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池田信夫彼も「知らなかった」と言い張ったために刑事告発され(ここまで蓮舫と同じ)逮捕された。検察がいちばん嫌うのは「法秩序を公然と無視する被疑者」|田母神被告を保釈、都知事選で公選法違反(JNN))---まるで蓮舫が何かの罪を犯したかのごとき言い方ですが、すでに何度も書いたように、二重国籍であることは違法ではなく、もちろん罰則もありません。一方、経歴詐称は公選法上の違法行為ではあります。しかし、それがどの程度重大なものだったのか。まず、政治家になる以前の発言は、公選法とは関係もありません。それに、政治家になる前もなった後も、大筋で「元々台湾籍から日本国籍を取得して日本人になった」という経歴は公開しており、そこに経歴詐称はありません。その日本国籍を取得した時期を18歳といったり17歳といったり、あるいは日本国籍取得といったり帰化といったり、と発言にぶれがあるのは確かですが、そんなものはどう考えたって枝葉末節の問題に過ぎません。年齢の1歳か2歳の勘違いくらいは、誰にだってありますし、本人が間違えたのかインタビュアーが間違えたのかさえ、定かではありません。結局、公選法に一応触れる可能性があるのは、2004年の選挙公報に経歴として「台湾から帰化」と記載したことだけです。で、帰化と日本国籍取得は異なる手続きではありますが、何しろ大手マスコミですらそこをごっちゃにして、蓮舫が帰化と書き続けたくらいですから、その違いは詐称などと言い得るほどのものではありません。もともとは日本国籍はなかったけれど、後から日本国籍を取った、という基本的な事実に間違いはないんだから。これが公選法違反だというなら、蓮舫が日本に帰化と書き続けた新聞(たとえば産経)もまた、公選法違反ということになります。公選法第235条2当選を得させない目的をもつて公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者に関し虚偽の事項を公にし、又は事実をゆがめて公にした者は、四年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。こんなレベルの間違いを「虚偽」と叫んだら、選挙公報に一字でも誤字脱字があったら虚偽で違法、ということになってしまいます。あまりに馬鹿馬鹿しいことであり、もちろん検察はこんなことで立件はしないでしょう。
2016.09.29
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自民改憲案、撤回拒否 首相、野党に対案促す安倍晋三首相の所信表明演説に対する各党の代表質問が27日、衆院本会議で始まった。首相は、民進党など野党が自民党憲法改正草案の撤回を求めていることに対し「撤回しなければ議論できないとの主張は理解に苦しむ」と拒否した。天皇陛下の生前退位に関しては、政府の有識者会議による提言の前に、与野党に意見を聞く考えを示した。首相は、衆参両院の憲法審査会で議論を再開するよう促したうえで「大切なのは各党がそれぞれの考え方を示すことだ」と指摘。国防軍創設を明記するなど保守色が強い自民党草案への批判には「自らの考えをしっかり提案したうえで議論を戦わせることで、初めて建設的な議論が可能になる」と反論した。(以下略)---自民党は、あくまでも、あの憲法改「正」案を理想像とする、ということです。自民党改憲案憲法第9条を変えることも問題ですが、極めて復古的で、個人の自由を制約する内容です。この間、自民党の色々な政治家が、この改憲案の危険性を薄めようと、いろいろなことをいってきました。高村副総裁は、参院選の前に安倍政権が憲法9条を改正する可能性はゼロだ、などと言っていましたし、合意を得られやすい一部の条項だけを改正する、というような発言も相次いでいます。しかし、それでも自民党の改憲案は取り下げないのだそうです。つまり、当面どのような内容の改憲案が出てこようが、それは自民党の本音ではない、それはあくまでも、あの改憲案を実現するまでの過程に過ぎないのだ、ということです。実際に自民党が憲法改正の発議をするときに、どのような内容の憲法案を出してくるのかは知りませんが、その文面は問題ではありません。あくまでも、その改憲列車の終着駅はあの改憲草案だということを踏まえて賛否を決めるべき、ということです。