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『夢の女』永井荷風(岩波文庫) ……しかしなんですね、ごく限られた近代日本文学史の小説作品でさえ(当たり前といえば当たり前ですが)、星の数ほどあります。拙ブログにて細々と読書報告を書いてきて、いっこうになくなる気配がありません。(やはり当たり前ですか。) もしこれが、世界文学まで含めてしまうと、いったいどうなってしまうのでしょうか。 いえ、別にどうにもならないでしょうが、というより、そもそも私は、世界文学をほとんど知りません。でも昔はもっと知りませんでした。 昔というのは、大体高校時代までの私です。 大学に入りまして、日本文学を専攻しまして、そこで初めて私は思ったんですね。 「世界文学を読まねばならぬ」と。 で、いくつかの読書案内を読みまして(今みたいに手軽にネットで調べるなんて方法がなかったものですから)、そして100冊くらいの「世界文学名作一覧表」を自分で作りました。そしてそれに従って、こつこつと読み始めたわけです。 ところが、世界文学というものは、それも名作と呼ばれるものの多くは、ご想像いただけるように、とってもとっても長いのですね。長編も長編、大長編であります。で、いっこうにノルマが減らない、終わらない、と。 そこで私はとうとう、100冊の世界文学を途中で「ケツわり」してしまいました。 でも「ケツわり」したとはいえ、一時的にもそんな集中読書をしたおかげで、いわゆる世界文学名作については、少しは読んだと言うことができるようになりました。 しかし一方、そのように集中読書したせいで、作品内容がこんがらがって、分からなくなった小説もいっぱい出てきました。 例えばトルストイの『アンナ・カレーニナ』と『戦争と平和』は私の中では完璧にごちゃごちゃになって、訳わからん状態であります。 フランスの心理主義小説あたり、えーっと、『アドルフ』とか『クレーブの奥方』とか『危険な関係』なんかもですか、このへんもぐちゃぐちゃですね。 ということで、やはり付け焼き刃は、もうひとつ役に立ちません。 さて、そんな私の付け焼き刃の一つに、エミール・ゾラがいます。フランスの自然主義文学の大家ですね。 フランスの自然主義といえば、日本の自然主義の「ちんぴら」作家とは違って、全く本格的であります。ゾラもその一人で、確か「ルーゴン・マッカール叢書」ってんですか、バルザックの「人間喜劇」の向こうを張った連作を書きました。そしてそれがことごとく長い(と思います。全作は知りません)。 いえ、本当は私はそのうちの一冊だけ、『居酒屋』を読んだだけなんですが、でもこの話も長かったです。 主人公が、やたらと不幸になるんですね。とっても悲惨な話なんです。それも徹底的に。そしてその過程を、坦々と延々と筆者は永遠に終わらないかのごとく綴っていくわけです。 実は、各作品の尽く不幸になっていく主人公達は、同じ先祖から出ているんですね。そして彼等が不幸になるのは、遺伝のせいである、と。 今考えると実に奇妙な論理性ですが、とにかくそんな話です。 で、さて、ここにやっと永井荷風が登場します。 日本の「ちんぴら自然主義」ではなくて、フランス本家からの直輸入としての自然主義文学の、いわば最初の結実が本作であるわけですねー。 例えば、こんな表現があります。 お浪は端なくも過去った凡ての事柄を、もしもその時、ああしなかったなら、あるいはこうしたなら、今は如何になっていたものであろうかと、名古屋へ奉公に出た事から、思掛けず子供まで設けた昔しの事までを、次第次第に遡りつつ種々に考えて行くと、繋累多き自分の生涯というものは、やはりどうしても、今日のような有様にならねばならぬように思われるのだ――生まれながらにして、已にその人の運命は、逃れる事の出来ぬ一定の方向に進むべく限られているものではなかろうか。 お浪は堪えがたい寒さと、寂しさと、今にも途絶えはせぬかと思われる父の寝息、そして気味悪いほど明い燈火の中に。何時か二時と覚しい深夜の鐘を聞たのである。 実にゾラから直輸入の、奇妙な自然主義理論であります。若き日の荷風はこんなのも書いていたんですね。 ただ、フランス自然主義の本邦での結実の一つといわれる本作は、残念ながら極めて小粒で、不幸になる主人公も、あのヨーロッパ大陸的徹底的な不幸さ悲惨さ残酷さがありません。どこか、なにげなーく、「風流」なんですね。 そして、日本文学びいき(依怙贔屓)の私としましては、やはりそこが、いい、と。 そんな若き日の荷風が、アメリカ・フランスに渡航する寸前の、24歳の時に書いたのが本作です。そして次にフランスから帰ってきた荷風の書くのは『あめりか物語』『ふらんす物語』であり、それは今度は、日本の耽美派小説の濫觴となります。 荷風が本当に荷風らしい作品を書き出すのは、ここからであります。 というふうに若書きといえば若書きの本作ですが、でもやはり荷風らしい描写力や、終盤に描かれる色町の風景など、興味深い場面はいくつもあります。 「いつもの荷風」とは、ちょっと感じが違うのですが、なるほど作家とはこのようにして成長していくのかと思いながら読んでみると、それはそれでとても面白い作品であります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.30
