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迷い猫ボスを写真公開します。 かなりやんちゃな猫で困っています。家の中をノシノシ歩き回り、まるで泥棒が品定めをしているかのようです。 これまで飼っていた黒柴のナルが自棄を起こすぐらい、寵愛を受けようと娘たちにこびへつらいへばりついています。
2005年06月30日
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昨日は朝から大阪市内、早めの昼食をとり、午後から谷町界隈で申請受理や問い合わせの仕事をこなすつもりであったが、数日来の寝不足がたたったのか、あまりの暑さに身体もやる気も気だるい。近くの喫茶店に飛び込み、しばらくどころか、かなり長い時間昼寝をした。 申請中の案件、現場調査を待っているがまだ連絡がない。他の案件は来週あたりかもしれないと踏んでいる。いずれにしても暑いときの現場調査は辛い。 郵政民営化が修正の末に自民党総務会を通過したとのこと。あとは衆議院で可決されるかないかだ。もし否決されたら参議院で2/3以上の賛成を要することとなるらしい。郵政も大事だがわれわれにとっては景気回復が一番の関心事。原油高騰はなんとも気になるところだ。 ところで新潟が豪雨で、東京が6月としては42年ぶりの猛暑とか、こちらのほうもかなりおかしいよ。近未来、どうにかなるんじゃないのか?
2005年06月29日
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一週間前に拾った捨て猫のボスがかなり元気になった。食欲も旺盛でマグロの缶詰をむさぼっている。この調子では来週末ぐらいに手術が可能かもしれない。 まだ子猫なので甘えたいのだろうか? すぐにすり寄ってくる。仰向けに寝ていたらお腹の上に乗りたがる。胃のあたりに乗っかるのだが、これが結構重いのである。 いたずらするところまではまたいかないが、まずはやれやれである。
2005年06月28日
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6月もあとわずか。あっという間に後半戦突入です。 ところで海開き間近だというのにいっこうにまとまった雨が降らない。これはどうしたことか? 世界的に異変が続いていて、これは地球の基本的構造が狂いだしているせいだという人がいる。確かにそういうこともあるかもしれない。快適さの代償として自然破壊が進んだせいだ。この快適さも人間だけのものであり、動植物は例外なく犠牲になっている。 太陽の恵みとわき出る水の融合は様々な恩恵を地球にもたらした。人工太陽や人工の水などとは無縁の、ピュアな命の源泉がそこにはあった。 自然への回帰を唱えるカナダ生まれの作家がいる。日本では開高健などもそうだった。自然の恵みに感謝し、自然に融合する形で生きることの大切さを唱えていた。 演歌のように「雨、雨、降れ、降れ、もっと降れ」では降りそうにない今日の空模様である。
2005年06月27日
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空き腹、一気にアルコールが入ったために今日は二日酔いでダウン。コメントが辛い。 救いは子猫がご飯を食べはじめ、元気になっていること。ではまた明日、よろしく
2005年06月26日
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とりあえずは猫用グッズを買い込んだ。飼うと決まればすることも早い。 今日の夕刻は末娘が所属するラグビー部の父兄会、夏合宿の予定やその準備についての話し合いの後、懇親会が開かれることになっている。 監督はウワバミ以上の酒豪だ。私も飲むが量的にはそんなに多くない。すぐギブアップしてしまう。ギブアップすると眠くなってくる。電車で揺られるともうダメである。往復イビキである。 いくら飲んでも人に絡んだりすることは全くない。多少多弁になったりするだけで、周囲からはおとなしい酒だとよく言われる。人畜無害の酒飲みなのである。
2005年06月25日
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朝から迷い子猫を連れて動物病院へ。 まずは健康診断が主目的ではあった。生後二週間あまりのオス。白と灰、タイガー模様のブチである。捕獲後の怯えもなくなり、まずはやれやれだが、肝心の食欲がない。そんなことで飼育方法等を兼ねての登院であった。右足の付け根が膨らんでいるので診てもらうと、なんと筋肉が破れている? とのことで、二週間後に手術をすることに。 人間に虐待でもされたのだろうか? 飛び降りたぐらいではこんな怪我をするはずがないとのことである。虐待ならひどい話である。 ひどいといえば、飼い主?(いつのまにか)が出すことになる手術費用が数万円! まさに、トホホホである。 泣き言ついでに白状するが、来月には姪の結婚祝いもあって、こちらは十万単位。鰹節を削るような出費が続く。これでまたしても目前に迫っていたニューマシンが遠いた。 こうなったら念力で使って仕事を引き寄せるしかあるまい。 ボロ儲け! ボロ儲け! みんな寄ってたかってこっちへ来い!
