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ヴェランダから見た景色(左) posted by (C)solar08ここ一ヶ月ぐらい、フライブルクでは夕立一、二回を除いては、まったく雨が降りません。どこを見ても青空ばかり。うれしいはずですが、こうも晴天が続くと、雨が恋しくなります。日本で台風に見舞われている方、こんなぜいたく言ってすみません。でも、ベランダの野菜には朝、晩、大量の水をやらなければならなくて、こんなに水を消費して、いいんだろうかと良心が痛みます。シャワーの回数減らそうかしら。ところで、昨晩、このブログにコメントして下さる方のお一人に会った夢を見ました。どなたかは、ヒ・ミ・ツ。まだお会いしたことがなく、お名前も存じ上げていない方なのに、夢に登場してくださったのです。でも、夢の中のその方は、ブログで想像していたイメージとはぜんぜん違う感じで、家庭状況などもまったく違いました。それで、夢を見ながらもだんだん疑いがわいてきて、「もしかして、今わたしがいるのは夢の中では」と思ったのです。さらに夢の中でこう考えました。「そういえば、先日読んだジョイ・フィールディングのミステリー(日本語タイトルわからず)にも、誘拐されて閉じ込められた女の子が、『こんな恐ろしい目に合っているのは現実であるはずがない。これは夢に違いない』と言い聞かせるシーンがあったっけ。このブログの方の変身も夢のはずだから、早く夢から覚めなくちゃ」こうしてと努力して、やっと目を覚まし、さっきの出会いが夢であったことを確認しました。そのあとは眠れなくなって、苦労しました。どうやら、前に書いたプラムの食べすぎで、お腹に「天然酵母」が発生したみたいでした。夢といえば、昔はよく空を飛ぶ夢を見ました。ドイツ人の友人たちはよく、「飛ぶ夢は性的願望に関係している」といいますが、このところ見なくなったということは、いよいよ私も年なのか・・・。いやいや、日本にも昔から、老婆が「女は灰になるまで・・・」と語るという話がありますから、年齢は関係ないはず。もう一つ、よく見る夢は、(ここからは品の悪い話なので、読みたくない方はここでストップしてください)、トイレに行く夢です。もちろん、これは、実際に膀胱が満杯のときに見る夢。高い塔の上にいて、トイレに行けないとか入ったトイレには便器がなくて、それでも床に穴が開いてほっとしたのだが、いつのまにかその穴もなくなっていたとか、金網でできた椅子があって、それがトイレだと言われたとか、大理石の壁にくぼんで椅子みたいになったところがあって、それがトイレだと言われたとかロッカー室がずらっと並んで、これのどこかがトイレだったとかまだまだあります。現実の生活では、空想力がまったくゼロなのに、夢の中ではよくもこんなにと思うほど、色々なトイレが登場し、わたしって本当は空想力も創造力もあるのに、意識がじゃましてるんじゃないか、とまで思い上がってしまいます。ここから夢は、こういうトイレでは用が足せなくて、あせり、あるいは足したつもりでもぜんぜん足した感じがなくて、つらくて目が覚めるという過程をたどります。近頃では、こういう夢が始まると、「ああ、これは夢なのだ。さっさと目を覚ましてトイレに行かなくちゃ」という警鐘が鳴って、目を覚ますようになりました。そう、こういう夢(ドイツ語ではトラウム、Traum)は、夢というよりもトラウマですね。でも、夢という言葉には、眠っている間に見る夢本来の意味と、「夢を見ましょう」とか「夢を捨てないで」といった、「希望」や「願望」という意味の両方がありますね。ドイツ語でも「Traumfrau 夢のような理想的な女性または妻」、「Traummann 夢のような理想的な男性または夫」、「Traumjob理想的な仕事」という言葉があります。このように夢がポジティブなこと、望ましいことという意味に使われるのはなぜなんでしょうね。実際の夢では、私の場合は少なくとも、あんまりすてきなことは起こらなくって(まあ、たまにはありますが、1%ぐらい)、先のトイレ探しはもちろん、ほかにも、知らない町をウロウロして迷子になったりとか、母親がわたしを見捨てて去って行ったりなど、相手に「なぜ私をわかってくれないの」とわめいたりとか、およそ夢らしからぬトラウマに近いトラウムなのは悲しいことです。昔の話ですが、「連れ」の亡父は、「夢のお告げ」にしたがって、宝くじに書き込む数字(こちらは宝くじを買うときに、自分で数字の組み合わせを選ぶ)を、一字変えたために、1千万円以上の賞金をもらいそこねたそうです(これ、本当の話です。それでも五十万円ぐらいもらえたそう)。でも、夢と現実の二つの世界を自分は生きているんだ、と思ってみると、これはこれで面白いです。でも、どっちが現実なのか、わからなくなる時がいつかは来るのかもしれません。これはトラウマ。ヴェランダから見た景色(右) posted by (C)solar08