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『夏の庭』湯本香樹実(新潮文庫) この本は、児童文学なんでしょうかね。 児童文学は今まで取り上げたことはありませんし、と、書いて気づいたのは、『少年H』で、あれも児童文学の中に入っていくんですかね、ちょっと分かりません。 さらに気づいたのは、宮沢賢治の一連の作品ですかね、こちらの方が、『少年H』よりもっと児童文学っぽい気がします。 で、今後児童文学を取り入れようという気があるかと言えば、それはあまりありません。 なぜかというに、まー、それを以下に書こうと思っているのですが、うまくいくかどうか、よくわかりません。 基本的に私は児童文学とあまりそりが合わない、という(いつもながらの)バイアスの掛かった思いがあります。 なぜ、そんなことを思うかというと、それは簡単で、読んだ後「不満足」な感じが、どうしても残ってしまうからであります。 少し前の本ブログで、児童文学について少し触れたことがあって、そこで私はこの「不満足」のことを、児童文学ゆえの「人間性の簡略化」と書きました。 だからでしょうかね、今回の読書も、読み始めてしばらく以降、なんか長すぎるんじゃないかという気が、ずっとしていました。本当は決して長い話でも何でもありません。新潮文庫で200ページほどです。 にもかかわらず私が長いと感じたのは、それはこの作品の構造が、横に広がっても縦に深まっていかないタイプのエピソードの集積になっていると思うからです。 人の死というものに興味を持った3人の小学6年生の少年が、一夏、近所の一人暮らしのおじいさんの死ぬのを目撃しようと観察をするという話です。 いくつかのエピソードが描かれます。そしてその先は、と読んでいくと、いかにも「予定調和」なんですね。この段階で全体のストーリーの骨格を想像せよと言われても、ほとんどの人は外すことなく言えてしまうんじゃないかと思います。 そんな意味で、「出来すぎ」といってもいい展開であります。 だからきっと、この作品は「リアリズム」ではないのだと思います。 小学校6年生の男子がそんなに長期的に(ほぼ一夏です)死について興味を持ち続けるとは思えませんし、同じく彼らがそれほど年寄りの話に対して興味深くあるとも思えません。 筆者は「あとがき」にこんな事を書いています。 自分は7歳で祖父を失った。生前の祖父にはずっと近寄りがたいという気持ちがあった。祖父が死んだ時、そんな風にしか接することのできなかった自分に嫌悪感を抱き、祖父のことは忘れたいと思い続けた。しかし大人になって、たまたま祖父のことを思いだす機会があり、それ以降、自分はどんどん祖父のことを思い出し続け考え続け、そして、本作を書こうと思うに至った。 実際の話、小学生が年寄りと触れあう距離感というのは、この筆者が幼かった時の形くらいが平均的なんじゃないかと思います。もっと親密な距離感は、老人が亡くなり自分は成人を迎え、そして初めて持ち得るたぐいのものだと思います。 ただ、この筆者の話にはもう一つ大切なポイントがあります。 それは、なぜ大人になってから亡くなったおじいさんを追いかけるようになったのか、ということであります。 坂口安吾の随筆に『文学のふるさと』という名品があります。 安吾はこの随筆の中で、有名な『伊勢物語』の「芥川の段」を取り上げて、三年越しに求婚し続けやっと思いが叶って強奪した女をまんまと鬼に喰われてしまう男の話を、「突き放された凄然たる美しさ」と書きました。「むごたらしい美しさ」「何か、氷を抱きしめたような、切ない悲しさ、美しさ」と書きました。 そしてさらに、「何か約束が違ったような感じで戸惑いしながら、然し、思わず目を打たれて、プツンとちょん切られた空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない『ふるさと』を見ないでしょうか」と書きました。 「文学のふるさと」 すぐれた児童文学の本質は、すべからくこうあるべきだと、私は思います。 ただ、安吾はこの随筆の最後にさらにこのように書きます。 アモラルな、この突き放した物語だけが文学だというのではありません。否、私はむしろ、このような物語を、それほど高く評価しません。なぜなら、ふるさとは我々のゆりかごではあるけれども、大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではないから。…… だが、このふるさとの意識・自覚のないところに文学があろうとは思われない。文学のモラルも、その社会性も、このふるさとの上に生育したものでなければ、私は決して信用しない。そして、文学の批評も。私はそのように信じています。 一夏を老人の死に費やす少年達を描いた本書は、私には少し「不満足」であっても(そう感じるがゆえに)、やはり「文学のふるさと」としての資格を充分持っているものと、私は思うのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.26
