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4月1日は「エイプリル・フール」、ジョークや嘘で人を笑わせる日なのだそうで、マスコミは「作り話」を伝えたりする。が、マスコミが作り話を流すのは日常茶飯事だ。東電福島第一原発の事故でマスコミが流していた「安全神話」が嘘だということを多くの人が認識するようになったはずだが、TPPでも作り話を伝えている。原発関係では、放射性物質の「安全神話」で人びとを洗脳しようとしている。 マスコミは読者なり視聴者を騙して人びとを権力層にとって都合の良い方向へ導こうとしている。ノーム・チョムスキーが言うところの「プロパガンダ機関」だ。日本に左翼、あるいは反体制メディアが存在するというのは悪い冗談。せいぜい、体制に批判的な味付けをした「報道」をするだけである。 重要な出来事を無視するということも珍しくない。記事だけでなく、翻訳本で重要な部分がごっそり抜けていて、驚くこともある。「西側」、特にアメリカの支配層が描くシナリオから外れた事実は見ざる、言わざるだ。 最近の例では、現在、シリアでは激しい戦闘が続いているが、その実態を語らないどころか、偽情報を流してきた。「西側」の中でも特に日本のマスコミは酷い。 リビアでは、NATOが空爆や電子戦を担当、地上軍の主力はLIFGだった。この武装勢力がアル・カイダとつながっていることは、2011年3月25日にイギリスのテレグラフ紙が当事者の証言として伝えている。(LIFGは2007年11月からアル・カイダの加盟組織になっている。)リビアで戦闘が始まった直後には「西側」でも反政府軍の正体は明らかにされていたわけだ。日本のマスコミが報道したかどうかは知らないが。 そのリビアでムアンマル・アル・カダフィ体制が倒されると、反政府軍の拠点だったベンガジでは裁判所にアル・カイダの旗が掲げられ、その様子はYouTubeにアップロードされた。「西側」のメディア、イギリスのデイリー・メール紙も伝えている。 リビアの体制転覆を成功させた後、アル・カイダの戦闘員はシリアへ武器を携えて移動した。その際、マークを消したNATOの輸送機もリビアからトルコの基地まで武器を輸送し、それらは反シリア政府軍の手に渡ったとも伝えられている。 要するに、シリアの戦乱も外から持ち込まれたものだったのだが、CNNやBBCをはじめとする「西側」のメディアは、シリア政府が「市民を弾圧している」と宣伝していた。その「情報源」は「活動家」や「人権団体」なのだが、それはラベルにすぎず、実態は胡散臭い。 西側メディアが盛んに使っていた「活動家」、シリア系イギリス人のダニー・デイエムはその典型。外国勢力の介入を求める発言を続け、彼を「英雄」と見なす人もいたが、彼の話は嘘だと言うことが後に発覚する。「シリア軍の攻撃」をダニーや仲間が演出する様子を移した部分も含めた映像がインターネット上に流出したのだ。 シリアのバシャール・アル・アサド政権を民主的だとは言えないだろうが、現在のような殺戮が行われてきたわけではない。遅くとも1991年にアメリカ政府はシリアを含む国々の体制転覆工作を計画、2007年までにはイスラエルやサウジアラビアと手を組んでシリアなどに対する秘密工作を始めた。今ではイギリス、フランス、トルコ、カタールなども目指す仲間に加わっている。現在の内乱は「西側」が仕掛けたということだ。 シリアの西にあるホウラという場所で2012年5月に住民が虐殺され、「西側」のメディアは政府軍が実行したと宣伝しているが、報道内容と映像との食い違いは明白で、つじつまを合わせるためなのだろう、話は変化していった。 現地に入ったロシアのジャーナリストは早い段階から反政府軍による犯行だと伝えていたが、それだけでなく、東方カトリックの修道院長も反政府軍のサラフィ主義者や外国人傭兵が実行したと報告、ローマ教皇庁の通信社が伝えている。さらに、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙がキリスト教徒やスンニ派の国会議員の家族が犠牲になっていると伝えている。 「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は、地上の真実と全く違っている。」とも修道院長は語っている。そのほか、外国からの干渉が事態を悪化させているとキリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムが批判する映像もインターネットで伝えられた。 この段階で、シリアの体制転覆を目指すグループ、つまりイギリス、フランス、アメリカ、トルコ、サウジアラビア、カタールなどにとってローマ教皇庁は好ましくない存在になったと言えるだろう。 支配層がひとつの仕組みを作り上げようとしている場合、事前にその問題点を指摘せず、仕組みができあがってからアリバイ工作的に触れる場合もある。それも表面を軽く撫でるだけだが。 1933年にJPモルガンを中心とするウォール街の勢力がフランクリン・ルーズベルト政権を倒し、ファシズム体制を樹立する目的のクーデターを計画していたことは本ブログでも何度か書いたが、その際、クーデター派は次のように語っていたと議会の記録に残っている。 「我々には新聞がある。大統領の健康が悪化しているというキャンペーンを始めるつもりだ。そうすれば、彼を見て愚かなアメリカ人民はすぐに信じ込むに違いない。」
2013.03.31
アル・カイダの部隊に参加していたアメリカの退役軍人、エリック・ハローンがシリア政府軍との戦闘で死亡したとする映像がYouTubeに流れた。アル・カイダの一員として活動している映像もアップロードされている。そのハローンは生きていることが後の確認されるのだが、FBIから嫌疑をかけられることになる。そこで飛び出した父親の証言によると、エリックはCIAの仕事をしていたという。 エリック本人はアル・カイダの一派、ジャバット・アル・ヌスラの一員ではなく、FSAの戦闘員として戦っているとしているようだが、この弁明はあまり意味がない。FSAの主力は湾岸産油国に雇われたスンニ派の武装集団で、アル・カイダと重なるからだ。FBIはハローンがアル・ヌスラに参加してシリア政府軍と戦ったとという嫌疑をかけている。 それに対し、エリック・ハローンの父親、ダリール・ハローンは息子がアル・カイダの一員だとする話を否定、CIAの仕事をしていたと主張している。「情報をCIAに伝えていた」というのだ。具体的な証拠、あるいは補強する証言があるわけではないようだが、嘘だとは言えない。 そもそも、アル・カイダの母体になったイスラム武装勢力を産み育てたのはアメリカの情報機関や軍隊であり、CIAとアル・カイダは言わば親子関係にある。2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやアーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃された際、ジョージ・W・ブッシュ政権は調査らしい調査もせず、アル・カイダの犯行だと断定、「反イスラム感情」を煽り、アル・カイダと敵対関係にあったイラクを先制攻撃した。 アメリカのネオコン(親イスラエル派)は1991年の段階でシリア、イラン、イラクを殲滅する計画を立てていた。ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、当時の国務次官でネオコンの中心的な存在、ポール・ウォルフォウィッツがその計画を口にしている。 9/11の頃からアメリカの支配層とアル・カイダは敵対関係にあるというイメージが作り上げられたが、1980年代はソ連軍と戦わせるために組織されたアメリカの戦闘部隊。リビアやシリアでも地上軍の主力として活動している。「西側」はアル・カイダと敵対関係にあるというイメージを維持するため、さまざまなストーリーが語られているが、説得力はない。素直に見れば、「西側」の戦闘部隊としてサウジアラビアやカタールが雇った傭兵だ。 2年前、シリアで政府軍に対する戦闘が始まった頃には、トルコにある米空軍インシルリク基地でFSAは訓練を受けていた。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、イギリスとフランスの特殊部隊員。 また、イギリスとカタールの特殊部隊がシリアへ潜入しているという報道、あるいはアメリカ、イギリス、フランス、ヨルダン、トルコの特殊部隊が入っているという話も伝えられている。つまり、アル・カイダの部隊へCIAが人を送り込んでも不思議ではなく、エリック・ハローンがCIAに雇われた可能性はある。 しかし、アメリカ支配層とアル・カイダは敵対関係にあるという幻想を維持するためにはエリック・ハローンを処罰する必要がある。「善良なる市民」もそれを望んでいることだろう。FBIもアメリカ支配層を苦境に追い込むようなことはしそうにない。ハローンにとって厳しい状況だと言えそうだ。
2013.03.30
2年前からシリアを攻撃してきたイギリス、フランス、アメリカ、トルコ、サウジアラビア、カタールといった国々は現在、首都のダマスカスを総攻撃しようと準備を進めていると伝えられている。 ここにきて対戦車兵器など、大量の兵器をトルコやヨルダンなどからシリア国内へ運び込んでいるようで、3月26日にアラブ連盟が「シリア国民連合(SNC)」にシリアの代表権を与えた、つまり、バシャール・アル・アサド政権との話し合いを打ち切り、軍事的に決着をつけることを宣言したのもそうした動きと連動しているのだろう。 すでに、イギリスのウィリアム・ヘイグ外相は、シリアの反政府軍に対して装甲車や防弾服を供給する意向を示し、サウジアラビアの情報機関がバルカン諸国で、ロシア製のロケット・ランチャーを買い集めてトルコ経由で反政府軍に渡しているとも言われている。 ただ、ロシア軍の存在があり、NATO軍やイスラエル軍が直接、軍事介入するのは難しそうで、湾岸産油国が雇った傭兵を使うしかない。勿論、その主力はアル・カイダの戦闘員だ。ロシアがシリアに集中できないよう、朝鮮が頑張っているようにも見える。 前回も書いたように、SNCはフランスの情報機関DGSEの影響下にあるとも言われ、シリア駐在アメリカ大使のロバート・フォードも大きな力を持っていると見られている。ダマスカス侵攻作戦が実施されるとするならば、その作戦の中心にはフォードがいるのだろう。SNCの代表だったアフマド・モアズ・ハティブが巨大石油会社、シェルと緊密な関係にあることも前回、書いた。石油資本もシリアの体制転覆を急いでいるのかもしれない。 歴史を振り返ると、少しでも自立の道を歩もうとする体制を欧米諸国は暴力的に潰してきたことがわかる。1991年の段階でネオコン(親イスラエル派)のポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)がシリア、イラン、イラクを掃除すると語っていたと証言しているのはウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官。そのウォルフォウィッツたちはジョージ・W・ブッシュ政権でも主導権を握り、アフガニスタンに続いてイラクを先制攻撃した。その2年前に、イラク、イラン、シリア、リビア、レバノン、ソマリア、スーダンを攻撃するプランができあがっていたともクラーク大将は語っている。 アメリカの巨大資本は合法的に成立した政権を武力で倒してきた。「民主主義の輸出」などと脳天気なことを言う「アメリカ信奉者」もいるようだが、実際は民主的な体制を破壊し、独裁者を自分たちの傀儡として据えてきたのだ。1933年には自国でもウォール街はクーデターを計画し、ファシズム体制の樹立を目指している。(この話は本ブログで何度か書いた。) イランのムハマド・モサデク政権もそうしたアメリカの犠牲になった。1953年にドワイト・アイゼンハワーが大統領になってからアメリカとイギリスの情報機関は動き始め、その年の8月にクーデターを成功させている。このクーデターはイギリスがイランに持っていた利権を維持することが目的で始められたが、このクーデターでアメリカもイランを食い物にするようになる。 こうした欧米諸国の横暴に対し、イスラム諸国の支配層は腰が引けている。十字軍に侵略されたときもそうだったようだが、団結して侵略者と戦おうとはしない。 第2次世界大戦後、シオニストがイスラエルを建国しようと破壊活動を続け、1948年4月4日には「ダーレット作戦」を開始、8日にはデイル・ヤーシーン村で254名のアラブ系住民を虐殺している。この時もアラブ諸国は傍観、シオニスト軍との戦争を始めるのは5月15日になってからだ。 この時、シオニストは現在のイスラエルより広い地域を占領するつもりだった。ヨルダン川や死海、そしてゴラン高原やレバノンの南部も含む地域を自国領にする予定だったのだ。 この予定を実現するために始めたのが1967年の第3次中東戦争。奇襲攻撃でアラブ軍を蹴散らし、エルサレム、ガザ地区、シナイ半島、ヨルダン川西岸、ゴラン高原などを占領している。 この戦争でもアラブ諸国の政府は抵抗していない。そうした中、果敢に戦ったのがファタハで、アラブの一般民衆から支持されるようになる。この時にファタハのスポークス・パーソンだったのがヤセル・アラファト、後のPLO議長だ。その後、民衆の支持を背景にしてファタハは勢力を伸ばしていく。 ファタハのネットワークがイスラム世界に広がり始めるとアラブ諸国の支配者たちは不安を感じ始める。例えば、ヨルダンは1970年に軍隊をパレスチナ難民のキャンプに突入させ、翌年にはPLOの戦闘員約5000名をアジュルーンの森で虐殺している。そのPLOもアラファト亡き後、アラブ諸国の支配者と同じようになった。 ところで、シリアのアサド政権が今回の攻撃を耐え抜いたなら、逆に攻め手は苦しくなるだろう。攻撃が成功したとしても、重火器やロケット・ランチャー、そして化学兵器などがアル・カイダの手に渡るわけで、「バラ色の未来」は期待できない・・・いや、戦乱こそが彼らの望みなのかもしれない。
2013.03.29
