れで咲き誇っています。ご近所はレンギョウでいっぱい posted by (C)solar08豪華なマグノリア(白モクレン)は七分咲き家の隣のマグノリア posted by (C)solar08ドイツにも大きなサクランボが実る白い花の桜だけではなく、ソメイヨシノっぽい桜、八重桜も見られます。一昨日、歯科医師会に歯の治療相談に出かけたときに、見かけた桜はすてきでしたよ。フライブルクの桜 posted by (C)solar08ね、ちょっと白っぽくて、雪みたいでしょう?でも、この花も、そしてちょっと顔を出している葉も、桜の香はしませんでした。秋に、街路樹の黄葉したイタヤカエデをお見せしたと思ったら、時間はあっという間にたって、今では新緑を息吹かせています。カエデの新緑 posted by (C)solar08この「新緑」、葉っぱの芽だけではなく、実はほとんどが花です。あのヘリコプターのような種を生む花。葉っぱとまったく同じ黄緑色なんです。カエデの花 posted by (C)solar08ね、よく見ると花でしょう?足元を見ると、歩道のアスファルトにはあちこちでスミレが咲いています。可憐な姿にしてはたくましい!アスファルトのスミレ posted by (C)solar08これはお隣のうっそうとした「やぶ」で見つけたボケらしき花。東京の実家に昔あったので、なつかしくなりました。ボケ?お隣の家 posted by (C)solar08このほか、なんとツツジや石楠花まで咲いているので、まさに二月から五月までの花が一同に介したみたい。遠くまで行かなくても、植物いっぱいの町に住める幸せに感謝して、ご近所でお花見散歩を楽しんでいます。
2009/04/10
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ドイツ国営第二放送(ZDF)のFrontal 21という番組は、政治家や企業や役所など、つまりは社会でひそかに起こっている大小の不正やおかしなところをあばき、正させる番組なのですが、昨晩のテーマの一つは「アナログチーズ」でした。冷凍ピザとかチーズパン(チーズトーストみたいな小判型のパン)にのっているチーズの半分とか三分の一が、実は本物のチーズ(つまりは牛乳からつくられたチーズ)ではなくて、植物油、牛乳から取られたたんぱく質(カゼインの場合もあれば、カゼイン以外のたんぱく質である場合もある)、エマルジョンの一種、でんぷんなどでできている偽チーズ。このたんぱく質についてですが、日本のネットでこれを卵白と書いてある例がありましたが、これは誤りのようです。というのも、ドイツ語ではたんぱく質を意味する単語(Eiweiss)が卵白も意味するので、混乱するのです。近頃はこれを区別するためか、卵白を卵白ではなくて、透き通った卵(Eiklar)という場合が多いです。アナログチーズと呼ばれるこの嘘チーズは、400度(360度でテフロンは溶けるそうです)でも焦げないので、高温で短時間にとろけさせることができ、味も舌触りも香もチーズそっくりだそうで、これまで消費者はすっかりチーズだと思っていたのだそうです。ここをクリックすると、アナログチーズのあるメーカーのプレゼンテーションが見られます。ね、そっくりでしょう。どうしてこれを使うかというと、牛乳の脂肪の代りに植物油を使うので、経費を半分までに安くできるのと、上に書いたように、熱に強いので、ピザなどで使いやすいから(高温でさっと焼いても焦げないので。経費が少なくなる)。ドイツでは年間、10万トンぐらい生産されていると推測され、牛乳不足の東欧への輸出も多いそうです。驚くべきことに、チーズの国、オランダの冷凍ピザの半分は、このアナログチーズがのっているのだそうです。ピザレストランでも一部をこれを使っているとか。アナログチーズは本物チーズよりもコレステロールが少ないので、健康やダイエットには良さそうではあります。でも、チーズでないものをチーズと言って売るのは法に触れるわけで、これから問題になりそう。自分から進んで食べるのならよいけれど、だまされるのはいやですからね。