2009/08/31
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ワイマール、マルクト広場 posted by (C)solar08世界史で「ワイマール憲法」とか「ワイマール共和国」というのを習ったのを覚えていらっしゃる方、いませんか。このワイマール(Weimar,ドイツ語読みではヴァイマー(ルはほとんど発音しない))に行ってきました。ドイツ鉄道のパックで、一泊三日、ドイツの新幹線(っていっても、日本のほどはスピード出ない区間がほとんど)であるICE(アイスではなくて、インターシティーエクスプレスの略)乗車券とホテル代込みで、一人2万円以下というオトクな料金で、このワイマールに行ってきました。ワイマールは旧東ドイツのテューリンゲンという州にある、人口6万人余りの町。ヨーロッパ文化都市に指定された、文化豊かで、美しい町です。ワイマール、観光用馬車 posted by (C)solar08ここの「呼び物」は、ゲーテとシラー。二人とも、この町に長らく住んだので、ゲーテハウスもシラーハウスもあります。町中どこでも、ゲーテ、ゲーテ(たとえばゲーテチョコレートとか)、シラー、シラー。ワイマール、客寄せ用のゲーテ人形? posted by (C)solar08さらにここには作曲家のフランツ・リストも住んだそうです。市の真ん中の国立劇場前にある、ゲーテとシラーの有名な像に、今回行ってみたら、リストが後ろから顔をのぞかせていました。ワイマール、ゲーテ、シラー、リストの像 posted by (C)solar08観光客はびっくりしていました。私もびっくり。今回は三回目のワイマール訪問ですが、前回までは、ゲーテとシラーの二人だけ、リストはなかったからです。前に来たときに、観光名物である、ゲーテが住んだ家(屋内は写真禁止なので、写真なし、屋外は別にきれいではないので写真なし)やシラーの家その他の名所を見学しましたが、今回はそういうのはなしに、ただ町やその周辺を見てまわりました。ワイマール、市立図書館 posted by (C)solar08この市立図書館も、市の中心のマルクト広場にあるのですが、フライブルクの市立図書館なんかよりも、ずっと立派で中はモダン。おまけに、ここにはコインロッカーがあって、しかもお金は戻ってくるしかけ。トイレも清潔で、誰もが入れます。さらに、カフェの日替わり定食は、ちょっと学食の定食に似たもの(この日は魚、ライス、サラダ)で、四百円ぐらい。コーヒーもケーキも安くておいしくて、観光の拠点に使えそうでした(本は借りないのに)。ワイマール、公園のブランコ posted by (C)solar08市の中心には、広い公園もあって、散歩も楽しめます。公園の一角、児童の遊び場にあった、ブランコや木のサイが可愛くて、おもしろい。ワイマール、公園にある木製のサイ posted by (C)solar08これは巨大な椅子。ビルの二回ぐらいの高さがあります。ワイマール、巨大な椅子 posted by (C)solar08ワイマールの良さは、小さい町なのに、ゲーテ・シラーの歴史や文化都市・観光都市としての存在を反映して、市内のあちこちに大小の博物館や劇場があること、また衣服その他のブティックもたくさんあること。もちろん、大型スーパーも進出しているのですが、まだまだいろいろ工夫をこらした小売店があります。こういう小さいお店ががんばることが、市の中心部の活性化につながるのでしょう。下はすてきな花屋さんの椅子です。ワイマール、店先で見かけた椅子の植木鉢 posted by (C)solar08それで、せっかくだからと、小劇場でカバレット(政治や社会を風刺して、観客を笑わせる講談や漫才みたいなもの)を見る(聞く)ことにしました。プログラムで見つけたのが、小さなカバレット劇場。ちょうどこの日には政治カバレットがあるというので、出かけました。ワイマール、カバレット小劇場 posted by (C)solar08入ると、むっつりした男性が飲み物を売っていました。客席にもテーブルがあって、観客は飲みながら観賞できるからです。お客は全部でたった十人余りでした。これはなんだか雰囲気悪いなあ、とひそかに思いました。