全20件 (20件中 1-20件目)
1
自分の匂いは好きですか?いきなり。自分と他人が違う匂いであることに気づいたのは中学生ぐらいだったろうか。(鼻がいいので人の匂いにも敏感な少年だった、いやなタイプ)新陳代謝が激しい年ごろなので仕方ない。今のような消臭パウダーもないので困った覚えもある。のちに体臭ばかりでなく、かかと(笑)や耳あか(耳クソですね!)も人と違うことに気づいた。かかとはムスクのような香りだ。(がはは)はっきりいって自分のは好きだ。変態。中国の纏足(てんそく)の風習がわかる気もする。ホホホ耳あかはというとこれが、いわゆる飴耳(アメミミ)だ。合ってる?つまり水あめのようにネットリしている。(画像なし^^)小学生の時、身体検査で前に並んでいた同級生の耳からまるでネズミでもころがりでるようにグレーの耳あかがゴロンと落ちたときには、さすがの私もびっくりした。自分とはまるで違う耳あかだったからだ。ここからが本題。乾燥タイプの耳あかと湿ったタイプの耳あか。あなたはどっち?( ̄〓 ̄)実はどちらのタイプになるかは遺伝情報を担うDNAの塩基配列のたった一ヶ所の違いであることを長崎大学のエラ~イ先生が発表した。(米科学誌ネイチャージェネティクス電子版)耳あかは湿っているものが本来のもので、乾燥したものは耳あかではないらしい。それは皮膚がはがれたもので、突然変異なのだそうだ!いや目からウロコならぬ、耳からネズミだ。(* ̄皿 ̄*日本人の8割はこの乾燥タイプ。さらに世界の33民族を調べた結果、耳あかが乾燥してる人は圧倒的に北東アジアに多く、南方や欧米にいくに従って減るそうだ。私の祖先よ!遠く山脈を越え、海を渡ってきたのね!カムサハムニダ、ちゃうちゃう、シェイシェイ、ちゃうちゃう、スパシーバ!(ありがとう)ご先祖。耳あかとりが趣味の妻に「あんたの耳クソはつまんない。ベトベトしていて嫌い」と言われてから彼女に取ってもらったことはない。お前(妻)のは耳あかじゃねーんだよ!突然変異なんだよ!わーいわーい。って、そんなにうれしいことでもないんだけど、小さいときから気持ち悪いなんて言われてたもんだから、ちょっとしてやったりかも。しかし長生きしてみるもんだ。(来週内視鏡ですが、まだ死にませんので^^)耳あかも匂いがする。(嗅ぐのかよ)それは私の体臭に近いもの。かかと^^とは違うけれどこれもメスを呼ぶオスの匂いなのか。(ちょっと暴走)不思議だ。たったひとり「私の匂い」が大好きだったmikoちゃんがいたら今、聞き直してみたい。あはは。( ̄~ ̄
January 31, 2006
コメント(10)

1980年3月、ひとりのディレクター(NHK)がネムリザメの取材で訪れた奄美大島名瀬市のダイバーの家で、1枚の熱帯魚のデッサンに出会った。彼のこころを捉えて離さない1枚のデッサン。すでにその3年前に奄美で孤独死したひとりの男。田中一村との出会いだった。誰も知らぬ日本画家、田中一村とは何者か。その後NHKの日曜美術館で「黒潮の画譜」として紹介され人々を魅了していった。私はその8年後に出された最初の作品集(日本放送出版協会、20刷ですが…)を持っている。私が知ったのはたぶん月刊誌「サライ」誌上だったと思う。何年か前、鹿児島に「田中一村記念館」ができたとき、ぜひ行きたいと願っていた。その後何故か“韓国語”の魅力に取りつかれてしまったので、金と余裕のあるときはいざ韓国へ!となってしまい鹿児島へは行けずにいる。たまたま今、地元のきもの専門店で「田中一村展」をやっているのできのう妻とでかけた。当地では初なのでこの機会を逃したくなかった。きもの屋さんのねらいはもちろんたったひとつ。マダム^^たちに一村の絵を大島紬にアレンジしたものを買っていただくためだ。帯もあったかもしれない。私も妻も着物にはまったく関心がないし、もとより金もない。こちらのねらいもただひとつ。彼の絵を間近で見てみたかったのだ。きもの屋さんはうまくできている。会場に近づくには靴をぬがなければならない。靴は番号札とともにどこかへ持っていかれた。お金のありそうなマダムたちをしり目に、さっさと会場へ入る。会場には2組みの客しかいない。敵の作戦なのか、お客をつかまえる役は“粋に着物を着こなしたジャニーズ系”のニイちゃんが数人。いかにものポーズで言葉をかけるタイミングを狙っている。きっとこんなぐあいだろう。「いかがですか?素敵な絵でしょう」「ご夫婦で日本画に興味がおありですか?」私はといえばギンギンの『オジマビーム!』(来るな光線)をもりもり出しつつ一村の絵に魅入った。美しい。本気で盗んで帰ろうかと思った。これならかかえて走れるな。しかし靴がなあ…なんて思いながらしげしげと絵をながめた。ジャニーズのガキどもは私のオジマビームにたじろいで近づけない。ざまみろ。ひとり奄美出身と思われる着物屋と提携してるようなジジイがすり寄ってきてウンチクたれはじめたけど、金のありそうなマダムの方へ行ってしまった。日本画なのかデザインなのか、ゴーギャンなのかロートレックなのか、田中一村。やはり静かな美術館で見たいものだ。彼の絵。(ネットから持ってきたので美術館の名前が入っています)記念館のアドレスはこれ。http://www.amamipark.com/isson/isson.html田中一村(いっそん)は東京美術学校に(現芸大)に入学して2ヶ月後に退学している。同期はあの東山魁夷。東山はのちに「そんな男は知らない」と語ったそうだが、その当時は名が知られていたらしい。奄美では日給450円の紬工場で働きながら絵を描き続け、自給自足のような生活をしていたようだ。一年を通してパンツとシャツ姿だった。亡きがらもパンツいっちょうの姿だったらしい。享年69。