そもそもドイツの食品の成分表示がおおざっぱなのは、いつも気になります。このアナログチーズ、日本にもあるのかも。特許申請を見つけました。ここをクリックしてみてください。成分がわかりますよ。嘘チーズといえば、思い浮かぶのが「カニ棒」。嘘のカニ。こちらでは「Surimi」という名で売られていたり、寿司などに入っているのですが、これを堂々と「カニ」といって売る魚屋や寿司屋があるのにはびっくり。やっぱり、正直に、カニのイミテーションとか、スリミとか「アナログカニ」とでも言ってほしいところ。だって、カニにはお目にかかることのないドイツ人は信じてしまうんですよ、これが本物だって。もう一つ残念なのは、この嘘カニが登場したての頃はかなりカニの味に近くて、かまぼこ代りに楽しめたのですが、最近のはデンプンの割合が多くなったのか、もうカニ味はしないし、色はますます毒々しくなったこと。それで、日本で売られている本物のすり身が恋しくなります。自分で魚をフードプロセッサにかけても、これほど細かくならないのか、自家製かまぼこもさつま揚げも。いまいち、パサパササクサクして、うまくできないので。
2009/04/08
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父は典型的スノッブだったのか、よく言えば老舗好きだったのか、外食するときには(といっても質素な家庭でしたから、ごーくたまでした)、蕎麦なら神田の藪蕎麦、ウナギなら上野の伊豆栄本店(昔支店があったのかどうか知りませんが)、フルーツパーラーなら銀座の千びき(漢字が出ないので)屋、洋食なら上野精養軒かかつての風月堂(現在は店舗が小さくなってしまいましたが、昔は下が喫茶店、上がレストランでした)などと決めてかかり、それ以外での店には、家族で入ったことがほとんどありませんでした。これらは安いとはいえなかったので、したがってこれらの店に入るのは一年に一度か二度。それに、こうして並べてみると、店のほとんどが実家近くにあるので、もしかして、ただ近いからという理由だけで、ごひいきにしたのかも知れません。さて、この神田の藪蕎麦ですが、父は江戸っ子らしく蕎麦がとくに好きだったため、藪蕎麦だけは、他のレストランよりは頻繁に行きました。この老舗は、黒塗りの自動車で乗りつけるお金持ちそうなお客が多かった記憶があります。もう一つ記憶に強く残っているのは、店の正面奥、昔の勘定場のような場所にどかっとすわった中年の女性が、大きな声を張り上げていたこと(たぶん注文内容だったのか)。その言葉がふつうに聞くような感じではないのと、声のメロディーの独特さに、子どものわたしは目を丸くしたものです。「並木の藪はここほどうまくない、池之端のはつゆの味が甘い」とかなんとかいって、父は蕎麦なら同じ藪蕎麦でも神田の本店と決めていました。私は母と「父には秘密で」入った、近くの松屋も好きでしたが(こちらは最近行ったら、すわれないほど満員で、驚きました)。「蕎麦をちゃんと味わうなら、盛りしかない、盛りだ盛り!」という父の命令みたいな推奨で、盛り蕎麦を注文することが多く、これはこれですばらしいお味でしたが、「味のわからない」母やわたしや弟は、ときにはかけ蕎麦が欲しくなります。そんなときに食べたのは、かき揚げ天ぷらそば(えびの天ぷらそばは、値段が高すぎたためなのか、これしかなかったのか不明です)。小さなエビがたくさん入った、丸いかき揚げのったかけそばです。わたしはこれが大好きで、どうして家で食べるかけそばとこうもちがうのかと不思議でした。そして、ある日、発見したのです。一番の違いというより、おいしい!と感じさせる源の一つは、蕎麦の上に必ず一かけらのっている、柚子の皮であることを。柚子の皮の香がほのかなアクセントになって、蕎麦、汁、かき揚げすべてを引き立てているのです。それ以来、ということはもう何十年も、心の内では「かけそばに柚子はかかせぬ」と思ってはいるのですが、現実にはこれを実現するのはまれです。とくにドイツに来て、柚子どころか、おいしい蕎麦を食べるには日本から送ってもらわなければならない状況とあれば、そんなぜいたくは言えません。ところが、最近は日本はほんとに柚子ブームなんですね。