★スーパーマン★好きだ★ 0
プロット「イケメン」 0
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「とうとう(復讐屋)が暴走したぞ」 港町署に戻った冴子に、捜査二課の部長刑事が叫んだ。「上智大学二年生の娘が二日も家に戻っていないそうだ」「誘拐ですか?」「これが(復讐屋)からの脅迫状だ」「(あなたの教育理論をお子さんたちで実践してあげます)理論を実践って? もしかしてスパルタ教育? そうだとしたら・・・・・・」「すでに榊原の家には捜査員が張り込んでいる。長女の美和さんはフラワーアレンジメントの講座に通った後、行方不明になったらしい」「君も一度榊原氏の実家で捜査員から情況を把握し、その後引き続き(復讐屋)を特定するために聞き込みを続けてくれ」「はい、わかりました」(復讐屋)が本気になっている。すでに暴走し、狂犬になっている。 猛獣になるのも時間の問題だった。貧弱な陽光が樹海の木々の間から忍んでくる。火山岩の山をかけ降りた亮一は、転がった拍子に、せっかく手に入れた靴をなくしてしまった。 細かい火山岩が降り注ぎ、火山灰が降り積もった大地は、亮一の足の裏を容赦なく傷つけ、血塗れにしていた。 岸田の骸骨を追い掛けてきて、かなり下に降りてきてしまった。上にいた時には樹陰の隙間から遥か向こう側が見渡せていて、細やかな希望を与えてくれていたが、ここでは全く視界が閉ざされてしまっていた。 昼間なのに、二十一世紀の日本であるはずなのに、まるで洞窟の中にいるように闇色に染まっていた。 懐中電灯などの灯りもない中で、亮一は追い付いて拾い上げた(岸田)を睨み付けた。「お前のせいで、リュックも缶詰もなくしたぞ。どうしてくれるんだ。人が親切に日記を届けてやろうと思ったのに」 血だらけになった指先を握り締めて、(岸田)を殴った。何度か殴ると、気が晴れて気分が良くなってきた。「一人にしないでくれよ。淋しいよ」 今度は岸田を抱き締めながら、亮一は愛しい(彼)に口づけをした。「!」ここだというような岸田の声が聞こえて、亮一は足元を見た。 針のように差し込んでくる陽光の中で、辛うじて固有の色を与えられていた。鈍色の物体。人類の発明において最高傑作の一つである缶切り。「あ、あ。缶切りだ。こんな所に。野犬がくわえてきたのか」 どうしてこんな所にあったのか。どうして岸田の骸骨はここで止まったのかなどという問い掛けなどは、今の亮一にとっては愚問であった。とにかく缶切りがここにあった。まだ使える。これであの(最後の缶詰)が食える。 亮一は引っ手繰るように缶切りを拾うと、(岸田)を小脇に抱えて、猛然と山頂へと登り始めた。途中で靴を見つけられたので履こうとしたが二つに裂けていて、靴にはならなかった。諦めて靴を捨て、残してしまった缶詰を手に入れるために、再び山の中腹を目指した。 木の根。蔓。苔。つかめるものは何でもつかんだ。鮫膚のような土くれで、足の裏が擦り切れそうになっても、彼は登ることを止めなかった。
2011年10月13日
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「私には(愛人)がいました。(強靭なオヤ・学)の大ヒットで金が入った私は、人生でたった一度の過ちを犯してしまいました。その愛人との生活は二年にもおよび、印税の枯渇とともに終わったのです」 榊原はテレビカメラを前にして、生中継で(愛人)がいたと告白した。本人によるとそういう事実はないそうだが、あれほど大儲けをした男だ、その告白には真実味はあった。 冴子にとっては、榊原の愛人の有無はどうでもいいことだった。(復讐屋)が手がかりを残すように行動してくれればそれで良かった。榊原がこの件で市長辞任に追い込まれることは冴子にも予想ができた。「市長を辞任させることが復讐屋の目的だったとしたら、復讐屋は市長選のライバルという可能性が」「じゃ、その辺りに(復讐屋)がいそうだな」「ただの強請りですが、罪名はどうなりますか? 名誉毀損? 精神的苦痛を受けた事に対する傷害罪ですか? 脅迫罪?」「傷害罪だな。嘘の告白を強要された事による精神的苦痛は傷害だろ?」「さぁ」「いや、脅迫罪にしよう。張り合いがないからそう言うことだ」漆黒の海のような大地を突き破るようにして、金色の太陽が登ってきた。衣服を手に入れて文明を手にした亮一は、焚火に最後の枝を投げ込んだ。 死んだ岸田からはぎ取ったセーターとコートは思いの外、彼を暖めた。 絶望から死さえ渇望し、死へと誘ってくれる猛毒さえ求めた事も今では笑い話だ。 死を予告していた怪物のような樹影でさえ、今は優しい陽だまりを作っている。 防寒のために背負っていたリュックを下ろし、底に転がっていた缶詰を取り出した。 岸田は死を自ら望んでやってきた。そして見事に首を吊って果てた。 自殺志願の岸田がなぜ食料を持っていたのか。亮一はそれが気になっていた。 亮一のような遭難者のために? それとも?(生きたかった) そう、岸田は生きたかったのだ。会社は倒産し一家離散、従業員を無職にした。死亡保険金を狙って、自殺の名所で有名なここへ分け入ってきたが、首を吊るための枝を選定しながらも彼は迷っていたのだろう。 他に道はないのか。起死回生の手段はないのだろうかと最後まで人間としての思考を止めなかったはずだ。自殺以外の最後の手段を、脳細胞をフル回転させて考えていたはずだ。少なくとも技術屋の岸田はそうだったはずだと亮一は考えた。「もっと生きていたかったよな」 八十センチほど先の窪みに、空になったカンやパンの空き袋が捨てられていた。すでに土くれに棲みつく虫けらたちに占領されていたが、それは文明の欠片だった。 岸田と最後まで運命を共にした同志であった。 缶詰の食料を口にしながら岸田は何を思っていたのだろうか。 最後まで思っていたのは家族のことだったのであろうか。 家族の生活のことよりも、職を奪ってしまった従業員たちの残りの人生に思いを馳せていた岸田。 やはり自分の保険金が、従業員たちに確実に配分される事だけを願っていたことだろう。 亮一はカンを地面に叩きつけた。強く握って何度も打ち付けた。 思いついてリュックをさらに探った。缶切り。缶切りはないのか? いやあるはずだ。岸田は缶詰を食べている。 亮一は立ち上がった。猛烈に走り回り、缶切りを探した。 彼は苔をむしり、枯葉をはたき、地面を掘り返した。火山性の大地は堅く、樹海の冷気で湿っていて、土くれが肌を傷つけすぐに赤くなった。爪は割れ、指先は血塗れになってきた。 首を振った。冷静になると、頭が冴え渡ってくる。 こんな地質だ。缶切りが埋まってしまうわけがない。 そう思った亮一は、今度はさらに視界を広げて、錆色の金属の道具を探そうとした。「岸田、缶切りをどこへやったんだ。