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さて、Awasa湖の漁船の船着場は、魚市場、魚の加工場のようなところで、結構、大勢の人々が働いています。そして、働く人の憩いの場は、木下にきのこ型に盛り上がった芝生の塊をいすやテーブルに利用したカフェです。メニューは、コーヒー、紅茶、パンとティラピアの刺身ミトゥミッタ(唐辛子とスパイスの粉をまぜたもの)あるいはアワゼ(ミトゥミッタに蜂蜜で作ったお酒タッジをまぜたもの。)を添えたものをなどです。頭上の木の枝を伝って、お猿さんたちもお相伴に???
2007.05.30
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エチオピアの南、アワサ湖は、漁業が盛んです。とれるのは、ティラピアやなまずです。朝早くから漁に出ていた人々が戻ってきて、その場で、魚を処理して、アディスアベバなどへ運ばれていきます。なかには、魚を取る網の手入れをしている人々もいました。周辺には、はげコウノトリやペリカンが、処理係です。
2007.05.24
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今日、恵比寿の東京都写真美術館で、地球協奏曲第6番を見てきました。(感想は???感想がこみあげてくるまで、少しなが~い時間がかかりそうです。)映画が終わって、近くの三越の入り口に、「シネマ口」と表示してあったのを、「しねまろ」と読んでしまいました。なんか、栗の入った当たらしいお菓子のお店かとおもってしまったのです。一緒にいた友達に「しねまぐちって読むんだよ~」といわれて、あまりのボケ度に笑ってしまいました。
2007.05.23
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Awasa湖では、夕方になると子供たちが魚釣りをしているのを見かけます。彼らは、カヤツリグサを束ねたいかだ(?)に乗り、細い竹ざおのようなものでバランスをとりながら、湖の中に乗り出して生きます。そして、小さな魚を釣り上げます。収穫は、その場でさばいて、ミトゥミッタという唐辛子とスパイスの粉末につけて食べています。夕飯前のおやつかな。 翌日、早朝には同じ場所でカヤツリグサの根元を刈り取っているおじさんに遭遇しました。一体どうするのかと聞いてみると...この草の根元を割って、中にいる虫を見せてくれました。彼は、自宅で魚の養殖をしていて、この虫が魚のえさになると話してくれました。
2007.05.22
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エチオピアの南、車で4時間ほどのところに、Awasaという町があります。今年の3月に行きました。町のはずれには、Awasa湖という湖があり、湖畔を歩いていくと湖の中まで突堤が作ってあります。私が、行ったのは夕方でしたが、その突堤の先端に人が沢山いるではありませんか。それは、結婚式のために集まった人々でした。アディスアベバの結婚式は、盛大にお金をかけたものが多くありますが(ちなみに、膨大な借金して結婚式を挙げるそうです。)、この結婚式は、おそらく披露宴は終わっているのでしょうが、なんとなく質素であったかいものを感じました。女性が着ているのは、ご当地の伝統的民族花嫁衣装です。オロモの人かな?