飛行機では柚子ジュースがすぐに売り切れ、巷には柚子胡椒、柚子煎餅(去年九州で買って、とてもおいしかったのですが、四国ではお目にかかれず)だの、柚子がいっぱい。今回は、四国で細かくした乾燥柚子皮を見つけ、喜んで買ってきました。ついに、あの子ども時代のなつかしい味がついに楽しめる。そこで、シイラ♪さんに教えていただいた、岩手の「土川そば」(蕎麦粉がいっぱいの力強い蕎麦。日本から送ってもらいました)、ぴかままさんがこちらに置いていって下さった自家製味醂「ぴかいちみりん」(最後の一滴まで使ってしまった。残念!)、自分で削った鰹節の出汁、前の晩の煮物の天ぷら(!)を出動させて、かき揚げ天ぷらそばをつくり、柚子皮をふりかけました。見た目はうんと悪いので、写真はなしです。ウーン、あの香がする。味は神田藪蕎麦にはほど遠くはありますが、それまで画竜点睛を欠いていた自宅のかけそばが、やっと息吹をあたえられたというような・・・。たった一瓶しか買ってこなかった柚子皮がなくなったときのことを想像すると、悲しくなりますが、一つ代替案を考えてあります。世田谷に住む友人が、庭にたわわに実った夏みかんの皮をみじん切りにして、干したのです。これが、柚子に似た香で、とってもすてき。これを見習って、こちらのエコオレンジの皮を、オレンジピールではなくて、ただ干してみようかと思うのです。といっても、怠け者のわたし、柚子がなくなってから実行にとりかかることに。めんどうなことは、何でもあとに延ばすんです。最後に神田の藪蕎麦に行ったのは、もう十年近く前になります。いまはどうなんでしょうね。やっぱり黒塗りの車がずらりなのかな。
2009/04/05
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ドイツに来る前に五年ほど、山梨県の町に住んでいたことがあります。目の前に三つ峠がそびえ、遠くに富士山が三分の二ほど見える、自然の豊かな町でした。わが家の周囲も野原や畑がまだ残っていました。この野原に、きゃしゃで可愛い老婦人がよくやってきては、自生する蓬を摘んでいました。いえ、最初は何を集めていらっしゃるのかわからなくて、聞いてみてはじめてわかったのです。蓬の存在もそのときやっとわかったしだいで、今ではえらそうに「自然が大切」などと書いておりわたくしですが、いかに自然から離れた生活をしていたことかと恥ずかしくなります。ご近所の方たちはみなさんサラリーマンや自営業の家庭なのですが、多くの方が庭で野菜をつくっていらして、私はよく菜っ葉などの野菜をいただいてました。それで、「よし私も」と50坪余りの庭で野菜を作ることを決心。シャベルや鍬や、??(鎌のような形をした大きな道具、鎌のように尖ってないで、土を掘るのに使う。名前を忘れました。どなたかご存知ですか?)を持ち出してきて、まずは土堀り作業を開始。ところがところが、ここは、元畑だったところが住宅用に造成されたために、土は石ころだらけで固く、しかも蓬が地中深く、二メートル以上も根をはっていたのです。日はかんかん照るし(空気が澄んでいるのですぐに日焼け)、掘っても掘ってもとうてい畑用の土にはなってくれないしで、根気や向上心のないわたしは、数時間後にはギブアップ。お向かいの畑を横目に見ながら、やっぱりご近所がつくった野菜をもらう道を選んだのでした。これはみんな蓬のせいよ(でも、ご近所だって同じ土なのに、みごとに野菜を作っていたのだから、土や蓬が悪いのではなくて、「自然離れ」している私が悪いのは明白)。といっても、蓬は大好き、草もち、草団子、草大福すべて大好きです。ドイツにも蓬の植物はあるのですが、属(分類の)は同じでも種がちがっていて、日本の蓬の香はしません。ですから、なおさら、蓬が恋しくなるのです。今回、日本にいた間も、和菓子屋さんを見るたびに、草もちや草大福を一個、二個と買っては、すぐに食べました。三軒茶屋の和菓子屋さんのご主人からは、私の心中を見透かしたかのように「歩きながら食べないように」と注意され、ご丁寧にパックされたたった一個の草もちをもって、向かいのドトールでコーヒーといっしょにいただきました。