★スーパーマン★好きだ★ 0
プロット「イケメン」 0
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リカが急いでパジャマに着替えると、ガチャガチャというカギを回す音とノブを回す音がした。母親が帰ってきたのだ。間に合った。「リカちゃん、もう起きてるの?」 部屋からパジャマ姿ででてきたリカの姿を 認めて、比佐子はバッグと買いものをしてきた白いビニールの袋を床に下ろした。下ろしたとたんにバランスが壊れて、キャベツがこぼれ出た。「それ昨日買って事務所の冷蔵庫に入れてたんでしょ」「そ、そうよ。でもいいでしょ。朝ご飯作ってあげようか?」「うん」 そう素直に答えたものの、わかっていた。母親は目玉焼きとサラダを作るしか能がないのだ。今までそれ以上の朝食はなかった。祖母は料理上手であったのだが。 リカはその間シャワーを浴びにいった。髪が達生たちのタバコの匂いや酒の臭気を含んでいた。汗を流しながらシャンプーをたっぷりすり込み、夜遊びの痕跡を消し去る。あれでも母親は弁護士なのだ。その眼力は恐ろしい。リカにまとわりつく夜の匂いを、その嗅覚で嗅ぎ分けるかもしれない。しかしどこかでカミングアウトして、母親の責任というものを知らしめてやってもいいかもしれないと、彼女は思った。まだ時期尚早なので、しばらく隠し通すことにする。 まもなく手つきの悪い音が聞こえてきた。もちろん野菜を切るための包丁が、マナイタを叩く打音である。その音はリカのよりも不規則な雑音だ。大根のようは根菜類を切っているようなので、今朝は味噌汁ぐらいは作るつもりらしい。あの母にすれば奇跡に近い気紛れだ。 あの母親はあれで娘に気を使っているらしい。それとも(あの事実)に気づいているのか? 奇跡的に比佐子は朝食を一人で調理し、リカは小皿などを並べた。二人で朝食をとるのは四日ぶりだ。「今日は手際がいいね」「あ、あら、本当はお母さん料理上手なのよ。なんたって専業主婦一筋、良妻賢母の見本のような、あの母親に育てられたんだから」 そうなのだ。比佐子は思った。あの料理上手の家事しか能のない母親は、キャリアがなく夫にすがるしかないことに不満で、比佐子を幼少から育てたのだ。女も仕事を持つようにと。お前は有能な女に、夫に依存せずに生きていけるようにと。そのすり込みのおかげで比佐子は勉学に励み弁護士となり、離婚後も比較的ゆとりのある生活をしている。しかし何かを奪った。あの良妻賢母の女は何かをしたのだ。 席について、久しぶりの親子の団欒の朝食が始まった。こうしていれば普通の親子だ。リカは好きな干物を半分ほど食べた後、「知ってるんでしょ。知っててて知らないふりしてるんでしょ」「・・・・・・なんのこと?」「お父さんが、人を殺したよ」 比佐子の箸がわずかに痙攣していた。リカのパンチは効いていた。「・・・・・・どうでもいいことよ。あの人とはもう赤の他人。四年も前に離婚は成立してる」「いいの。ほんとうにいいの? ねぇ、お父さんはまだ生きてるよ。だからお見舞いにいってあげようよ。きっと警察に聞けばわかるから」「やめて! どうしてあたしがそんなことしなきゃいけないの。あの人は通り魔殺人犯なのよ! 元妻が弁護士だってことがわかった ら、マスコミの餌食にされるわ。幸い今はあの男とあたしのつながりを知っているのは、職場の同僚だけ。でもこれからどこでバレるのか、身の縮む思いで暮らしていかなきゃいけないのよ。それでもあの男を見舞えって言うの!」「リカ、あんただってそうよ。あの男のせいでお嫁にいけなくなるかもしれないのよ! そんな状況がわかってるの!」「それに・・・・・・それに、おかあさん付き合っている男性がいるのよ。彼も弁護士なの。過去は消したいのよ。迷惑なの」「でもあたしのお父さんなんだよ。それに十五年近くも一緒に過ごした家族なんでしょ」「あたしよりも好きだったんでしょ」「そう。大好きだった」「残酷な子ね。でもあたしだけを責めないでね。だってそうでしょ、リカだって大好きだった父親を選ばずに、お母さんをとったんだから」「失業した父親よりも、弁護士の母親をとったんでしょ。だからリカもあの人を見捨てたのよ。豊かな生活がやめられなかったんでしょ。違うとは言わせないわ」「・・・・・・そうだね。きっとそうだよ。あたしはお父さんを見捨てた。あたしの記念日を、絶対に忘れなかったお父さんをね」「でも、警察の知り合いを通じて、容態だけは聞いておくわ。でも弁護はできない。もちろん関係がばれないためにね」「冷たいね。それで終わりなの?」「これ以上何をしてほしいっていうの。あの人は殺人犯なのよ。これはあなたのためでもあるの。あたしが弁護士を続けられなくなったらリカあなたはどうするの? 