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年の暮れの伊勢路を走破してきた。レンタカーを借り、カーナビなるものも初体験することができたと書けば驚かれる方もあるに違いない。そう、そうなのだ、わが貧乏書士のマイカーは9年目を迎えるワゴンR、カーナビといえばカミさんのナビゲーションであって、昨今流行の電子情報システムからは異次元であったことを告白する。 それにしても便利なものだ。まず地図など要らない。最初に行き先を指定してやればそれだけでナビしてくれる。国土交通省が作成する信号機の行き先標示は確認のためにあるにすぎない。 設定すればまず目的地の到着時間を表示する。さらに行き先の道路情報をタイムリーに捕捉、画面に表示する。 こうしたことが可能なので確かに便利は便利なのだが困ったこともある。設定をそのままにし、途中で行き先や進路を変えた場合、逆戻りを指向するためか、画面上の道路がハチマキを巻く。また裏道を指定してきたりし、走りながら戸惑ってしまう。 目的地までの進路設定だが、こちらであらかじめ思い描いている進路があれば妥協はせず、細かい設定、さらにその確認をしておかないと、とんだ道路を走らされたりもするから用心が必要だ。 結論として、カーナビは賢いし、きわめて冷静だが、ときどきポカをする。そのポカに遭遇したときは悲劇、ひたすら裏道や農道を走らされることになる。 いずれにしろ、今年暮れに家族旅行は、子どもが大きくなったこともあり、ともすると生活や考え方において離反しがちとなり、戸惑いがちであった家族が「やはり家族」であることを確かめることができた、とても有意義な旅行であったことを附記しておきたいと思う。 ところで昨日は事務所の大掃除をしていて日記をさぼってしまった。今後気をつけたい。 不動産業の事務所を併設しているので掃除のエリアが広い。すす払い用の長はたきを手に天井周辺をくまなく払う。次に机周りと窓ガラス。普段水を使うことがないせいか、洗剤と水で手がカサカサ、ニベヤをしこたま手指にすり込んで寝た。
2005年12月31日
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戦前の予想を覆し、まさかまさかの大勝、3年連続正月を国立で迎えることとなった母校のラグビー部にまずは祝杯をあげたい。 21年前に優勝して以来、ときおり思い出したように活躍するが総じてラグ部は低迷している。考えられる理由はいろいろある。スポーツ推薦枠そのものが少ないこともあるだろうし、入学判定決定権が部ではなく教授会(長老)の手中にあるため、部活は学業の一部との姿勢があって、どうしても偏差値や学力にこだわる。もっと他校の一芸入試制度を見習って欲しいものである。 さて今回も自宅観戦となりそうだが、できることなら国立へ行きたい。まだ時間があるのであれこれ模索中である。 鍛え上げた男たちが力を込めてぶつかり合うラグビーはまさに「冬の華」である。気を抜いたプレーをするとケガをする。だから彼らはどんなプレーにも真摯である。これは他のスポーツにはないところ。真摯なプレーこそラグビーの神髄なのだ。 仕事なども同様、技量や知識や実力は欠けるとしても真摯な姿勢で対処すれば風穴は開くものである。堅牢にして難攻不落と思われている城であっても鼠の出入り口はあるもの。人間がこしらえたものに絶対などありえないのだ。
2005年12月28日
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たはむれに 母を背負いてその余り軽きに泣きて三歩歩めず こうした歌を詠むと胸がじーんと熱くなってしまいます。 明日から家族で温泉に浸かりに行きます。暮れの喧噪最中の旅行は初めてです。なぜこの時期かってことですなんですが、実は値段が安いんですよ。 海があって、おいしい魚介類があって、温泉に浸かる、こうした贅沢ができるのもすべてお客さんのおかげです。感謝感謝です。
2005年12月27日