2007.05.21
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ちょっといつものエチオピアの話題からはずれます。私は、ひょんなことからバリ舞踊を習い始めました。昨日は、2回目のレッスンでした。前回もそうでしたが、準備運動がなまった体には効きます。指の先まで神経を集中させたり、いつも使っていない筋肉をつかったり...今日は、筋肉痛です。美しく優雅に踊るバリ舞踊の踊り子さんたちは、とっても鍛えられているんだなと思いました。とりあえず、仕事がない間はまじめに通ってみようと思います。
2007.05.20
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アディスアベバからDebre Marcosへ行く途中に、Portuguese Bridgeというのがあります。何でも昔ポルトガル人がつくったとか。一応公園みたいに整備されていて、新しくレストランなんかもできていました。(2007年1月当時は、まだ営業準備中。)そこに行くとなんとな~く親切にお兄さんが出てきて案内してくれましたが、あとでガイド料を請求されました。請求額の半額に値切りましたけどね。この日は、天気がとてもよかったので、景色がきれいでした。
2007.05.16
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エチオピアの道路網はまだまだ整備が必要です。一度アディスアベバから、北にDebre Marcosというところまで陸路行きました。約200キロほど離れたところです。実は出発前は、往復で400キロくらいなら、日帰りでもできるかと思っていました。でも、車を手配したところで、それはちょっと無理かもしれないと言われたので、「ここは、ウガンダとは違うのよね、きっと。」と思い出かけていきました。アディスアベバを出てしばらくはとてもよい舗装道路が続いていましたが、途中からがたがた道に変わってしまいました。そこが時間かかりました。しかも、途中のAbbay 橋は現在架設状態なので、車は一台ずつしか通れません。そして、その橋を過ぎてもずっとほこりっぽいがたがた道が続きます。そのがたがた道...現在日本の援助で整備中です。この道路が完成すれば、交通の便も良くなるでしょう。そして、人や物の動きも活発化し、おそらく経済的に向上する人々もでてくると思います。道中、日本人のエンジニアの方々を見かけました。首都からだいぶ離れたところで、エチオピア人と一緒に仕事をされている姿を見て、すごいな~と思いました。そして、また、熱意を持ってできるような仕事に出会えると良いなと思いました。ちなみに、これから舗装される予定の道路は、下の写真でちょこっとお見せします。
2007.05.09
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ほぼ1年も前になってしまいましたが、青ナイルの源流に行って来ました。アディスアベバから飛行機で約1時間、500KM離れたBahir Darという町にあります。白ナイルの源流はウガンダにありますが、流れの険しい川っていう感じでした。こちらは、滝です。青ナイルの水はこのままスーダンに流れ、Kartumで白ナイルと合流し、エジプトに流れて行きます。青ナイルの源流にあたるのは、タナ湖という湖ですが、ペリカンが沢山います。水際が公園のように整備されていて(写真撮影は有料です。)、ビールなどを飲みながら湖を眺めることができます。
2007.05.08
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Yahooの知恵袋を見ていたら、「外国で何人にまちがえられたことがありますか?」という質問がありました。もう回答は締め切られているので、私の場合は、ここで公開します。私は大体、東南アジア人に間違えられます。アフリカにいてもインドネシアかタイ人、あるいはマレーシア人にまちがえられます。成田空港でも、友人用に和風の小物の土産などを買っていたら、店員さんに英語ではなしかけられたことあります。機内でも...日本人のアテンダントのかたに、英語ではなしかけられることがよくあります。ロンドンの街角で...シンガポールの街角で...アディスアベバの空港で...中国人のかたに中国語で話しかけられたことあります。ということで、私は、あんまり日本人には見えないらしいです。以上。ちょっとくだらなかったかな...
2007.05.07
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郵便物が行方不明になることは、特にアフリカではあまり驚くことでもないのかもしれませんが。むか~しむか~し、私が学生で、ウガンダで調査をしていたときのこと。当時は、ウガンダの首都カンパラから1時間ほど離れた村の小学校に居候しながら、コミュニティーと小学校運営にかかわる調査をしていました。この調査期間中に一度は、指導教官が様子を見にやってくることになっていました。ウガンダで調査を初めて5ヶ月ぐらいたった頃、そろそろ指導教官がやってきても良いはずだがなんの音沙汰もなく不思議に思っていました。そして、5月のある日(8年前の今頃です。)、私がカンパラから村の寄宿先にもどると、ある先生が、私に手書きの手紙を届けてくれました。字が指導教官のものによく似ています。しかしノートの切れ端に書いてあるとは、一体どうしたものか...と読んでみると、カンパラに来ているというメッセージでした。