新聞配達でもできるの?」「・・・・・・結婚する、女の最後の武器でしょ」「リカみたいな子供が結婚なんかできるもんですか。そんなことは許しません。いいわね。これからはとにかく目立たず生きていくの。お父さんのことは忘れなさい。子供の頃に病死したことにでもするのよ」「・・・・・・わかった」「ああそう、顔で男を選んだらダメよ。若いときは顔で選ぶけどそれはダメ。誠実が一番。わかったわね」 母親が赤の他人のために裁判を戦っている間に、リカがプチ家出と称するものを何度もして、夜の街で男友達と戯れていることを知ったら、どの位激怒するだろうと思った。いや仕事以外には興味がないこの母親は、永遠に気づかないことだろう。永遠に、きっとそうだ。「その恋人とは結婚するの?」「たぶんね。元夫のことは黙って、気づかれないようにするわ。正直に話したらだめ。この仕事は信用が大切だから」「あたしお母さんが結婚したら、もっと有能なお手伝いさんになってあげる。高校卒業したら正式に雇ってね。洗濯は洗濯機がしてくれるしね」「・・・・・・遅れるわよ」「今日は休みの土曜日なの」「お小遣い、あげるわね。はい、三万円。忙しくてついていってあげられないけど、可愛い洋服でも買ったら? パソコンがいるんだったら、買ってあげてもいいけど。メールっていうの、流行ってるんでしょ」 食器を流しに置きながら、脇に置いたバッグから金を出した。センスの悪いバッグである。少なくともリカはそう思っていた。財布もあちこちがすりきれ、弁護士というステイタスが泣きそうだ。「パソコンはいらないよ」 そういったが、すでにそれに代わるツールを持っていた。iモードの携帯電話と、モバイルである。母親のくせにいつもいないからそんなことにも、気づいていないのだ。もちろんモバイルは、若い男とのデートで買ってもらった。 部屋に戻るとリカはもらった三万円を、丁寧に折って折り鶴にした。もう二枚は飛行機にした。窓を開けゆっくりと鶴を飛ばすと、夜の帳に吸い込まれていった。飛行機も間合いを計りながら飛ばすと、気持ちよさそうに飛んでゆく。明日になれば通勤途上のサラリーマンが札でできた鶴を奪い合うだろう。想像してみると愉快で楽しくて、リカは吹き出した。
2011.12.07
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「赤い神のオリンポス」4 10年前の作品だから、古いわ。 次の朝、通勤途上の人々であふれだしそうな駅のホームに、リカは一人でいた。母親の帰ってこなかった短い夜をたった一人で過ごすのは耐えられないので、昨夜は達生たちとクラブへ繰り出した。その後五時まで営業しているカフェで、特大のチョコレートパフェを食べていたのだ。だからリカは家に戻っていなかった。しかしいつものことだから何の良心の呵責も感じない。母親はいま公判中の事件のことで、事務所に泊まり込んでいるはずだった。それがリカの母親だ。それがリカを有能なハウスキーパーにした。 朝になっていつも入れてあるロッカーから着替えを出して、学生らしい姿に戻った。学校指定のヴイネックのセーターに白いシャツ、プリーツのブラウンカラーのスカートに女子高校生の必須アイテムルーズソックスというごく普通の制服姿である。カバンも学校指定の茶色の合皮製の安っぽいものだ。リカの学校は比較的規則がゆるい。靴は何を履いてもいいことになっている。だからパンプス以外は何でもありになっていた。生徒たちは有名なアメリカのバスケット選手モデルの高級なシューズや流行りものの革靴を愛用していた。最近の首都圏の学校においてはかなりそうなっているのだ。特にリカのような私立は生徒の自主性を重んじるために自己管理が求められている。眉をほとんど抜いて眉をアイドルの眉に似せて描くのも生徒の自由だし、完全なキンパツは禁止されているが、さりげなく染めるのはいいことになっている。親たちにも生徒の自主性を尊重する学校ですと入学案内のパンフレットに書いている。しかし実のところこれは欺瞞だ。この小子化社会でたいした伝統も持たない、進学校でもないリカの東南学園高校が生徒たちを集め、親からもそれなりの評価や信頼を得るにはこんなこんな姑息な方法をとるしかないのだ。制服もカバンも決まっているのだが、私服を着ていてもとがめる教師などいない。それほど学校側は生徒たちに気を使い、神経質になって生徒を集めている。 リカたちは学校がひけると、制服を持っていた私服に着替えて、駅のロッカーに放りこむ。カラオケで落ち着いてはめを外すためには必要だった。だから新宿などの主要駅の駅のロッカーは、いつもこんな高校生のために満パイだ。