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習っている狂言の現在の演目は「萩大名」。素人が取り組む演目としては、見る人におもしろさを伝えるのが、難しい部類に入るかもしれない。大名がどこかに出かけたいというので太郎冠者は、見事な庭園を持つ屋敷に案内する。そこでは庭園の主が客人に和歌を所望するのだがこの大名はそういう素養が全くないもので太郎冠者があらかじめ歌を教えておき、それを大名に披露させようとする。しかし大名は全然思うとおりに覚えてくれない。大名が次々に繰り出すまじめなボケに太郎冠者は対処させられる。この、太郎冠者が私の役だ。狂言でよくある設定としてお屋敷の主人とそれに仕える太郎冠者、というものがあるが、「萩大名」の太郎が仕えるのは大名で、普通に設定される主人よりも格上だ。大名に仕える太郎冠者の台詞は他の太郎と比べてなんとなく重い、というかこの演目の太郎は「名参謀」という感じで冷静沈着で、あげくの果てに、物覚えの悪い大名を少しこらしめようとする。これまで何本か演目をやったけどこの太郎冠者がなんだか演じやすい。きっと先生がその人に合いそうな役を選んでくださってるのではと思う。だいたい天真爛漫に、ばかものうつけものとなってはじける役には苦手感がある。かといって、人の上に重々しく立つ役もできるかどうか不安だ。この太郎冠者は大名に対する台詞や動作によってお客様を笑わせる要素は持っているけどたぶんそのたたずまいは冷静風に「静」で演じてもよさそうだ。はじける役より、こんな感じの役の方が、私にはやりやすい。これまでで一番台詞が多く、動作も難しそうなのだがなんだかやる気になっている。これがうまくできたら次は「人」から少し離れたものをやってみたいような気がする。山伏とか物の怪とか神様とか、そういうのを。
2006.03.30
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マガジンハウスの雑誌「ku:nel(クウネル)」。そこに連載されているお弁当の献立を紹介したコーナーが本になっていたので借りてきて読む。世にあふれるお弁当レシピ本は見た目もきれいで栄養バランスがよく味ももちろんおいしいしかも短時間でちゃちゃっとできて晩ご飯の残りを有効活用することも忘れずにといった感じの素人には申しわけなくならんばかりの達人的本が多い。でも、この本に紹介されているお弁当は普通に世の中で働く人たちの日々のお弁当。もちろん、どれもそこそこうまくきれいに作ってあるけどきれいにすぎず凝りすぎず好きなものをできる範囲で好きなように調理してますという具合でそれぞれこだわりの調理法や容器もあわせて紹介されていて読み物として読んでもなんだか和む。ゆでただけ、焼いただけ、というレシピが多いのも親近感が湧く。お弁当ってめったに作らないけどこの本に載っているような感じにあんまり力をかけずでもあくまでも自分の食べたいものだけを詰めていけたらいいなあと思う。そしていつしかごくごく普通に作ってました~って言えたらよいのだけど、一分一秒を惜しんで寝てしまうほうなのでまあ難しい。http://kunel.magazine.co.jp/book/bento/index.jsp
2006.03.28
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作詞は松本隆(だったのか!)。70年代に太田裕美が歌っていて漠然とかわいらしいイメージの歌、としか思っていなかったが、椎名林檎が数年前にカバーしていたのを思い出して気が向いたので先日カラオケで歌ってみた。都会へ向かって旅立つ恋人その帰りを待つ彼女でも恋人は帰ってこない都会でどんどん変わっていくことを許してほしいという彼に彼女が最後にねだったプレゼントが木綿のハンカチーフ。しかもそれは涙を拭くための木綿のハンカチーフって…こんなに暗い歌とは知らず歌っていて画面に現れる歌詞にがく然とする。 あなた 最後のわがまま 贈りものをねだるわ ねえ 涙拭く 木綿の ハンカチーフ下さい ハンカチーフ下さいこれで歌が終わる。。。