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いよいよ明日が、2月1日受験第一日です。お母さんが考えるべきことは何でしょうか。こんな言葉があります。「過去と他人は、変えられない。」「自分と未来は変えることができる。」今までの準備のことや、やり残したことがあってもそれを振り返ってはいけないし、振り返っても仕方がない。そして受験生に向かって変えようと努力してどうなるのか、どうにもなりません。ということです。そして、受験生本人と未来は、大いに変えられる余地がある。明日からのがんばりを心で祈ることです。(本人に言葉でプレッシャーを与えても 仕方がありませんから。)ということで、やるべきことはやった。(やっていなくても、できていなくても それはそれで今日までやってきたことに、 変わりはないと思います。)という気持ちで望むことが大切だと思います。当然、受験生は「自分の得意教科に目を向ける」ことがよいと思います。ここまで来たら、当然プラス思考です。いまさら苦手科目を1点でも上げようと思っても、それは厳しいのではないでしょうか。そして、第1志望校に入学したことをイメージして今日は寝ることがいいですね。ゲンを担ぐのはいいとしても、突然特別なことをしようとすると、それだけで流れが悪くなることもあります。「平常心」普段と変わらない自分を大切にしてほしいと思います。受験会場では、ゆっくり目をつぶって静かに呼吸をし周りの音の何か1つに意識を集中するとなぜか落ち着くようです。受験生の皆さん、受験生のお母さん、よい結果が出ることを祈っています。
2007年01月30日

いよいよ今週の後半が中学受験の山場です。2月の1,2,3日ほとんどの学校がこの時期に集中していると思います。今年は、例年以上に暖冬でインフルエンザも流行していないので受験する子にとっては(お母さんにとっても)嬉しいのではないのでしょうか。私が教師になりたてのころは、「調査書」をほとんどの学校が必要としていました。冬休みに受験する子の調査書を下書きし、それを見ながら丁寧に清書して校長先生にはんこうをいただいて、封筒に入れ、密封して保護者の方にお渡ししていました。でも、最近は、通知表のコピーでもOKの学校も増え、担任が知らないうちに受験していたなんてこともあるようです。また、急に公立中学に行くのが不安になって突然、「受験しますからお願いします。」なんて、保護者の方もいらっしゃいます。(この場合、子ども自身がどの程度 受験に傾いているかは疑問です。)親が不安なると、子どもにも伝わります。受験日のかなり前の日から休んだり、学校に来ていてもいらいらしていたりします。不安だから、1週間ぐらい前から休んで「家で受験勉強をします!」何ていう子も出てきます。でも、1週間のにわか勉強でよい結果が出るのでしょうか。確かに4年生ぐらいからいろいろなものを犠牲にして受験勉強をしてきたのですから、最後の最後までがんばりたいという気持ちは分かります。でも、その余裕のなさが受験当日に影響しなければと余計なことを思ってしまいます。私は、現在4年生の担任ですが、6年生も何度か受け持たせてもらったことがあります。ある受験生の子は、6年生の後半から目つきが変わり、いつもぴりぴりしていました。些細なことで怒り、ちょっとしたことで学校での勉強や仕事をやらないことがありました。しかし、受験が終わり、見事に志望校にも合格しました。すると、その子本来の優しい性格に戻りました。受験という大きな壁ではありますが、翻弄されず、自分を見失わず素晴らしいチャレンジになることを祈っています。
2007年01月30日
学校では、大きい休み時間が4回あります。これは考え方によっても違うかもしれませんが、1.朝登校して来てからの時間2.中休み(20分休み)3.昼休み4.帰りの時間(放課後)朝の時間は、まだぼ~っとしている子も多いです。私が、「おはようございます!!」と声をかけても、反応が鈍い子が多いです。(特に、今の季節のような冬は、朝起きるのが遅くなりがちなので よけいまだ、眠った感じの子がいます。)20分休みいよいよエンジンがかかってきて外遊びも全開になります。けれども、教室の中がいいという子もいます。高学年になればなるほど、その傾向が強くなります。保健室や、音楽室や校長室へ向かう子もいます。そこで何やら過ごして帰ってくる子もいます。昼休み給食の後なので、一服といった感じでお日様に当たりながら休憩といった感じの子もいます。また、給食時間が遅くなると休み時間もあまりないという場合もあります。放課後これは、遊べる日が学校によって違うと思います。また、みんなと遊びたいけれど習い事があるからだめだ。という子も高学年には多いです。(低学年は、さようならをしたら そのまま帰るか、学童館に向かうことに なりますから、基本的には遊んでいません。)こんな感じで小学校の休み時間は過ぎていきます。授業が長引いて休み時間が削られることを子どもたちは一番嫌います。(当たり前ですね。)授業の終わりのチャイムがなると、条件反射で学習道具をしまい、外へ出る体勢になります。こうなると、続けて授業をやってもほとんど無意味です。休み時間は、きちんと確保してあげることが大切だと思います。また、友達との情報交換の時間です。今日どこで誰と遊ぶか。どんなゲームを持っているか。○○さんのことをどう思っているか。などなど、、、それから、まさしくお休みする時間です。水を飲んだり、トイレへ行ったり、絵を描いたりします。教師としても子どもたちと世間話ができる時間です。また、遊んだりする時間です。それから○付けもしますね。今の子どもたちは忙しいですから、30分休みぐらい取ってあげてもいいと思います。けれども、現実はそうなっていません。のんびり休憩しもう少し心いくまで遊ばせてあげた方が、学習にも集中できると思うのですが、、、
2007年01月29日
人は一人では生きていけません。ですから、他人と付き合っていく必要があります。でも、自分がどういう人間か知らなければ、他人と上手に付き合うことはできないと思います。しかし、人というのは、自分がどういう存在であるか、「知らないし、認めたくない」という傾向があると思います。そして、「他人とは、自分のことを理解してくれない」と思うものです。自分もそうでした。そんな時に、エニアグラムに出会いました。人間は、9つの気質がある。世界の人々は、9に分類されるのだと。そんなことはない。そんな単純なことはない、と思いました。でも、エニアグラムの本には、何万人もの人を追跡調査して、やっぱり9つの気質に分かれると書いてあるのです。そこで、現在実際にエニアグラムを体験しているところです。やっぱり9つの気質の方がいて、9の特徴が顕著に現れるというのが率直な感想です。前置きが長くなりましたが、エニアグラムを日本にも広めた鈴木秀子先生が書かれている本に、『愛と癒しのコミュニオン』というのがあります。こんなくだりがあります。「自分の感情を切り捨てることによって、自分の生き方を守ろうとする人が増えてきている。本音を抑え込んで、周りに受け入れられやすい形で生活を続けると、いつのまにか、自分自身が実感する気持ちや、自分にとって本物である体験をないがしろにしてしまう。」こうなると、本来なら、自分の中心にあるものを実感できず、自分らしさを人に伝えることができなくなるのです。もう、9つの気質ではなく、10個目の訳の分からない性格の人にみんながなってしまうということだと思います。また、こんなことも書かれています。「自分の存在が他者から理解され、認められ、受け入れられ、できれば高く評価され、大切にされたい。と同時に、自分自身もまた自分がよい人間だと思えるような、他の人の役に立つ存在でありたい。」これが人間の最も根源的な欲求であると。そして、このことが満たされている人は、人間としての成長を遂げるし、自己実現に向かうと。自分を知るということがいかに大切であるかを教えられました。そして、知った自分を無理に変えるのではなく、自分は自分でよい。その自分が何ができるかを考えていくことが大切だと思いました。私は、小学校の教員をしていますが、子育てをどうしたらよいか悩んでいるお母さんがたくさんいることを実感しています。そして、お母さんの指示通りに動く、お母さんの指示がないと動けない、そういう子どもたちが増えてきているということも感じています。子どもたちは、いずれ本当の自分に気が付くと思います。その時にどんなことを感じるのでしょうか。子どもたちが「自分でない自分だったこと」に気が付いた時にどんなことがその家庭では起きるのでしょうか。鈴木秀子先生は、この本の中で「自己一致」これが自分なのだ。というようになるための秘訣を紹介しています。1.自分の言動を自分のものとして責任をとる。2.天使になって、自分を観察する。3.批判なしに観察する。4.天使の観察のキーワード『天使になって、自分を観察する』、天使が温かく空中から見守ってくれていて、耳を傾けてくれている。批判や賞賛もなく、同情や励ましもなく、ただ温かい気を送りながらあなた自身を見ているのである、と。人に愛されるコツは、この天使の観察を続けることである、と。『天使の観察のキーワード』天使の観察を続けるとは、無意識に続けている癖を意識にのぼらせることである。いったん意識できれば、それに対して選択することができるようになる。このような天使の観察を続けると、人の愛を得ようとして自分をごまかす習慣から抜け出ていける。つまり、他の人と本音でコミュニケーションが取れるようになると、書いてあるのです。「愛と癒しのコミュニオン」を通して本音で話し合うことができ、自己実現のために進んでいけるそんな世の中になってほしいと考えさせられました。
2007年01月28日

