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きょうは、夫婦で岡山市の北隣りにあるたけべの森に行って来ました。岡山市内からは車で40分ほどの近距離にあるのですが、訪れたのは10年ぶりぐらいになるかと思います。かつて子どもたちが小さかった頃に遊んだ有料遊具施設の一部は今でも残っていましたが、さすが老朽化して、無料開放されていました。いっぽう、10年前にはまだ苗木だった桜の木は大きく成長して、見応えのある花を咲かせていました。すでにソメイヨシノは完全な葉桜でしたが、八重桜や遅咲きの桜がちょうど見頃になっていました。このほか↓の写真にあるようなミツバツツジの仲間がいっぱい咲いていて、場所によっては斜面一面ピンク色に染まっていました。昼食はホテルたけべの森のレストランで。1200円~1400円程度の、月替わりのランチがあります。なお、このホテル、1泊朝食つき6750円という格安宿泊プランがあるようです(2名利用。土曜日を除く)。楽天系ではないので、リンクは自粛しておきます。昼食後は、これも約10年ぶりに、建部町国際温泉会館へ。名前はスゴイですが、建物も浴槽も10年前と変わっていませんでした。目の前を流れる旭川を眺めながら入れる露天風呂もありますが、対岸の国道からは丸見え(←ええと、女性用は、ちゃんと囲ってあったと思います)。
2006.04.30
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ルクソール西岸からはファルーカ(帆掛け船)に乗って、直接ルクソール神殿入り口へ。この日の最後の観光となりました。とにかく、朝アブ・シンベルを発って、たった1日でルクソール観光を終えようというのですから大忙しです。すでに日が沈みかけていて、神殿の石像や石柱を照らしていました。もっとも、この光の具合はなかなか素晴らしいものでした。こちらにその時のアルバムを掲載しました。ところでアルバムの中の2番目に、フクロウのような絵文字があります。これは、私が大学に入ったころ、バートレット(Bartlett 1932)による記憶変容の実験として紹介されたことがあり、たいへん懐かしく感じました(他の遺跡にもありましたが)。写真の下のほうに、その概略を私のイラスト(ホンモノの実験結果に似せたもの)で示しておきます。実験はだいたいこんな感じです。まず被験者となった最初の人に、1番左の絵を見せて記憶してもらいます。絵を取り上げてから、白い紙に、覚えた通りにそれを再生してもらいます。2番目の被験者は、1番目の被験者が描いた絵を記憶し、同じようにして再生していきます。こうして「リレー再生」を続けていくと、もとのフクロウの絵が、猫の後ろ姿に化けてしまうという面白い結果が得られています。要するに、曖昧な図形を見せられると、その一部分が「強調化」され、また、見慣れた形や、「○○の絵だろう」と思い込んだ形に変化していくというものです。ちなみに、このフクロウのような絵文字は、ツタンカーメンの黄金のマスクの裏側の左下隅にも刻まれているのを確認しました。
2006.04.29
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エジプト皆既日食旅行からちょうど1カ月目の新月を迎えました。アルバムサイトのほうは、やっと、ルクソールのナイル川西岸地域を追加したところです。この日は、カルナック神殿を見学した後、船でナイル川を渡って西岸地域を訪れました。ナイル川の水にじかに触れたのはこれが最初でした。ナイル川の印象は、川幅が意外に狭いということと、水の青さに驚いたという2点に絞られます。ルクソールあたりの中流域の川幅は多摩川や岡山の旭川よりは広いとは思いますが、利根川河口付近とイイ勝負ではないでしょうか。これまで私が訪れたことのある黄河、長江、アムール川、インダス川などはみな濁っていました。その点、砂漠を貫いて流れるナイル川がなぜあんなに青いのか不思議でなりません。両岸の耕作地が防砂林の役目を果たしているからでしょうか。ナセル湖で堰き止められた時点で泥が沈殿し、そのあとは岩盤地帯を流れるためでしょうか。ところで、ナイル川と言えば、世界一長い川として知られています。もっとも私が小学生の頃は、世界一長いのはミシシッピー川だと教わっていました。ウィキペディアにもある通り、このあたりはいろいろと議論があるようです。
2006.04.28
