★スーパーマン★好きだ★ 0
プロット「イケメン」 0
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「アトラクション? ディズニーみたい。面白そう」「もちろんディズニーランドにはかないませんが、奇岩の洞窟は見事ですから、迫力があります。子供向けのクルクルと周りながら探険するツアーもありますよ」 志乃の落ち着いた物腰とは違い、リカの声は甲高くテンションが高すぎる。真也は耳が痛かった。この少女と恋人らしいトウヤという男は、ずいぶんと辛抱強いなと思った。「お部屋にご案内いたします。そちらの方は英田さまと別室をお取りしましょうか?」「あ、はい。よろしくお願いします」 トウヤという男は、そのミュージシャンくずれのような身なりにも関わらず、意外に礼儀作法が身についていた。「あのう、そちらの女性にも、一部屋お取りしましょうか?」「お、お願いします」 「霊魂のささやき」5 「横溝正史賞」は怖いよ~。 似たような感じの作品が受賞する。 頑張っても悲惨なだけ。耐えられないなら、何も読まないほうがいい。 「あたし、トウヤと一緒でいいです。恋人だし」「俺はイヤだ。リカが襲わってくる」「トウヤ。それってひどい~。女のセリフでしょ」「で、では、二つお部屋をお取りしますね」 客あしらいに慣れているような志乃でも、二人には顔をしかめている。東京の若者たちの言動は、大人の男女には猛毒だ。「こちらへどうぞ」志乃がゆっくりとすべるようにして、奥へと入ってゆく。和服の裾から白い足袋が見え隠れしている。絹ずれの音が心地よく美しい。 旅館の若女将としていつも和服を着ているのだろう。都会のフェロモンを過剰にふりまく女とは全くちがう。田舎の野暮ったさはなく、しっとりとした美しさがあった。それが一人で民宿を切り盛りするためであっても、男の足を止めるには十分すぎた。「和服美人はいいな」「そうですね」 トウヤも感心している。ライバルのような気がした。男はああいう女に弱いらしい。銀座のママにはまって、足げく通うようになるのも、そのせいだ。男は生まれながら、和服フェチなのだろうか。 部屋に案内された。山奥の旅館だが、寂れてはいない。畳も青々としていて、いい香りがしている。通された部屋も柿色の壁紙で統一してあり、さりげなく今風に改造されていた。モダンジャパネスクといった感じだ。心地よさと斬新さを気負いなく演出していた。「もしかして俺のために、リフォームを?」「先生には、心地よく過ごして頂きたかったので。二部屋ございますが、足らなければ隣の部屋もお使いください。他のお客さまが来ることは、そうはありませんから。今日は三組も予約があって、盛況なくらいですわ」 この言葉に、英田はぐっときた。男なら皆そうだろう。男のために、客のために最善尽くしてくれる女。今度結婚するなら、こんな女がいい。たった一度のつまずきで、家庭から追い立てる女はもうごめんだ。志乃が旅館の若女将で、これが仕事の一部なのだということが判ってはいても、嬉しいものだ。ただ、娘だけには心を残してきた。自分のDNAを受け継いだ愛しい娘。今回のことで、彼女に心の傷が残らないように祈っていた。「お食事を用意いたしております。お先にお風呂にお入り下さい」 三指をつき、志乃は丁寧な挨拶をして出ていった。 小さいが、小さな行灯で演出された露天風呂で、長い旅の疲れをとった。そして拾った恋人たちと三人で、志乃が作った懐石料理に舌鼓を打つ。見た目もあでやかで、京料理のようにしっとりとしたいい味だった。さりげなく付けられた地どりのステーキは、若い二人へのサービスなのだろう。コギャルのリカでさえも、満足したらしい。何一つ文句も言わず、ガツガツと食べていた。 若い二人はよくしゃべり、笑った。リカの高い声は耳が痛いが、若い女の話は愉快だった。英田はジェネレーションギャップを感じつつも、若者たちと食べる夕食は心地よく酔えた。食前酒も、いい気持ちにして食欲を誘ってくれる。 午前八時を過ぎて、やっと目が覚めた。大人としては寝すぎだ。職を家族を失い、一人になってから、ずっと好きなときに起きてきたから、いい加減な大人になってしまった。明日からは、折り目正しい大人に戻ろう。 三人だけしか客のいない旅館は、静かだった。窓から外を見渡すと、深緑の山々の隙間から陽光が射し込んでくる。 まもなくして、リカの甲高い声が聞こえてきた。どうせこれからは、退屈で穏やかな田舎生活だ。今くらいは、クラブの音響のような、女の声を聞いていてもいい。「はじめまして、英田先生。東京からわざわざ、このような村に来てくださってありがとうございました」 朝食を終え、英田とトウヤとリカが英田の部屋で茶を飲んでいると、村長の幸田新平がやってきた。志乃が白魚のような手で優雅についてくれた茶が台無しになった。 花のような志乃を眺めて、これからずっと目覚めることができたら男冥利につきるなと思った。