先日、東京都庁で700人近くの教員が参加してセミナーがあり参加してきました。題名は、児童思春期公開講座「梅ヶ丘セミナー」です。テーマは、「衝動行為への対応」-学童期を中心にーつまり、「切れてしまう子」への対応探るセミナーでした。これは、特別な子をさしているのではなく、現在の学校の状況を見ていると、どの子でも「切れる」要素は持っていると思います。そのような「切れるという行為」に対して、どう対処されているのか、どう対処していったらよいのかを考えるセミナーでした。「切れる」というのは、外部からの刺激に対しての反応です。要因として「家庭」と「学校」が挙げられていました。家庭要因*虐待・過保護・過干渉・過度の統制 夫婦不仲・両親の離婚など学校要因*友人関係(いじめを含む)・学業の問題 教師の不適切な対応このようなことに対して、どう対応するのがよいのか話がありました。家族への働きかけ*無用な罪悪感から親を解放すること。*さらに、目標を子どもへスモールステップで提示すること。 (つまり、子どもへ負担になる大きい目標を出さないこと。)学校への働きかけ*子どもの居場所を作ってあげること。 (相談室、保健室など)*勉強での要求水準を下げること。 (そして、結果よりも「努力」を評価してあげる。)*達成感を味わわせること。 (勉強以外の役割も与えること。)そのようなことを通して、「悪循環を断ち切る」ことが大切だということでした。そして、切れた子への対応です。別室で、落ち着いて話ができるまで1人で過ごす。(もちろん、状況によっては教員がついてあげることが必要だと思います。)落ち着いたら、「振り返り」を促す。何が悪かったか、どうしたらよかったのかを指導する。「どんな子が切れるのか」1.自己肯定感の低さ2.状況理解の不足3.感覚過敏4.耐性の低さ5.過敏にストレスを感じているなどが挙げられるそうです。では、どうしたらよいのかです。1.ストレスを減らす。*自分の気持ちを相手に「言葉で伝える」ことを知る。*自分で自分の気持ち「静める方法」を知る。2.自己肯定感を高める。*「できること」を増やす。*「認められる」ことを増やす。3.僕はいじけていいんだ!!4.君ならきっとできる!(そのためには、行動を予測させる。)などがあるそうです。また、一般的な衝動のコントロールは、*部屋から出る。*深呼吸をする。*数を数える。感情が高ぶっている時は、感情的なことではなく思考をするとよいそうです。だから「数を数える」などの違うことを考えるとクールダウンできるのだそうです。家庭でよく切れてしまう子は、『自己肯定感を高める』ことです。お母さんが、どんどん褒める。怒る、叱るを減らすことです。そして、プロセスを褒める。ありのままの自分を褒めてあげることだと思います。
2007年01月27日

小学校では、いろいろな当番活動があります。「給食当番」「掃除当番」「係」「日直」「委員会」などなどです。給食当番は、みんなの給食を配るのでちょっと偉そうな感じになる子もいます。けれども、熱いものや分量が難しいものも出ますからなかなか簡単ではありません。特に、ご飯ものは、分量を間違えて足らなかったりするとみんなから苦情が来ます。でも、そういうことを経験することで配り方についても学びます。もらう方も「もっと多くしてよ。」とか「これ苦手だから減らして。」とか、勝手な注文がかなり出ます。当番としては、わがままは許せないものですが、人それぞれ好き嫌いがあるので必要最低条件を考えながら配っていきます。(結構難しいものです。)次に、掃除当番です。これは、あんまり好きな子はいません。でも時々「黒板がきれいだといいよね!」何て言って、一生懸命黒板を黒板拭きできれいにしてくれる子もいます。掃除は、自分個人の物をきれいにするのではないので、どうしても意識が希薄になります。でも、掃除の後、みんなが喜んでくれていることを伝えると嬉しくなって、またがんばる子もいます。「みんなのため」という意識がどこまでできるか、という公共心の気持ちが大切になってきます。そうでないと、平気で床にごみを落とすことになります。こういうところから、「人のことはどうだっていいよ。」という考えはびこっていきそうで怖いです。係活動これは、クラスのニーズによって違ってくるので面白いです。私のクラスには、「お助け係」なるものがあります。特別決まった任務はないのですが、困っている係や先生の存在を知ると、突然自主的に活動が始まります。私は、最初「こんな係必要なのかな?」と思っていましたが、大いに活躍してくれて今では、ありがたく思っています。また、係ごとの工夫というのも見所です。「体育係」ならば、どうやってみんなを並ばせるか、どんな体操をするとみんなが納得するか喜ぶか、用具の準備や片付けは必要か、なんてことを日々考えています。係活動を通しても社会性が身につけられると思います。日直これもクラスのよって違うと思うのですが、私のクラスでは、隣同士2人で行います。朝の挨拶から始まって「日直の話」という項目があり昨日の出来事を話します。その後、その出来事への質問をみんなから受けます。先生を呼びに行ったり出席簿や配布物を取りに行ったり結構仕事があります。その日1日は、とても目立つので、一つ一つきちんとやりたい子あまりこだわらない子などその子の性格もかなり出て(ふだんとちがっていることもあります。)見ていて楽しいです。高学年になると学校全体に関わる「委員会活動」なるものがあります。これは、放送委員会や集会委員会のように全校が見たり聞いたりするものもあるので、先生方からも「あの子はがんばっているよね!!」なんて評価も受けます。つまり担任以外の先生の目にも止まるということです。うまくいったときには、かなり達成感があると思います。そして、当然のことながら「責任感」も大事になってきます。さぼってしまうと、全校の人たちが困ることもあるからです。高学年になると、このようなやりがいのある仕事も任されます。ということで、小学生も勉強以外の仕事もいろいろがんばっています。
2007年01月26日

最近、いじめや不登校が大きく取り上げられています。小学校でも毎日のように話題に上がります。大きい事件があると、校長先生や生活指導の先生から話が必ずあります。そして、この学校ではどのように対処していくかが話し合われたり確認されたりします。「いじめ」問題については、教師の目配り気配りも大切ですが、「道徳の授業」を通して子どもたちに考えさせていこうともしています。いじめについては、昔の道徳の教科書にももちろん載っています。しかしながら、形式的に教師が「いじめをどう思いますか?」と聞けば、子どもたちは形式的に「悪いです。いけないことです。」と言う子が多いという結果があります。(もちろん、心から思って言っている子も真剣に考えている子もいます。)でも、こんな授業を何回行っても根本的な解決にはならないと思います。では、実際に体験するのか。もちろん、そんな恐ろしい体験はできません。実際上、学校で地道に教えていくしかないと思います。(道徳の授業の時間以外でも、道徳的な場面はたくさんあります。)さて、授業に話を戻します。「道徳授業地区公開講座」なるものが東京都にはあります。地域などにも「道徳」の授業を公開してこどもたちの道徳心を養っていますよ、というものです。この時は、全クラスが同じ時間に道徳の授業を公開します。私も今年行ったわけですが、いじめの話に入る前に、「暴力」について子どもたちに考えてもらいました。4人グループになってもらい、思ったことをどんどん否定せずに画用紙に書いてもらいました。『暴力という言葉から連想すること、、、』です。なぐる・ける・たたく・怒る などの力によるものが出たのと同時に、悲しい・無視・いじめ などの言葉による暴力も出ました。殴られた傷は、やがて癒され治ることもあるが、言葉で傷つけられた心の痛みは、一生トラウマとなって消えない!!こともある。ある先生から教わりました。力による暴力はもちろんですが、言葉による暴力が今、とても問題になっているのではないでしょうか。「死ね」「消えろ」「うざい」そしてまったく関わりをもたせてくれない「無視」という暴力。授業の最後にはこんなことも考えてもらいました。「ワールド・カップにおけるジダン選手が、なぜ、退場するほどの頭突きをしてしまったのか。」それは「言葉による暴力」にどうしても我慢できなかったことであることを小学生も知っています。(もちろん、ジダン選手のいわゆる暴力は肯定されるものではありません。)そんな話も織り交ぜながら、言葉による暴力が、いかに人を傷つけ悲しませ、最悪の場合死に追いやるのか。そんなことを伝えようとした授業でした。けれども、これは、教師が説得する話ではなく、子どもたち自身が考え行動してくれなければ始まりません。これからも地道に進めていこうと思っています。ぜひ、皆さんの率直なご意見をお待ちしています。
2007年01月25日

