近代日本文学史メジャーのマイナー

近代日本文学史メジャーのマイナー

Calendar

Archives

2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01
2025.12
2025.11
2025.10
2025.09
2025.08

Profile

analog純文

analog純文

全て | カテゴリ未分類 | 明治期・反自然漱石 | 大正期・白樺派 | 明治期・写実主義 | 昭和期・歴史小説 | 平成期・平成期作家 | 昭和期・後半男性 | 昭和期・一次戦後派 | 昭和期・三十年男性 | 昭和期・プロ文学 | 大正期・私小説 | 明治期・耽美主義 | 明治期・明治末期 | 昭和期・内向の世代 | 昭和期・昭和十年代 | 明治期・浪漫主義 | 昭和期・第三の新人 | 大正期・大正期全般 | 昭和期・新感覚派 | 昭和~・評論家 | 昭和期・新戯作派 | 昭和期・二次戦後派 | 昭和期・三十年女性 | 昭和期・後半女性 | 昭和期・中間小説 | 昭和期・新興芸術派 | 昭和期・新心理主義 | 明治期・自然主義 | 昭和期・転向文学 | 昭和期・他の芸術派 | 明治~・詩歌俳人 | 明治期・反自然鴎外 | 明治~・劇作家 | 大正期・新現実主義 | 明治期・開化過渡期 | 令和期・令和期作家
2024.12.14
XML
カテゴリ: 昭和期・後半男性
『間違いだらけの文章教室』高橋源一郎(朝日文庫)

 さて、高橋源一郎氏であります。
 現役の文学者の中で、私がとっても信頼している方のひとりであります。
 そんな作家の文章教室を読むのですが、タイトルがもうすでにひとひねりもふたひねりもしていますね。でも私は最初はあまり気にしなかったです。だって高橋さんの本ですから。

 そう思って読み始めたのですが、なんかだんだん、どうも読みづらく感じてきたんですね。引用がとても多くて、そこから筆者のいわんとしていることが、何といいますか、まどろっこしく感じられました。

 このまどろっこしさは何だろうと少し考えてみましたが、感じたことをちょっと強めに表現しますと、あなたはひとり分かっているかもしれないが私にはまるで分からない……何だか「上から目線」的、……いえ、フェイヴァレットな高橋本ですから、この表現ほどには強くは感じてないのですが、しかし違和感的なものが残りました。

 気になったのでちょっと止まって考えてみました。
 ふたつ、思いつきました。

 まず筆者が例として取り上げたその文章が、いかにも高橋氏が引用しそうな文章だということはわからないでもないですが、やはり一種「キワモノ」めいたものでないのか、ということです。
 それは、遺書(かなり特殊な状況下の遺書)であったり、小説の一部(これもかなり特殊というか、極端に独創性の高い小説の一部)であったりしています。

 それらを通して筆者が言いたいこととは私の二つ目の思いつきの内容なのですが、それは後述するとして、かなり特殊な文章を例示するにあたって、高橋氏自身は身を引きながなそれを放り投げたとでもいう感じがしました。

 身を引くとは、これは一種「キワモノ」めいた文章を読者に提示する経過について、ひょっとしたら必要以上にへりくだった表現になってしまったんじゃないかということで、その書き方が、ややまだるっこしく、やや独善臭がして、そして結果としてやや「上から目線」的になったのではないかと、……まー、わたくしの愚考であります。

 で、二つ目の思い付きですが、それは上記にも少し掠っていますが、いくつかの文章を取り上げて、それを通して筆者がどんなことを言いたがっているかということであります。

 それはたぶん、人はなぜ文章を書くのか、ということでありましょう。
 なるほど、いかにも高橋源一郎的でありますね。
 物事の核心に、いきなり迫ってきています。

 もちろん一番重要なのは、森羅万象あらゆる事柄において、その通りなのでありましょう。
 しかし、どこか、肩透かしを食らったような気がします。
 と、そこまで思って、はっと気づいたのが、冒頭に触れたタイトルについてでした。

 少し極端な言い方をすると、この教室は文章教室ではなくて、文学教室なのではありませんか。なぜ書くかという問いは、文章の問いというよりも、遥かに文学の問いであります。
 料理学校に習いに行ったら、化学式ばかりを教えられた、いえ、大切な体の栄養に関することですから、化学式を教えてどこが悪いといえばそうなのでしょうが、そんな難しいことはとにかく、仕事の上で必要な文章を書きたいだけですという人は、少し白けやしないかということであります。

 というようなことを中盤あたりで考え考えしながら読んでいました。
 でも、高橋氏といえば、おそらく今の日本の文学者の中でも一二を争うような「文学好き」な作家でありましょう。文章を論じて文学に入っていくのは必然、というか、私にとっても願うところであります。

 そのようにしてタイトルのこだわりを外して読んでいきますと、やはり高橋氏であります。後半は、哀愁溢れる文学話になっていきました。

 文章=文学テーマについて、筆者の主張は短くまとめると下記の引用にほぼつきます。
 鶴見俊輔の文章を引用し、その解説のまとめあたりの部分です。

 鶴見さんの「文章」を読んでわかることは、「文章」というものが、そもそも「教室」というものから、教えたり、教わったりすることから、かけ慣れていることだ。
「それを知れば、十年は使える」やり方が、「文章」にあるなら、ぼくたちは教わりたい。ぼくも、教えたい。
 けれど、そんなものは、ないのである。

 この後ももう少し重ねて説明をし、そして2頁ほど後ろに、このようにまとめてあります。

 その時、ぼくたちは、気づくのである。
 そこに、鶴見俊輔という、ひとりの、誠実な人間の「人生」、その「物語」があり、ぼくたちは、「文章」を通じて、それを読んでいたのだ、と。

 いかがでしょう。
 やはりいかにも「文学マニア」高橋源一郎的ではありませんか。

 「弘法筆を選ばず」とは、いろいろ問題を含んだことわざだとどこかで読んだ気がしますが、すぐれた文学者は形式・内容、何を語っても、やはり優れた文学性を表す、と、……いえ、そもそも私は高橋氏の本のファンでありますから。
 この読書報告も、今はやりの言葉でいえば、「推し活」(!?)
​​
​​​
 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 
   ​ にほんブログ村 本ブログ 読書日記





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2024.12.14 08:56:46
コメント(0) | コメントを書く
[昭和期・後半男性] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: