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私が今働いている職場は歯科医院で、主に先生の秘書的業務をしている。別会社の歯科用品の販売会社の仕事も兼ねている。ここに来て、「自臭症」という病気で苦しむ人が大勢いることを知った。言葉自体はどこかで聞いたことがあるのだけど、口臭でも死ぬほど苦しむ人がいるなんて思いもしなかった。友人や好きな人や家族から言われた「口、臭いね」といった、恐らく悪意ではなく何気ない言葉がきっかけで外出ができなくなった人や引きこもりになってしまった人。果てはリストカットや死まで考える人。既に死んでしまった人も中にはいるかもしれない。口臭があるというだけで死ぬなんて、と部外者は思ってしまうが、当人にしてみればそれだけ深刻な悩みに違いない。元々何かの精神的な問題(本人も気づいていないような)があって、それがたまたま人から指摘された口臭へのこだわりになっているような気もするが、一概には言えないことなのだろう。同僚は「私は一種の贅沢病だと思う。」と言う。確かに彼女が言うように、誰かが世話をして食べさせてくれるから引きこもっていられるのであって、これが生きるか死ぬかというような誰にも助けてもらえない状況なら、口が臭いぐらいで引きこもってなんかいられないだろう。先生はそういう彼女に「みんな君みたいなデリカシーのない人間ばかりじゃないんだ。」と言いながらも、「そうとも言えるかもしれないなぁ。」とも言うらしい。(笑)私自身は機械じゃあるまいし生きてる限り臭いがあるのが普通だと思っているので、彼女の言うことはもっともだと思う。でも反面、人間には誰でも弱い面があるから、何がきっかけでトラウマになるかはわからないとも思う。実際の口臭はまったくなくなっていても、本人は納得しないことが多いそうである。それはもはや口臭とは関係なく、精神的な問題なのだ。心の傷を癒して克服するのは大変である。私が子供の頃は、よく道端に犬の糞が落ちていたものだ。それを見るたびに私はそれが自分の口の中に入っているような気がして唾を吐いていた。そう長期にやっていたわけじゃないと思うけど、あれは一種の強迫神経症だったのだと思う。そういう神経質な子供時代に、「あんたの口臭い」なんて言われたら、ひょっとしたら病的に気にするようになっていたかもしれない。そういえば、ほんのわずかな間だったが、前に勤めていた会社に親友が働きに来たことがあった。その当時は家族よりも親密にしていてなんの遠慮もない間柄だったので、「あんた、口臭いで。胃でも悪いんちゃうのん?」と彼女に言ったことがある。当の彼女は「え、そう?」と平気だったのだけど、それを横で聞いていた上司と男性社員は内心非常に驚いたそうである。後から聞いた話では、男性社員は「僕、人前であんなん言われたら死にますわ。」と言っていたらしい。(^^;私からすると、体調をよく崩す彼女を気遣って言ったつもりなんだけど、今にして思えば人前で言うことではなかったなとも思う。ところで、アナウンサーの辛坊治郎氏は若い頃、電車の吊革も持てない程の潔癖症だったらしい。自分でもこれはまずいと思ったので、荒療治のつもりで大学時代にインドに旅行に出かけ、それで潔癖症は治ったそうである。私もインドに行く以前は食器が少しでもヌルッとすると気持ち悪くて洗いなおしていたけれど、これぐらいで人間死にゃしない、と思うようになった。私が初めて行ったアジアの国は中国だが、あの時は言ってはいけないと思いながらもずっと「臭い臭い」と言っていた。どこの国にも特有のニオイがあるものだが、空気自体のニオイが違うのだ。だからインドに行く時には相当覚悟していたのだけど、中国で免疫ができたのか、まったく気にはならなかった。道のそこここに牛の糞が落ちていて、踏まなければラッキーvという国だ。浮浪者のような汗臭い饐えた臭いもするし、砂埃は舞い上がるし、多分かなり強烈な臭いがしていたと思うのだけど、耐えられないほどの臭いとは感じなかった。草むらの中で用を足すのも、慣れてしまえば大したことではない。半月ほどの旅行だから、さすがに現地の人のように手を使って水で洗い流すところまではいかなかったけど。丸々と太った金持ちのすぐ横で、やせ細った子供が枯れ木のようになって野垂れ死にしていくという、生と死が隣り合わせにある国。ああいうところに行けば、自臭症というのもあらかた治ってしまうような気がするんだけどなぁ。**********************************************中小企業のための営業支援ブログ◆販路開拓コツのコツ◆生活お役立ち情報専門コミュニティー☆ソウルナビ良品倶楽部DVDレコーダーを100%使いこなそう!見逃せない!TV番組Pick Up!!