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『ヒモのはなし』つかこうへい(角川書店) さて、上記戯曲の読書報告の後半であります。 前半は、本作内容には全く触れず、変な方向にどんどん話が横滑りして収拾がつかなくなったところで終わってしまいました。どうもごめんなさい。(でもいつもの通りかな。) 実は前回言っていたことは「デートDV」についてでありました。 彼氏または彼女からひどいことをされても、我慢するのが愛情だと思うのは間違いであるという教えに対して、真実100%私は賛同するものではありますが、なぜかそう考えた後に一抹の違和感が残ります。 もちろんその違和感を、人が生きて人を愛するが故の不条理であると、思いっきり拡げて解釈してしまうとそれなりに納得はできるんですが、そこまで拡げきらない部分で、やはり違和感が残ってしまいます。 こんな事例について前回書きました。 男性も被害者になりうると言うことで、例えば携帯電話の中の女性のアドレスを「私と付き合ってるんだから私以外の女の子のアドレスは要らないわよね」とか言われて消されてしまうという事例でした。 仮に「デートDV撲滅」ということを、この事例で考えてみます。 アドレスを消す彼女の行動を拒んで彼女を説得しようとした時、もし彼女が、 「そやけどあんたの携帯に他の女のアドレスあるのんわたしイヤやねん。絶対イヤやねん。許されへんねん。あんたのことが好きやねん。お願いやから他の女のアドレス消してちょうだい、お願いやねん、お願いやねん、一生のお願いやねん、あんたのことが死ぬほど好きやねん。」 と(別に関西弁でなくてももちろんええですがー)言って泣き出したら、どうするか。 私なら「……ま、ええか」と、彼女の行動を許してしまうように気がするんですが、それがいかんのでしょうかねー。(たぶんいけないんでしょうね。) しかし私はこの感じ方の発展形として、前回さらに以下の暴論を展開してしまいました。 「捨てられることが、本人にとっては一番の『DV』である。」 うーん、暴論ですなー。 感情と理性がごちゃごちゃになっていますねー。 ただ私が、やや感情の側に偏って立って思うことは、男女の愛情というものは一つのスローガンで整理してしまうにはあまりに分からないことがありすぎるということであります。まして、「デートDV」の主な対象者としての十代、二十代の年齢においては。学生 明美さんはやっぱり、シゲさんのことが好きなんですね。愛して るんですよ。その気持ちを大切にした方がいいと思うな、僕は。明美 いい年をした男と女がホレたハレたじゃないじゃない。ガッツじ ゃないの。ガッツでどこまでふんばるかじゃないの。ふみとどま るかじゃないの。学生 なんかほっとしました。明美 あんたすぐ傷ついちゃうのね。傷つくの上手ね。それだけが取り 柄ね。おまえは俺の体が忘れられない女になったのサ。言えるか ね、あんた。ウソでもいいから。おまえは俺の体が忘れられない 女になったのサ。言えるかね。学生 言えませんよ。社会人ですから。 「前向きなマゾヒズム・建設的なみじめさ」といわれるつか作品の、この台詞などに見られる恋愛の醍醐味は、私の中では、どうしても「デートDV」の概念とそぐわないものが残ってしまいます。 しかしやはり、私の考え方感じ方が、間違っているんでしょうね。(重ねて、肉体的精神的暴力については絶対に否定するものではありますが。) 以下はジョーダンとして書くんですがー、「デートDV」だけに関して、男子の被害者はナシ、ってルールは。 ……いえ、ダメですダメです分かっています、……でもねー。 さらにしつこくもう一言。 例えば志賀直哉の『和解』、芹沢光治良の『結婚』、阿川弘之の『舷燈』なんか(あ、見事に志賀直哉系列だ)、もう全編DVだらけの小説でありますね。 時代とは言いながら、日本文学も困ったものです。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.23
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『ヒモのはなし』つかこうへい(角川書店) 先日、去年亡くなったつかこうへいについて、ちらっとネットで見ていたのですが、遺書が残っていたということで、その短い遺書を読み、私はちょっと驚きました。 うーん、ここまで書くのかー、というその「舞台人根性」(だと思いますねー)に感心したわけです。 どこに感心したかと言いますと、遺書冒頭のこの表現であります。 「思えば恥の多い人生でございました。」 これは、遺書ですよ。本気の遺書ですよ。 そんな遺書の中で、ここまで大向こうを意識しながら一発カマす舞台人根性は、なんといいますか、さすがとしか言いようがないと思います。 言わずもがなの説明ですが、もちろんこのフレーズは、太宰治のフレーズですよね。 そんなことはほとんどの人が知っています。そのほとんどの人が知っていることを踏まえて、それをパロディにして、遺書の冒頭で一発カマす舞台人的サービス精神というものは、これは誰が何といおうと、やはり本物でしょう。 確かに、つか作品の中に臨終や葬式を扱った快作がありましたが、いくらその作者だとは言え、こんな遺書は誰にでも書けるものではありません。 ということで、改めて感心したつか戯曲を、久しぶりに読んでみました。 なぜこの本を手に取ったかというと、少し理由があります。 とある地方局テレビでやっていたのですが、最近若者の間に「デートDV」なるものがよく見受けられるという内容でありました。 