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『くれの廿八日』内田魯庵(岩波文庫) 近代文学の成立期、つまり明治二十年代というのはどんな時代だったんでしょうね。 少し前に、「明治本ブーム」みたいなのがちょっとあったように記憶するんですが、確か、そんな明治文学全集なんかが出版されていたのを、うちの近所の図書館で見ました。 編集をしていたのは坪内祐三氏であったように思うのですが、この評論家の本でかつて私が読んだ事のある本は一冊だけあります。 『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』という本です。 これは、慶応三年生まれの文学者、夏目漱石・宮武外骨・南方熊楠・幸田露伴・正岡子規・尾崎紅葉・斉藤緑雨という錚々たるメンバーのことを書いた本で、結構面白かったのですが、終盤、急に尻すぼみで終わってしまったという印象が残っています。 坪内祐三以外にも、その辺の、明治時代の前半あたりに強い興味を持っていそうな方としては、関川夏央や高橋源一郎などがいます。しかしどちらの方も博覧強記な方ですから、特に明治前期だけに造詣が深いというわけでもなさそうですが。 ともあれ、明治二十年代の文学というものに、わたくしも少し興味を感じつつ、しかし、近代日本文学史の本なんかを読んでいる限りでは(私の読んでいるのは、高等学校の国語の副読本の日本文学史の本です)、この辺についての記述はさほど多くありません。 せいぜい、坪内逍遙・二葉亭四迷の写実主義と、尾崎紅葉率いる硯友社・『我楽多文庫』程度であります。 でも、その多くない作家の作品を、それではだいたい網羅して読んでいるかといえば、まー、読めていないわけですね。 先ず第一に、今ではそう簡単に作品が手に入りません。 しかしそんなときこそ、この文庫。 岩波文庫があるんですねー。岩波文庫にけっこう入っております。 やはり岩波文庫は偉大ですよねー。 わたくし、最近とみに岩波文庫緑帯の「ファン」なんですが、今回の読書についても、とても有り難く、岩波文庫を利用いたしました。 さて、筆者・内田魯庵というと、何か難しそうな顔をしてパイプかなんかを銜えている写真がまず浮かびます。あわせて、この方は、私の中では文芸評論家じゃないかという「レッテル」が張ってあります。 それは決して間違ったレッテル張りではないのですが、今回この評論家の小説を読み、私は大いに驚きました。 全編、実に生き生きとした文体で描かれているではありませんか。例えばこんな感じ。 「第一お前、」とお吉は畳掛けて、「人の家イ来たら、女は女同士で先ず主婦に挨拶するのが作法といふもンだ。女のくせにツーと澄して直ぐ主人の部屋へ通るッてのは耶蘇のお仲間は知らないが世間には無い事ッたネ。妾の様な意気地なしだから断念めてるが、気の強い細君なら主婦を措いて主人に交際ふ様な女は出入をさせませんネ。当然だともお前、往時なら他の良人を寝取ると云はれたッて一言も無いサ。ねヱ、爾うぢァないか。いくら学問が出来る同士だからッて世間が承知しないからネ……」 と云ひつつお吉はジウと云はして吸つた煙草の煙を輪に吹いて何処となく凝視めて、ぢいツと考え込んだが、やがてトンと煙管を叩いて銀の顔を見た。 「馬鹿馬鹿しい! 是れだけの財産を有つてゐて、二十圓ばかしの教師さんに馬鹿にされるンだからネ、お前達にも馬鹿にされるサ。」 どうです。とつてもテンポのいい描写ですね。 かつて私は、二葉亭四迷の『平凡』や『其面影』を読んだ時、そのテンポの良さと諧謔味溢れる筆致に四迷個人の文才を見たのですが、四迷に文才があることはいうまでもないとしつつ、時代の中に共通した文体としてそれは、例えば尾崎紅葉の『多情多恨』の中にも、あるいはもう少し先の作品になりますが(明治三十八年です)、漱石の『猫』の中にも、このような「名文」が広く点在していることが分かります。この魯庵の名文もしかりです。 しかし同時代人の幸田露伴にしても同様ですが、この時代の文学者と呼ばれる人々は、誠に恐ろしいばかりの「文章力」を持っていたことに、つくずく感心されるものであります。 ところがそんな内田魯庵が、少なくとも高校レベルの文学史教科書においては、ほぼ取り上げられることがない(評価されていない)のはなぜかと考えると(私の持っている文学史の本では、批評家として名前だけが小さく挙がっています。)、文体の素晴らしさに惑わされず、冷静に読めば、やはり分からないことはないみたいです。 それは作品に盛り込まれた内容・思想ですね。 この煌びやかな文体が結果として描いているものは、風刺から決して逸脱するものではなく、人間造形についても、内面を深く抉っていく展開は、求むべくもありません。 (うーん、このことはつまり、魯庵が小説家に向いているのではなくて、ジャーナリストに向いているってことなんでしょうかね。) では一体、この素晴らしい文体は何のためにあるのでしょう。 それは、現在という時代から歴史を遡って鳥瞰的に見れば、時代的限界、あるいはやはり、筆者の文学的才能の限界といってしまえそうにも思います。 そしてその事の無念さは、この生きのいい文体の奔流が私には切ない流出のように感じられ、その「もったいなさ」を、呆然とただ心痛めるのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.05.28
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『友情』武者小路実篤(岩波文庫) 上記近代日本文学史上の「超」有名小説の読書報告後半であります。 前回私が述べていたのは、不思議なことでありました。 「本作は感動できない構図を内蔵している作品である。」 なんか、こんな書き方をすれば、とっても興味深いですね。 事実興味深いので、わたくしもこの小説に関していろいろと考えたのですが、例えば本作は今でも、「青春時代の必読書」みたいな扱いをされているような気がするんですが、どうなんでしょうか。「新潮文庫・夏の百選」みたいなのに、今でも入っていたりしているんじゃないでしょうか。 実は前回、私が本作に対してアプローチした角度は、本作は若者が読んでも分からないのじゃないかと言うことでした。(ただし、分からないからダメなのかと言えば、そこはビミョーなところでありまして。) そして、さらに不思議なことには、では年輩者が読めば分かるかと言えば、分かりはするだろうけれど、この年で分かったところでもう遅い(「遅い」は言い過ぎでしょうかね)、ということでした。 前回そのことを、こんな風に書きました。 「感動するはずの世代の者には侮られ、感動できるようになった時には、既にその世代には感動する能力がない。」 ただ、にもかかわらず、上記のように本作が今でも「青春時代の必読書」のような扱いを受けているのは、それは小説に対して「すれっからし」になり、感動する能力ももはや失ってしまった年輩者(手練れな読み手)が、それでも本作の上質さについては認めざるを得ず、そしてかつての自分のことをすっかり棚に上げて、純粋な若者ならきっと本作に感動するだろうと「錯覚」して推薦するからに他なりません。 (ところが若者は本作を読んで、本作の持つアンビバレンツな力のせいで、本作並びにこの作家のことを嫌ってしまいます。) えー、私は本作を極めて極めて高く評価しているんですが、こんな書き方でおわかりいただけるでしょうか。 実際こんな拗くれた書き方をせざるを得ないような「複雑さ」を、本来この小説は持っていると、私は思います。 ところで、上記のような評価が、決して私の独りよがりではないということが分かる表現があります。 かつて芥川龍之介が、武者小路実篤のことを評価していった表現ですね。 「文壇の天窓を開いた。」 この表現の「屈折度」には、なかなかのものがありますね。 これは、ストレートに認めがたくも、しかし明らかに上質なものに対する評価だと思いませんでしょうか。 武者小路の本来の面目は、こんな「スキマ産業」のような、見方によってはかなり「したたかな」ところにあったのであります。 さて、冒頭の小説自体から少し離れてしまったので戻そうと思いますが、とにかく本作は見事な出来であります。 私は、この小説に破綻がほぼないことに感心しました。(小説と破綻は、梅に鶯、月に群雲のごとき付き物であります。漱石の小説なんか、ほぼ全作破綻を抱えています。) ただ、一点、気になるところがありました。 それは、武者小路の持つ「ねじれ」というよりは、時代的な限界という要素の方が強いのかとも思いますが、作品に表れている「女性観・結婚観」についてであります。 これは、今の時代の価値観から過去を批評し「野蛮」であるとか「未熟」であるとかいう愚かさに似ていますが、しかし本当のところは、現代に至るも、そういった「ねじれ」はいっこうに解決していないものであります。 じゃあ、それは作品の「瑕疵」ではないではないかとも思いますが、まー、なるほど、個人の好みみたいなものなんでしょうかね。 最後に、読んでいてこれはなかなか凄いと思ったところを一ヶ所だけ挙げておきますね。 有名なピンポンの場面なんかはたいした物とは思いませんでしたが、このやりとりのシーンはかなり迫力があると思いました。 野島は主人公、杉子に片思いをしています。大宮は野島の親友、二人はお互いに信頼し合っていますが、彼はこの度単身ヨーロッパに留学しようとしています。武子は大宮の腹違いの妹です。 「妾もゆきたいわ。何でもよろしいから、あちらにいらっしたら、何か送って頂戴ね」杉子は甘えるようにいった。 「僕は無精ですから御約束は出来ません」 「それでも野島さんには何でもお送りになるでしょ」 「野島は別です」 「武子さんには」 「武子の母にたのまれれば」 「妾がおたのみしたのでは駄目」 「駄目です。しかし何かほしいものがあったら野島におたのみなさい」 杉子はそれには答えないで黙ってしまった。 野島は大宮の頑固なのにおどろいた。自分が大宮の位置にいてもああきっぱりはいえないと思った。嘘がつけない点ではお互にまけないまでも。野島の方が頑固のこともあるが、道徳的潔癖では大宮には敵わないと思った。 どうですか。 懐にドスでも呑んでいるような、凄みのある遣り取りではありませんか。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.05.25
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『友情』武者小路実篤(岩波文庫) えーっと、今回私は、近代日本文学史上極めて有名なこの小説を読んで、つくづくいろんな事を、ホントいろんな事を考えました。 それは、本作についてだけではなくて、本作から触発され、派生したいろんな事柄であったりもするんですが、それでもとにかくそんなこんなを引っ張り出してくれたのは、何といってもこの小説の力であり、いやー、まったく、わたくしはこの小説を、近代日本文学を代表する「名作」とまでは依然思わないものの(えー、すみません)、私個人の中では、なかなかいろんな力を持った「快作」であると、大いに思うに至りました。 では、もう少し、順を追って考えてみますね。 この小説を読んだのは、私は二回目であります。 なぜそのように読んだ回数を断言できるのかと言えば、前回本作を読んだのは、私の高校時代でしたが、私は本作を読んで浅はかにも 「くだらねー! 二度と武者なんか読むもんかー!」と思ったのを、今でもはっきりと覚えているからであります。 「♪若いという字は、苦しい字に似てるわ~」 という歌が昔ありましたが(これ、あんまり関係ありませんかね)、しかし実際、人と人との出会いだけではなく、本との出会いについても、ちょっとボタンを掛け違えると修正するのにすっごい時間が懸かることが、この件からもつくづくと分かります。(単にお前が愚かなせいじゃないかという見方も、まー、確かにありますがー。) 私は、自分の中の武者小路実篤像の修正に、30年ほどもかかって、そして未だに十分修正しきれないでいます。コワイもんですねー。 今回本作を読み終えて、私は、大いに感心しました。 今、「感心」と書きましたが、なぜ「感動」ではないのか。 感心と書いて感動と書かないのは、くだらぬ「強がり」、おのれの権威付けではないのか。 「反省したと言いつつ、まだおのれを棄て切っていないではないかっ!」 ……まー、そんな気もしますが、とにかく、私は感心しました。 感動と書かなかったのは、シンプルに言えば、私が年を取ったからですね。 しかし、では十代でこの小説を読んでいたら私は感動していたのかと言えば、それは既に上記の通りであります。リフレイン。 「くだらねー! 二度と武者なんか読むもんかー!」 まーそれは、十代の私が、ヘンに拗くれた文学青年であったということもありましょうが、その程度の多寡は置くとして、そもそも本作の特質の一つとして、十代で読めば「侮ってしまう」という要素が、十分にあるとわたくし思うんですが、いかがでしょうか。 今、「侮ってしまう」と書きましたが、それは (1)若者に、本作並びに筆者をも侮らせるものである。 (2)若者に侮らせる力は、本来本作が持っている力である。 十代のヘンな文学青年は(私のこと並びに、私のようなおっちょこちょいのことですね)、この作品の中に張り巡らされた重層的・輻輳的な作者の視点に気づききれないと私は思います。(えっ? そんなことに気づかないのはお前だけだって。) だとすれば、この小説は、極めて不思議な特質を持っていることになります。 「感動するはずの世代の者には侮られ、感動できるようになった時には、既にその世代には感動する能力がない。」 ……うーん、ここまで書いてきまして、今回はどうもちょっとわたくし調子が「ヘン」な気がします。調子、悪いです。 ひょっとしたらこれって、この私の「変調」の原因は、本作のせいではないかしらん。 私はやはり本作に「感動」していて、その余韻がまだ残っているのではないかしらん。 そーかー。やはり感動の名作なのかー。 ……あ。ちょっと、アタマ、冷やしてみますね。次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.05.21