上演開始の午後八時になると、先のビールや切符を売っていた男性が、おもむろに、さっきわたしたちが入ってきた入り口のドアを閉めて、内側から鍵をかけました。「ウッ、わたしたち閉じ込められた」それから男性は客席から舞台を通って、舞台裏へ姿を消しました。鍵がジャラジャラいう音が聞こえてきます。しばらくすると、彼が舞台に登場しました。舞台上の小さな椅子にすわると、政治について、解説するみたいな口調で話しはじめました。言っちゃ悪いけど、彼の顔は面白みがないんです。口調も面白みがないんです。話も新聞・雑誌・ニュースで知っていることばかり。肝心の風刺のポイントは、たまにクスっとぐらいはできても、笑えるほどには面白くはないんです。同じツマラナイ冗談でも、プレゼンテーションのしかたや、する人のそぶりや口調によっては面白くなったかもしれないけれど、このむすっとした顔の人が紋きり型の口調で、ただ話しても、笑いようがないんです。たぶん、覚え込んだセリフを、やっとのことでくりかえしているだけなのでしょう。十分たつともう苦痛でした、聞いているのが。ちょうど学校や大学のつまらない授業のようです。授業なら、眠ってしまうという手があるのですが、眠るほど眠気にはおそわれないので、話を聞いてしまい、ひどい冗談(冗談にもならない冗談)にしらけてしまうのです。客席は静まりかえっています。感動して静まりかえるのではなくて、心の中でみんなイライラして静まっているという感じ。落語家やお笑いの人が、新米のときに経験する雰囲気かもしれませんね。三十分たったところで、いったん休憩となりました。講談師は入り口のドアの鍵を開けました。そしたら、前列にすわっていた六人のお客、すべてが出て行って、そのまま戻ってきませんでした。残るは数人の客だけ。講談師も辛かったでしょうが、わたしたちも辛かったです、後半を聞くのが。ついに、辛い授業のような一時間が過ぎて、ほっとして、劇場を出ました。あのあと、あの男性、一人泣きしたかもしれません。本当は言ってあげたかった。「あなたはカバレットには向いていないわよ。早いところ商売変えした方がよい」と。今回の体験で。何事も努力で成功させることができるはずとはいえ、あることに向いてない性格とかそぶりとか外見というのはあるのかもしれない、と見方が変わりました。そう考えると自分のことも反省してしまいます。私のしていることも、自分には向いていないことなんだろうな、と。いまやもう遅いですが。それとも、そういう私の考えがまちがっていて、この人だって、もっと経験をつめば、ただ覚えたことをくり返すのではなく、楽しげに、余裕をもって、「演じられる」ようになるのかもしれません。彼のためにはそうなることを願ってしますが。
2009/08/27
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ヴェランダのピーマン乃至パプリカ posted by (C)solar08暑い暑い。この10日くらい雨がまったく降らず、フライブルク市の気温は日中は30度を越え、今日がピークで、最高気温37度になると言われています。といっても、湿度が50パーセントにも満たないので、東京の夏とはちがいますが、それでも、暑い、暑い。夜中は窓を閉めなければならないほど涼しいので助かります。もちろん、こういう日はそれほどないので、クーラーはたいていの家にはないというか、まだ必要なさそうです。でも、この暑さのおかげで、ヴェランダの野菜は好調です。ピーマン(こちらでは何でもパプリカと呼ばれています)が10個以上の大小の実をつけ、不調だった日本のナスも、やっといくつか食べられました。米ナスとちがって、皮がやわらかくて、生でも食べられるのがうれいしいです。ヴェランダの日本ナス posted by (C)solar08ところで、ダマスクプラムって知ってますか。ドイツ語ではツヴェッチュゲンと呼ばれます。ダマスカスが発祥なのでそう呼ばれるらしいのですが、つまりはプラム(プルーン、スモモの栽培品種の一つ)で、スモモよりも小型(たて3から5cm、幅2から4cmぐらいの楕円形)です。ダマスクプラム(Zwetschgen) posted by (C)solar08これをドイツで最初に見たときには(当時は、今よりも全体に小粒でした)、ブドウのピオーネの大きいものかと思いました。姿形がそっくりだったからです。でも、食べてみると、質感は似ているものの、ピオーネのような香はもちろんしなくて、甘酸っぱい味。熟しすぎていないものは、こりっとしていますし、熟したものはかなり甘い、ネクタリンのような味。