私は、翌日、指導教官が宿泊していたマケレレ大学のゲストハウスに会いに出かけました。本来ならば、調査経過の報告をしなくてはならなかったのに、とるものもとりあえず出かけてしまいました。さて、教官のはなしによれば、以前数回に渡り、調査の経過を見にやってくる旨をしるした手紙を送ってきたとのこと。私が返信しなかったことを心配していたことなどを話してくれました。でも、ウガンダ訪問の日程は変えることはできず、そのまま現地到着、村近くの県の事務所や農業普及所で日本人の学生がいないかとたずねて、私の住んでいるところを特定したそうです。この話を聞いて、私は教官の手紙を一度も受け取っていなかったことに初めて気づきました。手紙、どっかでなくなっちゃったんですね~。最近のウガンダでは、そういうことは無いのかもしれませんが...余談ですが。知人は、先日スリランカからバンコクに引越しをした時...ウェディングドレスまで盗まれた~と憤慨していました。どこで、なくなったのかはわかりません。私は、幸い、荷物がなくなるという経験は今まで一度もありません。ということで、今日はこのへんで。
2007.05.06
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今日は、知り合いにメッセージを。きくちゃんへ。これから、エクアドルに剣道を教えに行くと風のたよりに聞きました。もう何年もお会いしていませんが、ときどきどうしているかなと思っていました。体に気をつけてご活躍ください。
2007.05.06
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そろそろ荷物もだいぶ片付いてきました。昨日当たりは、もうこの家では狭すぎるのではないか、ついては、もったいないがアパートを借りるしかないのかな...などとおもったりもしていましたが、母親の協力もあり、不要なものをだいぶ処分したり、リサイクルショップにもっていくなどしてだいぶかたづいてきました。なんとなく、まだ、ここでも大丈夫かと...さて、今までアメリカ、イギリス、ウガンダそしてエチオピアから日本に引越しをしたことがあるのですが。ま、独り者なので、荷物の量はそれほどありませんが、ご参考までにどんな方法があるか書きます。1)日系の宅配会社現地の日本語フリーペーパーでよく広告が出ています。ちなみに、私はボストンからは黒い猫そしてイギリスからはペリカンできました。いずれも、とても効率的に気持ちよく引越しができます。2)外資系宅配会社赤と黄色のD社をはじめとするいくつかの会社は、日本から海外向けの書類や急ぎの配達物を扱ってくれるので知られています。書類以外でもD社やF社は、10Kg、20Kgという単位で特別料金で荷物を運んでくれたりもします。F社は個人のお客様にはあまりなれていないのでしょうか、シンガポールからは断られました。10Kgの荷物を送ろうとしたら断られました。以前はできたのに。というわけで、私はもっぱらD社のジャンボxxというのを使っています。エチオピアに行くときにも、帰ってくるときも使いました。そして、ウガンダから数年前に日本に戻ってくるときにも使いました。シンガポールでは、配送所の女性がとても手際よく対応してくださいました。通常4日ぐらいで目的地に荷物が到着します。3)郵便局一番安く荷物が送れますが、受け取り国の税関職員、郵便局スタッフによっては到着が大幅に遅れたり、荷物が紛失したりということはあると思います。(ウガンダの手紙紛失事件については後日書きます。)EMSはそういうことがないので、料金は通常よりも高くなりますが途上国の場合は、荷物の追跡ができるので個人的にはよく利用します。4)民間運送会社今回初めて、エチオピアで民間の運送会社を使いました。荷物は9個で170Kg航空便で送りました。別送品のため、私が日本到着後のみ通関が可能だったため、DHLで送った荷物よりも10日も送れて自宅に配送されてきました。以外に不便だと思いました。パッキングリストや保険など、こちらが聞かなければ運送会社からはなにも言ってきませんでした。この会社は、エチオピアではF社の代理店をしたり、同じ職場の職員の大絶賛で決めましたが、ほんの少し高いくらいだったらD社にしておけばよかったと思っています。おそらく、コンテナ一杯送らないのなら、D社でよかったのかもしれません。ちなみに、私の個人的な経験ではエチオピア、ウガンダ、シンガポールのD社の対応はとてもよかったです。(別に宣伝しているわけではありません。)以上です。
2007.05.05
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最近、暖かい日が続いています。帰国直後は、あまりの寒さにヒーターを使っていました。「アディスアベバじゃあ、湯たんぽだったが、日本は便利だな~・」と勝手に感動していましたが。荷物は無事に到着しました。全部で9個の少ない荷物でした。でも、ポスターの額に使ってあったガラスがばきばきになっていて、ショックでした。というわけで、届いた荷物と2年前からほったらかしになっている私の荷物を広くて狭いこの家にどう納めるか...毎日掃除と片付けばかりしています。天気が良いのが救いか...荷物が片付くまでは、なかなか落ち着いて久々に日本に戻ってきた気分には浸れないかもしれません。しかも、どうも家にいると家事が忙しく...
2007.05.03
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