January 30, 2006
コメント(4)

ブラ雄の散歩をした。平日は妻か私、時間がある方が彼のお相手をする。田んぼにはまだ雪が残っていた。田んぼに入って走り回るのは、たくさんいる飼い犬の中でもわが家だけだ。何故わかるかというと、いつも足跡がわが家の家族とブラ雄のだけだから。きょうはカラスが遊んでいた。私たちを挑発するかわいいカラス。 ア ー ア ー ブラ雄「あっ!^^鳥さんだ。ワーイワーイ!」な顔。 カラス「あらよっと。捕まるかいボケ」な顔。 私「ちょっちょっっ…走んないで…」の長ぐつ姿。逃げるカラス。追うブラ雄。 リードを持ったまま走る私。 リードを持ったままかなり走る私。 リードを持ったまま超!走りまくる私。転倒。「うぎゃあ!」田んぼにつっ込みました。大の字です。妻がアルバイト(保母)してる幼稚園から参観を終えたおかあさんが出てきて、じっと見てました。顔を上げるとブラ雄とカラスは遠くに見えます。にぶくなりました私。リレーだったら小学校からずっと代表。クロールやらせたらクラスマッチ(笑)で学年1位。柿を盗んで仲間がつかまっても逃げおおせた私。人間ってず~~~っと前のことでもつい昨日のことのように覚えています。当時の感覚は頭の中に残っています。でもだめですね。体が動きません。(えらいぞボビー)妻だって先日、同じように氷ですべって“ドブ(側溝)”に落ちて両足すりむいて帰ってきました。スキーにでも行って少し鍛えたいのですが、子どもたちも一緒について来る年齢ではないので2年ほど遠ざかってます。クロさん!行きたいよね、スキー。ということで、カラスとブラ雄におのれの運動不足をものくそ!思い知らされた私でした。
January 28, 2006
コメント(8)
新聞にフィリピンのマニラで急増している不良日本人中年のオッサンの話しが出ていた。リストラや家族に愛想をつかれたオッサンが、なけなしの金を持ってマニラまで飛び、最後は一文無しになって大使館に泣きつくケースだそうだ。帰国費用は大使館が立て替えて、あとで親族や本人から返還してもらうようだが、どれだけ返しているのかわからない。どだい一文無しなんだから。その数、マニラだけでも数百人はいるらしい。フィリピンを定点観測している浜なつ子さんの「マニラへの片道切符」などを読んでいた私は、そういう人がいることは知っていたが最近さらに増えつつあるらしい。大使館がお金を立て替えて送還したのは昨年20数名にあがったそうだ。親戚や友人に泣きついたケースも含めればその数倍はいるだろう。やはりガチガチに管理化された日本が住みにくいのか。フィリピーナを追いかけてフィリピンまで行ってしまう寂しい男たちを「哀れだ」と思いながら、もう一方で羨ましいなと思う自分もいる。私ももし普通の会社勤めをしていたら、そろそろ会社に残って働かずとも吸い取っていくグループか、ボチボチ“おやめになられたら?”と早期退社を勧められる年代になってきてるはずだ。(現に友人のMはN○○に大金を積まれてさっさと退職してしまった。独り身なので、今はゴルフとテニス三昧だ。)サラリーマンだったらいろんなしがらみから逃げ出して、「ジェニーちゃんち」に転がり込みたい心境になるかもしれない。男って、そういうだらしなさも持っているんだよね。強がってる奴ほど。さて逃げるとしたらどこがいいか。^^私も考えたことはある。タイかな。1回しか行ったことないけど、チェンマイなんかよかったな。田舎だし、食い物もうまかった。(それかよ)バンコクみたいな酷い排気ガスもなかったような記憶がある。ハジマーン!(しかし)私が多少なりとも繰れるのは韓国語だけ。となるとオッテ?(どう?)はあちゃんママの「済州島」が住みやすそうだ。あたたかいしね。アジョッシ得意の素潜りでエサもとれそうだし。ヘヘ。“トルハルバンさん”なんて昔の名で呼ばれたりして。うぃはよさんの「大邱」もいいけど、ちょっと都会かな。でも、念願の北朝鮮産の薬水「白頭山」のラインを完成させて“ピュアコレア”の目玉にする。どう?(だから誰が北朝鮮から持ってくるんだよ)ざおりんさんの「大田」は、夏暑すぎるしなあ。ざおりんさんと酒浸りの仲になって、クマさん(旦那)に刺されるのもいやだし。はんらさんの「天安」は、あり得ない。だって、はんらさんに襟首つかまれて強制送還されるのは目に見えてるもの。怖!ナララさんの旦那がいっとき住んでいた「ウルサン」なんかどうだろう。そうだ、今度遊びに行って調べてこよう。“クァメギ”もあるかも。妄想はふくらむばかりだ。てか、その前にお前金ねーだろ?って?ないんだなこれが。それにしゃべれるのがたどたどしい韓国語なんだからすぐ足がついちゃうね。捕まって韓国のテレビみたいに警察署?で、インタビューされるのもいやだし。新聞の見出し。『クァメギ泥棒、捕まえてみたらなんと日本のおっさん』==ウルサンの漁師・朴某氏、同情して訴え取り下げ==「ウルサンへの片道切符」は遠い夢か。
January 26, 2006
コメント(10)