ひ~~~~こわいよう(すみません)。だってそんなハンカチで涙拭けないし。涙を拭くんだと思ったら、絶対に贈れないし。その時点でドン引きだし。帰ろうと思っていた人も帰らんやろう、そんなこと言われたら…。そして万一ほんとに贈ってくれたとしてもほんまにこれで泣けっちゅうんかい!!!ってほとんど「ほんとにこんなもの贈りやがって」という気分だし。そしてここもドン引きラインだ。きっと単に、帰ってきてほしいっていう気持ちなのですね。でも恋人がむこうで楽しそうだから言えないのですね。この気持ちはわかる。しかし表現が激しく湿っている。。。こういう歌だったのか。この歌詞をすんなり受け取るには私には何かが欠けている。
2006.03.26
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たいくつな夜。その多くの時間を、リンデン嬢はレース編みをして過ごす。ろうそくの黄色い光の中、今編んでいるのは生成り色のベッドカバーだ。外は大嵐。住まいにしている木のうろの、上に広がる桜の枝がふと心配になって窓を開けて見上げる。色づきかけたつぼみが傷んでしまわないといいけど、と自分の顔の大きさほどもある、満開の桜を想像しながら思う。網目のように伸びた枝の向こうに、意外な明るさで月が浮かんでいる。こんな夜、いつもの仲間達はもうそれぞれあったかい部屋に帰っただろうか。こんな風にざわざわと荒れた夜には誰とも約束せず、ひとりで過ごすのがいちばん。もしもここに、誰かが訪れたとしてもさて、扉を開けるだろうか。開けるとしたらたったひとりにだけ。その人がどんどんって扉をたたいたら迷わず開けるだろう。寒かったでしょう、さあどうぞって、レース編みも放り出して熱々の紅茶を淹れるだろう。ただ問題はそういうことを決してしない人だから、好ましいのだとリンデン嬢自身が分かっていることだ。ありえないシチュエーション。でも繰りかえし夢見てしまうのだ。こんな夜は。 It is blowing very strongly. Just now.
2006.03.23
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“いかなごのくぎ煮”を買いに行くと母が言うので明石・魚の棚商店街へ行く。このいかなご、兵庫県以外での認知度がどのくらいなのかわからないが稚魚を砂糖、醤油、しょうが等で佃煮風に甘辛く煮上げたくぎ煮は明石、神戸辺の春の定番だ。この季節になると家々の台所からくぎ煮を作っているらしき匂いがする。私は甘辛い味付けのものが全般的に苦手なので興味がないが母はどっさり買い込み生のいかなごも2kg買って、うちで煮て、さきほど持って帰っていった。(そしてもっともっと煮たそうだった)今、うち中にくぎ煮の香りが…。夢に出そうだ。明石といえば明石焼き。別名“玉子焼き”とも言われるそれの、全国区的認知度もまた不明だが明石でたこ焼きといえばこれのこととなる(らしい)。普通のたこ焼きより卵をたっぷり使っていて生地がとろとろでやわらかい。だし汁につけていただく。今日久しぶりに食べたけど丸く焼き上がったそれをお箸で持ち上げると、自らの重みでゆるゆると崩れてくる。ふわっとやわらかい中にたこがころんとひとつ。焼き立てはとても熱いのでお箸で割って、割ると余計つかみにくいのでだし汁ごといただく。折しもWBCの決勝戦をやっており商店街の中にある電気屋さんのウィンドウに群がるおじさんたち。きっといかなご買出しにつき合わされたに違いない。ウィンドウ内に大型テレビ。試合は終盤。1ストライク、1アウトごとに歓声が上がる。群れの端っこに立ってみる。よくテレビで見かける、集団で観戦、というのを体験。ピンポイントで明石を満喫してしまった。写真は玉子焼き。
2006.03.21