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師走というのは奇妙な時節である。とくに懸案などを抱えると気ばかり焦って時間を浪費し、結果として何もできていないということが多い。ついては残り数日できっちり納得できる結果を出したい。 ところで最近は、正月気分も元旦ぐらいで後は連休気分というのが通常の世間一般認識だと思うが、正月もまだまだ捨てたもんじゃない。除夜の鐘を聞きながら過ぎ去った日々を振り返る。反省もあるだろうし自分を褒めたいと思うようなこともあるだろう。こうした推敲の時間が持てるというのも大晦日ならではのこと。一年の節目は厳かであればあるほど有り難い。 年が明ければ明けたで、一年の計は元旦にあり。まずは高い目標を定めるとする。夢や願いが高いほどわくわくどきどきするものである。
2005年12月26日
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かつてこの国には皇帝という絶対者がいた。絶対的権力を誇示するかのように中華思想というのがあった。近隣諸国に対し、敬って朝貢してくるなら守ってあげますよ、と庇護の対象とした。 時は607年、海を隔てた島国の東国が使いをよこしてきた。「日出づる処の天子、書を没する処の天子に致す、恙なきや」と。 時の天皇は推古天皇、使いの者の名は小野妹子、送ったのは聖徳太子。国力をバックにふんぞり返っている皇帝の鼻っ柱を折るようなこの書面、当時の日本の心意気(独立排他性の強さと言いますか、対等な国交を望む姿勢と言いますか)、実にあっぱれとしか言いようがない文章だと思います。 昨今のこの国(中国)のむき出しモロだしのアジア覇権政策と言いますか、武力拡大志向には疑念とともに驚異を抱かざるを得ません。開発利権を狙ってのアフリカには盛んに愁眉を送り、地続きのロシアやカザフスタンウズベキスタンとは必要以上の友好を温めている。 アヘン戦争から垣間見えた欧米列強の支配を恐れ大東亜共栄圏を模索したのは昔の日本ですが、今の中国もまさに欧米諸国との友好を損ねても利権を確保したいという意図が明々白々だ。 迎撃用のミサイルの国内開発が取りざたされている。賛否いろいろあるが、武器というのはある意味秘密部分があってこそ相手にとっては驚異なのであって、他国の払い下げ武器を使用していては相手の驚異も半減だろう。また防衛庁の省への格上げが浮上してきている。北朝鮮や中国の脅威を考えれば、もはや戦後は終わって、今や戦前だと認識すればある意味納得はいくが・・・、それにしても省とは。
2005年12月25日
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M社の無線ルーターを買ったが接続がうまくいかない。添付のソフトではダメで、どうにか手動で設定することができた。しかし肝心のネット接続がうまくいかない。朝を待ってサポートセンターに電話を入れたが繋がらない。 こうした機器は誰でも簡単接続!が謳い文句だが、説明文がお粗末すぎるというか、どうにもわかりづらいことが多い。 Q&Aもあるにはるが、わずか数行。電子マニュアルも見づらくとても実用的ではない。 年末、ただでさえ時間がないところに、こうしたことに時間が取られるのはもったいないことだ。正月休み、床の中からネットができることを目論んでの購入だったが、そうもいかなくなった。
2005年12月24日
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一昨夜の思わぬ嵐(突風)で掲示板に吊してあった「産廃事業計画書等」が吹き飛んでしまっているとの連絡が入った。周辺三箇所の町会掲示板もおそらく同様のことだろう。至急作り替えることにする。 残すところあと一週間、行政的には3日しかない。残念なことに提出できそうにない書面は年明け提出ということになる。肴の骨がのどの奥に突き刺さったまま年を越すのはよくない気分ではあるがこれも致し方ない。 今日は一日書面作成だ。できあがり次第、クロネコのメール便で送付することになっている。 面談カウンターの日だまりでは「のしイカ」のように身体を伸ばしたボスが寝そべっている。犬のナルは外の小屋の中でヒーター入りの座布団で丸くなっている。のぞくと丸い目をきょろきょろさせて起きあがってくる。いつもながら休祭日は車の往来も少なくとても静かだ。サリンジャーの代表作「バナナフィッシュには最良の日」のパクるつもりはないが、貧乏書士が仕事をするには最良の日であることはまちがにない。