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少し前に、夫婦で大山と「とっとり花回廊」に行ってきました。写真右は、花回廊の「花の丘」から撮影した伯耆大山。写真左は、桝水原から蒜山経由で帰る時に撮影した写真です。どちらの風景が好きですか?花の美しさという点から言えば、間違いなく右の写真のほうが優っているかと思います。しかし、そこに植えられているのは、開花直前に植え付けられたポット苗であって、花が終わればたちまち撤去されてしまいます。要するに、ここに出現しているお花畑は、バーチャルではないものの限りなく人工的な風景と言ってよいかと思います。いっぽう左の写真は、山麓の田畑が前景になっています。花壇と同様、田畑も人工的に作られたものではありますが、そこには人間の生活の営みがあります。歳を取ってきたせいでしょうか。私個人は、左のほうの風景を好むようになってきました。
2006.04.27
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きょうのじぶんの日記(4/25付け)では、経団連の奥田会長(トヨタ自動車会長)が退任後も「ともかく世界一周はしたい。」と語られたことを取り上げました。子どもの頃は、何でも夢をかなえてあげると言われたら何を貰うか?という質問に対して●世界一周旅行に行きたいなどと答えた時代があったと記憶していますが、実際にいろんな場所を訪れたことによって、少なくとも一回の旅行で世界を一周したいとは全く思わなくなりました。じぶんの日記にも書きましたが、ひとくちに世界一周旅行といってもいろんなタイプがあります。同じ場所をめぐったとしても、風景中心なのか、現地の人々との交流を大切にするのかでは、中味が全く変わってしまいます。もっとも、旅行というのは、当初の目的と、結果として得られたことが異なる場合もあります。ベルヌの八十日間世界一周の場合は、とにかく80日以内に世界を一周して賭に勝つことが目的だったわけですが、インドでアウーダと巡り会い結婚することになります。あの小説は、最後のどんでん返しを実現させるために、西から東に向かって旅をしていますが、日本人がバイクで旅をする場合は、東から西に向かうことのほうが多いようですね。ま、東側は太平洋しか無いから当たり前か。すべての経線を通過するというだけでも世界一周になると定義するならば、一番簡単なのは、南極点の周りを歩いて回ることでしょう。ところで、ヘリコプターで南極点から北極点めざして真っ直ぐに飛び立ったとしますね。すると赤道上空に達した時には、静止しているだけで24時間で世界一周ができることにはならないのでしょうか。たぶん、コリオリの力とやらは全く受けないで済むはずなんですが、赤道上の空気は地球の自転と同じスピードで動いているので、その空気に押し流されて結果的に、同じ地面の上で静止することになるんでしょうねえ。
2006.04.26
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4月23日に放送されたNHKアーカイブスNHKスペシャル「北へ はるかなるカムチャツカ」を録画、食事中などに再生してやっと見終えることができました。この番組が放送されたのは1991年10月30日。この年の12月25日にはゴルバチョフ・ソ連大統領辞任・独立国家共同体成立によりソ連が崩壊していますので、まさに、ソ連崩壊直前のカムチャツカの様子を伝えているとも言えます。といっても、大自然の宝庫カムチャツカのことです。変わったのは、ヘリコプターの胴体から「СССР(エス・エス・エス・エル)」の文字が消えたことぐらいでしょうか。さて、番組でも映っていましたが、半島南部にある州都からは、富士山によく似たコリヤーク山がそびえています。そのすぐ隣のアバチャ山(2741m)への登頂ツアーというのがトレッキング系旅行社から何本も出ています。成田~ペトロパブロフスク直行チャーター便利用の場合の旅行代金は30万円前後。若干不安なのは予備日が全く無いことです。このあたりはもともと霧に覆われることが多い地域であると聞いています。小雨くらいでも登るんでしょうが、無理して登っても達成感はどうかなあ。EU社から募集されている・驚愕のゲーゼル渓谷とカムチャツカ大自然紀行8日間・野生の宝庫クリル湖とカムチャツカ自然探訪8日間は、無理して山に登ることの無いかわりに、ヘリで珍しい風景を楽しめそうです。しかしこれも、悪天候のリスクが皆無とは言えません。本日ATR社から送ってもらった最新パンフにはもう少し違ったコースも紹介されています。この会社は登山・トレッキング専門ですのでかなりハードながら、・トルバチク山(3682m)登頂10日間などというのもあります。ただしこれは本格的な雪山登山。もう1つ面白そうなのは、・紅葉のカムチャツカ火山群と間欠泉撮影トレック11日間というコースです。上記のEU社の2つのコースが含まれていることを考えれば若干割安。そう言えば、北海道道東の知床や摩周湖近辺の山は9月に入ると海霧の影響が無くなり、抜群の晴天に恵まれることがありますが、カムチャツカのほうはどうでしょうか。カムチャツカ方面のツアーの欠点は、全般に旅行代金が割高なことです。全般に40万から50万円。去年はもっと安かったと思うのですが、どこでお金がかかっているのかなあ。