教えてくれ」 何となく岸田の遺体に目をやると、窪んだ眼が何となく笑ったような気がした。「笑うな。笑うな。俺を笑うな」 亮一は岸田の骨を突き飛ばした。弱っている身体から出たとは思えぬ程の怪力が出て、岸田は吹っ飛んでいった。 gagaga。岸田骸骨が転がっていった。湿った土くれの上を軽快に転がっていく。「い、いくな。行かないでくれ。岸田!」 亮一は一目散に走り、山肌をかけ降りて行く岸田を追い掛けた。すでに身体というやっかいな物を持たない岸田は、亮一の事など我感ぜずと転がって行く。 捕まえられるなら捕まえてみろ。俺はもう自由だ。何もないが、何もいらない。何の悩みもない。 そう囁きながら、岸田は富士の樹海を転がっていった。「待ってくれ岸田! 俺を置いていかないでくれ。一人にしないでくれ」 岸田を追うように、亮一も火山で荒れた大地をかけ降りていった。捜査本部を設けるほどでもないので、港町署の捜査二課が担当することになった。 冴子はまた応援だ。つまり大の男たちが踏張るほどでもないので、女の冴子や婦警を(少年少女の補導)から解放して、一時的に専従させようという魂胆なのだ。 有名人の脅迫事件。婦警か新人警察官が(復讐屋)を探す。それで十分だというのが上の判断であった。「榊原さん、あ、いい人ですね。国会議員になってからは、少し人気を鼻にかけるような所も出てきましたけど、(強靭なオヤ・学)ほどのベストセラーはないものの、著作を出す度にそれなりのヒットを飛ばしてくれますからね。私たち出版社にはいい作者ですよ」「市長を辞任したら、また本を書いてもらいますかね」 最新の榊原の著作を出版した中堅出版社の編集者は、また榊原で儲ける気のようだった。商魂逞しい出版業界、幼稚園児の作家でも出せばもっと面白いのにと冴子は思った。 次に訪ねたのは、榊原に市長の椅子を横取りされたようになった元市議会議員の横長新次郎であった。冴子の中では一番の容疑者であったのだが。 横長は事務所をそうそうに引き払っていたので、自宅にいた。市議会議員を辞しての出馬であったので現在は無職ということになる。「榊原さん、もう終わりだね。市長の辞任も近いんじゃないのか?」「あなたはダントツのトップ当選が確実だったのに、突然参入してきた榊原さんに市長の椅子を奪われましたね。ショックだったでしょう」「あぁ、確かにね。三つの党からの公認も受けていたし、市議会議員としての実績や知名度もあったから絶対に当選すると私も思っていた」「だから恨んでいた?」「よしてくれ、このくらいであんな脅迫をするものか。彼の(理論)と(カリスマ性)に負けたんだよ。(教育に優しい行政)は確かに教育熱心な今時の親には魅力的に思えただろう。明らかに私の負けだった」「神妙なんですね?」「私も男だからね。負けは認めるよ。もしかしたらアイディアマンの松浦秘書に負けたのかもしれない」 冴子は議員というものを職業にしている人種に嫌悪感を常々持っていたが、敗北し無職になった五十を過ぎた男の末路を少し哀れんだ。「正直言って市長にならなくて良かったっていうのが本音でね。以外に地方行政は大変だし、次の参議院戦に出馬しないかって声をかけられているんだよ」 一瞬でも気の毒に思ったことを冴子は後悔した。政治屋という人種は強かで、恐竜並みに諦めが悪いらしい。 榊原の身辺の数十人をあたったが、大した収穫はなかった。(復讐屋)がもう一度動いて、ボロを出してくれる事を願っていた。
2011年10月13日
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「死神の告白」5 まだ、続いた。 闇だけがあった。ここが日本という立法国家で、警察や裁判制度が正しく機能しているというのに、彼の救援は遅れていた。 どうしても会いたいといった恋人のためにこっそりと帰国してきたために、親にも兄弟たちにも報せなかったためだ。 そのメールでさえ、犯人たちの陰謀であったことが後で判った。恋人は上手く騙されて、あのメールを送ったのだ。だから彼の拉致事件でさえ誰も知らないし、気づいてもいない。 尻が冷える。亮一は犬ように浅い眠りを取りながら、周辺を歩き回ってかき集めてきた細切れになった枝を焚火に投げ込んでいった。 下着一枚の身体には、闇と夜の冷え込みがかなり応えた。 その小さな炎は何度も消えかけた。自らの命を守るために、サバイバー亮一は傷を癒すための深い眠り取る事ができないでいた。 彼ははっと思いつくと、上から垂れ下っていた岸田の足元に駆け寄った。彼はしばらく遺体になった岸本を見上げていたが、頭を振ると、意を決したように木に食らい付いた。 慎重に手を回しサルになったつもりで腕を回し、木登りを始める。しかしこうしたワイルドな活動に疎い彼は、すぐに落下してしまった。 苔生した黒黒した漆黒の地面に、激しく尻を打ち付けた。尻をさすったが、虐待を受けた全身の傷にその振動が伝わり、悶えるように苦しんだ。 それでも彼は諦めなかった。岸田のリュックから見つけ出していた、マフラーを木の幹に一回りさせると、それを引っ張るようにして、足を幹にかけて幹を歩くように登っていった。確かテレビで見たことがあるのだ。こうして南の島の男が、椰子の木に登って行き、椰子を落とす映像があった。目的の高さに到着すると、ビギナーにしては上手くやれたと自分で自分を誉めてやった。あの父親も彼をよく誉めてくれた。まるで子犬のように父親のご機嫌を伺うような所があったが、父親は息子達をよく甘やかせて育てた。 しかし全員が素直で優秀な人材に育ち、あの父親の子育ては成功した。兄弟たちの一人も最高に尊敬し、父親を嫌うものなどいなかった。 あの父親は、生き延びて猿のようにスルスルと木に登ったと報告したら、頭をなでてくれるだろう。亮一も達成感に脳内物質を分泌させて、しっぽを振ることだろう。 映像メディアからの貴重な情報を駆使し、彼は無事に木を登りきった。そして錆付いていた果物ナイフで、岸田が首を吊ったロープを切り離した。二秒後、ドサリと鈍い音がして、岸田が落下した。 続いてさっきとは逆に滑るように木を歩いて降りると、彼は岸田の遺体を確かめた。 すでに白骨化が進んでいる。岸田は舌を剥出しにした哀れな死を迎えた後、腐敗し、長い間この樹海にブラ下っていたのだ。 岸田はまだ足元に転がっている。骸骨のようなった身体はまるで、アミューズメントパークの作り物のようにも見える。これが五十一年も生きて動いていた身体だったとはとても思えなかった。透視してみたかのように自分の身体を眺めながら、自分の骸骨を想像してみた。 歯の矯正治療の時のレントゲン写真を見て、なんてブサイクな頭なんだと思ったことがある。彼は自分の容貌は十人並みでで、顔などの美醜にこだわる必要はないと思っていたが、自分の骸骨を見て、なぜか自己嫌悪に陥った。