東京においてはおびただしい数のロッカーは、旅行者のためにあるのではなくて、夜の街に繰り出すリカたちのためにあるのだった。 リカはふと売店に目を留めた。普段であれば彼女の好きな菓子を買う程度の存在だった。空腹でなければ近寄ることもないし、売店に群がるサラリーマンという特殊な種族に、冷ややかな視線を送るだけだった。もちろん家族を背負って社会を生き抜く男たちの人生など、クラブやカラオケ通いの毎日が遊園地のようなリカに想像などできまい。売店の前にはタブロイド紙が派手な見出しが踊る頭だけを出して、専用の枠に入れられてリカを待っていた。先を争って昨日の通り魔事件の報道をするタブロイド紙を、サラリーマンたちに混ざって手に取ろうとした。一人のサラリーマンと奪い合いになりそうになって手を引っ込めた。さすがに毎朝戦闘モードの企業戦士の勢いには、女子高校生は勝てなかった。そして彼女は人が切れた瞬間に、一紙を引き抜いた。今度はリカの勝利だった。好敵手のオヤジが、女子高校生との敗北を認めにらみつけた。そして女子高校生のリカは気後れもせずに、いぶかしげに眉根を寄せる売店の中年の女に金を渡した。人々の関心をひくために、担当者が頭をひねったと見られる深紅に白く抜いた文字が、警報を鳴らすように踊っていた。「白昼に狂った凶器! 通り魔現わる!」 リカはその古くさい見出しを、千里眼で遥か人並みまで見通すように凝視した。売店の真横、殺気立った通勤客の波を遮るようにリカは立ちふさがって、タブロイド紙を広げた。売店前で動かない迷惑な女子高校生に、オヤジたちは冷ややかな視線をなげかけた。 ごめんね。 彼女は呪文のように喉の奥で唱えた。もう取り返しはつかなかった。 ごめんね。 内容を一文字、一文字、一行、一行、一つとして拾い落とすことがないように彼女は丁寧に読んでいった。拾い落とせばきっと後悔する。報道は犯人の男が元エリートの銀行員であったことや、痴漢行為で退職の後、行方不明になっていたことなどの略歴を伝えていた。昨日の街頭テレビでの報道よりも、一歩だけ踏み込んだものだったが、結構当たり障りのない平凡な略歴だった。焼身自殺を試みて重体だと伝えられた男は、まだ容態は変わらなかった。まだ生きていることは確かだった。 リカは眼を閉じた。目蓋にはまだ「白昼に狂った凶器!」という派手なタイトルが、電光掲示板のオレンジの集合体のように何度も現われては消えていった。新聞を閉じた。思いっきり音をさせ小さくまとめて、「その他のゴミ」の表示のあるスティール製のゴミ箱に押し込んだ。 最寄りの駅に降り立って、リカはダッシュする。駅に向かう客がほとんどだから、彼女はその激流の中で叩かれる岩のように人波に逆らって、その流れの中を勇ましく進んでいった。 とにかく急ぐのだ。急がなくては! あまりの勢いに、杖をついた老女まで突き飛ばしそうになる。危ない。危ない。 今日は土曜日。東南学園高校は隔週で土曜日は休みである。その日は主に補習に当てられる。有名一流大学への合格のために、大手予備校に通っている者もいる。しかし自由な校風をウリにしているので、大した進学校でもない。だからリカも三度目の補習呼び出しを無視して朝帰りだ。どうせ母親にはバレていない。 駅から全力で走ってきて一番に、マンションのポストに手を入れた。郵便物を選り分け自分宛ての物をものを探す。ほとんどが母親へのクレジット会社からの請求書だ。そのなかにはリカが勝手にサイフの中からも持ち出して、アイドル歌手と同じスカートを買った請求書も混ざってるはずだ。あの母親は気づくだろうか? 気づいたとしてリカを責めるだろうか? 気づかれてほしいようなそうでないような自分でも正確に分析できなかった。無関心も恐ろしいものだ。 郵便物をくる指先が止まった。定型内のごく普通の茶封筒でリカ宛てなのだが、差出人が書いてない。裏返してみても何も書いていない。封もしていない。折り畳んでつっこんだという感じだ。 リカは好奇心にかられて、郵便受けの前に突っ立ったまま。便箋を取り出した。メモに使うような小さめの紙だ。広げるとそこは白い世界だった。左手で書いたようなかろうじて読める下手な小さな字で、(オマエハ凶悪犯ノ娘。カワイソウダッタナ。アノ無差別事件はハ私ガヤッタ。シカシアレハミゴトナ完全犯罪ダッタ。ワタシニハ不可能ハナイ。神ヲ超エタノダ。私ハ魔王ダ。魔術デモット無差別事件ヲ起コシテ見セル) リカの手は震えて紙にはシワがよった。この手紙の主は自分が真犯人だと言っているのだ。しかし殺人を犯したのが父親だということは、どうにもならない事実だった。何人もの人を傷つけ殺し焼身自殺をした。この犯人の真意が不明だった。何のためにこの手紙をよこしたのか? まったく意味不明で不可解だ。 元の通り折り畳んで封筒に戻した。そのままバッグに直してしまう。
