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毎度コメントを書き込んでくれる、もうりさんの天罰に触発されて、久々に書き込みます。オカルトでは、天罰は明らかになっています。それは輪廻転生の事です。簡単にいえば、自分が嫌った、差別した、見下した相手になって生まれてくる、というものです。輪廻転生の原理とは、簡単に説明すると、自分が今生で、誰かを殴ったら、殴った相手に対して何らかの罪滅ぼし、もしくは代償行為を、今生で行わないと、殴られた者の痛みを理解するために、来世に、殴られた相手となって生まれてくる、というわけなのです。つまり、自分がした行為を、自分以外の存在となって体験し、自分の行為を客観的、公正な視点で、評価することで、精神性を高めるためなのです。要するに上も下もなく、神という大きな精神の存在の一分枝が、我々なのです。キリストは、このことを神の子と表現しましたが、我々は、神の一分枝なのです。つまり、神という全体からみて、精神的な利益に叶わない行為、例えば、苦痛を与える行為は、その行為をなした者に返ってくるように、配慮されているわけで、そのように悪には悪を、善には善の、天秤のバランスを図ることが、神の行為で、天罰というわけなのです。苦痛を与える行為をなした人は、自分が苦痛を受けるわけで、多くの病気は、苦痛を与える行為から発しています。他者を苦しめるのを喜びとする人は、将来、自らが多くの苦痛を受けるでしょう。だから、キリストは、一方の頬を叩かれたら、他方の頬を差し出しなさい、と言ったわけです。自分が悪い行為を働いたとわかったら、悔い改めなさい、という意味です。簡単にいえば、相手の立場を考えて、行動しなさいという意味です。つまり、この世に上も下もないのです。見かけ上、精神的に進化している上位の存在はいますが、その上が、最底辺となって支えているので、上にいけばいくほど、底辺を慮るように、下になってくるわけで、これが知者になればなるほど、謙虚になってくるという意味なのです。より大きな存在が、よりミクロの小さな存在を支えているのです。これは大きな宇宙的存在、銀河が、より小さな、ミクロの原子や、電子、素粒子をつくっていることで明らかなのです。三次元の物質界の外、奥には四次元の世界があり、そこでは、上には下を、左には右をつなげる、要するに均衡を図る働きがあるのです。素粒子というのは、空間の渦のような存在なのです。四次元の孔です。物理学者ディラックは、負のエネルギーの海と表現しましたが、生命体が、DNA遺伝子に書き込まれているように、素粒子には、銀河が書き込まれているのです。神という全体的精神、バランスを司る精神を信仰することで、自我が、自分という確固たる独立した存在が生じるのです。我々は、物質志向が強くなりすぎて、物質しかみえていないけど、古代人や、将来また、物質領域の外や奥にある世界がみえてくるでしょう。そして、自分の前世がみえてくるでしょう。自分という存在は、自分以外にしてきた行為が、自分に返ってくることで、存在するからです。自分という存在を与えているのは、全体的精神の神です。お前はこれまで、これだけ他人に与えてきたから、いまのお前があるのだよ、と。だから、神とは、お前を、お前にしている、お前の行為の事ともいえるでしょう。だから、神が、モーセに語った、「我は、お前を、お前にしている、存在である」を、聖書では、神というわけなのです。「エヘイエ アシェル エヘイエ」とは、我は、人間の自我を、自我足らしめてる神の存在である、という意味なのです。つまり、人間の自我は、神(天罰)への信仰からなり、これをオカルトでは、霊と呼ぶが、他にエーテル体、つまり魂は、神への愛よりなり、肉体は、神への、つまり精神的な向上、未来への希望よりなる、といわれています。だから、人間は、神への信仰、愛、希望により存在するわけです。神とは、人類の輪廻転生を司る裁判官みたいな存在です。だから仏教では、輪廻転生を、法とも呼ぶわけです。天の配剤が、天罰なのです。だから、全体を考えて行動するように、精神を向上させることが人類の課題です。自分の事だけしか考えられない人は、自分の事すらできなくなっていき、不安定な存在になっていくのです。今生で、自分が他者にした行為が、来世の自分という存在をつくるわけなのです。今生で差別し、軽視した存在になって、来世で生まれてくるわけなのです。逆に言えば、今のお前は、前世で、軽視し、差別した人物なのだ!