2005年06月24日
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迷い猫、昨日はかなり落ち着いていたが、早朝からピーピー鳴いてうるさい。 早朝といえば朝からベルが鳴った。出てみると近所の老婆、野菜を獲ってきたらしく、そのおすそわけ。 ベルを鳴らすといえば、ハードボイルド作家ジェームス・ケインの処女作「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を思い出す。この作品はのちに映画化され、フランク役のジャック・ニコルスンが好演した。印象に残る作品というのは何かを訴えかけるものを内在しているものだ。 長い間断筆していたが、そろそろ書きたくなってきた。アイデアは徐々に貯め込まれている。ないのはお金と時間だけだ。
2005年06月23日
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子猫が迷い込んできた。どうにか捕獲したが怖がっていて何も食べないし、牙をむくばかり。どうしたものか? 逃げないように檻に入れている。逃げたら車に曳かれてしまうのがオチだからだ。誰か教えて下さい。ピーピー鳴いてばかりいます。このまま餌を食べないと死んでしまいます。
2005年06月22日
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まもなく海開き。昔はこれが待ち遠しくてしかたがなかった。川や池に飛び込み、小遣いがある時は近くの市営プールに飛び込んだ。 川や池には水生動物がいて格好の遊び相手だった。近くの川にはウナギもいた。水遊びに飽きたら次は野山。セミやカブトムシなどの捕獲は時を忘れさせてくれた。 親は勉強しろなどとは一言も言わなかったが、行儀作法だけはやたらうるさかった。明治生まれの祖父からはよくゲンコツを食らったものだ。 宿題が一番頭の痛い苦労ごとではあったが、ひと夏を自由気ままに越した子どもは秋になると確実に成長をしていたものだ。
2005年06月21日
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梅雨らしくない。夜、窓から忍び込む風はいまだ春の顔をしている。 梅干し作りに必要な赤い紫蘇を提げている人をよく見かける。わが家でも先日赤い紫蘇が干してあった。食べやすいという理由でいつも小梅を漬けている。 大きい梅なら一個ですむところを、食べやすい分だけ小さいのでお茶漬けなどの際には何個も食べることになる。 一番良いのは大小の梅を同時に漬けること。こんなことが可能かどうかわかりませんが。 宅建業の役員変更届を頼まれてすでに2ヶ月を過ぎたが、いまだに書類が揃わない。新役員の経歴書だ。催促の電話を入れるたびに、「忘れてました。とにかくいそがしいんで・・・、すぐに書いてFAXしますから」 何度もこうしたやり取りがあったが、そのまま。役員は奥さんと義母、おそらくは数年の社会人生活の後、専業主婦だったと思うのですが・・・。もしそうなら難しく考えていただかなくてもいんですがね。代わりにこちらが書くわけにもいかない書類なので困っています。 ところで身分証明などの有効期限は3ヶ月、いよいよ尻尾に火がついてきたというか、焦ってきました。 心当たりのある依頼人さん、もしこの日記を見ておられたら大至急FAXくださああい!