3月26日にアラブ連盟はカタールで首脳会議を開き、「シリア国民連合」にシリアの代表権を与えることを決めたという。このグループはシリアでバシャール・アル・アサド政権の打倒を目指して戦っている。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が指摘しているが、今回の決定でアラブ連盟はアサド政権との話し合いを打ち切り、軍事的に決着をつけることを宣言したとも言える。 シリア国民連合はフランスの情報機関DGSEの影響下にあるとも言われているが、シリア駐在アメリカ大使のロバート・フォードも大きな力を持っていると見られている。そのフォードが大使に就任したのはシリアで戦闘が始まる直前、2010年12月のこと。2006年から08年まではアルジェリア駐在大使を務めている。 アラブ連盟がシリア国民連合に代表権を与えると決めた2日前、アフマド・モアズ・ハティブが代表を辞任すると表明している。まだ正式に決まったわけではないようだが、辞めると口にした理由のひとつは石油会社やカタールとの緊密な関係があるだろう。ハティブでは露骨すぎると誰かが判断した可能性がある。 ハティブは1960年生まれで、1985年から91年まで巨大石油会社、ロイヤル・ダッチ・シェルも参加したジョイント・ベンチャーで働いていた。その後、父親の後を継いでイスラム教スンニ派の聖職者となるが、2003から04年にかけてはシェルのロビーストとしてシリアにいたという。要するに、シェルなど欧米の石油資本が力尽くでシリアを乗っ取る決意を固めたように見えてしまう。 2年前からアメリカ、イギリス、フランス、トルコ、サウジアラビア、カタールと行った国々は傭兵を使ってシリアを攻撃してきた。直接的には湾岸の産油国が戦闘員を雇い、武器を提供してきたのだが、ここにきてイギリスやフランスは公然と武器援助を口にするようになっている。APは、アメリカがヨルダンで反シリア政府軍を訓練しているとも報じている。 しかし、ヨルダンでアメリカがイギリスと一緒に反政府軍の訓練に協力しているという話は昨年12月の段階で伝えられていた。トルコの米空軍インシルリク基地では、2年前から反シリア政府軍が訓練を受けていると言われている。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、イギリスとフランスの特殊部隊員だという。 イギリスのウィリアム・ヘイグ外相は、シリアの反政府軍に対して装甲車や防弾服を供給する意向を示しているが、サウジアラビアの情報機関はバルカン諸国で、ロシア製のロケット・ランチャーを買い集め、トルコ経由で反政府軍に渡しているとも言われている。それに対し、ロシアは自国の航空機が攻撃されたなら、特殊部隊を投入して反シリア政府軍の部隊を殲滅すると警告、黒海ではロシア海軍の艦船数十隻が演習を実施している。 ところで、今年の1月、イギリスのセキュリティ会社、ブリタム防衛の幹部同士がやりとりした電子メールとされる文書が公表されたのが、その中でカタールから持ち込まれたシリアに関するビジネスが話題になっている。ブリタムが雇っているロシア語の話せるウクライナ人を連れてホムスに化学兵器を持ち込み、撮影するようにカタール側は求めていたという。そのカタールはシリア国民連合のスポンサー。 イラクを攻撃する前にジョージ・W・ブッシュ政権は「大量破壊兵器」を口実に使ったが、シリアでは「化学兵器」を盛んに宣伝している。その化学兵器をシリアが使ったという演出をカタールは考えたのかもしれないが、思惑通りには進んでいないようだ。
2013.03.28
アメリカで包括予算割当法案が成立、その中に遺伝子組み換えに関する重要な条項が潜り込ませてあると問題になっている。573ページという法案の78ページから79ページに書かれている第735条。人びとに知られると反対されるので、議会で議論されないまま、静かに書き加えられていた。バラク・オバマ大統領もこの条項を入れたまま、署名したようだ。 この条項は「モンサント保護法」と皮肉られているもので、消費者の健康を害する懸念がある遺伝子組み換え作物の種子でも、法的に植え付けや販売を差し止めることができないと定めている。危険だと証明されない限り、モンサントなどの会社は遺伝子組み換え作物を生産し、売り続けることができるということになる。 言うまでもなく、作物の安全性を調べるためには長い期間が必要。厳密に言うならば、何世代にも渡る調査が必要だ。その結果、危険だとわかっても、人びとが食べ、環境中にばらまかれていたならば、手遅れである。企業の経営者や投資家にしてみれば、その間に大儲けできるので問題ないのかもしれないが。 巨大企業の過去を振り返れば、危険だとわかってもカネ儲けを優先し、事実を隠してきたことがわかる。例えば水俣病も早い段階でチッソ水俣工場の廃液が原因だということを会社は突き止めていながら廃液を海へ流し続けて被害を拡大させた。しかも、こうした行為を政治家や官僚は支援、マスコミや学者もチェックしていない。「原発安全神話」と構図は基本的に同じだ。福島第一原発のケースでも、今後、「被害隠し」が始まるだろう。 内分泌攪乱物質、いわゆる「環境ホルモン」でも似たようなことがあった。おそらく、一般に知られるようになったのは『奪われし未来』という本が出た1997年だろうが、遅くとも1976年には化学業界の常識だった可能性が高い。測定限界ぎりぎり、おそらく測定限界以下の微量でも人間の生殖能力に致命的なダメージを与える物質が次々に見つかっている、と個人的に大学院の学生から聞いたのがその年だ。学部の学生も耳にする程度の常識だったということである。 アメリカ農務省の関係では、BSE(牛スポンジ様脳症/狂牛病)でも情報がきちんと伝えられていない。羊のスクレーピー(羊海面状脳症)やミンク脳症、人間のクールーやCJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)も基本的に同じ病気だが、それだけでなく、少なくとも一部のアルツハイマー病患者はBSEである可能性が高い。 例えば、1989年に発表されたエール大学の調査では、アルツハイマー病と診断された患者46名のうち6名がCJD、同じ年に発表されたピッツバーグ大学の調査では、54名のうち3名だったという。一般の患者の場合、わざわざカネを払って解剖する人は少ないので、より詳しい数字は不明だが、アルツハイマー病の数%から十数%がBSEだとしても驚きではない。 そのアルツハイマー病だが、患者数は急速に増えている。アメリカのCDC(疫病管理センター)の記録によると、1979年に653名だったアルツハイマー病による死者数は、1991年になると1万3768名、2002年には5万8785名へ増えている。診断技術の進歩が理由だとされているが、それだけなのだろうか? 日本でも「食の安全」に問題はあるが、それ以上に酷い状態なのがアメリカ。そのアメリカの「安全基準」に合わせろと求めることになるのがTPPだ。すでに、日本政府は「食の安全」をアメリカ並みに低めようとしている。遺伝子組み換え作物だけの問題ではない。
2013.03.27
バシャール・アル・アサド体制の破壊を目指しているアル・カイダ系のカーン・アル・アッサルが化学兵器で攻撃したとシリア政府は3月19日に発表、国連に対してすみやかに調査するように要求した。また、反体制派が化学兵器を使用したという情報をシリア政府から得ているとロシア外務省は発表、懸念を表明した。 反政府軍は政府軍が使用したと反論しているが、双方の言い分を比較するとシリア政府の説明に説得力がある。つまり、反政府軍が使った可能性が高い。ただ、強力な化学兵器が使われたわけでなく、塩素をベースとした物質が小型ミサイルで撃ち込まれたのだろうと言われているが。 アサド体制を転覆させるプロジェクトが動き始めたのは2年前の春で、その当初からトルコにある米空軍インシルリク基地で反政府軍の兵士は訓練を受けてきた。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、あるいはイギリスとフランスの特殊部隊員だとされている。サウジアラビアやカタールは傭兵を雇い、武器を提供してきた。 その当時、北アフリカのリビアでもイギリス、フランス、アメリカ、サウジアラビア、カタールなどの国々がアル・カイダの加盟組織LIFGを利用し、ムアンマル・アル・カダフィ体制を倒そうとしていた。 カダフィ体制が2011年8月に倒れ、11月にNATOは戦闘の終了を宣言したが、その直後、ベンガジの裁判所にアル・カイダの旗が掲げられ、その様子はYouTubeにアップロードされ、「西側」のメディアも伝えている。それを無視したメディアには説明責任がある。 リビアでの仕事を終えたアル・カイダの戦闘員は、武器を携えてシリアへ移動するのだが、その際にリビア軍の兵器庫から武器を持ち去ったと言われている。また、マークを消したNATOの輸送機もリビアからトルコの基地まで武器を運び、反シリア政府軍に渡されたともいう。このときに化学兵器がシリアへ運ばれた可能性がある。また、欧米諸国の中には、トルコやヨルダンで反シリア政府軍に化学兵器の扱い方を教えたとも報道されている。 シリアの場合、ロシアがNATOや湾岸産油国の軍事介入を阻止、アル・カイダを中心とする傭兵も時を経るに従って嘘と残虐さが広く知られるようになり、体制転覆はいまだに実現していない。そこでイギリスやフランスは反政府軍への武器提供を公言、アメリカでは「化学兵器」を軍事介入の口実にしようと活動している議員も多い。しびれを切らしたのか、イスラエルもシリアを空爆している。 今回の化学兵器騒動はこうした軍事介入派にしてみると、絶好のチャンス。何とかして軍事介入に漕ぎ着けたいと思っているようだが、当然、ロシアはそれを察知し、国連に対して速やかに中立的な調査団を派遣すべきだと主張している。 リビアとシリアに対する姿勢を見ると、アメリカよりもイギリスやフランスが攻撃的であり、アメリカではネオコンが積極的な姿勢を見せている。リビアの場合、アフリカを経済的に統一し、金貨ディナールで貿易を決済しようとしていた。欧米の金融支配からの自立を目指そうとしたのだ。その中心がリビアのカダフィだった。 しかも、アフリカ諸国は中国をはじめとするBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)との関係も強めていた。ブラジルを含むラテン・アメリカ諸国もベネズエラのウゴ・チャベスを中心にアメリから自立しつつあり、中国、ロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタンの6カ国で構成されるSCO(上海協力機構/上海合作)も影響力を強めている。つまり、アフリカ、中央アジア、ラテン・アメリカが結びつき、欧米の支配から脱しようとしていたわけだ。 リビアへの攻撃は、こうした欧米からの自立を目指す動きを破壊することが主な理由のひとつ。チャベスの急死も欧米、特にアメリカの支配層にとって千載一遇のチャンスだ。 BRICSやSCOに加盟している中国が経済的にアメリカとも深く結びついていることは事実だが、中国へ圧力を加えるベクトルも働いている。そうしたベクトルのひとつがTPP。これは決して「自由貿易」を目的とする協定ではない。 例えば、ISDS条項によって企業活動や金融システムに対する規制、食糧の安全、環境汚染の防止、労働者の権利保護などを各国の政府や議会が決めることは困難になる。環太平洋をアメリカ資本の「領地」にしようとしているのだ。 それだけでなく、NAFTAをEUに拡大しようという計画もある。アメリカを中心とする欧米の巨大資本が世界を支配しようとしている・・・そう考えざるをえない。TPPもそうだが、人の生活、命に関わるルールを国、つまり庶民から取り上げ、大資本のカネ儲けという尺度で全てを動かそうとしている。 アフガニスタン、イラク、リビア、シリアが攻撃され、イランが狙われているが、その理由はアメリカを中心とする巨大資本にとって目障りな国だということにある。自分たちにとって利益になるなら、奴隷国家のサウジアラビアであろうと、アパルトヘイト国家のイスラエルであろうと、文句を言わない。巨大資本の利益を考えているということは、アメリカという国が衰退することも気にしていない。 ところで、キプロスの経済的な混乱を引き起こした原因のひとつは、アメリカの傀儡だと言われるニコス・アナスタシアディスが大統領に選ばれたこと、そしてアメリカの軍産複合体の代理人として活動してきたクリスティーヌ・ラガルドがIMFの専務理事に就任したことだと言われている。記憶している人も多いだろうが、ラガルドの前任者はドミニク・ストロス・カーン。セックス・スキャンダルで失脚した人物である。 日本でも国、社会、そして自然を破壊しようとしている「親米エリート」がいる。そうした人びとに限って「愛国」とか「道徳」とか言いたがるものだ。自分たちにないものを看板に掲げている。
2013.03.26
日本においても、アメリカにおいても、フリードリッヒ・ハイエクやミルトン・フリードマン教の影響が拡大する中、独占禁止法(反トラスト法)は骨抜きにされてきた。そのひとつの結果として、巨大金融機関の場合は、大きすぎて潰せない、大きすぎて処罰できないということになっているわけだ。 しかし、3月25日付けの朝日新聞によると、自動車部品をめぐる価格カルテルにかかわった日本メーカーの社員12名がアメリカで収監されつつあるようだ。2011年から昨年にかけて禁錮1年1日から2年を認める有罪答弁をし、今年2月の段階ですでに10名が収監されたという。自動車メーカーにしてみれば、部品メーカーのカルテルは好ましくない。当局としても比較的、気楽に摘発できるだろう。 価格カルテルの是非は別にして、この出来事はTPPの本質を垣間見せている。本ブログではすでに書いたことだが、TPPとはアメリカの巨大企業が国を支配するための仕組み。ISDS条項によって企業活動や金融システムに対する規制、食糧の安全、環境汚染の防止、労働者の権利保護などを各国の政府や議会で決定することが不可能になり、庶民は巨大企業に生殺与奪の権を握られる。要するに「1%」にとっての楽園、「99%」にとっての地獄をつくろうとしているのだ。だからこそ、TPPは秘密のベールで覆われている。 今回のケースはTPPと直接関係ないようだが、TPPを導入する戦略という観点から見ると、密接に結びついている。企業活動のありかたもアメリカの支配層が決めるということだ。 アメリカの描く戦略はラテン・アメリカで行われたことを見ても推測できる。フリードマン流の経済政策を実践に移した最初の国はチリだが、この国では軍事クーデターでアメリカの巨大資本にとって邪魔な人たちを弾圧、虐殺している。そうした中、フリードマンの弟子たちが「私有化」と「規制緩和」を推進したのだ。国有企業を私有化、労働者を保護する法律を廃止、労働組合を禁止、そして外国からの投資を促進、さらに健康保険、年金、教育なども私有化しようと試みている。こうした政策の結果、チリの国内産業はダメージを受けて社会は崩壊、経済の根幹部分を外国の投資家が支配することになった。 「北」の金融機関にとって独裁者は略奪の必須アイテム。「国」に対して巨額の融資を行い、その資金は欧米にある独裁者の「個人口座」へ流れ、その資金は金融機関の商売に使うことができる。その一方、カネを受け取ったわけでない庶民が借金を返済させられるわけである。手口は「闇金」と大差がない。 こうしたアメリカ支配層の戦略を承知の上で日本の財界はTPPへ参加しようとしているのだと思っていたのだが、朝日新聞には奇妙なコメントが載っている。「現地がどんな法制度なのかさえ知らなかった。」 こんな認識で仕事をしていたとは驚きだ。TPPがどのようなものなのか、日本の企業経営者は理解していないと思わざるをえない。この無能な「エリート」が日本の庶民を地獄へ引きずり込もうとしている。 ところで、記事によると、2011年から昨年にかけて禁錮1年1日から2年を認める有罪答弁をし、今年2月の段階ですでに10名が収監されたという。この話を朝日新聞の記者はどの段階で知ったのだろうか?3月15日に安倍晋三首相はTPPの交渉に参加すると正式発表しているが、その前に情報をつかんでいたのではないだろうか?あるいは、情報の提供者がタイミングを選んだのだろうか? 菅直人政権にしろ、野田佳彦政権にしろ、安倍晋三政権にしろ、日本をアメリカに隷属させようと必死だ。そのアメリカでは不正行為を続けている巨大金融機関を儲けさせる一方、庶民から富や権利を奪っている。 庶民を支配する第一歩として行われているのが教育システムの破壊。例えば、最近では、公立学校を閉鎖している。シカゴでは61校を閉鎖すると発表、その影響を受ける生徒は3万人に達するという。 すでにアメリカの公立学校は崩壊状態で、まともな学校へ子どもを通わせるためには、巨額な学費をとる私立学校でなければ、「高級住宅街」の公立学校へ行かせるしかない。つまり、親には不動産の負担がのし掛かり、個人破産する人も少なくないようだ。このところ、日本でも「教育改革」が叫ばれ、庶民は教育を受ける権利を奪われつつある。 教育の破壊にしろ、経済犯の摘発にしろ、日本の「エリート」はアメリカに従うしかないようだ。その一方、アメリカの支配層は日本にアメリカ流のシステムを押しつけ、環太平洋を自分たちの「領地」にしようしている。TPPはそのための重要な仕組みである。