スーパーモデルはもう少し綺麗な形をしているのだろうかと、美男美女を羨んだものだ。筋肉や皮膚がなければ、しょせん人間など哀れな骸骨にすぎない。それは白人でも黒人でも、ギアナ高地の裸族でも似たような骸骨が入っているに違いない。 岸田をちらりとみた。剥出しになった歯並びが笑っているように見える。「ブサイクだって? パンツが汚いって?」「うるさいな。服は取られたんだよ。俺だって恥ずかしいよ。女の子に見られたら死んでしまいたいよ」「あんたはもう死んでいるんだから、どんな格好でもいいけどさ」 そこまで言って思いついた。冷気に耐えられず、気を紛らわせるために埋めてやるつもりで下ろしたが、気が変わった。 亮一は岸田の遺体に手を合わせた。が、すぐにそのすでに薄汚れたセーターを脱がせ始めた。続いてズボン。そしてソックス、靴。ズボンの状態を確かめると、破損させないように自分の足を入れ始めた。 幸運なことにズボンはサイズがぴったりと合っていた。五十一才の岸田誠治と、まだ二十才の亮一。年令はかなり違っていたが、最高の技術屋を目指していた同志としての共鳴があった。 頭を振った。今は感傷に浸ってはいられない。続いてソックスをはき、セーターを被った。頭が少し大きいのか窮屈であったので、少し破いてみた。最後に(岸田)のナイキらしい靴を脱がせて、自分の裸足を入れた。劣化しているヒモを契らないようして、慎重にヒモを結ぶと、靴は亮一の足のプロテクトになっていた。これでどんなに苛酷な探険をしようと彼の足は無事であろう。 劣化が進み、かなり痛んでいたセーターは、亮一をまるで乞食のような容貌に見せていた。 岸田の傍に脱ぎ捨てられ、野犬に玩ばれたようなコートを羽織ると、下着だけだった亮一は文明の人間へと戻ることができた。 しばらく焚火に照らされた灯りの中で自分の姿を眺めていたが、首を振って焚火の前へと戻ってきた。 追剥ぎ。いや違う。これは生きるためなのだ。警察に発見されるまで、身体を守り、生き長らえる必要があるのだ。 自分を弁護するような言い訳を見つけて、自身を慰める。「ウォォー!」 亮一は闇の中で、狼のような雄叫びを上げた。「おい、いい所に帰ってきた三神くん。とうとう(復讐屋)が動いたぞ」「え、来ましたか」 高い声が出たので、必死で押し込めた。「ずいぶんと嬉しそうだな。三神主任。そんなに捕り物がしたいか?」「あ、そうではなくて」 これであのブンヤにギブアンドテイクのギブができる。 女のカンも当たっていた。 呼ばれて行った部屋の奥に榊原が座っていた。直接会うのは初めてだった。 すぐ傍には参謀役の松浦が控えている。まるで水戸光門だが、操っているのは松浦で、 榊原は操り人形なのだ。「(復讐屋)は榊原氏に(愛人がいたことをテレビで告白しろ)と言っているらしい。もしも告白しなければ、家族に危害を加えると脅迫状に書いてある」「愛人? いるんですか?」「いや、いない。本当だ」「じゃあ、なぜ告白しろだなんて?」「わからない。本当にわからない。娘にマンションを買ってやったり息子に外車を買ってやったりして愛人を囲うほど余裕はないし、妻を愛している」(愛している)という言葉にジンマシンが出そうになったが、三神は婦人警官らしく優しく微笑んで見せた。「これが(復讐屋)の復讐としたら、大した復讐じゃないですね」「しかし市長に当選したばかりで、有識者としての人気がある榊原にとっては重大なトラブルですよ」 横に控えていた松浦が口を出してきた。いると思っていたらやはりいたなと冴子は、苦虫を噛んだ。「とにかく(復讐屋)を突き止めるまで時間が必要です。そしてそのためには(復讐屋)に二度目の脅迫させる事が必要です。彼らが動けば必ず手がかりを残します」「え?」「彼らがボロを出すまでの辛抱です。(愛人)がいたと告白して下さい」 冴子はさっそく二度目の脅迫のことを、新聞記者の加納にリークした。彼はやっと見返りがあったことに感動していたが、彼も仕入れたばかりの情報をくれた。「榊原の人物評には全く新しいネタはない。可もなく不可もないそれなりに礼儀正しい男というのが一般的な意見だ。しかし国会議員になってからは、少し野心が芽生えたのか学者的な素朴な男だったのが、野心的な言動が目立つようになったというのが古い友人たちの評だ」「野心的になった、か」「衆議院議員だった時は酔った勢いもあったのか、総理大臣になりたいと言ったこともあったそうだ」「なるほどね。名声や地位を手に入れると人は変わるものよね」「まったくだ。たしかに教育学者や有識者としての知名度もあるし、衆議院の議員としての地位も手に入れた。彼には恐れるものはないし、余り選挙活動をしなくても当選できる十分なカリスマ性も持っている」「総理大臣になれるかもって、思い上がるのも判るわね」「女優あがりでも大臣になれるんだ。榊原氏も大臣になら、なれたかもな」「学歴がなくても、世渡りが上手ならなれるわ」
2011年10月13日
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「死神の告白」4 まだまだ、続く。 彼は、まだ樹海の中を迷っていた。大量の木々は次々と男に幻を見せて、闇色の迷宮の中で彼を玩んでいた。「ここはどこだ? 一体どこだ? 俺はどこにいるんだ」 呼吸をしている者のいない世界は、いつも生け贄を求めている。そこへ男が、何者かによって投げ込まれてきた。男の声を聞いているものは、すでにこの世のものでなくなった自殺者たちの骨だけであった。 捨てられてから一日経った頃、やっと人であった頃の正気が戻ってきた。恋人が惨殺され、どこかで処分された記憶までも蘇ってきた。「由香里、由香里。可哀想に。でも俺はもっと可哀想だ。半殺しの目にあった」「そしてこんな山奥に捨てられた。いっそのこと山姥でも出てきて食い殺してほしいよ」 どんなに叫んでも、どんなに泣いても容赦などしない。 寡黙な緑の海原だけが、ここに男がいることを知っている。 海千山千の男、松浦と対峙した三神冴子はすっかり疲れてしまった。 署に戻る前にこっそりカフェに立ち寄り、前から狙っていたゴールデンスリー・フルーツチョコダブルツイストパフェをオーダーした。 女はデザートを味わうために生まれてきた、男の園で生きる冴子はそう信じていた。 欝陶しい英田警視ともやっと離れることができたし、夜の街での「少年少女狩り=(補導)」も新人たちに任せてある。久しぶりに主任として、現場活動ではなく部下たちの指導に重心を移したい所だったが、妙にあの脅迫状が気になっていた。警察は具体的な警護をしないと決めたが、なぜか放っておけなかった。実家の本棚に数少ない子育ての教本として残されていた事を思い出したからというわけではないのだが。 (復讐屋)の恨みというのは何だろう。(恨み)人は自分が止めたタクシーを先に使われても、トイレで一列に並ばなくても誰かを(恨む)ものだ。 