2005年06月20日
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アジサイが見頃とかで、カミさんは長姉と宇治の三室戸寺へ行った。王寺で快速に乗り換え、奈良からまた快速で宇治。料金は950円。所要時間は一時間ほどだ。帰路は平等院を見学して帰るとのこと。 私? 車庫証明の案件でちょっと走ってくるだけ。後はじっくり下調べの読書と決め込むつもり。 うちは交通事故の案件が多い。なかでも後遺症等級認定に絡むものが多い。そうしたことから医学書を読む機会が多い。小説なら楽しく味わい、読後感も爽快だが、こちらは文学系にとっては難解そのもので、ちょうど正露丸を何粒もかみ砕くような感じだ。 文学的に表現すれば、頸椎あたりの交感神経や副交感神経などの触手が四方八方に根を張り、互い互いを牽制しあい、離合集散を繰り返す、利害関係で複雑に絡み合っているような感じか。 それでも読みこめばどうにか私の頭でも理解はできるようになってくるから医学書もまんざら苦手ということもない。身体のことがわかるので面白い部分もあったりする。ただし読後感は毎回、バレ・リュー症候群と頸椎捻挫である。
2005年06月19日
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若い頃、とある通夜の席で村の古老から、人間にとって「式」というのはとても大事な行事だと聞いたことがあります。 入学園式、卒業式、成人式、任命式、入社式、結婚式、上棟式、銀婚式、金婚式、葬式、思いつくままに書き出してみました。ほかにもあるかもしれませんが。ところで肝心要の誕生日が入っていないのは意外な気がします。 考えてみると式というのは人生の節目に存在していますよね。転機というか、新たな起点となるローケーションにあります。 式を大事にし、行事をすればお金がかかるから、最近では儀式的なモノは省くというか簡素化する方向にあるようです。個人的な好みでしょうが、上記に列記した式ぐらいはキッチリやりたいと考えます。 ところで昔は結婚式は家でやり、葬式は外で行った。喜びごとは家の中(福は内)、忌み嫌いごとは家の外(鬼は外)が当たり前というか当然のことであった。しかし昨今はこれが反対になってしまっています。どうしてなんでしょうか? 誰か教えてください。
2005年06月18日
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今日は許認可の申請。昨日は何回も見直しをする。ケアレスミスがみじん埃のようにでてきます。計算値が違うので書き換えもなんどかあった。 常に、「目標 一発受理!」 を掲げていますが、見解の相違といいますか、担当者によって書面等や記載内容が微妙に異なったりするので、あとから思わぬ補正があったりします。人生もそうですが、許認可申請もマニュアル通りにはいかないのが辛いです。 苦しい時の神頼み。今日は台所の三宝荒神さんにお参りしてから出かけることにします。
2005年06月17日
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雨がしとしと降っている。こんな日は窓拭きをするのに最適の日である。ガラスの表面に湿気が付着し、汚れを浮きあがらせるので頑固な汚れでも拭き取りが簡単なのだ。 ところで、水は霊力を呼び、清浄するものと昔から考えられていた。墓に水を掛けるのも冷気で先祖霊を誘い呼ぶ為であり、墓を清めるためであった。冷気に釣られて邪悪なども寄って来るから線香をくすべて厄を祓うのだ。ろうそくは目印の役目を果たす。三点セットの意味がわかればお墓詣りの蘊蓄もふえる?
2005年06月16日
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カミさんの実家の隣組の方が亡くなられ、病身の義父の代役としてお手伝いを請われた。 なんどか町会長をしていたので葬儀は慣れている。樒を書いたり、会計帳場で手配や諸費用などを出し入れする。明日が通夜で明後日が告別式、お手伝いが忙しいのは通夜。樒や香典の受付にはじまり、喪主とのあいだで、精進落としの会席や焼香順位などを決め、手配と筆書きをする。 葬式やら斎場などは葬儀屋さんに任せておけば大丈夫だ。 いずれにしろその分時間が取られるので急ぎで仕事をこなさないといけない。
2005年06月15日
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きょうは朝から府庁。申請中である産廃の進捗状況を尋ね、その後は大阪法務局に立ち寄り、「登記されていないことの証明書」3通を申請受理する予定。 谷町界隈で昼ごはんを食べ(どなたか美味しいところ知りませんか?)、地下鉄で谷町9丁目まで戻り、そこからは徒歩で午後からの大阪入国管理局実務者研修会の会場となっている上六のホテル「アウイーナ大阪」へ向かうつもり。最後には効果測定もあるということ。夏日の昼下がり、睡魔と闘いながらの研修会にならぬよう、昨夜は早く寝た。さて結果はいかに?