2013.03.25
ソ連が消滅した後、ロシアに君臨したのはボリス・エリツィン。その政権に食い込み、「規制緩和」と「私有化」を利用して巨万の富を築いた「オルガルヒ」のひとりにボリス・ベレゾフスキーなる人物がいる。ベレゾフスキーはウラジミール・プーチンが実権を握ってからイギリスへ亡命していたが、3月23日に死亡したという。 ベレゾフスキーは亡命後に「プラトン・エレーニン」へ改名しているが、「プラトン」は言うまでもなくギリシア時代の哲学者、「エレーニン」は妻の名前からとっている。ネオコン(親イスラエル派)の思想的な支柱と言われるレオ・シュトラウスもプラトンを研究していた学者だった。 ヨーロッパでプラトンが「再登場」してくるのはルネッサンスの時期で、キリスト教とのつながりだけではなく、ゾロアスター教と結びつけて解釈する学者もいた。カバラを看板に掲げた神秘主義の興隆につながったとも言われている。ゾロアスターのドイツ語読みがツァラツストラであり、19世紀後半にフリードリヒ・ニーチェが『ツァラツストラはかく語りき』というタイトルの本を書いたことを軽く考えるべきではない。 エリツィンは健康に問題を抱えていたこともあり、娘のタチアナ・ディアチェンコ(後に再婚してユマシェーバ)を含む取り巻きがロシアの政治経済を動かしていたのだが、その政策は新自由主義、つまり強者総取り。このグループにベレゾフスキーも食い込んでいたようだ。 当時、オルガルヒと呼ばれた富豪たちは「マフィア」を抱えていたが、ベレゾフスキーの場合はチェチェンのグループ。チェチェンの反ロシア政府軍はアル・カイダと関係があるとロシア政府は主張している。 アメリカの支配層もチェチェン情勢に影響を及ぼしているが、そのための機関のひとつがACPC(チェチェンの平和のためのアメリカ委員会)。委員には、ネオコンのリチャード・パール、エリオット・エイブラムス、マイケル・リディーン、元CIA長官のR・ジェームズ・ウールジー、元情報将校で軍需企業のロッキード・マーチンで副社長を務めたことのあるブルース・ジャクソンも含まれている。 チェチェンの親ロシア政府軍のラムザン・カディロフによると、彼らはアメリカやイギリスの情報機関と戦っていると話していた。戦死した反ロシア軍のリーダーがCIA工作員の運転免許証を所持しているのを見つけ、アメリカ人であることを示す書類もあったという。米英はロシアからコーカサスを奪い取り、ロシアという主権国家を破壊することが目的だとカディロフは考えている。 ベレゾフスキーがイギリスへ亡命したのは2001年だが、この人物、少なくとも一時期はイスラエルの市民権を持っていた。オルガルヒ仲間の中にはイスラエルへ逃れた人も少なくない。 2006年1月、ベレゾフスキーのボディー・ガードを務めていたアレクサンドル・リトビネンコが放射性物質のポロニウム210で毒殺された。殺される数週間前にリトビネンコはイスラエルを訪れ、ロシアの石油会社ユーコスの元幹部レオニド・ネフツーリンと会っている。 リトビネンコはロシアの情報機関FSBに所属していたことがあり、どの時点かでベレゾフスキーに雇われることになった。エリツィン時代、オルガルヒは多くの情報機関員や特殊部隊の隊員を雇っているので、リトビネンコもFSB時代から働いていた可能性はある。イギリスへ亡命した後、リトビネンコはMI6(イギリスの対外情報機関)の仕事をしていた。 リトビネンコの体調が悪くなった日、ロンドンの「寿司バー」で彼と会っていたというのがイタリア人のマリオ・スカラメッラ。事件後、イタリアで逮捕されているが、この人物はイタリアのカンパニア州を拠点としていて、ECCP(環境犯罪防止プログラム)という組織を運営、その一方でナポリの犯罪組織、カモッラともつながっていた。 それだけでなく、スカラメッラはイタリアの情報機関とも緊密な関係にある。2002年5月にはローマの近くで開かれた秘密会議に出席しているのだが、同席者の中には情報大臣だったフランコ・フラティニ、SISDE(治安機関)のマリオ・モッリ長官、SISMI(対外情報機関)のニッコロ・ポッラーリ長官、ルイジ・ラムポーニ元SISMI長官も含まれていた。 ポッラーリ長官はその後、CIAによる拉致事件に絡んで解任されるのだが、この拉致にはスカラメッラも協力していたと言われている。スカラメッラとつながっていたロバート・セルドン・レディはCIAのミラノ支局長だと噂されている人物で、1980年代にはホンジュラスのテグシガルパで活動している。 同じ時期、1981年から85年にかけてホンジュラス駐在のアメリカ大使だったのがジョン・ネグロポンテ。この当時、ホンジュラスはニカラグアに対する秘密工作の拠点で、ホンジュラス国内では労働組合の指導者、学生、政治活動家など200名近くが「行方不明」になった。対ニカラグア工作には、ACPCのエイブラムスやリディーンも参加している。また、ポッラーリの副官だったニコラ・カリパリは2005年3月、イラクのバグダッドでアメリカ軍に殺されたのも気にかかるところだ。 ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクを先制攻撃する前、イラクがニジェールからイエローケーキ(ウラン精鉱)を輸入しようとしていう偽情報が流されたが、その発信源はイタリアの情報機関だったが、それだけイタリアの情報機関はCIAと強く結びついているということだ。こうした関係、工作の中でリトビネンコはMI6の人間として活動していた。ちなみに、リトビネンコの父親は息子を殺したのはベレゾフスキーだと疑っていた。 このベレゾフスキー、欧米の権力層に強力なコネクションを持っていた。例えば、ブッシュ・ジュニア大統領の弟でS&Lの金融スキャンダルで名前が出てきたニール・ブッシュと共同でビジネスを展開し、1980年代に「ジャンク・ボンド」を売りまくり、その裏で行っていた違法行為が発覚して有罪判決を受けたマイケル・ミルケン、盗聴事件を引き起こして苦境に立っている「メディア王」のルパート・マードック、そしてジェイコブ・ロスチャイルド卿と息子のナサニエル・ロスチャイルドと親しい。 こういう強力な人脈はベレゾフスキーに利益をもたらしただろう。が、状況によっては本人に牙を剥くことになる。 ベレゾフスキー関係の話をする際、「ベレゾフスキー対プーチン」という単純な構図で描くことが間違っていることは明白だろう。この単純な構図でベレゾフスキーを語るメディアがあったなら、それは無知なのか、何らかの事実を隠したのか、どちらかだ。
2013.03.24
ビル・クリントン第42代大統領の補佐官で、ヒラリー・クリントンの選挙キャンペーンにも参加したシドニー・ブルメンソールという人物がいる。最近はジャーナリズムの世界で活動しているのだが、そのブルメンソールの電子メール・アカウントがハッキングされて重要な情報が漏れたと言われている。 ハッキングしたのは「グチファー」を名乗る人物、あるいはグループで、明らかにされたメールの宛先はいずれもヒラリー・クリントン。 メールにはリビアのアメリカ領事館が襲われた事件やアルジェリアの天然ガス関連施設が襲われた事件に関する情報も含まれていた。 天然ガス関連施設が襲われたのは今年1月16日。この襲撃を命令したのはAQIMの幹部だったモクタール・ベルモフタールで、実行部隊を率いたのはアブドゥル・ラーマン・アル・ニジェリでだとされている。2005年にニジェリはGSPC(後にAQIMへ名称変更)へ参加し、AQIMの幹部だったベルモフタールと知り合ったという。 今年1月18日付けのメールによると、襲撃の1年前、アルジェリアのアブデルアズィーズ・ブーテフリカ政権はモクタール・ベルモフタールと秘密裏に取り決めを結んでいた。ベルモフタールのグループは活動をマリに集中、アルジェリアと領土紛争を抱えるモロッコも時折は攻撃するということになっていたというのだ。天然ガス関連施設の襲撃でアルジェリア政府が恐れたのは、取り決めが無効になり、再び内戦が始まるということ。そうした事態を押さえ込むことが重要であり、人質の解放は二の次だったともいう。 勿論、このメールの真贋は不明だが、関係者の反応を見ると、メールは本物である可能性が高いだろう。 2月16日付けのメールによると、マリでフランス軍の活動が活発化した結果、イスラム武装勢力を団結させることになり、AQIMの支援でMUJWA(MUJAO)を2012年の半ばに創設することになった。そのグループから出てきたのがベルモフタールのグループだという。 リビアでの体制転覆でNATOや湾岸産油国と手を組んで成功させたLIFGと同じようにAQIMはアル・カイダの加盟組織。リビア、アルジェリア、マリのイスラム勢力は緊密な関係にあるということだ。 昨年9月11日にリビアのアメリカ領事館を襲ったアンサール・アル・シャリアは、アルジェリアの天然ガス関連施設を襲撃したベルモフタール・グループと重なると言われているが、不思議ではない。 こうしたグループのスポンサーだと指摘されているのは、サウジアラビアのスンニ派の富豪。2012年の夏にヨーロッパ南部でAQIMの連絡員へ資金を渡し、それがモーリタニアの工作員へ流れ、その資金を使ってアンサール・アル・シャリアはアメリカ領事館を襲ったとされている。ベルモフタール・グループへも同じルートで資金が渡っているという。 1980年代に発覚した「イラン・コントラ事件」でアメリカのロナルド・レーガン政権は、イスラエルのリクードやサウジアラビア王室と手を組んでいることが明らかにされている。アフガニスタンにおけるソ連軍との戦闘、イランへの武器密輸、ニカラグアの反革命ゲリラ支援が目的だった。アフガニスタンでソ連軍と戦わせる戦闘員として組織したのがイスラム武装勢力であり、アル・カイダを生み出すことになる。 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが2007年に書いた記事によると、この3国が手を組み、ヒズボラのほか、シリアやイランに対する秘密工作を開始、その手先としてスンニ派の武装グループを使っているとしていた。 1980年代と同じ構図なのだが、この間に歴史を大きく転換させる出来事が起こっている。2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センターにそびえていた超高層ビル2棟、そして国防総省本庁舎が攻撃されたのだが、ジョージ・W・ブッシュ政権はすぐにアル・カイダの犯行だと断定している。 ならば、攻撃の背景にはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアが存在していると疑うのが自然だろう。ところが、実際に攻撃されたのはアル・カイダと敵対関係にあったイラク。リビアに続き、現在、シリアがNATO(イギリス、フランス、アメリカ、トルコ)、湾岸産油国(サウジアラビア、カタール)、イスラエル、そしてアル・カイダから攻撃を受けている。リビアやシリアもアル・カイダを敵視していた。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの同盟関係は少なくとも1980年代から一貫して続き、その手先として動いているのがアル・カイダ。これは否定できない事実だが、リビアのアメリカ領事館と「別館」がアル・カイダに攻撃された際、クリストファー・スティーブンス大使を含むアメリカ人4名が殺されている。 アル・カイダは統一された組織ではないとしても、襲撃グループの黒幕がサウジアラビアならば、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの同盟は矛盾を内包しているということであり、団結力が強いとは言えない。現在は矛盾を欲望が押さえ込んでいるのだろうが、いつまで維持できるか・・・
2013.03.23