榊原は何をしたのだろう。誰かの弁当を盗み食いでもしたのだろうか。 Y市港町署の三神冴子は、スプーンですくった最後のチョコレートを口に運んだ。 「!」それは薄暗い樹陰の下で揺れていた。わずかに入り込んでくる紫外線に焼かれても、すでに抗議の声を上げなかった。 彼は樹海の中で、それを見つけた。正確には人であった死体だ。 自殺の名所で有名な樹海に入り込んできて、首を吊り思いを遂げた。 彼はぶら下っている(蓑虫)を羨ましいとでさえ思えた。「俺も死にたいよ」 彼は何か死ぬための道具が残されていないかと、その自殺者の持ち物を漁り始めた。 リュックを振り回すようにして死体の足元から取り上げると、手を突っ込みかき回した。「違う。違う。違う」「ないないない」「毒か何か持ってきていないのか。俺を確実に殺してくれる凶器を持っていないのか」 男はすでに数日前に屍になった見知らぬ他人を怒鳴りつけていた。 腐ったパン。犬に食い荒らされたゴミ。最後に書き残した日記。 男は日記を開き、読み始めた。彼は人として情報に飢えていた。 人が創造した文明の欠片をやっと手に入れた。 そして明度のない閉ざされた空間で、貪るように文字を漁った。(憲法記念日を目前に控えた去年の五月二日、会社の手形が不渡りになった。不況のために経営状態が悪化した三年前から、従業員たちと結束して営業努力を重ねてきたが防ぐことができなかった。取引先はうちの金型を持ち出して、中国の工場で作らせるし、大事な技術をそのままそっくりと真似させている。そして挙げ句の果てには、さらなる値下げを要求してきた。たまりかねて返事を延ばしていたら、全く注文が入らなくなった。担当者に電話をしても、直接本社に訪ねていっても、居留守ばかりだ)(思えば技術屋一筋、会社勤めの後起業してから早十六年。好景気にのって順風満帆に会社を成長させてきて、自社の成長を子供の成長のように慈しんできた。しかし突然やってきた不況の波に、企業力の弱い我が社は飲み込まれてしまった。私は溺死を逃れるために懸命に資金をかき集め、技術革新に心血を注いだが、自社の溺死を救うことはできなかった。(この倒産で従業員は全員解雇。退職金でさえ払えなかった。入社して七年目の若い社員には三人目の子供ができたというのに、私に経営手腕がなかったために会社をつぶしてしまった。せめて私の死亡保険金一億一千万円を、十二人の従業員たちに退職金として分けてやってほしい。一月一日元旦 岸田誠治五十一才)「元旦早々に遺書か。世の中の人間たちが新年の曙を愛で屠蘇で祝っていた頃に、岸田誠治は死を望んでいたのか。可哀想に」 その(可哀想)という言葉は岸田のために言ったのではない。自分のためだ。どこかで自分自身を哀れんでいる。「保険に加入してから二年以上経っているんだろな。そうでないと死亡保険金は支払われないぞ」 男は自分の情況を忘れてすでにこの世の者でなくなった岸田に忠告をした。岸田誠治が古い友人のように愛しく感じる。技術者を目指しアメリカの大学に留学していた亮一には、この岸田が同志のように思えた。「生きていた時に会いたかったな」 「遺書、家族に読んでほしいよな」 小冊子のような日記の表紙の土くれを丁寧にはたいた。それなりに綺麗になった所で、廃品のようになっていた岸田のリュックに押し込んだ。大切にいとおしむように、そのリュックを抱き締め、自分の背中に背負った。 彼は気合いを入れて勢い良く立ち上がると、その辺りを忙しく動き始めた。落ちている木々を次々に小脇に抱え、一ヶ所に集め始めた。 そして岸田のリュックから見つけたライターの火を付けた。燃料の乏しい焚火だったが、男に細やかな癒しを与えてくれた。 男は精悍なサバイバーになっていた。 警察がまだ動かないことを決めたので、これ以上の情報は得られそうになかった。警察の情報源にも限界がある。 生活安全課の主任としての人脈にはちまたの裏から表まですべての住人たちもいるが、華々しい王道を行く榊原功夫については闇の住人たちのネットワークは無力であった。明と暗、この分断された世界では情報も分断されていた。 そこで探りを入れてみたのは大学で同じ「ノンフィクション愛好会」に所属していた男だった。彼はジャーナリスト志望一筋で、アルバイトで新聞社に関わりながら、卒業後には堅実に内定を勝ち取っていた。留学の経験もあり、十代からの外国人専門のバーでのアリバイトによって英語が堪能だったので、いつも便利に使っていた。サークルでの取材や旅行などで、アゴで使える専属の通訳として買物をさせていた。 彼は史実や隠された(真実)にしか興味がなく、ノンフィクション愛好会に所属しながら恋愛小説やエッセイばかりを読んでいた冴子を、いつも不思議そうに眺めていた同級生だった。 冴子は、お気に入りのカフェに加納リュウというその記者を電話一本で呼び付け、新しいパフェを食べながら待っていた。男は忙しいのにと何度も愚痴を言ったが、冴子は容赦しなかった。警察官としての情報をちらつかせながら、いつも彼から強引に最高の情報を得ていた。出世の前に立ちはだかるオヤジたちを出し抜くには、独自の情報源が必要だと冴子は思っていた。「で、知りたいことは何?」「だから電話でも言ったでしょ。榊原功夫について」「あぁ、あのY市市長に当選した榊原功夫。たぶん目新しい事は何も出ないよ。一般的に出回っている人物評しかないね。タブロイド紙や週刊誌の記者なら面白い情報を持ってそうだけど、俺は真面目でお堅い新聞の記者だからね」「でも週刊誌の記者にも知り合いがいるでしょ?」「あぁ、人脈がないでもない。たまにはアングラな情報をもらうこともある」「だから、その人脈を使ってほしいのよ。あたしのために」「君のために? 女に尽くすのはごめんだ。疲れるから。でもギブアンドテイクのためなら尽くしてもいい」「じゃ、そうして。三日後の同じ時間にここでね」「ギブアンドテイクだろ。君は何をくれるんだ?」「素敵な一夜を」冴子は男にウインクをして見せた。「いらないよ。不自由していないから」 やはりそうだ。こう切り返して来る事は、三神冴子には察しがついていた。だからこのブンヤは、お気軽に下僕にするのにちょうどいいのだ。「あたしじゃ物足らないっていうの? 嘘でも喜んでよね」「早く何かくれよ」「まだ何もないわ。でもまた脅迫状が来たら教えてあげる」 苦虫を噛みつぶしたような視線で、冴子を見送る新聞記者を見下ろしながら、颯爽と店を出て行った。
2011年10月13日