2006.04.25
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アブシンベルを朝出発して、飛行機で午前中のうちにルクソールへ。ここではまず、カルナック神殿を見学しました。噂には聞いていたものの、実際に間近に見た石柱やオベリスクの大きさには圧倒されました。何枚かの写真をこちらに載せておきます。その中の1枚をここにもリンクしておきます。オベリスクの先端に太陽を重ね合わせて、「コロナ」の再現を試みた写真です。ギザのピラミッドやアブ・シンベル神殿同様、カルナック神殿でも音と光のショーをやっていると聞きましたが、翌朝の起床時刻が5時だったこともあり、一人で出かけるのは諦めました。しかしあとでガイドブックをよく見たら、宿泊先のヒルトンホテルとカルナック神殿とは1km程度しか離れていないことが分かりました。多少無理しても歩いて行けばよかったと、ちょっぴり後悔しています。
2006.04.24
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きょうのじぶんの日記では、エジプトと日本のどちらが広いかという話題を取り上げました。外務省基礎データによれば、エジプト・アラブ共和国の面積は約100万平方kmであり、日本の約2.6倍となっているそうですが、かなりの地域は乾燥地帯で、居住地や耕地としてあまり利用されていないように思われます。その点、日本は、領海と排他的経済水域を含めると447万平方kmになると言われていますから(但し、近隣国と外交問題になっている水域を含む)、陸地面積の10倍以上を十二分に利用していることになります。砂漠と違って、道路を造らなくても船で物を運べますし、水産資源は重要な食糧になっています。こうしてみると、どっちが広いかは、一概には言えません。↓の写真は、ルクソールからカイロに向かう飛行機から写したナイル川沿いの耕地の様子です。写真中央を横に伸びているのがナイル川とその両岸の耕地ですが、それ以外は荒涼とした岩山と砂漠になっています。なお、写真奥(紅海方面)には高い山脈も見えています。
2006.04.23
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妻からの情報によれば、本日22日の21時から岡山放送(フジTV系)で「エントラップメント」99年アメリカ。ショーン・コネリー。という映画をやっているとか。この、ショーン・コネリーからの連想になりますが、今回のエジプト旅行でロンドンから成田に向かう便は、何と、007便でした。それも007の本場の英国航空。↓にその証拠写真を挙げておきます。余談ですが、私が乗った飛行機で「7」に関係した便としては、JL777便というのがあります。関空発ブリスベン経由シドニー行きです。いまでも運航している模様。
2006.04.22
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今回訪れたエジプト各地の観光地の中では、アブ・シンベルが最も私好みのロケーションでした。その時の写真をこちらに掲載しておきます。アブ・シンベル神殿のスケールの大きさにも驚かされましたが、ホテルで眺めた日の入りと日の出の風景はまた格別でした。地図を見ると、このあたりはもはやスーダンとの国境近く。エジプトの観光地はどちらかというと、地中海沿岸の雰囲気がありますが、ここまで来るとさすがに、アフリカの大地に居るんだなあという感じがしてきます。ここで眺めた光と音のショーはまた格別でした。ショー自体は大したことなかったけれど、とにかくライトアップされた神殿は、昼間とは違った迫力があります。ショーが行われた時、南の空にはシリウス、さらにその下にはカノープスも光っていて、北回帰線より南の地に立っていることを実感させてくれました。
2006.04.21
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中国・チベットやボリビア・チチカカ湖に行った時にも気になったことですが、ペットボトルやポリ袋などの石油製品で、今や地球規模の汚染が深刻化しているように思われます。チベットでは、有名ゴンパの裏庭に石油製品のゴミが大量に捨てられているのを目撃しました。これらは強風であたり一帯にまき散らされるほか、焼却によって有害なPCBが排出される恐れもあります。あの美しいチチカカ湖でさえ、ペットボトルが浮かんでいたりしました(indexはこちら)。残念ながらエジプトも例外ではありません。写真の上半分はカイロのナイル川支流の河岸で見かけた不法?投棄現場。下半分は皆既日食観測地近くの村に散らばる石油製品系のゴミです。本当に何とかしないと、たいへんなことになります。
2006.04.20