キプロスは歴史的に中東や北アフリカに対する諜報活動や軍事行動の拠点としてイギリスやアメリカが使ってきた。そのキプロスが金融危機に陥っている。 EUは100億ユーロの救済支援をする交換条件として、銀行預金へ課税して58億ユーロを調達するように求めた。当初の案では、10万ユーロ以上の預金には10%、それ以下の預金には6.75%の税率。主要銀行の債券や国債の保有者に負担を求めることはないという。預金者は引き出しにかかり、大混乱になったこともあり、2万ユーロ未満は課税しないことに変更、3月19日に法案が議会に提出されたのだが、否決された。当然のことである。 この無茶な要求をEUが要求してきた理由のひとつは、預金額の約3分の1が外国人のもので、その大半がロシアやイギリスの富裕層だと見られていることにある。 何度も書いたことだが、1970年代にロンドン(シティ)を中心とするオフショア市場/タックス・ヘイブンのネットワークが整備され、巨大企業や富裕層はそのネットワークを使って資産を隠し、課税を回避し、マネーロンダリングを行ってきた。その結果、投機市場(カジノ)が肥大化し、人びとが実際に住む社会が破壊されてきたわけである。 こうした事情があるとしても、今回の課税要求は愚策。結局、庶民からカネを巻き上げることになり、経済活動は破綻する。キプロスの問題も、元をたどれば地下経済が成長させた金融市場の無法取引。オフショア市場/タックス・ヘイブンの実態とともに、金融市場を調査し、情報を開示しなければならない。それが無理なら、現在の経済システムは破綻するしかない。 議会の法案否決を受け、キプロスのマイケル・サリス財務相はロシアを訪問し、アントン・シルアノフ財務相と会談している。伝えられるところによると、ロシアからの融資25億ユーロの返済期限を5年間延長し、金利を4.5%から2.5%へ引き下げるように求めているようだ。ロシア財務省の情報として、新たに50億ユーロの融資をキプロスは求めているとも伝えられているが、真偽は不明である。 このほか、ロシアのエネルギー会社、ガスプロムもキプロス支援に興味を示している。本ブログでは何度も書いたことだが、21世紀に入ってから、地中海の東側に膨大な量の天然ガスや石油が眠っていることが知られるようになった。USGSの推定によると、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガス、そして34億バーレルの原油が眠っている。 イギリス、フランス、アメリカ、トルコ、イスラエル、サウジアラビア、カタールなどがリビアやシリアの体制転覆を目指した理由のひとつは、このエネルギー資源にあったと見られている。 実は、昨年12月、ガスプロムはイスラエル沖の天然ガス田の開発権争いでオーストラリアのウッドサイド石油に敗れていた。そこでキプロスに興味を持っているようなのだ。 ところで、キプロスの財政破綻は、銀行がギリシャ国債を大量に抱えていたことが原因だという。ギリシャの財政破綻が波及したのだが、その破綻は金融機関が原因を作っている。つまり、2001年にギリシャが通貨をユーロに切り替えた際、ゴールドマン・サックスが財政状況の悪さを隠す手法を教え、債務を膨らませたのだ。 ギリシャの問題が発覚した後、ヨーロッパ中央銀行の総裁に就任したのがマリオ・ドラギ。2002年から2005年までゴールドマン・サックスの副会長だった人物だ。そのほかにもゴールドマン・サックスの関係者は多い。 例えば、アイルランドのピーター・サザーランド元司法大臣はゴールドマン・サックス系列のゴールドマン・サックス・インターナショナルの会長であり、1998年から2006年までヨーロッパ中央銀行役員会メンバーだったオトマール・イッシングはゴールドマン・サックスの顧問。イタリアのマリオ・モンティもゴールドマン・サックスの顧問だ。預金に税金をかける前に、銀行やヘッジファンドなど金融市場の住人を何とかしなければならない。
2013.03.21
3月18日、河田恵昭関西大教授を主査とする「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」が南海トラフ巨大地震に伴う被害想定を公表した。その総額は220兆円だというのだが、呆れたことに、原発は地震の発生直後に自動停止するという理由で、被害を想定していないという。要するに、机上の空論ということだ。 これが政府の実態。国民の多くは、面と向かって「政府を信用していますか」と聞かれたなら、「信用していない」と答えることだろう。が、実際は政府の話を真実だと信じたがっているようにしか見えない。そうでなければ、安倍晋三政権を支持する人間がいるはずはない。国民は騙されているのか、騙されている振りをしているのか? 勿論、日本人だけが騙されているわけではない。例えば、10年前の3月、アメリカ政府はイギリス政府を引き連れてイラクを先制攻撃し、社会生活の基盤となる諸施設を破壊、多くの市民を殺し、コミュニティも壊した。イギリスのランセット誌が2006年10月に載せた調査結果によると、2003年の開戦から2006年7月までにイラクでは65万4965人が殺されたという。 また、イギリスのORBは2007年夏までに94万6000名から112万人が、あるいはNGOのジャスト・フォーリン・ポリシーは133万9000人余りが殺されたとしている。侵略/占領軍は100万人以上を虐殺したということになるわけで、軍事侵攻した国々の政府が「死体の数を数えない」のは当然かもしれない。 このイラク侵攻を実現するため、アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権やイギリスのトニー・ブレア政権は嘘八百を並べて雰囲気作りをしていた。例えば、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターや国防総省本庁舎を攻撃したのはアル・カイダであり、イラクのサダム・フセイン政権はそのアル・カイダをを支援しているとか、大量破壊兵器を保有し、今にもアメリカを攻撃してくるかのような作り話を流していたわけだ。そのプロパガンダにメディアは全面的に協力、この嘘を今でも信じているアメリカ人がいるらしい。 日本の小泉純一郎政権もイラク侵略を全面支援していた。ブッシュとブレアの嘘を最初から明らかで、戦争が泥沼化することはアメリカの統合参謀本部も見通していた。そうした情報を知った上での対米追随だ。当然、日本の庶民もわかっていただろう。中には「戦争特需」を期待していた人もいた。 この軍事侵攻は遅くとも1991年、ジョージ・H・W・ブッシュ政権の時代に計画されていたとウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官は語っている。その当時、国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツがシリア、イラン、イラクを攻撃すると口にしていたというのだ。 ブッシュ・シニアが副大統領だった1980年代のアメリカは、イスラエルやサウジアラビアと手を組んでイランに武器を密輸、ニカラグアの反革命ゲリラを支援、そしてアフガニスタンではソ連軍と戦わせるためにイスラム武装勢力を組織、武器や資金を提供して訓練していた。 この同盟関係がその後も続いたことは2007年に調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュの書いた記事でも明らか。ハーシュによると、その頃にはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアが秘密裏に手を組み、ヒズボラのほか、シリアやイランをターゲットにした工作を始めていたという。その際、手先として使っていたのがスンニ派の武装グループ。つまり、アフガニスタンで一種の傭兵として使っていたイスラム武装勢力だ。その中にはアル・カイダも含まれている。 歴代日本政府の大嘘が2011年3月11日にも明らかになった。政治家、官僚、巨大企業経営者、報道機関や出版社の記者や編集者、学者、学校の教師などが総掛かりで、原子力は安全で低コストだという神話を作り上げ、国民を洗脳してきた。3月11日の事故によって、原発が安全でないことは明らかになった。それでも原発を再稼働させるのは危険を承知の上、ということになる。 原発には隠されたコストがあることも知られている。ランニング・コストもあるが、使用済み核燃料棒の処理や廃炉のコストは莫大。事故が起これば、経済的にも生物学的にも国を破産させかねない。当然、電力会社は破産だが、東電福島第一原発のケースでは損害賠償を国が肩代わり、つまり庶民にツケを回して自分たちは生き延びようとしている。通常の廃炉に必要な経費は1000億円以上だというが、その後も放射性廃棄物の管理を延々と続けなければならない。しかも、事故が起こればコストの桁が違ってくる。大気、大地、海洋の汚染は手の施しようがなく、責任のとりようがない。端から責任をとる気がないので原発を推進できたとも言える。 では、福島第一原発の場合、どの程度の放射性物質が出たのだろうか? 当初、原子力安全委員会や原子力安全・保安院はチャルノブイリ原発で放出された量の10%程度だとしていた。無数のひび割れができたコンクリートから染み出しているだろう膨大な量の汚染水はともかく、大気中に放出された量だけでも公式発表よりはるかに多いと見られている。 原子力技術者で内部告発をしたことでも知られているアニー・ガンダーセンは、東電の計算は前提が間違っていると指摘している。つまり、圧力容器から漏れ出た放射性物質は格納容器の圧力抑制室(トーラス)へ導かれ、そこで99%が水に留まることになっているのだが、福島第一原発の場合、水が沸騰していたので水の中に留まるのは1%程度にすぎず、格納容器の漏洩も計算に入っていないとしている。 また、東芝の元原子力技術者、渡辺敦雄によると、今回の事故では圧力容器から超音速で放射性物質や固形物を含む気体が格納容器へ噴出、さらに圧力抑制室へ入るのだが、問題の事故における格納容器の圧力上昇を見ると、凝縮していないと指摘している。圧力抑制室内の故障か、水面の挙動が原因で気体がストレートに出てしまったのではないか、というのだ。 ガンダーセンは、福島第一原発の事故で放出された放射性物質は、チェルノブイリ原発の2〜5倍と推測しているが、その程度で収まっている保証はない。すでにチェルノブイリの場合、事故が原因で死んだ人や生まれられなかった胎児は2004年現在、98万5000人に達するとされている。今後、さらに増えていくことだろう。甲状腺癌や白血病だけでなく、ほかの癌、心臓病、脳障害、死産、先天性障害などが増え、肺、眼内レンズ、皮膚などにも影響が現れ、免疫機能が低下するとチェルノブイリの経験が教えている。風のおかげで多くの放射性物質は太平洋へ流れたが、それだけ太平洋が汚れたと言うことにほかならない。が、政府やその取り巻きは今でも「安全神話」を発信している。これを庶民は信じるのか、信じないのか?
2013.03.20
バラク・オバマ米大統領のイスラエル訪問にタイミングを合わせるかのように、シリアから戦闘での化学兵器使用という話が伝えられている。政府軍と反政府軍、双方とも相手が使用したと非難、自分たちの使用は否定しているが、いずれも何らかの証拠を示しているわけではないようだ。そうした中、アレッポの近郊で化学兵器を使ったとして反政府軍をロシア外務省は非難している。 最近の動きからも推測できるように、イギリスやフランスがシリアに対する直接的な軍事介入に積極的な姿勢を見せているのに対し、アメリカのオバマ大統領は消極的。勿論、アメリカ政府にもシリア攻撃を望むグループが存在するようで、「アメリカ政府高官」が語ったという化学兵器の話を流すなど、一時期、「西側」のメディアは盛んに「化学兵器の脅威」を伝えていた。イラクを攻撃する前に「大量破壊兵器」が果たした役割を、シリアでは「化学兵器」が果たそうとしているようにも見える。 それに対し、反政府軍がリビアから化学兵器を入手したという情報もある。リビアではNATOが空爆、地上軍の主力はサウジアラビアやカタールから資金や武器の援助を受けたアル・カイダ加盟組織、つまりLIFGだった。リビアの兵器庫から武器、弾薬、さまざまな備品、あらゆるものを持ち出したはずである。 今年の1月には興味深い報道があった。イギリスのセキュリティ会社、ブリタム防衛の幹部同士がやりとりした電子メールとされるものが公表されたのである。この会社の業務とされているのは、企業のセキュリティ、警察や軍の訓練、そして健康や安全なのだという。 メールはビジネス開発部のデイビッド・グールディング部長から創業者のフィリップ・ドーティに宛てたもので、テーマはカタールから持ち込まれたシリアに関する話。ホムスに化学兵器を持ち込むとしている。その化学兵器はリビアで手に入れたシリアで使っているタイプのソ連製砲弾。さらに、同社が雇っているロシア語の話せるウクライナ人を連れてきて撮影するようにカタール側は求めていたという。 カタールはアメリカ政府の承認を受けたと語ったと書かれているが、事実かどうかは不明。会社としては良いアイデアと思っていないようだが、謝礼が多額なので相談している。勿論、このメールが偽物だという可能性はあるが、無視はできない情報だ。 シリアの置かれた状況を考えると、シリア政府が化学兵器を使うメリットはない。ロシアからも使うなと釘を刺されている。逆に、米英仏にシリアを攻撃させたい国々は「シリア政府が化学兵器を使った」という状況を作りたいだろう。 もっとも、反政府軍による「偽旗作戦」だとしても、あめりにも見え見え。サウジアラビアやカタールに雇われた傭兵(多くはアル・カイダだと言われている)のレベルで立てた作戦かもしれない。
2013.03.19
バラク・オバマ米大統領は3月20日にイスラエルを訪問するとようだ。その際にイスラエル政府はアメリカ軍がシリアを空爆するか、イスラエルの攻撃を全面的に支援するように説得する意向だと伝えられている。ネオコン/イスラエル・ロビーの影響力が比較的小さいオバマ政権の姿勢を変えさせたいと見ている人が少なくない。レバノンにいるヒズボラへミサイルが渡されることが明確になれば、シリアを攻撃すべきだイスラエルは主張している。 昨年5月から6月にかけてアメリカのバージイア州で開かれたビルダーバーグ・グループ(欧米支配層の利害調整機関)の会議に反シリア政府派からバッスマ・コドマニが参加していたことから、シリアに対する欧米の攻撃姿勢は強まると見られていた。その通りの動きはあるのだが、それを押さえ込んできたのがロシア。しかも、第2期目に入ったオバマ政権がイスラエルと距離を取り始めている。すでにイギリスとフランスはシリアの反政府軍に武器を供給したいと公言しているが、アメリカは同調していない。そこでイスラエルは不満を抱いているのだろう。 もっとも、2年前に体制転覆プロジェクトが動き始めた頃からトルコの米空軍インシルリク基地で反政府軍の兵士を米英仏が訓練している。つまり、この3カ国は事実上、軍事介入しているのだが、これまで武器の提供はサウジアラビアやカタールが担当していた。 ネオコン/イスラエル・ロビーの強い影響下にあった共和党政権はイスラム世界に対して攻撃的な姿勢を明確にしていた。ジョージ・H・W・ブッシュ政権の時代(1989年から93年)にネオコンは国防総省で主導権を握る。 何度も書いていることだが、ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、ネオコンの大物として有名なポール・ウォルフォウィッツ国防次官は1991年の時点で、シリア、イラン、イラクを攻撃する計画をたてた。その年、1月から3月にかけて、アメリカ軍はイラクを攻撃しているのだが、サダム・フセイン体制を倒すまえにアメリカ軍は休戦、このことにネオコンは不満を持ったようだ。 統合参謀本部をネオコンが押さえ込む切っ掛けになった出来事が2001年9月11日に引き起こされる。言うまでもなく、旅客機がニューヨークの世界貿易センターにそびえていた超高層ビル2棟に突入、さらに国防総省本庁舎が攻撃されたのである。ジョージ・W・ブッシュ政権はアル・カイダが実行したとすぐに断言、アフガニスタン、そしてイラクを先制攻撃することになる。 当時、アフガニスタンのタリバン政権はアメリカ政府と交渉する意向であり、イラクはアル・カイダを「人権無視」で弾圧していた。つまり、9/11をアル・カイダが実行したとしても、両国、特にイラクを攻撃する理由にはならなかった。アメリカ政府がイラクを攻撃する理由のひとつとしていた大量破壊兵器の話も嘘だった。 しかし、2001年9月11日から6週間後の時点でネオコンは、イラク、イラン、シリア、リビア、レバノン、ソマリア、スーダンを攻撃予定国リストに載せていたとクラーク元司令官は語っている。 そして2007年。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュの書いた興味深い記事がニューヨーカー誌に掲載された。アメリカ、イスラエル、サウジアラビアが手を組んで秘密工作を始めたというのだ。ヒズボラのほか、シリアやイランをターゲットにしているという。しかも、手先としてスンニ派の武装グループ(アル・カイダも含まれる)を使っているとしていた。リビアやシリアにおける体制転覆プロジェクトの構図を2007年の時点でハーシュは明らかにしていたわけだ。クラークの証言やハーシュの記事を無視してリビア、シリア、あるいはイランの状況を語ることはできない。 ところで、アメリカ政府の姿勢に業を煮やしたのか、今年1月にイスラエル軍は4機の戦闘機でシリアの首都ダマスカスを空爆した。当初、シリアからレバノンを拠点とする武装勢力、ヒズボラへ対空ミサイルSA-17を含む兵器を運んでいた車列が攻撃されたとする話がアメリカ政府筋などから流れていたが、事実ではなかったようだ。この攻撃をアメリカ政府は事前に認めていたと言われているが、見方によれば、「勝手にどうぞ」だ。 この攻撃に対し、ロシア軍はすぐに反応、ミグ31を飛ばした。シナイ半島を横断させイスラエルに向かわせ、威圧している。イスラエル側からの警告を受けて西に転回、地中海に出たのだが、その地中海には18隻で編成されたロシア軍の艦隊が待機していた。 遅くとも1980年代からアメリカ(共和党/ネオコン)やイスラエルと同盟関係にあるサウジアラビア。そのサウジアラビアでイスラム世界を揺るがすような出来事が進行中である。例えばメッカの大モスク、アル・マスジド・ハラームの拡張工事でイスラムにとって重要な遺跡が壊され、メディナの聖地、マスジド・アン・ナバウィでも破壊があったという。 そのほかにも少なからぬモスク、霊廟、遺跡が壊され、批判の声があがっている。サウジアラビア王室はイスラエルと手を組み、イスラムを冒涜していると見る人が出てきても不思議ではない。