「DV」というのは、「家庭内暴力」が元々の意味で、そこから派生した形として愛し合う男女間で起きる暴力という意味ですかね。 そして「デートDV」というのは、それの青年部学生部版ですかね。 いろんな事例紹介があったのですが、男性も被害者になりうると言うことで、例えば携帯電話の中の女性のアドレスを「私と付き合ってるんだから私以外の女の子のアドレスは要らないでしょう」とか言われて消されてしまう事例がありました。 見ていて私はふと思い出したのですが、私の知人に、結婚した時に独身時代の写真を(独身時代の別の彼女が写っていたのが中心だそうですが)、すべて捨てられた男がいますが、あれはDVだったんですかね。 番組の最後に、大学生が作った「デートDV防止キャンペーン」のビデオが映されました。「DVやめよう」などのフレーズを挟みながら、笑い合っている男女の静止画が次々と流れていきましたが、見ていて私はどうも違和感を持ってしまいました。 相手からひどいことをされても我慢するのが愛情だと思うのは間違いである、という教えに対しては、100%の賛同を致しますものですが、あんな風にDVもなく笑い合っていても、当たり前ながら別れるカップルは山ほどある、と。 相手を傷つけないようにし、傷つけられないようにして、しかし、それでも人は人を好きではなくなったり、ずばり、嫌いになることがあります。 身も蓋もない言い方をすれば「捨てられる」(付き合いを拒まれる)ことが、本人にとってはなんといっても、一番の「DV」なのではないのでしょうか。 こじつけか厭がらせみたいに読めるかも知れませんが、そして繰り返して肉体的精神的暴力は無条件に否定するのですが、「デートDV」なるものの存在する原因に、私は男と女の間の愛情には、あまりに分からないものがありすぎるからじゃないかと思いました。 私は愛しているのか分からない、私は愛されているのか分からない、愛するとはどういう事なのか分からない、愛されるとはどういう事なのか分からない、愛するにはどうすればよいのかわからない、愛されるにはどうすればよいのか分からない、このおこないは愛しているからなのか分からない、あのおこないは愛されているからなのかわからない……。 少し、極端な言い方でしょうかね。 うーん、私が間違っているような気は大いにしつつも、どーも、違和感が残るんですがねー。 次回まで、考えてみます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.19
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『不安の周辺』辻井喬(新潮文庫) この作家を読むたびに(といっても、そんなに読んだことはないのですか)いつも考えるのですが、第一級の企業人と文学者との関係であります。 企業人で文学者というのは近代日本文学史で探す限りではほとんどいないですね。 以前に本ブログでも触れたことのある水上滝太郎くらいではないでしょうか。この人は、明治生命保険株式会社専務取締役でありました。 ついでの話ながら、医者は、結構いますよね。 森鴎外を初めとして、木下杢太郎や加賀乙彦や北杜夫や安部公房など(ただし加賀乙彦・北杜夫は程なく文筆に専念しましたし、安部公房はそもそも医者にならないという条件で医学部を卒業したと聞きますが)、まー、その他にも多分数多くいらっしゃるんじゃないでしょうか。 でも、医者というのは、基本的に一匹狼的な側面があると思いません? そんな側面は、やはり文学者に相通じるように思います。 ただ、鴎外はやはり別格でしょうねー。でも今考えれば、それも時代の差が、現在と比較するとかなりあるような気がします。 では、政治家はどうでしょうか。これも過去に一度書きましたが、まーやはり近代文学史ということで言えば石原慎太郎は外せませんね。 あと、宮本顕治というのはどうなんでしょうね。 しかし、この方とか、田中康夫なんて方の場合は、文学者的部分は段々無くなっていったんではないですかね。 村上龍が『13歳のハローワーク』という本の中でこんな風に書いています。 医者から作家になった人、教師から作家になった人、新聞記者から作家になった人、(中略)ギャンブラーから作家になった人、風俗嬢から作家になった人など、「作家への道」は作家の数だけバラエティがあるが、作家から政治家になった人がわずかにいるだけで、その逆はほとんどない。(中略)それは、作家が「一度なったらやめられないおいしい仕事」だからではなくて、ほかに転身できない「最後の仕事」だからだ。 そういえば村上龍も一時期映画監督をしたりしていましたが、やはり作家に戻っていますよね。 ともあれ、辻井喬の事を考えると、ついそんなことを考えつつ、しかも、例えば水上滝太郎の「明治生命保険株式会社専務取締役」は確かに凄いとは思いますが、辻井喬=堤清二の企業人としての実績は飛び抜けて凄くありませんか。 そんな方が、企業人が主人公の小説を書いています。 これはやはりその独特の視点には納得せずにはいられないものがありますよね。例えば、 たとえ倒産の通知を見ても、決してその会社に働いていた人々の困惑や経営者の懊悩、その家族が持ったであろう暗い夕餉の模様などを考えたりはしません。