2005年12月23日
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夜更かしをするとこたえる年代になった。 若い頃は徹マンなどはしょっちゅう、二日三日ぐらい寝なくても平気だった。 そういえば寒さにもめっきり弱くなった。冷え込みがキツイ朝など、床から出るのが嫌で、猫と一緒に丸くなっていたいとマジで思う。 今朝は大阪ではめずらしく吹雪模様だ。明日にかけてかなりの積雪があるかもしれない。 雪を見るとなぜか、藤沢周平の名作「三屋清左衛門残日録」の中で赤蕪の漬け物を肴に一杯やる清左衛門の姿が浮かびあがってくる。 昨年の大晦日も積雪があった。今日はあの日以来の積雪、こんな日は早めに仕事を切りあげ、行きつけの銭湯にドップリ浸かり、コタツに足を突っ込み、あぶった剣先イカで雪見酒としゃれ込むのがお似合いかもしれない。
2005年12月22日
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時間待ちで大阪法務局南側信号角のローソンに入った。そもそもあてがないから雑誌を立ち読むするしかない。 昔は真っ先に週刊誌のほうに目がいったものだが、最近はパソコン雑誌(週刊アスキー)を探すのが常になっている。安い割に内容が豊富で、あまり専門誌を読む機会がない私にとっては貴重な情報源なのだ。 一通り読み終えたがまだ時間がある。そういえば週刊ポストや週刊現代がこのところずっと株価情報を厚めに掲載していることを思い出した。 あったあった。どちらも月曜発売だからまだ在庫はある。それにしても売れ筋の雑誌の割には押しこんだところに置いてあるな、と訝りながら目を落としていると、異様な気配が伝わってきた。 ふん? なに? 横目を使うと若いOL風が二人、こちらをのぞいている。一生懸命読んでいるのがおかしいのか?小職は自他共に認める活字中毒人間、活字を読むと真顔になるクセ?があるのだ。 さりげなく前を見、斜めを見て、また前を見てようやく気が付いた。 仕切り板には「成人向け雑誌」と書いてあるではないか! ということは有害図書物! なんと週刊ポストや週刊現代は今や「成人向け雑誌」の領域に属する雑誌なのだ。今日まで知らなかった。タバコで言えばマイルドセブンのようなポピュラーな雑誌がいつのまにエロチカ雑誌の仲間入りをしたのか? それにしてもローソンのこの選別、どう考えてもおかしい、と思う。
2005年12月21日
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明日からまた大寒波がやってくるらしい。50数年ぶりの大雪に見舞われた地方もあったりし、喜怒哀楽が激しいのは何も人間に限ったことではなさそうだ。 大雪の地方では混乱を極めているらしいが、いかに最新科学で装備された人間社会であっても自然の猛威にはなすすべもないということだ。 地球温暖化あたりから自然への回帰が社会的に注目を集めるようになった。人間にとってより快適な暮らしを求めることで自然を破壊してきた。これからは人間がおのれの快適さを犠牲、我慢することで自然回帰が達成されてゆく。言葉を換えればこれからは辛いことやしんどいことにも我慢しなければいけない時代なのである。 少なくとも、立っただけでドアが開く快適さや冷え性になるまで部屋の温度を下げ、真冬でもTシャッ一枚で暮らせるような甘えた暮らしは止めなければいけないだろう。
2005年12月20日
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昨夜は菩提寺の役員改選、持ち回りの委員の中から数名の役員が選出される。 任期は二年、高齢化のせいか人の世話になっても、世話をすることができない檀家が増えている。 長年懸案となっていた課題があったが、前年度でどうにか決着がついたようなので、今後二年間は特別な議案もなければ難問も起きないはずだ。その点、今回の役員はみんな気が楽だ。仕事と言えば、昔から続いている寺の定番(年中行事)に従い、時機が到来したらそのための準備をし、当日は詣でた檀家の世話をし、あとは無事行事の終了を願うだけである。 小職は会計を任されることになった。引き継ぎをしたが、出費の多くは老朽化した堂宇の普請、営繕費である。まずは最初の行事は除夜の鐘、今年のように寒いと深夜の準備作業は辛い。鼻水をすすりながら、百八つの煩悩を消し去るとしよう。