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Googleで「岡山の桃源郷」を検索するとTopに出てくるのがこちらのサイトです。あっ、じつはこれは今から9年ほど前に撮影した写真をもとに、私が作ったコンテンツです。この場所には毎年一度は訪れています。今年の写真は↓の通りです。7月中旬以降には、このあたりに、特設の販売所ができます。こちらに実際に売られていた桃の写真があります。値段クイズに挑戦してみてください。桃の産地とはいえ、地元でもそんなに安くはなりません。値段が高いという点ではマスカットも同様。
2006.04.19
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EU社のサイトに世界の湖という特集が掲載されていることに気づきました。その中でビックリしたのは、私が2年前の夏に旅行したアンデス最深部(雲の列車、アタカマ、コロラダ湖、ウユニ塩湖、ポトシ、スクレ)とほぼ同じコースをめぐる、 アンデス大縦断、雲の列車・アタカマ砂漠・ウユニ塩湖というツアーが募集されていたことです。私が参加した時(S旅行社)よりは5万円ほど高くなっていますが、あそこまで行くツアーとしては、決して高すぎることはない無いと思います。私が参加した時には行かれなかった場所としては・ウマワカ渓谷・雲の列車の復路・「塩のホテル」宿泊(但し、こちらの写真の23~28番の写真にある建物ではなく、湖岸に新たに作られたホテルのことだと思います。訪れた時に建設しているところが見えましたので)。・オルロの町いっぽう、私が行った場所で、このコースに含まれていない場所としては・ミスカンティ湖・スクレ観光などを挙げることができます。ミスカンティ湖はともかく、スクレ市内が含まれていないのはちょっと残念。ボリビアでは毎年、ラパス周辺で騒動があり空港が閉鎖されることもあります。今回のコースは、ラパスではなく、コチャバンバから帰りの便に乗るのでそのことについての心配は無いでしょう。問題は、ちゃんと催行されるのかなあということ。あと、標高5000mの峠を越えたり、コロラダ湖畔(標高4250メートル)に泊まったりするので、高山病に罹りやすい人は絶対にやめておいたほうがいいです。チリからボリビア・ポトシまでの区間では病気になっても診てもらえるような施設はありません。なお、山登り好きの方には、ATS社から、●ボリビア・チリ国境越えウユニ塩湖探訪と2つの5000m峰登頂15日間という凄いツアーが出ています。コースは、私が参加したボリビア・アンデスの山旅とチチカカ湖と、上掲のアンデス最深部コースをつなぎ合わせたような中味となっています。
2006.04.18
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昨日の続き。ナイル特急の終着駅アスワン駅で降りたあとは、大急ぎで、「切りかけのオベリスク」と「壮大なアスワンハイダム」を見学したあと、飛行機でアブ・シンベルに向かいました。当初、このツアーの案内サイトに「アスワンでの観光時間1時間」と書かれてあり、観光先は同じなのに「2時間」と書かれてあるコースとどこが違うのかと思いましたが、行ってみて納得。要するに、「切りかけのオベリスク」を速歩で見て回り、アスワンハイダムで記念写真を撮ってすぐ空港に向かうというのが1時間コースだった次第です。ということでアスワンの印象は殆どありませんが、ナセル湖の規模には驚かされました。ネットで検索したところでは、大きさは琵琶湖の6倍とも7.5倍とも言われ、全長は500kmにも及ぶとか。しかしこのナセル湖、当初計画したほどの貯水量は得られず、また、下流域では氾濫が防げるようになった見返りに土地が痩せ、化学肥料のコストがかさむようになったとも聞きました。ま、そうは言っても、エジプトの生命線はこの人造湖にあると言っても過言ではないでしょう。地球温暖化の影響で水量はどうなるのか、気がかりなところです。さて、ナセル湖もそうですが、ギザのピラミッド、移築されたアブ・シンベル、さらにルクソールの宮殿など、エジプト各地には巨大な建造物がたくさんありますが、長い目で見ると、これらは、建造コストを大幅に上回る経済効果を上げているとも言えるかと思います。古代エジプトの王様が、現代人の集客効果まで見込んでピラミッドを作ったとしたらスゴイ。ま、そういう意味では、日本の奈良の大仏も姫路城もみな同じことが言えますけれど。(写真は、アスワン空港からアブ・シンベル空港に向かう飛行機から写したナセル湖)
2006.04.17