情緒の世界にかかずらっていたら事務処理が遅れてしまいますから。これは意志の強さと慣れ、それに経営に対する責任感があればできるのです。このような私の態度に、豪放磊落な経営者であったあなたは全面的に同意されるに違いないと思います。 しかし、誰だって自分の素直な気持とは別のところで仕事しているのだから、あまり生真面目に生活と職業の関係などを考えてはいけない。そんなふうでは競争相手に敗けてしまう。企業の勝敗は、経営者の感覚の切れ味や鮮度ではなく、精神的耐久力なのだと、私は不安を押し殺すようにして頑張ってきたのです。「軽く付合うぶんには刺激になるがね、考え方の基本が違うんだから何処かで必ず衝突する。まあ、深入りしなければプラスになる。芸人、政治家、女、みんなそうだ。」 挙げて行けばきりがないのですが、こんななかなか面白いフレーズがたくさん散りばめられています。 そして、その中心には何があるかといえば、この作家・この小説の場合は、異常に強いと言えそうな父親の存在感であります。 それは、憎しみと理解と、そして自らの血の中に流れているのが分かる骨絡みの肉親意識でありましょうか。 堤清二という企業人についてネットでちょっと調べてみたのですが、その父親の存在感というのは、なるほどと納得する強烈さでありますね。 ネットという安易な検索でも、さもあらんと納得してしまう強烈な個性が、堤清二の父親の説明について山のように出てきます。 そんな強烈な個性の人物が父親であって、一方文学的資質が自らに備わっていたならば、これは全く汲めども尽きぬ鉱脈だという気がします。 さて冒頭で触れましたが、優れた企業人で文学者という存在が極めて少ないと思われるこの世界であるならば、この筆者は、今後も優れた人間研究事例として、大いに文学作品を世の中に問い続けて欲しいものであります。 本作内容に十分触れきれていません。 かなり技巧的、意欲的作品であります。芥川的でもありますが、安定しています。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.16
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『真景累ヶ淵』三遊亭円朝(岩波文庫) 少し前に同作者の『怪談・牡丹燈籠』を読みまして、とっても面白かったもので、同じく「怪談物」の本作を読んでみました。 相変わらず見事な言文一致体で、以前にも触れましたが、これだけの先行作品がありながら、なぜ日本の明治初期の言文一致運動はすらすらと進まなかったのかと、私はかなり疑問に思っているんですがー。どなたか、お教えいただけないでしょうかね。 ただ、少し思うのは、新しい物が産まれる時はいつも同じだと思うのですが、新しい物は新しいというだけで優れた価値でありながら、同時に新しい故に重みに欠けてしまう(という風に往々にして思われてしまう)というところがあるからでしょうか。 たとえば、言文一致運動とは関係ないですが『月に吠える』で口語詩の地平を一気に圧倒的に拡げた萩原朔太郎は、その後文語詩に戻ってしまいましたね。あれは一体なぜなんでしょうね。 およぐひと およぐひとのからだはななめにのびる、 二本の手はながくそろへてひきのばされる、 およぐひとの心臓はくらげのやうにすきとほる、 およぐひとの瞳はつりがねのひびきをききつつ、 およぐひとのたましひは水のうへの月をみる。 この口語詩の中に天衣無縫に描かれる詩情は、その滑らかさを信条としつつ、やはり重みにかけるような気が、するといえばしますね。 純粋にその創作物のできは良くても、生まれたものが時間を背負っていないということは(当たり前で、だって産まれたばかりですから)、否応なしにその評価に強く影響を与えてしまうのかも知れません。 と、まー、そんなことも考えつつ、しかし、このお話は文句なしに徹底的に面白い物でありまして、本当はあまり、文体がどうのこうのなんてことは考えながら読んだりはしませんでした。 岩波文庫で460ページほどもあります。とっても長いお話です。長すぎて、真ん中で見事に二つに分かれてしまったお話です。 以前にも述べたことがありますが、私は落語が好きで、文庫本でも結構読んでいました。 その中には、やはりお話が途中でブツ切れてしまっているのも少なからずありましたが、これは一体どういう現象なんでしょうかね。昔の人は大まかで、そんなことは気にしなかったからでしょうか。 でも、明らかにお話は二つに分かれているのですから、きっちりと別々の話に仕立ててしまえばいいと思うのですがね。(本作も、分かれておりながら微妙に登場人物の出入りがあったりしていますが、はっきりいってこれは一作品しているから人物が出入りするのであって、別々の話にしてしまってもさほど困らないと思うのですが。) これもよく分からない事柄の、その二であります。 まず前半が、「怪談話」であります。 幽霊が出てくるんですね。いえ、幽霊かどうか微妙なものが出てきます。 「真景=神経」なんですね。文明開化この方、幽霊なんていやしない、気の迷いだ、神経だ、というのが「真景」の言葉の由来だそうです。(でも明治以降でも、「幽霊もの」には大物・泉鏡花がいらっしゃいますよねぇ。) しかし以前にも少し触れた、三島由紀夫の『遠野物語』批評の伝で行けば、「炭取り」は明らかに回っているんですね(村上春樹の『羊をめぐる冒険』を書いた本ブログを参考にしていただければありがたいです)。 