2005年06月14日
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月曜日はどういうわけか物憂げ。しかも今朝は8時に面談の約束、時間がないので日記も落ち着いて書いていられない。 面談後はそのまま大阪の北東部まで向かう。気分が物憂げなので空模様ぐらいカラッと晴れてくれるとありがたいが、エアコンを入れると愛車が苦しげに喘ぐのだ。だからといって渋滞の中、暑さを我慢することはできない。幸い曇っている。このまま曇ってくれていることを愛車のために祈ることにする。
2005年06月13日
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いつものように早朝から事務所に座っている。左右の壁に貼り付けられた30WのスピーカーからはFM大阪が流れている。 日曜の朝はおしゃべりなど無用だ。ガンガン、エンドレスに音楽を聴かせてもらいたいと願う。今朝の気分からするとアームストロングがお似合いかもしれない。 雨降りの日曜日ならシャンソンに限る。イブモンタンやピアフが良い。ダミアでは少し暗すぎて、頸椎あたりから下がってくる感じだ。マイルスやチャーリーパーカーは真夏の、まだ加熱途中の冷たい朝日が似合う。 もうすぐ梅雨入り。こどもの頃、近くの公園ではこの時期になると庭にアジサイが咲いた。目を見張るような、あでやかな花だという印象が今だ消えることなく、鮮明な形姿で記憶の底に沈殿している。当時の私はアジサイの茎を踏みつけ、花弁をかき分け、何かに憑かれたようにカタツムリを探していた。 いずれにしろ日曜の朝にはおしゃべりなど無用,じっと耳を澄まして流れる音楽を拾うことに専念する、これが一番の贅沢だ。
2005年06月12日
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今日は土曜日、ということでお役所は休み。 さて予定だが、朝から相談、午後から利害関係者の訴えによる親子関係不存在確定判決後の対処について担当の弁護士さんからお話を伺うことになっている。雨が降っているので帰路居酒屋で一杯飲むかもしれない。 雨降りと一杯にあいだにどんな関係があるのか? そんなのは自分でも説明不能、わからないが、このあたりはアメリカの伝説的作家サリンジャーの「バナナフィッシュには最良の日」と似ていないこともない。つまりは人間の行動にいちいち理由付けなどいらないということ。 帰宅後(おそらく夕刻)は損害賠償請求書、解約書作成とその投函が待っている。少し遅れ気味ではある。しかしこういった書面は早ければ早いほど良いというものではない。内容を十分吟味し、的確にして相手に反論の余地を与えない周到な文章が必要だからだ。かわされたり逃げられたりしないよう、鋭く串刺しにし、息の根を止めるような文章が何よりも求められる。 明日の日曜も朝から相談、午後からは風俗と宅建の許認可申請書の仕上げにかかる予定だ。明後日は宅建と産廃、明明後日は入管実務研修と、今のところ、進行方向の線路だけは途切れずに続いている。
2005年06月11日
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今日は娘が通う高校の運動会だ。先日来からさかんに来てくれと言う。普通高校生ともなれば来てくれとは言わないだろうに。 あいにく出かける仕事があって観に行けない。カミさんがビデオカメラで撮ると張り切っているが、撮れたためしがない。昨夜もいろいろ触っていたが、無理だと諦めた様子。 今朝は5時から仕事をしている。メール相談がたて込んでいて返答が遅れ気味。なんとも嬉しい悲鳴である。あっ、携帯がぶるぶる震えている。またメールが入ってきたようだ。
2005年06月10日