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アレキサンドリアからアスワンまではナイル特急を利用しました。その時のアルバムをこちらに掲載しました。よろしかったらご覧ください。今度の皆既日食では、さまざまな旅行社からエジプト、リビア、トルコに向かうツアーの募集がそれぞれありました。今回利用したH交通社だけでも2支店6通りのコースの募集がありましたが、最終的には「ナイル特急乗車」を含んでいたことが、コース選択の決め手となりました。私が中学~高校~大学の頃は、まだ高速道路が未完成であり航空運賃が高かったことから、旅行と言えば列車の旅と決まっていました。大学時代に冬の北海道を旅行した時などは、宿泊代節約のため、殆どすべて車中泊(座って寝る)、洗面デッキで身体を拭く、トイレで着替えなんていう旅をしたこともあったほどです。もっとも、寝台料金が高かったので寝台列車は滅多に利用しませんでした。海外旅行先では・旧ソ連(ナホトカ~ハバロフスク、モスクワ~旧レニングラード)・冬のシベリア鉄道・冬のシルクロード(トルファン~柳園、酒泉~蘭州)・中央アジア(サマルカンド~ブハラ)・冬の南新疆ウィグル(トルファン~クチャ)という区間で乗った記憶がありますが、今回は個室1人利用だったこともあり、いちばんのんびりできました。日本国内のトワイライトエクスプレスなんぞも一度乗ってみたいと思っているのですが、何しろ料金が高すぎます。そういえば2002年3月29日の日記で「さくらの凋落」という話題を取り上げたことがありましたが、2005年3月1日にはとうとう廃止に。国内で寝台列車に乗る機会は今後もずっと無いかもしれません。
2006.04.16
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まず報告ですが、やっと、エジプト皆既日食とナイル古代文明という特設サイトを作りました。今後は、写真も、楽天フォトではなく、そちらのサーバーのほうから公開したいと思っています。(楽天フォトの場合は写真1枚に100KBという制限がついているため、圧縮に手間取るからです)。さて、本日の話題ですが、イスラム社会では一般に結婚前の男女は大っぴらにはデートできないと聞いています。もっとも、グローバリゼーションの流れと言うべきなのでしょうか、カイロの川岸では、カップルの姿をよく見かけました。下の写真はバスの窓からカイロタワーを撮ったときに全く偶然に写っていたカップルです。もちろんすでに結婚した夫婦という可能性もありえますが、私はたぶん未婚だろうと思います。なぜなら、結婚したカップルはああいう場所で2人で過ごすことは無かろうと思うからです。
2006.04.15
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ギザのピラミッドをバスの窓越しに見た時の第一印象は、思ったより尖っているなあということでした。しかし実際に現地に行ってみると、眺める角度によって尖り方がずいぶんと変わってくることに気づきました。その理由としては、・四角錐の1つの面を見ているのか、角が中央に来るようにして、2つの面をみているのかによって異なる(シルエットの三角形を考えた場合、底辺が四角錐の一辺になるか対角線になるかで長さが異なる)。・奥行きを感じるかどうか(1つの面だけを眺めた時はあまり奥行きを感じない)。・近くから見上げる場合と遠くから眺める場合の違い(富士山なども山麓から見るとなだらかに見える)などが考えられるかと思います。こちらのサイトによれば・クフ王のピラミッド:正四角錐で、底辺の長さは230メートル。高さは137.5メートル(創建当時は146.6メートル)、傾斜角は51度52分。・カフラー王のピラミッド:高さ136.5メートル、底辺210メートル、傾斜角53度10分。・メンカウラー王のピラミッド:高さ約66.5メートル(創建時は70メートル)、底辺約108.5メートル、勾配51度20分。となっていることが分かりました。しかし下の写真をプリントして分度器で底角を測ったところでは、一番なだらかに見える写真(写真右側1番上、クフ王のを真下から眺めた場合)では30度、一番尖って見える写真(写真左側1番下、カフラー王のをバスの窓から眺めた場合)では48.5度とマチマチになっていることが確認できました。
2006.04.14
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今度の旅行では、アレキサンドリアから日食観測地のサルームまでのほぼ往復、地中海沿いの道路を通るコースとなりました。実際に海岸沿いを走ったのは数カ所にすぎませんが、エメラルド色に輝く海はなかなか見事なものでした。海と言えば、昨年8月、イラン最高峰登山のあとに、カスピ海見物に行ったことがありました。リンク先のカスピ海の写真は濁っているように見えていますがあれは海岸付近だけで、沖合のほうは、今回の地中海同様、美しい青色に輝いていました。昨年夏に訪れたカスピ海と今回眺めた地中海には共通点がありました。それは、南側から海を見ているということです。私は東京生まれなので、海というとまず、江ノ島などのある湘南海岸が頭に浮かびます。また、いま住んでいる岡山にも、渋川海岸などがありますが、どちらも、北側から海を眺めているため、逆光になってしまって、海は鮮やかな青色には輝きません。稀に、四国側から瀬戸内海を眺めたり、あるいは、鳥取県の海岸を走ったりすると、海はこんなに青いものかと驚くことがあります。カスピ海や地中海も北側の海岸から眺めれば、もう少し違った色になるのではないかと思います。行ったことがないので確かなことは言えませんが。写真は、リビア国境近くの地中海です(バスのガラス越しに撮ったのでやや不鮮明)。