2013.03.18
ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクを先制攻撃してから10年になる。この間、急速に戦争ビジネスが成長した。武器/兵器の製造メーカーが大儲けしたことは言うまでもないが、成長という面では、傭兵会社の右に出るものはないだろう。その代表格がアカデミ。かつてはブラックウォーターと呼ばれていた会社だ。1997年にエリック・プリンスとアル・クラークが創設した。プリンスとクラーク、ふたりとも米海軍の特殊部隊SEAL出身である。 この会社を多くに人に知らしめた出来事がある。アメリカ軍がイラクへ軍事侵攻してから約1年後、3月31日にファルージャで同社の「警備員」4名が殺されたのだ。この4名を「民間人」と表現する人もいたが、出身はSEALやレンジャーなど戦争のプロ。 黒こげになった4名の死体はそのまま放置され、アメリカのメディアは「民間人」が虐殺されたと扇情的に報道、アメリカ軍による激しい攻撃につながるわけだ。戦争の激化を望む人びとにとっては願ってもない出来事だったと言えるだろう。 ファルージャでは2003年にも20名の住民が殺されているが、4名が殺される直前に状況はさらに悪化していた。ジェームズ・マティス少将が指揮する第1海兵遠征軍が激しい掃討作戦を展開し、住民の怒りは非常に高まっていたようなのだ。そのファルージャ市内へ4名は軽武装で入った。こうした行為が無謀だということは言うまでもない。ファルージャの住民は、ブラックウォーターの4名がCIAの仕事をしていると疑っていた。 後にブラックウォーターが訴えられた裁判で、実際にブラックウォーターがCIAの別働隊として活動、危険な任務を遂行してきたとする証言が出ている。1970年代の前半に議会でCIAの秘密工作や極秘機関の存在が露見、問題になったこともあり、1980年代から「CIAの民営化」が進められてきただけに、不思議ではない。 1950年代以降、CIAには3つの柱があった。ひとつは情報の収集と分析、2番目はスパイを使った情報の収集、そして破壊活動だ。例えば、キューバのフィデル・カストロを執拗に暗殺しようと試みてきたのは破壊活動部門ということになる。 破壊活動の歴史は第2次世界大戦にさかのぼることができる。イギリスとアメリカの情報機関がドイツに対するゲリラ戦を実行するために組織したジェドバラがはじまり。戦争が終わっても人脈は残り、OPCにつながる。後にOPCはCIAに潜り込み、計画局(後に作戦局へ名称変更、2005年にはNCSに吸収)に生まれ変わる。ジェドバラ、OPC、計画局は特殊部隊と緊密な関係にある。
2013.03.17
予定通り、あるいは命令通り、安倍晋三首相は3月15日にTPPの交渉に参加すると正式発表した。有り体に言えば、「独立放棄宣言」。ISDS条項によってアメリカの巨大企業が環太平洋地域に住む人々の生殺与奪の権を握るのだ。 例えば、企業活動や金融システムに対する規制、食糧の安全、環境汚染の防止、労働者の権利保護、誰もが医療を受ける仕組みなどを各国の政府や議会で決定することが不可能になる。最終決定権が各国から奪われるからだ。 多くの人から批判されているにもかかわらず、マスコミは相変わらずTPPを農業問題にすり替える宣伝を続けている。正に厚顔無恥。国と国との取り決めだとする説明も正しくない。TPPとは、環太平洋地域をアメリカの巨大資本が支配する帝国への扉なのである。 詳細は明らかにされていないが、漏れてくる情報から判断すると、フリードリッヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンの考えた世界を築こうとしているのだ。「1%」にとっての楽園、「99%」にとっての地獄。そもそも、この秘密主義がTPPの如何わしさを示している。 経済活動とは商品と対価を交換する活動の連鎖。単純化して言うと資金の循環。何らかの事情で資金の循環が滞ると不景気になるわけだ。かつては過剰生産云々ということも言えたが、現在では、実際に人びとが生活する社会から金融市場というカジノへ資金が流出していることが不景気の最大要因。社会への還流が少ないためにカジノは肥大化してきた。動脈瘤のようなものだ。 カジノへの資金流入量が細って博奕が破綻すると、庶民が尻ぬぐいを強制され、さらに不景気になる。富裕層にとっては夢のような仕組み、庶民のとっては地獄のスパイラル。金融機関は勿論、大企業に資金を投入しても大半はカジノへ消えていく。 こうした資金の流れができた最大の原因は、ロンドン(シティ)を中心とするオフショア市場/タックス・ヘイブンのネットワーク。1970年代に築かれた。巨大企業や富裕層はそのネットワークを使って資産を隠し、課税を回避してきたのだが、この仕組みはカジノへ資金を流し込むパイプであり、犯罪組織などがマネー・ロンダリングする場でもある。 現在、世界的にこの仕組みが問題になり、EUでさえ、何らかの規制をしようとしているが、シティやウォール街、大西洋の西と東に拠点を持つ金融資本にとっては許し難いこと。環太平洋と環大西洋、ふたつのリングに自分たちの帝国を築こうとしているようにも見える。当然、TPPでも金融活動への規制は事実上、不可能になるだろう。 マスコミはTPPの実態を報道しようとしないが、少なからぬ人がそれに気づいている。書籍もあるが、インターネット上で情報が流れていることは大きい。外国の話もマスコミというフィルターを介さずに触れることができる。 そのように、巨大資本にとって好ましくない情報が飛び交うインターネットをTPPは規制しようとしている。例えば、ACTA(偽造品の取引の防止に関する協定)やSOPA(オンライン海賊行為防止法案)なども、そうした目的で持ち出されてきた。 アメリカ企業としては、中国への対抗上、より賃金が安いベトナムを取り込もうとしている。つまり、今後も低賃金を維持し、労働環境の改善を許さないということだ。そうでなければメリットがない。 また、巨大薬品会社の利益が増えるように仕組みは変えられ、保険会社の意向で日本の国民皆保険は事実上、崩壊すると見られている。難病にかかった庶民はきわめて困難な状況に追い込まれ、遺伝子操作作物に対する規制など食糧の安全を図る政策は困難になると覚悟する必要がある。 ハイエクやフリードマンの「理論」に基づく経済政策が実行された最初の国は軍事クーデター後のチリ。アメリカの巨大資本にとって邪魔な人たちが弾圧を受け、殺される中、フリードマンの弟子たち、いわゆるシカゴ・ボーイズが経済政策を作り上げたのだ。 国有企業を私有化、労働者を保護する法律を廃止、労働組合を禁止、そして外国からの投資を促進する政策を推進、さらに健康保険、年金、教育なども私有化しようと試みている。こうした政策の結果、チリの国内産業はダメージを受けて社会は崩壊、経済の根幹部分を外国の投資家が支配することになった。ラテン・アメリカの軍事政権は同じような政策を実行している。日本も同じ道を歩んでいるということだ。軍事政権でもないのに。
2013.03.16
イギリス政府に続き、フランス政府がシリアの反政府軍に武器を供給したいと言い始めた。勿論、2年前に体制転覆プロジェクトが動き始めた頃から、トルコにある米空軍インシルリク基地では反政府軍の兵士が訓練を受けてきた。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、あるいはイギリスとフランスの特殊部隊員だとされている。 リビアの体制転覆もイギリスとフランスが仕掛けた。2010年10月、リビアで儀典局長を務めていたノウリ・メスマリが内部文書を携えてパリへ渡ったところから「内乱」の幕が開いたのだ。 パリでメスマリはフランスの情報機関員やニコラ・サルコジ大統領(当時)の側近たちと会談し、11月に「通商代表団」をサルコジはベンガジに派遣した。その中に潜り込んでいた情報機関や軍のスタッフは、メスマリから紹介されたリビア軍の将校と会っている。ちなみに、この頃、フランスとイギリスは相互防衛条約を結んだ。 この2カ国にアメリカが合流、NATO軍として空爆や電子戦を実行、さらに作戦を立案している。さらにサウジアラビアやカタールが資金や武器を提供、傭兵を雇って送り込んでいる。何度も書いたことだが、地上軍の主力になったLIFGは2007年11月にアル・カイダの加盟組織になった武装集団。アルジェリアやマリで活動しているグループとは緊密な関係にある。リビアの体制が崩壊した後、こうしたグループの戦闘員は武器を携えてシリアへ移動している。 シリアでもイギリスとフランスは体制転覆を実現しようと必死だが、リビアと違って戦闘が長引いている。ロシアが軍事介入に反対していることもあるが、早い段階で反政府軍の嘘が露見、住民を虐殺しているのは体制転覆を目指しているサラフィ主義者や外国人傭兵(アル・カイダと重なる)だということが明らかになり、シリア人から支持されていないことも大きいだろう。 反政府軍の残虐行為は東方カトリックの修道院長もローマ教皇の通信社と通じて報告、「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は、地上の真実と全く違っている。」と語っている。 つまり、イギリス、フランス、アメリカ、トルコ、サウジアラビア、カタールなどによるシリアの体制を転覆させようという試みにカトリックは批判的な姿勢を見せていた。そうした中、ローマ教皇が退位し、「アメリカの教皇」と呼ばれる人物がカトリックのトップに立ったわけだ。 反政府軍に武器を提供、傭兵を雇って送り込んでいるのはサウジアラビアとカタール。サウジアラビアはアメリカやイスラエルと1979年頃から手を組み、2007年より前の段階でシリアやイランに対する秘密工作をスタートさせたと言われているのだが、表面上、欧米は反政府軍に武器は提供していないことになっていた。EUもシリアへの武器提供は禁じている。 そうした中、1月にはイスラエル軍の戦闘機がシリアの領空を侵犯、ダマスカスを空爆したが、その直後にロシア軍のミグ31がシナイ半島を横断してイスラエルの方向へ飛行して威圧している。イスラエル側からの警告を受けて西に転回、地中海に出たのだが、その地中海には18隻で編成されたロシア軍の艦隊が待機していた。イギリスであろうと、フランスであろうと、アメリカであろうと、直接的な軍事介入が難しいということだ。 そこでイギリスとフランスは武器を提供したいと言い始めたのだろうが、シリア情勢が彼らにとって厳しくなっていることを示唆している。「平和を願う」と嘘を言う余裕がなくなっている。トルコ側は勿論、イラク、ヨルダン、レバノンとの国境を反政府軍が押さえているとも言われるが、シリア国内では思惑通りに進んでいないのだろう。
2013.03.15
新しいローマ教皇にブエノスアイレス大司教のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が選ばれ、フランチェスコ1世を名乗るという。この人物、軍事政権下のアルゼンチンで展開された「汚い戦争」、要するに巨大資本のカネ儲けにとって邪魔だとみなされた人間の虐殺に責任があると批判されているのだ。 当然、軍事政権は現地の経済界とも友好的な関係にあった。経済大臣に選ばれたホセ・アルフレド・マルティネス・デ・ホスは経済界の大物で、デイビッド・ロックフェラーの親友としても知られている。経済政策は1973年に軍事クーデターがあったチリと同じように、強者総取りの新自由主義。つまり、アルゼンチン人の富はアメリカの巨大資本とその手先であるアルゼンチンの支配層に盗まれることになった。 ベルゴリオは1973年から79年にかけて、イエズス会アルゼンチン管区の管区長を務めている。この間、1976年にクーデターで軍事政権が誕生、83年まで続いた。チリのクーデターと同じように、黒幕はヘンリー・キッシンジャーだと言われている。 軍事政権下で「行方不明」となった人数は3万人とも言われている。実は、1976年にふたりの司祭が誘拐され、拷問を受けた事件でベルゴリオ自身も告発されている。 アルゼンチンに限らないが、ラテン・アメリカのカトリック教会は上層部と末端の聖職者は分裂している。つまり、上層部は基本的に軍事政権を支持したのに対し、貧困層の中に入って活動していた聖職者は「解放の神学」を唱え、貧困、抑圧、不正義と戦う姿勢を鮮明にしていた。ベルゴリオは上層部に属していたということだ。 アメリカから自立しつつあるラテン・アメリカ。そのリーダー的な存在だったベネズエラのウゴ・チャベス大統領の死とタイミングを合わせたかのように「アメリカの教皇」が誕生したと言う人もいる。1978年、ヨハネ・パウロ1世の急死(今でも他殺を信じている人は少なくない)を受けて行われたコンクラーベでポーランド出身のヨハネ・パウロ2世(カロル・ユゼフ・ボイティワ)が誕生したことを思い出す人もいるだろう。 パウロ6世は1963年に教皇となるが、その前からCIAの大物、例えばアレン・ダレスやジェームズ・アングルトンと緊密な関係にあったことが知られている。そのパウロ6世の側近だったシカゴ出身のポール・マルチンクスが1971年にIOR、いわゆるバチカン銀行の総裁に就任した。この時代にバチカン銀行を舞台として、債券偽造事件や不正融資事件が起こるが、いずれも非公然結社のP2が関係、アメリカ政府の東欧工作を支援していた。 1977年頃にはイタリア銀行監督局のマリオ・サルチネッリ局長が調査を命令、78年4月になるとアンブロシアーノ銀行の調査が始まる。1979年になると関係者が殺されるなど捜査妨害が活発化するが、81年3月にP2の頭目、リチオ・ジェッリの自宅や事務所が家宅捜索され、イタリアの情報機関、SISDEとSISMIの長官、ジュリオ・グラッシーニとジュゼッペ・サントビトを含むP2の会員リストが国家機密文書のコピーとともに発見された。P2は「NATOの秘密部隊」、つまりグラディオと結びついていたのである。P2はアルゼンチンにも強力な人脈を持っている。 アンブロシアーノ銀行の頭取だったロベルト・カルビは1982年6月にロンドンで変死しているが、そのカルビは生前、アンブロシアーノ銀行経由で流れた不正融資の行き先はポーランドの反体制労組「連帯」だと家族や友人に話していた。 またアメリカのジャーナリスト、カール・バーンスタインによると、連帯が受け取った資金の出所はウィリアム・ケイシーCIA長官(当時)と関係が深い「民主主義のための愛国的援助」で、そこからバチカンや西側の労働組合などを介して流れたというのだ。 連帯に送られたのは資金だけではなく、当時は珍しかったファクシミリのほか、印刷機械、送信機、電話、短波ラジオ、ビデオ・カメラ、コピー機、テレックス、コンピュータ、ワープロなどが数トン、ポーランドに密輸されたという。連帯の指導者だったレフ・ワレサも自伝の中で、戒厳令布告後に「書籍・新聞の自立出版所のネットワークが一気に拡大」したと認めている。こうした工作とボイティワの教皇選出が無関係だと考える方が不自然だ。 かつての東欧と同じように、今後、ラテン・アメリカでもアメリカは秘密工作を展開する可能性がある。アメリカの巨大資本にとって邪魔な体制を転覆させるということだが、今度も思惑通りになるとは限らない。