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前橋まで所用があって上野駅から汽車に乗った主人公は母親に手を引かれた兄妹と乗り合わせることになる。むずがる幼子たちをたしなめながらもあやすまだ若い母親、ときおり悪さをする兄妹に目を細めながら、汽車に揺られる主人公、母親の持っている切符がちらり、行き先が「網走」となっている。 煎じ詰めればこれだけの短編小説ではあるが意味するところは深い。読後の想像力はすさまじい勢いで拡大撹拌していく。 小説作法として一番マズいのはすぐに形容詞や副詞を多用し、説明をしてしまうこと。サービス精神旺盛なのはたいへん結構だが、小説にはそもそも説明などは無用の長物、しっかり描写さえ怠らなければ、あとは読者が自身の想像力を働かせ、独り歩きをしてくれるものなのだ。作者の意見や考えを押し付けてもらいたくないヘビーな読者はそれを楽しむために本を読むのだから。 表題の「網走まで」という文字、これだけでもかなりの想像力が沸き立ちます。そこに普通の母子を登場させることで、なにか汽車の進行と同時にうら悲しい、よからぬ不幸を想像してしまい、すごくインパクトありますよね。実際は、単に実家が網走にあるだけのことなのかも知れないですが、読者の先入観をうまく梃子にしていて、そういう意味では秀作ですよね。まっ、読後、心が重くなるような小説ではありますが・・・。
2005年06月09日
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田舎暮らしの番組に、都会で10数年サラリーマン生活を送ったあと、五島列島に移り住み、主に生花業を営む若夫婦が出ていた。そのときの奥さんのコメントが、「元々はサラリーマンの妻になるのが夢でした」 というものだった。 一瞬耳を疑って次に、へえ、こんな人もまだいるんだ、と思った。 確かに昔はこういう人が圧倒的に多かった。三食昼寝付だと言われていた時代があったのだ。さらにもっと古い時代になると、女中まで雇っていた。 さすがに女中を雇えるサラリーマンは数少なかったが、いることはいた。例を出すと志賀直哉の名作「小僧の神様」に出てくる主人公は女中を雇っていた。 この作品の時代背景は大正昭和前後、おそらくは帝大を出たであろう若いサラリーマンが、都心に庭付き女中付の家に、出産を終えたばかりの若い妻と赤子と暮らしている。子どもの成長を計るため体重計を買いに丁稚奉公として小僧が勤める「秤屋」さんを訪れるというもの。小僧は配達を言いつかって、サラリーマンの後ろについて歩いている。 小僧の夢は寿司を食べること。ところが寿司は高級品でなかなか食えない。 あるとき、小僧は寿司屋に入るサラリーマンを見かける。 ・・・・・・この間を説明すると長くなるんで割愛、結局、小僧は寿司をご馳走になった。そこで小僧にとってはサラリーマンがまるで神様のようにみえたことから題がつけられている。 思わぬ方向に話が脱線、ついては拙い解説になってしまいました。志賀直哉の名前が出てきたついでに明日は「網走まで」を解説しましょうかね。まっ、予定は未定ということですが・・・。
2005年06月08日
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月○万円で優雅に暮らす田舎生活、こんなキャッチフレーズのTV番組が人気らしい。 プレハブ校舎にビートルズ、大学紛争を経て最後はまさかの倒産、リストラを経験した団塊世代の老後にはお似合いかもしれない。 それにしてもビートルズとジーンズはこれまでの社会観を根底から覆すに十分な力量と迫力を持ち合わせていた。エレキギターが流行、ロングヘアでは町の理髪店が閑古鳥が鳴き、紳士ズボンを縫製する町工場がたくさん廃れた。 番組を観ていて気がついたのは若い人も田舎暮らしをはじめていることだ。自由きままに育ってきた、それを実生活でも実践したいという。 昔は田舎になどいたら満足な生活すらできなかった。ところが今はちがう。沖縄の離れ小島にだってCTやMRIの設備がある病院が建っている。 