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『陰獣』江戸川乱歩(春陽文庫) 以前にも一度、本ブログでも触れたことのある文庫本ですが、この本。 『文学全集を立ちあげる』丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士(文春文庫) 奥付を見ますと、2010年2月発行となっています。去年発行の比較的新しい本です。 架空の文学全集を作ると言うことで、そこにどの作家を収録するべきかについて、三人の筆者達が侃々諤々の鼎談をするという本です。 これが、結構おもしろいんですね。 例えば、芥川龍之介の巻は本当に必要か、なんて事まで話し合っています。 普通の近代日本文学史的常識で考えると、芥川なんて入って当然の作家についても、そんなところから話し合っているんですね。 ちょっとおもしろいので、その部分を抜き出してみます。 三浦 僕は極端に言うなら、中島敦入れるなら、芥川はいらないと思う。 鹿島 えっ。それはできないでしょう。 三浦 じゃあ、一巻じゃなくて、二分の一巻。 たとえば佐藤春夫と抱き合わせ。 丸谷 僕もそんなもんだと思うな。 と、こんな感じです。 こんな話のどこがおもしろいかというと、どの作家の作品をどのくらいの分量で取り上げるかということは、つまりその作家・作品の「評価付け」をすることになるからです。 この本のテーマでいうと、「まったく新しい文学観・いま読んで面白いもの」という大原則で、歴史上のあらゆる作家を縦横無尽・言ったもん勝ちにぶった切って再評価するってのが、おもしろいんですね。 で、僕はこの本を読む前に、密かに二人の作家の再評価について、果たしてどんなものになるかと興味を持っていました。 そのひとりは、山田風太郎であります。 本ブログでも、取り上げたのは一回だけですが、彼に触れたり彼の作品の部分を取り上げたのは再三でありますし、何よりも私が大好きな作家なんですね。 そこで注意して読んでいたのですが、うーん、評価、余り高くありません。 ほとんど触れられていません。こんな感じで少しだけ。 鹿島 僕は山田風太郎と司馬遼太郎を比較して、『警視庁草紙』のほうが上だ! ということを密かに言いたかったんだけど。 (略) 丸谷 風太郎は、最初からこれは嘘っぱちですよ、というので、ケツを まくってやっているでしょう。だから、その嘘っぱちな世界に同 調してしまえば面白いわけね。それが同調できないときには、別 にどうってことないんだね。 そしてもう一人の作家が、江戸川乱歩であります。 ところがこちらは、結構高い評価です。 乱歩を取り上げるかどうかなんて話は一切なしです。収録が前提でこんな感じで話し合っています。 丸谷 江戸川乱歩。これを一巻にするか二分の一巻にするか。 三浦 一巻は無理。三分の一か四分の一。 鹿島 僕は、乱歩はもうちょっと再評価していいと思うよ。確かに小説 としての出来ははなはだ悪いよ。だけど、それとは別の次元で、 江戸川乱歩の評価は一巻入れてもいいような気がする。『一寸法師』 とか、『芋虫』とか、エログロ系のへんてこりんな作品があるで しょう。その変ちくりんぶり、つまり「変態」というものをつく り出したことは評価したい。それに、後の推理小説に与えた影響 を考えると、入れないわけにはいかないでしょう。 とまぁ、こんな評価で、この後も谷崎潤一郎と比較しながら、三人はもうしばらく話し合っています。(天下の谷崎との比較!)さらにその後も、安部公房との比較(!)でまたちらっと名前が出てきたりもしています。 さて、冒頭の作品の読書報告ですが、私がこの小説(『陰獣』)を初めて読んだのは、今でもはっきり覚えています。高校一年生の時でした。 クラスメイトに推理小説ファンのK本君がいて、彼が貸してくれたのです。 しかしなぜこの小説が選ばれたのか迄は忘れてしまいました。なぜ乱歩で、なぜ『陰獣』だったんでしょうね。 とにかく、私の読後感としては、すっごく気持ちの悪い話だったというのがずっと(それこそ今回再読するまで)残っていました。 ところが今回読んでみて、はて、あの頃の私はどこを気持ち悪いと感じていたのか、まるで見当が付きません。 この小説は、きわめて「乱歩的常識」に従った、いかにも「乱歩的本道」の小説ではありませんか。 うーん、きっとあの頃の私は「ウブな紅顔の(美)少年」だったんでしょーねー。 ということで、この短編集中には(『陰獣』が全体の四分の三くらいの長さで、後は三つの短編小説が入っています)、鹿島茂が発言した『一寸法師』も「変態」性欲(サディズム・マゾヒズム)も入っています。 私としては、『芋虫』や『人間椅子』や『押絵と旅する男』などに比べると、「変ちくりんぶり」がすこし物足りない感じもしますが、十分「エログロ系のへんてこりんな」乱歩的「健康優良」小説であります。 とても面白かったです。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.02.26
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『日本語が亡びるとき』水村美苗(筑摩書房) 『本格小説・上下』水村美苗(新潮文庫) 上記読書報告の後半であります。 上記には2冊の本(正確には3冊の本)が挙がっていますが、直近に読んだのは前者の本であります。 ただ、私が改めて言うまでもないですが、後者の本は近年まれに見る傑作長編小説であります。 ということで、前回は主に『本格小説』を中心に報告を致しました。 今回はその後半、『日本語…』が中心になるでしょうが……。 さて、『日本語…』は、どういったジャンルの本になるんでしょうか。 「日本文化評論」になるんですかね。もう少し大きい枠組みで言えば、社会科学の本ですかね。 ということは、どんな主張をしても、誰かが必ず反論すると言うことですよね。 一時、テレビで討論番組が流行った時期がありましたね。今でもそうなんでしょうか、現在私はほとんどテレビを見ないもので、そんな流行り廃りが全く分かりません。 かつて私もそんな討論番組を見ることがあったんですが、つくづく思ったことは、「人は討論をしても自らの意見を変えることはまずない」という、きわめて索漠とした認識でありました。とっても、虚しい。 というわけで、本書についてもきっとあれこれ反対意見はありましょうが、今回はその辺の部分はパスします。 この度の読書で新たに知った事柄、「へぇ、そうなんだー」と驚いたような事柄を中心に(これがまた多い。なにしろ、モノ知らずの私のことですから)報告しようと思っております。 さて、その「へぇ、そうなんだー」の一等賞はこういう事でありました。 (略)一九〇八年、すでに『三四郎』のような小説が出版され巷で流通していたという事実である。登場人物が自分の国のみならず、自分もその一人である国民のありかたを、それこそ「世界的」な視点から見て批判し、かつ憂えるという、優れて国民文学的な小説、しかも何度読んでも飽きない、文学としてもまことに優れた小説が出版され巷で流通していたという事実である。日本は、非西洋にありながら、西洋で〈国民文学〉が盛んだった時代に大して遅れずして〈国民文学〉が盛んになったという、極めてまれな国であった。 そしてこの「国民文学=近代日本文学」は、「世界の読書人のなかで、一応名の通った〈国民文学〉の一つとして流通している」、世界の「主要な文学」であると説明されています。 えー、実は私、こうして「近代日本文学」にいたずらに偏したブログを立ち上げておりながら、「近代日本文学」そのものの評価が、世界的に見ても「主要な文学」であるとはまるで思っても見ませんでした。 そんな「矜持」など全くなく、むしろ、「せめて私だけでも応援してやらねば、この子はきっと駄目になる」という、まー、何といいますか、大きなお世話の浪花節的過保護意識で応援ブログを「運営」していたのでありました。 (参考までに、私がこんな「悪女の深情け」的体質になってしまったのは、関西圏に長く居住し、そして前世紀末あたりの時期を中心に阪神タイガースのファンであったからでありましょう。これは、同時期に阪神タイガースを応援した経験のある方なら、一瞬で理解していただけるだろう感覚であります。) ともあれ、なぜ「近代日本文学」が、世界の「主要な文学」に成りえたのかについても、筆者は明快な論理展開をしていますが、それを私なりに(例のように無知な私のバイアスの掛かった形で)まとめますと、近代以前の日本史の中で、日本列島の位置が隣の大国家・中国との距離関係において、あたかも太陽と地球の関係の如く、実に微妙な位置関係、まさにここしかないというピンポイントのような「近すぎず遠すぎず」の関係にあったからと説いています。 例えばそれは、中国の諸制度をまねるほどに近く、科挙を取り入れないほどに遠い。 例えばそれは、漢字を移入するほどに近く、独自の仮名を作り出せるほどに遠い。 例えばそれは、男が漢詩を詠むほどに近く、男女が和歌を常時詠むほどに遠い。 等であります。それは、日本よりずっと中国に近い朝鮮やベトナムが、文化の上で中国にほぼ飲み込まれていた事実と比較すると、「天の配剤」とでも言えそうな「奇跡的」な距離関係であったと筆者は指摘します。 うーん、こんなあたり、面白いですよねー。 さて更に論旨は、そんな奇跡的に誕生した近代日本文学が、英語が国際語となった21世紀以降、ひたすら滅びの道を日々歩んでいると繋げ、最後にその「処方箋」について触れるという形のものとなっています。 まだまだ面白い部分もたくさんあるのですが、報告はここまでにしておこうと思います。 ともあれ、えー、私は、今回の読書を通して、今後はもうちょっと胸を張って 「私は偉大なる近代日本文学のファンである。エヘン。」と、周りの人々に自慢してみようかなと思ったのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.02.23
