PR
フリーページ
サイド自由欄
祭祀王ヌナカワヒメの血脈(あるいは霊脈)がどのように綏靖天皇にまで継がれていったのか――その明確な答えを得るのは非常に難しいです。
それでもいくつかのシナリオを想定することはできます。
二つの場合にわけて考えてゆきましょう。
このシナリオではスセリビメと大国主の間に生まれたタカテルヒメにヌナカワヒメの祭祀王の称号が渡ったはずです。そのタカテルヒメはおそらく次の二人と政略結婚しています。
一人はニギハヤヒで、アメノミチヒメとして結婚、アメノカグヤマを儲けます。
もう一人は八咫烏ことタケツノミ(アヂスキタカヒコネ)で、アメノミカジヒメとして結婚、タギツヒコを儲けています。タギツヒコは二代目タケツノミとしてタマヨリヒメとも結婚した可能性がありますから、タマヨリヒメにヌナカワヒメの称号が渡り、イスズヒメがそれを継承したという見方ができます。あるいは、アメノカグヤマはウガヤフキアエズと同様に熊野の神であることを考慮すると、ヌナカワヒメの称号はアメノカグヤマから神武の母親であるトヨタマヒメに渡り、それが神武を介してイスズヒメ、その子綏靖天皇に継承されたのかもしれませんね。
いずれにしても、越の国の祭祀女王の称号であったヌナカワヒメは、神武とイスズヒメの結婚によって綏靖天皇ことカミナヌカワミミノミコトに継承されたことはほぼ間違いのない事実だと考えています。
結構複雑な政略結婚を重ねた結果誕生した大和王朝ですが、その入り組んだ血統をわかりやすく説明してくれるのが、「天」と「神」と「大」です。たいていの場合、正式名称の前に付きます。大きく分けて三つの系統があったことが名前からわかります。
すなわち天孫日向族、出雲神族、大年神流大和族の三つの系統ですね。
次回はこの三つの系統で、その複雑な系図を読み解いてゆきましょう。
世を忍ぶ仮の姿(大学入試の結末) 2026.03.24
北海道博物館 2025.11.20
北海道開拓時代の風景 2025.11.19
キーワードサーチ
コメント新着
カレンダー