青い海と自然を眺めていると、猫の額のような狭苦しい空間をローンで購入、一生涯かかって返済していくという、これまでのライフスタイルが陳腐にさえ見えてくる。 豊かさの尺度は銭金だけじゃない。わかっているがなかなか実践できないもどかしさに都会人の、今日的な憂鬱が潜んでいるのかもしれない。TVを見ながら、ふとそんなことを感じた。 ITの時代はあの産業革命と比較すれば数倍以上の大変革を社会にもたらすと言われている。都会で仕事をする人であっても田舎暮らしが絵空事でもなんでもない、そんな時代がすぐ目の前にやって来るのだ。 有史以来長い長い間、人は本来、朝陽と共に目を覚まし、晴れた日は外で働き、雨の日は家で読書を楽しむ、日が暮れたら横になる。波の音や森の梢のそよぐ音が子守歌であった。 鮭に限らず動物には帰巣本能があるといわれている。当然われわれ人間にだって帰巣本能がある。帰りたいけど帰れない、と思いこんでいる、いや、無理に思いこもうとしているだけなのかもしれない。 心の呪縛が取り除けたらどれだけ楽になるだろう、近未来、子どもたちが巣立っていく。そのあとの人生をどう生きようか。最近そんなことを「明るく、健康的、建設的な姿勢」で考えはじめている。
2005年06月07日
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カミさんがいないのでメシがない。近鉄八尾駅で娘たちと落ち合い、寿司屋の「函館市場」で夕食を食べるつもりだったが、店は順番を待つ人で一杯。しかたなく他の店で食べることにした。 二人ともよくしゃべる。頷かないと怒り出したりするから、ふんふん、相づちを打つ。時々質問したりするから気が抜けない。しっかと内容を吟味し、その事態に備えなければいけないので結構疲れる。 二人とも朝が早い。朝6時前に目が覚め、トイレに下りたら、台所の明かりがついていた。消し忘れか、と思ったがそうではない。人の気配がする。末娘のようだ。 朝の八時過ぎまでまどろんでいた。朝日が窓からさし込むが、気温が低いせいもあってか朝日までが肌に心地よい。 いつもとはちがって階段を駆け下りる音もなく、ドアを開閉する音もなく、二人とも静かに家を出ていった。カミさんがいないだけで、こんなに静かな家になるとは考えもしなかった。
2005年06月06日
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日曜日の朝6時、家族全員が居間と台所とトイレとを行き来している家などそう多くはあるまい。 カミさんは同窓会とかで岡山の湯郷温泉への一泊旅行だ。3月に有馬温泉でやったばかりだというのにどうなっているのだ? と責任者に文句を言いたい気持ちをぐっとこらえ、娘たちもそれぞれ出かける準備をしているので、「ひょっとすると昼ごはん俺ひとり?」 と尋ねると、「ひょっとせんでも、ひとりや」 と末娘。むかつく物言い!「そうか、またひとりか。それやったら、神座のらーめんでも食べるわ」 と言った途端、三人が声を揃えて、「昨日の豚汁があるやん! もったいないことせんといてや、外食やなんて」 えぅ、何と!「お、お、おっ、お前らも外食するんとちがうんかいな?」「あんたとナルの分、ちゃんと残してあるんやから、ほったらもったいないやろ? がまんして食べといて」 はあ? ナル? 我慢して? 今日も犬と同じもん食べるんか? おもわず叫びそうになったが、凡人相手にさすがに大人げない。ここは忍びがたきを忍び、耐えがたきを耐えるのが真の男だ。 しかしひと昔なら、同居の両親や祖母が健在だった頃なら、オレは間違いなく、大魔神に変身していただろう。青黒い顔、眉間には青筋を立て、傍若無人の女どもに対して容赦のない鉄拳制裁を食らわしていたにちがいない。 仏壇に参ろう。そして墓参りをしよう。そこでご先祖様に報告するとしよう。ツルゲーネフの小説ではないが、いかに虐げられているかということを。
2005年06月05日