2006.04.13
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エジプトの遺跡には古代象形文字が彫り込まれていますが、今のエジプトで使われているのはもちろん、アラビア語の文字です。このことで気づいたのですが、同じアラビア語でも、イランとエジプトでは数字の「5」の形が違っていました。以前こちらに記したことがあるように、イランでは、数字の「5」は、例外なく、逆さのハートの形をしていました。いっぽうエジプトで使われている「5」は、私が目撃した限りでは、少しゆがんだ丸い形をしていましたが、逆さハート型のように下部にくぼみを付けているかたちは一度も見かけませんでした。この数字は、車のナンバープレート、お札、道路沿いの看板の柱の番号、搭乗口案内などに使われていました。但し、たいがいは、算用数字が併記されていて戸惑うことはありませんでした。さて、エジプトの「5」とイランの「5」ですが、イランのような逆ハートのほうが区別しやすいように私は思います。なぜなら、エジプトで「|○」というような文字が描かれていた場合、「○」がゼロを意味するのかアラブ数字の5を意味するのか、直ちには判断がつかないからです。逆ハートであれば「5」であるとすぐに分かります。ま、地元の人ならば、前後の文脈や慣用で区別できるんでしょうけれど...。写真は、カイロの空港の5番搭乗口。左上枠内は、イランの道路標識「制限速度50キロ以下」です。
2006.04.12
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昨日の日記でエジプトの猫の写真を載せたので、今回は犬の写真を掲載。場所はカルナック神殿の入り口付近です。ぐっすり眠っているように見えますが、柱の陰からはみ出て暑くなると、ちゃんと少しずつ左方向に移動しています。余談ですが、本日の日記は 『動物好きさん集まれ~』 というテーマで登録してみました。エジプトとはゼンゼン関係ないのですが、「笑うヤギ」を見たい方はこちらをどうぞ。
2006.04.11
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古代エジプトではネコは神聖な動物として大切にされていたそうですが、そのせいか、ネコの土産物もよく売られているようです。写真は、土産物のネコ。但し、よく見ると、ホンモノのネコも混じっています。
2006.04.10
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皆既日食終了後はエジプト第2の都市、アレキサンドリアに向かいました。クレオパトラが居た街として有名ですが、ゆかりの遺跡は海底に沈んでしまっていて実際には接することができない模様です。ここでは、カイトベイ要塞、ポンペイの塔、カタコンベなどを観光しましたが、それよりも感動したのは活気あふれるアラブ人たちの露店風景でした。ここには路面電車が頻繁に走っているのですが、電車が通らない時には軌道の上に平気で露店を出しています。事故が起こらないのが不思議なくらい。そのほか目立ったのが、カラフルな女性の下着です。もちろん、生身の人間が下着姿で歩いているわけではありません。メインストリート側の窓から堂々と干されている洗濯物、露店で売られている派手な色の下着類など。イスラム教徒の女性は屋外では地味な格好をしていますが、その分、派手な下着を好むようです。それにしても日本では、堂々とパンティをつり下げて売る露店などあり得ません。買う方だって、恥ずかしくて変えないのではないでしょうか。やはり羞恥心は文化に依存しているようです。
2006.04.09
