全4件 (4件中 1-4件目)
1
宅配便の現場が疲弊している、とか。まあ、当たり前ですね。なんしろ、客が望まないサービスをやって、金をもらおうなんて根本が間違っているんです。自分は一人暮らしですが、多くの家庭で共働きが定着し、荷物なんかわざわざ「待っていないと」受け取れない。時間指定なんで、客が業者にしてあげているサービスですよ。今、世間が望むサービスは、自分の移動線上に荷物が届いていて保管してくれることです。自宅近くも含めてね。そこにこそ商機があるのに、それに本気で取り組まない。いい加減腰上げたらどうですかね。多分、業者側でも気は付いているはず。
2017年08月29日
コメント(0)
もし自分が福祉サービスを受ける立場となったとして、いったい今の福祉のあり方をどのように見るであろうか。特に「老人性」の施設に勤務した際に強く感じることであるが、「こんなところには来たくはない」。そこにはサービスはあっても、「生活」はないのだ。自分が困るのは「生活」が以前のようにはできなくなったからであって、そこをカバーしてほしいからそのような「サービス」を受けるのである。しかし、そこには「生活」はなく、料金に似合う「サービス」いやそれ以上のサービスがありますよ、だからうちに来てくださいね。という商売があるだけだ。ここでいう「サービス」に、二重の意味が込められていてそれを知らずに使い分けている。そこにトリック・落とし穴があって、それに気付いている人も多いはずなのに黙っている。
2017年08月17日
コメント(0)
16歳の少年は「花ざかりの森」を書いて<三島由紀夫>になった とのコピーに惹かれて買ってしまい、長らく放置されていたのだが、先ごろ読了。この短編集の中では、「憂国」の印象が強い。三島自身が解説を書いているが、・・三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのような小説・・であり、・・私にとってもっとも切実な問題を秘めた・・ものでもあるのだろう。もちろん私にとってそんなものが何なのか、どんな意味があるのか、求めて求め得るはずもない。自分が感じたのは、三島自身、国家とか組織とかあるいは軍とかの、その上位に個人を置いていたという強烈な事実である。
2017年08月14日
コメント(0)
この頃「オセロ」やっているんですが。これが結構はまります。相手はコンピューターです。付き合ってくれる相手はいませんので。やっぱり、ゲームというのはほどほどにしないと、通勤列車でスマホを離せない人たちのようになってしまいます。自分はあのようになるのが怖いです。それはあたかもウイルスとか未知の生命体に侵された人々のようです。そういう人たちは「対戦相手」という仲間を増やしていくことを考えると、映画でよくあるテーマにそっくりです。怖いです。
2017年08月04日
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1