2007.04.25
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この間のtangerineさんの「目は心の窓」という意味のコメントを見て「そう、そう」と思ったので、ルイーズ・ヘイの「ライフ・ヒーリング」で緑内障の項目を調べてみた。【緑内障】考えられる原因・・・かたくなに許そうとしない。長いこと苦悩から逃れられないでいる。こうした状態に押しつぶされそうになっている。と書いてあった。なんだかなぁ。。。思い当たることがあるようなないような。そんなこと言い出したらキリがないよという気もする。まぁ、元々そういう体質なんだろうから。しかし、胸の腫瘍にしてもそうだけど、私の場合はやっぱり左側なんだよね。どうしてこうも左側ばっかり傷めるかな。まだ女性性が満足してないってことかしらね。元々甘え下手だし、全面的に甘えられる状況でもないし、受け取り下手だし。頑張りすぎてるってことなんだろうか。でもがんばらないと生きていけないもんね。最近、仕事が安定しつつあって、久しぶりに人生が前に動き出した感じがしてて、それほど今の状況に不満はない。情緒的にも安定してる感じがする。でも一方で感情が平板になってて、どこか鈍感になってしまってるような気もしてるのは確かなのだ。感情が硬直化してるというか、させてるというか。これはがんばらざるを得ないからなのかな。もしそうだとしたら、寂しいね。いつになったらがんばらないでいられるようになるんだろうか。がんばってがんばって毎日機嫌良く淡々と生きて、不幸ってわけでもないけど幸せかと聞かれると「Yes」とは答えられない。可もなく不可もないという感じの日常。がんばらないでいられるようになるのは死ぬ時なのかな。体から抜けた時の高揚感を思い出す。肉体を持たないことがあれほど楽なら死ぬのも悪くない。別に自殺願望があるわけじゃないんだけど。時々生きてることそのものに飽きがくる。肉体を持ってることが鬱陶しい。かといって、別に落ち込んでるわけでも厭世的になってるわけでもない。仏陀は「生・老・病・死」を四苦と言ったけど、なんで「生」が入ってるのか若い時にはわからなかった。今ではその意味がよくわかる。本当に自分らしく生きられるようになったら、多分がんばらないでも良いんだろうけどね。がんばり続けるのは疲れるわ。そういう意味では魂が疲弊してるんだろうな、きっと。さて、明日も仕事だ。一応研修が終わったので、本来勤める予定の場所への出勤である。おやすみなさい。。。**********************************************中小企業のための営業支援ブログ◆販路開拓コツのコツ◆生活お役立ち情報専門コミュニティー☆ソウルナビ良品倶楽部DVDレコーダーを100%使いこなそう!見逃せない!TV番組Pick Up!!
2007.04.20
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今日、目医者で視野検査の再検査を受けてきた。先日目が痛くて(これはただの眼精疲労)目医者に行った時に、眼底とかいろいろ検査された時に少し左眼の視野が気になるので再検査しましょうということになったのだ。そしたら初期の緑内障だって。(- -;祖父が白内障と緑内障で晩年失明したので、気にはなっていたのだけど。昔は緑内障=失明という感じだったのでかなり心配したけど、「今では早期に発見できたらコントロールできるので、そんなに恐がる病気ではない」と医者に言われた。緑内障と知らずに近眼で見えにくい見えにくいと思っていた人が、調べてみると緑内障がかなり進んでしまっていた、ということもあるらしい。「逆に早期に発見できてラッキーだったと思ってください。」と言われたので、不幸中の幸いというところか。でも治ることはないんだよね。「糖尿病や高血圧のようにコントロールしていく病気です。」とも言われた。これからずっと1日1回の眼圧を下げる目薬は欠かせない。正常眼圧性緑内障なので、現在眼圧が高いわけではないのだけれど、予防的に眼圧を少し下げるようにするらしい。煩わしいといえば煩わしいが仕方がない。PCをよく使うので目の使いすぎが原因かと尋ねると、それは関係ないらしい。やはり体質だそうである。でも長時間パソを使い続けると、普通の人でも目が疲れるのだから気をつけるように、また、下を向く姿勢をずっととっているとどうしても眼圧が上がるので、時々上を向くようにとも言われた。あとはクヨクヨしたりストレスをためないことが大切らしい。ストレスためると血行が悪くなるし血圧も高くなるから眼圧も上がるんだろう。私は一つのことをやり始めると、根を詰めて休憩も取らない方なので、これまでかなり無茶なことばかりやってきた。人一倍寝たい方なのに、しょっちゅう睡眠を削って仕事や趣味のために体を酷使してきた。体の声を一番無視しがちな性格だ。なまじ体が持つものだから、ついついやってしまう。この性格をまず直さなくちゃいけないよね。この年になって、やっと自分の体との付き合い方が少しわかってきた。いつまでも若くはないんだからねぇ。大事にしなきゃ。さて、明日は初出勤の日である。お風呂に入ってもう寝よう。おやすみなさい。。。**********************************************中小企業のための営業支援ブログ◆販路開拓コツのコツ◆生活お役立ち情報専門コミュニティー☆ソウルナビ良品倶楽部DVDレコーダーを100%使いこなそう!見逃せない!TV番組Pick Up!!