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『日本語が亡びるとき』水村美苗(筑摩書房) 『本格小説・上下』水村美苗(新潮文庫) 上記には二冊の本(正確には三冊ですが)が挙がっていますが、えーっと、今回はどの本の報告をしようというのかと申しますと、直近に読んだのは前者の本なんですね。 でも、作者の水村美苗といえば、後者の本をどうしても外すことができません、少なくとも私にとっては。 『本格小説』は数年前に読みまして、かなり感心・感動した小説であります。 本ブログにおいても、いつか読み直してしっかり報告しようと思っていたんですが、『日本語…』を先に読んでしまったもので、だからやはり少し触れておきたいと思います。 というのも、そもそも『日本語…』を読んだのは、あの『本格小説』の水村美苗の本であったからなんですね。 ということで、まず『本格小説』について、ざっとだけ触れておきます。私の希望としては、後日再読をして、しっかり報告したいということでありますが。 数年前に『本格小説』を読んだ時、私の「読書ノート」(メモ程度のことをちょこちょこと書いているノートです。読んだ本によっては少し長い文を書いたりします。今回はそれに当たりますね。)に、少し興奮気味にこんな事を書いています。 ############### 長編小説である。心に残っている事柄は多い。だが、以下に箇条書きでアウトラインだけを押さえる。このような作品を客観的に眺めるには、少し時を置く方がよいと考えるからだ。 (1)上下巻1200ぺージになろうとする分量であるが、この分量が間違いなく作品世界を堅牢にしている。美は細部に宿るといったのは三島由紀夫であったかどうか、それはその通りであろうが、優れた作品は細部の美もさることながら、その分量が、質に転化するという好例の作品である。(2)タイトルについて、いかにも大向こうを意識した感じになっているが、一つは、この作者の前作が『私小説』というタイトルであり(現在読書中。参考までにこの作者は、現在3冊の長編小説のみを発表している。一作目は少し話題になった『続・明暗』。言わずと知れた漱石絶筆の続編に挑んだもの。)、その関係が一つ。もう一つは、作品中にも触れられているが、E・ブロンテの『嵐が丘』が下敷きにされている。『嵐が丘』を下敷きにするとならば、『本格小説』というタイトルでも(できはともかく)遜色、アンバランスはあるまい。(3)主なテーマの一つは、(すべての芸術作品のテーマと言い換えてもいい、つまり何も言っていないのと同じかも知れないが)「時は流れる」であろうか。しかし、もしも時が流れず、人が死ぬことがなかったならば、芸術なんて生まれなかっただろうなとつくずく感じる。もっともそんな状況下では、人間の知性そのものが生まれなかった可能性はかなり高いが。(4)上記『嵐が丘』に触れたが、同時にきわめてチェホフ『桜の園』の陰も見られる(これについても作品内で触れられている)。他に太宰の『斜陽』とか堀辰雄や立原道造の軽井沢関係作品群とか(舞台が軽井沢)、とにかく「哀愁」漂う作品であるが、それが通俗性に堕することを留めているのは、二重三重に張り巡らした視点(構成)であろうか。「入れ子」構造が、輻輳する形で用いられている。 とりあえず以上。 『嵐が丘』もさることながら、次は久しぶりに『桜の園』を読み直してみようかなと思わせるような作品であった。力作である。 ############### と、まぁ、こんな感じなんですがね。 なるほど、興奮気味の文章ですね。(よく読めばあまり内容のあることは書いていませんね。)確かこの本を、北杜夫『楡家の人々』と並んで、私にとってその年の「年間ベスト・テン」に挙げたのを覚えています。(後の八作は何だったか忘れてしまいました。) で、その後私は『私小説』ってのも読んで(これは実はあまり印象に残っていません)、『続・明暗』はその前に読んでいましたから、その時点での筆者の出版された作品はみんな読んだことになっていました。 で、さらに、この筆者についてその後も「追っかけ」をしたかといいますと、それが全くしてないんですね。我ながら、本当に我が儘気ままな読書であります。 (今回、水村美苗についてちょっとネットでも調べたのですが、筆者の単独作品の出版としては、なんと『日本語…』が4冊目ではありませんか。つまり『本格小説』以降、私が著書の「追っかけ」をしようにも、ずっと新作出版が無かったということですね。うーん、寡作作家ですなー。) というわけで、久しぶりに水村美苗の本を読んだわけです。 やはりとっても面白かったですが、それについては次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.02.19
