2006年03月10日
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山崎 正和著  『柔らかい個人主義の誕生 消費社会の美学』  1987 中央公論社 p.65

ポスト産業時代としてサーヴィス、情報化社会と言われてずいぶんたつが、この本で山崎は果敢にその情報やサーヴィスが社会やひいては自己への対峙の仕方にどのように影響を与えるのかを考察している。
その中で、サーヴィスとは効率的な生産と対極にあり、欲望を貯める、あるいは時間をかけて消費するためのツールとして解説する。
その上で、産業時代のブルジョワとプロレタリアの二極構造が崩れ、すべての人がサーヴィスを提供し、サーヴィスを享受する「サーヴィスの交換システム」の構築が必要だと説く。

「多数の人がなま身のサーヴィスを求めるとすれば、その提供者もまた多数が必要とされることになるのであって、結局、今後の社会にはさまざまなかたちの相互サーヴィス、あるいは、サーヴィスの交換のシステムが開発されねばなるまい。」

かなり唯物論的弁証法で攻めてきているので、にわかには賛同しがたいところはあるものの、かなりスリリングな論理展開だ。
生産側の論理(効率主義)を推し進めた通貨や流通システムに変わるものとして、消費者の論理によるサーヴィスの交換システムの開発が必要となると言うわけだ。
そこで、通貨や流通が地域を限定しないのに対し、(なま身の)サーヴィスは必然的に地域を限定するから、そういう意味でこれからの時代、「重要な役割を負うのは地域社会」だと主張する。

「交換されるものが物質や映像でなくて人間のサーヴィスである以上、そのための市場は、人間が身体的に手の届く適当な大きさに制限されねばならない。」



「現代の地域社会が文化的な紐帯によって結ばれつつある、という現実を紹介したが、逆に言えば、現代の文化サーヴィスは必然的に地域社会の充実を要求しつつある、ともいえるのである。」

地縁、血縁、政治、宗教などなど、これまで強い影響力を持った帰属集団に対し、「柔らかい個人主義」が自己の責任で選択できる地域社会という文化サーヴィスを共有あるいは交換する集団がポスト産業時代には必要となり、かつ、国家や宗教など一元的な帰属ではなく、複数の集団への帰属により、多層的に自己アイデンティティがつむぎ上げられていく。
とすればやはり、多面的、多層的な視野と、経験を考察する能力が必要となり、そこに責任を持てるような個人を育てていくことがこれからの教育で必要とされる。
恐らく教育者は、ある特定の分野のスペシャリストであることだけでは成り立たず、この世の事象を横断的に観察できる能力を要求されるだろう。
その中で街並みのようなハードも一元的な、あるいは均質的なものではなく、多層的な様相を呈していくことになるはずだと思えてならない。





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最終更新日  2012年04月16日 15時40分05秒
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