2007.04.16
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ようやく次の仕事が決まった。とりあえず派遣社員なんだけど、先方はそのうち正社員として雇う心積もりらしい。最初っからスキルが高い高いと喜んでもらってるのは嬉しいんだけど、あんまり期待されすぎて実際の仕事が始まった時が恐いぐらいだ。Word、Excelはもちろんだけど、これまで触ったことのないPowerPointも使わないといけない。新しい派遣会社の仕事で、募集記事にPPもできる人と書いてあったので、実を言うとちょっとだけウソをついたのだ。(^^;ゞ派遣登録の時に、操作はしたことがないがPPの画面を見たことはある(これはほんとのことだけど、本当にチラッとしか見てない。)と伝えると、できなくても良いのでスキルチェックを受けるように言われてやってみた。そしたら先方も驚くほど出来て、正直、自分でも驚いた。なんのことはない、PPの操作ってWordと驚くほど似ているのだ。そう聞いてはいたけど、これほど似てるとは思わなかった。それでも実務で使ったことはないので、さっそくPPの参考書を買ってきた。おいおい使い慣れるだろうけど、それまでがちょっと冷汗ものである。でもそれ以外はこれまでのスキルが全て生かせる仕事だし、テレマのスキルも役立ちそうである。私のスキルがこの会社を大きく変えられそうなのが嬉しい。小さな会社なので時間の融通もつくし、通うのも自転車で行ける距離で言うことはない。好きなパソを趣味みたいに使ってお給料がもらえるなんて夢みたい。もし何か問題が考えられるとしたら、人間関係位かな。でもどこに行っても人間関係から逃れられることはないもんね。なんとかうまくやって行きたいものである。明後日の初出勤が楽しみである。カテキョ近くの池に浮かんだ花の帯。春の名残だね。ぼちぼち新緑の季節である。**********************************************中小企業のための営業支援ブログ◆販路開拓コツのコツ◆生活お役立ち情報専門コミュニティー☆ソウルナビ良品倶楽部DVDレコーダーを100%使いこなそう!見逃せない!TV番組Pick Up!!