このダマスクプラムの木が一本あるだけで、ものすごい量のプラムが収穫できます。熟すのが早く、収穫するとすぐにカビが生え始めます。よく作るのが、パン生地のような生地の上に並べて焼いたケーキ(ツヴェッチュゲンクーヘン)。甘酸っぱさが好きな人にはお薦め。泡立てた生クリームを添えると、味がぐっと引き立ちます。Zwetchgenkuchen(ダマスクプラムのケーキ) posted by (C)solar08そのほかはシナモンと煮て、コンポートにして保存しました。昨日は久しぶりにアーティチョークを茹でて、葉を一枚一枚はがしては、その芯の部分をアヴォガドのディップにひたして、歯でこそいで食べました。アヴォガドのディップはニンニクたっぷりで、それ自体ではおいしいのですが、アーティチョークにはアヴォガドなしの、オリーブ油・酢・塩・胡椒・砂糖少々・ニンニクだけのソースの方がさっぱりして合うような気がしました。アーティチョークとアヴォガドソース posted by (C)solar08そしてまたしても夕焼。ヴェランダから見た夕焼19.08.09 posted by (C)solar08一昨日の夕方(といっても、これは午後八時ぐらい)、すばらしかった。南の島で見たそれよりも、激しく緋色で感動的でした。
2009/08/20
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パン・ブリエ posted by (C)solar08ハナさんのパン・ブリエを見て、そのクープの美しさと生地のリッチさにあこがれ、作ってみました。ハナさんのレシピは、牛乳と生クリームが半々だったのですが、牛乳を購入することがほとんどないなのと、ドイツでは生クリームがとても安い(一番安い製品は200gで40円ぐらい、純生クリームです。これでは乳業農家が怒るわけです)ので、生クリームだけにしました。砂糖も多目に入れ、バターも多目にしたので、結果(上写真)はブリオッシュのようにリッチに。「連れ」からは「ケーキの代りなる」と言われました(それはちとおおげさよ)。断面とドイツ(フランス)版パン・ブリエの写真 posted by (C)solar08クープは最初からあきらめていたので、こんな無様でもがっかりしないですみました。うれしいのは、もちが良いこと。冷蔵庫で今日はもう四日目ですが、まだおいしいです。ところで、このパン・ブリエ、名前からするとフランスのパンなので、本家本元ではどう作られているのか、知りたくなりました。ネットで見ると、フランスやドイツのには、ほとんど登場しません。やっとわかったのは、これがノルマンディー発祥の、「皮の厚い白いパン」ということぐらい。なおも調べて、行き着いたのが、ドイツのパン焼き愛好家の間で話題になっている。下の写真のような本。「パンと焼き菓子」という本 posted by (C)solar08この本にパン・ブリエのレシピもあると知って、本屋へ直行。この本は、フランスで修行をしたパン焼き職人の著者が、捏ねその他の基本をくわしく紹介していて、レシピにはドイツの典型的なパン(胚芽や麦の皮などがたっぷりの茶色のごつくて硬いパン)のほかに、バゲット、クロワッサンなどもあります。ちなみに、本屋で、ついでに別のパン焼きレシピ本をいくつかめくってみたのですが、あきれましたよー。だってね、たとえばバゲットの焼き方では、材料の表示のほかには、「材料を混ぜ、(捏ねの時間など書いてない)、一時間(本によっては30分)ねかして、成形をし(成形のしかたも、ベンチタイムも、何もなし)、xx度に予熱したオーブンでxx分焼く」ぐらいしか書いてないのです。一次発酵が30分なんて!で、上の本が一番「まし」らしいので、たいまい25ユーロ(約3000円)は痛いけれど、買ってしまいました。さすがにこの本は、バゲットについても、それぞれの過程をくわしく、そしてポーリッシュやオートリーズその他の方法も、書いてありましたが、それでも気泡の出し方とかクープの仕方は書いてありません。誰もあまり気にしないのかもしれません。おもしろいのは、バゲットにかぎらず、クープ一般について書いてあったこと。昔(電気がない時代)は、それぞれの家庭にパン焼きかまどがなかったので、村の中心にパン焼き場があって、それぞれが成形した生地をもって来て、そこでかまど(もちろん薪です)で焼きました(前の記事で書いた「フランスの田舎家」は、村人がパンを焼くためのかまど跡があります。修理すれば、いまでも使えそうです)。