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『人生劇場・青春篇・上下』尾崎士郎(新潮文庫) 冒頭小説読書報告の後半であります。 前回には、「吉良の仁吉」はどんな男でござったか、ということが書いてあります。 (いえ、嘘です。本当は書いてありません。「吉良の仁吉」についてネットで調べた知識を書こうと思ったのですが、私が勝手にまとめて書くよりも、それぞれの方が直接お調べになった方が、それについて書かれたホームページの閲覧数も上がり、よいのではなかろーか、と思った次第です。) ということで、本小説は「教養小説」であります。(「教養小説」については、前回確かに少し触れておきました。) 西洋文学あたりにはけっこう「教養小説」ってありそうなんですが、本邦においてはどうなんでしょうか。 まず頭に浮かぶのが、……えー、えーっと、……なかなか頭に浮かびません。 井上靖『あすなろ物語』。 下村湖人『路傍の石』。 案外思い浮かばないものでありますねー。 思い出しつつ、わたくし、思ったのですが、日本文学の場合、いわゆる歴史小説ってのがそのジャンルをカバーしているのではないですかね。 例えば山岡荘八『徳川家康』とか。 そんな風に考えますと、吉川英治の『宮本武蔵』とか、中里介山の大物小説『大菩薩峠』なんかは、教養小説として指を折るに相応しい作品という感じがします。 そしてもう一つ思ったのですが、前回の報告においてもちらっと触れたのですが、本場ドイツやヨーロッパの教養小説、それに上記の『宮本武蔵』や『大菩薩峠』など、やたらと長いんですよね、これが。 だから、日本に教養小説が今ひとつ根付いていないというよりも、出版事情の関係でかつて日本では長編小説が市場に乗らなかったせいという感じがします。 あと、「純文学畑」で考えるのなら、島崎藤村の一連の作品、『桜の実の熟する時』→『春』→『家』→『新生』という流れは、セットで「教養小説」と考え得るんじゃないかという気がするんですが、こういった形のものはダメなんでしょうかね。 あ、忘れていました。 『源氏物語』は「ビルドゥングス・ロマン」になるんでしょうか。 あれがありなら、『好色一代男』もありな気もするんですが。 でも、近代小説ではありませんものね。あまり作品を遡って考えてもいけないと思います。 と、あれこれ本邦の教養小説を考えてみたのですが、実は、一番先に私の頭に浮かんだ「教養小説」は、今までわざと挙げていません。二番目に浮かんだ作品も挙げていません。 なぜかと言いますとこんな事なんですね。 まず、二番目に浮かんだ「教養小説」は五木寛之の『青春の門』であります。 というより、この『青春の門』は筆者自身が言っているように『人生劇場』に強くインスパイヤーされて書かれた作品であります。 だから、まー、教養小説として挙がると言えば挙がるものの………、という感じであります。 ついでながら、この『青春の門』についても、私は確か最初の『筑豊編』は読みましたが次の『青春編』でケツ割りしました。 そして、私が本邦の「教養小説」として、一番に頭に思い浮かべたのは阿佐田哲也の『麻雀放浪記』だったんですね。 この小説は面白かったです、とっても。 ただ、『青春の門』にしても『麻雀放浪記』にしても、なぜ私は素直に挙げなかったかと言いますと、今回の本作『人生劇場』についても同様の感想を持ったんですが、ここまで挙げてしまうと、小説である必然性はほとんどなくなってしまうんじゃないか、という疑問ゆえであります。 つまり、本作についての私の正直な感想ですが、本作は青春期のセンチメンタリズムを刺激するようなストーリーと描写を含みつつ面白く読み進めはするのですが、本当に感心してしまうというところは少なかったのではないか、と。 いえ、感心しないというのではなく、感心するのは、ストーリーテラーとしての筆者の作劇能力でありますが、しかし、このレベルの作劇能力ならば、小説以外のジャンル、例えば漫画作品においては、同程度、更に優れたレベルの作品を数えることはおそらく容易であろう、と。 最後に、本作も「教養小説」の前例に漏れず大長編小説で、今回の「青春篇」は、まだ話が始まったばかりの所であります。この後十作近くの続編があるのですが、どうなんでしょう、「青春篇」だけでも一応読了したと言っていいんでしょうかね。 確か私は、『ドン・キホーテ』について、「正編」は読みましたが「続編」は読んでいません。それって、『ドン・キホーテ』を読んだと言えるんでしょうか。 「宇治十帖」を読まずに『源氏物語』を読んだとは、ひょっとしたら、言えないかも知れませんしね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.05.18