2013.03.14
日本でも愛知県渥美半島の沖ではメタンハイドレートから天然ガスを取り出したと騒いでいる。このケースに戦争は絡んでいないが、世界を見渡すと、各地でエネルギー資源を求める争いが起こっている。中東や北アフリカでの戦乱は勿論、フォークランド/マルビナス諸島をめぐるイギリスとアルゼンチンの対立でもエネルギーが絡んでいる。 北海油田の生産量が減少、危機感を募らせているイギリスだけでなく、アメリカやフランスもエネルギー源を支配するため、あらゆる手段を講じている。そのひとつが軍事介入にほかならない。 中東の油田地帯といえば、ペルシャ湾岸の周辺が有名だが、21世紀に入ってから地中海の東側に天然ガスが存在していることが知られるようになった。USGS(アメリカ地質調査所)の推定によると、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガス、そして34億バーレルの原油が眠っているという。 この地域には、リビア、エジプト、パレスチナ(ガザ)、イスラエル、レバノン、シリア、トルコ、ギリシャといった国が並んでいる。「アラブの春」、イスラエルのガザに対する弾圧、シリアの戦闘、ギリシャの「経済危機」など、揺れ動いている。トルコはヨルダンと同様、シリアへの軍事介入の拠点になっている。リビアやシリアの体制転覆にサウジアラビアなど湾岸の産油国が熱心な理由もわかる気がする。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビアは1980年代からアフガニスタンやイランに対する体制転覆プロジェクトを推進している。次のターゲットとして狙われているのはイラン。アメリカ主導でイランに対する「制裁」も実行されている。 そのイランからパキスタン、そしてインドへと石油を輸送するパイプライン(IPパイプライン)の建設が計画されている。すでにイラン側は完成しているようだが、3月11日にパキスタン側の起工式が開かれた。アメリカ政府は反発しているというが、すでにアメリカの無人機などによる住民殺戮でパキスタン人のアメリカに対する反発は高まっている方が大きな問題。 パキスタンが「イスラム過激派」を水面下で支援しているとアメリカ政府は疑っていると伝えるマスコミもあるが、その「イスラム過激派」を1970年代の終盤から80年代にかけて作り上げたのがアメリカ、パキスタン、サウジアラビア。最近ではリビアやシリアでの体制転覆作戦でNATOがアル・カイダと手を組んでいることも明らかになっている。つまり、アメリカはパキスタンのことなど言える立場にない。 アメリカには中央アジアの油田からパキスタンへ石油をパイプラインで運ぶという計画があった。その中心的な存在だった会社がUNOCAL。ロシアを回避するため、アフガニスタンを通過するルートを採用することになり、混乱するアフガニスタンを安定化させる必要に迫られた。そこで作り出されたのがタリバン。1996年にタリバンはアフガニスタンの首都に入り、その2年後にほぼ全土を制圧した。この当時、リチャード・ヘルムズ元CIA長官の義理の姪がタリバンのアメリカでの「非公式代表」として動いている。オサマ・ビン・ラディンがアフガンスタンへ入ったのも1996年だという。 ところが、1996年11月に中央アジアからパキスタンをつなぐパイプラインの建設はアルゼンチン会社に決まってしまう。UNOCALが敗れたということだ。そして1997年にビル・クリントン政権のマデリーン・オルブライト国務長官がアフガニスタンの新政権を批判、98年8月にナイロビとダル・エス・サラームのアメリカ大使館が爆破され、その直後にアメリカ政府はアル・カイダのキャンプがあるコーストとジャララバードを巡航ミサイルで攻撃している。ネオコンからの圧力があったとも言われている。 アメリカはイスラム武装グループ(アル・カイダ)を作り、育て、利用しているようなのだが、肝心なところで立場が逆転、アメリカが利用されているように見える。「アラブの春」が吹き荒れる前、中東やアフリカではBRICS、特に中国の影響力が強まっていた。現在はアル・カイダをはじめとする武装勢力で体制転覆を図り、そこにNATOが軍事介入するという形で利権を奪還しようとしているようだが、これも思惑通りに進かどうかわからない。
2013.03.12
日本でも「戒厳令」を導入しようという動きがある。自民党の石破茂幹事長は10日、仙台市内で開かれた党宮城県連大会で、「緊急事態」には政府が国民の権利を一時的に制限できるようにするべきだと発言したというが、これもそうした動きのひとつ。石破の主張は、国民の権利を制限する、つまり憲法の機能を停止させる、要するにクーデターのために「緊急事態」を引き起こせば良いという考え方にもつながる。 そもそも「緊急時に国民の権利を制限する」ことによって「国民の生命、財産を守る」という意味がわからない。戦闘で私有財産を破壊しても賠償責任を負わないというようにも聞こえる。法律について詳しく検討したわけではないが、現在の自衛隊の場合、賠償責任が生じる可能性がある。 アメリカでは、1980年代にCOGというプロジェクトが動き始めた。大災害などの緊急時に憲法の機能を停止させることが目的だとされ、2001年9月11日に始動している。 このプロジェクトには「前史」がある。それまでにも「核戦争」で政府機能が失われた場合の「バックアップ政府」の仕組みはあったのだが、ロナルド・レーガン政権では核戦争以外の「緊急事態」に拡大したのだ。 アメリカでは1945年5月7日に放射性物質を爆破する原爆予備実験を実施、原子爆弾の製造に目処がたった。その翌日にドイツは降伏する。これを受け、イギリスのウィンストン・チャーチル首相は数十万人の米英軍と再武装したドイツ軍約10万人が連合し、ソ連を奇襲攻撃しようと考えたが、軍の反対で実行されなかった。当時、日本政府がこうした動きを知っていたなら、降服を遅らせようと考えただろう。 アメリカでは日本がポツダム宣言の受諾を連合国側へ伝えた直後、ソ連に対する核攻撃の研究が始まる。1957年になると攻撃の準備がはじまり、1963年に実行しようとするグループが情報機関や軍の内部にいたとされている。ドワイト・アイゼンハワー政権では、核戦争後の「秘密政府」で中心的な役割を果たす8名が選ばれていたという。 1963年の後半になれば先制攻撃に必要なICBMが準備できる見通しで、ソ連が追いつく前に戦争を始めたかったとも言われている。(これは本ブログでも書いたことがある。)この計画を阻止したのが1963年11月に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領。ジミー・カーター政権時代の1979年に設立されたFEMAは、こうしたプロジェクトの延長線上にある。 その間、1959年に国防総省はアメリカ東海岸にあるアレゲーニー山脈(アパラチア山系の一部)のグリーンブライアという場所に「地下司令部」をつくる工事を始めている。そこには大統領や有力議員が生活することになっていた。1962年には完成している。 秘密政府の計画は1980年代に入っても続けられ、1987年にジャック・ブルックス下院議員がこの問題を「イラン・コントラ事件」に登場するオリバー・ノース中佐に質問している。ただ、このときはダニエル・イノウエ上院議員が「高度の秘密性」を理由にしてさえぎってしまった。イノウエ議員は、それが「高度の秘密性」を持つことを知っていたわけだ。(後にCNNがこのプロジェクトについての番組を放送するが、日本でCNNと提携していた放送局は否定的なコメントをつけて流していた。) そして1988年、ロナルド・レーガン大統領はプロジェクトの対象を「核戦争」だけでなく、あらゆる「国家安全保障上の緊急事態」に対応するように改めた。つまり、政府が主観的に緊急事態だと判断すれば、憲法を停止できるという仕組みに作り替えられたということである。そして2001年9月11日を迎え、登場したのが「愛国者法」。この法律は1980年代から準備されていたのである。 石破幹事長がどの程度認識しているのかは不明だが、彼の発言はアメリカの「戒厳令プロジェクト」に酷似、ファシズム体制へ移行するための仕組みに見える。アメリカの好戦派/ネオコンから耳打ちされている可能性もある。
2013.03.11
2年前の3月11日、東電福島第一原発で「過酷事故」が引き起こされ、大量の放射性物質が環境中に放出され始めた。事故が収束する見通しは立たず、被害がチャルノブイリ原発を上回るスピードで進んでいる可能性があることは本ブログでも書いた通り。にもかかわらず、安倍晋三政権は原発を再稼働させようと必死で、4月上旬にはフランスのアレバがMOX燃料を日本に向けて運び出す予定だという。 事故の引き金になった地震は11日の14時46分に発生した。政府や東電は津波が原因で全電源喪失という事態になり、メルトダウンへ進んだとしているが、地震で装置が破壊されたことが原因だとする指摘に説得力がある。 翌12日の15時36分に1号機で爆発、14日11時1分には3号機で爆発、両方とも映像が流された。政府や東電はいずれも水素爆発だとしているが、3号機の場合は1号機と明らかに爆発の様子が違い、別の原因だと考える方が自然。15日6時10分に2号機で「異音」、そして6時14分に4号機の建屋で大きな爆発音があったという。 アメリカでは、おそらく、こうした爆発が原因では、建屋から1マイル(約1.6キロメートル)以上離れた場所で1センチメートル程度の燃料棒の破片が見つかったと報道されているのだが、2011年7月28日に開かれたNRCの会合で、新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は、発見された破片が炉心にあった燃料棒のものだと推測している。 3号機の爆発で飛び散ったとするならば、爆発は使用済み核燃料プールでなく、炉心で起きたことになる。NRCが会議を行った直後、8月1日に東京電力は1、2号機建屋西側の排気筒下部にある配管の付近で1万ミリシーベルト以上(つまり実際の数値は不明)の放射線量を計測したと発表、2日には1号機建屋2階の空調機室で5000ミリシーベル以上を計測したことを明らかにしている。この排気筒を通って燃料棒の破片が飛び散った可能性もあるだろう。勿論、これ以外にも可能性はあるが。 燃料棒の破片についてはNRCが公表している議事録にも記載されているわけだが、日本のマスコミがこの件を取り上げているのだろうか?(日本のマスコミは情報源としてあまり役に立たないので詳しくはチェックしていないが) 日本では政府や東電だけでなく、学者もマスコミも原発の新たな「安全神話」を広めたいようで、事実を隠蔽そうと必死だ。多くの人が指摘しているように、健康面への影響がチェルノブイリ原発のケースより早く出ている可能性がある。 そのチェルノブイリ原発事故から27年、被害が顕在化する時期に入っている。福島の事故が起こる少し前、ニューヨーク科学アカデミーから出版された『チェルノブイリ:大災害の人や環境に対する結果』によると、チェルノブイリ原発事故による影響で死んだ人や胎児は98万人に達し、健康などにも影響が出ているという。 この報告書を執筆したのはロシア科学アカデミー評議員のアレクセイ・V・ヤブロコフ氏など3名で、英語の論文や報告だけでなく、現地で使われているロシア語などの文献にもあたり、実際に患者を治療している医師などにもインタビューしている。報告書の編集を担当したジャネット・シェルマンがこの辺の事情を説明している。 チェルノブイリ原発の直後、AAI(国際反原子力会議)はヨーロッパで約100万人が癌にかかるだろうと予測していた。被害者の数という点では予想通りになっているようだ。ただ、最近の研究では、癌だけでなく心臓病を引き起こし、脳神経にダメージを与え、免疫力を低下させてさまざまな病気を誘発するとされている。 アレバは今年中に日本は原発6基を再稼働させるのではないかと語っているが、これが正しいなら、正気とは言えない。女川原発や福島第2原発が「過酷事故」にならなかったのは幸運だっただけであり、4号機のプールが崩壊すれば地球規模の問題になることも忘れているのだろうか?もっとも、ただでさえ危険な原発を日本のような地震国に乱立させること自体、正気ではないが。
2013.03.10