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「死神の告白」3彼は彷徨っていた。 まるで世界から切り離されたような樹海で男は彷徨っていた。その白蝋のような風貌は、死人のように痩せこけ、下着だけが彼の衣裳であった。これが二千年前なら、まるでイエスキリストの殉教の姿だと評されもしただろうが、現代ではただあの世を彷徨う死人の姿にしか見えなかった。 足元には苔が生え、そして黒い土くれが時折剥出しになっている。木々の緑は豊かだが、薄暗い深部はまるで妖怪の住みかのようであった。彼の弱り切った脳内では、その緑陰でさえもが騒めき、蠢き、巨大な怪物へと姿を変え、彼を食い殺そうとしていた。 そしてその黒黒とした大地も、剥出しになった男の白い足をヤスリのように傷つけた。しかし朦朧とした記憶の中でも、男にはこの場所に微細な見覚えがあった。行った事があるのではなく、写真や映像で見たのだ。確か自殺者が多い事で有名な場所だ。時折有志が集まり、総出で自殺者の捜索をすると聞いたようなと、彼の細やかな記憶が語っていた。 しかし二週間も虐待を受けた後では、すでに脳細胞はフル活動はせず、救出を求めるための村落へのルートを突き止めるアイディアでさえ全く浮かんではこない。猛烈に襲ってくる渇きや身体の痛み、そして死さえも望むような絶望感や孤独。それに耐える事で精一杯の精神状態であった。たとえすぐに救助されたとしても、彼が虐待の前と同じような、素晴らしき青春を謳歌することはできないであろう。数年の精神科での治療が必要であると思われた。 年令はまだ二十になったばかりで、国立大学を休学してアメリカのワシントンに留学中のはずだった。 だが、恋人に会うために親に内緒で帰国し、東京国際空港から成田エクスプレスに乗り、新宿で恋人と落ち合い、熱海のホテルへとレンタカーで向かっている途中で仮眠中に警察官に合図をされた。何かの聞き込みだろうか、知らないうちに交通違反をしてしまったのだろうかと車の外へ出たら、さらに数人の警察官らしき制服の男のような影が飛び出してきて、一瞬のうちに羽交い締めにされた。人気のない山間部のハイウエイであったために、恋人と二人すぐに拉致されてしまった。 ただの男たちは強盗だと思われたが、男たちの目的は彼自身であった。視界を遮られ耳栓をされ、全くルートが判らぬようにされて、男はどこかに連込まれた。かなり時間をかけて連行されたので、とんでもない場所だという事だけは判った。彼らは(男)を何日も、男の朦朧とした記憶では一ヵ月あまり経ったように思ったが、実際は十五日余りであった。 彼らの目的は(金)ではなかった。男自身であったのだ。恋人も同じような人種だと判ると、男たちは二人に同じような(拷問)をほどこした。まるで地獄絵にあるような残酷な仕打ちであった。そうしているうちに恋人は息絶え、どこかへ連れ去られてしまった。多分彼女は埋められるなどして、処分されたのであろう。 遥か彼方の空間から、チェーンソーらしき唸りが内耳へと届いてきて、今まさに愛しい恋人の身体がバラバラにされようとしている事を彼は知ってしまった。兄弟たちに内緒で、逢瀬のために帰国したというのに、愛しい恋人は生ゴミのように廃棄されてしまった。 それでもすでに満身創痍の彼は無力で、男たちにされるがままにされただけであった。ゲイのようにレイプを受け、そして数々の拷問の後に、こうしてボロボロになった身体のままどこかの原生林の深部へと置き去りにされた。彼が発見されるかどうかは、彼の神だけが知っている。 運があければ数か月で、なければ数千年後の未来で彼の遺体が発見されるだろう。 こうして彼は冬山の遭難者のように、迷路のような山間を彷徨っている。 彼は絶望していた。今は自らの死だけを願っている。 自殺志願者の遺体のように、誰かにその骸が発見されることを願っていた。 榊原功夫の選挙事務所は市長選が終わった事もあり、すでに閉鎖の準備がされていた。 世間を騒然とさせたこともあり、マスコミが引っきりなしに出入りをし、昼間のワイドショーに事務所の生中継の映像が休むことなく送られていた。東京から駆け付けてきた番組の専属レポーターたちが事務所を背に、代わる代わるコメントを述べていた。 しかし二日も経つと、全く事件が進展しないので何度も同じようなコメントをしている。新しい事件でも起これば、脱兎のごとくレポーターたちは一人もいなくなるだろう。 最後のリース品をトラックに積み終えたサポーター二人は一服するために、事務所の脇の長椅子に腰を掛けた。「復讐屋の復讐はないようですね。ただの脅しだったということですね」「誰かの悪戯だろう。といってもタイミングが良かったのか、三週間前に刊行された新刊「これからの賢い親・学」が飛ぶように売れているらしい。出版社が宣伝のためにやったとしたら思い切った広告プランだよ」「まさか。いくらベストセラーを出すためでも、あそこまではやらないだろう?」「その話し、聞かせてもらえますか?」「あなたは?」「三神冴子です。警視庁港町署の生活安全課の主任です」「は? 警察? もしかして殺人でも起こったんですか?」「殺人はうちの担当ではありません。が、犯罪の防止のために一応市長の身辺を把握してこうと思いまして」「なるほど。でもあの人は善良な人ですよ。何といっても大ベストセラーもある、テレビでも著名なコメンテーターですからね」「本当に何も思い当らないのですね」「ないですね」「榊原市長に何かご用ですか? 私は秘書の松浦です」 奥から三神を観察するような視線で出てきた男は、秘書だと名乗った。政治家の秘書だけあって、まるで自身が議員や大臣であるかのような上質の背広に身を包んでいた。担ぎあげていた榊原よりも高級な革靴は鏡のように三神の顔を映している。その威風堂々とした物言いは、長年ありとあらゆる海千山千の男たちを見てきた人生航路を垣間見せていた。「あなたが松浦さんですか? 確か、榊原さんを国会議員に出馬させたのもあなただったとか? 優秀な秘書として有名だとうかがいました」「さすがに警察の主任さんですね。情報は確かだ。長年の友人でもあります。慶王大学幼稚舎からの幼なじみなんですよ」「榊原さんを出馬させるために、わざわざ経営なさっていた会社を閉められたということですが、なぜそこまでなさったのですか?」「はは、そんなたわいのない情報まで掴んでいらっしゃる? 榊原の事もお調べになるのもそれなりに大変だったでしょうに、秘書の私の事まで」「仕事ですから」「そうですね。納税者としては頼もしいかぎりですな」 おちょくられたような気がしてちょっとムカついたが、三神冴子は巡査部長として怒りを沈めた。「彼なら絶対に議員になれると思ったからですよ。普通の人間が地盤やカンバンなどの三つのバンがない人間は、地方議員からコツコツと当選し、満を持して国会議員に出馬するしかない。落ちたら即無職、会社社長ならいいですが、勤め人には厳しい」「だが、榊原功夫は学者だ。学者は政治家としては人気がないが、彼は「強靭なオヤ・学」という大ベストセラーがあり、当時子育て中だったオヤたちには信者が多い。ということはその榊原のカリスマ性には確実に票が入るということになります」「カリスマ性ですか」「そうです、カリスマ性です。