2005年12月19日
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朝5時起床、まだ夜が明けきらぬ紫色の空には雨雲の姿はない。路地裏から飛び出してくる風は身を切るほど冷たいが天気予報がいう雨にはほど遠い空模様である。 試合があるという娘を近鉄八尾まで送りつけていったん帰還、6時前、カミさんと墓参の準備をする。在所の墓だけなら徒歩ですむが堺(津久野)の墓があるので車庫から車が引っ張り出す。 丘の上の墓所、澄み渡った冬空から照りつける朝陽がまぶしい。空をぶった切る風の音が喧しい。丘を取り巻く大樹の群れが湖沼の葦のような身軽さでそよいでいる。一匹の野良猫が墓所を小走りに横切った。時計は7時半だった。 帰路、いつものように柏原温泉。小一時間湯船に浸かって疲れを癒す。 後一時間半ほどで大学ラグビー選手権一回戦が始まる。苦節21年、メンバー的には他校と遜色ない。あとはモチベーション。今年こそは日本一になってもらいたいものである。 今年は国立まで応援に行くつもりでいる。二年連続W大の雨に涙をのんだ。順当に勝ち進めば今年は決勝でW大と当たる。実力がなければ奇跡であってもよい。勝てば官軍、事業やスポーツに努力賞はなし。結果がすべてだ。運で勝っても勝ちは勝ち。運を呼び込む霊力も立派な実力のうちだ。まずは勝利の二文字、である。
2005年12月18日
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暮れになると思わぬ来客があったりする。おっと、思わぬと書けば失礼かもしれない。建設業更新を間近に迫るが、書き方が解らないのでパニクッておられる。朝一で教えて欲しいと電話が入り、説明だけをすると、とりあえず自分でします、と電話を切られた。で、一時間後、出先に事務所から携帯メールが入り、建設業で相談された方が今事務所に来られているという。午後一時ならお会いできますが、と返答し、待っていると、時間ちょうど、息を切らせて飛び込んでこられた。 書類の束をどさっと目の前に置かれ、「自分でするつもりでしたが、前と違っていろいろ変わってまして・・・、わからんようになり・・・、お願いできますか?」 聞けば、暮れということで(今年中に終えないといけない)仕事があって、落ち着いて書いている時間がないのだという。 貧乏事務所としては、思わぬ仕事が舞い込んだ。おかげで来週は、他の仕事も絡めて毎日のように谷町通いとなった。まずは、感謝感謝、なんともありがたいことである。
2005年12月17日
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「忠言耳に逆らう」という諺がある。どういうことかというと、他者からの誠心誠意ある忠告や諫め言葉は、的を得ていればいるほど聞く耳に痛く、なかなか素直には従えないということ。 ひと昔前の若い人のことを新人類と読んだが今は宇宙人というらしい。 確かに若い人の中には得体の知れない人がいたりする。忠告や戒めに対して逆恨みし、むかつく!だの、キレたりする。 思うようにいかないとすぐに投げ出してしまう宇宙人が多い。石の上にも三年、苦労や我慢こそが自身を築くのである。
2005年12月16日
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朝から瓦屋さんが来て屋根を葺いている。昨日までの寒波が嘘のような陽気でさぞかし仕事もはかどっているに違いない。 午後からカンプリという印刷屋さんへ行く。説明会用の資料など、ちょっとまとまった印刷物があるときに利用をしている。遠いのが難点だが時間を使い車を転がせるだけのメリットはある。年に何回あるかないかのために、大がかりな印刷機材を買いそろえるよりはぐんと割安で、わが貧乏事務所にとっては強い味方である。 LANができるHDを物色している。これがあるとパソコンを起動させなくともデータの共用ができるのでとても便利なのだ。プリンターもLAN搭載型に乗り換えたい。理由は先と同じ。 風邪がようやく治ったみたいだ。鼻水も枯れたし、咳もおさまった。 今年もいよいよ後二週間、来年のことを言うと鬼が笑うかもしれないが、そろそろ来年の準備にかかるつもりだ。
2005年12月15日
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我が家は基本的に朝の早い家だが、時には遅い日だってある。 そんなときでも目が覚めてしまうのは身に付いた悲しい習性だが、起きてしまった者は就眠している者の安眠を妨げないような配慮というものが必要というか、当然のマナーだと思うのだ。 先週の土曜日がまさにそうした朝だった。 起きたのはカミさん。目覚ましの針をうっかり合わせ間違えたとのこと。ジリジリジリ、無関係の私が先に目を覚まし、カミさんは小突かれての起床であった。これだけでも迷惑千万なのだが、しばらくして階下で洗濯槽を回しだした。ガラガラゴロゴロ、イライラ気になる音である。「アホ! ボケ! カス!」と怒鳴り散らしたいところだったが、小職は常に理性が勝っている。耐えることに慣れた人間は辛い。言うに言えず、ずっと騒音がおさまるまで我慢をした。 ガラガラゴロゴロ、まだあとしばらくは我慢をしなければと思っていたとき、スイッチが切れた。「あれ? どうしたん? 故障?」 また修理代要るやないかい。てっきりそう思ったら大違いだった。「あんた寝てたん? そら悪いことしてしもうたわ、ごめんな」 なんと、気持ちよく寝ているボスが起きでもしたら可哀想だから、とカミさんがスイッチを切ってしまったのだった。「あれれれ?」
2005年12月14日
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朝からバタバタしている。 大阪地方は今冬一番の寒さということで、今日は一日外出を控えるつもりだったがそういうわけにもいかなくなってしまった。 バタバタしているぐらいだからさぞかし汗でもかいているのだろうと思われるかもしれないが、貧乏士業がバタバタするときは、たいてい冷や汗か恥を掻くときである。汗をかくことがあるとすれば、窓口受付締め切り寸前、手前からなりふり構わず滑り込みを敢行するときぐらいのものである。
2005年12月13日
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まさに師走である。ニセ弁護士に、虚偽建築士、さらには塾講師まで参加し、日本全国で士や師と呼ばれる人たちが物議を醸している。この中に政治家や官僚などを入れるとホントどれほどの数にのぼるのか見当もつかない。 他の人とは違い、自分は何かができるという特権は間違えばとんでもないことになるという証拠かもしれない。 これまでもそうだが、世の中はこれからも信用信頼が基盤となっている。命綱は絶対に切れないという信用の元に成立しているし、国が発行するお金は国が亡くならないという条件の下、価値を保証するというものである。 任せて安心! という基盤が強固な岩盤でありつづけるよう、士も師も家も姿勢を正さないといけない。
2005年12月12日
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外は晴れている。風はあるが冷たくはない。陽光が穏やかなせいかもしれない。体中の関節がぎしぎし重だるい。微熱があるせいだ。朝からキンカン茶というのを飲んだ。暖まるそうだ。そうだと書いたのは暖まるような気がするからだ。 今日は夕刻から士業者仲間とのオフ会(忘年会)がある。今のままの状態だと参加は難しい気がする。滋養のあるものを食べ、横になって熟睡でもすれば治ると思うが、週明けの仕事が溜まっているので横になってはいられない。 明日は産土の神社のお札を売り歩くことになっている。すでに役割分担が決まっている。余剰人員もいないので欠席するわけにはいかない。 どちらかといえば強気のイケイケだが、昨日といい今日といい、泣き言ばかり書いている。やはり健康こそが活力の源。人間、元気が一番だ。
2005年12月10日