小学校では、「手を挙げる」つまり、発表するというのは重要なことの1つです。分かっているかどうかのバロメータの1つになるからです。もちろん、たくさん手を挙げていることがいつでも素晴らしいわけではありません。でも、「意欲」を前面に押し出そうとしていることは分かります。1年生は、全員が「ハイハイ!!」という感じで、当てられないものなら、「先生ずるいよ。」何て言われかねない勢いです。ただ、低学年の場合、問題が簡単ということもあるので、どんどん手を挙げますが学年が上がっていくとそういうわけにもいきません。ターニングポイントになるのは、3,4年生ぐらいです。まず、問題が難しくなり要求される答えのレベルも上がってきます。それから、周りに対する恥ずかしさも出てきます。自分だけに向いていた対象がクラス全員に広がるからです。(それだけ大人になったということですね。)そうなってくると、挙手している子だけを見ても理解しているかどうかは分かりません。全体の場では恥ずかしさが優先してしまう子も、グループ活動をの時をよく見ていると、「よい意見」を言っていることが多いです。また、ノートやプリントに素晴らしい考えや斬新な考えを書いていることも多いです。それが分かったら、グループ活動を取り入れたり、手を挙げてなくても指名して発表させたりします。教師がノートを読み上げるということもあります。学級通信に載せてあげるのもよい方法だと思います。5,6年生になると、よい考えをノートにたくさん書いている子が多いのに手を挙げているのは、2,3人なんてことがよくあります。授業参観でも「うちの子、こんなことも分かってないのかな?」なんて思っていると、結構分かっていることが多いものです。ノートなんて、5,6年になると見せてくれないでしょうし、見る機会もないのかもしれません。でも、時々見せてもらうといいと思います。たくさんは書いていなくても、いいことが見つけられていると思います。それを先生やみんなにどうやって伝えるか親子で話してみるのもよいのではないでしょうか?
2007年01月25日

今日は図工の授業についてです。小学校の図工の授業は、担任ではなく、図工専門の先生が担当されることが多いです。ただし、時間の関係上1年生や2年生は、担任がする場合もあります。私のクラスは現在、図工室が近いので、図工の授業に送り出した後、よく見に行っています。「先生これどう思う?」「こんなのできたんだけど見てよ~!」何て言われると教師冥利につきます。嬉しいです。でも、図工というのは国語や算数と違ってできたかできないか、100点かどうかというのが関係ないところが素晴らしくいいです。(音楽もそうなのかもしれませんが、 音楽も鍵盤ハーモニカができたかな? 何ていうテストもあるので音楽より さらに自由度が高いです。)また、図工の作品を見るとその時の子どもたちの気持ちが表れます。嬉しいのか悲しいのか楽しいのか怒っているのかつまり、作品に喜怒哀楽が表現されます。展覧会の時に図工の先生と作品を飾ろうとすると、よく「この絵を描いた時のA君は、とても嬉しかったんですね!!」何ていう会話になる時があります。色の使い方や描き方の大胆さなどから分かるようです。いつもそういう作品が仕上がってくると、図工の能力とは別に気持ちの落ち着いた安定した子なのだと思います。また、気持ちの問題とは別に個性的な作品というのもあります。その場合は、図工の能力が高いということです。芸術面では素人の私が見ても色の使い方や緻密さが他の人とかなり違う個性的な作品というのがあります。やはりこれは、展覧会などで全員の作品が一斉に見ることができる時によく分かります。それから、担任として気になることは、図工の時間をどのように過ごしているか、ということです。オープンなスペースで、自由に話しながら他の人の作品も見られるそんな教室ではできないような環境に置かれた子どもたちは自分の本音というか内なるものがよく出てきます。教室と図工室では、様子が違う。何てことはよくあることです。あまりに教室と違っていたりすると自分の学級経営はこれでいいのかな。なんて反省することもあります。それだけ図工の授業というのは貴重だということになりますね。さて、展覧会があった方、これからの方ご自分のお子さんはいかがでしたか?見る視点はもちろん上手下手ではなく、「何をどのようにどんな気持ちで表現したかったのか?」ということだと思います。そんなことを、後でもしくは作品の制作中に話ができるととてもよいと思っています。とある学校の展覧会の様子
2007年01月24日
そろそろ今年度最後の授業参観ではないでしょうか。授業参観は、最近「学校公開日」なんていう名前になっています。保護者が参観するだけでなく、地域にも公開しているという意味から来ています。教師としては、もちろんそれなりの準備をして臨んでいます。昔は、1時間だけの参観が多かったのですが、近頃は、2日間連続や1週間完全公開なんていう学校も増えてきました。(皆さんのところはいかがですか?)そうなると、授業だけでなく朝の会や帰りの会、教職や掃除の様子も分かります。授業できちんとしている子も教職や掃除の時には、本音が出てしまうものです。それが面白いところでもあります。授業では、当然のことながら子どもたちの得手不得手の科目があります。教師にも得手不得手の科目があります。ですから、苦手な科目もがんばってほしいと思って見てしまいがちですが、得意な科目を帰ってから褒めてあげると絶対苦手なものもがんばろうとします。(というよりは、苦手なものをあまり「何でがんばらないの!!」 と責めてみたところで伸びません。)もちろん、漢字や計算ができなければ親としてあせりますが、子どもたち自身が「困る」という気持ちを持たなければ、やらされているという気持ちではあまり伸びは期待できないということです。さて、参観の話に戻りますが、本人ががんばろうとしているのについつい気になって、手を出して教えてしまうお母さんやお父さんを見ることがあります。じれったくなってしまう。何でこんなことが分からないのかな。なんて気持ちなのかもしれませんが、その時に行っている勉強は、お父さんやお母さんではなく、子ども自身の問題だと思います。手を出すことで、子どものやる気が削がれるし、自分で考えることをしなくなります。(お父さんやお母さんが教えてくれなかったから 今回は分からないや。なんてことにもなりかねません。)受験もそうだと思いますが、「誰の問題なのか?」と考えることが大切だと思います。参観してみて、「発表はしなかったけど、よく考えてたな。」とか、「たくさん書いていたね。」とか、「前よりがんばっていたね。」なんて言われると、子どもたちはとてもうれしいと思います。なぜなら、そういう話は、授業参観の後の教師との会話で必ずうれしそうに話してくるからです。そんなお父さんお母さんの言葉かけを聞くと教師としてもとてもうれしくなるし、子どものことをよく見ている方だな。長い目で子どものことを見てくれている方だな。と感心してしまいます。もし、参観の時にイマイチだったとしても、何か原因があったのかも知れませんし、200日学校に来ているうちの1日のことですからあまり深く追求しないほうがよいと思っています。(それでも気になるという方は、個人面談や保護者会の時に 担任に相談されるとよいと思います。)それから参観されるときの見方ですが、遠慮されて後ろからしか見ない方が多いです。残念に思います。横や前の方から見た方が、子どもたちの取り組み方がよく分かります。たとえば、「頬杖ついていて困るわ。ちゃんと聞きなさい、まったく!!」と思って横から見たら、結構友達の話を聞いているみたいだった。なんてこともあります。グループ活動の際には、どんどんいろいろなグループの近くに行って、何をしているか。何が話されているか。聞いてみると面白いです。せっかく、時間に都合をつけて見に行くのですから積極的に参観したほうがよいと思うのですが、いかがでしょうか?
2007年01月22日