で、この「幽霊」の出し方が、実に絶品です。 この瞬間のこの出し方しかないというところで、見事にぴたりと幽霊を登場させています。それは語り(文体)とストーリーが渾然一体となった、まさに名人芸であります。 と言うところでお話は終わっても良かったんですが、触れましたようにさらに後半が始まります。 後半は、「幽霊」は出てきません。かわりに語られるのが「仇討ち話」であります。 そもそもこのお話には、前半もそうですが、見事にたくさん小悪党が登場しますね。読んでいてめちゃめちゃうっとうしい奴らです。 しかしこんな小悪党は、実際この時代に(江戸時代後半でしょうか)結構いたのですかね。 文化文政期から幕末にかけての、歌舞伎やなんかの爛れたようなデカダンス文芸なんかを見ていますと、こんな少々力のある小悪党が(武家階級とかヤクザとかですね)、弱者をいたぶる話はいっぱいあったような気がします。 そう言えば昔テレビで流行った「必殺シリーズ」。 『必殺仕掛人』や『必殺仕置人』なんかの世界は、まさにそんな世界でしたね。弱者が一杯の恨みを呑んで死んでいったその恨みを晴らす、というのがテーマでしたね。懐かしーなー。 本書の後半もそんな話であります。 しかしもう、こんな話になっちゃいますと、あれこれ理屈など言わず純粋にストーリーを楽しんでいき、最後の大円団でスカーーッとカタルシスを感じる、でいいのだと思います。 事実そんなお話でした。 上記二つの疑問は残ってしまいましたが、そんなとっても面白いお話でした。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.12
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『星と月は天の穴』吉行淳之介(講談社文庫) 上記小説の読書報告後半であります。前半は、全く女性的な彩りのないほとんど砂漠を行くごとき不毛な青春を私は送ってしまった我が人生は過ちだった私の青春を返せっ! という「血の叫び」のような愚痴が、ひたすら書いてあったように思います、たぶん。 さて後半ですが、本書の特に前半から中盤にかけてですか、何といいますか少し言葉を選びますが、どうも「エゴイスティック」な感じの展開に、やや違和感を持ちつつ私は読んでおりました。 この感じは、吉行作品以外でもはてどこかで、と思い出してみますと、何となく思い当たりました。 村上春樹の『ファミリー・アフェア』という短編小説であります。(『パン屋再襲撃』文藝春秋社) ただこの村上作品は、村上春樹的文体が(特に初期から『ノルウェイの森』あたりまでの)全開、フル・スロットルという感じで、面白いことこの上ない小説であります。 笑って楽しんで、しかし、にもかかわらず読後感は、やや苦い感じのもの(私にとって)になっています。それは、こんな主人公だからかも知れません。「どうして努力しようとしないの? どうしてものごとの良い面を見ようとしないの? どうして少くとも我慢しようとしないの? どうして成長しないの?」「成長してる」と僕は少し気持ちを傷つけられて言った。「我慢もしてるし、ものごとの良い面だって見ている。君と同じところを見てないだけの話だ」「それが傲慢だって言うのよ。だから二十七にもなってまともな恋人もできないのよ」「ガール・フレンドはいるよ」「寝るだけのね」と妹は言った。「そうでしょ? 一年ごとに寝る相手をとりかえてて、それで楽しいの? 理解とか愛情とか思いやりとかそういうものがなければ、そんなの何の意味もないじゃない。マ○ターベーションと同じよ」「一年ごとになんかとりかえていない」と僕は力なく言った。「同じようなものよ」と妹は言った。「少しはまともな考え方をして、まともな生活をすれば? 少しは大人になれば?」 (あのー、びっくりしたんですがー「マス○ーベーション」がこのブログは不許可なんですね。しかし、ねぇ。まぁ、ともかく、原文はちゃんと「○スターベーション」と書いてあります。) この作品は、かつて村上春樹作品に対する批判的な論調の中で「『やれやれ』とため息をつきながら(女性に対して)舌なめずりをしている」というようなことを言われた、まさにその対象にうってつけの小説でありました。 ともあれ、吉行作品は、この村上作品よりもさらに20年ほども先行して書かれ、女性に対する考え方は、もっと性欲に収斂しています。そして、それと裏腹のように、女性に対する「恐怖心」が作品中に充ちています。 もしもそうなった場合、どうなる、と彼は自分の心に訊ねてみた。もう一度、一人の女と一緒に生活してゆく決心をつけることができるか。 到底できることではない。 それどころか、一人の女に自分の部屋に入ってこられることさえ、いまは避けたい気持ちでいる。自分の女についての身構え方は、偏見に満ちたものなのか、あるいはその本質に触れているものなのか……。もしも決心できないのなら……、と矢添は考えをめぐらせている。 こんな主人公の感じ方が、終盤にかけて変化していくというのが、この話のクライマックスになっています。そしてそのあたりの展開は、まことに上手に描かれております。 