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『人生劇場・青春篇・上下』尾崎士郎(新潮文庫) えー、作品中に「吉良の仁吉」という人物が、出てくるような出てこないような、本人は開巻早々亡くなってしまい(いえ、作品中に流れるリアルな時間で言えば、開巻以前に既に亡くなっているんですかね)、という設定であります。 それと絡んで、というか、そもそも『人生劇場』といえば、私が幼かった頃の記憶として、村田英雄さんが同タイトルの演歌を歌っていらっしゃったはず、というのがあります。 よく覚えていないのですが、 ♪やぁるぅとぉ おもえぇぇばぁー どこまぁーでぇぇぇ やるさぁーー とかそんな歌詞だったですよね。そして、その中に 吉良の仁吉は男でござる というフレーズがあったように記憶します。 ところが、私にはそういった、何といいますか、一昔前の芸能・演芸に関する一般的常識のようなものが全くないんですね。 先日、すでに亡くなって久しい桂枝雀師匠の『胴乱の幸助』という落語のDVDを見ていたのですが、明治時代においては、一般大衆・子供に到るまで、この落語に出てくる浄瑠璃『お半長右衛門』の話が、広く人口に膾炙されていたことが分かります。 浄瑠璃が、国民全般の文化、一般常識的文化として広く根付いていたんですね、えらいものです。 そういった、国民的芸能常識といったものは現在でもあるんですよね、きっと。テレビドラマがそうなんですよね、きっと。 いえ、この方面においても、私はその「常識」をほぼ寡聞にして存じないのでありますが。 ともあれわたくしは、「吉良の仁吉」とはどんな男でござるかと思いまして、ちょっとネットで調べてみたんですね。 すると「吉良町」という地名がヒットし、そして吉良町の誇る三人の有名人として、出てきました。 うーん。 詳しくは、ネットでお調べいただきたいんですが、その吉良町の誇る三人の有名人がこういうラインナップでありました。 吉良上野介・吉良の仁吉・尾崎士郎 なんと、尾崎士郎が入っているではありませんか。 というわけで、いちおー、「吉良の仁吉」については、目途が立ちました。 で、さて、冒頭の小説『人生劇場』でありますが、うーん、なかなかいいタイトルですよね。上段からの真っ向唐竹割という感じのタイトルであります。 かつて太宰治が、一方的に絡んでいた志賀直哉の『暗夜行路』について、何と恥ずかしいタイトルだ、あの作品のどこに「暗夜」があり、「行路」があるのかと、二日酔いのようなめちゃくちゃな絡み方をしたことがありましたが、いえ、『人生劇場』はいいタイトルです。 こういった種類の小説のことを、確か「ビルドゥングスロマン=教養小説」というのですよね。 若者が成長していき、社会人として一人前になっていく過程を描く小説ですね。 確かドイツが本場で、本場の代表作としては、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの徒弟時代』というのがあったと思います。この作品、実は私が大学時代に読んでいて途中で「ケツ割り」した小説です。 私の読んだ有名どころの教養小説といえば『デヴィッド・コッパーフィールド』ってのがそうではなかったかしら。そういえばロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』ってのも途中ケツ割りしました。 (途中でやめた小説って、思い出せば結構あるものですよねー。そしてそんな小説って、なかなか読み直す切っ掛けが掴めないものなんですね。) ともあれ、よーするに、教養小説って、長いんですよねー、全体に。 ということで、全く『人生劇場』内容に及ぶことなく、情けない形で(いつもながらですが)次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.05.14