私はもうはるか昔東京の美術学校を卒業した。小さな学校だったので入学時、デザイン科、イラストレーション科合わせて100人を超えるぐらいの生徒しかいなかった。そのうち卒業できたのは20名ほどだったか。デザインなどというと当時なめてかかってきてる子が多かったので、リタイア組みもけっこういた。私は当時(ローテクですが)すでにデザインは理解していたので、イラストレーション科に入った。ちょうどその科の第一期生だった。06年現在、デザイン科と合わせても現役で活躍してるとわかるのは、私を含めて3~4名になってしまった。なかなかきびしい世界だ。ということで、私はなんとなくこの「第一期生」という言葉に魅かれる。昨年、春川にある「CCアカデミー」の中にもうけられた“韓国語講座”に参加させていただくことになったのは、ソウルの北岳山にこころならずも登られて山頂で「オンオン」泣いた、ソウル在住のほしそら先生とこのブログで知りあったことがきっかけだった。「アジョッシ、アウトプットしにいらっしゃい」という一言がきっかけだった。かくして私は春川の「CCアカデミー 韓国語講座の第一期生」という名誉をいただいて、韓国春川市語学堂史上初の高齢留学生となったのだった。(ジジイですハイ)春川の高速バスターミナルの電話ボックス前で、「ヤンパさんですか?」と人懐こい笑顔で迎えてくれた春川っ子が、その後3週間を供にした041先生だった。どんな先生かって?中華料理食べようって言ったのに、辛いもん好きなのでいつもハァハァ言いながら食べてた先生です。(ちなみに焼酎飲んでも「クィ~~~!」とか言います)その証拠にホラ!これ見て。この冬の韓国語講座の留学生との昼食風景。(もちろん私はいません)みんなチャジャンミョン食べてるのに、ひとりだけチャンポン食べてるでしょ、右端の男。(年下なのでパンマルです!あはは)まったく辛いものの好きな先生です。きょうは何の日記かって?私のブログの読者296,000人(いつも違う)の中で、韓国語に興味のある方、または、すでに中級ぐらいになっている方でも、ソウルでの厳しい授業じゃなくて田舎でステイして韓国文化に触れながら心やさしい江原道の男たちとメシ喰ったり、ハイキングしたりしながら学んでみたいというメッチャ明るい人がいたらぜひ下記アドレスまでぶっ飛んでみてもらいたい!というコマーシャルでした。(長くてごめん)CCアカデミーです。http://cc-academy.com/春川の講座、第一期生として、041先生はじめ、アカデミーの方々の人間性、及びカリキュラムの組み方は私ヤンパが太鼓判を押します。お前じゃ意味ないって?^^だよね。まあそう言わずに…。私のブログはマッキントッシュでやっとりますので、リンクその他あまり楽天の機能は使えません。いずれかわいいの作るのでそれまで期待もせずに待っていただくとして、ぜひアカデミーのHPを覗いてみてください。愉快な仲間たちの中に「ほしそら先生」も見え隠れしておりますが、一発で当てた方には先生より辛ラーメンチーズ入りを1ケプレゼントするそうです。(先生はバイオレットが好きです。へへ)ん? いやだ?じゃあヤンパから私の写真と一緒に郵送させていただきます。いらんか。春川なんて「冬ソナ」だけでしょ?なんて言ってるそこのあなた。あっ三河の住人さん!(ウソウソ^^)春川は景色ばかりじゃないよ!人間が豊かだよー。ついでにそばもうまいよー。東海(トンヘ)じゃなくて「日本海!!」の旨いモンも喰いにいけるよー。覗いてみてねー。
January 25, 2006
コメント(16)

雨降って地固まると申しますが、雪降って鼻血ブーでございます。いいかげん雪はやめてもらいたいです!ココ東日本。さて、いつもいろんなパロディで楽しませてくれる「もるさん」のところからもらってきちゃいました。(↑すみません毎度ながらリンクできません)4人分の献立。わはははは。チョン・ジヒョンの「4人分の食卓」のパロディです。かわいい。かわいすぎる。動物はなんでも好きだけど、犬にはまいっちゃうなあ。楽天!韓国は「猫派」が圧倒的に多いような気がするけど。( ̄~ ̄違う?かわいいといえば、昨年春から応援している“木村カエラ”とはこの子のことです。誰にも頼まれてませんが、たまたまきょうのyahooで紹介されてたので。顔が好きというより、なんか歌のスタンスがボワッとあいまいで好きです。歌ごとにコロコロ、イメージが変わるのも面白いです。更にさて、私は毎週末、ビオシン(美人の慎太郎)から借りた『私の名前はキム・サムスン』をDVDで見ています。彼女が新宿のコリアタウンで買ったバッタDVDですが、きれいに焼いてあるので本物とまったく遜色ありません。(って、いけないだろうが!( ̄Д ̄;)ヘンリーの会話の時のハングルは出たり出なかったりですが…「~サムスン」は昨年の夏、チュンチョンの短期留学の折り、学習の教材として少し使われていました。すでにあの時点でサムシクには何じゃこの野郎は!でしたが… (小さいな)今回1話目から見て、なるほどこういう話しかと勉強し直しています。で、この恋人のサムシクですが、私、ビオシンへのメールでしかられてしまいました。あいつ“チ○カス野郎”じゃん!ΘεΘって、書いたからです。ビオシンは顔で男を選ぶのでヤツの顔が好きなんだそうです。フン。チ○カス野郎め。私が今まで見た韓国の映画及びドラマの中では、同じくビオシンから借りた「屋根裏部屋の猫」のキム・レオンちゅー悪党を上回るナップンノム(悪いやつ)です。きのうはサムスンにエレベータの中で思いっきりひっぱたかれるシーンがあったのですが、長回しの撮影中みるみるサムシクの頬と首が赤く腫れ上がり、役柄とはいえ「ざまーみろ」と心の中で思ってしまいました。オッサン(私のこと)おとなげないです。オッサン(私のこと)、若い頃はろくでもない奴だったのに、娘も嫁ぐ年齢になるといきなり清廉潔白な日本男児に早変わりです。なんなん? なんなん?( ̄皿 ̄「~サムスン」見るたびにつぶやいている、はっきりいって危ない中年です。見たことない人、ごめんなさい。余談ですが、「~サムスン」の挿入歌の中にスマップの“夜空のムコウ”がちらりと流れた気がします。パクリ?