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さて、今回観測地となったエジプト・サルームは、エジプトの北西端、リビアとの国境のすぐ近くにあります。観測テント村が設営された地域は通常は一般人が入れない地域です。今回は国境警備隊に守られての観測となりました。ムバラク大統領も視察(=日食見物)に来られたくらいですから、安全上は全く不安を感じませんでした。この地域は砂漠地帯ではありますが、時折、地中海から伸びる雲の筋がかかって雨も降ります。また、この時期は朝霧もありました。立入禁止区域になっているせいでしょうか、野生の草花もたくさん咲いていました。昨年11月3日の日記で「トルコ・アンタルヤ地方 ワイルドフラワーと皆既日食」というツアーがあることに触れましたが、結果的にはエジプトでも、お花畑?で皆既日食を楽しむことができました。心配された天気のほうは前日から快晴。前日の日の入りも当日の日の出もバッチリ見えました。その後しばらく朝霧に覆われたものの、日食が始まるころには雲1つない快晴となりました。さて、私自身の皆既日食体験はこれで3回目となりますが、同じ皆既日食でもずいぶんと見え方が違うことに気づきました。最初に行った小笠原沖の時は、水平線付近が夕焼けのように赤く染まり、また、月の影が通り過ぎる様子がよく分かりました。これは雲が多かったせいかもしれません。前回の1999年イランの時と、今回は、地平線付近が赤く染まることはなく、また、月の影もはっきりとは分かりませんでした。このほか、1999年イランと今回ではコロナの大きさが違うように見えました。イランの時のほうが大きかったです。いっぽう今回のほうが、ダイヤモンドリングが開始時と終了時の2回、とても鮮明に見えました。一度の体験だけでは満足しない日食マニアの気持ちも分かるような気がします。さて今後の日食ですが、私自身は、2009年7月22日の日本近辺での日食をぜひ見たいと思っています。といっても、この日は前期授業の最終週にあたっており、職務上参加できない可能性が大です。それより1つ前の2008年8月1日のシベリア日食のほうが休みをとりやすい。といってもシベリア北部の天気はあまりよくなさそう。それよりも、モンゴル最西端のトレッキングを兼ねて山の上から眺めるほうが楽しめそうです。興味のある方は黒い太陽にロマンを求めて(佐山敬悦氏)のサイトの中の日食帯世界地図をご覧ください。
2006.04.08
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私がエジプトで利用したトイレはすべてウォッシュレット型になっていました。一番上等なのは、写真のように、つまみをまわすだけで水(または温水)が出るもの。このほかトイレの横に蛇腹型のホースがついていて、お尻を洗うタイプもありました。ウォッシュレット型のトイレは、以前、イランで見かけたことがありました。但し、イランがすべて和式であったのに対し、エジプトはすべて洋式でした。合理的に考えれば、座っているだけで水が出てくるタイプなら洋式、ホースでお尻を洗うのであれば和式タイプのほうがすぐれていると思いますがそのようなタイプ分けはされておらず、「イラン=和式、エジプト=洋式」で統一されていました。このほか、イランとは異なり、男性トイレには小便用の便器がちゃんと設置されていました。エジプトのトイレの一番の特徴は、殆ど例外なく、出入口付近に清掃員が立っていて、外に出ようとする時にチップを要求することでした。このことは旅行社からあらかじめ伝えられており、両替のさい、ご親切にもトイレチップ用の50ピアストル札(日本円で約10円)をたくさん用意してくれていました。何もサービスを受けなければ払う必要はないとも聞いていたのですが、一度、小銭を持たずに利用した時などは、入り口で通せんぼをされたりしました。たいがいは50ピアストルを渡すとニコニコしていましたが、カイロの考古学博物館では「one、one」といって執拗に1ポンド(約20円)を要求してきました。『地球の歩き方』には「空港や博物館のトイレは無料」と書いてありましたが、とにかく、こちらが断固拒否しない限り、貰えるなら貰っておこうということなのでしょう。ま、日本人の感覚からすれば10円でも20円でも大した額ではなく、別段損をしたという気持ちにはなりません。その分、トイレがきっちり清掃されていればエエかなあとも思います。しかし1人あたり10円のチップでも、1日1000人が利用すれば1万円、月収30万円以上となります。となると、カイロの博物館の清掃員などは相当の高収入ではないでしょうか。といっても、1日中トイレの出入口付近に立ってチップを受け取るという「労働」が、働きがいになるかどうかは不明です。トイレの清掃自体は利用者に感謝される崇高な仕事ではありますが、チップを受け取るというだけでは何の技術も身に付かない。何の進歩・成長もありません。万が一クビになったり、法律でトイレチップが禁止された時には、その先どうやって生活していくのでしょうか。
2006.04.07