2011.12.07
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「赤い神のオリンポス」3 導入部が長かった?(笑)大昔に投稿したものなので、盗作疑惑は ご容赦ね。ま、一般ピープルには聞こえてこないけど(笑) やっぱり、ルーズソックスはいていましたね(笑)直したのもあっ たんだけど、これはまだ直してないな。ま、いいか。(夜の子供たち)森本梨香は、今日も東京の夜を徘徊していた。弁護士である母親は、今夜も事務所に泊込みだ。リカの携帯電話へも連絡がないのでたぶんそうだ。それとも新しい彼氏ができてリカよりも男を選んだのかもしれない。それともリカをおいて家を出ていったのか。あの母親に対してはどんな想像もできた。リカの携帯電話は、もうずっと母親からの着信を待っていた。 こうして仲間たちとシブヤの街に繰り出し、この場所で座り込んで、ペットボトルのニアウオーターをグビグビやりながらダベっていればリカは幸せだった。この夜の町には彼女を受け入れてくれる場所がたくさんある。クラブで踊り、カラオケで騒ぎ、カフェで過ごせば五時まではリカの天国だ。そのまま一番列車に飛び乗るのもいいし、横浜に遊びにいくのもいい。 リカは顔立ちは平凡だが、メイクをすれば垢抜けた。鼻は高くはないが、それなりに形はいい。髪はオレンジ色をメッシュでいれ、顔には健康的な肌を演出するファンデーション。眉はきれいにそろえて、リカが信奉するアイドルと同じ形に十分もかけて描きあげた。唇には艶をだすグロスをたっぷり塗って、流行に乗り遅れないようにした。その唇は妖艶で瑞々しく、リカの若さではちきれそうだった。これをもってすればまだ幼さを残す未成熟のリカでも、オトナの男を誘うことができた。お気にいりのワンピースからは十七才らしい初々しい足がすらりとのびていた。客を探すときは女子高校生定番のルーズソックスをかわいくはいて餌にすれば、簡単に魚はつれた。リカのその若さは無敵の道具だった。クツはもちろん七センチもあるハイヒールのミュールだ。これもお気に入りのブランド店で、一時間もかけて選び出した。まつげもビューラーでうまく上がっている。一度で決まったときにはとても機嫌がいい。 今夜の森本梨香は上機嫌だった。仲間がみんなそろっているし、三日前に公務員とデートをしてもらった小遣いで、サイフは潤っていた。今日はそれで買ったブランドもののワンピースにその身を包まれて、最高の幸福感にひたっていた。それをオトナたちは援交と呼ぶがリカは気にはしない。いま自分を幸せにしてくれるものは、ブランドや金を手に入れたことによる万能感だった。母親のように優秀でなくてもこうして家出状態にあっても、ブランドものの高級品はリカの価値のようなものだ。値札や市場価値のようにリカを飾り立ててくれる。援交は恐くはない。しかしセックスを金で売る気はない。気に入った男としか寝たくはない。ちゃんと彼女なりのポリシーはあるのだ。ちまたで評判の悪いコギャルだからといって、誰かれとなく身体をやる気はない。ただ客とはちょっとだけデートして、ゲームやバーチャルなアニメの女の子とデートをした幸福観に、男たちをひたらせてやればいい。そうすれば男たちはその懐から、キャッシュデスペンサーのように金を吐き出す。男たちはリカの打出の小槌だった。リカも幸せ、男たちも幸せ。世の中平和。それでいいではないか。 仲間は東達生、文川篤史、安田玲子。 同じ高校の同級生だ。学校があけるとみんなでファミリーレストランでわいわいと食事をして、カラオケかクラブへ繰り出す。卓球でもやれば健康的なのだが、最近はクラブがお気にいりだ。 達生はリカの元彼だ。彼は有名な俳優の西条裕也の息子でそして母親は女優の美咲さつきだった。東は西条の本名だ。高級住宅街に豪邸を持っている。達生はそれをいつも自慢していた。達生のサイフにはいつも福沢諭吉で満たされていた。今日はグッチのジャケットにクツと全身グッチできめていた。彼にとってはこれが制服以外の平服だった。明るい茶色に染め上げられた長めの髪は、整髪料で後に流されていた。その額にせわしくかかってくる髪を頻繁にかきあげることが、自分をかっこよく見せると信じて疑わないナルシストだった。鏡を見るたびに「鏡よ鏡」と妙な呪文を唱えているに違いない。ハワイの別荘で焼いた健康的な肌と、ワイルドだと思っている面長な顔立ちが自慢だった。 文川篤史はロックスターを目指していた。高校を卒業後アルバイトをしながら、そういった若者が誰でもそうするように中学時代から仲間とバンドを組んで歌っている。リカたちとはライブハウスで知り合った。