AERA 07.1.22号より次のようなオシム監督からの言葉がありました。『日本のスポーツ選手にたくましさが足りないとすれば、社会の問題でしょう。日本の子どもたちは、多くの競争と情報の中で育ちますが、さまざまな問題を、自分の問題として解決しなければいけないという覚悟があるかは疑問です。』まさしく、これは小学校でも問題となっていることだなと思いました。「自分の問題」として考えているか?子どもが自分の問題になるように親や教師が考えさせているか?ということですね。学校の勉強や受験、そして家出のお手伝いに至るまで、それは「子どもたち自身の問題」であると考えさせることが大切だと思います。習い事にしてもそれはお父さんやお母さんの問題ではないと思います。多くの競争や情報の中で、「自分自身を見失わない」ということは難しいことですが、とても大切なことだと思います。そのためには、お母さんたちも情報に振り回されないことが大切なのではないでしょうか。子どもたちの目標は何か?そのためには、どんな「親バカ」になれるのか。自分自身へも突きつけられたオシム監督の深い言葉でした。
2007年01月22日
小学校の勉強といえば、やっぱり一番に思いつくのが「漢字」だと思います。1年生の後半に80字を習うと、2年生で160字3年生で200字4年生で200字5年生で185字6年生で181字合計1006字を覚えなくてはいけません。もうこれを聞いただけで、両手万歳状態です、なんて人もいます。けれども、基本中の基本である小学校漢字が読み書きできないとテレビや新聞見たり読んだりするのにも困ります。もちろん、手紙を書くときにもパソコンで字を打つ時にも「この字で合ってたっけ?」なんてことになりかなり恥ずかしい思いをするのは本人です。で、どうやって勉強するんだ、ってことです。私の考えでは、予習する必要はないと思っています。けれども学校で習ったら、できるだけ「書いてみる」「使ってみる」というのは大いに大切だと思います。もし、1年生が「日」という字を習ったら、日よう日、げつよう日、まい日、日き、日かげ、日のまる、三日、日やけなどというように1年生レベルで使うであろう単語をどんどん言ってみる使ってみる書いてみるのがいいです。(ちなみに、元日や明日、昨日なんていう単語は、 4年生ぐらいでマスターすればよいと思っています。 下手に全部教えると頭が混乱する子もいます。)子どもの関心があることと結びつければ、さらに加速して覚えると思います。たとえば、1年生で「東京」なんていう字は習わないのですが、子どもたちがよく見るであろう天気予報では、「東京」と漢字で出てきてしまいます。でも、次の日が遠足だったりすると、子どもたちはとても天気が気になります。親に向かって、「東京ってどこ、どの漢字?」とせかすように言ってきます。こうなれば、「大チャンス」です。来た来た!!って漢字で「この字だよ」と教えてあげれば覚える確率が高くなります。テレビの近くに「東京」と書いてしばらく貼っておけば、天気予報を見るたびに確認して覚えてしまうと思います。(さらに関心があると、千葉や埼玉も覚えちゃう なんておまけもつくことがありますよ。)逆の意味のおまけで言うと、小さいうちは、ディズニーランドが東京にあると思っている子が多いです。それは、「東京ディズニーランド」なんていう名前だからです。次にノートへの練習です。やっぱり書いて覚えると頭に入ります。けれども書き方というのがあると思います。「合う」という字を習ったら、合・合・合・合、、、と練習したら合うという読み方や送り仮名の付け方を覚えられません。合う・合う・合う、、、と練習したら「ともだちとあう。」という問題が出た時に、平気で「友達と合う。」と書いてしまいます。ということで、文章にして書くのがよいと思っています。もちろん、文章を10回、20回と書く必要はないと思います。さて、自分で調べるための辞典ですが、私が知っている限りでは、『小学館 学習漢字新辞典』がいいと思います。・オールカラーです。・例文が分かりやすいです。・熟語もちょうどよい分量で載っています。という特徴があり、1年生でも使いこなせると思います。下にアクセスするとその辞典のところに到達します。http://item.rakuten.co.jp/book/4163224/ 1000字の道も一歩からです!!
2007年01月21日

さて「親バカ」とは、子どもが頑張っていることには、真剣に応援する。有名なのは、イチローのお父さんです。なんたって自分の仕事を早めに切り上げてバッティングセンターの送迎を毎日して、夜は夜で自己流でありながらもイチローの足のマッサージをした。そして、グローブを買うなら何万もする最高級のものを買ってあげています。もちろん、礼儀に関することは、譲らないこともあったようです。例えばその影響のせいか、イチローはグローブなど道具をとても大切に扱うそうです。そして似て非なるものは「バカな親」です。子どものためにやっているという意味では同じように思えるのですが、「人の迷惑を考えない」「子どもの要求を全部通す」「社会性を考えない」などなどこんなことでは、一人前の人間として扱ってもらえることはないでしょう。第一、「我慢する」ということを知らない人間が出来上がってしまいます。受験のためなら、学校をどんどん休んでいい、とか給食なども好き嫌いがたくさんある、とかパソコンで調べるのは何とかやるけど、ノートに書くのはしない、とかちょっと友達から文句を言われたら切れる、もしくは何もやらない、とかテストで100点を取らねばならない理由は、ゲームを買ってもらうだけである、とか(そうなると、学校でも 「先生、がんばったら何かくれる?」なんて本気で言ってくる子どももいます。)「甘えさせる」と「甘やかす」が違うというのとも似ていますが、子どもを愛情たっぷりと甘えさせてあげることは大切ですが、何でもかんでも好き勝手を通して甘やかすのは、違うと思います。この日記を書きながら私も「教師」であり「親」であるという立場から自分を戒めていかなければと思いました。
2007年01月20日