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苦手な3月ここに極まれり、という感じで冷静に物が書けない。始まろうとする春に向けて虫たちが準備をするように人の身体の中も何かを生み出そう動き出そうとしているそうだ。何となく違和感。身辺の変化も含めて、なんだかざわざわする。そこで困った時のハムだのみ。先日お預かりしたしろたろうどの(ジャンガリアン・スノーホワイト・オス・1歳くらい?)、先日無事お返ししたのだけど私がいつも覗いて声をかけていたケージの一角に出てきてごはんをおねだりする習慣がうちにいる間に出来ていたそうだ。そこは飼い主の方からすれば全然用事のない方角だったらしく「そっちに行っても何にもないよ」って声をかけているらしい。、、、、かわいい。。。写真はおねだり中のしろさん。
2006.03.20
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「加山又造展」に行く。故加山又造氏は1927年、京都生まれの日本画家だ。日本画は好きでわりあいよく見に行く。画材に詳しくないのだけど、油絵や水彩画と比べて日本画はなんだか粒子が細かい感じがして油絵の具のような明らかな物質の重なり具合とか水彩絵の具のような水を含んだものならではの透明感とかそれらとは全く違うマットであるにもかかわらず空間を感じさせる、しんと静謐な感じに心が落ち着く。絵の横にいくつか本人のコメントが紹介されていた中に“花鳥画には、西洋の静物画に匹敵するような、生命感にあふれた表現の可能性がある”といった感じのものがあった。花鳥画も静物画も私にはこれまで「生命感あふれる」というイメージはなかった。でも言われてみれば静物画に描かれたモチーフは、豪華絢爛であると同時にどこか退廃的で滅びる寸前の爛熟を感じさせるかも知れない。(今、見てるわけではないので単なるイメージですが)加山又造はその著書の中で絵画表現という二次元の平面の中に、生命を表し、無限の空間を造りたい、と言う(『無限の空間』)。生命感。京都・嵯峨の天龍寺にこの画家の天井画がある。八方にらみの龍の図だ。360度、どこから見上げても龍が自分の方を向いているように見える。物理的な仕組みはわからない。でももちろん平面上にある龍が、確かに常にこちらを見ている。まさに今、雲間から現れたかのように。風と雷鳴を伴い、今にも下りてきそうな存在感で。
2006.03.18
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基本的に類型的な人物によって心理描写を行うのは無理類型的な人物造形はおそらくストーリーのおもしろさで勝負する場合には有効だと、思っている。先日見た映画わりと話題作で結構ヒットしているらしいということをお断りしておくけど人物像が著しく類型的個人的偏見込みの狭いイメージで書いているとしか思えない。ストーリー展開上心境の変化が重要なポイントであるはずだったのだが伏線も弱く(というかあんまりなく)全く伝わってこなかった。なので「お人形」がスクリーンの中で動いている感じ。それならいっそ筋書きのおもしろさに徹したひとつのエンタテイメントにすればよかったものを中途半端な大人の成長物語になっており、とにかく底が浅い。台詞の裏が全く見えない。そしてもはや裏があるかどうかにさえ興味がもてない。どうでもよくたいくつ。2時間弱くらいだったと思うけどたいくつ。あまりの不満に眠ることもできずぽかーんと画面を眺める数十分。たいくつ。途中で帰るべきだったと反省。夏にシナリオの授業を受けて以来創り上げるだけでもすばらしいとあんまりドラマや映画の作品を批判する気が起きなかったものだけどあまりのことに辛口精神が復活してしまった。やっぱり、よくないものはよくない。嫌いなものは嫌い。いやなものはいやだ。この映画、何であったかと書くのははばかられるのだけどSMAPのごろうさんも評価が低かったそうだ。おすぎさんの評はどうだったのだろう。どっちでもいいけど、きっと辛いに違いない。でなければおすぎ、許すまじ。
2006.03.16