「先生のことは、まだ写真と簡単な経歴しか知っておりません。もし何か不都合なことがあれが何でもお申し付けください。ここの若女将を通じて伝言をいただければ、すぐに手を打たせて頂きます」「はぁ、こちらこそよろしくお願いいたします。わたしもまだ診療所に顔も出してないもので、どうしたらいいのか判りません。今日、出勤ということでいいでしょうか?」「そうですね。前任の先生が心筋梗塞で突然亡くなったので、それからここはずっと無医村です。隣街へは山を三つほど下って行かなければなりませんので、不便です。早く診療して下さればありがたい」「判りました。今日の午後から診療を始めましょう」「それでご面倒ですが、村民への紹介を兼ねて、今進行中の葬儀に出て頂けませんでしょうか?」「そう言えば、昨日読経が遠くからでも聞こえていました。いいでしょう」「あれ、お連れさまもいらっしゃるので」「あの、親戚の子供で」まさか途中で拾ったとは言えない。「西園寺トウヤです。よろしく。バカンスに来ました」「森本リカです。こんにちは」リカは英田の話に合わせて手を振った。 若い恋人たちが、このような村にバカンスに来たと聞いて、村長は首をかしげている。それでもすぐに、まっいいかというような顔になった。「それではさっそく。玄関で女将と話をしておりますから、お支度をしてください」 村長はせっかちなのか、さっさと部屋を出ていった。「君たちはどうする?」「適当に、散歩してます」「一緒に朝風呂に入ろうよ、トウヤ」「やだよ」 英田はくすりと笑って支度を始めた。のんきな若者たちに付き合っていたら、日が暮れてしまう。 急いで荷物をとき、十分で葬儀用の礼服に着替えた。衣裳ケースの中から、猛スピードでブラックタイを捜し出す。髪をとかし、失礼のないように見なりを整えた。第一印象が大事だ。街の大学病院では常に医者は尊敬され、どこかでテングになっていることがある。しかしここは山奥の村。必要とされるだろうが、ショッピングセンターもない場所だ。何かと世話になることが多いだろう。 トウヤとリカは、そんな英田を観察し、小声で何か話している。時折大声で笑いながら、志乃が用意してくれたポットのコーヒーを味わっていた。 どうせ(おじさん)である英田の生態を、若者の視点で笑っているのだろうと思った。この世代はどんな些細な事でも面白がるものだ。「じゃ、俺は行ってくるから」二十分後には、英田は階下へと下りていった。 また風にのって読経が流れてくる。 ここは高地なので、空気が薄いようだ。時折息苦しく感じるのはそのせいだろうか。 昨日は通夜だったのだろう。今日は本葬をしているのだ。葬儀の形も地方によりそれぞれの風習があり、様々な形があるらしい。テレビで遺族が三角の小さな布を頭に付けているのを見たことがある。幽霊が付けているものだと思っていたので、仰天した。ところ変わればと思ったものだ。この地方の葬儀はどのようなものだろうと、興味があった。 村長の車で、葬儀をしている家まで行った。数百年という風格のある家ではなくて、戦後建てられたものらしい。それでも土間などがある。 意外に質素な葬儀だった。葬儀が派手なわけがないが、シキビが出ているわけでもない。 家の中だけで、ひっそりと行なわれているようだ。玄関を入ろうとして、その地面に黒いシミが何箇所もあることに気づいた。点々と家の中から外へと続いている。そしてある車まで続いて、止まっている。この車の主が、何かを家から持ち出して、車に乗せたという感じだ。村長が先に入ってしまったので、英田はそのシミをたどって、車の中を覗こうとした。窓ガラスには黒っぽいシールドが貼ってあり、よく見えない。「英田先生、早くいらしてください。葬儀が終わります」 呼び掛けられて我に返り、急いで中に入っていった。僧侶が読経を終え、焼香も終り話を始めた所であった。そのあと続いて、焼香をすませた英田が紹介された。「今度診療所に来てくださった、英田先生です。先生は大学病院のエリート先生で、アメリカにも留学しているすごい先生だ」「そんな先生が来て下さったとはすごい。この村も安泰だ」「木島先生が亡くなられて、しばらくここは無医村でした。英田先生が来て下さってよかった、よかった」「午後からでも、診療を始めようかと思っております。ぜひいらしてください。といっても、まだ診療所を見ていないのですが」「大丈夫です。看護婦の三上さんが毎日行って、清掃をおこたっていません。整理整頓もできているかと思います。薬剤師の古代さんは、隣街から火曜日と金曜日の午後四時に来てくれています。だから薬だけは、処方箋でみなもらっております」 期待されてはいるが、どんなテクニックを持っていても、MRIがあるわけでもない。レントゲンと小さな超音波診断装置くらいがあるだけだろう。「診療が午後からでしたら、ここで寿司を食べていって下さい」 そう言われ、先に一人だけ寿司をごちそうになった。ここの女たちが総出で作ったらしい。すべて巻きズシだった。食べ終り茶を飲んでいる頃、年配の女が盆を持ってきた。「ここの自慢のイワシのつみれ汁です。これは家に代々伝わってゆき、嫁に来た者はこれを覚えないと、ここでは嫁とは認められないのです。家ごとに味があります。新鮮なので美味しいですよ。葬式には村中の者にふるまわれます」 田舎の花嫁は、大変だなと思った。「実はもう腹が一杯で」「そう言わずに、どうぞ。これを召し上がって、早く村の人間になって下さい」 そう言われると、信頼を得るために早く慣れなければと思い、食べた。