小学校は、3年生から「社会科」という学習が始まります。まず、3年生では、自分の学校の学区域を勉強します。学校の屋上から眺めて、「東西南北」を知り、学区域を歩いて探検します。ぼくの住んでいる町には、「こんな所やこんなものがあったんだ!」なんてことをよく知っている子もしくは、よく分かるようになった子がまずOKですね。でも、すぐ分からなくても地域社会におおいに興味・関心がもてれば次につながっていくので大丈夫です。この続きとして、地域にある商店街やスーパーの勉強をします。そして自分の市や区の勉強をします。自分の市にあるいろいろなところに行ったことがあると学んでいて面白いことでしょう。お母さんや子どもたちがどこでどうやって買い物をしているかがキーポイントです。4年生になると、自分の都道府県の勉強が出てきます。東京都に住んでいれば、東京の地形や鉄道などを知っていきます。こんなところも東京だったのか!ここなら行ったことがあるぞ~!!なんて話になります。どこか出かけた時にさりげなく、「ここも東京都の○○区なんだって!」と話しかけるのがいいと思います。(あんまり勉強っぽくいうと、子どもが嫌がりますけどね。)それから、練馬といえば大根。港区といえば東京タワー。なんて知っていれば最高ですね。それから、ゴミや水道の勉強もします。とても身近な内容なので、子どもたちもとても関心を持って取り組みます。自分のふだんの生活に関心を持っているかどうかがキーポイントです。5年生では、いよいよ日本全国の勉強です。そうなると、都道府県名は覚えていないと先生が何の話をしているかわからなくなります。(自分もどこを調べたり見たりしてよいか分かりません。)これは、4年生の延長で静岡県といえば「お茶とみかん」青森県といえば「りんご」なんていうところから勉強が始まります。農業や工業について学んでいきます。5年生になると、地図の見方やグラフの読み取り方が急に難しくなります。(ここで社会科が嫌いになってしまう子が増えてしまうようです。)6年生では「日本の歴史」と「政治」です。有名な人物が登場する日本史は人気があります。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、坂本竜馬、西郷隆盛などが大いに人気があります。自分の憧れと重ねる子も多いようです。ここでも、歴史の用語などがネックになります。でも興味がある子は、知らないこともどんどん調べていくようです。政治といえば、東京都の学校では「国会議事堂」の中を見学に行きます。最近の見学では、中に入って国会議員と同じように大臣などを決めて子どもたちで質疑応答までするようです。ということで、小学校の社会科の一端を書きましたが、社会科を通して「道徳」的なことも学びます。社会でのマナーやルールそして自分も地域社会の一員だ!地域のいろいろなことに関心を持とう。とか、地域のいろいろな行事に参加しようとか、そういう目も育てていく教科です。*以前の日記に、歴史上の人物のことを何人か書いているので そちらもぜひ、見てください。
2007年01月20日
よく「教科書で勉強する」のか「教科書を勉強する」のかという話になります。 教科書は教材の1つとして「で」勉強するという考えと、 とにかく教科書を仕上げていく「を」という考えです。1,2年生の場合、「を」のパターンが多いと思います。まだいろいろな方法を知らないし、いろいろとやってしまうとわけが分からなくなるからです。でも、まだ1,2年生なのだから、理屈ではなく教科書に書いていないこともどんどん体験させる場合もあります。でも、シンプルで分かりやすいということが原則だと思います。高学年になってくると、自分で資料を探したり調べたりできるようになってきます。インターネットも活用できるようになります。そうなると、教科書以外のものもクラス全員で共有することが可能になります。教師が持っている資料よりもよい資料を持ってきてくれることもしばしばです。教科書は学びの手段の一つになっていくので「で」勉強するという感じになっていきます。教科書の内容は、塾で先に知っている子がたくさんいます。そうなると、教科書の問題は「楽勝!!」(そんなの知ってるよ。)という態度になりがちです。そこで、塾でがんばって学校で休憩するといったことにならないように応用問題を出したり、全員に分かるように説明させたりしてみます。そうすると、本当に分かっているのかがつかめます。公式は知っているけれど、説明と言われても、、、といったことがよくあります。「だって塾ではこういう風にやることを教わっただけです。」というのが多いのです。実は、「教科書は奥が深いのです」教師も教科書だけを持っているのではなく、虎の巻として「指導書」という本を持っています。白黒で味気ない字ばっかりの本ですが、これが大いに役に立ちます。(もちろん、本屋さんの教育コーナーにも優れた説明書はたくさんあり、それを購入する人は多いです。)また、教科書に書いてある知識だけから準備するのではなく、教師自身の経験や同僚の経験を聴くというのもとても大切です。教科書を教えることだけが学校での学びではないので、(学校行事もあれば、クラスでのお楽しみ的なこともありますから。)教科書を機械的に教えていては、いけないと思います。だいたい時間通りにやっている余裕もありません。そこで、教科書はクラスの実態や学年の計画や学校の重点目標と照らし合わせながら、内容に軽重をつけながら進んでいくことになります。計算が苦手なクラスであれば、計算の単元では、かなり時間をかけて行うことになるでしょう。教科書というのは、学習の基本にありますがもちろん万能の書ではなく、そこから応用や発展があるものだと思います。追伸:ときたま、「教科書は使わない」という変わった先生もいるようです。
2007年01月19日

いよいよ学校でも年度末という季節になってきました。保護者会も2月や3月に、最後の1回という感じであると思います。クラス替えのないクラスでは、来年度のPTAの役員決めなるものがあるかも知れません。最近は、子どもたちの数も減っているし、保護者の方々も仕事をしている方が多いので、なかなか決まらないことが多いようです。担任としては、「○○さん、お願いします!」というわけにもいかず、役員がどんな内容の仕事をするのかの説明をフォローしつつただ成り行きを見守るしかありません。(私も小学校に通う子どもが2人いますので、皆さんのお気持ちはとてもよく分かります。)卒業までに、2回は役員をやってほしいなんてきまりを作っている学校もあると聞いています。こうなってくると、PTAの存在自体も「?」という感じになってきてしまいます。話は変わりますが、年度の最後は、「懇親会」形式が多いようです。最後は、皆さんで楽しくお茶をして和やかに終わる。担任としては、とても嬉しいパターンです。しかしながら、来年どのことが気になっておられる保護者の方もいらっしゃいます。(実際のところ、皆さん気になっているのかもしれませんね。)どんな行事があるんですか?準備しておくことはありますか?クラス替えはどういう風に決めているんですか?担任の先生はどうやって決めているんですか?などなど、です。もちろん、担任として答えられることと答えられないことがあります。*ちなみに東京都の先生方の異動は、 4月1日の東京新聞(別刷り版)に全員名前と異動学校名付きで 掲載されます。(多少日にちが前後する場合もあります。)話が保護者会ではない方に行ってしまいましたが、4月になると、新年度の第1回目の保護者会があります。クラス替えがあったり、担任の先生が変わったりまた新1年生の保護者の方にとっては、何がどのように展開されるのか不安なのだと思います。とにかく、担任の先生がどんな人なのか把握することが大切だと思います。担任からも「所信表明演説」のようなものが必ずありますから、あ~、この先生はこういう人なんだ。ということを知ることが大切だと思います。それから、始まったばかりですがクラスの雰囲気を知るということでしょうか。そして、もちろん保護者の方と知り合いになることですね。私は、今度の4月の保護者会ではまず、ゲームをしてお互いを知り合ってもらおうと思っています。家族構成が似ていたり、同じ習い事をしていたり通学路が近かったり(これは結構重要だったりします。休んだ時に近くの人が届けることが多いからです。)でも、4月にあわてていろいろな人と話す必要はないと思います。いろいろな機会を捉えて、自然に知り合いになるというのがいいのではないでしょうか。
2007年01月18日
小学校といえば、運動会の次ぐらいに大きい行事に「学芸会」というのがあります。簡単に言うと、「劇」なんですが、やり方にもいろいろあると思います。1.先生が台本を持ってくる。2.子どもがやりたいものをやる。3.劇団の人に教えてもらって即興劇みたいなものをやる。などです。1は、一番スタンダードで準備は楽です。たくさんの学校でやられているものだったりすると、台本はもちろん、ビデオもありますから知り合いの先生に借りることもできます。高学年になると、「日生劇場」で行われた作品にも挑戦したりします。(ちなみにライオンキングとかは、まだ見たことがありませんが、、、)私も日生劇場で行われたことのある「エルリックコスモスの239時間」というのを6年生の担任をした時にチャレンジしました。これは、台本もビデオもあったので、子どもたちにも見せて、がんばって練習しました。もちろん、見た目は納得のいく出来栄えでした。しかしながら、これは保護者には受けはよくても本当に子どもたちのためになっているかは、疑問です。なぜなら、言われたことをまねすることが大部分を占めてしまうからです。もちろん、その役になりきって、感動して演じている子もいますが。3はちょっと特別な方法だと思われるので、ここではお話しません。2はどうでしょう。これは、私が最初に受け持った子どもたちの時に実際に行いました。結論を先に言うと、本番では「何をやっているんだ。この子達は?」といった感じだったそうです。他人事のように言っているわけは、私は本番では、舞台の袖にずっといて、大道具や小道具係の手伝いをしていて、正面からぜんぜん見ていないので実際のところが分からなかったからです。教師になり立てで、何もよく分からないだからこそ、失敗が何かも分からず、突っ込んだ結果でした。言い訳ではありませんが、子どもたちには満足感があったようです。それは、自分たちで台本を作り、自分たちで演じ方を修正していったからです。(私にもう少し力量があれば、もっとよかったんですけれど。)話が長くなりましたが、言いたいことは子どもたちの考えを大切にするということと、結果のみを大切にするか、途中経過も大切にするか、ということになります。運動会もそうですが、保護者の方には、ぜひ、途中の練習での嬉しかったこと、がんばったこと、悔しかったことを子どもたちから引き出してもらい成長をともに喜んでほしいと思っています。主役でなくても、立った一言のせりふしかなくてもその一言に全力を傾けて練習をする子をよく見かけます。(そういう子どもの純粋さが好きで、小学校教師になったような気がします。)他人との比較ではなく、自分なりにがんばれたことを学芸会などの行事でぜひ評価してあげてほしいと思います。
2007年01月17日