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『南蛮寺門前・和泉屋染物店』木下杢太郎(岩波文庫) 筆者・木下杢太郎ですが、確か昔、近代日本詩人のアンソロジーを読んでいた時に、ちらっと目にした覚えのある方でしたが、神戸の古書店でこの文庫本を見付けた時、少しおやっと思いました。 すでに岩波文庫・緑帯本の「マニア」っぽくなっている私でしたので直ちに購入しましたが、この文庫本は、戯曲集であります。 筆者のことを、はて、詩人だと思っていたのは私の思い違いかな、とも思いましたが、家に帰って少し調べてみると、いやー、日本文学史の中にもなかなかいろんな異色の天才がいらっしゃるもんですねー。改めて感心しました。 筆者について、書籍やネットで少し調べてみたんですね。 まず詩人でいらっしゃったことについては、やはり私のぼんやりとした記憶通りでした。それに加えて劇作家でもいらっしゃる。 しかし、それだけではありません。森鴎外の後輩、つまり東京大学医学部の出身で鴎外とも少なからぬ面識を持ち、耽美主事作家の牙城でもあった「パンの会」、雑誌『昴』などの主な同人でもあり、何より私が驚いたのは、皮膚科の専門医として、当時の癩病研究の世界的権威であったということであります。 そのほかにも美術史家であったり、南蛮文化の研究者であったりと、うーん、優れた人というのは全く、何でもできるものなんですよねー。 ちょうどイタリアのルネッサンス期におけるレオナルド・ダビンチが、いくつもの文化のジャンルにおいて第一人者であったように。 ということで、この筆者も日本の知的巨人の一人でいらっしゃいますが、さて今回の読書報告の対象の戯曲についてであります。 本文庫には五つの作品が収録されています。 『南蛮寺門前』『和泉屋染物店』『天草四郎』『柳屋』『常長』 これらの戯曲ですが、タイトルから何となくおわかりになるとは思いますが、おおざっぱに言いますと「切支丹」物ですね。『和泉屋…』だけは、現代劇(明治の終わり頃ですね)ですが、後はみんな江戸時代が舞台です。 江戸時代が舞台だから当然と言うことではありませんが、科白がこんな感じになっています。長順 何とて黙らうぞ。仏陀の教は嘘八百、人を欺いて可惜しき若き命を むざむざと枯木の如く朽ちさす教……(やうやう夢幻的になり) 某在家の折柄は胡蝶は花に舞ひ戯れ、鳥が歌へばわが心、君の心も うち和み(小唄の節になりて)花の降る夕暮は、思へど思はぬ振り をして、喃、思ひやせに痩せ候ひしが……(再び我に返りたるが如 く)教観二門が何の真諦、三観十乗が何の悟道。某山に入りてより、 四年四月は日夜撓まず勤行苦行、ひたすら頓漸秘密の理を追へども ……(また詠嘆の調にて)かの日の幸に比べむ幸なく、わが美き人 に似る神も…… 実は、この筆者の詩も、こんな感じの物が少なくないんですね。 これは、語るような歌うような文体ですね。 以前にも少し触れました三島由紀夫の言、「戯曲の文体は舞踏の文体である」ということと重ね合わせますと、なるほど、詩人が戯曲を書くというのは、極めて自然なあり方になるものであるな、と。(しかし実際は、詩人がさほど戯曲に筆を染めているという話は聞きません。) それと、この筆者のもう一つの大きな特徴、「切支丹」テーマですが、ほぼ同時代の文学者の中で「切支丹」をテーマに少なからず取り上げた人は、私の知っている限りではやはり、芥川龍之介ですね。 『奉教人の死』や『きりしとほろ上人伝』などの作品は、芥川の全作品中でも極めて質の高い短編小説でありましょう。 このような芥川作品に比べますと、本筆者の戯曲作は、江戸時代の迫害下(あるいはそれに準ずる風潮)のキリスト教の描き方が、正面からまともに捉えている分、かなり窮屈であると同時に類型性に流れ、その結果奥行きの少ない、やや表面的・趣味的な表現に終わっているかな、と思いました。 ただ上記の作品中の最後の二作、『柳屋』と『常長』ですが、どちらもリアリズムから離れ、前者は狂言芝居仕立て、後者は能芝居仕立てとなっています。 私としては、『柳屋』の狂言仕立てのユーモラスな展開に、肩肘張らない「切支丹」テーマがのびのびと描かれているようで、これは単に好みの問題にすぎないのかも知れませんが、リアリズム仕立ての戯曲よりも楽しく読めたような気がします。 ともあれ、近代日本文学史上の作品としては、かなり異色作だと思いました。 そして、多くの異色作があるということは、その文化が重層的であり豊かだと言うことであります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.05.11
