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なかなか書けないでいるほぼ放置のブログですが、様々な警告を無視して、事態が最悪の方向に向かっているというか、落ち込んでいるので、久しぶりに書きます。 無知で無能の無責任3無アホ政権のせいで、この国は媚っと終息どころか、ウィズコロナで国諸共消滅に向かっているようにみえる。 まさに、日本列島沈没である。媚っとともに去りぬ、だろう。 この国が亡ぶとしたら、それは媚っとと同類のアホウイルスのアホ総理のせい、とはっきりと言っておきたい。そのために、散々、このブログで警告し、見守ってきた。 しかし、国が滅んでも、民は生きていかなければいけない。国という概念が亡くなるだけで、その概念に胡坐をかいてきた上級国民たちが亡くなるだけなのである。 媚っとは、新しい人間関係という課題を人類に突き付けてきた。 社会も、経済も、政治も変わらなくては亡んでしまうのである。 国というのが、現代のいわば人種の違いを代表してきたものなのである。 国がなくなれば、人種も、差別もなくならざるをえなくなるだろう。 人種の裏には文化がある。文化は死生観ともいえる。 つまり、裏返せば、死生観というものが重要になってくる。 そのことを非常によく分析している、お馴染みのクレイジー博士のブログを紹介する。 ★ ★ ★ 【バイオハザード】やはり新型コロナへの対応には死生観やお国柄が出る!?CDCやFEMAの日本版を作れというまで騒ぎは続く。https://quasimoto3.exblog.jp/240498021/(い)新型肺炎の対策はそれぞれの社会の死生観と関係があるこういう死を待つ老人たちは、インフルエンザや肺炎にかかればまず間違いなく死ぬ。新型肺炎にかかればまずご臨終だろう。かりにそれを助けても状況は変わらない。死が少し間延びするだけだ。元気に歩き回り喋りまくるということはない。そこで、問題はこういう人たちが新型肺炎にかかりお亡くなりになるとする。そこで政府厚生労働省のお達しのルーチンに従い、PCR検査を行い、そのウィルスが発見できたとしよう。はたして、これはこの老人が新型肺炎でなくなったというべきかどうか?正直、私は、もうボケて自分がどうなっているかもわからず全く動けなくなり、ずっとチューブに繋がり、定期的に看護師から最低限の栄養補給で生き長がらえているだけの生活を送っていた母や父が最後の死の過程に入ったときは、これでもう不自由な生活をしなくて済むから楽になって良かったと思った。だから、むしろ何かの病気に感染してもっとはやく楽になってほしかったとすら思ったのである。ずっと苦しみただ寝て死を待つだけの生活を1年2年とあてもなく続けるより、潔くさっと死んだほうが寝たきりで全く動けない本人はずっと楽だったのではないかと思うからだ。死後の世界を信じる人であれば、ベッドでずっとチューブに繋がれなかなかその世界に行けないよりは、さっさとその世界へ旅立った方がより早く別の世界へ生まれ変われると考えるに違いない。つまり、何を言いたいか?というと、今回の新型肺炎に対する対策というものは、その社会の宗教観や通念や死生観に関係するということである。(う)スウェーデンのノーガード戦法バイキングの白人国家のスウェーデンは、人の寿命は限りがあり、死はその人の権限であるというような死生観である。だから、彼らには安楽死が保証されている。今回の彼らの政策は、新型コロナも神の思し召し。なるようにしかならない。だから、ノーガード戦法だった。かかる人はかかり、治る人は治り、死ぬ人は死ぬ。それが神のお導きという考え方だった。結果、かかる人はかかりそれが治れば免疫を獲得し、死ぬ人は死んだ。しかし、いまや社会は普通に戻っている。というより、最初からまったく生活は変わらなかった。これも一つのやり方である。インフルエンザ同様、入院もしない。自宅で治るのを待つ。死んだら運が悪かった。しかし大半は強く頑健で生き延びる。