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『地獄変・邪宗門・好色・藪の中』芥川龍之介(岩波文庫) 目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にゐても、よく見えた。清水へ通う往来は、さつきから、人通りが絶えない。金鼓をかけた法師が通る。壺装束をした女が通る。その後からは、めづらしく、黄牛に曳かせた網代車が通つた。それが皆、疎な蒲の簾の目を、右からも左からも、来たかと思ふ、通りぬけてしまふ。その中で変らないのは、午後の日が暖に春を炙つてゐる、狭い往来の土の色ばかりである。(『運』) 実に素直な丁寧なヴィジュアルな、そして流れるようないい文章ですね。 今回、この短編集を読んで私は、へー、芥川ってこんな優しい文章を書くんだ、とおのれの無知ぶりをさらけ出しつつも、思いました。 なんか芥川って、いつもインテリゲンチャの苦悩を一身に引き受けて眉を顰めつつ皮肉なお話を書くという、そんな(誤った)イメージを持っていましたもので。 今回読んだ短編集のほとんどの作品は、たぶん再読かそれ以上の回数を私は読んでいると思うのですが、今回読んでいてとっても面白かったのは、こんな作品です。 『龍』・『好色』・『地獄変』・『邪宗門』 一方で、今回読んでさほどでもないと思ってしまったのは、『藪の中』ですかね。技巧が先走って息苦しく、作品として少し歪な気がしました。 ところで、上記に挙げた四作の内、前の二作品はとってもユーモラスな作品ですね。 筆者も間違いなく、そんな落とし話の様な作品を書こうとした意図が、いろんな部分から伺えます。 この「諧謔性」は、芥川の、読者へのサービス精神なんですかね。 『龍』には、かつて芥川自身が『鼻』で触れた「禅智内供」を、さりげなく出してきたりしています。 そうだ、これはモーツァルトが『ドン・ジョヴァンニ』の中で、自作『フィガロの結婚』の「もう飛ぶまいぞ…」を歌わせているのと同じですよね。 やはり、読者へのサービスですよねー。 (そういえば、『邪宗門』の中で『地獄変』について触れている場面がありますが、これは、二つの作品世界がそのまま連結しているからではありましょうが、やはり読者サービスですよね。初出の発表誌も、「大阪毎日新聞」と「東京日々新聞」ですから。) この「諧謔性」を、以前読んだ時私はなぜかよく読みとれなかったんですね。なぜだったんでしょうねー。まー、おのれの読解力不足といえば、紛う事なき正解なんでしょうがー。 ともあれ、『龍』と『好色』は芥川作品には珍しい(あるいは唯一の)向日的な作品だと思いました。 『地獄変』については以前読んだ時も凄いと思いましたし、今回再読してもやはり凄いと思いましたね。 燃え上がる牛車とその中で生きたまま焼かれようとする娘の描写、そしてそれを見ている娘の父親・絵師良秀と「堀川の大殿様」の心理劇を描く表現は、何といっても圧倒的です。 この辺のうまさは、いかにも芥川的なうまさであります。 ところがこのうまさが、いえ部分的な描写のうまさは、十分残っておりながら、なぜ『邪宗門』は未完になっているんでしょうか。『偸盗』と全く同じケースです。 作中、暴漢に襲われた「若殿様」が、度胸と口舌ひとつで逆に暴漢をてなずけてしまうあたりは、まことに水際立った見事な場面展開であります。 これほど書ける人が、何で作品を未完にしちゃうんかなー。 一般的にいわれている、芥川は長編小説の書けない人だったんでしょうか。 ただ、今回この短編集を読んで、ついでに作者自身のことについても少し「復習」をしていたら、改めて「うーん」と思ったことがありました。 それは、芥川が35歳で死んだこと、そして小説家としての実動期間は10年と少しにしか過ぎないことであります。 それも、作品を発表しだして5年後には、早くも神経衰弱や腸カタルなど、心身の衰えの兆候を見せています。 肉体が精神に及ぼす影響は、今更私が説くまでもありませんが、芥川が比較的健康体として小説を書けた期間は、僅かルーキーから5年間だけです。 現代みたいに書き下ろしの長編小説がいくらでも出版されるような時代ではなかった時に、これらのことを踏まえず芥川は長編小説が書けないと言い切るのは、少し酷であろうと、今回私は気づきました。 (シューベルトのピアノ・ソナタなんか未完成ばかりじゃないですか。あ。これはあまり関係ありませんか。) 私はかねがね、せめて三十代を生ききることが、作家としての才能を発揮できる最低限の条件だと思っていました。 それのかなわなかった素晴らしい才能としては、例えば梶井基次郎や中島敦であります。一方、何とかぎりぎり三十代を生ききって、「文豪」の片鱗を残した作家は、太宰治でしょう。(しかし、太宰ももう少し頑張ったら、間違いなく「文豪」そのものになれたのにとは思いますが。) 35歳でなくなった芥川、うーん、後5年、3年でもいいから頑張れば、また違った人生の展開があったかも知れないのになと、思います。 ……でもねー。 でも『歯車』なんて読んでいると、もうここで限界なんかなー、とも思いますしねー。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.02.16