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どうやら風邪を引いたらしい。微熱があって身体がだるい。昨夜は熱い卵酒を飲んで布団に潜り込んだが、夜中に気分が悪くなって目が覚めた。悪酔いである。パジャマ姿で胃薬を探して飲んだ。ぞくぞくっと寒気が全身を走りぬけた。 そんなわけで朝から物憂げである。暖房のある部屋で起きがけのコーヒーを飲んでいるが、ちっとも旨くない。来週に持ち越すのは嫌なので、今日はお役所に行かなければならない。いずれにしろ仕事は早めにすませ、床に就くことにする。それにしても寝込むのは何年ぶりだろう。
2005年12月09日
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「塩を売っても手を舐めろ」という諺がある。 どんな意味かと言えば、塩を売る商人が手について塩も無駄にせず舐めるように、細かい点にも気配りをし、無駄のならないように気をつけましょうということ。 売りっぱなしではなしに、ちゃんとアフターケアもしなさいよ、ということである。昨今の偽装建築マンション関係者などに聞かせてあげたい諺です。 ところで今朝の新聞に横浜の評価機関が姉歯物件に対し、偽装を見逃した上に住宅性能評価書まで交付していたと載ってました。二重のお墨付きに面食らいました。もはや救いようがないほど威信が揺らいでいます。景気が回復基調にある昨今、人間の信頼も取り戻して欲しいものです。
2005年12月08日
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物語は、希美子が遠くから何かが押し寄せてくる音を聞き、それは希美子にとっては何百頭もの馬が自分に向かってくるようでもあり、地中の洞窟から気味悪い呪文がわき起こったようでもあったという、あの神戸の大震災からはじまる。 突如の大地震、予期せぬ夫との離婚を経たあとは奥飛騨での奇妙な共同生活、宮本輝の初期作品群と比べたらパンチがないというか、作り物のような感じというか、どこか物足りなさを感じるのは私だけだろうか。ただ妹の知紗のセリフだけが妙に心に残っているのでご紹介します。 被災にあった兵庫への対応に対し、 ------------「私は右翼でも左翼でもないけど、この日本て国は、これから先、衰退の一途を辿って、滅びてしまうような気がする」 知紗は垂れ落ちた前髪をすきあげようともしないで、そうつぶやいた。「上は大臣から下は町会議員、村会議員に至るまで、そのほとんどが金の亡者。公務員は事なかれ主義。国民は、人間としての行儀とか教養を積まないまま大人になって、自分たちよりさらにレベルの低い子供を産んで、その子たちは大人になって、さらにレベルの低い子供を産むの・・・。この日本て国は、もうおしまいね」 ------------ ところで、日本の一流企業に勤める75%の若者が仕事への意欲を持てないと嘆いているらしい。 物語の中で希美子の父親(退役したが、理由あってある会社の再建を任されている)が、 ------------「会社を大事に思う社員たちも戦争だよ。会社は自分や家族たちの生活の基盤だからな。ところが、それがわかってない社員が多いんだ。いい大学を出て、いい歳をした社員が、出勤さえしていれば給料がもらえると思ってる。社会に出て何年もたち、女房子供もいるのに、学生気分が抜けてないって連中がたくさんいるのには驚くよ」 ------------「森のなかの海」は2001年の宮本輝の長編小説、光文社から上下が出ている。買うほどの秀作ではないと思われるので、お金が惜しい方は図書館で貸し出しをご利用ください(笑)
2005年12月07日
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昨夜麻酔から覚めた猫のボスが帰宅した。まだ醒めきっていないので動きも鈍いし意識もうつろ。 朝から食事を食べた。食べる際はいつもどおりのペースだったが、食べ終えると食卓のみんながいるところに来て、目をあけ、耳をくるくる動かし、周囲に注意を払いながら床で寝そべっていた。 心配していた(手術費用が高い)脱腸はすっかり自然治癒していたから、今回は去勢手術だけですんだ。やれやれであるが、去勢の方は同性としては何だか可哀想な、ある種のむずがゆいものを感じたりもする。 