(え)アメリカのCDC&ジョンズ・ホプキンス大の戦法翻ってアメリカの場合、CDCで音頭を取り、怪しいワクチンができるまで、生化学の最先端の道具で対処する。つまり、どんどん国が企業に借金する形で一部の企業が儲かる。言い換えれば、政商方式。はたしてこういう国で入院したらそれは安全なのか?患者が黒人の場合と白人の場合とアジア人や中南米系では医者の扱いが同じとは限らないのではないか?こっちは白人のベッド、こっちは黒人のベッド、あるいは、こっちは白人の個室(集中治療室)、こっちは黒人の大部屋。黒人は道端で白人警官に簡単に射殺される国である。病院で同じことが起こっているかどうか誰が知るのか?だれも新型肺炎のある病院に近づかないはずである。そういう国の出す統計に意味があるのかどうか?(え)日本の厚労省の戦法いうまでもなく、矢作直樹先生が言ったように、我が国はアメリカの、良く言えば保護国、悪く言えば植民地。アメリカ政府の命令は絶対だ。というわけで、厚労省から出る西村のメソッドはすべて米国からの指図に従っているわけだ。これは、ちょうど我が国の民主党政権の菅直人時代に福島第一原発を爆破させてしまった後、横田幕府から米人が首相官邸に常在し、箸の上げ下げを注意するかのように指図したというのと同様である。おそらく、いま新型コロナ対策で(にかこつけて)儲けようと思う米ユダヤ人の米国官僚が官邸にいるはずである。米軍管轄のニュー山王ホテルか、官邸近くの東急ホテルの最上階にいると噂されるCSISの米人マイケル・グリーンが、官邸とホテルの地下トンネルを行き来しているはずである。だから、もしアベノマスクのようなアイデアがここから出されたとすれば、米人官僚もよほど世間知らずの馬鹿ということになる。あまり期待できない。 ★ ★ ★早期に東京の歓楽街を、武漢のように封鎖していれば、第2波は防げたはずである。その逆のGOTOをやるアホアホアホ総理のせいで、感染拡大したことを、以下のブログから紹介する。 ★ ★ ★トンキン460+http://my.shadowcity.jp/2020/07/460.html待望の400突破でオメデトウゴザイマス。雲隠れしたアベシンゾーは軽井沢で優雅な夏休みか? 夏休みだから国会は開きません。何も対策やりません。手をこまねいて注視しているうちに、燎原の火の如く、コロナはトンキンを焼き尽くす。感染経路を見ると、当初は「夜の街」が多かったのが、会食へと広がり、更にはそこから家庭内、会社内へと広がっている。ホストクラブがエピセンターだと判明したのは1ヶ月も前なので、その段階で徹底的に対策すべきだった。それが、汚れホストも汚れ風俗嬢も野放しで、売春師は毎日身体を張ってせっせとコロナの伝道師に励む。今日も明日も明後日も。東京都の関係者によりますと、31日、都内で新型コロナウイルスの新たな感染の確認が400人を超える見通しだということです。400人を超えるのは初今、TVのNEWS速報で460人台と出ましたね。こりゃ、非常事態宣言お代わりだな。これが判っていたから、東京医師会は昨日、あれだけの記者会見をしたのだ。「コロナは風邪」厨は率先して感染して死ねw ★ ★ ★上下関係というのを破壊して、地上の権力を崩壊させるのが、媚っとの役割のようである。差別というのは上下関係から生じるのだから、上下をなくして、平(たいら)にする。つまり、逆ピラミッドを媚っとがもたらし、令和といわれるように、ゼロに清算するのだろう。各自の自我を一度リセットするつもりのようである。それは、媚びっとに感染しない行為でしか、人間は生きられない、ということである。媚びっとが、人類の経済行為を裁くのである。例えば、媚びっとによって飛行機が飛ばなくなり、地球の大気が綺麗になった。見方をかえれば、ある意味、媚っとは、人類の環境破壊をやめさせる、地球の救世主かもしれない。媚びっとが、経済を変えるのである。媚びっとが、日本を崩壊させる前に、アホ政権を崩壊させるのを望むしかない。
2020年07月31日