2013.03.23
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「神霊」 久しぶりにリカちゃんとトウヤ君に会いたくなったのでアップしました。 経が聞こえなくなった。葬儀は終わったのだろうか。 落ち着いたら、村の一員として焼香に行こうか。それが、診療所の医師としてのマナーだろう。英田はまじめな男だった。いつも失礼にならないようにふるまっている。だから女にもてなかったのか。こういう男は、すぐに女を退屈にさせてしまう。 村の入り口らしい場所から、奥へと入っていった。ゆっくりと細い道に沿って車を操り、下宿代わりにする予定の宿を探した。たしか名前は旅館「花寄り」だったはずだ。診療所ににも小さな部屋があるらしいが、休憩しかできないという。男一人だと何かと大変だから、村の旅館に下宿をして、食事の世話などもしてもらってくれと言われた。世話好きな人もいるからと言われた。確かに世話をしてもらうと助かる。一人だと簡単なものしか作らなくなる。食は人生の基本だ。きちんと食べなければならない。部屋係がオバチャンだろうがなんだろうが、男やもめには助かると思った。 まもなくして旅館「花寄り」という看板をあげた家が見つかった。いかにもといった古い屋敷だった。門構えも立派で、料亭のようだ。寂れた山村にはめずらしい。きっと、由緒ある武家か、商家の屋敷だったのだろう。 車を外へ止めて、中へと入ろうとすると、犬が飛び出してきた。犬は何かを啣えているる。英田を見ると、なぜか一目散に走ってきて、じゃれついてきた。「止めてくれ。俺は苦手なんだよ」「英田さんが好きなんでしょ。ほら、おいで。こっちへ来いよ」 西園寺トウヤが犬を呼んだので、今度はそっちの方へ行ってしまった。トウヤが相手をすると、犬が啣えていたものをぽろりと落とした。「これは何だろう。オモチャじゃないよな。皮で作ったホネとも違う」「貸してみろ」英田は、犬の戦利品を取り上げた。「本当だ。ペットショップで売ってるのとは違うな」「シロ、シロおいで。こんにちは。それは牛のホネですよ」 突然、村人が現われた。もちろん普通のオヤジさんだ。農家ではないのか、背広を着ている。「そいつはね、野良犬なんですけど、ここらに住み着いているんです。みんなはシロって適当に呼んでますけどね。そいつはドロボウーで、近くの牧場から、よく肉のついたホネを持ち出すんですよ」「そうか。牛のホネなんだ。太いからな」 英田は納得した。医者がシロウトに言われて、納得するのは恥ずかしい。しばらく、診察室から離れていたせいだろうか。「ほら、シロあっちへ行け。また盗みやがって」 男がシロをけるマネをすると、シロは男を恨むような視線を向けて、すごすごとどこかへ行ってしまった。「花寄り旅館ってここですよね」「そうですよ。旅館はここ一件しかありません。新しくはないが、若女将が美人でね。居心地はいいですよ。じゃ」 男は、そういうとホネを持って行ってしまった。「美人の若女将か」「先生、鼻の下が伸びてますよ」トウヤに指摘されて、慌てて鼻をこすった。本当に伸びるわけはあるまい。「本館へ行ってみようか」 そうして、三人が入ってゆくと、すぐに視界に灯篭や形のよい松が飛び込んできた。目に見えない壁でもあるように思えたので、足がすくんでしまった。そこは見事な日本庭園で、専門の庭師でもいるかように整然としていた。こういう山奥では、庭などはほったらかしで荒れ放題といった風情だと思っていたが、花寄り旅館は若女将の美しさに恥じない手入れがされているのだろう。もちろん彼女が、美人とは限らない。まだ会っていないのだからそれは不明だ。「わぁ、きれい」リカが最初に反応した。さすがに女は正直だ。気に入ったものには、すぐに飛びつく。まるで釣られる魚だ。「ま、あたし、バリやハワイのリゾート風が好きなんだけど、たまにはこういうのもいっか。温泉があるといいな」「リゾートに温泉はないぞ」「エステはあるかな。エステでピカピカの女になりたい。トウヤを誘惑するためにね。スパでもいいけど」「よしてくれ。俺は爆乳が好きなの」「なによ。胸パット八枚も入れてきたのに」「八枚?」「右に四枚、左に四枚。今度は最新のオイル入りパッドにするね。あれってモミごこちいいんだって」 三十才をすぎた英田は、顔をしかめた。若者たちの会話には、ついていけない。 入ってゆく場所を求めて、料亭のような玄関を眺めた。しっとりとした和風美しさがある。