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『母の発達』笙野頼子(河出文庫) リベンジの笙野頼子であります。 ……って、いきなり何のことか、わかりませんわね。いえ、実はごくごく個人的なことなんですが。 以前私は、一冊だけ笙野頼子の本を読んだことがありまして、『タイムスリップ・コンビナート』という本でした。 芥川賞受賞作です。 筆者は、ちょうどこの受賞と前後して立て続けに、純文学小説において一定の権威ある新人賞を三つ(芥川賞・野間文芸新人賞・三島由紀夫賞)受賞したんですね。 なかなかそんな小説家はいません。 筆者が俄然注目されだしたのはそれゆえなんですね。 現在はこの三作をまとめて、筆者らしい諧謔を込めて『三冠小説集』というタイトルで文庫本が出ています。 で、私も三冠の内の一つを読んでみようと思い、読んではみたのですが、これがまぁ、えー、何といいますかー、……「歯が立たんかった」ですかね、やっぱり。 さっぱりわかりませんでした。 で、まぁ、そのリベンジだ、と。 あの頃よりは、私の鑑賞能力も向上しているだろうから、と。 と勇んで(でもないですか、たまたまブック・オフで見つけただけですから)読み始めたのですが、うーん、さすがに笙野頼子、なかなか、なかなか、手強い、というより、……あ、返り討ちに、あいそう、……やっぱり……。 母の声が聞きたい。母の踊りが見たい。母が敵を倒し母がピストルを撃ち、母が聖域を爆破し、母がことことと大根を刻んでいる。母が三千人を前に革命を叫んでいる。どんな母でも母はいいものなのだ。たとえ子供がなくても母は母なのだ。独裁虐殺変態者の母だって母に違いない。凶暴残忍冷酷の母も、頭脳明晰職人気質で天才肌の母も、モルヒネ一本たちまち元気で家事万能の母も、母だ母だ。おお、母よ母よ、良母なおもてお母さんと呼ばるる、ましてや悪母をや。いわんや決して悪母をアクボなどと読んではいけない。そう、悪母は「わるかあ」と読むしかないのだ。どこにいるかも判らない母に、私は毎夜呼びかけ誓いを立てる。 ――お母さん、きっとな、私は立派な母になってみせるで、しかも子供のない母ていう新ジャンルに今は、挑戦しているんや。永遠に子供のままでな、お母さんを求めるんや。それでお母さんを子供にしたり新国家を産んだりして、お母さんとは何かを追求するんや。そうしてお母さんを越えるような、私は宇宙一の悪母になるわ。(『母の大回転音頭』) どうですかね、こんな話です。 しかし、改めてこの部分だけ読むと、それなりになんか、まとまっていそうな気もしますよね。 いえ、私もそう思います。 それがね、何といいますかあたかも「だまし絵」のように、……「だまし絵」っていうんですかね、見る視点をちょっと変えると別の絵になっていたり、絵のそばから離れると違う絵に見えたりする、あれなんですが、まさにあれと同じなんですね。 つまり、全体としては明らかに統一したトーンがあったり、場合によっては社会批判、特に「フェミニズム」寄りの社会批判と読むこともできそうな、そんな統一感が明らかにあります。 一方、作品に近寄り、ずーーーっとズームしていって、上記引用部のように一つの要素といいますか、フラグメントとして見た時も、それなりの「像」を結ぶんですね。それも、わりとくっきりしたイメージを。 ところが、その中間地点あたりの単位で見ると、話と話の繋がりが、ほぼ意味を持ちません。何が展開されつつあるのか、さっぱり判りません。 うーん、これはひょっとして、意味による繋がりを動力部として推進してはいかないというタイプのお話なんですかねー。 つまり、意味によって進んでいかないというのは、要するに「物語の解体」ですか。 単なる「物語の解体」というのなら、以前より、まー、文学の世界にまるでなかったわけではありませんがー。 ……やはりどうも、私は返り討ちにあってしまったという思いが強いのですが、その際の「ダイイング・メッセージ」をひとつだけ、指摘しておきたいと思います。 上記に「意味の解体」と書きましたが、物語の底ではやはり意味は繋がっていると思います。なにより作品としての構造的な統一感を強く感じます。 だとすれば、意味を繋いでいる「物質」が、かつての小説のものと大きく異なっているということでしょうか。 その「物質」が何なのか、私にはよくわかりません。(常識的に考えると「イメージ」でしょうが。) ただ、言語芸術において、意味以外のもので物語を紡いでいくというのは、これはなかなか力業の作業・才能であるということです。 なるほどその力業は、読み進めていくに従い、きわめて「威圧的」に読者の感覚に迫ってきます。 連想ゲームのように跳躍する展開と文体のパワー、諧謔性、色彩感、疾走感など、極めてスリリングなオーバードライブ感覚に、とにかく圧倒的な存在感の感じられる小説であります。 高速で跳梁する訳のわからない火の玉のような小説と、どうにも動きの読めない作者のパワーファイターぶりに、私はリベンジならずあえなく返り討ちされたのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.02.12