二週間に一度ライブハウスで歌っているのだ。バイト料を注ぎ込んで、プロのボイストレーニングにも通っていた。デモテープを新曲ができるたびにレコード会社に送っているが、今だに何も言ってこない。それでも彼は今の若者にありがちな、ナルシストなので気づかない。それが彼の唯一の救いだった。近頃、ヤクザに関わってるようなので、友人としては心配だった。 安田玲子はリカと同じタイプで、コギャルと呼ばれている。うつろいやすい若者文化では、コギャルもいずれ死語になるだろう。玲子は家出中だ。リカのように(プチ家出)ではなくてもう二年も家に帰っていない。リカがライブハウスで篤史のバンドを控え室の前で待ち伏せしているときに、当時バンドのドラマー宏樹の女だった玲子ににらまれたのだ。しかし同じバンドに夢中ということで、瞬く間に意気投合した。彼女は一年前から宏樹と同棲しているという。グルーピーの一員だった彼女が、宏樹のマンションにまで後を付けて、つまりストーカーをして彼のところへ乗り込んでいったという。そのまま宏樹を押し倒して、居着いてしまったらしい。それが玲子のいつもの自慢話だ。恋愛はこうあるべき、ほしいものはどんな手を使ってでも手に入れろというのが玲子の持論だった。しかしいつになっても宏樹の芽が出ないので、玲子はいま風俗店で働きながら宏樹を養っていた。宏樹はライブの合間をぬって、曲作りに励んでいるらしい。いい作品を作るには時間が必要だからと、玲子は割り切っている。男をヒモとして養っているということに、彼女は胸をはっていた。まだ年齢は十七才なので本当は風俗店では働けないのだが、嘘をついているし店の方もその嘘を承知で雇っていた。 リカは家を出てしかも男を養っている玲子を、ひそかに尊敬していた。リカは母親に不満があっても、家を捨てる勇気はまだなかった。でももしもここまで尽くせるような男に出会えたら、とことんまでやってみたいと思った。その究極の選択をするには元彼氏の達生は幼すぎた。 そうして四人でシブヤのツバサ広場で座っていると、いつも眼につく男がいる。いつも黒っぽいスーツを着ている。もちろん夜にしかいないのでそんなふうに見えた。男は毎夜植込のコンクリートの箱の縁の、いつも同じ場所に座している。男はとにかくニコチン中毒なのか絶え間なくタバコをくゆらしていた。組まれた長くはない足元には、吸い殻が山となるほど積み上がっている。 四人は若者の街シブヤに毎夜必ずやってきて、若いグループを意味ありげに見ている不審なその男を、クロフク野郎と呼んでいた。「あいつ、きっとマッポだぜ」 ニアウォーターをぐびりと飲み込んだ達生が言った。ペットボトルの蓋を、音をたてて閉めた。「警察?」「嘘だろう? だってあいつどう見たって、ただのオッサンだぜ。リストラされた暇なサラリーマンじゃねーの。クビになったことを家族に知られたくないってやつ」 篤史は突然の達生の妙な意見に、つまらなそうに会話をつなげた。「リストラされたやつが、夜シブヤで真夜中近くまで座っているわけないだろう」「あいつはああして俺たちガキを見張ってるんだ。ヤクを買ったりカツアゲしたりしないか見張ってるのさ」「俺の嗅覚は犬並みに利くんだ。怪しい奴は見抜ける」「あいつは警察官さ」 男は四人のいぶかしげな視線に気づいたのか、こちら側を見るのを止めた。そのまま反対側に顔を向けると、他の高校生グループに視点を移した。「ほら次の獲物をみつけたぞ。みんな気を付けろよ。マッポがどこでみてるかわからねぇ」「よぉ、みんなでクラブでも繰り出すか?」 達生の提案に全員がすぐに賛成したので、四人は立ち上がった。あのクロフク男はこっちが気になっていたが、それを悟られないように眼だけをこちらに向けて、顔は向こうを向いたままだった。「ハマに(ブルーファイアー)っていうイカしたクラブができたの知ってるか? スッゲェでかくて、週末には有名アーティストのライブがあるらしいぜ」 流行りものには目がない達生が、さっそく仕入てきた情報を披露した。「あ、知ってる、知ってる。そこってイカしたボーイっているかな」 今は彼氏のいないリカがそれにのった。「イカしたと言えば、クロスナイトのウエイターってイカしてるよ」「そうそう。今度声かけて、ケータイの番号教えちゃおうかな」 いい男のチェックはかかさない玲子も、すぐにのってきた。「とにかく今夜はこれからハマに繰り出そうぜ。カネがなければ俺が出してやる。おごってやるぜ」「やっぱり芸能人の息子は太っ腹だね!」「よせよ。俺はそう呼ばれるのは嫌いなんだよ」達生は篤史の腹を叩くふりをした。 四人はヨコハマに向かうべく駅に向かった。もう時間は八時だったが、リカたちには夕方と感覚はかわらない。