典型的な日本家屋だ。ささやかに、アンティークな木のにおいが鼻をくすぐっている。柱などは、歳月を重ねて黒光りしているが、手入れは行き届いていた。旅人たちの疲れを慰めているように、大胆に生けてある大きな生け花が、主人のセンスを表していた。かなり、華道を極めているのであろう。「こんにちは。ごめんください。これからお世話になることになっている英田です」「いらっしゃいませ」 女が出てきた。奥から出てきてすぐに三指をついた。「先生のことは、村長さんから聞いております。これからお世話をさせていただく、花寄りの娘です。女将はいま病気療養中で、わたくしが代理をしておりまして、花村志乃と申します」 顔を上げた女の顔を見て、英田は息を飲んだ。かなりの美人だ。あの男はウソを言わなかった。こんな山奥の日本家屋の中で見ているので、そう見えたのかもしれない。まるで白い朝顔が一輪咲いたようだ。「英田真也です。これからお世話になります」「お連れの方たちは?」「あ、そのう、途中で拾ったんです。この村に文通友達がいるそうで。遊びに来たらしい。西園寺トウヤくんと森本リカさんです」「リカでーす」 コギャルのリカは両手を頭の横で元気に振った。ノリが良すぎる。「文通友達がここに? どこの家でしょう」「ああ、そうですね。北村恭平っていいます」「北村? おかしいわね。そんな家はこの村にはございませんが。隣町とまちがえたのでは?」「あ、そうですか。じゃ、間違えたんだ。ま、いっか。どうせ、勝手に行ってみようって思っただけだから」「おかしなやつだな。こんな村まで来て、どうするんだよ?」「この村でバカンスをすごそうかな。けっこう気に入ったよ。深緑に囲まれて、ぼうっとするのも悪くない」「えー、あたしは新緑だけじゃイヤ。ステキなお部屋と夕食と温泉がなきゃ。温泉ありますか? エステでもいいです」「天然温泉ですか? いえ、申し訳ありませんがございません。掘るほどの余裕がなくて。エステもマッサージやっておりません。ですが、お部屋に小さな露天風呂がございます」「なーんだ。ないんだ。山奥で温泉もないなんて、サイテー」「おい、リカ。口を慎め」「個室の露天風呂か。天然温泉でなくてもいいな。そういうの、いま流行ってるんだよな。意外にここは先進的だ」 リカの暴言をうめるように、トウヤは言った。さすがに恋人の暴走を気にしているらしい。「せめて、リゾートホテルかジャングル温泉でもあればよかったのに」「確かにここには何もありません。でも、ちょっと頑張って小さなテーマパークを作ることにしたんです。百鬼夜行伝説を生かした小さな遊園地です。この村は洞窟が多くて。だから自然の景観をそのまま生かした、アトラクションを作ったんです。洞窟のなかを、列車が猛スピードで走るんです。よくいう絶叫マシンです。ほかにも、幽霊ハウスとか飛び出す化物映画とかを見せるんだそうです。まだやっていませんけど、完成したらまたいらしてください」 英田は、今流行の村起こしだろうと思った。恐竜が発掘されるところには、恐竜博物館。銀山があったところには、炭鉱散策。そういえば十代の頃、日本一の長さを競って、すべり台が次々と作られ、話題になっていた。その前には巨大メイロが流行ったなと記憶を掘り起こした。女友達に迷路に連れていかれ出られなくなり、泣きそうになった苦い思い出がある。ゴールが見えないというのは、本当に不気味なものだ。 しかし今では、すべり台という言葉さえ忘れられている。今でもあるのだろうかと思う。子供でも、公園のすべり台では遊ばない時代だ。金を払って、わざわざ山奥へ来る者がどのくらいいるだろう。五千円も出せばベイエリアに、花火ショーつきのディズニーランドがある。関西からでも、夜行バスなら一万円で行けるらしい。パーク内に湖にしかないはずのカヌーや蒸気船に電車まであって、その商魂はすさまじい。あれにスペースシャトルでも登場すれば、地上最大の快楽地ということになる。人々の欲望は気まぐれで、果てがない。創造主が止めぬかぎり、人類は未来永劫満腹することはない。
2013.03.23
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「霊魂のささやき」3 大分前に「横溝正史賞」に投稿した長編ですが、 たぶん似たようなのが出ていると思います。 庶民のは最初からゴミ扱いだから、投稿しないほうが、安全です。 風が音を運んでいた。 仏教の僧が唱える経が、内耳へと流れてこんでくる。東京からはるばるレンタルしたトラックと共にやって来た英田真也は、大都会とは違った風光に目を細めた。随分と高地へと上ってきたものだと思った。まるで天国へと昇るように。 人生の一時期、こういう厳かな生活を送るのもいいだろう。どうせ都落ちの身だ。 教授の医療ミスをすべて被って、東京から逃げて来たのだから。 葬儀をしているのなら、一度見てみたい。のどかな田舎の葬儀とはどんなものなのだろう。