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ISによる邦人人質事件では、二階俊博氏が、「勝手な行動でみんなに迷惑をかけた」的な発言をしている。これは本来ならマスコミの格好の餌食である。ましてや野党にとっては、絵に描いたような攻撃材料で、これに何の反応もしないのは、打ち合わせができていなければ成し得ない暴挙・快挙・怪挙に違いない。これには絶対、裏がある。
2015年01月31日
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昨年は時間がたつのが早く感じた。やはり自分本来の仕事のパターンに戻したのが、大きかった。楽だった。収入も増えた。それ以前は、自分も世間並みに安定とか求めたのが、しんどい仕事で収入減になっていた。そしてもう一月も終わってしまいそうな勢いである。後何回、後何日、と数えると時間は遅い。それに人を尊敬できなかった。「ああ、こいつ、こういうことを言いたいがためにこんな事をしろと、言ってくるんだな、どうしてもそれが言いたいんだな、もう言わせてやる他無いな(この前はうまく回避したが、言わせてやるほうがこちらも楽かな)」なんてね。底が見えた人間なんて、つい馬鹿にしてしまうよね。でも、そこを離れて自分が何とかやって行けるのか、ということが怖かった。でもそこを逃げてよかった。辞める、逃げる、負ける、それらは十分戦術になる。
2015年01月19日
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初めから映像化を意識しての構成のようにも見えたが、あながちそうとも限らないかと思えてきた。後半、これは教師だからこそ書けた、あるいは教師としての限界とか、子供に向き合うことの難しさや、ある子供を取り巻く過酷な現実に己の力の無さとか焦燥感があったのではないか。その辺り、むしろ淡々と書いている。そこで感情が入りすぎてしまうとおそらく書けなくなってしまうという事を著者自身一番分かっていたのだろう。ちょっとネタバレ気味のところとか、逆にこの表現でいいの、という箇所も無いではないです。また、種明かしを全部やり過ぎという感が無いわけでもありません。が、ベストセラーだけのことはある、と思わせる作品でした。
2015年01月12日
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自分の年賀状は、来た年賀状に返事を書くというスタイル。相手が喪中かどうかとう心配がない。ただし、今にして思うと自分の祖母や父も亡くなったはずだが、こっちからは送ってしまった。そして、もう一つのこだわりが、元日に天保山に登り写真を撮って年賀状を作るというもの。今年は登山自体が夜になったので苦労したが、なんとか間に合った。でも寒かった。それが、この写真。
2015年01月04日
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