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『その妹』武者小路実篤(岩波文庫) 本ブログでも、武者小路実篤の幾つかの作品について、すでに読書報告をしました。 そしてそのすべてにおいて、基本的なトーンは「武者小路実篤はえらい」という、少し考えればとても失礼な言い回しでありました。反省いたします。改めて、大いに反省いたします。 その「武者小路実篤は偉い」という色合いを、もう少しまじめに書くならば、武者小路の理想主義について、私は、一方では確かに素晴らしいものだと本気では思いつつも、しかし、文学作品としての具体的定着を目指すには、やはり少々楽天的すぎるのではないか、という「あなどり」であります。(困ったものですなー、わたくし。) さて今回の読書(今回の作品は戯曲です)につきましても、やはりそういった思いを実は最初持ちつつ、冒頭に「自序」というものがあったので、読んでみました。こんな事が書かれてありました。 これは私が三十一の正月鵠沼で書いたものだ。私はこれを書きながらずいぶん泣いた。往来や海岸を歩いて考えていると涙が出て来て困った。私は泣きながら書くことはずいぶんあるがこの作ほど泣いて書いたものはない。 泣きながら書くということは自慢にはなるまい。だが事実である。この作の長所も短所も泣きすぎたところにあるかもしれない。 私はこの文章を読んで、思わず「ぎゃはは」と笑ってしまいました。すみません。 でも、武者小路がこんな文を書くと笑ってしまいません? きっと、武者氏は本当に泣きながら書いていたんだろーなーと、大いに想像できてしまうんですよねー。 でもでも、こういった素直で素朴な表現こそが、例えば、芥川龍之介が言ったという、「文壇の天窓を開いた」(こんな言い回しだったと思うのですが)という武者小路評の本来の意味なんですよね。 私は一概に武者小路氏を侮っているのではなく、氏の理想主義的「言動」に対して、一作一作読むたびに、向日的なわくわくした思いを増やしつつあったのでありました。 ところがさて、今回の戯曲であります。 えーっ! 武者小路らしくないーっ! 俄然「バッド・エンド」ではないですか。 しかしそれにも増して、特に後半部「のほほん」武者小路らしくない展開がいかにもドラマティックに進行していくのに、私はあっけにとられてしまいました。 両親の既に亡くなった兄妹です。 兄(広次)は新進画家として未来を嘱望され、次々と作品を発表し始めるという矢先に戦争に取られ、あろうことか、失明して帰ってきます。 二人は叔父の家に世話になっていましたが、妹(静子)に望まぬ結婚を叔母が持ち出し、それを機に二人は叔父宅を出、友人の経済的援助を受けつつ、兄は妹に口述筆記をして貰いながら小説家を目指します。 しかし、前途はいっこうに開けず、元々貧しい友人からの援助ももはや尽きようとし、妹はこっそりと、己が犠牲になって望まぬ結婚を受けようと叔父の家に行きます。 その日の夕べ、妹のそんな行動をそれとなく悟った兄が、次の小説だといって口述筆記をさせます。兄の語る物語は、今の自分たちと同じ境遇で進んでいきます。…… 広次・「おれは苦しい。おれの理想は早く自分の仕事で食べるようになることだ。 自分の力で自分たちの運命を荷なえるようになることだ」「お前にそれができ るか」「できないことはないと思う」「ほんとうにか」「おれだって男だ。そ うして妹がいる。おれは死にもの狂いだ。もう一歩という所にいてくたばり 切るような男ではない。侮辱と誤解はおれをさびしくする。おれの書いたも のは恐ろしい悪口を言われた。救われないもののように言われた。だがおれ はそれでくたばり切って、最初の一念を通さないような男ではない」「君の妹 は?」「妹だっておれの妹だ。金のために、いやな男に一生を売るような女じ ゃない」(静子声出して泣く) 広次・なぜ泣くのだ。泣くことはないじゃないか。おれを哀れむのか。おれは哀 れまれたくない。泣くやつがあるか。書け。 静子・は、はい。 広次・「妹だっておれの妹だ。金のためにいやな男に一生を売るような女ではない。 およそそれは卑しいことだ。淫売婦になることは一瞬間を売ることなら、妻に なることは一生を売ることだ。それはこの上なく恥ずべきことだ。妹はそんな 妹ではない」なぜそんなに泣くのだ。黙っていてはわからないじゃないか。お 前はやはり、おれが心配していたように下等な心をもっていたのだな。それで やましいのだな。まさか叔父さんの所へ行きはしまいね。(間)なぜ黙ってい るのだ。 本当はもう少し抜き出したいのですが、ここまででも十分読みとれる、この圧倒的なドラマツルギーはどうでしょう。とても「ぽやーっと」善人・武者小路とは思えない、人の悪い素晴らしい場面創造であります。 読み終えてもう一度、「自序」を読み直しました。 後半にこんな表現があります。 しかし書きだしたらこんなものになったと言うのがほんとうで静子がこんな結果に落ち入らないよう自分はずいぶん骨折ったが、当時の僕はそれよりほかなかったのだ。 やはり武者小路らしい好感溢れる文章ですよねー。 私は改めて、わんわん泣きながら登場人物を何とかしようとあたふたしている筆者を目前に見るような気がしました。 やっぱり、武者小路実篤は偉い、武者小路実篤はすごい! よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.02.09