その地域独特の風習でもあるのだろうか。情報網やメディアが進化して、いまではどんな山奥の村でも東京の情報を知ることができる。つまり知識は平等に人に行き渡っている。若者たちは、街の者よりもハデな髪に染め、夜行バスで買い出しに出かけた最新の服を着ている。田舎者と言われないために、彼らは必死に流行にを包む。その代わりに、古い文化や風習が簡略化され、寂れてきている。老人の多くなった村ではなおさらそうだろう。若者はややこしいルールが嫌いだし、複雑な関係を嫌がっている。「おーい、後の二人、大丈夫か?」「はーい。おじさん」 トラックの二台から顔を出したのは、高校生と二十代の若者だ。二人とも流行のデザインで決めていた。高校生は今どきのコギャル風で、何事も面白がるという風体だ。顔はどこにでもいる丸顔で、美人でもブスでもない。髪も学生だというのに、ほんのりと茶髪だ。金髪でないのは、学校には登校しているからなのだろう。パツパツの足をミニスカートからニョキリと突き出して、華奢な胸をヘソだしTシャツで飾っていた。ピンク色シャツの真ん中には、おかしなキャラクターが描かれている。英田には全く可愛いとは思えないキャラクターだが、コギャルはこういうキャラを面白がるのだろうと思った。そして飽きっぽい彼らは、すぐに次のターゲットを捜し出す。毎日、新しい愉快なモノを探し求めるのが、青春というものなのだろう。 男の方は、それなりのルックスだ。女にはうけるスラリとした体つきだが、三十すぎの平凡な体躯の英田は、少しムカついていた。どこに行っても、女を独り占めをするタイプだからだ。コギャルよりは落ち着いた物言いで、たぶん二十五才前後だ。ヤンキーな若者が、やっと落ち着きましたといった感じだろう。足はピッタリとしたレザーのパンツ。筋肉質の上半身は、黒地に金色の漢字が大きくかかれたシャツを着ている。最近漢字をロゴとして使ったものが流行っていると聞いていたが、あれがそうなのだろうと思った。肩までの柔らかい髪を、襟足付近で束ねている。まるで売れていないストリートミュージシャンだ。そう茶化したら俺はアーティストだよと、答えるだろうか。生真面目な医者の英田には、彼らが宇宙人のように思えた。 二人ともバカンスを求めてきたのか、キャリーバッグを引いていた。旅客機に持ち込めるものだ。「おじさんは止めてくれ。俺はまだ三十すぎだぞ。おにいさんはムリでも、英田と呼んでくれ」「はい、わかりました。俺は西園寺塔也。トウヤって呼んでください。でも、感謝してます。方角の違うバスから降ろされて、さまよってたから助かりました」 そう、英田はこの二人を拾ったのだ。深緑の山々に囲まれた、ささやかな地方道を歩くには、まったく似合わない二人を。都会のニオイをプンプンさせている。まるで逃亡者だ。ひと昔前なら、カケオチに見えただろうが、今の若者たちに、カケオチは似合わない。歌舞伎風にいうなら道行きか。「いや、同じ村に行こうとしていたからね。これも縁だろう。でもどうして、若いのに山奥の秘境のような村に? そこに実家があるのかい?」「いいえ。ただそこに文通友達がいて、遊びに来いって誘われたんですよ」「文通? いまどきレトロだね。ぼくは外国語を勉強するのに、アメリカ人と文通していたけど。でもその連れの女の子は」「あたしは森本梨香です。リカちゃんって呼んでください」 語尾がみごとに上がっている。オヤジたちには真似ができない。みごとなコギャル語だ。 ひょこっと顔を出した少女は、手を振った。ふっくらとしたホオを赤らめてワクワクしている心境が、英田にも伝わってくる。何でも面白がる若者、快楽にたかる若者たち。田舎の村にゆくことは、彼女には渋谷を探険して回ることと代わりがないのだろう。「あ、は、リカちゃんね」 十代の軽いノリに英田はついていけなくなっていた。そういえば、ヤンキーな若い男の舌ったらずの、甘ったれたような話し方が理解できなくて、怒鳴られたことを思い出していた。キレルというのはこういう事なのだなと、思ったものだ。 それでも、年の離れた二人と話していると、自分のどこかが若くなってゆくようだった。 しばらくちょっと楽しむのもいいかもしれない。こんな俺でも、ディスコで踊ったことがある。友人に引かれて強引に連れていかれた。二度だけだが。今ではいい青春だったと思える。それが、いまの英田の思考だった。「トラックがあなたの愛車ですか?」「いいや、業者が俺の愛車を運んで来てくれるんだ。今ちょうど車検でね。そこで、トラックと交換だ」 車一台がやっと通れるような地方道を進んでゆくと、ちらちらと村の家が見え始めた。英田はほっとした。何キロ走っても山と畑と水田だけが迎えてくれるので、本当に目的の村があるのかと思っていた。 あの場所に人間がいて、小さな診療所がある。診療所があれば、俺は医者としてのささやかなプライドを満たすことができると思った。医者であり続けるならば、大学病院である必要はないのだ。そう自分に言い聞かせ、慰めにしていた。