去勢をすると性格はおとなしくなったりするらしい。また肥満になりやすいとのこと。性格がおとなしくなったりするのはこれまでの「悪さし放題」がおさまるのでありがたい気もする。悪行の例を挙げるとプリンターのADFの上に乗って四股を踏み、ADFが割れてしまったことが二度あったし、パソコン入力中、キーボード上の指先狙って何度も繰り返し体当たりをしてきたりした。 朝から雨が降っていて冷たく寒い。窓の隙間から戸外を眺めている。今日は一日事務所で書き物仕事。ユニクロで買った厚手のジーンズの下には冷えないよう遠赤外線ハイソックスを忍ばせている。思い出したように膝の上に飛び乗ってくるボスの柔毛をなでながら、今年はこんな感じで一気に大晦日まで突き進みそうな気がしている。
2005年12月06日
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今冬一番の寒波が吹き荒れる今日12月5日、生後六ヶ月の猫のボスが去勢手術を受ける。まぎれ込んできた当初はかなりひどかった脱腸も判然としない程度にまで改善しているが、あくまでも見た目の判断、診断如何によってはそちらの手術も受けることになる。 いつもなら、こたつ布団に潜り込んで家族と団らんをし、ときおり走り回ったりするのだが昨夜は、動物的な第六感というか、何となく雰囲気気配でわかるのか、えらい神妙な顔付きで、目もうつろ、何をするにも物憂げだった。 朝の手術ということで今朝も昨夜の食事を最後に飲まず食わず状態であるが欲しがる様子もなくじっと部屋の隅で腹這いになって恨めしそうな目を投げかけている。脱腸の手術如何によっては一日入院もありえるとのこと。幼い頃のトラウマかPTSDか、戸外に出ることを病的なまでに怖がるボスだけになんだか可哀想な気もする。 いずれにしろ10時の手術、同行できない分、よけに気が気でない。
2005年12月05日
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娘が通う高校は私学、携帯の学内持ち込みと在学中のバイク免許取得を厳禁している。御法度を破っても持ちたい取りたいという困った年頃、生徒の多くは平気の平左で携帯持ち込み免許取得をしているらしい。 幸いというか根性無しというか? 娘は規則破りができない性格で携帯は自宅において通学し、免許は卒業後と固く決めている。 バレー部の仲の良い同級生Mちゃんなどは一年生の夏休みに免許を取得、親に無心をし、バイクを買ってもらって市中を走り回っている。 ところが先日、悪いことはできないものだ。Mちゃんが市民ホール前の信号で停止していたとき、横断歩道を渡ってくる担任と目が合い、合った瞬間、「こんにちは!」 と会釈をしてしまったのだった。 きっちり次の日、担任に呼ばれ、無免許運転か、と尋ねられたとか。とうぜん罰として提出課題をたくさんだされたとのこと。 規則破りに厳罰を課す姿勢は是非を問うつもりはないが、罰だけで是正できるというものではないだろうと思うのだが・・・、こういう考え方こそ甘いかもしれない。
2005年12月04日
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毎月一日と十五日は玄関と鬼門の位置に盛り塩をするのが我が家の習わしである。そのあと米粒と賽銭を握って産土の社に参拝するのだが、最近は専らカミさんの仕事となってしまっている。 神仏に願いを託すというわけではないが、過去大成した人の多くはなぜか神仏に寄進をされている。無一文から目黒に豪邸を建てた亡母の兄(亡叔父)などは「取り込むばかりでは人の妬みを買う。その妬みを払う為に神仏に寄進をする」と公言していた。 我が家など毎回5円しか寄進できず、人から妬みを買うどころか、同情を受けるありさまだが、しかし神仏はありがたいと思っている。というのも詣るときまって朗報や家族に良いことがあったりするからだ。現世利益もいいところだとお叱りを受けそうだが、迷える凡夫の戯言、大目に見てください。 仏は元人間なので、どこまでも懐深く慈愛深いが、神は人間を作った側、ということで悪いことをしたら罰を与えたりすることになっている。 