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『すみだ川』永井荷風(岩波文庫) 永井荷風といえば花柳小説に江戸情緒ですかね、そんな、失われゆく文化に万感の思いをこめた作家というイメージが、私にはあるんですね。 いえ、私も『ふらんす物語』とか『あめりか物語』なんてのも昔読んだはずですが、戦後の、一人暮らしで全財産をいつも鞄に入れて持ち歩き、そしてストリッパーたちと遊んでいた荷風像と共に、「失われた江戸文化」の代弁者としての荷風の印象が強いもので、つい、そんなことを思ってしまいます。 ちょっとどうでもいい話ですが、ついでに晩年の荷風といえば、上記のものに加えて、今となっては珍しくもなくなってしまいましたが、陋屋での孤独死ですかね。死んだ時、持っていた鞄に現金2400万円でしたか(昭和34年当時の)が入っていたというのも驚きですが。 そしてさらに、そんな荷風のイメージを私に決定づけたのが、石川淳の、荷風の死に際しての激越な追悼文『敗荷落日』でした。 石川淳は、かつて荷風の作品は大いに評価していましたが、荷風の晩年については、もはや「精神の運動」を失ってしまった一人の老人にすぎないと書き、そんな老人に弔意を表す縁は私には全くないと切って捨てました。(あの一文はなかなか怖かったです。) さて、そんな筆者のイメージを持ちつつ読み始めた本書であります。『すみだ川』なんてタイトルも、いかにもそんな感じがするではありませんか。 しかし、いくつかの話を読み進めていくうちに、なるほど、こんな荷風も確かにいたのだと、少々驚くと共にとても新鮮な感じがしました。 もう少し、順を追って説明いたしますが、本書には4つの短編小説が収録されています。この4つです。 『すみだ川』(明治42年8月~10月作) 『牡丹の客』(明治42年2月稿) 『見果てぬ夢』(明治42年11月稿) 『祝盃』(明治42年4月稿) 作品名の後に書いてある日時は、その小説の最後に書かれてあったものです。つまり、この短編集は、すべて明治42年に作られた作品なんですね。 ちょっと荷風の年譜を挙げてみますね。 1908年(M41)外遊より帰国。『あめりか物語』発表。 1909年(M42)『ふらんす物語』『歓楽』(共に発禁) 『冷笑』(漱石推薦により朝日新聞に連載) 1910年(M43)鴎外・上田敏の推薦で慶応大学文学部主任教授になる。 訳詩集『珊瑚集』。「三田文学」創刊。谷崎潤一郎の紹介。 「大逆事件」起こる。 この時期は、「文化人・文学者」としての荷風の、まさに絶頂期という感じの3年間ですね。八面六臂の大活躍であります。 しかし、この活躍も「大逆事件」をもって終了、以降、花柳小説や懐古随筆などが作品の中心に据えられるようになります。 まさにそんな文学者・永井荷風の絶頂期に書かれた短編小説が、今回の短編集に入っている小説であります。 上記に私は、こんな荷風もいたのだと書きましたが、それは瑞々しい「色気」と若やかな批評心にあふれた荷風です。 毎夜彼はこの響を廃宅の柱にもたれて聴き澄す事を愛した。この響は無限の空想を深け渡る燈火の下に誘ひ出すからである。彼は遊郭をば美しい詩の世界だと感じてゐる。遊郭のみではない。世のあらゆる罪悪、人間のあらゆる弱点も美しい詩であるとしか思ふ事が出来ない。詩の生命は悪であるか悪の生命は詩であるかと疑ふ事さへ度々であつた。貞操の妻と慈愛の親が眠つて居る時を窺つて、不正の恋に囚はれた若い人達が悔恨の涙に暮れながらも拒み難い力にひかれて暗黒の夜を走り彼処には人工の昼間が造り出されてある特別の世界に彷徨ひ、粉飾と虚偽との間に瞬時の欺かれたる夢に酔ふ。詩でなくてなんであらう。(『見果てぬ夢』) 彼は一時ある銀行の雇人になつた事がある。無職業と云ふのはいかにも世間の聞えが悪い。名義だけでもいいから何処かへ勤めに出てくれと細君がたつての勧を退けかねたからである。彼は名望のある父の威光で容易く勤め口を見付けたけれど、もともと自ら進んでやつた事でもないから、其れほど実直に其れほど規則正しく勤めはせず、内心では体よく向うから解雇して呉れればよい位に思つてゐた。ところが事実は全く相違して其の年の末に経済界一般の不振と共に、銀行部内に改革が行はれて、彼よりも最つと勤勉で且つ生計に苦しんで居る幾多の社員が解雇された。それにも係らず彼は無事で而も等級が昇進した。彼は自ら正義の如何を疑つた。自個の存在を心疚しく思つた。銀行の頭取と大蔵省の官吏であつた自分の父との関係を不快に感じた。彼は一度び遠かつた花柳界に意識して再び近づき、そして離婚を断行すると同時に銀行をも辞職してしまつた。(『見果てぬ夢』) 実はわたくし、荷風といえば一般には名文の誉れ高くはあるものの、はっきり言って「失われゆく江戸情緒」など、私には係わることの全くないものに偏している「マニアック」な文章にすぎずと、上方生まれの私は(変に嫉妬し)、またも偏った位置づけをしていたのでありました。(しかし毎度の事とはいえ、今回もまた己の愚かさをさらけ出してしまいました。) この度私は、「大逆事件」以降江戸情緒や花柳界に耽溺する前の荷風の文章が、一種艶やかさを含みながらも格調高く意志的であることに驚き、なるほど、これなら漱石や鴎外などがいろんなところに推薦するはずだと学びました。 そして、「若い頃の荷風って、ひょっとしたら、かなりセクシー」と、私は少々軽薄に、思い直したのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.02.05