2020年08月29日
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またしばらく放置しようと思っていたのですが、なにやら直感めいたものが思い浮かんだので、書きたいと思います。その前に、アホ政権は以下のように24日にご臨終するそうで、何よりですね。もっと早く、というか、1回目の腹痛の政権投げ出しで政界から永久追放すべきだったと思います。 ★ ★ ★アベ首相24日辞任!http://my.shadowcity.jp/2020/08/24-8.html ★ ★ ★巷では仮病を使っているとの噂ですが、夏休みの宿題を忘れて、仮病を使う小学生と変わらないアホです。いま先の大戦での、この国の指導者のいい加減ぶりを「失敗の本質」という本で読んでいるのですが、とにかくこの国の指導者は情報解析能力に疎く、情緒感情的で、理性の欠落が見て取れます。数学が不得意で、兵站の計算ができていません。この国の指導者連中は、客観的な観察能力、特に自然科学の欠乏を感じさせます。つまりギリシア哲学の理性が欠落してしまっているのです。それは、将来を見通す眼ともいうべきものです。現象というのは動的で、静的に切り取って解釈しても、未来は見通せません。現象は非線形だからです。哲学とは、将来を見通す眼、未来を構築する力を養う学問なのです。眼にみえる数字の背後を読み取る能力、未来を展望する視野が必要なのです。物質の奥に潜むエネルギーの挙動です。簡単にいえば先見力です。西洋のほうが、ギリシア哲学の恩恵もあり、理性的で、情緒を全く切り離した判断ができています。だから数学が進んでいるのです。この国にも優秀な数学者はいましたが、見向きもしません。理性よりも、情緒性を尊ぶからです。フィールズ賞学者も数人でしょう。思い浮かぶだけで、広中平祐か、藤原正彦とか、そういえば国家の品格という本を書きましたね。もう記憶の彼方ですが。さて、情緒性は、一種の思考停止と同じです。情緒性が高まると、理性を失いやすいです。感情的人間は、洞窟に入っているのに気づかない低次元な存在なのです。非常に後退性、腐敗性、怠惰性と結びついています。先見力とは逆の後進性です。懐古主義のようなものです。こう書くと、情緒が悪いと取られがちですが、情緒がなければ好奇心、先進性もなくなりますし、情熱も失います。つまり、情緒はアクセル、理性はブレーキなのです。アクセルをふかしすぎると事故になるのと同じです。また、この国では伝統が何より尊ばれますが、先見性からみればただ古いだけなのです。真の伝統とは、故きを温ねて新しきを知る、でないと意味がないのです。ただの骨とう品ではガラクタなのです。そして最も悪しき態度は、失敗を隠すということです。失敗こそ、先見力の種なのです。失敗というのは、もはやこれまでの経験や手段が通用しないということも発見させてくれることなのです。アランチューリングという数学者は、記憶が曖昧だが、間違いこそ数学だ、と言っていたと思います。失敗の原因を探らなければ、成長発展はありえないわけです。失敗を認めようとしないのは、馬鹿な証拠なのです。失敗を改めないと、未来に対応できなくなります。そして未来には役に立たない、通用しないガラクタになり下がるのです。さてさて、そういうガラクタにならないために、直感をいいます。媚びっとは、音楽により退治できるのではないか、というものです。それは映画マーズアタックの火星人が、音楽により撃退されたのと同じようなものです。音楽といっても、以下のタンパク質を奏でる音楽の事です。 ★ ★ ★物理学者のジョエル・ステルンナイメールによれば、自然を細かい部分に分解して理解しようとするときの現代科学は、自然を痛めつけていることになる。この学者は、アーティストでもあるのだが、より総合的かつ、より美的な方法で世界にアプローチすることで、物質と生命の中に常識をくつがえすような法則を見い出した。それは調和共鳴の法則であり、その法則によると、音楽が生き物の能力発現に影響を与えうることが科学的に証明される。ジャン=マリー・ペルトは音楽のそういった効果をよく知っており、彼の研究成果を高く評価して、次のように述べている。「要するに、音楽と植物の関係を納得のゆくまで説明してくれる理論だ」。http://www.bekkoame.ne.jp/~dr.fuk/MusicPlantsNC.html音楽療法(古いですが)http://www.bekkoame.ne.jp/~dr.fuk/Therapy1J.html ★ ★ ★オカルトでは、寄生媒体の感染前に、生体同士の調和共鳴がみられることがわかっています。似たような咳をすると、咳の音の調和共鳴が起きるのです。媚びっと感染を咳の呼吸音から解析する研究を、この間TVでみましたが、非常に面白いと思います。媚びっとの固有振動数というのがあると思いますから、その振動に共鳴しないことが重要に思います。非常に理論的ですが、あくまで直感なので、こんなところです。ジョエル・ステルンナイメール博士によれば、素粒子も音階で表現できるので、ウイルスも可能なのではないかと思うわけですね。
2020年08月20日
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ほとんど放置のブログと化していますが、それも警告が無駄に終わったせいでもあります。つくづく、黒沢明の七人の侍の農民の長の言葉が思い起されます。「首が飛ぶというのに、髭の心配をしてどうする」命がなくなろうとしているのに、経済(カネ)の心配してどうする?命よりも経済(カネ)が大切な人々ばかりである。おカネがなければ生きられないという人は既に死んでいるのです。悪魔に魂を売っているのです。国民の生命よりも、自分の名誉の方が大切なアホ総理。キリストは、お金持ちが天国に行くには、縄を針の穴に通すよりも難しい、と言ったのを忘れたのでしょうか?この真意は、お金持ちは、魂をおカネに売っているからである。おカネがなければ何もできないと言っているのと同じである。つまり「自分さえ良ければいい」という人々の意識を変えない限りお終いですよ!自分のことしか考えられない馬鹿をトップにしたら、当たり前でしょうね。そんな馬鹿を選んだ責任がある。責任が消えることはない。宇宙や天は公平公正です。自分がしたことのツケは必ず自分が払うようにするのが、神の御業なのです。優秀な指導者を選ぶための民主主義なのに、アホの指導者を続けさせた罰で、国は滅びます。歴史が証明しています。人間は命の大切さを学ぶために、生まれてくるのです。この真意を誤ると地獄に堕ちますよ!短いけれども、恐らく最後の警告でしょうね。また書き込めることを期待して。
2020年08月18日
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