哲学者ヤスパースは、「どんな無神論者であっても、自分の力ではどうしようもできなくなったとき(死が迫ったり、絶体絶命のピンチに陥ったときなど)、自然と手を合わせて祈るものだ」と論破した。 ヤスパースを凡夫流に解釈すれば、神仏は信じるとか信じないと論じるものではなく、必要な時に利用するものとなるのかもしれない。この罰当たりめが! それにしても今日は朝から薄曇り。明日の日曜は雨模様だとか。町の樹木もかなり色濃く染まってきた。今日は午後から関西大学ラクビーの優勝決定戦が花園で行われ、明日は国立競技場で早明ラグビー。今年は東西とも実力校の力が抜きんでているせいか、盛りあがりに欠ける最終戦である。いずれにしろ暮れから正月にかけての全国大学選手権を見据えての熱い戦いを期待している。
2005年12月03日
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雨後の竹の子のように掘り出される違法建築マンション、一連の耐震偽装問題が世間を騒がしている。それにしても無責任な、全くもってひどい話である。 国会の証人喚問でのヒューザー社長の暴言や悪態が話題になっているが、倒産などはぜず、瑕疵担保責任を真っ向から受けるつもりと豪語するヒューザー社長を見ていて、あの水俣病を引き起こしたチッソを思い出した。 あの事件では公害垂れ流しを黙認していた県や国への連帯的な責任波及を恐れ、当然潰れるはずだったチッソを潰さすに延命させ、長い年月に亘る弁済の責務を押しつけることで問題解決を諮ろうとした。 今回の事件も似たり寄ったりである。結果としては合法ではないにしろ、建築確認が取れていたということは審査する側にもかなりの落ち度があったことは否定できまい。 さればこそ、うちだけが悪いわけではない。そもそも管理監督する立場である行政側にも責任の一端はあるんだ! という悪徳業者の「窮鼠猫を咬む」的論理が責任のなすりつけあいを生み、それが悪徳業者たちにとっては正当化の剱となってしまった。確かに特定行政庁(建築主事)による中間検査や検査済みの確認もあったわけで、そのあたりの責任を問われると、まずは公的資金による住民救済も視野に入れなければいけないだろう。 今後のことであるが、国としてはチッソ同様、賠償責任を果たすと息巻くヒューザーに弁済をさせる為にも倒産させるわけにはいかなくなった。倒産でもされたら困るのは被害者住民、もしそのようなことにでもなったら非難批判の矛先は行政に向かうのが必至だからだ。ついてはヒューザーを倒産させないために、資金融資もある得るだろうし、太らない程度には仕事も与えてやらなければいけない。銀座での派手なご遊行もたいそう話題になっているが、ヒューザー社長は確かにしたたかな男ではある。 悲痛な顔で頭を下げて詫びてはいるが、ヒューザー社長の本心本音は「アホかお前ら、潰してみるなら潰してみろ!」である。
2005年12月02日
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いくら偏差値が高く、道具や情報が揃っていても、それを縦横無尽に使いこなせる技術や頭脳(知恵)や器量がなければ単なる宝の持ち腐れである。 株式市場で話題になっているホリエモンや楽天の三木谷さんや村上ファンドさんなどはそうしたものが揃っているために結実(練金という目的を達成?)したわけであり、運不運ではなく、必然的だと言っても過言ではないと考える。 世の中、勉強ができるという意味で、頭のいい人は掃いて捨てるほどたくさんいるが、この人はなかなかの人だな、と思える人は少ない。当然なかなかの意味はそれぞれ状況や立場によって違うが、こちらを感心させてくれるような、舌を巻くような意味にとらえればいいのではないかと思う。 こうした人は世間一般で言う、達人といえる範疇に属する人たちに違いない。達人に共通しているのは経験が豊富ではあるが経験に固執しないで常に新しいものを模索しているものである。そういう意味では開拓者であるといえるかもしれない。もやは固定観念や経験則では通用しない混迷低迷する今日のビジネス社会にあって、元気印で頑張っている人の多くもまた開拓者である。
2005年12月01日
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