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『海坂藩大全・上』藤沢周平(文藝春秋) 藤沢周平と言えば、改めて私が述べるまでもなく、時代小説作家の第一人者であります。 近年、山田洋次監督が、藤沢周平原作で三部作の時代映画を撮りましたし、それ以前からも、藤沢作品にしばしば登場する架空の藩「海坂藩」と言えば、かなり高い評価を得ているシリーズであります。 ところがこの作家について私は、かなり昔、おそらくは10年か20年も前に一冊だけ『一茶』という本を読みましたが、これは「小林一茶」に対する興味から読んだだけで、作者への興味は全くなかった、という貧しい読書状況であります。 うーん、なぜだったんでしょうねー。 さてその後、雲は流れ時は移り、「紅顔の美少年」だった私もあっという間に年を重ねてしまいました。(こういうのを「馬齢を重ねる」って言うんですよね。) そしてその間(別に加齢のせいとは思わないんですが)、時代小説あるいは歴史小説のジャンルにも、私は読書のウィングを少しずつ広げ始めました。私がもっぱら親しんでいたのは、司馬遼太郎・山田風太郎・海音寺潮五郎などといった作家の小説であります。どの作品もとっても面白いんですね。時代小説って、みんなこんなのなんでしょうかね。とっても腕のいい職人芸という感じです。 で、今回も、そんな期待を持って読んでみました。(「上」というのはもちろん「下」もあるわけですが、「下」は現在のところ買い損ねております。) 藤沢周平、お読みになったことございます? きっとたくさんの人から、「今更お前に言われるまでもなく愛読している」とお答えいただけるんじゃないかと思います。 私も今回読んでみて、やはり期待通り面白かったですね。 ところが、その、面白さの質なんですがね。それについて、うーん、何と言いましょうかー、わたくし、少し、気になるところがある、と。 いえ、もう少し具体的に言うと、本当は私はとっても驚いたんですね。 何に驚いたのか、それを順を追い直して、考え考え、書いてみますね。 さてこの短編集は「士道小説集」ということで、武士が主人公のものばかりであります。 それゆえ、ややバラエティーには欠けるきらいはありますが、しかし一つ一つがとても丁寧に作られている感じがしました。 そしてそのトータルなテーマは、一言で言うと 「時代と社会の価値観に違和感を覚えた者の、その時の虚無と行為」という感じでしょうか。(この表現はこの小説を読みながら私自身がこれは何なのかなと考えつつまとめた表現で、ちょっとブサイクですが、そんな実感です。) 実は私の持つ作品への「引っかかり」とは、この「虚無と行為」の重苦しさであります。この感覚は相当重苦しいものがあるんじゃないかと、私は驚いたわけです。 例えば直木賞受賞作品の『暗殺の年輪』ですが、この作品の主人公を覆っている虚無感は、かなり強烈なものであり、ほとんど社会に対する「呪詛」といってもいいほどではないかと思います。 そこで私は分かんなくなったんですね。 何でこんな話が、広く読まれるのかと。 藤沢周平の愛読者は、なぜこんな「呪詛」に堪えられるのかと。 しかしその後、少しあれこれ調べて納得致しました。 要するにその後藤沢周平は、自らの作品のテーマをかなり大きく変貌させていったと言うことなんですね。 なるほど、私は本書を含めてまだ二作品しか読んでいませんので具体的には分かりませんが、感覚的にはとても理解できます。いくら何でもあの重苦しいテーマでは、読者はついていけないでしょう。 今回の短編集収録作品は、テーマの重苦しさに加え、少し理のまさった作品や、ステレオタイプな登場人物なども結構多い気はしますが、それでもなかなか面白く、何よりその「話作り」に感心してしまう短編集でした。 さてそのように考え直せば、私にとって藤沢周平読書体験がまだ二作目であるということは、この先に見晴らしの良い心地よいフィールドがずうっと拡がっているということであり、まるでワクワクする贈り物を、いきなり両手一杯頂いたようではありませんか。 うーん、これだから読書って、やめられないんですよねー。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.02.02
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