そうしてトラックの小さな財産と、深緑とは違和感のある拾った若者たちを、英田は秘境のような村へと運んでいった。 時折すれ違う年老いた婦人たちは、都会ではめずらしくなったかっぽう着を着て、頭髪を隠すように手ぬぐいで帽子を作っている。下はズボンか、モンペのようなゆったりとしたパンツを履いていた。彼女たちよりも若い、嫁のような婦人は、やはり手ぬぐい帽子は嫌いなのか、ツバの広い帽子を被っている。今では日差しを防ぐための、布も縫い付けられていた。進化しているのは機械だけではない、こういった小物も進化している。そういうものに出会うと、村はいつまでも村ではなく、山奥もいつまでも山奥ではないのだと思う。どこにでも、小さな進化はあるものだ。それを見ていると、思わずほっこりとした気分になった。 緑陰の山々はいつまでも続いているが、意外に飽きない。緑色は目にいいし、やはりサルだった人間の本能は、豊かな自然をいつも求めているのだろうと英田は思った。「あの花寄り村には、有名な伝説があるらしいです。あなたは知ってますか?」 突然、トウヤが窓越しに顔を出した。「な、なに、伝説?」「知らないなら、いいですよ。気にしないでください」 若い男の言った事が、かゆみのように気になった。英田は頭をかいた。 そういえば、花寄り村の診療所の噂を聞いた。アシストとして行った若い医者が消えたとか、気が狂った者がいるとかだ。しかし英田を止めた者のほとんどが、君ほどの医者が一度のキズくらいでそんな田舎に行かなくてもいいだろうと言った。確かにたった一度のつまずきだ。だが立直るまでに半年もかかった。家族も職も失った。 視界の前方に、緑の棚田に支えられたような村の全景が見えてきた。かすかにわいて出てきた霧の切れ目から、霧に負けぬようにとその存在を必死に示している。 その様相は、神秘的で、神々しささえ感じさせる。まるで天空都市のマチュピチュのようだ。人々が消えた謎の都市。それとも見捨てられたのか。どちらにしても世捨て人、英田の赴任地だった。
2012.04.21
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「霊魂のささやき」 投稿すると似たようなのが出て終わりらしいので。似たようなのがあってもごめんね。風俗がすでに終っています(笑)スマホもありませんでした。全身全霊をかけても、古くなると終わりですね。頑張らないことが一番かも。頑張ると悲惨。 東京にあって、その繁栄とはまったく見離された地下深くに、この場所はあった。 地上では人々が快楽を求めて、今日も街を闊歩している。 この男は、そういう喧騒とはまったく無縁の地下で、毎日を退屈そうに過ごしていた。コンクリートに囲まれ、ジトジトと湿った場所でヒマを慰めている。たった一つしかないドアには、「非公認」のプレートが打ち付けられていた。男は、いつも部屋に一つだけのデスクに座り、組んだ足を乗せていた。長すぎる足はいつも邪魔になる。どうせ一人だ。視線を気にする相手もいやしない。 部下をつけてくれると聞いていたのに、いつまでたっても候補者は来ない。まぁ、こういうところに願って来るものはいないだろう。先日、一人紹介されたが、無呼吸症候群と診断され、現場から下ろされたデブだった。そういう、機動力のないヤツはこちらから断った。(俺がこうしていつでも活動できるように、スリムなプロポーションを保っているというのに、ヤツラは何を考えている。ここは、掃きだめではない。断じて。いつか、花形部門として脚光を浴びてやる) そこまで考えて男は思った。そうだ、ここは名前もない、無名の場所だ。スポットライトを浴びてしまっては、意味がなくなる。 それでもいい。俺はもともと顔のない男だ。いつも、妙なコードネームで呼ばれている。 ぼうっとしているのも却って辛いので、毎日のメニューを決めた。個人事務所でもないのに、ここは男の私物だらけであった。ここの取り柄は、ただ広いこと。まるで倉庫のような広さがあり、何でもおけるし今はホテルのように寝泊りをしている。毎月出ている住宅補助が浮いて、大助かりだった。内緒でリフォーム業者を入れて、小さなキッチンや風呂場を作らせた。風呂は、ミストサウナとバブル機能もついた最新型だ。もちろん与えられた予算を使ってやった。一年分の半分を使ってしまったから、これからは緊縮財政だ。部下もいないし、どうせ経費はあまりかからない。自分一人を養えればいいし、こんな墓の下のような場所に閉じこめておくのだから、そのくらいはいいだろうと男は思っていた。 欠点を言えば、ネズミとゴキブリが出ること。それに窓がないので、日当たりが悪いことだ。これでは布団だって干せやしない。せっかく夜景が売りの東京のど真ん中に住んでいるというのに、夜景が拝めないのは損をしている。今度は経費で、布団乾燥機と全自動洗濯乾燥機を買うつもりだ。 何も支給してくれないので、色々と勝手に持ち込んできた。