January 23, 2006
コメント(10)
株?にはまったく無縁の私ですが…今回のライブドアの騒動は「お家」に土足で上がり込まれた名門?フジの仕込んだ周到なワナのような気がします。堀江さん、ガード甘かったしね。楽天がTBS買収のくだりでは黙して語らなかった自民党が、今回は影で手を回しているかもしれません。自分が送った刺客に対してさらに暗殺者を送るのは映画でもよく見るパターンですし。^^しかしライブドア、中国語では“活力門”。なんでも漢字にしちゃうんだ。さて、毎週金曜日と土曜日のNHKハングル講座は応用編だ。今はイ・グァンスという作家の「スアムの日記」という短編を教材に学んでいる。この人は平壌の貧しい家に生まれて、明治学院中学、早稲田大学と日本へ留学して文学活動を始めたらしい。民族運動にも傾倒しながら、最後は親日活動をしたということで糾弾されたということだ。朝鮮戦争時に北に連行されて、その年(1950年)北朝鮮で死んだことは1991年にわかったと略歴に書いてある。略歴には書いてないが、親日家でもあったということなので、その最後はおそらく粛正に近いものであったことが推察される。イ・グァンスという名前は初めて知ったが、この「スアムの日記」という短編は、ほのぼのした当時のソウル近郊のある一家の話しとして楽しめる。子どもの目を通して語る母と父の、子への愛情が伝わってくる。きょう、ハングルでなくてわからないかもしれないけど、「コッカ(オ)」という子どもの晴れ着の話しが出てきた。辞書で調べると「テテ(オ)」とも言うらしい。(オ)が(服)の意味です。テテ?日本語でいうと「(お)べべ」。若い人は知らないかな。童謡にある「♪赤い べべ着た かわいい金魚~」の“べべ”だ。テテとべべ。似てるね。今朝の朝刊に北朝鮮出身のおばあさんが、韓国で北の姉妹に会うために貯めた貯金2億ウォンを建国大に寄付したと出ていた。生きて姉妹に会うことはかなわないだろうとあきらめたからだ。おばあさんがコツコツ貯めた2億ウォンという巨額のむなしさと、“スアム”を残して山道を歩いていったひとりの作家の無念がだぶってみえる。
January 21, 2006
コメント(16)
さらにつづきです。お食事前の方は退室してください。^^きのうの夜、私がおかゆをすすってる横で、私の性格にそっくりな息子チャリが「この煮込みうどんうまくね?いい味だよね」といやみを言ったので、今朝の巨大なカンチョー(全長20センチ以上)は朝食をとっている奴のツラの横に突きだして「お父さんにコレ、突き刺してくんない?」と言ってやった。「ぎょえぇ====!!カンベンしてくれえ」息子はのけぞった。ざまみろ。そこまではよかったものの、私はひとりトイレに引きこもりその巨大なカンチョーと格闘した。中の液体はひと肌にあたためてある。(お燗かよ)液を出してコーモンにぬりぬり。(すみません皆さん)チクッ 先っぽを入れてみた。痛ぇ 入んねーぞ。チッ、も1回だ。グググ…いかんコーモンが完全拒否体制に入っている。リラーックスリラーックス♪(デューク更家かよ)グググ…ウウっ 入っているかも。(見えない)し…汁が垂れてきた。(ほんとうに皆さんごめんなさい)その後の悲惨な状況は想像におまかせします。カンチョー終了。さて病院にて。看護婦「ちゃんと出してきましたか?」私「はい。夜は4回出ました。朝も2回です。カンチョーもなんとか…あっ着替えのパンツも持ってきました。」看「パンツはいりません。全裸になってもらうので」 全裸。 プ プレイか。病室にて。看「ハイはだかになってコレ着てください」ケツのまん中に穴の空いた上下。これが噂のぶち込みパンツか。看「ハイ横になって。おしりにバリウム入れますから」私「痛くしないでください。穴が小さいんです」看「緊張すると痛いですからね。緊張しないように」(キンチョーしないわけねーだろ。朝から2時間もたってないのに2回目のカンチョーだよ)看「ハイ緊張しないで。あっダメダメ緊張してる」私「ああ こうですか?」看「そうそうそのまま…あっ!また緊張した!!」(自分のコーモン見えねえんだよババア!緊張してるかどうかわかんねえんだよクソッタレ!) …皆さまさらに申し訳ありません…看「何も考えないで…」 ドスッ ・ ・ ・ ・ウグゥグゥグゥぐ~…ババア思いっきり奥まで突き刺しやがった。看「ハイそのままにしていてください」係官登場。係「ではバリウム入れていきますね。痛かったら言ってください」(もう涙出てるんだよ!好きにしろ)バーコバコバコ バーコバコバコ(液侵入)係「次に空気も入れますからね。痛かったら…」(あー机でもバイクでもなんでも入れてくれ) ポーポコポコ ポーポコポコ(空気侵入)(あ~男でなくなっていくぅ~記憶が薄れて…)その後私はあっち向けこっち向けされながらレントゲン撮影。ケツにポンプがささったままの生け花状態で検査され、係官のお人形になったのだった。ああ、全日本女子バレー大友愛のできちゃった婚を知ったときよりつらいかも。検査終了後、検査服のままトイレに飛び込んだ。 ゴビビビビビぃー ドビビビビブぅー私のおしりから今まで聞いたことのないようなケダモノの声が。あっこれはもしかして「もののけ姫」のオッコトぬしの断末魔の悲鳴に近いかも。 ブピョピョピョぶりっ!終了。内科の先生のところにケツをさすりさすり行った。先生「ほらコレ見えるでしょ。この小さな5ミリの影ね。これがわかんないのよね、ウンチかもしれないけど…」私「ハァ~」先生「日本の成人男子の病死の第1位がガンなのはご存知ですよね?心配だから内視鏡(カメラ)の予約入れときましょうね」私「ハァ~」病院というのはうまくできたシステムだ。本人の希望ですよといいながらもしっかり次回の予約をとられた。こんどはコーモンからカメラだ。「ガメラ対ゴーモン」。私の2月はこうして怪獣の戦いの中に消えていくのだった。カンチョーされたらサヨウナラ。私は生きて再び「クァメギ」を喰いに韓国の地を踏むことができるのだろうか。シツコイ?(いちおう韓国ネタということで^^)ほしそら先生にご報告。前回の政府管掌の社会保険を使った半日ドックが約8,000円。(ただし検査項目は昔に比べかなり減った)今回のおしりからバリウム入れて大腸検査するやつが本人負担額7,520円(本来25,060円)でした。実は先生は胃カメラもやる!とおっしゃってます。満身創痍です。 ̄皿 ̄#)