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『暢気眼鏡・虫のいろいろ』尾崎一雄(岩波文庫) やー、久々に、実に爽やかな「小説論」を読みましたよ。こんなんですが。 (略) 「よかないよ。あたしは小説なんて嫌いだし、あなたの小説なんてなお面白くない。しとの悪口ばっかり書いてるんだもの」 「そりゃ悪口もあるが、あれで褒めてるとこだってあるんだぜ」 「ほめてないよ。今度書いたらほめてよ」 「ほめるよ」 「それに、あんまりいろんなこと書いちゃ困るよあたし。あなたのお友達に会うと恥かしくって。みんな知らん顔してるけど、お腹ん中で笑ってるんだよ。きっと」 「小説は小説だよ。小説というのは元来支那から来た言葉で、早くいえば出鱈目な話とい意味だ。だから、誰だってそのまま本当と思やないよ。安心し給え」 「そうかしら。それなら安心だけど」 「それにね、俺は自分のことを書いたって君のことを書いたって、ただ単に自分のことだ君のことだという気持で書いているんじゃないよ。実際経験してる時は、自分のことだが、書くとなるともう自分を離れている。君のことを書いたって俺の女房の君として書いてやしないんだ。恥かしいも痛いもないよ」 「ふーん。何だか判らないけど、たまにはとっても美人で善い子に書いてよ」 「書いてもいいけど、そこがそれ小説だから、他人は本当にしないぜ」 「そういう理窟かァ。つまんないの」 どうです、実に爽やか、かつ本質的な小説理論が展開されているではありませんか。 小説中に小説理論が展開される作品はたまに目にしますが、なかなか作品内にカッチリとはまっているという感じのものは少ないのですが、本作はそんな数少ない作品のように思いました。 えーっと、もう少し順を追って考えてみますね。 本短編集には十五編の短編小説が収録されているんですが、それらを読みまして、わたくし二つのことに気が付きました。 (1)やはり表題作は面白い。 (2)「芳兵衛シリーズ」はとても爽やかだ。 そもそも短編小説集の総タイトル=表題というのは、一体どのようにつけるものなんでしょうね。 新刊書の場合は、何らかの意味で、筆者が「力を入れた」と自分で感じている作品名を付けるんでしょうか、そんな感じがします。 しかし文庫本の場合は、それも私が好んで読むような、すでに筆者が亡くなって久しく、ほぼ歴史上の人物となっている作家の短編集の場合は、また別の命名基準ですね。 それは、よーするに、収録作中のもっとも評価の高い作品・名作・話題作であります。 (だから、収録作品のうちの一つが突然映画化なんかされると、総タイトルが代わったりしますね。) で今回の短編集についてですが、上記命名基準のごとく十五作のうち、えらいもので、私は総題作二作が一番できがいいと感じました。 (ところで、昔の短編小説集には、なかなかおしゃれなタイトルがありましたよね。例えば漱石の『鶉籠』なんてタイトルの短編集は、とってもおしゃれですね。収録された作品の中に『鶉籠』なんてタイトルの小説は入っていませんのに。) そして二点目ですが、「芳兵衛」というのは作品の主人公の女房「芳枝」のことであります。この「芳兵衛」の名で女房を呼んでいる作品が、四作入っています。 冒頭に抜き出した個所もその一部なんですが、この「芳兵衛」シリーズが、何といいますかー、とても爽やかですばらしい。 実は、爽やかな日本文学というのは、割と少ないものであります。 もちろんまるでないわけではありません。例えば太宰治『黄金風景』とか、志賀直哉『好人物の夫婦』とか、夏目漱石『趣味の遺伝』とか、他にも幾つかありそうですが、でも総量としては、明らかに少ないと思います。 (しかしそれもまー、当たり前といえば当たり前な話で、何らかの不如意意識が小説を生み出すことが多い以上、そうならざるを得ません。) 筆者尾崎一雄は、志賀直哉の直系と言っていい私小説作家でありますが、例えば志賀直哉の『和解』などに見られる、主人公の「癇癪」の姿を、尾崎一雄も受け継ぎつつ、しかし、これも志賀一門である阿川弘之のようには「わがままっぽく」ならなかったのは、ひとえに「芳兵衛」のおかげでありましょう。 尾崎一雄の小説を読んだのは、実はわたくしこれが初めてでありまして、そのような尾崎作品全てをカバーしたような評は書けるべくもないのですが、しかし、たぶんそれは当たらずといえども遠からずと思っています。 いえそれは、私の「眼力」ではなくて、尾崎一雄作品に描かれている「芳兵衛」の、十二分に鍛え上げられた「筋金入り」の「爽やかさ」表現のゆえであります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.05.07