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山の上のレストラン。ここのものほどにおいしいパンナコッタを知らない。このごろお気に入りの一品。私はあんまり甘党ではないので、あま~いお菓子を食べる量に限界がある。 といいつつ 以前ケーキバイキングで小さいサイズとはいえケーキを24個食べ 十分すぎるぐらいに十分だと指摘されたことがある。が。 エ~…自称「甘党ではない」もので、甘味の濃いものは苦手だ。そこのパンナコッタはやわらかい絹ごしのお豆腐のように淡白に口に入る。そして、口の中でふわっとほどけた時に粉糖(に違いないと踏んでいるのだが)の繊細な甘味が液体のように口いっぱいに広がる。でも、飲み込むと同時に消えるやさしい甘味。「料理長、ちょっと」って料理長と私の1対1ミーティングをしたいくらいな…。お砂糖って細かくなればなるほど甘味がほのかになる印象がある。粉糖で表面を飾ったケーキ。スポンジにも粉砂糖を入れたような細かくてやわらかい感じが私の好みでもある。
2006.03.14
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なんだかばたばたした1日だった。年度末なせいか、いろんな「手続き的なこと」が押し寄せる。この、「手続き的なこと」、詳細に書くのははばかられるのだけど仕事をする中で最も嫌いで最も苦手とするところがこういう言葉でくくられる(←私に)部分だ。ついつい、「正しい道」より「通れる道」を探したくなってしまう。だからずっと苦手なままなんだろうと思うのだけどその苦手なことばかりがなぜか次から次へと押し寄せてきて8割方それに費やされる。パソコンの画面に慣れたものを広げて始めようと思ってもなぜか別のことがどんどんやってくるのでウィンドウがどんどん重なっていく。とにかくわからない。わからなくて、しかもわからないと言う必要がある時は、「わかりません」ってなるたけ清々しくキッパリ言うことにしている。だいたい、遠慮がちにしんみり言っても、何かよいことがあるわけではないのだ、と思うので。ただ、キッパリハッキリ言ったとしても同じく何かが好転するわけでは全くない。なのでいろいろ質問せねばならずその結果いろいろ質問を受けたりする。ああ、しゃべった。普段あんまりしゃべらない方なのだけど。言葉数が多くなると声のトーンがあがる。言葉数が多くなると早口になってますます言葉数が増える。適当なことを言ってるわけじゃあないけど、口に頭がついていかない。なんだか浪費しているなあと思う。ので突然話し止めたりする。夜になって人も少なくなりウィンドウの底に埋もれてた見慣れた画面を引っ張り出してようやく取りかかる。するとまた電話が。また微妙にやっかいな話を聞く。相談する人もすでになし。これ以上ここにいてはろくなことに当たらない、と思い帰る。
2006.03.09
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『東京タワー』江國香織好きの私としては『東京タワー』といえば江國作品だったのだけど近頃のベストセラー、リリー・フランキーさんの『東京タワー』を読んだ。だらだらと過ごす夜このごろ機嫌が悪いこともあって、なかなか眠る気にならない。夜読み始めて、読み終わったのが午前3時半。久しぶりにほぼ一気に読み上げた。オカンとボク、時々オトンの話。いろんなところでこの本についてのコメントを目にする。みんなほんとにうまく書いておられて感服する。何だか私は言葉にうまくできない。途中から結末はわかっていて、何回も何回も泣きそうになり最終的に大いに泣き、ぐったりして寝付けず、そして朝は起きられず、寝坊をしてしまった。オカンについての話。当然、想うのは私にとってのうちの母のことだ。うちの母も、この本のオカンのように、私たち娘に愛情をもってくれているに違いないと思い、切ない。でもそんな月並みな感想を述べるのがそぐわないくらいオカンとボクの話が強烈なイメージでもって立ち現れている。オカンがいてボクがいた。でももうオカンがいない、っていうことが母がどう、子がどう、という一般論に成り代わることを許さず確固たる個人の、唯一の事実として単純に迫ってくる。なんだかいまだにぐったり。ところが今日の帰り道、本屋に江國香織の『東京タワー』文庫版が、新刊なのかどどーんとディスプレイされておりいや、今はリリーやろう、とちょっと混乱した。
2006.03.08