さて、一年前に日本に出かけたときに、乾燥蓬粉を買いました。でも、こちらに戻ってよく読んだら、なんと原料国中国と書いてあります。それでやる気をそがれ、一年間冷凍しておいものがあります。餡をたくさんに作ってしまった今、これをついに利用することにしました。それでも農薬が心配で、まず熱湯につけ、湯を捨ててから使いました。つくったのは、不器用な私でも作れる蓬大福、つまりは草大福。アジアショップで売られているもち粉(タイ製)(日本の白玉粉に相当するらしい)と水(粉と水の量の関係はレシピごとにまちまちで、私は粉よりやや多目の水にしました)、砂糖適当量、それと熱湯で洗った乾燥蓬粉をまぜて、電子レンジで数分加熱します。こうしてできた「餅」を片栗粉(つまりはジャガイモでんぷん)でまぶしながらのばし、一口大にまるめ、広げ、餡を包めばできあがり。十年前には簡単にできた餅づくり作業が、今回は水の量が多すぎたためか、やたら指にもまな板にもくっつきまわり、餡を包むのにも苦労しました。こんなはずではなかった。もういや!と投げ出したくなる気持ちを抑え、「もうすぐ草大福食えるぞお」と自らに言いきかせ、やっと十個ほどの大福をなんとか丸めました。不ぞろいで不恰好ですが、食べるのは私だけなのですから、まあ、いいです(写真でお見せするのが恥ずかしいだけ)。不恰好ではありますが、いちおう草大福 posted by (C)solar08味はというと、やはり餅がやわらかすぎではありますが、腐っても大福。蓬の苦味と香もほのかにして、おいしい。この感激はドイツ人にはわかんないよね。ところで蓬といえば、数年前に二回ほど、数週間ずつ滞在したマダガスカルを思い出します。マダガスカルって、アフリカタイリクの東側にある大きな島国です。アイアイとかワオキツネザルなどの原猿は世界でここにしか生息しない、まだ(わずかですが)熱帯林の残る国です。でもこの島ではマラリアが猛威をふるっています。私は蚊やブヨ、ダニその他、虫にはものすごく好かれます。私がいればほかの人は刺されないぐらい刺されます。以前、フィンランドで友だちとどちらがたくさん蚊に刺されるかを競争したら、十分間に左腕だけで、50箇所以上刺されて、みごとに勝ちました。というわけで、マラリア予防は生き死にに関わる問題。すぐれているとされる高い予防薬をせっせと飲みました。ところが、この薬は下痢を引き起こすというやっかいな副作用をもっていることが判明。ロマンチックなはずの旅行が、話の話題は下痢という非常に非ロマンチックになりました。ま、マラリアにかからなかったのですから、幸運でした。その後、蓬がマラリアに効くいうことを知りました。といってもふつうの蓬ではなくて、その類縁種(やはり同じ属で種がちがう)クソニンジンという恐ろしい名前の植物です。こんな名前がついているのは日本でだけですよ。もしかして、この名付け親は、マラリア予防薬の副作用で苦労した人なのかしら、などと勘ぐりたくなりましすが。日本にも種が入って分布を広げ、一時はセイタカアワダチソウのように繁茂したようです。今度マダガスカルに出かけるときには、ぜひこのクソニンジンさまにお世話になろうと思ってます。蓬とは縁は切れないみたいです。大福の話がへんな方向にそれました。
2009/04/03
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日本の包丁、ドイツの包丁 posted by (C)solar08ドイツで暮らしはじめたころ、驚いたことの一つは、ドイツ人がキッチンで小さなナイフしか使わないことでした。そして、リンゴなどをいちょう切りにするときに、四つ切にしたリンゴを片手で持って、「空中で」もう一方の手で薄く切ること。そのときに「土台」(力を受ける箇所)となるのは、ナイフを持つ手の親指です。どういうわけか、まな板に野菜をおいて、薄切りするのは苦手なようで、キュウリなどを薄切りや人参の千切りには、スライサーのような道具を使うことが多いようです。私が人参を包丁で千切りしているのを見て、「連れ」はすかさず、「スライサーを使った方が簡単なのに」と言いました。