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『東京日記』内田百けん(岩波文庫) 冒頭の「恐怖短編小説集」読書報告の第三回目になりました。 もうそろそろ終わりにします。 前回は、筆者の恐怖小説は極めて高い評価があるのですが、一体どこが怖いのだろうかということを考え始めていました。 しかし、よく考えてみれば、恐怖というのは不思議な感情ですね。 どこが不思議かというと、その感情の沸騰の仕方が他の感情と比べて圧倒的に高速度だという気が、しませんか。 気が付いたらあっという間に、感情の収納容器が高圧になるくらい満ちあふれています。 怒りが、それに近い感情かなとは思いますが、沸騰する瞬間の「気圧」の高さは、恐怖の方が遙かに高いと思います。 だから恐怖は、パニックを生みます。 百けん恐怖小説の見事さは、パニック誘導能力の見事さであります。 私は、その演出法について、恐怖状態の解説を先取りして表現に組み込んでいく事だと考えました。 部屋に坐っていて、屋根の上を小石が転がっていく音がします。音は、石の落ちる速度の加速度的速さを伝えながら庇間際に到達し、そして庇をすべって屋根から離れ、音が消え、次にはきっと小石が庭の土の上に落ちる音がするであろうその一瞬の空白、この空白のことを、筆者は次のような表現を先取りして我々に解説するわけです。 「次第に沈み込んで行く様な気配」 「はっとして身ぶるいがした」 「総身の毛が一本立ちになる様な気がした」 「じっとしていられない」 そんな風にいわれれば、そのように描かれた状況に感情移入ができないわけではありません。屋根の上の傾斜を小石が転がり落ちていく音というのは、感じようによっては、ひどく皮膚感覚じみた、神経を逆なでするような感じが、確かにしますよね。 しかし本当は、我々はその状況にではなくて、この表現そのものに恐怖を感情移入しているのではないでしょうか。 (「総身の毛が一本立ちになる様な気がした」という類の表現は、筆者の自家薬籠中のもので、他の作品にも再三現れてきます。) 恐怖とは不思議な感情です。 恐怖が恐怖の引き金になり、新たな恐怖を生みだし、それらがぶつかり合って、そして核分裂のようにあっという間に「臨界」にまで達します。 百けん恐怖小説の仕掛けの見事さは、それだけでは恐怖の芽とも言い難いもの、刷毛で擦ったように微かに感情の襞に触れる小さな表現を、文体のフィールドの中に一つずつ丹念に埋め込んでいることです。 そして読者がそれらを一つ一つ踏みながら読み進んでいき、ちょうどその芽の恐怖がある「温度」に達しそうな時、瞬間の沸騰を誘導する最後の少し大きめの仕掛けが駄目出しされます。 前回取り上げていた『サラサーテの盤』の冒頭部で挙げますと、 「家内が、あっと云った」 「『まっさおな顔をして、どうしたのです』」という個所です。 これが、恐怖の最後の増幅装置です。 身体に危害が及ぶ状況など予想されないのに、つまり何ら実態を伴った対象でもないのに、我々の感情の中に生まれる恐怖。 そういった心理的恐怖とは、基本的に超常現象に関する物が中心でありましょうが(端的にいえば「お化け」ですかね)、百けん作品の場合はそうではありません。 超常現象の代わりに作品内にあるのは、おそらく「思いこみ」とか「思いがけなさ」とか「勘違い」とかいう日常現象です。 この、一つ一つは取り立てて恐怖感情を呼び起こすことのないものを、まとめ上げ、あっという間に「異化」させてしまうのは、筆者独特の言葉の扱い方であります。 ただ、今回取り上げた作品の中で、すべてが「内田百けんゾーン」的恐怖を描いているわけではありません。 それについては、前々回の報告で、収録の七つの作品を三つのグループに分けた、その時のグループ名からすでにおわかりいただけたと思います。 特にあの中の「漱石『夢十夜』あやかりグループ」ですが、あれは一種の筆者の「恐怖の持ち駒」と考えることも可能ですが、私としては、少し筆者らしくないようにも感じました。 「恐怖エピソード集」のような作品だと思いますが、ここにあるのは悪夢のような不条理の恐怖であり、筆者本来の(というか、百けんの独壇場の)、日常の中をもっと鋭角に切り込んでくる、火花の散るような恐怖とは少し異なっていると感じました。 いえもちろん、これは全く個人的な好みに過ぎないのかなとも思いますが。 ともあれ、そんな筆者の恐怖小説をまとめて読んでいきますと、自分の中にある心という容器について、改めて、その形とか大きさとか、隅っこの方の具合や襞などの様子といったものを手探りで丁寧に触れていくような、そんな気持ちになります。 実はこの感情こそが、本当の百けん恐怖小説の魅力なのかも知れません。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.05.04
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