January 18, 2006
コメント(14)

お昼です。いまこんなものを食べてます。ビスケット4つ。コーンスープ1袋。以上。(; ̄□ ̄意地汚さでは楽天韓国!でも随一のこのヤンパの昼食です。きのう、はんらさんとこで「クァメギ」なんて酒飲みの私には垂涎ものの一品を見せつけられて、こころここにあらずの今日、なんでこんなもんを喰ってるのか。ボソボソ、ゴクリ。実は昨年12月のミニ人間ドックでちょっとひっかかりました。大腸関係の再検査です。それが明日。…なのできょうは朝から病人食です。看護婦さんからこんなものを渡されました。「あら、かわいい」って?この中にはこんなものが入ってます。朝=白かゆ、みそ汁、ふりかけ、田舎煮 以上昼=上記軽食夜=白かゆ、みそ汁、ふりかけ 以上間食=あめ2個ごていねいに飴はご自由にお召し上がりくださいって書いてあります。ツーかさあ、飴2個しかないんだけど。おまけに夜寝る前にマグコロールとかガスコンとか、体が思いっきり悪くなるようなもん(たぶん下剤)たっぷり飲まされます。こんな検査は初めてなので泣きたくなります。私、1日のうちで最も大切なのが朝食です。納豆や干物の魚、漬物でもあればあとは具だくさんのみそ汁でオッケイ!そんなオッサンです。きょう1日だいなしです。ああ、それに夜は「クァメギ」で一杯やりてえ。(^▼^+ ゚皿゚=  ̄皿 ̄#)きょうのランチビスケット まずかったです。(ココア味・ヨーグルト味)コーンスープ 泥水でした。ハア。明日の朝は検査前なので何も食べられません。いえそれならまだしも…こともあろうに…ホンジャソ(ひとりで)何故カンチョーせなならんのですか!!!!?じゃあ何故前日に食事制限あるとですか?西郷どん。カンチョーは6センチぶち込め!(あっお食事中のみなさんごめんなさい)なんて書いてあります。自分でするのに6センチはわからないだろうって?いえいえチューブにストッパーが付いていて、その深さで止まるようになってます。(ノεへ) 酷です。酷すぎます。要するに明日の朝体内の全てを吐きだせということでしょう。そして検査はコーモンからバリウムのカンチョーだそうです。みなさん、私、明日の朝 男捨てることになりました。これで晴れてホンモノの韓国主婦の友になれるのでしょうか。きのうの日記にコメントしてくださったみなさん、まさしく!ノナ チャラセヨ。ですわ。^^
January 17, 2006
コメント(10)

きのうの話しのつづきです。私、韓国語を独学で(復讐のため^^)勉強しているのですが「親切なクムジャさん」の中で面白い表現がありました。クムジャが刑務所を出てくるシーンです。待っていた牧師さんにお豆腐をさし出されます。どうやら、“一から真っ白になってやり直そう”というような意味らしいです。日本はどうなのか刑務所に入ったことない( ̄∇ ̄)のでわかりませんが、韓国ではエピソードとして良く知られていることらしいです。で、クムジャはお豆腐をポトリと落としてこう言います。「ノ ナ チャラセヨ」肝心の映画の訳は忘れてしまったのですが、確か「ほっといてくれ」あるいは「関係ないだろ」のような意味だったと思います。直訳だと「お前と俺、うまくやりますか」(↑かなりおかしいと思うんだけど、いかがですか?^^)そんな感じだと思うのですが、言葉って生きているのでこういう表現は学習者としても楽しいです。以前、やはり何か…映画だったかドラマだったか、こんな言葉がありました。「ノ ナ オプシ」やはり直訳すれば「お前と俺、 ない」になってしまいますが、確か「竹馬の友」のような表現だった記憶があります。お前と俺の間には何のわだかまりもない、幼いころから気心の知れた仲間だ。そんな意味をこの「ノ ナ オプシ」に感じました。間違ってたら笑ってやってください。その程度の実力なんです。("-_-)しかーし!オッサンえらい!!勉強してます!(自画自賛)このお豆腐のエピソードはラストシーンにもいきてます!!って、ネタバレするとあさって「見に行くんだー^^」って言ってたビオシン(美人の女慎太郎)にどつかれると思いますが。書いちゃったよー。(● ̄▽ ̄●;)余談ですが、刑務所のクムジャと同じ房の中に“姦通罪”の女性がひとりいました。(確か刑期は1年)離婚大国、浮気も多いように感じられる韓国で姦通罪はほんとうに機能してるのだろうか。クングムハネヨ~。^^
January 16, 2006
コメント(14)

きょ年の夏、頭から湯気の出るような熱い日々を春川で送っていた。ざおりんさんのいる狂った暑さの大田よりは涼しいくらいの春川だったが、それでもステイ先へ帰るバスを待っていると汗がしたたりおちた。ある日の午後、ステイ先のソンスクママに「きょうの午後はどこか行くの?」って聞かれたので「映画に行くんですよ」とうれしそうにこたえた。「ひとりで?」「ええもちろん」「だめだめー!」そうだ、すっかり忘れていた。ここは韓国。ひとりになんてさせてくれない。ましてや映画だ。( ̄Д ̄映画館にひとりで行くアジョッシなんかいるわけないのだ。そして私は渡韓、最大の楽しみにしていたことのひとつ『親切なクムジャさん』の公開初日を見事に逃したのだった。思えば長い道のりだった。昨晩この田舎の映画館にクムジャさんはレイトショーでやってきてくれた。(大げさだつうの)この映画館はことしの夏、8館が入るシネコンに生まれ変わるので、そうなればクムジャさん級の映画は昼でも見られるようになるだろう。きのうは夜1回のみの上映。大雨の中、韓国通か、映画好きか、チャングムのイ・ヨンエに惚れたか、血が好きな奴か、20名ほどの観客が上映を待っていた。夫婦でいたのは私たちのみ。ほかは若い人ばかりだった。