中古のパソコン、そして着替え、ベッド、通販で買ったトレーニングマシン。そのマシンたちで、男は数少ない出動にそなえて、日々鍛練を重ねていた。 上腕二頭筋を鍛えれば、力こぶが出る。筋骨隆々となるのは、筋肉が増えているのではなくて、筋線維そのものが太くなっている。だから、筋肉を使わないと、筋線維が細くなってしまうのだ。 いい汗をかいた。リフォームで取り付けた風呂に入ってさっぱりとした。今度は映画を鑑賞するためにプロジェクターでも買ってやろうか。 仕事がなければ、そろそろ地上へと出ようかと思う。モグラ人間でも、たまには太陽の光を浴びたい時もある。そこで、居酒屋で飲みながら、人間の女でも拝むとしよう。「!」 突然ノックがした。二回。まともなヤツだ。ここに来るヤツはクマネズミか、ビルのメンテナンスの作業員がトイレと間違えてやって来るだけだ。「どうぞ。俺が捨てた女の亡霊なら、帰ってくれ。お札を貼ってあるぞ」 年配の男が一人入ってきた。見知った顔だ。「いらっしゃい、ミスター」「相変わらず、ヒマそうだな。その態度はなんだ? わたしはこれでもお前の上司だぞ」「イエッサー!」男は組んでいた足を畳むと、一瞬で立ち上がり敬礼をした。「大げさだな。でも、そんなお前が好きだ。他の連中はコチコチで、つまらん」「私には、そういう趣味はないのですが」「話を茶化すな。警察官のくせに。でもその物言いは、お前らしくないな」 上司は、たった一つしかないイスをひいて座った。まるで取り調べ室の警察官と被疑者だ。どちらが被疑者なのかは、明らかだった。「で、今日はどういう件で? またオトリ捜査が決まったんですか? それとも、私に部下をいただけるのですか?」「この前の男は断っただろ。せっかく、苦労して回してもらったのに」「もっとスリムな男にして下さい。ダメなら、このまま一人でもいいですよ。気楽だし。あ、若い女ならもっといいですね」「判った。そう、人事に言っておこう。君の下に、若い女を入れてくれるかどうかはわからないがね。ここで、日本の人口が増えたりしたら大変だ」「ミスター、ジョークがうまくなりましたね」「君と付き合うために、私も丸くなった。だが聞いてくれ、警視庁は君のことを邪険にしているわけじゃない。君の働きは、いつも助かっている」「判っております。私としても、この仕事は気に入っているので、このままでも構いません。俺は顔のない男。隠密に動くのが性にあっています」「ま、頑張ってくれ。Mの居心地はどうだ。未公認なのは許してくれ。予算だけはもらってやる。しかし、お前だけのオフィスだぞ」「確かにオフィスの存在は気分がいいのですが、部下なし電話もパソコンもなし。まるでリストラされかけているサラリーマンのようです。俺はリストラされるのですか?」「ま、考えすぎるな。お前が必要だからオフィスを作ってやった。俺は、もっと違う場所に独立して作りたかったが、勝手に暴走すると困るから、目の届くところに作れと上から言われた」「だから、地下か。まるで監視だな。秘密結社のようだ」「予算はやるが、保護はしないって?」「体のいい使い捨てか。いま、使い捨てが流行ってるからな。アメリカの消費経済導入か」「口が過ぎるぞ。元々お前は拾われたんだ。だが、使えるやつほど、組織には似合わん」「わかりましたよ。働きますよ。あなた方の、裏方としてね」「で、今日は仕事の依頼だ。今回は俺の個人的な事情で、君に行ってほしい場所がある。先日、知り合いが行方不明になったんだ。直後に電話を入れてきたんだが、通信状態が悪かったのか、よく聞こえなかった。だから、彼の様子を見てきてほしい」 「様子、ですか? それだけ? 探偵以下の仕事だな」「そうかもしれない。もちろん彼が、生きているか死んでいるかもわからない。君がヒマそうだから、仕事をやるんだ。彼が無事で元気なら、そのまま観光をしてきてもいいぞ。もちろん、費用は俺が何とかする」「機密費用から捻出ですか?」男は上司を意地悪くからかった。「それは外務省だろ」
2012.04.21
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「あの伝説は本物だった」 大地を飲み込むように、緑陰が広がっている。 その深い緑色の固まりの谷間に沿って、ささやかな地方道がうねっている。空中から見下ろせばまるで、地を這う大蛇のようだ。 その大蛇に背負われるように、一台の車が走ってゆく。乗っているのは一人の男。五十代半ばの男、木島二郎だ。男は血気盛りの十代でもないのに、細く崖の迫った道を百キロ近いスピードで走っていた。額には滝のような汗。それは運動をしたあとのものではなく、ハンターに追われる獲物が分泌する冷たい汗だ。 まるで憑かれたように呟いている。 魑魅魍魎を背負っているかのように、すでに狂っていた。「自然の摂理に反逆してはならない」「伝説は本当だった」 すでに太陽は西に沈み、もうすぐ闇がやって来る。彼らの世界がやって来る。 ハンドルを握っていない左手の指をしきりに動かして、携帯電話をかけようとしていた。 