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今回のエジプト旅行は、皆既日食見物が主たる目的でありましたが、エジプトと言えばやはりピラミッド。しかもラッキーなことに、ギザのピラミッドを5倍楽しむことができました。その5倍とは、(1)間近に眺めて楽しむ(2)中に入って楽しむ(撮影禁止のため写真無し)(3)ライトアップされたピラミッドを楽しむ(4)高台からの遠望を楽しむ(5)夕焼けのシルエットとして楽しむその時の写真を5枚だけ、とりあえずにアップしましたのでご覧ください。まず、ラクダに乗っている写真ですが、ガイドブックにはたいがいラクダに乗ると大金をふんだくられるから止めておけと書いてあります。今回は、ラクダ引きとは直接金のやりとりをせず、現地のガイドさんが団体契約で交渉し、後で集金するというやり方をとりましたので安心して乗ることができました(2$)。(3)は、「光と音のショー」の時に撮影したものです。今回はアブ・シンベル神殿でも同様のショーを観ました。他にも各地で実施されているようです。エジプトの遺跡はスケールの大きなものが多く、ライトアップには迫力があります。訪れる方は、昼間ばかりでなく、ぜひ夜にもう一度、神秘的な光景を眺めることをオススメします。(4)はカイロの高台にあるガーマ・ムハンマド・アリからのピラミッド遠望です。(5)は、宿泊した「カタラクト・ピラミッド・リゾート」ホテルのエントランスの屋上から眺めたシルエットです。このホテルには行きがけにも泊まったのですが、その時は、朝霧か砂塵のために霞んでいて屋上からピラミッドを眺めることはできませんでした。帰りの日は前日の雨のおかげで埃が無く、空気が澄んでいて、屋上からはシルエットのほか、(3)のライトアップの様子まで眺めることができました。なお、このホテルは美しい花壇に囲まれていて景観は抜群なのですが、室内に蚊がいてたたき落とすのに苦労しました。じつは(5)の写真を撮った時も、蚊がたくさんやってきて困りました。(1)(3)(4)(5)
2006.04.06
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今回の旅行では、成田からロンドン経由でエジプト・カイロに向かいました。元の座席は通路の真ん中よりだったのですが、たまたま左の窓側席が空いていたので移動。これが大変ラッキーで、厳冬のユーラシア大陸の景色を機上から堪能することができました。成田発ロンドン行きの飛行機は、今回の場合は、まず新潟から日本海を渡り、シベリア北部に向かいます。そしてエニセイ湾のあたりから北極海に出て、ノヴァヤ・ゼムリャの北を回り、ノルウェー北部からオスロ上空を通ってロンドンに向かいました。シベリア経由だということは知っていたのですが、まさかこんなに北を通るとは思いも寄りませんでした。ノルウェーのフィヨルドやノヴァヤゼムリャは一度は見たいと思っていた場所だけに望外の喜びというとちょっと変な表現ですが、とにかく、出発前には思いもよらなかった風景を眺めることができてとてもラッキーでした。こちらにアルバムがありますちなみに、ロンドンから成田までの帰りの便は、もう少し南、ユトランド半島からシベリア北部を通過した模様です。殆ど寝ていたのと、夜の時間帯だったため写真は殆ど撮っていません。
2006.04.05
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「エジプト皆既日食とナイル文明の旅」から戻ったところです。ええと、まず、肝心の皆既日食ですが、これは文句なしの快晴でした。但し私は、自分の眼で眺めることを第一にしておりましたので、人様にお見せするような写真は撮っていません。幸いアストロアーツの投稿画像ギャラリーのほうに、美しい写真が次々とアップされているようですので、ご興味のある方はそちらのほうを閲覧してください。ちなみに、今回のツアーで撮影した写真は●ファイル数1584、合計サイズ1.09GBでした。ごく一部ではありますが、アルバムサイトにアップしていきたいと思っています。エジプト滞在中は、早朝の出発や深夜到着が多かったこともあり、日本のニュースを聞く機会が全くありませんでした。日本に戻ってから、羽田の待合室で偶然、高校野球の優勝決定の瞬間を見ることができました。そのあと機内で新聞を手にしてみたところ、・民主党の代表が交代するらしい・日経平均が1万7000円を超えていた・大相撲は朝青龍が優勝したらしいというようなことが分かってきました。成田から羽田に向かう途中、上野公園の桜をチラッと眺めてきました。ソメイヨシノはもう落花が始まっていたのですね。幸いなことに、帰国時の気温はカイロと殆ど変わらない暖かさでした。エジプトと日本の時差は7時間。この日記を書いているうちにまもなく24時になろうとしていますが、いっこうに眠くなりません。明日以降、早起きのリズムを取り戻せるかどうかが心配です。
2006.04.04
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