「親切なクムジャさん」はパク・チャヌゥク監督の復讐3部作の最後の作品だという。(そんなもん3つも作るなって)1作目の「復讐者に憐れみを」も「オールドボーイ」も私はVCDで字幕なしで見た。(言葉はほとんどわかりませーん^^)「オールド~」はカンヌでパルムドールだっけ?取ったけど決して好きな映画ではない。あのラストシーンをもう1回見たいかっていったら裸足で逃げ出すだろう。それに比べると「~クムジャさん」はR15指定のわりには私には優しくみえる映画だった。ただパク監督の映画は、観客が主人公に感情移入させないように(つきはなすように)作られているので、私たちは最後までクムジャの痛みを分かち合うことはない。以前、監督のインタビューをテレビで見たが「私の作品は将来、現在の観客が理解できるように撮っているんです」そんなようなことを言っていたが失礼な話しである。観客は今、見て、判断したいものだと思う。まあそんな不満を差し引いてもこの映画はよくできた娯楽先品だと思う。ただひとつチャングムのあとのイ・ヨンエ主演の映画だったためか、誘拐殺人犯(チェ・ミンシク)を殺害する場面はかなり脚本を変えているような気がした。本来ならクムジャさんが復讐して殺害するのだろう。イ・ヨンエサイドから“キツすぎる”とかクレームが相次いで内容を変えざるをえなかったのでは?だからチェ・ミンシクの死への恐怖は全くといっていいほど伝わってこない。かえすがえすも残念だ。ラストの雪の中の親子のシーンは、あまたある韓国映画の中でもピカイチに美しいです。ごく普通に撮っている街中のシーンですが、このラストのみのためにこの映画はあるといってもいいと思います。でも…映画はひとりで見たいなあ。( ̄~ ̄
January 15, 2006
コメント(6)
ロバート・デニーロの「ハイド・アンド・シーク」は話しの内容より、主人公の有名子役ダコタ・ファニングの顔とダイエットしすぎのような体つきの方がよっぽど怖いです。Hide & Seek(かくれんぼ)といえば金正日が中国を迷走している。(らしい)いったい何をしているのか。1. 正男と香港のディズニーランドでパイレーツに乗る約束をしていたのにCIAに偵察衛星で発見され、まこうとしている。^^2. やはり「食は広州」なので、上海蟹とフカヒレスープを食べに来た。3. あれほど個人崇拝するな、「漢字」を使用しなさいと言われたのに無視したので皇帝様から呼び出しがかかった。4. 日本のテレホンショッピングでバカ安で売っている「タラバ、明太子、イクラのセット!今なら1万円!!」の売れ行きが頭打ちになってきたので鶏インフルエンザの廃棄肉を買いたたきに来た。5. ニセドル札「スーパーノート」が大量に摘発され外貨が使えないので、ニセ日本円札“ハイパーノート”^^を印刷するため技術者を拉致しに来た。6. 一昨年の中朝国境での爆破暗殺未遂の国内反動分子を粛正するため、影武者を中国に送り込み実はピョンヤンで監視している。7. 1ヶ月後の将軍様の誕生日の餅代がこと欠いてきたので、なんとしても緊急にコキンちゃんに援助してもらいたく平らに平らに訪中した。8. 金大中から送られたES細胞クローン犬「正月(ジョンウォル)君」^^のお腹の調子が悪いので、中国の名医に診てもらいたくて来た。どれかなあ。あのものものしい車列を見るかぎり、いつものように通過地点の自国の軍隊の重火器を回収して(丸裸にして)親衛隊のみに囲まれて動いているに違いない。悲しいかないつの世も独裁者は小心者で臆病だ。困るのはノムノムがオッサンのお誕生日のお祝いにかけつけて、『国家規模の失態』で狼狽している韓国国民の失望感をごまかすようなことをするのではないかということだ。それだけはやめてくれよ二重まぶたのノムノム。いずれにしてもコリアレポートの辺真一氏は、1ヶ月後ぐらいに何かあるのではとテレビで言っていた。春らしい話題になればいいのだけれど。
January 14, 2006
コメント(8)
町をぶらぶらしていると映画館についた。何か面白いものやっているのかなと覗くと家族連れがいて、その中の小学生ぐらいの男の子が近づいてきた。坊主頭のやんちゃそうな子。何やら私に親しげに話しかけてきて、腕をとったり、肩に手をまわしてきたりするので鬱陶しい。「誰?お前?」そう言ってもいっこうにひるむ様子がないので、少し手をひねってみた。「いててて」彼の手がうしろに少しねじれてしまい戻らないので、お父さんとおぼしき人物に近づいて、「この子がしつこいからなんですよ」とあやまった。それでもその子がまとわりついてくるので、もういいや、最後の手段!と、ゆるゆると雪のちらつく空に上がっていった。小学生は私を指さし「おじさん飛んだ!」とみんなに言っている。他の皆は気づかないらしい。私はゆっくりビルの上に向かって飛んでいった。冬なのにやだなあ、寒いし…なんて思いながら。久しぶりに空を飛ぶ夢を見た。ふわふわ飛ぶ夢か、ビュンビュン飛ぶ夢か、いつもどちらかなのだが今回は風船のように浮かんでいった。初夢は2日だっけ?お正月に見た夢は断片的でよく覚えていなかったので今日の夢を初夢にしよう。
January 12, 2006
コメント(4)