それで、焼きあがったパンが誰のだかごちゃごちゃにならないように、それぞれの家が自分用の印とか模様をクープしたのだそう。下の写真はその例です。本に出ているクープの色々 posted by (C)solar08これは、この本の著者であるパン職人の手になるものですが、素朴な感じがいいでしょう?あんまり整っていなくてもいいんだ!と安心しました(なんて、これも言い訳ですが)。そしてパン・ブリエについてですが、パン・ブリエはノルマンディーの船乗りたちが、航海に出るときにもっていったパンなのだそうです。特徴は、水分が少ない生地をこねて気泡をしめだすことで、固い生地なのに、できあがりがふんわりするところが、ふつうと逆なのだと書いてあります。この本のレシピでは、卵も生クリームも砂糖も入ってなくて、バターを加える点と、水分が少ない点が、ふつうのカンパーニュなどのパンと異なっている点でした(上の断面の写真の奥にちらっと見えるのが、この著者が焼いたパン・ブリエ、クープは男性的というかおおらか)。でも、これなら、日本のハナさんのレシピの方がおいしいわ。料理やパンやケーキって、国が違うとそれぞれの国の人の好みに合わせて、変わることはよくあります(例、ドイツ人に合わせたらしい、こちらのレストランの中華料理はどれもみな同じ味で、おいしくない)。ハナさんのパン・ブリエはフランスから日本に渡っておいしくなった例ですね。ただし、本来のパン・ブリエはこういうリッチな生地を意図しなかったのでしょうが。船乗りはそんな甘ったるいことは言ってられなかったでしょうし。ともあれ、私たちにとってはおいしく変わってよかった。でもね、ぎょっとしたのは、本の最後の方に出ていた「寿司パン」。寿司パン!(Sushigebaeck) posted by (C)solar08著者は日本酒が好きなのだそうで、今ではドイツの日本レストランでもおいしい高級な日本酒が飲めるようになったといって、喜んでいます。そこで彼が思いついたオリジナルレシピが寿司パン。小麦粉の生地に酒をふり、海苔を巻き込んで、海苔巻きをイメージしたようです。こっちの人って「スシ」っていうと、海苔巻きだと思っている人(あるいは刺身がスシだと思っている人)、いまだに多いです。トッピングはゴマです。つまり、寿司パンは日本のイメージがヨーロッパに渡って生まれたパン。パン・ブリエとは逆コースをたどったのです。でもね、私はこれ、全然試してみたくないです。でも、どなたか試してみたいかたには、レシピをお知らせします。私には日本版Pain Brieの方がずっと魅力があるなあ。の
2009/08/17
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オリーブ油で作ったアーモンド粉入りハチミツ石鹸 posted by (C)solar08ずーっと前から粉石けん(ヤシなどの植物や動物性の脂肪からつくられた石けん)を使っています。合成洗剤で手が荒れて、指紋がなくなるほどまでになったときに、ちょうど粉石けんに出会っていらい、x十年のお付き合いです。粉石けんに変えたとたん、数日で手荒れがすっかりなおったのです。ところが、昨年、マレーシアに行って、愕然としました。ボルネオ島のジャングルの多くが、パームヤシのプランテーションに変貌していたのをこの目で見たからです。オランウータンなどの生息地はますます少なくなり、希少な植物もますます希少になっています。ボルネオ島だけでなく、東南アジアの森の多くがそうなっているのは、よくニュースで報道されています。それまでエコだと思っていた粉石けんも、熱帯林の破壊につながっているというわけですが、だからといって、石油からつくられる合成洗剤も水を汚すだけでなく、原油採掘から生産までの過程で環境を汚すなどなど、弊害はたくさんあります。そもそも、石油はいずれは枯渇するわけですし。ということは、どちらも理想的ではないどころか、自然や環境に害をあたえていること。私一人であがいたり、悩んでもしょうがないのですが、つくづく、人間って、存在するだけでも、他者、地球に迷惑をかける存在なのだと思います。そんな「罪の意識」を少しだけなだめるために(っていっても、別にこれで問題解決するわけじゃあありませんが)、古油で石けんをつくるようになりました。本音をいえば、環境のためというよりも、「手づくり石けんは、保湿分がそのまま含まれているから、肌にもよい」という言葉にひかれてでもあります。工業的につくられた石けんは、貴重なグリセリンを取り除いて、他の工業に使うので含まれていないのが、自分でつくれば、グリセリンはそのまま残るのだそうです。