もうそろそろ新しく入る小学校では、入学の説明会というのがあります。 学校の特色や入学式までに準備しておくことを説明してくれます。これには、やっぱり出席するべきだと思います。 なぜなら、学校の雰囲気や一緒のクラスになるであろう子どもたちが分かるからです。 そして、学校からの書類だけで準備するものは分かるだろうと思っていたことが、意外や意外、実際に聞いてみるとちょっと違っていたりすることもあります。 そして、お母さん同士の交流もあり、「そちらはどうします?」「うちはこれから準備します。」「どこの文具店で色鉛筆は買いますか?」「1つずつ名前を書くんですよね?」なんて、会話も飛び交います。もう二人目だから、どうせ同じことでしょ。なんて思っていると、これまた意外や意外変わっていた、なんてこともあります。(少しずつ、学校も進化していますから)やっぱり、1番保護者の方の負担になると思うのは、道具の準備とその名前書きです。鉛筆の1本1本に名前を書く。色鉛筆やクレヨンにも1本1本名前を書く。算数セットなるものがあれば、数え棒の1本1本にも名前を書かなければなりません。大変です。シールなんて手もあるのかも知れませんが、はがれてしまったらアウトです。また水性ペンだと消えてしまう可能性も高いです。さらに、入学する学校を知りたい人は、・授業参観に行って見てくる。・校庭開放に行って校庭で遊ばせる。なんていうのもあります。すでにその学校に入っている子の保護者の方にいろいろ聴くというのもありますが、人によって、見方や捉え方は違うものです。噂に振り回されずに、準備するのがよいと思います。*『算数セット』って、こんな感じです。
2007年01月17日

小学校では必ずやある「宿題」 宿題は、なぜ出るのか? 私の考えた理由は3つあります。 1.学校で学習したことの「復習」 2.学校での積み残しをフォローする。 3.家での学習の習慣をつけるため。ほとんどの先生は、宿題を出します。よくあるのが「国語」と「算数」です。(漢字と計算と言うべきでしょうか。)理由は、1である場合が多いのですが、最近はゆとり教育の反動から2だったりする場合もあります。保護者の方々からは、よく3の理由でお話があります。それは、「宿題がないと、家でぜんぜん勉強しないんですよ。」 「だから、先生毎日宿題出してください。」というお話をよく聞くからです。 子どもは『遊びが仕事だ!!』なんていうのは、あまりにも過去のことになってしまいました。確かに「遊んでばかりいないで勉強もしなさい!!」よく分かります。かく言う私も自分の子にそういうことをよく言っています。でも、サザエさんに出てくるカツオ君のように「天真爛漫で細かいことをあまり気にしない。そして思いやりがある。」という子どもに育ってほしいと親はみんな思っているのではないでしょうか?話がカツオ君になってしまいましたが、基本は、学校で「先生やみんなの話をよく聴く」ということができていれば、そして「ここぞという時に集中する」ことができれば、OKなのではと思っています。でも、人間は「忘れる動物」ですから復習は大切ですね。セミナーなどでもよくホームワークがありますから。ということで、おいおいどっちなんだよ!!という終わりになってしまいました。宿題は、「必要悪」なのでしょうか。(ちなみに宿題は毎日出しております。)*妻もブログをしています。 元小学校養護教諭(保健室の先生)です。 現在は、「ヒーリング関係」の仕事で自宅を中心に活動しています。 関心のある方は、ぜひ、アクセスしてみてください。http://plaza.rakuten.co.jp/takatsu/diary/200701150000/
2007年01月16日

小学校でよくあることの話題になることのひとつに「忘れ物」があります。 忘れ物をすると、「自分が勉強するのに困る」「先生も困る」「隣の人も貸したり見せたりしなければならないので困る」ということで、自分を含めたくさんの人が迷惑するということを教えるために、私は忘れた子に特別なことがない限り貸さないようにしています。困ったことを体験して、「次は忘れ物をしないようにどうすればいいか。」それを考えてほしいのです。そして実行してほしいのです。・連絡帳にきちんといつも書いて必ず見る。・帰ったら、すぐに支度をしてしまう。などなど解決策をみんなで考えてみたこともあります。忘れ物をしない方法のひとつとして、お母さんなど家の人が全てやってしまう。というパターンがあります。これは、どうなるかというと、忘れ物をした時に「自分の責任ではなく、家の人のせいになってしまいます。」「だって、お母さんが準備してくれなかったから、、、」本当にそうでしょうか。自分に都合が悪くなると、人のせいになってしまい、そして、考えない子になってしまうのではないでしょうか。忘れ物を通して、「考える子」になってほしいと思っています。
2007年01月15日

小学校と言えば、子どもたちの楽しみ第1位は、 「給食」です。 これは、子どもの能力にあまり関係がない。(苦手な子ももちろんいますけど)というのと、「どんなメニューが出るかな?」という楽しみがあるからだと思います。 給食当番がみんなを呼んで、呼ばれた人たちが列を作って並びながら、よく楽しそうに雑談をしています。 給食は4人班で食べているのですが、私も一日交代で一班ずつ回って一緒に食べています。 「家でのこと」「先生のこと」「勉強のこと」などなど、盛り上がることが多いです。 よくお母さんやお父さんの「トップ・シークレット」がばれることがあります。 そんなわけで給食時間は、とても賑やか(というよりうるさい)ですが、もちろん、静かに友達の話を聴いている子もいます。それで、突然ビシッと一言、なんて場合もあるのです。はたから見ていると、とても面白いですよ。 教師の方もリラックスしているので、「朝ごはん何食べてきた?」とか、「日曜日何してた?」なんてさりげなく会話できます。 とても楽しい給食時間なのですが、でも、でも、です。やっぱり最近の子どもたちは、「食べ残し」が多いです。好き嫌いも多いです。(豆や魚は特に残ります) う~ん。もったいない!!!!!!!の一言です。 私もお代わりしますし、あまり食べられない子は量を少なくし、たくさん食べたい子にはどんどんお代わりしてもらっているのですが、残念な結果が多いです。 この前、日本人が1日に捨てる食べ物で『世界の2000万人の食事』が作れると聞いて愕然としました。 無理やり給食を食べる必要はないと思いますが、この問題は、どうしたらいいのでしょうか? 私が小学生のころは、残したパンは袋に入れて持ち帰っていました。そして食べられない苦手なメニューも掃除の時間や放課後まで残って食べさせられていた記憶があります。(今やったら、「体罰」ですね。)給食についての皆さんからのご意見お待ちしています。*とある市の「学校給食」の献立です。*上のようなメニューは、子どもたちは苦手です。
2007年01月14日
私は、現在小学校4年生の担任をしています。 4年生というのは、親にとってどんな学年に映っているのでしょうか? 様子を見ていると、学校生活にもだいぶ慣れ、自分のことは自分でできるし、まだ受験や中学校のことを考えるには余裕がある学年のようです。よく言うと、「自分のことは自分でやってね。お任せするから。」といった学年になります。 しかし、実際はどうかというと、小学校6年間の中でも一番重要な学年なのです。(自分が担当しているから見たいですみません) なぜかというと、まず、身体的に大きく変化する時期だからです。これは特に女子に顕著に見られます。この時期の女子は、男子より体も大きくなります。女子というより「女性」らしくなってくる第1歩の時期です。 体育の中の「保健」学習でも性的な変化について学習します。総合的な学習の中でも「性教育」をします。 もちろん、男子も早い子では、声変わりやひげが生えてきます。でも、男子はまだ幼いな、という感じで子どもっぽいです。(でもよく分からないながらも、エッチなことを言ったりしています。) さて、女子はこのような体の変化から、人間関係も変わってきます。特に仲のよい子との結びつきが強くなってきます。グループのメンバーも特定化され、いつも一緒に行動するようになってきます。そして、「教師や親の言うことよりも、友達のほうが大切」という感じになってきます。 この段階で、教師が接し方を誤ると、女子から相手にされなくなったり、クラスのまとまりがめちゃくちゃになったりします。 私は男性なので、女子に接する時に、結構神経をすり減らしています。(笑)楽しく接しようと気をつけながらも、「女性」として気を使ってあげないと、と考えることも多くなってきます。 男子もそうですが、大人に対する接し方も変わってきます。「言葉遣い」も少しずつT.P.O.をわきまえた言動ができるようになってきます。なので、ここできちんとした対応を大人も取らないといけないと思います。 それから、何といっても『勉強』が難しくなります。3年生までは、勢いで乗り切ってきた子も、4年生になると実力が現れてます。成績が一気に下降する子もいます。当然、学習塾に通う子もかなり増えます。(受験の子は、ここら辺から本格的に受験体制に入ります。) 4年生ぐらいになると(いやその前から)、自立した個人と見てあげて自分で『自分のことや宿題』を進めてほしいのですが、この学年になっても相変わらず親が面倒を見てあげていたりすると、後々しっぺ返しが必ず来ます。(受験にエネルギーを注ぎ込んでいてかわいそうだから、といって親が 手取り足取り何でも身の回りのことをやってしまうパターンもよく見ます。) 4年生で子どもたちのことを考えておかないと、5・6年生になってからの様々なことでの挽回は不可能なこともあります。 『小学校4年生』よい意味で、たくさん目をかけてあげてほしいと思います。
2007年01月13日
学校によって、方法や時間は様々なようですが、「英語」の時間が導入されています。 どの教科にあたるかというと、3年生以上は「総合」の時間です。(1,2年生は学級活動の時間)私の学校では、週に1時間行われています。年間30時間程度でしょうか。 内容は、絵やゲームから楽しく学んでいくというのが基本です。しかしながら、派遣されてくる会社の方が(もちろん、外国人の英語を使える方です。)教えることや小学生に接することが初めての場合もかなりあります。 そうなると、授業の内容が難しすぎて分からなかったり、優しすぎてつまらなかったりすることが起きます。 もちろん、担任は二人目の教師として、一緒に授業に参加しているのですが、日本語で訳してしまうと英語の授業にならないし、子どもたちがこちらだけに注目する受身の学習になってしまうので、できる限り、拙くても英語で話すようにしています。 楽しみながら、「クリスマス」「ハロウィン」「天気」「曜日」などのことを学んでいくのがよいと考えています。しかし一部の保護者の方からは、「英語の学習分かっているでしょうか?英語塾に行った方がいいですか?」なんて、質問も時々あります。 もちろん、英語が分かったほうがよいのですが、小学校では知識を詰め込むことを目的とはしていませんし、中学校英語のために単語を覚えることが大切でもないと思います。 しかしながら、何だか中学校の練習段階としての英語として、間違った小学校の英語学習に進んでいるような気もします。また、「学校が楽しくない。」「小学校から英語塾に行かないと、大変だよ!」なんて話になっていくのが怖いです。
2007年01月12日