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忙中久しぶりに書きたい。前回は尻切れトンボで終わってしまったが、とりあえずそのままにしておく。とどのつまり、約1万年前の古代アトランティス時代に比べれば、現代の人種などほとんど同じということである。ほとんど同じ人々をみて差別するのは、それだけ人間の精神性が退化、つまり心をみれなくなったと、いうことである。心眼を失って、物質眼でしかみれなくなった、というわけで、表面しかみえず、中身がみえないということなのである。それだけ人間は馬鹿になった、ということでもある。さて、なんで久しぶりに書くかというと、現代の問題の答えが、バガヴァットギーターにあることがわかったからである。媚びっとは人類にソーシャルディスタンスをもたらした!要するに新しい人間関係である。人間というのはなんであるかといえば、キリスト様がおっしゃったように、神の子なのであるから、神は死なないし、その子である人間も死なない、のである。ただ肉体を失うにすぎない。この肉体というのを実際に理解できるものはほとんどいないし、魂については現代の宗教修行者でも理解できていない。理解しようとするのがそもそもの間違いといえる。自分の他者への振る舞いを自分で経験できないのと同じである。他者になってみて、経験しないとわからない。自分とは違う存在になってみてはじめてわかる。簡単にいえば、肉体と魂を理解するには、死なないといけない。しかし、死ぬといっても、死をどうとらえるかで、死は異なるのである。それはオカルト的にいえば、人間の自我が一人一人で異なるからである。普遍的自我になっていないからである。有体にいえば、あらゆる死に方を経験しないといけない。色んな主人公になって死を迎える必要がある。そのような人間の普遍的な、死を理解するには、御釈迦様が、蛇の脱皮で、魂の進化を捉えたように、知性を脱皮させないといけない。そういうことが、ギーターには書かれているようである。私という存在を失って、また新しい私をつくらないといけないわけである。昨日の私と今日の私、更には明日の私をつなげているのが、私という存在で、それは、宇宙全体の私のなかの1つなのである。だから、私が私を乗り越え、理解するには、私という知性を脱皮させないといけない。知性の脱皮というと、ちょっと難しくてわからないだろうから、簡単にいうなら、人間がコンピュータでネットワークをつくったように、人間は、神のネットワークということなのである。この物質世界が、神のネットワークで、人間はそのネットワークにいるときしか意識できずに、その表面しかみえないのである。つまり、人間の死は、ネットワークの(私という)アカウントを失うようなものである。アカウントを失うのは、失いかたによるだろう。アカウント自体に個性があると思い込んでいるが、それは周囲の関係から、そのようにみえるだけである。このように、コンピュータを考えることで、人間自身を考えることができるので、コンピュータは人間自身を理解させるために、神が与えたものだと私(筆者)は思っている。確かに、媚っとは、人間に感染して死をもたらすが、同時に、新しい人間関係を、物質的関係ではない、精神的関係を脱構築、創造せよと、精神的進化を人類に求めている。精神的進化を遂げて、再び、人間の死を超えた、見霊意識を、心眼を獲得せよと、警告しているのである。物質的な濃厚接触に対して媚っとは感染する。それは地獄に堕ちるという警告なのである。ルックスを似せても、それは自分の人生ではなく、誰かの人生のモノマネではないのか?それは自分で創り出したものなのだろうか?自分で創り出したものでなければ、私という存在にはならない。ルックスなど、物質的な安定など、束の間の出来事でしかない。それは永遠に続くものではないのである。少なくとも、天国の扉を開くものではないのである。とりあえず、バガヴァットギーターを読みなさい。
2020年07月14日
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