2007.04.15
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タイトルの言葉の意味をご存知の方には恐縮だが、今日聞いた話である。母がいつも行く美容院の美容師さんの甥ッ子のお嫁さん(ちょっとややこしい^^;)が、看護師をしているそうだが、老人病棟でヘルパー業務もしなければいけないらしい。で、少し痴呆のお婆さんをお風呂に入れていた時のこと。「すんまへんけど、おいどのとこ、きれいに洗てもらえまへんかな。」と言われたそうである。痴呆とはいえ、やはりなにか気持ちが悪いというのはわかるようだ。地方出身のこの看護師さん、「はいはい、わかりましたよ。」と答えてその場は普通に洗ったそうだが、後で「“おいど”ってなんですか?」と叔母さんに電話で聞いてきたらしい。実は「おいど」というのはお尻を表す古い言葉である。地方出身の人ならわからなくて当然だが、関西の若い人でもひょっとしたら知らないかもしれない。「ケツ」ならわかるだろうが。(^-^;私が家では当たり前のように使っている言葉を、若い友人達は「知らない」ということがよくある。「それどういう意味?」と聞かれる。「うちでは普通に使てるで。」というと、「それ、おかしい。誰もそんな言葉使えへんし聞いたこともないで。」と言われる。我が家が商売をしているせいなのかもしれないが、恐らくこうしてたくさんの言葉が死語になっていってるのだろう。私だって知らない言葉がいくらでもあるんだから。うちの母は来客があると「おいでやす」と言う。だから京都出身かと思われることがあるようだが、生粋の河内ッ子である。祖父(母の父)が滋賀県出身で明治生まれだったせいかもしれない。祖父の母親は、今なら「行って来ます」というところを「いて参じます」と言ったらしい。母も子供の頃は「行って参ります」と言ったという。言葉は時代に連れて変わっていくものだけど、現代の言葉ではなんとも表現できないニュアンスの言葉が失われていくのは寂しいものである。とはいえ、両親が使う言葉はすべてわかっているものの、私自身が「おいでやす」とか「そうだす」「ほんまだっか?」などという関西弁を使うことは、ない。関東などでは、落語家や漫才師の話すベタベタの関西弁をすべての関西人が使っていると思っている人がいるようだが、まさかそんなことはない。田辺聖子の小説に描かれているような関西弁が日常的だったのは私の親の世代ぐらいまでで、しいて言うなら昔ながらの商習慣が残っている船場あたりにまだその名残がある程度だろう。京都でも「~どす」というのは商売人か色町ぐらいだと思う。こうして昔ながらの言葉は次第に消えて行くのである。そういえば、うちでは父が孫達と遊んでやっている時に、「堪忍(かんにん=ごめん)て言え!」と父がよく言っている。孫達は祖父がくすぐるのから逃げ回って笑い転げながら「堪忍!堪忍!」と言っている。今時の子供で「かんにん」なんて言う子は少ないんじゃないだろうか。「おいど」もうちのチビ達は日常的に聞いてるので知っているはず。自然に消えて行く言葉は仕方がないが、単語であってもせめてこういう古い言葉を遺して行きたいものだと思う。言葉の豊かさは、感性の豊かさに繋がると思うから。**********************************************中小企業のための営業支援ブログ◆販路開拓コツのコツ◆生活お役立ち情報専門コミュニティー☆ソウルナビ良品倶楽部DVDレコーダーを100%使いこなそう!見逃せない!TV番組Pick Up!!
2007.04.12
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今日は用があって梅田に行ってきた。電車の中から見た桜ノ宮の川沿いは、満開の桜でとっても綺麗だった。帰りが早ければ途中下車してちょっと見て帰ろうと思っていたんだけど、あいにく少し遅かったのでできなかった。ところで、昨日は上本町の藤次寺(融通さん)にお参りに行ってきた。8の付く日には一願成就の護摩焚きがあるらしいから行こうと母に言われて、お供したのだ。ところが融通さんの寺務所で尋ねると、うちはそういうことはやってない、という。でも母は、駅で確かにそう書いてあるのを見たと言う。「太融寺の間違いちゃうのん?歯の治療に行った時に見かけたんやろ、きっと」と私が言うと、「これから行こか」と母が言う。お寺のハシゴかと内心めんどくさかったが、母のご機嫌を損ねるともっと面倒なことになるので、仕方なく行くことにした。太融寺というのは大阪の北区にある古いお寺である。嵯峨天皇の勅願所で、弘法大師が開基らしい。寺の由来はこんな↓感じ。「当寺は弘仁12年(821年)にこの地に弘法大師が嵯峨天皇の勅願により、創建されました。ご本尊の千手観世音菩薩は、嵯峨天皇の念持仏を下賜され、天皇の皇子河原左大臣源融(みなもとのとおる)公が、この地に八町四面を画して、七堂伽藍を建立され、浪華の名刹として参詣者でにぎわいました。