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死んだらそれでおしまいそう言いながらも死んでも輪廻転生で生まれ変わりがあると考えるのは死んでもこの世現世の法則に捕らわれている気がする死んだらこの世もあの世も関係なく無に帰る‘その方が自然だと思うけれど経験からなのか本能からなのか生まれ変わりを信じている自分がいる過去から未来へ時間が流れるけれども死んだ後もこの法則に縛られるのはおかしいと思うその一方であの世の存在を信じてもいる矛盾ムジュン矛盾の塊だ
2022/03/25
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植木に水をやる道具「ジョウロ」は如雨露と書くあめつゆのごとしとはよく考えられていると思う如雨露がこう書くのならジョウゴはあめつゆののちという意味で如雨後と書くと思ったけれど実際は漏斗と書くらしい調べると僕が思っていたジョウゴは雨樋のことで雨が降って屋根を伝って落ちる水を集めて流す道具のことだったそれにしても如雨露と命名した人はセンスがあると思う
2022/03/21
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故郷の記憶八幡神社家の店先の前の大通りを突き当たると神社があって石段を登ると広い境内に立派な社が建っている境内には幾つもの小さな祠があって八百万の神々が祀られていたようだった田舎に帰らなくなっても時々思い出したように夢に見る子供の頃夢遊病になって真夜中の境内で目が覚めたらと思うと眠るのが怖くて仕方がない時期もあった怖がりだったので幽霊も怖くて今も恐怖映画は苦手で平気な人が羨ましいというより恐怖映画が好きな人の気持ちが分からない
2022/03/18
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初めて見てからその言動に図々しさ厚かましさを感じて苦手というか嫌いだったIKKOさんどんだけも背負い投げも面白いとは思えなかったIKKOさんが出る番組は見るのを避けてきたそれが今日IKKOさんが出ているCMを見てあっ僕この人好きかも好きというのは言い過ぎでもこの人人間的に好感が持てる人かもと思った理由は分からない自分でも解せないけれど見方が印象がガラリと変わった自分でも不思議だ
2022/03/15
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子供の頃飼っていた猫は隣の家の猫と喧嘩して負けてばかりいた我が家の猫は小柄のブチ猫で隣の家の猫は大きな三毛猫だった三毛猫は近所のボス猫で我が家のブチは小柄ながら向かって行っては負けてばかりいた負けても向かっていくのを止めることも出来ず次第にブチは弱っていった動物は自分の死期を悟ると人間の見えないところで亡くなると聞いたことがあるけれども我が家のブチは家の中でフラフラ歩いてばたりと倒れそのまま動かなくなったその後の記憶が曖昧だけれど母か祖母が近所の川の側の土手に埋めたと聞いた記憶があるただそのときの感情はおぼろげで自分がどう思ったのかの記憶が断絶している悲しみよりも苦しさが深い
2022/03/11
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現実の読み方が分からない読み方というか掴みかたが分からない軽やかな調べが聞こえて来ると眠りの中で歌う人と人とは向き合えば儚くも美しい人と人との関係は難しいけれど深い試してみても人を傷つけるし試みが相手をも傷つける生きていくときこころが泣くと鏡の前で笑い顔を作って凌いでいる
2022/03/08
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注意すべきこと(汚くて申し訳ありません)ガムを嚙んで捨てるのが面倒くさいと思って飲み込むこれは決してやってはいけないこれをやるとトイレが詰まる今まで二度トイレが詰まったことがあるいろいろ考えた結果思い至ったのが二度ともガムを嚙んでそのまま飲み込んでいたことだった一度や二度飲み込むのなら良いかもしれません けれど繰り返すのはダメだと思いますトイレが詰まる理由はそれ以外思いつかない汚い話で申し訳ないけれどガムを嚙んでそのまま飲み込むのはトイレが詰まるのでやめたほうがいいと思います
2022/03/04
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女兄弟が多かったせいで雛飾りは立派なものだった人形の数こそ多くはなかったけれどお内裏様は屛風を背景に精巧に作られていた飾りも殿上人が住むような囲いに柱が立っていて子供心にもとても美しいと思った物心つく頃は大切にしまわれて男雛も女雛も古紙に包まれて年に一度押し入れから出されて飾られていたけれど女兄弟達が成長するにつれて飾られなくなった母が病気になったのと同じ頃雛飾りをしていた部屋は母の病室となって家にはいつの間にか重い空気が漂うようになったそのせいか雛祭りには美しさと重苦しさの両方のまだら模様とも言うべき印象がある
2022/03/03
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