その前には学歴などは不要だ。むしろ反感を買うこともある。オリンピックのメダリストの爽やかさは好感度を増幅させ、テレビでの露出度が多いタレントの言動もいつも注目を集め知名度もある。そのカリスマ性には東大出身者の官僚経験者や大企業の社長でさえも叶わない。だから確実に当選する。私は榊原のそんなカリスマ性にかけたのです、彼の(教育理論)の信者は日本中にあふれている」「な、なるほど」 三神はそんな松浦の力説に恐れさえ感じた。「もちろん、私も会社を閉めたとはいえ、秘書としての十分な報酬をもらっていますよ。小さな会社の経営などよりも楽でいいくらいです」「楽、ですか? そうかもしれませんね。もちろんいい人脈もお作りになったのでしょうね?」 三神は皮肉には皮肉で返してみた。アメリカでは大統領が変わる度に、二千人あまりの職員が移動になると聞いたことがある。日本ではありえないが、職を失っても職員たちは在職中に築いた人脈で上手く稼ぐのだそうだ。そこは終身雇用が一般的ではなく、転職がキャリアアップに繋がるというアメリカ社会独自のシステムなのだろう。「人脈? たしかに人脈は無数に手に入れる事ができました。最高の人脈をね」「秘書さんたちは頼まれれば就職の紹介もすると聞きましたが、本当ですか? もちろんこれは私的な疑問ですが」「そういう方もいらっしゃいますよ。裏口入学もやるという方もウワサもありますが、私は裏口入学は斡旋しません。妙なシコリはやっかいですから」「なるほどね。で本題ですが、あれから(復讐屋)からの脅迫状は来ましたか?」「いえ、来ていません。あれはただのイタズラですよ。イタズラ」「イタズラにしては生中継中に読み上げられ、センセーショナルな宣伝になったようですが。もしやあれもあなたのアイディアでは? あの(脅迫状)を祝辞と間違えて読み上げたレポーターには、いくらお渡しになったのですか?」「まさか? あそこまでは私も考えつきませんよ。確かに新刊の著作は飛ぶように売れ、ワイドショーからの生出演依頼も殺到していますがね」「榊原氏のカリスマ性がさらに輝きますね。百万ボルトの輝きでしょうか?」 三神冴子はカリスマを作り上げた男に二度目の皮肉を言った。どうせこの男は冴子が脳細胞をフル回転させて考え付いた皮肉を、鼻先で嘲ら笑うだけだろうが。「止めて下さい。榊原は「強靭なオヤ・学」の著者、教育学者としてのカリスマ性だけで十分ですよ」「もしも二通目の脅迫状が来たら、すぐに警察に報せてください」「警護もしてくれないのにですか?」「今度は動くかもしれませんよ。正義のためにね」
2011年10月13日
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榊原功夫は教育学者で「強靭なオヤ・学」という本が十八年前に大ベストセラーになった。核家族化が進行した世間の親たちから圧倒的な支持を受け、我も我もとこの本を子育てのためのマニュアルとした。榊原の四人の子弟が全員、エリートとなっていたこともあって、マニュアルがすべての世代であった彼らは、この本の榊原の教えを忠実に信者のごとく信奉した。榊原教と揶揄する有識者もいたが、榊原は子育ての教祖として一大ブームを巻きおこした。 その後その人気ぶりからの票を当て込んだ国民党の候補として、衆議院議員に初当選。そして八年間の議員生活の後、今回の市長選でY市市長として初当選を果たした。 彼の数少ない選挙活動は街頭で、自らの子育ての成功から始まり、その教育理論がいかに正しかったかを演説することだった。そして国民党の秘書が作成した「(教育)に優しい都市作り」を強調した公約について熱弁を振るった。そして勝者となったのだ。 彼の人生は順風満帆であった。富豪の娘の母と旧財閥の流れをくむ名門の家柄の父親、そして彼自身の学者としての成功。そしてエリート街道を邁進する四人の子供たち。それ以外の言葉が見つからぬ程に、彼の人生は華々しく華麗であった。一般に人々よりもいくぶん運が良かった。自ら熱心に売り込みをしたのは、市長選挙の時だけであった。後は向こうから本を出しませんか、国会議員になりませんか、大都市の市長になりたいと思いませんかと声を掛けてくる者がいた。有名になれば大した政治能力や実務経験などなくとも、美味しい話は向こうから転がってくる。 世の中は甘い。名声や知名度がある者に対して、大いに甘い。真面目にコツコツ会社勤めの人生など馬鹿馬鹿しい。世渡りに必要なものは(名声)だ。そして人を酔わせる事ができる(理論)だ。それが正しかろうが間違いであろうがそんなことは関係はない。一時的にでも人心を掌握し酩酊させ、自らの論理の信奉者を増産できれば最高の頂点に上り詰めることができる。教祖、そう教祖だ。自らの教育理論で彼は再び教祖となり、再び人生の勝者となった。 「ばんざーい。ばんざーい」 マスコミの取材記者たちのフラシュを浴びながら、榊原自らの勝利の美酒に酔っていた。「教育に優しい都市作りを強調した事が勝利に繋がったと思いますか?」「そうですね。日本に限らずどの親ごさんでも、子供の健やかな成長を願っていますが、その思いと同じくらいに礼儀正しく人々に尊敬される人物になってほしいと願っています」「ですから私は市長として、歴史に残るような人物の育成を一番の市の理念として掲げ、そのために私の教育者としての理論を最大限に駆使し、(教育に優しい行政造り)を有言実行してまいる所存であります」「おー!」拍手喝采と太陽のようなフラッシュが巻き起こった。「(強靭なオヤ・学)で一大ブームを巻きおこされた榊原さんらしい市長としての第一声ですね」「子育ての成功者としての経験も大いに生かしたいですね。去年次男が東大医学部を経て医師国家試験に受かりまして、ただ今研修医として頑張っているところです。長男は三年前に経済企画庁に入庁しております」 人気者としてのウイットのある会話、教育学者としての知性、子育ての成功者、それを最大限に発揮してY市市長としてのファーストステージは輝いていた。 彼の人生は完璧であった。有名人になったことで、議員にもなれたし、大した選挙活動もせずとも市長にもなれた。人生、必死にならずとも名声は手に入る。太陽のようなフラシュ、信者のように崇めてくれる人々。魔法のような(理論)さえあれば、(名声)や(高い知名度)さえあれば成功はすべて自分のものだ。「すでに祝辞も多数届いております。読み上げます。この度は市長選での勝利、おめでとうございます。長年の友人より」「ハハハ、多分慶王大学付属中学校時代からの親友でしょうな」「この度はY市市長当選を心からお喜び申し上げます。期が熟したようですので、一八年の恨みを晴らさせて頂きます。復讐屋」「!」 会場が静まり返った。そして爆発したように騒然となった。