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3月。1年を通してとても苦手な月だ。これは長年身をおいて来ざるを得なかった学生生活と職業人生活の影響かも。とにかく去っていく冬とともに何かをやり残した感がとても強くって。何かを思い出さなくてはならないのに、思い出せない記憶喪失の苦しさとは、こんな感じなのでは??とさえ思ってしまう。そんな時はいまだ冷たい風と調和しない気温にさえ腹が立つ。同じく不釣合いな日差しの強さも、好まない。いっそ早く夏になってほしい。苦手な夏であってもこの腹立たしさよりは耐えやすいと思う。
2006.03.06
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在籍している通信の大学の、学年末締め切り分のレポートが返る。4年生への進級要件である「小説論」。通っていたので来年度は4年生だ。この4年生、たぶん2,3年かかるという予測があるがまあ、うれしいといえばうれしい。以下個人的なことですがここは私にとって2回目の大学。芸術のひとつの分野としての文学の「創作」ということに重きを置いてみようと思い選択した。学科は文芸学科。表現に用いる道具は、言うまでもなく言葉、のみ。なので「単なるレポートであっても創作」という意識で書こうと思ってきた。そこでは、レポートにこれを書こうと決めたときの、心の動きを基本において書く、ということを最低条件にしようと思っている。そしてまた、書いたものが独りよがりでは意味がないので、よい評価を得ること。通信制で学ぶ人たちの多くがそうであるように、日常、レポートにどっぷりつかることはなかなか難しいのだけどこれまでのところうまくいってるのでは?、、、ってちょこっと言ってあげてもいいかな・・・と思う。(科目によっては採点の甘いものもあるらしいからよくわからないけど)今年度1番の佳境は夏の「シナリオ演習」だった。そこで書いた話は、どこか自分自身とシンクロするものだった。無謀にも、微妙な心理の変化が主たるストーリーとなるものだったため素人には非常に難しいものとなった。シナリオ本文の添削の初日にT先生から「あなたは小説向きかも知れないねえ」と言われ、ほとんど消えたくなるくらいにびびらされたが映像主体に話を組み立てるという視点が全くなかったことに気づいた。話を考えついたきっかけはある映像だったのだけど話を紡いでいく過程がそうじゃなかった。そこで、これは!と思う小道具を入れてみたり、突然登場人物を増やしてみたり大変だったけど楽しかった。なんだかとても学んだ気がした科目だった。2番目の佳境は「小説論」。ここにも何回か書いたのでもうあんまり書くこともないがとにかく楽しく書いた。我ながらおかしいと思うけど、今でも時々読み返してしまう2本。来年度忙しい可能性が高く、どうなるかわからないけどあんまり単位を持ち越さないようにしないとなあ、と思ったりしている。。。いつもにまして私ごとですけど・・・
2006.03.05
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知人が旅行に出かけるのでハムスターを預かる。お名前は「しろ」さんという、白いハムスター。ぴちぴちぷりぷりつやっつやの男の子だ。うちのはなごろう(メス・最近老けた・本名「はな」)と語呂を合わせて「しろたろう」どのと呼んでみる。しろたろうどの、緊張のせいかあんまり巣から出てこない。すばらしくきれいなハムスターなので写真をとってみなさまに見てもらいたいくらいだけど何しろよそさまのハムスターであり出てきてもすぐ巣に帰ってしまうので写真をとる隙がないこともあり。ふだんはテレビ見放題でだらだら過ごしてそこらへんをどたばたしてもはなごろうは大丈夫だけどしろたろうどのには気を遣う。相手も緊張している様子。どうかリラックスして下さいと、しずか~にそ~っと過ごしている。お互いこの緊張感に耐えられるか?早めに電気を落として寝よう。ハム様中心の本日、うちはハム屋敷。
2006.03.03
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