イギリスのウィリアム・ヘイグ外相は、シリアの反政府軍に対して装甲車や防弾服を供給する意向を示した。これまで兵器の供給や傭兵の雇用など軍事面の支援はサウジアラビアやカタールといった湾岸の独裁産油国が担当していたのだが、その仕組みが機能しなくなっているのかもしれない。 兵器の流入ルートとして、最近、話題になっているのはクロアチ。アメリカ政府の指示でサウジアラビアが購入、トルコやヨルダンからシリアの反政府軍へ流れているという。さらに、イギリスなどのヨーロッパ諸国からも武器が渡っている可能性がある。反政府軍側は兵器の供給を強く求める発言をしているが、欧米はすでに武器を供与している。体制転覆プロジェクトが予定通りに進まず、武器が不足しているのだろう。 アメリカの共和党政権がサウジアラビアやイスラエルと手を組んだのは1980年代。イランへの武器密輸、ニカラグアの反革命ゲリラ支援、そしてアフガニスタンの反政府/ソ連軍ゲリラ支援で手を組んだのである。2000年代の半ばになると、この3者はイランやシリアに対する秘密工作を始める。 しかし、1980年代にはイラクのサダム・フセイン政権をどう扱うかで意見は対立していた。アメリカのジョージ・H・W・ブッシュやジェームズ・ベイカーたちはフセインを湾岸産油国の守護神と考えていたのに対し、イスラエルのリクードやアメリカのネオコン(親イスラエル派)は排除すべき敵とみなしていたのである。 この対立はネオコンが勝ったようで、ブッシュ・シリアが大統領に就任した頃、国防総省はネオコンの影響力が大きくなっている。ソ連が消滅した1991年にはイランやシリアを攻撃する計画をペンタゴンは持っていた。1992年には軍事力で「唯一の超大国体制」を築くという戦略をDPGで描こうとしている。 このDPGは草案の段階でリークされ、批判が殺到して書き直されたが、ネオコン系シンクタンクPNACが2000年に公表した報告書『アメリカ国防の再構築』に反映されることになった。 こうしたネオコン/イスラエルのビジョンを具体化させる切っ掛けが2001年9月11日の出来事。航空機がニューヨークの世界貿易センターにそびえる超高層ビルに突入、国防総省の本部庁舎が攻撃されのである。その6週間後にネオコンが主導権を握るジョージ・W・ブッシュ政権は、イラク、イラン、シリア、リビア、レバノン、ソマリア、スーダンを攻撃する計画を作成した。 2011年3月にシリアで体制転覆を目指す勢力が政府軍と戦争を開始するが、その頃からトルコにある米空軍インシルリク基地では反政府軍の兵士が訓練を受け、教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、あるいはイギリスとフランスの特殊部隊員が務めていたと言われている。体制転覆を狙う武装集団の背景はリビアと基本的に同じということだ。 戦闘が一進一退を続ける中、昨年からヨルダンで反政府軍が訓練を受けるようになったと伝えられている。3月8日付けのガーディアン紙は、アメリカだけでなくイギリスやフランスの教官が訓練していると伝えているが、昨年12月にもアメリカとイギリスがヨルダンで反シリア政府軍を訓練していると報道されている。反シリア反政府軍の主力は湾岸産油国に雇われた傭兵で、アル・カイダとつながっている。 リビアの体制転覆プロジェクトで地上軍の主力だったLIFGは2007年11月からアル・カイダの加盟組織。ムアンマル・アル・カダフィ体制が倒された後、アル・カイダが軍の兵器庫から武器を手に入れてシリアへ移動、マークを消したNATOの輸送機もリビアからトルコの基地まで武器を運び、反シリア政府軍に渡されたとも伝えられている。 アメリカ(ネオコン)、イスラエル、そしてサウジアラビアは1980年代から協力関係にあるが、これまでは武器や傭兵の供給はサウジアラビアやカタールが担当、アメリカ、イギリス、フランスなどは直接、軍事的な支援をしていないように演出してきた。 ところが、ここにきてイギリスなどは露骨に軍事的な支援を口にするようになったいる。マリやアルジェリアへ戦闘員が移動しているという話もあり、体制転覆プロジェクトがきしみはじめているのかもしれない。
2013.03.09
今から68年前、1945年の3月9日から10日にかけて東京の下町は大規模な空襲で火の海になった。その日、約300機と言われるB29爆撃機が飛来し、深川、城東、浅草などの地域に焼夷弾が投下され、焼き尽くされたのである。 攻撃はターゲット地域の周囲に焼夷弾を落とすことから始まった。火の壁をつくり、逃げ場を失った人々の頭上に焼夷弾をさらに投下、10万人、あるいはそれ以上とも言われる住民を焼き殺すことになる。 日本の軍需産業は中小企業が生産拠点となっていたからだとする人もいるが、下町の攻撃は明らかに非武装の住民を殺すことが目的だった。軍需産業の中枢は大手企業の工場なのだが、そうした工場より庶民の住む地域が狙われている。そこで、都市部の爆撃は「無差別」でなく、「計画的」だったとする人もいる。大量殺戮が目的だったということだ。 この作戦を指揮したのはアメリカ空軍のカーチス・ルメイ。破壊と殺戮で全てを解決しようという類の人物で、広島と長崎への原爆投下も責任者は彼だ。1945年3月から8月の間にルメイが殺した日本の民間人は100万人以上だと言われている。 このルメイに対して日本政府は1964年に「勲一等旭日大綬章」を授与している。源田実元航空幕僚長の推薦だったという。ルメイの行ったことは日本の支配層にとって好ましいことだったのだろうか? 源田は「自爆攻撃」の祖とも言うべき特攻隊の産みの親と言われているが、その責任をとることなく、戦後は自衛隊に入った。1959年に国防会議での内定がひっくり返され、「空飛ぶ棺桶」とも呼ばれるF104戦闘機が採用されているが、このときの航空幕僚長は源田であり、内閣総理大臣は岸信介。源田は広域暴力団「稲川会」系の右翼団体「大行社」を支援していたことでも知られている。 ところで、原爆の開発はアメリカやイギリスの支配層に少なからぬ影響を与えた。ソ連を攻撃しようという気運が高まったのである。その前後の動きを確認しておこう。 1945年4月12日にフランクリン・ルーズベルト米大統領が執務中に急死、5月7日にアメリカでは放射性物質を爆破する原爆予備実験を実施、その翌日にドイツが降伏、7月16日に原爆の爆破実験がトリニティ・サイトで実施されて成功、ハリー・トルーマン米大統領はソ連のヨセフ・スターリンに対し、新型爆弾を開発したと伝えた。 先ず動いたのがイギリスのウィンストン・チャーチル首相。数十万人の米英軍と再武装したドイツ軍約10万人が連合し、ソ連を奇襲攻撃しようと考えたのである。これが「アンシンカブル作戦」。ジャーナリストのステファン・ドリルによると、7月1日に「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この奇襲攻撃が実施されなかった最大の理由は、軍部が反対したからだという。 ソ連を核攻撃したいという欲望はアメリカでも急速に膨らみ、日本がポツダム宣言の受諾を伝えた直後には「ピンチャー」と呼ばれるプロジェクトが動き出し、統合参謀本部の研究報告には70個の原爆をソ連の標的に落とすという内容が盛り込まれた。1957年になるとソ連に対する先制核攻撃の準備がはじまる。当然、1960年の安保改定にもこうした動きは反映されていたはず。ルメイに日本が勲章を授与したのもこの時期。 ここで少し時間を戻して1950年。朝鮮半島で戦争が勃発した。この戦争が北側の奇襲攻撃から始まったという話に疑問があることは本ブログでも書いた通りだ。日本では「左翼」と自称している人たちもこの「神話」を信じているようだが、国際的には疑問を持っている人が少なくない。 ところで、この朝鮮戦争でもルメイは大規模な空爆を実施している。この攻撃で朝鮮の78都市と数千の村が破壊され、多くの市民を殺している。ルメイ自身の話では、3年間に人口の20%にあたる人を殺したという。まれに見る大量殺戮。この大量殺戮を実行したアメリカに朝鮮を批判する資格はない。 1960年代の前半、ルメイをはじめとする軍や情報機関の好戦派はジョン・F・ケネディ大統領と激しく衝突、ミサイル危機を平和的に解決したことにも我慢がならなかったようだ。こうした中、キューバ軍を装って「テロ」を繰り返してキューバに軍事侵攻するという筋書きの「ノースウッズ作戦」も練られていた。 好戦派は当時、焦っていたようだ。1963年の後半になれば先制攻撃に必要なICBMが準備できる見通しで、ソ連が追いつく前に戦争を始めたかったのだ。ところがこの年の6月に大統領はアメリカン大学の学位授与式(卒業式)でソ連との平和共存を訴える。そして1963年11月、ケネディ大統領は暗殺された。 暗殺の直後、キューバやソ連が黒幕だという話が流されて米ソ開戦の危機が高まったのだが、副大統領から昇格したリンドン・ジョンソン大統領がFBIの情報を聞いて開戦を決断せず、核戦争は回避された。 その一方、ジョンソンはケネディの決定を取り消し、ベトナムへの本格的な軍事介入を始める。この時に行われた「北爆」もルメイが中心的な役割を果たしたと言われている。ルメイのような人物が野放しにされていたことを考えると、「戦争犯罪人」という言葉が空々しく聞こえる。
2013.03.08
アメリカ軍はイラクに秘密の拘束/拷問施設を設けていた/いる。その施設にドナルド・ラムズフェルド国防長官が責任者として送り込んできた人物がジェームズ・スティール大佐。その軍人には、中米のエル・サルバドルへ特殊軍事顧問として派遣されていた過去があるという。 イラクでスティールに次ぐ位置にいたのがジェームズ・コフマン大佐。彼はデービッド・ペトレアス前CIA長官の「目と耳」と言われていた。ペトレイアスもスティールと同じ時期にエル・サルバドルへ行った経験がある エル・サルバドルは「14家族」に支配され、その背後にはアメリカの巨大企業が存在している。軍事訓練をしていたということは、この親米独裁体制に抵抗していた人たち、つまりアメリカの巨大資本にとって都合の悪い勢力を殲滅するため、「死の部隊」を操っていたということだ。 1979年7月にニカラグアではサンディニスタの革命政権が誕生しているが、エル・サルバドルでも独裁体制は揺らいでいた。その前から拷問が問題になり、宗教関係者の犠牲も後を絶たなかったのである。1979年5月には警察隊が首都にある首座大聖堂の正面玄関に向かって銃撃、23名を射殺している。その様子はアメリカのネットワーク局CBSのカメラマンも目撃していた。 この当時、ORDENと呼ばれる武装集団が虐殺を繰り返していた。1960年代の末に軍が結成した組織。大統領官邸の内部から指揮されていたと言われている。 その流れの中から出てきたひとりがロベルト・ダビッソン陸軍少佐。アメリカの国際警察学校や台湾の政治工作幹部学校で訓練を受けている。アメリカのマイアミで生活してる寡頭制の支持者たちが彼のスポンサーで、台湾から帰国した後、国家治安局の副長官に就任、FAN(後のARENA)を設立した。 1980年1月には人口約630万人と言われたエル・サルバドルで約20万人が参加したデモが首都のサン・サルバドルで行われている。デモは平和的に進んでいたのだが、その集団が狙撃され、少なくとも21名が殺されたという。国家警備隊が宮殿の内部から銃撃したとオスカル・ロメロ大司教は断言し、非難している。そのエル・サルバドル政府に570万ドル軍事援助を計画したアメリカ政府に対し、大司教は抗議する手紙を送っている。 その後もロメロ大司教は軍事政権による虐殺を批判し続け、首都サンサルバドルの大聖堂で行われたミサの最中、暗殺されることになる。アメリカの大手メディアはこの暗殺を「極右と極左の闘争」が原因だというストーリーで描こうとしたが、当時のエル・サルバドル駐在アメリカ大使、ロバート・ホワイトはこれを否定している。1984年2月、ホワイト大使は下院の西半球問題小委員会で証言、暗殺はダビッソンが計画したと断定的に語っているのである。 ホワイトによると、ダビッソンは約12名を隠れ家に呼び出し、大司教暗殺の実行者をくじ引きで決めた。当たったのはフランシスコ・アマヤ・ロサ中尉だが、実際に引き金を引いたのは射撃の名手、ウォルテル・アントニオ・アルバレスだった。そのアルバレスはサッカー場で口封じのために殺されている。 1980年12月にエル・サルバドル軍はカトリックの女性聖職者4名を殺害している。ニカラグアで開かれた会議に出席していた人と出迎えた人、合計4名はミニバンでサン・サルバドル近くの国際空港から市街の戻ろうとしたところ、兵士に車を止められ拘束された。全員がレイプされたうえで射殺されているのだが、これは司令部からの命令だったと言われている。この虐殺を当時のアメリカ政府高官、例えばジーン・カークパトリックやアレキサンダー・ヘイグ国務長官は擁護していた。 1980年代にアメリカ政府は秘密裏にニカラグアの反革命ゲリラを支援、エル・サルバドルでは独裁体制の弾圧が続いた。スティールはニカラグアでの秘密工作にも参加している。 こうした凄惨な状況を中米で作り出していたのが「民主主義国家」を自称するアメリカの政府だ。「民主制は独裁制、独裁制は民主制」とアメリカや日本の支配層、あるいはその取り巻きは主張している。 そのアメリカ政府が自国民を法手続なしに無人機で殺すことができるとする司法省の覚書が存在すると伝えられている。アル・カイダ、あるいはその関連グループの幹部だと判断されたなら可能だということらしいが、その判断基準は曖昧。アメリカ国内でも殺害できるとも解釈されているようで、アメリカがエル・サルバドル化しつつあるようにも見える。
2013.03.07