「こ、これは、復讐屋というのは、恨みというのは」「知らん。知らんぞ。俺は何も知らん」 榊原教の信者から裏切り者が出た。勝利の美酒は一瞬にして毒へと変わった。 「で、榊原市長から後援会の会長を通じて、被害届けが出たわけか」 そしてこの復讐屋からの脅迫状は、次の日にはY市港街署の生活安全課を騒然とさせていた。殺人事件の捜査本部から戻ってきた三神冴子はオヤジたちの反応を見ていた。「そうです。マスコミのカメラの前で読み上げられてしまったわけでして、もうY市だけでなく、全国的な騒動でして」「しかも生放送中。カットもされず、全国に流れちまったか」「ま、映像メディアは視聴率が上がればいいわけで、朝から何度も中継の映像が流されています」「あたしも見ました。朝からまったくいい刺激になりました」「ま、まだ殺されたわけでないし。まだ市長はピンピンと元気にしているという事で、しばらくは市の予算で付けた身辺警護で何とかしてくれと言っておいた。まだこちらが出るほどでもないだろう」「まだ復讐されていないという事ですね」三神は皮肉を込めて言った。「おいおい、口を謹め」「榊原功夫は、榊原市長はこの復讐屋に心当たりがあると?」「いや、人に恨まれる覚えはないと言っている」「覚えがあると自分から言える人間はそうはいないですよね」「少なくとも選挙で破れたライバルたちには恨みがあるだろう。一度は出ないと公言しておきながら届け出ギリギリに出馬を決めたからな。当選確実と言われていた市議会議員の大路竜二なんかは、面食らっただろう。自分も強力な支持母体を持っていたのに、突然有名人で国会議員の男が出馬してきたんだからな」「教育学の学者だった榊原氏ですが、どういう人物なんですか?」「別に取り立てて、悪いウワサなどはない。テレビ局に少し探りを入れてみたが、コメンテーターとしての人物評も好感度が高いらしい」「とにかく、ちまたを賑わせてはいるが、身辺警護を警察がするほどの事態にも陥っていない。しばらくは静観するということだ」「好感のもてる人物。完璧な人柄。大ベストセラーの著作ありか」 三神冴子は榊原功夫を知っていた。「あたし、八年前に彼の著作を母親の本棚で見たことがあります。母も彼の教育論の信奉者でした」
2011年10月13日
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★ただいま、出版会社設立に向けて、財テク中★やっぱり(お金)よね。 こんにちは。 しばらく楽天のブログを忘れていたら、入り方が判らなくなっていました。yahooは迷うことがなかったのにね。どうも面倒です。でも、なくなっていなくてよかったです。 日本語はブログ言語で、世界1だそうです。 書きたがりが多いのね。 最近はダブルワークで、小説書きはお休み中です。短篇も苦しいので、ま、デビューはやめて、出版業を目指そうかなっと。そのほうが、早そうだし、平和的です。編集者に知り合いはいないしね。 2チャンネルによると、これからは、自分で発信する時代だそうです。本を買うより、安上がりで、家がつぶれないしね。自分でアプリを作れるソフトを無料提供している人もいます。(アンドロイドの回し者?)(笑) 皆さんも、自分出版社を始めてみては。 自費出版も流行っているらしいですよ。私も投資を勉強中です。 自己小説↓ すでに、エンドマークを付けるため、達成感のために 執筆中。完成はしてますが。「死神たちの舞踏」 眼は開かれている。多分そうだろう。しかし焦点は定まらず、その世界は純白の霧がかかりまるで壊れた映像のようだ。 彼が顔を上げると、怪しげな映像が次第に立ち上がってきた。頭を何度も振り、正気を取り戻そうとしたが、すぐにははっきりとしてこない。 そうして頭を振っているうちに、誰かの声が聞こえ始めた。低音から次第に高音へと変異し始め、次第にくっきりとし始めた。そうするとやっと人間の声だとの認証が可能になり、男は数人の怪しげな集団に、囲まれていた事に気づいた。『やっと目覚めたか』『根性がないな。回復が遅い』 そんな事は関係がないだろうと男は思っていたが、喉が焼けたように熱く乾いており、声にならない。あれから一体、何日経っているのだろう?「なんだ? か、由香里はどうした? 由香里をどこへ連れていった? 彼女に何かしたのか?」『あの女の事は心配するな。大事にしている』『これから私たちがお前に根性をつけてやる。スパルタ教育でたっぷりとな』『スパルタ教育の語源を知っているか? 幼少から厳格な鍛練を課す厳格な教育の事だ。古代スパルタという国の勤勉で倹約、武事軍事を重んじた教育法から採った呼称だ』『私もその教育方法を心から信奉し実践してきた。そして・・・・・』『その教育方法を軟弱で甘やかされたお前に実践する。そしてお前をその厳格な教育で、立派な大人にしてやる』『お前は私に感謝をするだろう』『軟弱なお前の恋人にも同じように教育してやる』「由香里にも?」「な、何をする?」 男は目の前にいる黒衣の男が何かを自分に向けていることに気づいた。向けられている先端が妙に赤い。 どこかで見たことがありそうだが、思い出せない。彼の日常生活には存在しないもの、馴染みのないものだ。きっと、映画か何かの映像で見ただけなのだろう。『これが見えるか? 牛に焼印を押すものだ。千八百年代にアメリカ西部で使われていたアンティークだ』「何を?」『お前に印を付けてやる。我々の所有物だという印だ』「や、やめてくれ」『お前は我々のものだ。子供だ。子供は厳しく育てねばならない』「あぁー!」 こうして、彼は(所有)された。再教育されるために。 ある場所のある者の中で、悪夢のようにそれは繰り返されていた。 酩酊するような脳の海原の中を、それは幾重にも重なり合い螺旋を作り出し、脳内を駈けていく。「主文、被告人を死刑に処す・・・・・・。」(大事なもの)に極刑が下る。その瞬間が想像できた。 大切に大切に育てたはずなのに、なぜか大事なものは思っていた通りにはならなかった。 信奉していたあれを手本にしてやったのに、なぜか上手くいかなかった。 なぜ? なぜ? 必ず成功するはずだったのに。 やはり思い当る事はただ一つ。あれしかない。 あれがやはり原因だったのだ。 そう思うと気が楽になった。しかしこのままでいいのかとさえ思う。 やらなければ。何かをしなければ。 今までの苦労が報われないではないか? 目醒めるたびに悪夢が始まる。 彼が(焼印)を押されてから、再び目醒めるまでそれほど時間が経っていなかった。所有者の(親)に脇腹を蹴られて、眼が覚めた。目醒めなければ命の危険を感じるほど、ヤツラは悪意の結晶であった。『次の教育を行なう。起きろ』「や、やめてくれ」『立て。立たなければお前の恋人を殺すぞ』「わ、わかった」 彼は仕方なく立った。(焼印)の傷が痛む。いつも(所有)されていた牛馬たちも、こうして痛みに耐えていたのだろうか。