きのうは成人式。朝からテレビでは全国の成人式会場での若者の傍若無人なふるまいを映していた。羽織袴のパツキンあんちゃんたちが酒をあおって大暴れだ。(沖縄がいつもすごい)私はセレモニーが嫌いなので自分の時も何もしなかった。あのお金(服や貴金属)やエネルギーを別に使えばいいのにといつも思っている。わが家のバカ息子アッキーも成人式を迎えた。とりたててめでたいことでもないので何もしないが、メシでも食べにいくかと台湾料理のお店に行った。(次男チャリ希望)アッキーは留守番だ。(* ̄皿 ̄*)))))???帰省してから正月のあいだ中、朝帰りで遊んでいたので風邪をひいてダウンしてしまったのだ。バカ息子のために雑炊を作ってやって、我々はさっさと台湾料理を食べにいった。ごちそうしてやるのに、ダウンするほうが悪いのだ。[゚ε ゚]それでもと、お店にタッパーを持ち込んでお料理が出るたびに少しずつタッパーに入れて奴へのおみやげにした。(貧;)タッパーの中は犬のメシ状態になってしまった。お店の台湾人の女の子には笑われたけどね。温泉場で背中一面にモンモン入れたそちら系の方を指さし、「パパーこの人絵がいっぱい!!^^」そう言って私を青くさせたクソガキも180を越えるかわいげのない大男になってしまった。正月早々「俺ってマジいい男。もうもてまくり」そう言ってみんなに「バ~カ」と言われてたが、妻に言わせると言うことが「あんた(私)そっくり」だそうだ。私も嫌いだった親父にときどきそっくりなとこがあったりして、ギクッとすることがある。親子だから仕方ないかもね。小さいお子さんがいる皆さん。子どもなんてあっちゅうまに大きくなっちゃいますよ。一緒にたくさん遊べる時間なんて10年かそこらだね。^^
January 10, 2006
コメント(18)

あるジャーナリストの話しだと、人が生まれて育ち、やがて老いていくのと同じように、国も青年期があり、壮年期を越えてやがて老年期に向かうのだそうだ。今の日本が老年期を迎えている状態だという。老人がいままでためた貯金でゆっくりした老後を迎えたいと“思う”状況と似ているという。(うちは違うけどね^^)人口が初めて自然減少期を迎えた日本の少子化現象がまさしくそれに当てはまるらしい。子どもが育たない→労働力がない→国が活性化していかない→移民を迎え入れて労働力の底上げをはかる。どう考えてもそういう方向になっていくだろう。どこかの大臣が言うように「同一言語の同一民族の国家」なんて、もうじきお笑いのネタにも使われない時代がくるだろう。アジアや中東からの労働者を入管の名の元に排他的に追い返しても、例えそれが犯罪の抑制につながると声高に叫んでも時代の流れに逆らうことはできないだろう。水際で阻止すればするほど、犯罪や犯罪者は潜行していくものだと思う。去年のフランスやイギリスの移民政策の失敗に学びながら、日本も変わっていかなければならないだろう。アジアは中国の時代を目前に控え、次のインドの時代に(50年は先のことらしいが)どう向かっていくかが問われているらしい。NHKで見たんだけど、給料3万5千円のインドのサラリーマンに50万円の日本車(インド製)をいかに買わせるかが勝負の時代に入ったようだ。経済の波に地球の温暖化なんて目に入るわけがない。話しが矛盾するけど、日本はいまアジアで何をしていくか真摯にかんがえなければならない時代のようだ。青年期を迎えて元気はあり余るけど、国としてはちいさすぎる韓国(含む朝鮮半島)と日本は東アジアの小さな刺になってはいけないと思う。週刊誌の新年号の初笑いに、こんなパロディがこれからも毎年続かないようにしないとね。(じつは笑っちゃったんだけど)
January 8, 2006
コメント(14)

2006年、正月早々はじめての映画はことし一年を暗示するような暗い映画だった。^^『受取人不明』。よりによってキム・ギドク作品。去年「ワイルド・カード」でがぜん注目したヤン・ドングンが出ていたので、つい手が伸びてしまった。新年!に「受取人不明」。やっぱ縁起よくないか。05年の第1号はトム・ハンクスとキャサリン・ザタジョーンズのほのぼの映画「ターミナル」だった。ことしも「キングコング」で笑うか、「男たちの大和」で意味もなく愛国者になるべきだったか。それにしてもキム・ギドク監督。おまけでインタビューがのっていたけど、若くてびっくり。もっとアジョッシかと思っていました。話しを聞いていると、あまりスクリプトを練るタイプではないですね。その時の感情の連続で場面をつないでいくような監督でした。さして好きでもないのに私は彼の作品はずいぶん見ているような気がします。観客それぞれに自由な見方があるだろう…のような感覚に共感を持ってしまうのか。「サマリア」や「悪い男」の血の表現は痛くて好きではないけれど、パク・チャヌク監督の「オールド・ボーイ」や「復讐者に憐れみを」の主人公たちが投げつける痛みよりは人間的に救いがあるかもしれない。もうじきこちらで公開される「親切なクムジャさん」も見て痛さに慣れようかな。(笑)韓国映画の“血”の見せ方は何故ストレートなんだろう。血縁の血。痛みの血。未来よりも過去を問う血の眼(まなこ)。これは民族性の違いだろうか。地政学的に彼らの心が要求するのだろうか。一方で爆発的な笑いのセンスを持つもう片方の韓国人があるので、そのギャップにときどき惑わされる。受取人不明といえば、年賀状が返ってきて行方のわからなくなった人がいた。楽天でも去年突然「消えて」しまった方もいる。こういうのはやはりさみしい。
January 7, 2006
コメント(10)

さて横須賀のkanちゃんちをあとにした我々は三浦半島を南下した。観音崎、浦賀、久里浜、城ケ島、三崎、その先の油壷や葉山には行かなかったが、ほとんど映画やテレビで見るだけのコースだ。おだやかな海辺のドライブで、昨日kanちゃんにどやされたMちーの心も癒されていくようだった。きのうの会話。kanちゃん「正月からその辛気くさい顔やめてくんない。なんでそう背中丸めてるの!いらいらする」Mちー「ぼく生まれつきこんな顔やもん。しゃあないやん」( ̄‥ ̄)観音崎を過ぎると、なんと水仙まで咲きはじめている。三浦大根(漬物用)が浜辺で太陽をあびて白く輝いていた。あの私の故郷、ニッポンのツンドラ地帯が悪い夢のように感じられる。私たちの目的地は三崎。青森・大間のマグロが有名になるもっと昔、ここ三崎のマグロも有名だった。静かな漁村に小さな居酒屋、「くろば亭」がある。いまや東京や首都圏近隣からもお客が来るマグロ料理の有名店。kanちゃんが数年前にこの店のHPを立ち上げてから人気も沸騰し、もともとおいしいこの店の無国籍料理がさらに種類を増やしファン層を拡大している。店の若い衆も親父さんもkanちゃんを信頼しているのでミニVIP扱い。刺し身はおまかせだ。とりあえず「マグロの白子とトロ皮の酢みそ和え」と「ナマコ酢」を頼む。