昨日、今話題沸騰のキッザニアへ行きました。場所は、東京都江東区豊洲新橋から「ゆりかもめ」で行くか、「有楽町線」で行くかです。もちろん、遊びではなく仕事です。研修ということでゲストの名札をかけてもらい中へ入りました。キッザニアは、子ども向けのアトラクションですから、基本的には大人は体験できません。1日2回興行になっていて1回目は10:00~15:002回目は16:00~21:00となります。中の物は、全て実物の3分の2に設計されています。そして、料金は3000円です。(子ども)学校から団体で来ると、子ども1人が2000円になります。そして500円の食事券もあります。社会科見学として、ぜひ一度行ってみたいと思いました。なお、1階につき、子ども600人、大人600人。合計1200人ぐらいが入れる目安だそうです。中で本当のお店もあり、お金も使えますが、仕事を体験すると報酬がもらえますから中だけで通用する金券を報酬としてもらって、他の子どもたちが仕事をしているお店で買い物をして食べるのが一番よい方法です。なお、一番よくないことは、一緒に来ている保護者が子どもが稼いだお金についていちいち口出しをすることだそうです。「なんで、そんなものを買うの!」「もったいない!!」とかです。そういう親が、自主性のない子どもを育ててしまうかもしれませんね。子どもたちが仕事をして稼いだお金を自分で考えて使うそういう目的もキッザニアにはあるわけですから。私も含めて、保護者が変わっていかなければいけませんね。*キッザニアのホームページは、こちらです!! http://www.kidzania.jp*ここは、病院の乳児室です。*キッザニアの中は、こんな感じ!
2007年01月10日
いよいよ新年の学校も始まりました。子どもたちも元気に登校してきました。 週の初めには、朝会が校庭であり、校長先生からお話があります。9日のテーマはずばり『挑戦』でした。朝日を浴びながら、挑戦を今年もしていくぞ!!という気持ちになりました。 さて、この日私のクラスは図工がありました。(図工や音楽は、別に先生がいて図工室や音楽室で 勉強するのが小学校のよくあるパターンです。) 授業の後、図工の先生からこんな話がありました。「A君がグループ作業の時に、一人離れて机に 『死ね死ね死ね死ね・・・』と連続して書いていた。」 このA君は、行動がすばやくお手伝いも率先してやってくれる子なのですが、すぐ切れてしまう一面も持っています。切れてしまう理由は、ちょっとした言葉や相手の行動に対して過敏に反応して「自分は仲間はずれにされている」とか「うまくいかないから、もうやっていけない」と思ってしまうからなのです。 この「死ね死ね・・・」というのも、きっとグループ活動にうまくは入れなかったか、自分でそう思い込んでしまったからだと思います。もちろん、本当に友達のことを「死ね」と思っているわけではありません。なぜなら、このような言動は、今までも見たことがあるからです。 このような現場を目撃したら、本人に優しく「どうしたのか」聴いてみるか。もしくは、周りの子に聴いてみるかしています。しかしながら、周りの子は切れる理由が分からないことが多いようです。 なぜなら、そんな些細なことで普通はドロップアウトして違うことをしないからです。 でも、現実はA君のような子がいてそういう子は増えています。わがままといえばそれまでかもしれませんが、とても繊細な一面ももっているわけです。 厳しく叱る。優しくなだめる。 方法はいろいろあるのあるのかもしれませんが、本人のソーシャルスキルや自己肯定感を高めなければ本当の解決にはならないと思います。 グループ・エンカウンターやアドベンチャー・プログラムなどを通してそれを高めていかないといけません。 本来、小学校は(というより学校は)勉強するところだったと思います。でも、最近は勉強以前に、このようなことを教えなければならないようです。 スクール・カウンセラーやコーチングの先生を学校現場にお呼びすることもかなり増えてきました。これからもますます要望は増えることでしょう。 道徳の時間に「一番嫌いな言葉は何ですか?」という授業をした時に、圧倒的に1位だったのが「死ね」そして次が「殺す」でした。そう思っている子どもたちが、現実はその二つの言葉をよく使っているのです。ゲームの影響もあるのでしょう。ゲームをやりながら「死ね」「倒す」などを連呼している子どもをよく見かけます。 ちょっとしたもめごとでも、相手に向かって「お前殺すよ!」「死んでいいよ、おまえ!!」と言っているのが現実です。 「死ね」という言葉から、いろいろなことを考えさせられた1日でした。
2007年01月10日
明日から、本当の仕事始めです。(今年初めて子どもたちと会うということです。) お正月のたくさんの話をしてくれることでしょう。何気に聴いていると、家族の話になることがあります。「書き初めをお母さんに褒めてもらったよ!」とか「お父さんと一緒に大掃除をがんばったよ。」とか。 そうすると、今この子は、とても気分がいいんだな。とか、かなり落ち込んでいるんだな。といったことも伝わってきます。 その時、ちょっと余裕がこちらにあればコーチングを試みます。「うまくいった時、どんな気持ちだった。次に同じことがあった時、どうしようと思う?」なんて、聴いてみると、子どもたちは正直ですから、「もちろん、またがんばってみるよ!」なんて答えが返ってくることが多いのです。(もちろん、「もうやんない。」なんてこともありますが、、、) みんなの状態はどうかということで言えば、私は朝の会で出席をとります。1人ずつ名前を読んで返事をしてもらうのですが、その時、前にある黒板の上に絵が貼ってあります。上のような気持ちを表す絵が12個貼ってあります。そこには番号も書いてあり、今の自分の状態を番号で言ってもらっています。(時間があれば、一人ずつコメントをして返事をしてもらいたいのですが それはちょっと無理なので)「はい、1番です。」なんて言葉が返ってくるわけです。でも、やっぱり理由が言いたくなる子もいて、「昨日家族で回転寿司に行って、楽しくたくさん食べてきたので今日の気分は最高の1番!で~す!」なんて返事も結構あります。その時は、私も嬉しいです。話がそれましたが、さて、明日はどういう展開になるでしょうか?(席替えもするので、異様に盛り上がると思っています。)みなさんは、新年一回目の登校日はどんな感じで迎えられていたのでしょうか?
2007年01月08日
昨日、ブリーフコーチング研究会の「リフレイミング」という講座に行ってきました。講師の先生は、文教大学の秋山邦久先生。*秋山先生のお話は、どんどん使ってください。お話してください。 ということでしたので、ブログに思いっきり載せてみました。 リフレイミングとは、『現象の意味づけを変える』ということです。物の見方を違った角度からするということです。 コミュニケーションにおいて、内容は 7%文脈は93%という割合で伝わっているそうです。文脈とは、(いつ・どこで・だれが・だれに対して・どのように)を指します。つまりこれはどういうことかというと、ご主人が奥さんに「つまみ出せ」と言ったとすると、奥さんは、おつまみを出す場合と、ご主人を外へつまみ出してしまう、ということが考えられるわけです。(おそろし~)内容がうまく伝わらず、文脈だけが一人歩きするということですね。伝え方がとても大切になるということでした。次に、相手と話す時は「相手の鼻の頭」を見るようにするとよい。そして、「少しほっぺたを上げてみる」のだそうです。*カウンセリングでは、この技法を使うそうです。逆に、厳しく接する時は、「どちらかの眼だけを見る」か「眉間を見る」のがよいそうです。子どもを叱る時に、「ちゃんと眼を見なさい!!」などとよく言いますが、これはよくない!ということでした。その理由は、眼は2つあるので、子どもがキョロキョロしてしまうそうです。(具体的にどこか1点を指示することが大切なのだそうです。)コーチングもそうですが、技法を相手に当てはめる前に「相手の行動をよく観察し」どの技法がよいか考えてみる。ことが大切だそうです。「イエス・セット」(yes set)をどんどん使おう!!イエスセットとは、相手が「うんうん」とか「そうだなそうだな」と思うような言い方を続ける方法です。たとえば、「毎日学校でがんばっているね」「お手伝いもよくしているね」「ご飯も残さず食べているね」と言うような事実を続けて、最後に「じゃあ、宿題もがんばろう!」と、最後に一番やってほしい指示(助言)をする。といった手法です。逆の「ノー・セット」というのもあります。これは、イエスセットで言った時に、相手が「そんなわけね~よ」「やってね~よ」の連発になった時(反抗的な時)に使うと有効です。「みんなできたけど、君には無理だよね。」「俺だってできるよ。」といった感じで相手をやらせてしまう方向に持っていく技法です。さて、リフレイミングでは「不登校」といった事実をどう見るか。たとえば、「次へのステップのためにエネルギーを貯えているんだな。」とリフレイミングすることもできます。すると、お母さんの気持ちもだいぶ楽になるわけです。ちなみに、秋山先生が調べた結果によると、「不登校の長引く原因」は、1位は経済的なことからだそうです。また、コーチングでよく出てくる「スケーリング」も面白かったです。今の悩みを「数値化」して表す。0が一番だめな状態で10が完璧な状態だとすると現在の状態はいくつですか。というやつです。これは、コーチングの際に相手の考えをうまく引き出せない時に有効です。(聴かれている方は、自分を客観化できます。)これは、万が一0だと答えられてしまっても、マイナスでなくてよかったですね。というリフレイミングを使って相手のがんばりを引き出すことができます。そして、「点数が上がったらどうなりますか?」という「未来構成」ができます。そして、「『思考』と『感情』は両立しない!!!!!」という言葉がとても腑に落ちました。思考と感情の両方を同時に考えることは不可能なので、感情が高ぶったら、考えるとよい!そうすると感情が落ち着く。のだそうです。最後に「コーチングにジョークは、非常に大切!」ということでした。当然のことながら、秋山先生はジョークをふんだんに散りばめてのセミナーでした。
2007年01月07日
平成18年度も残り3ヶ月となりました。学校では、12月に「学校アンケート」なるものを保護者や子どもたちにとりました。(この時期や対象は、学校によって様々です。)アンケートの項目は、行事が適切であったか。先生たちは親身になって接しているか。学習の進め方は適切か。などという項目があり、5段階方式でチェックを入れます。そして、「自由記述欄」という教師にとっては恐ろしい欄があります。ここには、学校バッシングや何やってんだよ!!という書き込みがあったりします。(名前を無記名の方も多いので結構いろいろ書き込まれています。)もちろん、なるほど今のままではいけないな。というご指摘もあります。先日も職場でこのアンケートの話題になっていました。全員の保護者が納得する学校なんてあるはずがありませんので、学校側が対処していくのは本当に難しいものです。しかしながら、「学校では、教室では、今、こんなことをしています!!」という発信はどんどんしていかなければいけないと思っています。そうしないと、噂だけが一人歩きして大変なことになる場合もあるからです。(事実、そういったことを私も経験してきました。)そして、当然ながら耳の痛い話にも「聴く耳を持つ」ということが大切だと思っています。コーチングの傾聴技法とでもいうべきでしょうか。「ああ、この人は今、こう感じているんだな。」と。結局、文句の言い合いをしているだけでは、保護者も教師も疲弊するだけです。そして、一番悪影響を受けて可哀想なのは子どもたちですから。
2007年01月06日

