2006年03月28日
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ジュンパ・ラヒリ著  小川 高義訳  『停電の夜に』  2005 (株)新潮社 p.32

「夫婦、家族など親しい関係の中に存在する亀裂を、みずみずしい感性と端麗な文章で表す9編。ピュリツァー賞など著名な文学賞を総なめにした、インド系新人作家の鮮烈なデビュー短編集」

これは、この本の後ろに書かれていたこの本の紹介文の一部である。
で、なんとなく気になったので借りてみた。

この「停電の夜に」は電気の修理により毎晩1時間だけ停電となったとき、お互いそれまで隠してきたことを一つずつ打ち明けあうことにした倦怠期を迎えた夫婦の話だ。
その中で夫は35歳なのに博士課程で勉強している学生という設定だ。
彼は以前、試験でカンニングしたことを妻に告白する。
で、その理由を言い訳がましく説明するのであるが、そのときの妻の返事がこれだったのだ。

「理由まで言わなくていいのに」


実際、その告白を聞いた妻は夫の腕を取り肩に寄りかかりながらこのせりふを言ったので、そういうシチュエーションだったのだと思う。
でも本当は、理由を述べる夫を潔しとしない妻の非難だったのかもしれないと、結末を知ると思えてくる。

考えてみるとこの理由というやつは、安定した日常社会を送る上でとても重要な役割を果たしていると思える。
事件が起こったときの犯人の動機とか、事故が起こったときの原因とか、そういうことをぼくらは知りたがる。
そこに因果関係を認めることによって、日常生活の境界線を確認して安心する。

この日常の境界線の確認作業というものは、即自的なものに対してはイレギュラーな事象に対して比較的柔軟に対応していくことができると思う。
たとえば、体の調子が悪いとき、病院へ行って原因を突き止めれば因果関係を境界内に内包できる。
放っておけば治るといって病院へ行きたがらない人の場合でも、それで治ればそのイベントは我慢すれば治るものとして内在的に処理され、その人にとっての日常の境界線は守られる。
治らなくても、その状態が日常へと還元され、理由など必要としなくなればやはり、境界線が侵されることはないだろう。

日常の境界線が侵されると人は不安を覚えるのではなかろうか。
先程例を挙げた病気の場合、一向に治る気配がないのであれば、医者にかかろうが、かかっていまいが不安になる人は多い。

末期がん患者へのケアを考えてみるとわかりやすいが、病気の治療というよりは、いかにおだやかに生活できるかをケアすることが今日問題とされている。
そのときに痛みの理由など聞かされても、なんの役にも立たないだろう。
これはあくまでもぼくの想像の域を出ないが、生きる行為に真摯に向き合い、そこに人間としての喜びを見つけることが大事なのではないかと思う。
生きる行為に真摯に向き合うというのは、いまぼくらを取囲んでいる事象をありのままに受け入れることなのではなかろうか。
この境地からネガティブなせつな的生き方とは違う「今を楽しむ」生き方ができるのだと思う。


世の中、理不尽なものを含め(というよりそちらの方が多いかもしれないけど)様々な理由が交錯している。
そのひとつひとつを解きほぐし、局所的に対処していくこともそれなりに有効だとは思う。
しかし、あまりに局所的であると、その原因に対して有効ではあっても、他の問題の原因となってしまうことだってよくあることだと思う。
つまり価値判断基準がどうしても偏りがちになってしまうのだ。
「今を楽しむ」ということは、突き詰めていったときに実は、他者存在としての自己と向き合うことへと昇華されるのだとぼくは思う。
そうすることで今ぼくらを取囲んでいる事象を平静に概観することができ、その中ではじめて、価値観というものを共有することができるのではなかろうか。





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最終更新日  2006年03月29日 02時16分05秒
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