最終電車がなくなっても、朝五時まで開いてるカフェはいくらでもある。夜であることはまったく東京では気にならないのだ。こうして四人でいれば漂白されたようなリカの長い夜も、穏やかに朝を迎える。さまよえる十七才でも、居場所はこうしてみつかる。夜の子供たちリカは、週末をこうして過ごすのだ。 達生たちについて人の群れをかき分けてゆくと、交差点の向こうにそびえるビルの電光掲示板が目に入った。掲示板は二十四時間のニュースを忙しすぎる人々に提供している。達生とはぐれそうになりながらも、リカはその巨大街頭テレビから目を離せなくなっていた。東京では人が多すぎて少し遅れると、すぐに間に人がスクリーンのように入ってきてしまう。達生たちの頭は、すでに人の波の向こう側に浮かんでいるだけだ。 液晶画面が今日の三時頃に起こった事件について、正確に報道していた。(今日の二時十五分ごろ新宿駅南側で浮浪者と見られる男による通り魔事件があり、二人が重傷が脇腹を刺され七人が背中などを鋭利な刃物で切り付けられ軽傷を負いました。被害者たちが気づいたときには、男は人込みにまぎれて逃走していました)(そして三時五分すぎには大手百貨店の入り口付近で、四人の三十代の主婦たちが次々と刺され三人が死亡、一人が重体です)(男はその後かけつけた百貨店の警備員を相手に暴れ、大捕り物となったが男は忍ばせていた可燃性の液体を浴びると、すぐにライターで火を点け、焼身自殺を図りました。男はしばらく警備員を薙ぎ倒すように暴れた後、倒れて動かなくなったということです。すぐさま病院へ収容されましたが、男は重体です)(その後の調べで男は期限の切れた免許証を持っており、それによると男の名前は園部恭平。四十七才。四年前に離婚、失業してから行方不明になっていました)(警察ではこの男の回復を待って、精神鑑定や取り調べを行なう予定でしたが、男が重体のため事件を起こした理由など、解明できない可能性があるということです) リカはしばらく足を止めていた。そしてまた視界から失ってしまった達生たちを探し始めた。
2011.12.07
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「赤い神のオリンポス」 ルーズソックスが流行っていた頃に書いていたので、女子高校生がルーズソックスをはいているかも?(笑)古い(笑) 男は銀行をやめた。二度の痴漢騒動でさすがに上司も知らないふりができなくなったのだ。今まで出世街道を順調に歩んでいた男のサラリーマン人生は終わった。人生はもちろん出世だけが目的ではない。それはわかっていた。しかし弁護士である妻は冷たくなった。前よりも仕事を理由にして家に戻ってこなくなった。つけてみるとマンションを事務所の近くに借りていることがわかった。 娘にきいた。まだ中学生になったばかりの一人娘だ。あの妻よりも愛情を注いできたつもりだ。妻が公判の準備に終われて帰ってこなくても二人だけで誕生日パーティーをしたものだ。いつも男だけが娘の記念日を覚えていた。男は聞いてみた。自信があった。「お父さんとお母さんが別れたら、お前はお父さんと暮らすよな?」 妻との離婚が決定的になったが、一人娘の答えは決まっていた。娘は妻との生活を望んだ。そう、娘は失業した父親よりも家にいつもいないが、優秀な弁護士として華々しく活躍している母親を選んだのだ。答えは明快だった。 そしてあれから数年を経て、男はいま街を疾走している。擦り抜けてきた人の群れを切り裂いて、疾走していた。手応えはなかった。人間の切れ味はヘレ肉を切ることよりも劣っていた。娘のための夕食のかつを作るために、ヘレ肉を切ったときの方がもっと重量感があった。 男の正面にはコンクリートの無数の箱から顔を出す百貨店があった。最近開店した映画館や大規模ゲームセンターなどを併設した大人気の店だった。店は心浮き立つ人々を飲み込んでは吐き出していた。美しい女がピンクの華々しい制服に身を包んで、入店してくる客の一人一人に、腰を四十五度折り曲げた礼を繰り返している。買いものを終えた女たちが、心地よい靴音をたてて出てきた。「ねえねぇ、あしたのランチはビストロにしない。私ド・ジャルジェっていういい店を知ってるの」「ビストロ、いいわぁ。あ、そうそう。そのあとプラダのショップに寄ってぇ。そこでミュールを見てみたいの」「あ、わかるわぁ。あたしもあそこの靴が大好き。主人に内緒で買っちゃった」「まあ、あたしはもうそれ手に入れちゃったわよ。それよりもパリでシャネルのレアもの手に入れたの。今度お見せするわ」「これからどこへ繰り出すの。夕食の準備はいいの?」「いいのいいの。今日はメイドがやってくれるの」「いいわね。