炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2005.07.27
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カテゴリ: 本日のスイーツ!
 しかし図書館。
 何とか場所は探したが、たどりつく頃には、傘を差していたとしても雨の中、ズボンや上着の裾があちこち濡れていた。
 ちら、とそんなオレを見る受付嬢の視線が痛い。
「えーと…、あの、新聞を、見たいんですが」
「はい、そちらにありますけど」
 「新聞閲覧席」と区切られた一角に、確かに読みふける人々が居る。高い天井。斜め上の十字が入った丸い窓から降ってくる光。静かすぎる空間。…なのにざわざわとした意識。
 むずむずする。
「…えーと、今日のじゃなくて、五年くらい前の奴って…」
「だったら、そっちになりますね。縮刷版がありますから、捜してみて下さい」
 受付の女性は、硬い声でそう言った。伝わってくる気持ちも、これでもかとばかりに硬い。
「それと」
 はい? とオレは振り返った。
「傘はちゃんと、置いて行って下さいね」
 ここは紙ばかりなのですから、と少しだけふっ、とその空気が緩んだ。あ、はい、とオレも笑い返した。
 …しかし縮刷版! ただでさえ新聞を「細かい」と思っているオレには、頭がくらくらとしそうなシロモノだった。それでも全く普段から見ていない訳ではなくて、本当に良かった。
 戦争は…十一年くらい前から、五年前くらいまで続いていたと思う。
 オレは無い頭を駆使して、とにかくページを繰った。きっとでかでかと出ているはずだ。そうでなくちゃ、そんな、肉屋のオヤジまで覚えているなんてことはないだろう。
 写真だ。写真を捜そう。
 ばらばらばら。
 …しかしさすがにオレの根気も、このもぞもぞした雰囲気の中では保たない。
「…あの、これって、貸し出しできますか?」
「市民証明カードをお持ちですか?」
「…い、いえ…」
 持っていない。デビアから移していないし…そもそもデビアでもちゃんと、その証明するものがあったかすら疑わしい。死んだことにされている可能性も高い。
 …待てよ。

『…そりゃあ今は暇だし、あたしはIDカード持ってるけどねえ』
 通信端末の向こうのリエダは少し怒った口調でまくし立てた。
「判ってる判ってるって。だけど、オレ、あんたしか頼める人がいなくて」
『…図書館ね。…レイン通りから遠かったら、幾らあんただって、頼まれてはやらないわよ』
 かちゃん、と通信を切ると、オレはため息をついた。
 一体何だって、こんな焦ってるんだ。
 無論その理由は判ってる。何か、不安なのだ。
 ロブが何食わぬ顔で、オレに言わないことがあるのが、不安なのだ。
 そりゃあ、奴だって秘密にしておきたいことの一つや二つあったって、おかしくはない。
 ただ奴は、自分のことを、大したことのない、ただ単に、時期が来たから徴兵されたように言っていた。そしてその時の気持ちに、まるで揺らぎが無かったから。
 嘘を言っている様に思えなかったから。
 逆にそれが、オレに徹底して隠したがっていることの様に、今更の様に感じられて。
 …オレは、急に不安になってしまったのだ。
 どんよりとした空の色が、いつもと違う風向きが、少し傘を外すと、染み込んでくる冷たい水が、オレを憂鬱にさせる。
 十分ほどして、ピンクの傘をさしたリエダがやってきた。
「全く! 罰として、用事、うちで済ませていきなさいよ!」
 そう言って彼女は三年分の縮刷版を借り出してくれた。そしてそれを濡れない様に大事に抱えると、レイン通りの画廊まで、二人で歩いた。
「一体全体、何でそんなもの、あんたが借り出したのよ」
「ロブの記事が載ってるって聞いて」
「あーあ、狙撃兵の頃のね」
「知ってるの?」
 足を止める。
「有名じゃない」
「有名なの…か」
「急ぎなさいよ、ちゃんと教えてあげる」
 彼女は足を早めた。

「はい紅茶。呑みなさいよ。クッキーも」
 縮刷版をデスクの上に置いて、彼女はトレイごとオレの前に置く。
 やっぱり今日も彼女は暇だったらしい。
「マスターは?」
「ここんとこ、マスターも来ないの。あたしはでも仕事だし、合い鍵持ってるから、毎日来てるんだけど、客も来ないし、暇で暇で仕方なくて」
「マスターが…?」
 会ったことは無い。だけどいつも、ロブはここのマスターから仕事をもらっているはずだ。
「三日空けるってことは、普段は無い訳?」
「うん。まあ一日二日はしょっちゅうだけどね。ほら、絵の買い付けとかで向こうの都市とか行ったりもするでしょ」
「ああ…」
 都市間の往復には、一番速いエア・トレインを使った所で、結構時間がかかる。
「あたしは来たことがちゃんと証明できれば、お給料もらえるしね。暇でも何でも、来ればいいの。で、何だっけ」





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最終更新日  2005.07.27 06:57:36
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