今は同じ境遇のものに同情している。 だが彼の(所有者)には全く情けなどなかった。人であるかどうかも判らぬほどに、彼らは無慈悲であった。時折喜怒哀楽のない能面のような若者に会うが、彼らはまだ人間と認識できる。しかしここにいる(所有者)は人ではないように思われた。 号令が下り一気に人の革を脱ぎ捨てると、その下は怪物に違いない。『早く立て』「わかった」 彼は怪物に急き立てられながら、立ち上がった。次の部屋には何が待っているのだろうか? 想像しただけで震えがきた。 連行されていった部屋にはもう一人(所有)されていた者がいた。同じような年令だったが、彼よりも高慢な匂いがしていた。『こいつは高級外国車を乗り回し、山間のドライブウエイで女を追い掛け回していた。挙げ句の果ては、女を車から引き摺り出し暴行しようとしたので、我々が拉致し再教育することにした』『お前のお仲間だ。喜ぶがいい。一人ではないのだからな。ヤツは同じように親から生易しいしつけしか受けずに、怠惰で高慢な大人になった。だから我々が再教育する』『甘えが子供たちはこうしてスパルタ教育で鍛えなおさねばならない』『そこの剣を取れ』 そういうアナウンスが聞こえて、黒衣の指差す方向を見ると、そこには一本の剣があった。フェンシングの剣のように見えたが、その鋭利な刃先は、人であっても串刺しにできるほどの威力が見て取れた。「いやだ」『取れ。一本しかない。先に取ったものが生き残る』 そう聞いたとたんに、彼は脱兎のごとき瞬発力で走り、剣を抜こうとした。しかしもう一人の(男)も同じように剣を抜こうと走ってきた。「!」頭部がぶつかった。はじけて二人ともが転がったが、命がかかっているのだ、一瞬で立ち上がり走った。「俺のものだ」「俺のだ」『そうだ。そう。やり合え。徹底的に相手を攻撃するのだ』『それが我々の教育。厳格な教育だ』 二人は何度もぶつかり合い、剣を奪い合ったが、最後に手に入れたのは彼であった。「お、俺のものだ」激しく肩で息をしていた。『お前が勝ったのか? よくやった。では、その剣でヤツを刺せ』「え?」『二人で戦え。剣を持っているから、必ず勝てるとは限らないぞ』『どちらか生き残った者がここから出られるのだ』「!」二人の被害者たちは睨み合っていた。 そう被害者なのだ。拉致され、虐待に合っている被害者なのだ。なのに警察が来るかどうかも判らず、ここから解放されるかどうかも全く不明だ。 最悪の場合は死体になってここから捨てられ、どこかのゴミ箱からバラバラ死体で発見されるのかもしれない。『早くやれ』『戦って逞しい大人になれ。それが私の教育だ』「い、いやだ!」彼は拒否の意志を露にしたが、もう一人の拉致の被害者は完全に猛獣と化していた。「し、死ぬのはイヤだ。絶対にここから出てやる」「ふ、二人で協力してここを出よう」「二人ならあいつに勝てるかもしれない」 彼は争いを避けるために、ライバルに耳打ちをした。一人ならダメでも、二人が協力すればなんとかなるかもしれないのだ。「あいつらに勝てるものか。一人とは限らないぞ。数人いれば俺たちみたいな文系が勝てるわけがないだろ。お前は自信があるのか? 柔道とかやっていて、腕に覚えがあるのか?」「一人しかここから出られないなら、俺が出る。お前が死ね」「え?」「!」 生き残るために猛獣は猛然と走ってきた。武器など何一つ持たず、剣を持っている彼の方が有利であるはずであったが、男の勢いは野獣のように力強かった。「や、やめてくれ。殺したくない」」 しかし男は猛進を止めない。猛烈に走ってきて、素手で彼に掴み掛かってきた。再び剣の取合になった。「やめろ!」「お前が死ね」 ここで死んだ方が、華やかな青春から退場するのだ。高級外車を乗り回し、アメリカで同級生たちと大声で笑い、金髪美女とセックスを楽しむという天国のようなこの世から退場しなければならないのだ。その青春を疑問を抱く事無く謳歌していた二人の男たちは、生き残るために、再び極上の青春を謳歌するために戦っていた。「ウォー」「お前が死ね。死ね」 壮絶な戦いであった。コロシアムでの奴隷と猛獣との死闘のようであった。 空手や柔道などの武道をまったく極めたことのない二人はただ、唯一の武器である剣を奪い合い、指で相手の顔を引っ掻き、殴り、そして蹴り合っていた。「!」気づくと、一人だけで立っていた。 相手は冷たい床に跪いていた。そしてゆっくりとひれ伏すように前に倒れると、そのまま動かなくなった。 あの武器が男の腹から背骨へと突き抜けている。男の一撃が絶命させたのだ。「あ、あぁ。ひ、人を。人殺し、だ」『よくやった。しかしお前が勝つとはな。ヤツの方が生への執着があると読んでいたのだが。お前は見た目よりも、精神的にタフらしいな』『ヤツは極悪非道な男だ。婦女暴行を犯す寸前だったが、我々が駆け付けた。こういうヤツはもうどうにもならない。再教育をしても、更生は不可能だ。だから殺されて当然だ』 そんな事で人殺しの贖罪にはならない。彼はそう言い返してやりたかったが、(所有者)に逆らえば確実に殺される。それほど彼らは凶悪で非道だった。 いい子にしていなくては。いい子に。「は、早く、俺を外へ出してくれ。恋人の由香里も帰してくれ」『いいだろう。しかしまだ足りない。お前への再教育はまだ完了していない』「や、約束が違うぞ」『生き残ったほうが出られる可能性があると言っただけだ』「汚いやつめ。約束を守れ」 ここで彼は(所有者)が誰も助けるつもりがない事を知った。拉致した者はすべて消去するつもりなのだ。それが彼らの再教育なのだ。『これから邪魔なお前の恋人を料理してやる。ゆっくりとお前も楽しむがいい』「やめろ。やめろ。やめろ」 モーターの唸り声がして、すぐ傍の壁が移動した。向こう側が透けて見える。しかし分厚いアクリル板が邪魔をして向こうへは行けなかった。「由香里」恋人が両手を拘束されて天上から吊されていた。「あぁ」「・・・・・・!」 由香里もこちらに気づいて声を上げているが、遮蔽物が邪魔をして声は全く聞こえてこない。 視界の中に恐ろしいものが見えた。それは鋭い刃を高速で回転させていた。「チェーンソー?」 そう言えば、かつてチェーンソーを振り回すホラー映画のDVDを見たことがあった。凶悪な殺し屋がチェーンソーを振り回して追い掛けてくるのだ。 いま目の前でその凶器が振り回されている。しかし狙われている被害者は(彼)ではなくて、可哀想な恋人だ。 音は聞こえないが、ウイーンという恐怖の音が内耳へと聞こえてくるようだ。『お前の再教育はまだ続くが、この女は再教育はしない。邪魔なだけだ』『処理する』「や、やめろ。やめてくれ!」 男は叫んだが、彼の神でさえも耳を貸さなかった。
2011年10月13日
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