うちは義理の母がやってくれてるわ」「この近くにエルメスのお店ができたのよ。行ってみない? 新作が出ていたら手に入れたいわ」 まるで宇宙語だ。女たちはたくみな宇宙語を話す。男には理解できない暗号だ。うるさい。うるさい。みんなうるさい。 男は疾走した。 女たちは目の前にいた。男を女たちは見た。汚らしい男だった。ゴミのような男だった。女たちの視界の中で、なんども銀の蝶が飛翔した。てらてらと蝶は飛翔した。 うるさい。うるさい。うるさい。男の呪文は女たちに、聞こえただろうか? そのあとには、血にまみれた女たちの肉かいが立ちすくんでいた。どくどくと流れでた鮮血が、女たちの自慢のブランドたちを変容させた。何があったのか、その答えを女たちは何ものかに求めようとし、自らの身体の変化に気づいた。次の瞬間には、その身体を流れ出た自らの血液で変色した大地に横たえた。ロレックスもシャネルも、すべてが茜色の大地に沈んでいった。
2011.12.07
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「赤い神のオリンポス」 登場人物が上手く動くためには全力で。登場 人物を○○するために頑張ってきました。 第一章 プロローグ 赤い月が出ていた。 大都会の人類の英知の最高傑作であり、大地を何度も突き刺すように屹立する超高層建築物の真上に、月は君臨していた。それは大都会に捧げられた教皇から皇帝への王冠のようにも見えた。人々は大地に詰め込まれたコンクリートの箱たちの隙間を夜ごと彷徨う。大都市の夜は夜ではない。ただ太陽が西の空に埋没してから、東の空に再び蘇るその現象に、夜と名が与えられただけだ。地上のほとんどの場所で語られる夜とは違うのだ。東京の夜は眠らないのだ。不眠不休で、人も街も地上に君臨し続ける。 夜の帳がおりて、人々はその昼間の居場所から吐き出され、夜の居場所に繰り出し酒を酌み交わし談笑し、現実世界でのうさをはらす。それは上司への憤怒であるかもしれないし、この身を会社に捧げたことによって長い年月家族とわけ隔てられたことによる寂寥感なのかもしれないし、あるいは社会の不条理へのささやかな抗議であるかもしれない。大都会は真夜中を過ぎてもこうした男たち、女たちの行き場所をつぎつぎと与えてくれる包容力がある。居酒屋をでれば次はスナックにキャバレー、クラブ、そして午前五時まで開いているカフェだ。街はいつまでも懐を開いて、彷徨える人々を迎え入れるのだ。 赤い月はこうして毎日の生活に疲弊した人々を、木に昇っていた猿が大地に降り立ち歩きだした遥か太古から、人類の真上に君臨してきた。 人類となった猿たちが、高等な知能を獲得したことによる阿鼻叫喚や悶えを吸収するたびに、月は赤い光線を発してきた。 そして東京の夜にはべる(夜の子供たち)のリカたちの上にも赤い月は光線を注ぎ、我にかしずけと言わぬばかりに君臨しようとしていた。 赤い月が出ていた。 陽光がたっぷりと降り注ぐ白昼をかしずかせ、それは存在していた。 その男は疾走していた。東京の街は相変わらず大量の人口をかかえ、人々は忙しく肩を何度もかわしながら行き交う。 男も巧みに人々の間をすりぬけながら、疾走していた。シャツはくたびれ、ベルトもつけないズボンは、腰でわずかに支えられているだけだ。たぶん以前は豊かな脂肪を含んだ腹があったのであろう。しかし今は成人病予防にダイエットに励む多くの人々に羨ましがられるほどに男は干涸びていた。 今は艶を失った擦り切れた革靴も、あの懐かしい時代には大事な娘と週末ごとに磨いたものだ。仲良く並んで磨けば、こんな雑事にも心が踊った。娘はきれいになったねといって、微笑んだ。 男を目撃した通行人から証言をとれば、ほとんど者が男を公園に住み着くような浮浪者だったというだろう。顔は泥色にとりつかれ目のまわりはぼこりと落ち込み、尋常ではない眼光だけが男を死人ではなくまだ生のある人間だと認識させた。眉はすっかり抜け落ち、髪は白と黒との大理石状になり、針金のようにかたく萎びて逆立っていた。口からは全力疾走によるあえぎが漏れ、死神の舌のような白く淀んだ舌が息を吐くたびに口から飛び出してくる。全身から激流のような喘鳴があふれだしていたが、それでも男は疾走をやめなかった。いややめることができなかったのかもしれない。何者かが男を打ちすえているように、男は屹立する摩天楼たちを、群衆を突き抜けてゆく。 なぜ疾走しているのか?どうしてここにいるのか、それは男にもわからない。 彼の神が叫んでいた。神が男の耳元にやってきたのだ。 (魔王降臨す) 神になろうとして超高層建築を人類が創造したものならば、男はフランケンシュタイン博士が創造したものなのかもしれない。