ちなみに、石けんの手づくりは日本の方が盛んのようで、ドイツのネットにはほとんど見つからなかった作り方が、日本のネットではいくらでも見つかりました。私は天ぷらなどの揚げ物をしないので、古油はあまり出ません。ちょうど友だちが、古くなって使えなくなったオリーブ油をたくさんもっていたので、それをもらいました。石けんづくりに必要な水酸化ナトリウムを入手するのも日本(薬局に免許証などの身分証明書をもっていけば買えるそうです)ほど簡単ではなくて、苛性ソーダを置いている薬局を見つけるのがたいへんでした。製法はいろいろなネットで紹介されているから、ここでは控えますが、基本的には苛性ソーダを水に溶かし、それと油脂を合わせて、湯煎にかけながら長い時間ひたすらかきまぜ、型に入れて、じっくり固めるだけです。完全な石けんになるには、数週間かかりますが、一度に大量に作っておけば、何年分もの石けんができます。はじめてつくったときには、混ぜ方が足りなかったらしくて、あとで油分が少し分離してきましたが、それでもちゃんと使えました。二度目につくった石けん(写真)は、オリーブ油のほかにアーモンドの粉とかハチミツを適当に入れて、型に入れたあとも、ちょっとかきまわしました(するなと書いてあるのですが、してしまった)。これは正解で、あとになって分離することもありませんでした。この石けんで顔を洗うと、「やさしい手づくり石けん入門」(合同出版)という本に書いてあったとおり、本当に肌がツルツルになるから、驚きです。それに成分がわかっているというのがうれしい。ネットを見ると、すてきな型に流して、すてきな色をつけて、完ぺきな石けんを作っている方がたくさんいらっしゃるようですが、そこまで凝る気はなくて、わたしはこの程度で満足しています。型から出し、切り分けて、面取りをしたときに出るクズは、容器に水といっしょに入れて、台所用洗剤に使ったり、洗濯や掃除にも使えますから、まさに万能石けん。今でも洗濯や掃除や食器洗いにはエコ石けん(つまりはパームヤシ油脂原料)をまだ使ってはいますが、シャワーや洗顔には、この手づくり石けんだけ。これで垢もすんばらしく取れます。アーモンドの粉もピーリング材として働いてくれているみたい。石けんの手づくりは揚げ物で油がたくさん出る方には、とくにお薦めです。というのも、一度揚げた油の方がうまく石けんができるそうだからです(くらべてみたことありませんが)。
2009/08/14
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シイラさんのブログでBon Danceが盆踊りであることに気がつかなかったトロイわたしですが、盆踊り、実は大好きなんです。上野の池之端が実家から近いので、この季節になると、盆踊りミュージック、つまりは東京音頭などが聞こえてきました。子どもの頃には、これが聞こえてくると、別に東京音頭が好きなわけでもないのに、心がワサワサし、お腹がモゾモゾして、いてもたってもいられなくなりました。あの響きって、独特のものがあるように思います。とくに太鼓がね。「ポポンガポン、カラカッカ」っていうリズムと響き。べつに、踊れるわけではなくて、ただあの雰囲気を楽しみたいがために、近くの神社の盆踊りや、時には池之端弁天さまのところで開かれる盆踊りを見に行ってました。踊れないし、踊る勇気はないし、屋台のイカなどを食べるのも親から禁止されていたので、ただ見るだけなのですが、それでも、その場の雰囲気にひたるだけで満足でした。東京音頭を踊る機会に恵まれたのは、二、三年前に当地、フライブルクでのことです。毎年、五月に当地の日独親善グループみたいな団体が市民会館で開く催し物で、お琴やお茶などの日本の文化のデモンストレーションがあるのですが、ある年の催しでは、日本からいらした着物姿の叔母様たちが、東京音頭を実演し、そのあと観客たちに教えてくれて、みんなで踊ることになったのです。客席にもいくらか日本人は混じっていますが、たいていの観客はドイツ人。想像してみてください。ドイツの老若男女、子どもなど誰もが席を立って、東京音頭を踊っている様子を。私ももちろん、いっしょに習いましたよー!忘れっぽい私は、踊り方をすべてまた忘れてしまいました。いまだに民謡(っていうのでしょうか)で踊れるのは、小学校で習った炭坑節(三池炭鉱に月が出るっていう、ものすごいレトロな歌)だけです。これだけは身にしみついていますが、この「能力」を発揮する機会は、こちらにはありません。いいなあ、盆踊り。みなさーん、私の分も盆踊り楽しんできてねー!!!