私だってスライサーはもっています(二つも)が、スライサーを出してきて、羽を取替え、使用後は洗って、ふたたび引き出しにしまう「手間」をかけるよりも、包丁でさっと切ってしまう方が早いのです。これがドイツ人には理解できないみたい。包丁で細く千切りをするっていうことが。といっても、不器用なわたくし、千切りがうまいわけではありません。娘がむかし、「オカアチャン、なんで家の味噌汁の大根はこんなに太いの?阿佐ヶ谷のおばあちゃん(元夫の母です)の大根は糸みたいに細いよ」と厳しいコメントをよこしました。「ウーン、あたしだって努力すれば」と、義母(元)がしていたように大根を薄く、薄く輪切りにしてから細く、細く切ろうとするのですが、義母のようにはいまだにできません。やっぱり不器用なんです。それでもね、ドイツ人よりはできるのよ、私だって。話がそれました。ここでのテーマは包丁。ドイツ人は野菜や果物を切るときには小型ナイフで、肉でもややもすれば小型ナイフ、大きな塊肉や大きな根菜を切るときだけ、包丁を使うようです。ところで、日本ではやたらゾーリンゲンの包丁が賞賛されていて、観光でドイツを訪れる人が買うおみやげナンバーテンに入るのではないでしょうか。私も一つ、私にとっては高い値段で買いました(写真、まん中)。でもね、これを使うのは月に一度もないくらい。塊の肉を切るなど、包丁の鋭さよりも力を必要とするときだけです。包丁研ぎ器でいくら研いでも、刃が鋭くならないし、図体が大きくて重いしで、不便な包丁です。それよりも私が毎日、百回以上使うのは、日本からもってきた菜っきり包丁(写真左。年季が入っているでしょう?)。これは母自身が嫁入りのときに、実家から持ってきた包丁で、それを私が結婚するときにゆずり受け、その後ドイツにも持ってきて使っているわけです。母は出刃包丁とか刺身包丁のほかに、菜っきり包丁を二つ使っていました。一つはふつうの野菜と果物用。もう一つは玉ねぎ・ニンニク用。玉ねぎを切ったあとの包丁は、完璧に洗わないと、次に切る野菜に臭いが移ることがあります。臭いに敏感な父はよく、「このリンゴ、玉ねぎくさい」と母に文句をつけていました。母はにおいに鈍感なところがあって、「えー、私にはにおわない」と返答し、これが父の怒りをリリースして、夫婦喧嘩というよりも、一方的に父が母を責めるという、きわめて忌々しい事態を呼んだものです。こうした経由から、二つの菜っきり包丁が使われることになったらしいのです。私が結婚して、菜っきり包丁が一つになったあと、母がどうしたかは不明のまま、父母ともにとっくに逝ってしまいました。ゾーリンゲンの包丁でも買ったのかしら。いずれにしろ、この母の菜っきり包丁は私には不可欠の道具です。これで肉も野菜も果物もパンも切り、皮もむきます。薄切りも千切りもこれでチャチャッと。こちらで買ったパン用ナイフは刺身包丁のように細長い代物ですが、力が入りません。やっぱり母の菜っきり包丁の方が切りやすいです。冷凍の魚を凍ったまま切ることもできます。ゾーリンゲンよりも、はるかにはるかに優れものなのです。母の死後、実家にあった二つの砥石もこちらに持ってきました。小さな頃、この砥石で包丁を研がされたのを思い出して、ときどき研ぎます。ところでは、近頃ではドイツでも日本の包丁が評価されていて、高い道具を売る通信販売などに、xx作、日本包丁などといって、高い値段で売り出されています。料理好きの娘の夫(ドイツ人)は新婚旅行で日本に行ったときに包丁を買い、今は私の砥石をねらっているようです。わたさないよ。このほか、フライブルクのお茶屋さんで売られていた、安い日本製出刃包丁と刺身包丁もあるのですが、これらの出番もわずかです。刺身をつくりたくても、肝心の刺身のネタになるような新鮮な魚がないので。出刃包丁でおろすような魚もないし、あっても高いし。キッチンナイフ(写真右)の出番はというと、クロワッサン用の生地を切り分けるとき。これだけは、菜っきり包丁ではうまくいきません。先がとがっていないから。
2009/04/01
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