それは、こんなバイアスの掛かった形でしか女性と接することのできない男が、やはり同様にバイアスの掛かった形でしか男と接することのできない若い女と深く関係していく過程の中で、恋愛の不毛は自分の中にのみ偏在しているのではないことに気づくという形で変わっていきます。 そしてその変化していく場面の描写は、やはりこの種の男女の話を書かせれば第一級の筆者らしい、見事なものとなっています。 というところで私は気が付いたのですが、実はわたくし、さほどたくさんの吉行作品を読んでいるわけではないので、全体的な傾向について述べることはできないのですが、芥川賞を受賞した『驟雨』という作品も、そんな話ではなかったか、と。 確か、肉体的な関係のみを主とする娼婦との間に、精神的なものが入ってくる瞬間を描いた作品だったと思います。 ……デビュー作は、その作家のすべてを含んでいるという言い回しがありますが、なるほど、本作も、その変奏曲の一つと考えることができる、というわけですね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.09
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『星と月は天の穴』吉行淳之介(講談社文庫) そのような人生観の人々はもちろんいつの時代にもいるのでしょうが、私の身近にそんな人がいたのは、今を去ることン十年前の、私が大学生の頃でした。 どんな人生観の人なのかといいますと、なに、別に珍しいタイプの人ではないと思います。 要するに、「男と女の関係こそが人生の中で永遠に中心にあるべきだ」と考えている人、とでも言うんでしょうか、まー、光源氏みたいな人でしょうかね。傍目で見ていると、いつもいろんな女性と付き合っているという感じの人でした。 その彼は同じ大学の同級生でしたが、さほど深いつき合いのあった人ではありません。ただ、一度だけ、何かのきっかけで二人で飲んだことがありました。 その時に、私がきっと上述のようなことを聞いたんだと思います(もちろん私は、彼の異性をめぐる環境が、とっても羨ましかったんでしょうね)。 で、その時彼が言ったのが、別に女性に対して特別な事をしているわけでもないが…と言うニュアンスで話し始めた、私にとっては驚くような「フェミニズム」の話でした。 いえ、そんなのを「フェミニズム」というのかどうかはよく分からないのですが、よーするに、なるほどそこまでまめに女性に「尽くさねば」いろんな女性と「ラブ・アフェア」を楽しむ(「楽しむ」でいいんですよね?)というわけにはいかないんだなーと、その方面に圧倒的に未熟な私にとっては、呆気にとられるような内容でした。 で、私はとても感心し感動に近いものまで持ちまして、そしてこんな風に考えたのが、今となっては「我が人生の過ち」だったのでしょーか。 私は、「やはりこれは近寄りがたいような特殊な才能に違いない」と思っちゃったんですねー。 ……それ以降ですか、ご想像の通りそんな才能に全く恵まれなかった私の人生は、華やかな女性の彩りとは全く無縁なままに、今日に至ってしまいました、と。 さて今回報告する小説の筆者・吉行淳之介氏が、実際さほどに女性にまめな方なのかどうか私はほとんど知らないのですが(薄々はそんなこともいろんな文章で聞き及んではいますが)、今回の小説も、こんな風に感じる四十歳くらいの小説家が主人公なんですね。「疲れているな」 と、彼はおもう。それに、心も衰えているらしい。壮年の活力に満ちた細胞が、若く稚い細胞を踏み躙ってゆく、という幻覚をもつ場合もある。いまは、その逆だ。紀子と会ったことを「めぐり合い」と感じ、その言葉から感傷を感じたのも、疲れ、心が衰えているせいだろう、とおもう。 彼は答えた。「そう、用事があるから……」 疲労をほぐすには、女体がよい。それも、相手の心について考えをめぐらす必要のない女体がよい。やはり、あの女将との約束を守ることにしよう。 ……うーん。 しかしこういう哲学に基づいた人生というのは、どんなものなんでしょうね。 恥ずかしながら、私には想像もつきません。(きっと「豊かな人生」なんでしょうね。) だから、これ以降の私の感想にはかなりバイアスが掛かっていると自分でも思いつつ、先ず感じたことは、吉行文学は、主人公が何歳であってもやはり永遠の青春文学であるな、と言うことでありました。 実は以前にも、これに近いことをかつて本ブログで書いたように思うのですが、つまり「女性に対する自らの肉体や精神の距離の取り方」とでも言うべき事柄を、人生の中の最優先事項として脳細胞の中心に置き続けるというのは、要するに自意識がとても大きく腫れ上がっているからではないかと、私は少々思うんですね。 そしてそれは、一般的に言えば、青春期の大きな特徴ではないでしょうか。 青春期の肥大した自意識と、そしていつもそれに併走しているもてあまし気味の「性欲」こそが、青春期の言動を生み出す動力源となっていることはたぶん多言を要さないと、重ねて私は思います。 私が吉行文学を青春文学のように感じるのは、きっとその相似性ゆえだと思います。 しかし、もはや人生の長距離走の、すでに3分の2ほどの距離を走り終えた(そしてかなりへとへとになった)今となっては、この吉行文学の特徴が、なんだかとても読みづらいものに思えてきたりします。 いえもっと正直に書くと、作品にあまりリアリティが感じられないんですよねー。 だってそんな体験を、わたくし今までぜーんぜんしたことが無いんですから。 というわけで、……えーっと、次回に続きます。ごめんなさい。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.05