ベネズエラのウーゴ・チャベス大統領が58歳の若さで死亡した。南アメリカの結束を強めてアメリカの巨大資本に対抗する流れを作り上げた人物であり、その影響は中東やアフリカへも及んでいた。「キューバを筆頭に、後ろ盾を失った地域の反米左翼陣営が今後苦境を迎える可能性は高い」と朝日新聞の岩田誠司記者は書いている(3月6日付け夕刊)が、これこそがアメリカ支配層の望んでいることにほかならない。 一昨年の12月、チャベスはアメリカ政府が南アメリカの指導者を癌にしているのではないかと発言している。確かに、癌を誘発する物質やウイルスはあるようで、不可能なことではない。 この発言の背景には、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領、ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ元大統領、そしてパラグアイのフェルナンド・ルゴ大統領が相次いで癌になった事実がある。同じ時期にアルゼンチンのクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領も甲状腺癌だとされ、手術したが、後に癌でなかったとされている。なお、キルチネル大統領の夫、ネストル・カルロス・キルチネル元大統領は2010年に心臓病で死亡している。享年60歳。 死の前、ネストル・キルチネルはオリバー・ストーンに対し、ジョージ・W・ブッシュ米大統領が戦争は「経済活性化」の手段だ力説していたと語っている。その様子はドキュメンタリー映画「国境の南」に納められている。 1999年にチャベスは大統領に就任、2001年から2期目に入る。その年、アメリカの大統領はビル・クリントンからジョージ・W・ブッシュへ交替していた。そこで、ブッシュ政権はチャベス排除に乗り出し、クーデター騒動に結びついたと見られている。 アメリカ側で実際に動いたとされているのはネオコンでイラン・コントラ事件のも登場するエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そして1981年から85年までのホンジュラス駐在大使で、後に国連大使にもなるジョン・ネグロポンテだ。 そのほか、駐在武官だったジェームズ・ロジャーズ中佐の関与も指摘され、クーデターの際にはアメリカ海軍がベネズエラ沖で待機していたともいう。チャベスを排除した後の新政権は実業家のペドロ・カルモーナを中心に作る予定だったようだが、勿論、このクーデターは失敗に終わった。 20世紀に入る直前からアメリカの支配層は中南米を「裏庭」だとみなしていた。16世紀から膨大な量の金や銀を持ち帰っていたスペインに対する抵抗運動が激しくなっていた19世紀の終盤、アメリカは南への侵略を始める。国内で先住民を殲滅、土地の支配も一段落し、新たな略奪先としてスペインが支配する地域に目をつけたわけである。 そうした中、1898年にアメリカの軍艦、メイン号がキューバのハバナで爆沈した。船に積まれていた火薬が爆発、アメリカは水雷による攻撃が原因だと主張、戦争に発展したのだが、事故説やアメリカ側の自作自演説を信じる人は少なくない。 事件の前からキューバをめぐってアメリカとスペインとの間では軍事的な緊張は高まっていた。ウィリアム・マッキンリー米大統領は外交的に問題を解決したいと考えていたのだが、アメリカの新聞はアメリカ国民を煽り、戦争へと駆り立てる。メイン号の事件は外交的解決への道を閉ざすことになり、大統領は開戦に踏み切ることになった。 戦争はアメリカの勝利で終わり、スペインはキューバの独立を認める。つまり、アメリカがキューバを支配することになった。さらにプエルトリコ、グアム、フィリピンをアメリカは買収する。 戦争に反対だったマッキンリーは1901年にニューヨークで暗殺され、副大統領から昇格したのがセオドア・ルーズベルト。新大統領は軍事力を使った侵略に前向きで、「棍棒外交」を展開することになる。最初のターゲットがベネズエラだった。次のウィリアム・タフト大統領も棍棒外交を継続するのだが、そうした侵略の先兵として働いたのが海兵隊である。 こうした流れを見てもわかるように、最初からアメリカは侵略/略奪者にほかならない。略奪の手先として利用してきた勢力も分け前を貰い、巨万の富を築いた。この連中のマネをしようとしているのが現在、日本を支配している「エリート」たちだ。 第2次世界大戦後、世界各地で植民地が独立していく。こうした中、「民主主義」の看板を掲げたアメリカは海兵隊を送り込むのでなく、破壊工作を採用した。 例えば、1954年にはグアテマラのヤコボ・アルベンス政権を軍事クーデターで倒している。この政権は1950年の選挙で圧勝していた。民主的なプロセスを経て成立した政権を暴力で倒すのが「民主主義国家」を自称するアメリカ。クーデターの背後ではアメリカの秘密工作、PBSUCCESS進められていた。 「民主主義は独裁、独裁は民主主義」という声が聞こえてきそうだが、そうした話を広めるためにアメリカはプロパガンダを展開している。その責任者は、後にウォーターゲート事件で登場するE・ハワード・ハントだ。 キューバに対しては1961年に「亡命キューバ人」による軍事侵攻が試みられている。黒幕はアメリカの軍や情報機関。この侵攻作戦が失敗することは予想されていたことで、本当はアメリカ軍が直接介入する道を作ることにあったと考えられている。が、ジョン・F・ケネディ大統領はアメリカ軍の直接介入を拒否、CIA幹部の責任を問い、アレン・ダレス長官らを解任した。 その後、統合参謀本部ではキューバを装って破壊活動を展開、その責任をフィデル・カストロ体制に押しつけて軍事侵攻するというノースウッズ作戦が練られたが、これもケネディ大統領に阻止されることになる。この作戦で中心的な役割を果たしたライマン・レムニッツァー統合参謀本部議長は再任が拒否されている。 アメリカ軍の直接的な軍事侵攻というシナリオが困難になると、カストロの暗殺を試みるようになる。その回数は600回を超すともいう。CIAがとんまだったという見方もあるが、ある元CIAエージェントによると、明るみに出るのは失敗した工作だけ。キューバ以外では成功していると言いたかったようだ。その元エージェントが1980年代に話していたことだが、その当時、特殊な噴霧器にサリンを入れて吹き付けるという方法が使われているということだった。 1973年にはチリで軍事クーデターがあった。1970年の選挙で勝利したのは、アメリカ支配層にとって都合の悪い社会党のサルバドール・アジェンデ。クーデターの際にアジェンデは死亡、彼を支持していた3000名以上の人も殺されたと言われている。 この当時の大統領はリチャード・ニクソンだが、ウォーターゲート事件で身動きのとれない状況。事実上、アメリカ政府を動かしていたのはヘンリー・キッシンジャーだった。クーデターの黒幕はこのキッシンジャーだ。 ウォール街にとって都合の悪い政権を倒し、邪魔な勢力を一掃した後に乗り込んできたのが経済学者のミルトン・フリードマンの一派。いわゆるシカゴ・ボーイズだ。国有企業を私有化、労働者を保護する法律を廃止、労働組合を禁止、そして外国からの投資を促進する政策を推進する。後に、健康保険、年金、教育なども私有化しようと試みている。こうした政策の結果、チリの国内産業はダメージを受けて経済の根幹部分を外国の投資家が支配することになる。(ここにTPPの本質が示されている。) こうしたアメリカの支配が1980年代に入ると崩れ始め、チャベスの登場につながったわけである。リビアに君臨していたムアンマル・アル・カダフィもチャベスに影響を受けたようで、自国が保有する金、あるいは産出する石油を利用してアフリカ諸国を欧米のくびきから解放しとうとしている。その象徴が金貨ディナール。ドルと決別しようとしたのだ。が、彼は「アフリカのチャベス」になることはできなかった。NATO、湾岸諸国、そしてアル・カイダによって体制が倒され、虐殺されてしまったのである。 現在、欧米の支配システムは自壊し始め、アメリカやイギリスなどはこうした歴史の流れを力ずくで止めようとしている。「反米左翼陣営が今後苦境を迎える」ことを願っているわけだが、すでに南米の民衆は覚醒している。中東のように殺戮と破壊を持ち込むことはできても、かつてのような独裁体制を復興させることは難しいだろう。
2013.03.06
2年前の3月8日、イギリスのインデペンデント紙は石原慎太郎都知事(当時)のインタビュー記事を掲載した。前にも書いたことだが、その中で日本は核兵器を作るべきだと石原はおだをあげ、佐藤栄作政権が独自に核兵器の開発を続けていたならば、朝鮮による「拉致事件」も起こらなかったと主張する。 1年以内に核兵器を保有できると語り、仮想敵国として中国や朝鮮のほか、ロシアを挙げている。こうした国々を恫喝できるだけでなく、全世界に対して「強いメッセージ」を送ることになるとも主張したようだ。彼が考える「理屈」によると、外交の交渉力とは核兵器を意味している。 石原が特に意識しているのは中国。恐らく劣等感の裏返しで、チンピラ、いや幼児のように周辺のアジア諸国を口汚く罵りたがるが、面と向かって議論する度胸、能力はないようだ。アメリカに対しても安全な場所から吠えてみたりするが、これは計算尽くで腰が引けている。問題が起こったなら、自分より立場の弱い人間に押しつけて逃げる。 石原の周辺には宗教/カルトの臭いがぷんぷんするが、社会的な弱者、例えば障害者や公害の被害者などに対して露骨に蔑んでみせる。「間違ったこと」はしたくないが、不当なものを手に入れたがる類の人びとにとって、自分の代わりに「間違ったこと」を言ってくれる石原は心地良い存在なのかもしれない。 インディペンデント紙の記事には、2010年9月に尖閣諸島/釣魚台群島の近くで引き起こされた出来事が登場する。この諸島の領有権は田中角栄政権の時代に「棚上げ」ということになり、日本が占有する形で推移してきた。それを日本が壊したのである。海上保安庁が「日中漁業協定」を無視する形で中国の漁船を取り締まり、その際に漁船が巡視船に衝突してきたとして船長を逮捕したのだ。 海上保安庁は国土交通省の外局だが、事件当時に国土交通大臣を務めていたのが前原誠司。事件の直後、外務大臣に就任している。国交省が日中関係を悪化させたとしても、本来なら外務省がカバーすることになる。が、国交大臣と外務大臣が同一人物である。この人事自体、菅直人政権が中国との関係悪化を望んでいたことを暗示している。 この逮捕劇で日本は中国人船長を釈放しているが、それが気に入らないと石原は叫ぶ。弱腰だというわけだ。彼の理屈では、日本が核兵器を持っていれば漁業協定を無視して中国人船長を逮捕しても許され、ロシアだって日本を尊敬するということになるらしい。(だから朝鮮も核兵器を欲しがっているのか?) 核兵器を保有するだけでなく、高性能兵器を輸出しろとも語っている。「零式艦上戦闘機(ゼロ戦)」の幻影に取り憑かれているようで、かつて、日本は世界最高の戦闘機を作り上げたとも自慢する。夢よもう一度、ということのようだが、ゼロ戦の優位が長く続かなかったことを忘れてはならない。 この記事が掲載された翌日に三陸沖でマグニチュード7.3の地震があり、この地震に誘発されたかのようにして11日にマグニチュード9.0の巨大地震、いわゆる「東北地方太平洋沖地震」が発生する。この巨大地震で東電の福島第1原発が「過酷事故」を起こし、大量の放射性物質を環境中に放出、いまだに収束の目処はたっていない。 地震で原発の下には無数の亀裂が入っているはずで、放射性物質は今でも外部へ漏れ出ている可能性が高い。地震や台風など、何らかの原因で4号機の使用済み核燃料プールが崩壊したならば、日本全土が生活に不適切な場所になるだけでなく、人類の生存に関わる問題になると懸念されている。 事故から1年ほどして、つまり今から1年ほど前、兵器級プルトニウムに関する情報(原文、日本語訳)が入ってきた。CIAの幹部に情報源を持つジャーナリスト、ジョセフ・トレントが日本は1980年代から一昨年3月までに70トンの「兵器級プルトニウム」を蓄積、その隠れ蓑に電力会社が利用されてきたというのである。このプロジェクトにはアメリカの核ビジネスが関係しているという。核実験を行ったとしても不思議ではない。 原発事故の後、日本政府/東電は膨大な量の超高濃度放射能汚染水を太平洋に流し始め、太平洋の沿岸では今後、深刻な被害も予想されるのだが、そうした現実を無視して日本人は事故を水に流し、忘れようとしている。支配層は核兵器の開発を忘れていないだろうが。
2013.03.05
東京電力の福島第1原発で「過酷事故」が引き起こされてから2年近くになるが、事故はいまだに収束していない。何らかの原因で使用済み核燃料プールが崩壊したならば、日本全土が生活に不適切な場所になるだけでなく、人類の生存に関わる問題になると懸念されている。この原発には隠された闇がまだあると疑う人も少なくない。 そうした中、WHO(世界保健機関)は福島第1原発の事故に伴う福島県内の住民らと原発作業員の被曝による発癌リスクを推測、報告書として発表したが、この報告書は核エネルギー利用の推進機関、IAEA(国際原子力機関)に承認されたものだということを忘れてはならない。 1959年、WHOとIAEAは合意文書に調印した。その第1条第3項の規定により、一方の機関が重大な関心を持っている、あるいは持つであろうテーマに関するプログラムや活動の開始を考えている場合、その機関はもうひとつの機関に対し、問題を調整するために相談しなければならない。表面的には「相互」という形式だが、事実上、WHOがIAEAの検閲を受け入れたということだ。 そうした立場のWHOだが、原発から半径20キロメートル(12マイル)以内の地域に住んでいた女性の幼児が甲状腺癌になる確率は70%増えると推定している。日本のマスコミはこの数値を軽視しているが、福島県では女児に甲状腺癌が発見されているので、これを無視するわけにはいかなかったのだろう。無視すれば、将来、責任問題になりかねない。 福島県の場合、原発事故の当時に18歳以下だった住民のうち約3万8000人の甲状腺を超音波で検査、3人が甲状腺癌と診断され、7人に疑いがあると2月13日に県民健康管理調査の検討委員会で明らかにされた。3人だとすると0.0079%、10人だとすると0.026%ということになる。 一般に小児の甲状腺がんの発生は100万人当たり1~3人と言われているのだが、福島県立医大の鈴木真一教授は「今回のような精度の高い超音波検査で大勢の子どもを対象にした調査は前例がなく、比較はできない」と説明したという。 しかし、あの山下俊一と長瀧重信らがチェルノブイリ原発の周辺で事故から5から7年後に行った甲状腺の超音波を使った検査によると、癌が見つかったのは1万4000人にひとり(0.0071%)であり、高汚染地域では4500人にひとり(0.022%)。つまり、福島ではチェルノブイリより速いペースで癌になっている可能性がある。 東電は2011年3月11日の事故で放出された放射性物質の総量はチェルノブイリ原発事故の約17%に相当すると発表しているが、計算方法に問題があるとも指摘されている。計算の前提では、放射性物質は圧力抑制室(トーラス)の水で99%が除去されることになっているのだが、今回は水が沸騰していたとみられ、ほとんどの放射性物質が環境中に漏れ出たと考えるべき状況だと原子力エンジニアで内部告発者でもあるアーニー・ガンダーセンは指摘している。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書) 福島のケースでは格納容器内の圧力が一気に上昇しているので、トーラス内の水は吹き飛ばされたり、大きな泡が生じていた可能性も高い。そうした状況になっても放射性物質の除去は期待できないだろう。 ガンダーセンの推測では、福島第1原発で漏洩した量はチェルノブイリ原発事故の2〜5倍に達するという。つまり、チェルノブイリより福島で甲状腺癌が早く現れても不思議ではない。 鈴木によると、甲状腺癌は4から5年で発見するというのが「チェルノブイリの知見」だそうで、「断定はできない」が、見つかった癌はもともとあったものだと語ったという。支離滅裂。科学とは事実が出発点なのだということを忘れてはならない。この教授、多くの学会や委員会に名を連ね、理事、評議員、世話人などにもなっている。研究する隙はないだろう。つまり「政治家」だ。 甲状腺癌の増加は原発事故が招くひとつの結果にすぎないが、今後の展開を予測する手がかりになる。ロシア科学アカデミー評議員のアレクセイ・V・ヤブロコフたちのグループがまとめた報告書『チェルノブイリ:大災害の人や環境に対する重大な影響』によると、1986年から2004年の期間に、事故が原因で死亡、あるいは生まれられなかった胎児は98万5000人に達する。一般に癌や先天異常が問題にされるが、それだけでなく、心臓病の急増が問題だとも指摘されている。また免疫力の低下が報告されているので、さまざまな病気が増え、知能が低下する可能性もある。
2013.03.01
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