当時を偲ぶ境内地の名称は今に伝えて、太融寺町、堂山町、神山町、扇町公園、野崎町、兎我野町等として残って居ります。 元和元年(1615年)5月、大阪城落城のとき兵火で全焼しましたが、元禄年間に太堂、南大門など諸堂25棟が復興して、“北野の太融寺”と市民に親しまれ大いに栄えました。 昭和20年(1945年)6月戦災で堂塔伽藍一切が灰燼に帰しましたが、ご本尊千手観世音菩薩は無事難をまぬがれました。戦後再建に着手、本堂、大師堂、不動堂、宝塔、客殿、本坊、庫裡、鐘楼、東・西・南・北門、御供所20余棟が復興しました。」源融というのは、光源氏のモデルと言われている人物で、「融(とおる)」という能楽にもなっている。以前、本堂には参ったことがあるけど、行ってみると「一願不動明王」と書いてある。「そういやこの前を通る時にいつもこの看板見てたけど、お参りしたことなかったな」と思って境内に入る。境内をうろうろしていると、奥にまだ建物があって、そこから般若心経を唱和しているのが聞こえてきた。大きなお不動さんが立っていて、その横の小さな建物が不動堂らしい。薄暗いお堂の中で僧侶が護摩を焚いており、小さなお堂の中には人がひしめくようにして般若心境を唱えながら座っている。おどろおどろしい感じが、「いかにも密教」という一種独特の雰囲気である。「ここやここや」と母を呼んで、お堂の前の寺務所の所で護摩木を書いたのは良いが、既に2時からの護摩焚きが始まっているので、4時からのお焚きあげになるという。いくらなんでも2時間も待てないので、書いた護摩木は寺務所に預け、お堂の隣の水場(一筋滝が流れている)に手を合わせたり、ちょうどお釈迦様のお誕生日の花祭りだったので、お接待の甘茶をいただいたりしてしばらくブラブラしていた。ああ、今考えると、護摩壇で火を焚いている横に水場があるのよねぇ。なんか意味があるんだろうな。境内をうろうろして帰りかけた頃、「エイッ!」という気合いが何度もまた不動堂の方から聞こえてくる。一体何が始まったのかとまた戻ると、護摩焚きは終わったようで、護摩を焚いていたお坊さんが、般若心経を唱えていた人達の背中を一人ずつ数珠で祓っているというのか、気合いを入れていた。簡単な加持祈祷をしてもらっているような感じである。「ほほー、希望者はああしてもらえるのか~」と母と言いながら見物。そこに居た人達は信者だからなのか、この護摩焚きにご利益があるからなのかよくわからないが、みんなかなり熱心な感じだった。思いもかけず非日常的なものを見て、ちょっとリフレッシュできて良かった。(っていうのはおかしいやろ!>自分 ^^;)気がつくと、先に行った融通さんも太融寺も、高野山真言宗のお寺なのである。図らずも両方のお寺でお大師さんやお不動さんに手を合わせてきたのだ。ご縁ですねぇ。久しぶりにまた高野山に行きたくなってきた。**********************************************中小企業のための営業支援ブログ◆販路開拓コツのコツ◆生活お役立ち情報専門コミュニティー☆ソウルナビ良品倶楽部DVDレコーダーを100%使いこなそう!見逃せない!TV番組Pick Up!!
2007.04.09
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3月末までの仕事が終わった後、ここ数日体調を崩して半分寝込んでいた。1度嘔吐したあと微熱があり、体の節々が痛かったので、風邪かと思っていたがどうも違っていたようだ。目も痛かったので医者に行き、視神経の栄養剤をもらって数日飲んだら痛みはなくなった。やっと胃の不安感もなくなった。きっと疲れが出たんだろう。職場の休憩室からの眺めが良かったので、記念に撮っておいた。北浜からの眺めである。真下にあるのは中ノ島公園で、道路は阪神高速である。もっと左側には中央公会堂もあったのだけど、撮り忘れた。こちら↓は東側を写した写真。一番手前は阪神高速で、その向こうの橋は天神橋。その奥の橋は天満橋。右側の端っこに小さーく大阪城も写っているのだけど、わかるかな?奥に見える山並みが生駒山系である。川には大小のアクアライナーが行き交っている。季節限定だそうだが、モータボートの観光船も出ているようだ。いかにも水都という感じの風景である。今頃川べりは桜でピンク色かもしれない。通勤用に早朝の船が出ていると以前聞いたことがある。それに乗ると、毛馬の閘門から桜のトンネルの下を潜って行くそうな。いつか乗りたいと思いながらまだ乗ったことがない。私はフットワークが重たいので今年も無理かな。(^^;ゞ**********************************************中小企業のための営業支援ブログ◆販路開拓コツのコツ◆生活お役立ち情報専門コミュニティー☆ソウルナビ良品倶楽部DVDレコーダーを100%使いこなそう!見逃せない!TV番組Pick Up!!
2007.04.05
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