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朝8時から事務所に座っているがメールの返信や電話相談などでバタバタ。どうにかおちついたので日記書きモードに入ったという次第。 サッカーを観ようと頑張っていたがとうとう睡魔に負けてしまった。バーレーンに勝ったことを知ったのは朝のテレビ。やれやれである。ジャパンの弱点は強烈なストライカー不足だ。そこそここなすのだがここ一番でのウルトラCがない。なんとか本番までには育てて欲しいものである。 晴れてはいるが、なんだか蒸し暑い。 エアコンを入れるほどの暑さではないので首振り扇風機を点けている。書面を書く際に資料が必要で机一杯に広げている。ところが扇風機の風が当たるたびに紙が煽られ、始末が悪い。そこで風で飛ばされないよう、小六法や単行本や冊子などを使って重石の代わりに使っている。おかげで机の上は本だらけだ。 肝心の仕事だが、契約書や内容証明の他に、異議申立と損害賠償額算定が数件溜まっている。来週は月曜日の午後からテレビ局の取材が入っている。火曜日からは完成した書類をもっての許認可申請巡りの予定なので事務所を留守にする時間が確実に増える。だから明日も休日返上、溜まった仕事をなんとか処理するつもりでいるのだが、今日は無料相談日だし、予約以外にスポットもあるし、またしても予定は未定だ。
2005年06月04日
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その里に、いとなまめいたる女はらから住みにけり。この男、かみみてけり。思ほえず、ふるさとにいとほしたなくてありければ、心地惑ひにけり。男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。 春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れかぎり知られず となむ追ひつきて言いやりける。 上記は平安時代前期にできた125話からなる「伊勢物語」の一話の抜き書きです。 狩に出た主人公(在原業平)、絶世の美人姉妹を見つける。惚れ惚れしてしまった業平はとっさに着ていた狩衣を引きちぎって恋の歌を書き送る。 作者は業平のこの行動を絶賛、今どきの若い者はこんなことすらもできなくなっている、なげくという話である。 老いた者が若い者を叱る構図はいつの時代も同じですね。平安時代は妻問婚、妻の家に夫が入り込むというのが一般的でした。ですから気に入った女に声もかけられないような情けない男はなかなか結婚すらできなかったんですね。 ところでこの物語の主人公である在原業平は現在の松原阿保あたりの出身だといわれています。今の阿保は高速道路や幹線道路が縦横に走っていますが、私が幼少の頃の阿保は、ヒバリなどが空高くてさえずり、四方に田畑が広がる、のどかな農村でした。 そういえば八尾にも高安物語という業平伝説があって、官位は低かったらしいですが歌がうまくてとてももてたそうです。
2005年06月03日
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真夏日のような暑さが続いたので今日の雨はまさに慈雨ですね。 こどものころから雨降りが好きで、縁側に寝そべり、本をかざし、しとしと降る雨を垣間見ながら読書をするのが好きでした。 この季節ですと、生い茂った庭の木の葉の裏からカタツムリが顔を出したり、スズメが雨宿りに立ち寄ったりし、子供心にもなぜか気持ち良くなったものでした。 雨が降るとどういうわけか落ち着きます。彼岸花のあでやかな花びらに雨滴が落ちたりするのをじっと眺めている、そんな子どもでした。 煩雑でなにかと雑踏とする昨今ですが、花鳥風月を愛する心は失いたくないものです。時には郊外へ飛び出て、深い深い緑の森や深遠な山合から流れ出てくる石清水に触れたいものです。 石清水と言えば三重県名張市の赤目四十八滝を思い出す。「赤目四十八滝心中行」を書いたのは芥川作家の車谷長吉、尼崎で焼き鳥の串を刺すシーンは今もって脳裏から離れす残っている。名作だ。 そういえば赤目四十八滝にはここしばらく行ってない。帰りには長谷寺の観音様を拝むことができる。今度の休みにでも行ってくるとするか。