2009/08/12
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バゲット posted by (C)solar08ちょっとここをクリックしてみてください。すごいでしょ?穴だらけ。気泡だらけ。これはドイツ人のブログ。Einervonuns(私たちの一人という意味)というハンドルネームの男性が「どうだ、こんなに気泡があいたぞ」と見せているチャバタです。チャバタだから気泡が開きやすかったのかもしれませんが、それにしてもすごい。説明によると、ドイツ産の粉を使ってポーリッシュ法で作ったチャバタ。コツは、ハンドミキサーかスタンドミキサーのニーダー(らしい)で7分捏ね、一次発酵でパンチを入れるときに、左右、上下をたたむ点のようです。ところが、このブログにコメントした人の一人、Ketexというハンドルネームの男性は、フランスの粉(私も使っているタイプ65)で、なんとニーダーで20分も捏ねるとよいと主張していて、この二人の間で何分捏ねる、ドイツの粉かフランスの粉かで議論を戦わせているのです。それで、私も試しました。これまでもハンドミキサーで捏ねていたのですが、7分も捏ねるとミキサーが過熱するので、せいぜい三分ぐらいでした。しかたがないので、今回は休憩を入れて、機械を冷やしながら7分ほど捏ねました。水分が75%なので、パンチのときにたたむのには苦労しました。これで焼けたのが、上の写真。断面は下の写真。バゲット posted by (C)solar08なんだがっかり。Einervonunsさんのみたいな気泡は開きませんでした。チャバタのような平べったい成形ではなくて、バゲットにしたからかもしれませんが(言い訳)。でも、たしかに今までよりはいい感じ。なんだ、パンの基本、捏ねがこんなに大切なのに、それをこの二十年軽視していたというわけ。でもね、ハンドミキサーの過熱の問題があるから、もっと力強い「キッチンエード」を買っちゃおうか、でも高いし(ドイツでも7万円ぐらい)、場所はとるし、くよくよ。歯の根の治療で7万円出ていったばかりだし、くよくよ。Einervonunsさんのプログでの議論を読んでいる中で、「このレシピはHamelmanのなんとかに準拠」と書いている箇所に出会って、このキーワードでググルってさがしたところ、アメリカ人のスティーヴという人のブログに到達しました。この人が焼いたバゲットの写真を見ると、完ぺきな気泡、完ぺきなクープです。けれども、彼はこう書いています。キッチンエードなどのスタンドミキサーでは大量の生地全体にニーダーが到達せず、本当はハンドミキサーのニーダーがよいのだけれど、自分はこれを持っていないので、手で捏ねるのだと。結局、手で捏ねるのが一番だとか。捏ねるシーンのビデオも出しています。そうか、高いミキサーは買わなくってもいいのね。でもね、不器用な私の手では、生地がへばりついて、絶対に捏ねられそうもないから、やっぱりハンドミキサーね。では、過熱の問題はどうする?ハタと思いつきました。ハンドミキサーは安いから、もう一台買って、二つを交互に使えばよいじゃない!今までこれに気がつかなかったなんて。これまで使っていた安値のボッシュのハンドミキサー(二十年使っても壊れません)は100Wでしたが、今回はブラウンの500Wという強力なのを買いました。値段はキッチンエードの十分の一でした。さて、どうなるかはまだ実験していません。ところが、こんな私の気泡熱を冷ますようなバゲットにも出会いました。これまでフランスの田舎家に行ったときには、近くのボルボンヌという温泉町にあるブーランジェリーでバケットを買っていました。ここはいつもお客がいっぱい。一本100円ほどのバゲットは完ぺき。カリッとしていて、気泡たっぷり、クープもお見事。でも先日は、このお店が休みだったので、別のパン屋で買わなければなりませんでした。ここの店のパンがすばらしい、とコートダジュール(紺碧海岸)から来たあるフランス人お薦めの店です。でもね、ここのバゲットのクラムはまるで私が焼いたみたいに気泡が小さいんです。それでも、プロが焼いただけあって、クープはきれいに開いていますが、皮がカリッとしてなくて、薄くて、つまりはフワフワの白い細長いパンです。こういう食パンのようなバゲットを「こんなにおいしいバゲットはコートダジュールにはない」とほめちぎるフランス人もいるのですから、好みって本当に色々ですね。だから、本当は気泡、気泡とあせる必要はないのかもしれません。でも、もうこれは意地なのよね。どうしてほかの人にできて、私にはできないのか、努力すればできるはず、という意地。冒頭で紹介した気泡だらけのチャバタに対しては、「このパンにどうやってジャムぬるの?」とか「これはパンじゃなくて、気泡だけじゃない?」といった意味のコメントがたくさん寄せられ、あまりほめるコメントはないみたいでした。でもね、一度はこういうの焼いてみたいわ。
2009/08/09
