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2021.07.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類
図書館で『樽とタタン』という本を、手にしたのです。
中島京子といえば、最近は絵画鑑賞に関する本が増えてきたが・・・
昭和50年代の東京郊外の喫茶店で、京子さんが見た人生模様とはどんなかな。






中島京子著、新潮社、2018年刊

<「BOOK」データベース>より
あの店に来ていた人たちは、誰もがどことなく孤独だった。小さな喫茶店でタタンと呼ばれた私が、常連客の大人たちから学んだのは、愛の不平等やしもやけの治し方、物語の作り方や別れについて。甘酸っぱくてほろ苦いお菓子のように幸せの詰まったものがたり。
<読む前の大使寸評>
中島京子といえば、最近は絵画鑑賞に関する本が増えてきたが・・・
昭和50年代の東京郊外の喫茶店で、京子さんが見た人生模様とはどんなかな。

rakuten 樽とタタン


この本の冒頭を、見てみましょう。
p7~9
<「はくい・なを」さんの一日>
 わたしに「タタン」というあだ名をつけたのは、あごに長い白いひげをたくわえた、おじいさんの小説家だった。

 3歳から12歳まで住んでいた小さな町の、小さな喫茶店で小説家と知り合った。
 9年間暮らしたその町について、覚えていることはあまり多くないが、その大半があの喫茶店での出来事なのは、どうしてなのか。住んでいたのはア、郊外の団地だったが、似たような家族がそっくりの間取りの家にひしめくように暮らすその場所のことはさほど思い出さない。いずれにしても、あの町を離れてもう30年以上経つ。

 坂の下にあった一軒の喫茶店には、週刊誌や角のめくれた漫画があり、コーヒーの匂いがたち込めていた。店はそのころには珍しく喫煙が禁止で、その代わり、奥にあるドアを開けて裏庭に出るとドラム缶を逆さにしたテーブルもどきが置いてあり、喫煙者はいつもそこで立ったままうまそうに煙草を吸っていた。

 店がにぎわうことはたいしてなかったが、途切れることなく誰かが来て静かに時間を過ごしたり、何か話し込んだりしていた。

 小学生だったわたしは、毎日その店に通っていた。学校が終わると家に帰らずに坂の下の喫茶店に行った。喫茶店にはほかに子供はいなかった。面倒見のいい女の人もいなかった。ただ、そのときそのときの客と、無口なマスターがいるばかりだった。

 わたしの両親は共働きだったので、保育所代わりに預けられていたのだ。6時ごろになると、仕事を終えた母があらわれて、一杯だけコーヒーを飲む。わたしもホットミルクやコカ・コーラがもらえて、二人でいっしょに家に帰る。母とマスターが交わしていたのは挨拶くらいで、親しそうに話している姿なども思い浮かばないが、学童年齢の娘を預るという、あれはいったいどういう種類の契約だったのだろう。

 おとなしくしているなら、つまり、店の備品やカップを割ったり、大声で泣いたり走ったり、店の客を怒らせたりしなければ、わたしはそこで何をしていてもいいことになっていた。そしてわたしはたいてい何もしなかった。

 店の隅っこに赤い大きな樽があった。コーヒー豆を入れていた樽を、店の装飾用に手に入れて赤いペンキを塗ったのだろう。樽の腹には真ん丸く穴が空いていたので、体が小さかったころはそこから樽の中に入ってじっとしていた。本を持って入ることもあったが、何もなくても、狭い場所でじっとしていられれば幸せな子供だった。

 少し体が大きくなると、マスターが日曜大工で樽を椅子に作り替えてくれたので、同じ店の隅の赤い椅子に座って本を読んだりうつらうつらしたり、好きなだけそこでじっとしていた。

 白いひげの小説家はその店の常連の一人で、わたしを樽の中に見つけると時々声をかけてくれた。
「おまえさん」
 と、彼はわたしを呼んだ。

「いつも樽といっしょにいるんだね。樽とおまえさんは一心同体だね。樽といっしょなら、タタンと呼ぼうかな。樽とタタン。いつもいっしょ。おまえさんには姉さんか妹がいるだろう?」
 わたしは樽の中でうん、とうなずいた。
 実際には姉も妹もいなかったが、自分に双子の姉がいるという想像をするのが好きだったからだ。

「そうだ。タタンは姉妹なんだ。お菓子を作るのがうまいんだ。失敗作すらうまいんだ。おまえさんもお菓子を作るのはうまいんだろうね」
 わたしは樽の中でうん、とうなずいた。
 実際には一度も作ったことがなかったが。
 以来、わたしはその店で「タタン」と呼ばれることになった。





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Last updated  2021.07.12 00:33:27
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