2005年06月02日
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近くにできたニノミヤ無線がつぶれました。開店当初は飛ぶ鳥を落とす勢いで、売り出し日など国道25線は大渋滞、大変な騒ぎでした。 行政書士受験生だった夏のある売り出し日。朝5時の目覚ましを合図に飛び起き、家族みんなから歓呼の声に見送られ、 ♪♭買ってくるぞと勇ましく、誓って家を出たからにゃ♭ の軍歌を歌いながら、気分はすでにハイテンション、宇治川の合戦に見立て、愛馬スルスミにまたがり、いざ先陣争い。ああ、我こそは我こそは、と一番乗りとおもいきや、入り口付近にはすでに長蛇の列、気分はすっかりあへあへあへ状態。 開館までの5時間、分厚い民法教本を枕にごろ寝、起きたときは寝汗とよだれで民法教本はすっかりびしょ濡れ。 開館を知らせる合図、本当の意味での先陣争い! まだ鎌倉本陣は残っている。とドアが開くと同時に脱兎のごとく奥へと突っ走った。さすが100M6秒フラットの快速バックス! 先陣争いに勝ったと思ったが誰も追いかけてこない。それもそのはず。お目当ての品はすべて入り口付近にあったのだった。 家族みんなの期待を背負い、台所に置く14インチテレビデオ大特価1万円を買うために進駐してきたが結果はこのありさま。 悔しさ、腹立ちまぎれに係員に対し、「整理券方式、抽選方式を採用せんかい!」 と毒付くのがやっと。 グアム島の日本兵横井庄一さんではないが、「恥ずかしながら帰って参りました」家にたどり着いた。 ほんとニノミヤ方式はお客さん不在です。開店までお客さんを炎天下に並ばせ、ドアを開けると同時に先陣争いをさせるのです。老や若などお構いなし。力ずくで奪い合っての購入、私もカミさんの命令で浄水器を買いに行ったときなど、おばはんとつかみ合い、取り合いになり、最後にはなんと腕を噛まれたことがありました。店員はなだめるどころか、その奪い合いを興味深げに見る始末。あれでほんとイヤになりました。 ニノミヤの跡にはミドリが入るそうです。ここのやり方は抽選方式、定められた時間までにエントリーをする方式。朝5時から並ぶというようなことはしなくても良いので助かります。 そういえば和光電気というのもひどかった。ここのやり方はおとり広告。いつ行っても売り切れなので、一番乗りしてやれと並んで一番を取った。開店後すぐさま売り場へ。ところが品物がない?「どういうことやねん?」「トラブルがありまして未到着なんです」「後10分もすれば、売り切れだと言うつもりだったんやろ?」 と睨んでやると、 うつむいて返事をしない。 ほんとひどい店でしたね。 バカがつくほど商売下手なのは○新電気。歓呼の声どころか閑古鳥鳴く○尾店、大バーゲンにもかかわらず、ガラガラ、時計の針は10時半、開店後すでに30分経過している。二階の売り場めざして階段をトントンと駆けあがる。目指すは2500円の14インチ韓国製カラーテレビ先着5台限り。数えると在庫は4台、ということは1台しか売れてないってこと?「これですよね? 広告のテレビは」「はい、そうです」「一台2500円ですよね」「はい、そうなっております」「じゃあ、これ下さい」「どうもありがとうございます。ところでお客様、一台でよろしかったでしょうか?」「えっ、これって何台も買えるの?」「はい。お買い求めいただけますが・・・」 もっとうまい商売せんとアカンよ。○新電機さん、過剰サービス過ぎるのも意味ないよ。
2005年06月01日
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