それでも、八十キロ以上のスピードはゆるめない。ブツブツと唇を動かしたまま、必死で相手を呼んでいた。しばらく呼び続けて、やっと相手が出た。「高坂か。俺だ。木島だ。俺は恐ろしいことを知っている。あれはまったく恐ろしい。医者の俺には許せない。俺はこれでも科学者の端くれだ。許すことはできない」「な、何? 音声が悪い。よく聞こえない。どこからかけてるんだ?」「至急ここに来てくれ。みんな話すから。お前は警視庁の公安部の刑事だろ。誰かよこしてくれ」「管轄が違う? ここの県警に電話しろ? もしもグルだったらどうするんだ? そんなわけない? で、でもな、ここはここは。しまった。逃げなければ。また電話する」 そこで電話を切って、また逃げ始めた。 そのあとを、車が一台追いかけてきた。木材を運ぶようなトラックだ。「!」背後からつかれた。そして前にも、一台いた。男の車が近づくと、わざとスピードを落として邪魔をしてきた。ヤツラの仲間だと判った。二台で挟み撃ちにするつもりだ。「どうして俺を殺すんだ?」「わー」 目の前を巨岩が横切っていった。一度弾んで、ガードレールをなぎ倒し、崖下へと落ちてゆく。まもなくして押しつぶされる木々の悲鳴が聞こえてきた。「お願いだ。逃がしてくれ。東京に帰らせてくれ。頼む」 また巨大な音がして、岩が脱落してきた。ゆっくりとスローモーションのように転がって、男の真正面に向かってきた。しかし寸前で曲がって、また落ちていった。 GANNGANNGANNGANN! 何度も何度も背後からつかれる。三年前に買ったトヨタのクラウンが悲鳴を上げている。「止めてくれ! 止めてくれ!」 スピードを上げたいが、すぐ前には仲間らしいワゴン車が陣取っていた。つかず離れず、距離を調整して、男を阻んでいた。「!」 また石だ。巨石が直撃してきた。ハンドルを切る。決して切ってはならない断崖への方向へ。「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 クラウンはガードレールに衝突し、そのまま空中へと飛び出した。スパイ映画ならここで、ハネがはえたりジェットエンジンが登場して逃げのびるのだろうが、このクラウンはただのクラウンだ。MI6の改造車ではない。レスキューをしてくれる者もいないまま、男はまっさかさまに断崖へと落ちていった。途中で一度突き出た岩に激突し、クラウンは火を吹いた。 すぐ下はダム湖。底には村が沈んでいる。沈められた村の怨念を背負ったような、闇色の巨大な水たまりだ。落ちた車はしばらく浮かんでいたが、数秒で沈みはじめた。「プハ」約二分ほどで男は水中から脱出してきたが、満水のダム湖には泳ぎ着ける岸辺はなかった。湖面には漏れたガソリンが浮かんできていて、炎も走っている。可燃性の燃料と烈火に追われて男は追いつめられていた。泳いだり、潜ったりして火から逃れようとしていたが、生物でない非情な化学反応は、男を焼き尽くそうとしていた。「誰かー、助けてくれ」 断崖の上には、数人の人影。すでに夜の帳に包まれ、高級車の放つ炎が光源となり、浮かび上がっている。「!」影たちはすばやく行動したが、レスキューではなくて、つかんでいた石を投げはじめた。「やめてくれ!」 男がどんなに叫んでも、非情な影たちは石を投げるのを止めなかった。頭部や肩が折れるような音が鳴って、男は血だらけになっていった。周辺はすでに炎のオリ。アブラにまみれた水鳥のような男を、飲み込もうとしていた。「どうして、どうして俺は殺されるんだ? 俺は、俺は正義を貫こうとしただけだ」 男の悲鳴のなか、石がどんどん投げられてゆく。そのうち声も聞こえなくなって、炎がさらに大きくなった。そして男のシルエットは小さくなって、湖面に沈んでいった。「死んだか?」「たぶん」「片付けろ」 トラックからまた影たちが出てきて、トランクからホウキなどを何本も取り出すと、整然と丁寧に清掃を始め、たった二分で跡形もなくなった。車のタイヤの跡も念入りに消された。白いガードレールまで取り出されて、二ヵ所あった損傷もすばやく付け替えられた。 壊れたものは取り外され、すぐにトラックの荷台に隠された。これで事故があったという証拠は、大勢の影たちによって数分で消失させられてしまった。(誰も知らない)(誰も気づかない) 日本には業務用車両、自家用車など人間の数並みに車が溢れている。地方でもはすでに家族の人数分の車が誇らしげに並んでいる。花嫁たちは結納代わりに、軽自動車を持ってゆく時代だ。このような山間部で、このような秘境の谷間で、たった一台の車が消えたところで、誰が探すだろうか。数十の村を犠牲にして作られた人工湖がきれいに飲込み、彼らの犯罪の共犯者となった。こうして木島二郎は、神隠しのように地上から消されてしまった。
2012.04.21
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