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人が話すことの多くが、過去の出来事(何年も前のこととか、昨日とか、数時間前に起こったこととか)ではあるとはいえ、子ども時代の思い出ばかり話すのは、歳をとった証拠なそうですね。いやだなあ。「よし、昔の話はつつしもう、」と決心はしたのですが、また一つ、思い出してしまいました。まあ、夏だから、ちょっと恐い話を。小学校は東京の根津というところにありました(今もあります)。当時は小学校の裏の台地に空き地があり、そこが裏山と呼ばれていました。位置的にいえば、東京大学の農学部と根津神社の間ぐらいのところです。ここには、ときどきクラスみんなで出かけることがありました。草が茂り、大きな木々もあって、都会の真ん中の子どもが自然に接するには良いところでした。この空き地の隅には、古い蔵のようなものが建っていました。使われてはいないようで、半ば廃墟のような家です。この蔵のことを、学校付近に住んでいる子どもたちは「お化け屋敷」と呼んでいました。「ここにはときどき、こわーい、強盗みたいなのが来るんだよ」といった噂は、私の耳にも入りました。私自身の実家は根津ではなくて、根津から東大の方向に行った弥生というとろににあります。東京大学の本郷キャンパス(東大構内)と、その一部である浅野キャンパスの間の小さな地区です。それで、学校が終わると、私だけは根津や谷中の方向ではなくて、逆の方向に一人で歩かなければなりません。低学年の頃は、どうせ仲間はずれだったので、それはどうでもよかったのですが、高学年になって、友だちができると、友だちと学校前でわかれるのが悲しくて、ときには根津に住む子どもたちといっしょに、歩いて行くことがありました。ある日のこと。どしゃぶりの雨で、空も暗い午後でした。気がついてみると、根津神社の正面入り口の前で、かさをもって一人で立っていました。根津神社は、子どもたちの遊び場でもあり、学校から写生に行く場でもあったりして、とても身近な存在でした。ツツジ園が有名な、古くて美しい神社です。でもその日はすごい雨でしたから、根津神社で誰と何をしていたのかは、まったく記憶にありません。気がついたら、ひとりだったのです。あたりに人はいませんでした。家に帰るには、根津神社からいったん学校の方へ戻り(地下鉄根津駅の方向)、言問通りの坂を本郷通り方面へと登るのが「正規のルート」です。でも、そのときはどういうわけか、近道をしたくなったのです。近道というのは、根津神社の前の道をちょっと行ったところにある、暗くて細い石の階段をのぼって、「裏山」にのぼり、そこを斜めにつっきって、言問通りの坂の上に出る、というルートです。目の前の暗い階段を見て、気持ちがすくみました。「もし、階段を昇っている途中に、上から恐いオジサンとかが降りてきたらどうしよう」と想像して、恐くなったのです。それなのに、(これが自分でも理解できないところです、恐いのに何かしちゃうの)、かさをさしながら、そのものすごく暗くて細い階段を昇りはじめました。と、そのときです。上から暗い影が降りてきました。ぎょっとしてみると、中年(子どもの目から見たので、はっきりしませんが、三十代半ばから四〇歳ぐらい)の背が高めの男性が、やはりもちろんかさをさして、降りてきたのです。背広などは着ておらず、セーター姿(黒っぽい緑)でした。私はドキドキしました。この男性と、この狭い階段ですれちがわなければならないのです。当時というか、もうちょっと前には、まだ「人さらい」という言葉や噂がありました。おとなが子どもに「そんなことをすると、人さらいに連れていかれちゃうよ」みたいな使われ方の人さらい。実際、もっと幼い頃、家の前に立っていたら、あやしげな男性から「コッペパンあげるからついておいで」と言われて、大急ぎで家の中に飛び込んだことがあります。そんな記憶と、「お化け屋敷」の噂と、あたりの暗さなどが重なって、恐怖は頂点に達しました。それでも、引き返せば、かえって相手を刺激する(いや、相手はクマじゃないんだから、そんなことはないはずですが)という「理性」が働いたのか、気持ちが金縛りにあったのか、私は階段をそろりそろりと昇り続けました。この間、実際は数秒のことです。気持ちはスローモーションで動きますから。ついに男性と私がすれ違う接点まで来たとき、わたしは足早にすり抜けようとしました。ところが、「アッ」この声は両者から発されたものです。私の傘の先(ぽつぽつした部分)の一つが、この恐い男性のセーターに引っかかってしまったのです。足早に通りすぎるどころか、私は男性と体がすれすれのところで、立ち止まらなければなりませんでした。男性はすっごーくいやな顔をして、舌打ちしながら、セーターに引っかかった私の傘の先をはずしました。この間、数秒以上。それから、男性は無言で階段を降りていきました。「すみません」とか何とかモグモグ言って、私は大急ぎで階段を昇りました。そのあと、お化け屋敷のそばをどう歩いたかは、覚えていません。まだ心臓がドキドキしていて、あたりのものは目に入らなかったのです。あー、私が可愛い少女でなくて、よかったー!!っていうか、あの男性は無害なただの人だったという可能性が一番高いですが。あんまりスリリングな話でなくて、すみません。根津神社やこの周囲の根津・谷中・千駄木(谷根千)にはまだ昔の下町風情が残っていて、とても楽しい町。ぜひ、行ってみてください。同級生の一人はいまだにかばん職人として、この町で男性用の高級カバンを手で縫っています。
2009/08/01
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