そうでなければ神が戯れに創造したのであろうか? 男の手の中にはてらてらと光るものが、その存在を確かめるようにしてしっかりと握られていた。 その数分後人々は自らの異常に気づき、確かめ合った。身体が何箇所にもわたって鋭利に切り刻まれていた。シャツは一見すると深紅の絵筆で神によって描かれた落書のようにも見えたが、明らかにそれは鋭利な凶器による創痍だった。指摘されなければその被害に気づかないものもいた。それほどこの男は旋風のようにあるいはかまいたちのように通り過ぎてゆき、人々はこの悪魔とすれ違ったことを嘆くのだ。通り魔事件の被害が叫ばれたときにはすでに男は人の群れをたくみにすり抜け消失していた。大都会の雑踏はこんな凶器でさえその懐に隠してしまう。それがたとえ神をも恐れぬ、ホワイトアウトのような冷徹な狂気だとしても。 この男が青春の季節、同級生の少女に淡い恋のうずきを感じ、めくるめくような恋愛を経験していたことを、誰が想像できるであろうか? この男が三年前まで真面目な銀行員であったことを、誰が信じるだろうか? この男が三年前まで家庭を持ち、子供がいて幸せであったことを誰が信じるだろうか? 退屈なほど平凡なある日、それはやってきた。悪魔が男に微笑んだのだ。 それは美しい蜃気楼であった。男が同僚たちと仕事明けの打ち上げを楽しんだ帰りのことであった。その悪夢は駅から自宅までのほんの数百メートルの距離がもたらした。 男の足は動きを止め、蜃気楼を見ていた。 その瞬間、警報のような女の声が閑静な住宅街に響いた。アルコールが蒸発していく男の脳内で、人生が音をたてて崩壊していく。それは神経が氷点にまで落ちてゆく音だった。凡庸だがおだやかだった銀行員の男の運命。 女が透けるようなカーテンごしに着替えようとしていたということで、結局女は告訴もせず男は帰された。呼び出された弁護士の妻がかけつけてきたが、その顔は死人のようであった。妻はあまりの恥辱的な事件に男をまるで当番弁護士を呼んだ麻薬中毒患者のように見下ろしていた。 こうして男は痴漢という恥辱を受けずにすんだ。しかしどこから漏れたのか一週間の間に職場では男が警察に連れていかれたという噂で持ちきりだった。どうもあの事件のあった家の近所に女性社員が住んでいて、あの野次馬たちの中にいたらしいのだ。人の噂は七五日だと言聞かせて男はいつもどおり業務に励んだ。そうすることが自分の名誉を回復する一番の近道だと思えたからだ。 しかし女性たちの噂は七十五日ではなかった。トイレや床を掃除する清掃婦でさえ、男が痴漢行為で警察に告発されたことを知っているような気がした。眼があったばあさんが男を見た。「おまえさんは痴漢だってね」 囁いている。なにかが囁いている。脳内にはなにかが棲みついていた。「お前は痴漢だ。最低の男だ」それは人の声なのだろうか? それとも男の妄想なのだろうか? 悪魔が人の声音を真似ているようにも思える。廊下で女子行員とすれ違う。眼が合う。彼女はすぐに下をむいて口の端を歪めた。笑っていた。「あなた痴漢ですって?」 男はかぶりをふった。何度も手のひらをつねった。大丈夫だ。なんでもない。 夕方になって上司が肩を叩いてきた。 「君は痴漢だって?」 足の先から一気に冷気が上がってきた。男はホオを手のひらで打った。きっと大丈夫だ。 あの日地下鉄で男は揺られていた。人々は日々の労働で擦り切れ、声もなく立っていた。そこへ際立って高い女たちの声。それはアルバイトやコンパ帰りの女子高校生であったり、残業をこなしてきたOLだったりする。「ねえ、あのオジサン、みごとなバーコード」 男ははっとした。確かに女子高校生の視線の先にはみごとなパーコードオヤジがいた。数少ない髪を無理矢理向こうへ渡している。一層のことすべての毛をそってスキンヘッ ドにするか、カツラにでもすればいいのにと男は思った。「ねぇ、あのオジサン痴漢だってぇ」 男の心臓はドライアイスのように縮んだ。顔を何度も叩いた」「ほんとあの人オタクっぽい。やだ~。きっと女に持てないよ」「女が一番嫌がるタイプだもんね」 大丈夫。大丈夫だ。男は叩いた。 駅へ電車が着くたびに人が傾れ込んでくる。すっかり車内は鮨詰め寸前だ。腕がつっぱった。見えないので動かした。「ちょっとおっさん」「すまない。時計がなにかにひっかかった」「もう!嘘言わないでよ! あたしの足に触ったでしょ! この痴漢!」 なにかが崩れた。どこかで音がした。「違うって言ってるだろ! 俺は痴漢じゃない!」終わった。みんな終わった。もういい。 みんな終わってしまっても。
2011.12.07
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