上杉謙信といえば、戦国時代の中で一番戦上手といわれた武将です。 義理堅く、私利私欲で戦をせず、ストイックな武将です。また、武田信玄に「敵に塩を送る」といった名言でも知られています。 足利将軍の権威が地に落ち、戦国の世となったこの時代に、将軍という権威を重んじ将軍の要請に応じて、軍を挙げています。今の世の中にも、私利私欲に走る人々は多いものですが、義を重んじる謙信の考え方には、学ぶべきところがあると思います。 また、自身を毘沙門天(びしゃもんてん)の生まれ変わりといった「自信家」でもあります。(毘沙門天:日本では俗に勝負ごとの神とされ、七福神の1つとして庶民 の信仰を集めてきた。) だから、戦にも負けるわけがないと信じていました。事実、コテンパンにやられたことはありません。よく言えば、自分を信じ自信を持って物事にあたっているところはとても素晴らしいと思います。 また、最大のライバルである武田信玄が困った時に救いの手を差し伸べた俗に言う「敵に塩を送る」という人物でもあります。これも、情け深い人間であったことが偲ばれます。ただ、勝てばいい、というのではなく「人である」ということを大切にしていたのではないでしょうか。 このような素晴らしい人物であったにもかかわらず、49歳という若さ(戦国時代においては、信長も言っている通り、「人生50年」だったのかもしれませんが、、)病のため志半ばにしてなくなりました。辞世の句は、「極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし」 です。*面白いのは、実は謙信は女性だった!? という説です。最初は、うそだろ~。と思いましたが、根拠を読むとこれが なかなか納得できるものがあります。上杉謙信 女性説
2007年01月04日

2007年が始まりました。今年は、昨年以上にワクワクする年になります。新年早々に、断言です。やりたいことはたくさんあります。坂本竜馬的に言うと、「日本の夜明けぜよ!!」と言った感じでしょうか。 まず、「コーチング」基礎コース、応用コース、そして資格を取る。楽しみながら、突き進んで行こうと思いますhttp://www.coachfederation.jp/ 次に、「プロジェクト・アドベンチャー」こちらは、玉川アドベンチャープログラムのステップ3があります。ファシリテーターとしての技能を上げるべく受講です。http://www.lsd.tamagawa.ed.jp/tap/top.html http://www.rakuten.co.jp/tucl/416409/1438407/ そして、「エニアグラム」。これは、エニアグラム・コーチングにつなげたいと思っています。人を知り己を知れば百戦危うからず。です。http://www.enneagram.gr.jp/study/index.htmlhttp://shining.main.jp/eniatest.html たくさんの人と知り合い学んでいくうちに、さらにワクワクすることが出てくると思います。2007年大いに楽しみです。
2007年01月01日
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