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『或る「小倉日記」伝』松本清張(角川文庫) だいぶ昔に読んだ本なので、細かいニュアンスは忘れてしまったのですが、タイトルは『大いなる序章』という、筒井康隆の小説であります。 これは小説家を目指す主人公が、晴れてそうなるまでを書いたお話です。(だったと思うんですがー。) 編集者からいろいろアドバイスを受けて、主人公は「私小説」的に身の回りの実在人物をモデルにあれこれ書いていきます。そして書きながら、こんな事を書いていいのだろうか、間違いなくあいつは激怒するだろうな、絶交だろうな、じゃ次は、そのことを書けばいいのか、などと考えます。 そして、最後に、これは一種の地獄だなという見解に到達します。 なるほどねー。作家というのは、確かにそんな近所迷惑な部分を、かなり、「かなり」持っていますよねー。 (今ふっと思い出しましたが、北杜夫の奥方もそんなことをおっしゃっていたようですね。娘さんの斉藤由香さんが、エッセイを書き始めた時、パパとママのことを書いてあげると言ったら、もうこれ以上はまっぴらですと固辞なされたとか。) 今回の短編集の中でそれが一番出ていたのは『父系の指』という作品で、筆者自身半分くらいは実際の内容だとおっしゃっているようですが、しかし、こんな事を書かれたら、モデルの親戚にとっては、なんとも近所迷惑の極みであります。 作家は、こんな事を時々しますからねー。難儀なものであります。 そもそもこの短編集には6つの短編小説が収録されていますが(全作ほぼ筆者の初期作品であります)、これらの作品の中で、筆者は徹底的に自らのコンプレックスを、まるで傷口に塩を擦り付けるように、マゾヒスティックに、かつ戦闘的に描いていきます。 これは、この筆者にとって多分、必ず通過せねばならない重要な関門であったのだと思います。そして、どうせそうであるのなら、それを徹底的に創作のエネルギーに変えてしまおうと、そんな考えで描いたのだと思います。 そんな、破れかぶれな、鬼気迫るような情念が、作品の随所に見られます。 「あなたはそれでいいかも知れませんが私たちはどうなりますか」 とふみ子が泣いた。 「おれは学閥の恩恵もなく、一人の味方もない。周囲は敵だらけだ。おれが学問の世界に生きてゆくには、こうしなければならぬのだ」(『石の骨』) 高崎を恨む心は憎しみに変った。 それほど卓治は博物館に入りたかったといえる。当時の官学は東京大学は振わず、もっぱら博物館派と京都大学派が主流であった。博物館入りを望んでいる卓治の心は、いわずとも官学への憧憬につながっていた。 大部分の在野の学者が官学に白い眼を向けて嫉妬する。嫉妬は憧憬からである。 その憧憬に絶望した時が、憎悪となるのだ。爾後の卓治は官学に向って牙を鳴らすのである。(『断碑』) 実は私は、このような「けんか腰」の文章が散りばめられてある作品を読み始めた時、筆者の人間理解に、少し歪んだところがあるのではないかと感じました。 この文庫本の解説を田宮虎彦が書いているのですが、なるほど田宮虎彦の小説にもこんなマゾヒズムの果ての「歪さ」を感じることがあったのを、思い出しました。 この「ゆがみ」は、例えば「或る『小倉日記』伝」では、主人公の奇形な外観に代表されており、しかし主人公の孤独感をそれに象徴させてしまうと、本来の人間存在の絶対的孤独には行き着かないのではないかと、私は思ったわけです。 そしてそこに、文学作品としての物足りなさを感じたのでありました。 それは例えば、中央公論社が現代文学全集を作ろうとした時、その中に松本清張の一巻を入れようとしたら三島由紀夫が頑なに反対したとか、そんな「うわさ話」の類に関しても一種納得してしまうような感じ方でありました。 しかしこの度、そういった類の短編小説をまとめて読んで、私は、少し違うことに気づいたのであります。 この「ゆがみ」の描写は、筆者が筆者なりに考えた「通過儀礼としての戦略」であると。 いずれ放っておいても外部からそのような読み方をされるのなら、そのコンプレックスを全開にして創作のエネルギーにしてしまおうと。 コンプレックスとは、隠そうとするからそうなのであり、しかしまたそうであるからこそ力の源でもあり得る、というものです。 筆者は、自らそれを誇張・デフォルメして書ききることで、一つの危機を乗り切り、そして一つの恩寵を捨て去ろうとしました。 それは、その先から初めて本当の「平等」な戦いが始まるのであるという戦略であり、自負でもあり、同時に自分を追い込んだ地点でもあったと思います。 そしてその「戦い」に、筆者は勝者となったのか。 ……いえそれは、私ごときが云々できるものでは、まるでありません。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.11.02
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