前者は皆はじめて。アン肝のような濃厚さとコリコリ感がおいしい。続いて私が「ウニチャーハン」を注文。文句なく旨い。( ̄~ ̄刺し身が出てきた。大トロ、中トロ、ヒラメ、鯛、サザエ、イカ、キンキ、活きアジ、彦いわしに赤サバ?この写真はkanちゃん撮影。***\^▼^/***どーですお客さん。彦いわしも酒飲みにはこたえられません。赤サバはマグロの上等の赤身のようです。さて、これは何でしょう。こうなって出てきます。「おこげちゃんぽん」マグロの尾の身の肉をフリッターのようにし、マグロの出し汁でとろみ野菜と和え、熱々を揚げたおこげライスにかけて食べます。たまりません。ニッポン人ばんざい!!私、一年の意地汚なさのツキをここ三崎で使い切ってしまったようです。たったこれだけのメニューでしたが量が多いので満キチ君になってしまいました。メニューは膨大にありますのでぜひ一度おでかけください。(HPは今休止中です)こうして帰省Uターンに便乗していったオッサンの正月はあっけなく終り、上野アメ横ぶらりを追加して、ツンドラ地帯に帰ってきました。家のそばに来たとき、凍ってツルツルになった雪で前を歩いていたおじさんがすっ転び、だいじょうぶですか?と声をかけると「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と言いながらお約束の2回目のすっ転び。笑うに笑えない光景でした。帰省ラッシュ同乗記は吹雪のかなたにこうして消えました。("-_-)おまけ。下は「くろば亭」そばの銭湯。銭湯マニアとしてもぜひ入ってみたいかわいらしさでした。
January 6, 2006
コメント(8)

この日記にもときどき登場するウェブ・デザイナーのKanちゃん(元女性カメラマン)が帰郷していて、3日に横須賀に帰るというので、私もノコノコついていった。自衛官(事務方)のだんなMちーも一緒。●Mちーと横須賀のどぶ板通りのコリアンバーで飲んで年がいもなく「オッパー」と言われたい。●Mちーはたっぷりボーナスが出たので三浦半島の近海物の魚を使った寿司をおごらせる。●Mちーは昨秋、横須賀のマンションを買ったので「褒め倒して」おいしいお酒をいただく。などというふとどきな考えを正月早々もったというわけではなく、「暖かいところでただで遊びたい」という意地汚い発想で便乗させてもらった。同じか。この夫婦は子どもがいないので、帰省ラッシュの渋滞の中でちょうどいい話し相手になれた。Mちーはヤンパがきたので東京も案内するといって、よせばいいのにベイブリッジやレインボーブリッジ、ほらあれがフジテレビ!などと頼みもしないコースを選び大渋滞に巻き込まれKanちゃんにケリを入れられていた。Kanちゃんは超短気な女なのだ。さて横須賀についてマンションそばの繁華街に繰り出すと…店はみんな休みだった。(3日)(  ̄〆 ̄;Kanちゃんはお料理が好きなのだが、いわゆるB級ギタギタ飯は好きじゃない。普段へんな怪石料理なんか食わされてるMちーは私に懇願するように「ニ、ニクが喰いたい!!」というのでハングルだらけの一角の小さな焼き肉屋に入った。(韓国系)Mちーははじめて「バーミヤン」のランチを食べた小学生のように肉にタレをしみこませて、ごはんにてんこ盛りにのせてバクバク喰っていた。私は大人なので上ミノと生ビール。しぶいうまさだった。Kanちゃんたちのマンションはセキュリティ抜群の最新マンションだ。姉歯はからんでいないらしい。( ̄∧ ̄#)このマンションには最近の流行りで犬猫用のシャワールームがロビーの横にある。散歩に帰ってきたらここで足を洗って、ウンチを流すのだそうだ。( ̄皿 ̄;マンションにはすべて鍵を使って入るので、郵便屋さんも入ってこれないようになっている。かりに誰か侵入してもエレベータも動かない。非常階段にも入れない。このことが翌日の早朝、私に悲劇をもたらすことになることなどその時は知るよしもなかった。飲んで笑って12時半に就寝。私が早起きなのはご存知の通り。翌朝、二人を起こさないようにそおっと部屋を出てロビーに降りていった。素足にパジャマ、革靴という怪しいおじさんスタイルだ。郵便受けを確認して新聞を取ろうとすると、ここも暗証番号が必要で新聞も取れない。クッソー。二度寝するか。エレベータの上りマークを押した。エレベータはウンともスンとも言わない。ゲゲ!!!ここも鍵が必要なのだ。ヒ、ヒ、非常階段は…ここもキーじゃあ!!!冷たいロビーにパジャマに革靴のオッサンひとり。( ̄皿 ̄;アイゴー!オットッケー!!しばらくボーゼンとしているとホントーに運よく一人の帰省客が大荷物で帰ってきた。すみませんを連発しつつエレベータに同乗。何だこいつ。と、思われながらも無事帰還を果たした。髪の毛ボウボウの酒とニンニク臭いオッサンは、Mちーの家の友だちです。許してください。日が出て春のような天気になってきたので港へ。自衛隊の護衛艦とイージス艦、潜水艦が正月休みでぷかぷか浮かんでいた。窪塚洋介クンの飛び降りた?マンションの横を通って三浦半島へ。豪華ニッポンのお料理編は明日へつづく。
January 5, 2006
コメント(10)

私はよくブラ雄の散歩は雪中行軍だとこの日記で書く。ことしの日本はまさしくこの言葉があてはまる。では住宅街を抜けてちょっと散歩に。ブラ雄↑私を挑戦的な目で誘う。(白と黒だけでなんにもわからないけど…)右へ左へ雪の中を反復飛びしながら、私を威嚇。(私も両手を広げて威嚇している。ガルルルとか言いながら)私の攻撃、開始!!チチチチチチ!!!!やつは雪の中に逃走する。以上、さっき散歩した光景です。ブラ雄の散歩は腰にきます。
January 2, 2006
コメント(10)

あけましておめでとうございます。スタジオの年賀状を使っちゃったので↑バレバレなのですが、ブラ雄三連発です。(ハングルは薄くて見えませんね)しかも立ちション。いいことあるでしょうか。
January 1, 2006
コメント(18)
全20件 (20件中 1-20件目)
1