で、安倍は「大切なのは各党がそれぞれの考え方を示すことだ」と言ったそうです。それはまあ確かにそうです。「憲法を変える必要はない」というのは、立派な考え方ですから、その考え方を雇うにはしっかり提案していただきたい。と、いうところで、党内に護憲派と改憲派が混在する民進党のこれからの態度が問われることになるのは確かです。もっとも、自民党があくまでもあの改憲草案をひっこめない、というのだから話は簡単です。民進党内の改憲派でも、自民党のあの改憲案が望ましいと思う人は、さすがに少ないでしょう(ゼロじゃなさそうだけど)。野田は、本心では改憲派のようですが、少なくとも自民党のあの改憲案か今の憲法か、という二択だったら、今の憲法を取るでしょう。であるなら、「自民党があのような改憲案を最終目標として掲げ続ける限りは、わが党は憲法を変えるべきではないと考える」ということになるのではないでしょうか。
2016.09.28
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公選法改正案 二重国籍禁止、27日に提出日本維新の会は26日、国会議員の二重国籍を禁止するため、外国籍を有する日本国民の衆参両院議員選挙への立候補を認めない公選法改正案を27日に参院に提出すると発表した。民進党の蓮舫代表に台湾籍が残っていた問題を受けた対応。足立康史政調副会長は記者会見で「私は『蓮舫法案』と呼んでいる。国益にのっとって国民の生命と財産を扱う立場にある国会議員には、二重国籍の禁止規定が必要だ」と説明した。このほか、教育無償化法案など10法案を同時提出する。---こんな法案を提出するなんて、維新の会は排外主義政党であると公言しているようなものです。蓮舫は、自分の意思で外国籍を取得したわけではありません。たまたま両親が台湾人と日本人であることから二重国籍になっただけです。本人の意図によってではなく、もって生まれた属性によって他人を攻撃することは差別です。しかも、それによって政治家という職に就くことを法的に禁止しようというのは、差別の法制化に他なりません。そもそも、実効性もありません。何度も指摘したように、日本の国籍法は二重国籍を禁じているわけではありません。自らの意思で外国籍を取得した場合は、日本国籍を失う規定はありますが(それだって、実効性はかなり怪しいですが)、蓮舫のように本人の意思によらず二重国籍になった場合は、日本国籍選択と外国籍放棄の宣言を日本の役所で行えば、外国籍はなくなったものと見なす、ということに過ぎません。本当に外国籍がなくなったかどうかは問われません。本当に外国籍から離脱することは、努力規定に過ぎません。何故そうなのか、理由は様々です。そもそも自国民の国籍離脱を認めない国(例えばブラジル)もあるので、義務を課しても実行不能である例が少なからずある、という点が挙げられるでしょう。国籍法が改正された1984年以前からの二重国籍者は、前述の国籍選択の手続きをしなくても、日本国籍を選択したものと見なす、という規定があります(ペルーのフジモリ元大統領は、この規定に基づく日本国籍所持者)。いわば、本人の意思によらず、勝手に国籍を与えておいて、外国籍から離脱しないのは違法だ、などというのは、論理矛盾とも言えるものです。そして、なにより、本当に外国籍から離脱したかどうかを調査することは、物理的に不可能だ、ということもまた大きな理由でしょう。国籍選択手続きをした人の戸籍謄本を、私は見たことがありませんが、何年何月何日に日本国籍を選択し外国籍を放棄、と記載されるのでしょうか。でも、日本の戸籍にそのような記載があるからといって、外国籍が本当に消えるわけではありません。「誰が二重国籍者か」を抽出すること自体も困難だし、その何割かは外国に住んでいるはずですから、所在を探し当てることも不可能です。それらの条件を考えれば、二重国籍者を物理的に禁止したところで、実効性などまったくないことは明らかなのです。そのように実効性のない、かつ差別的な規制を政治家だけに課す意味があるのでしょうか。「政治家だから」でしょうか?政治家は、公職選挙法によって寄付の制限など一般人には課されない様々な規制がります。でも、それは政治家の「行為」についての規制です。二重国籍は、もって生まれた属性であって、本人の選択ではありません。そもそも、国籍法が改正された1984年の時点でさえ、二重国籍者はすでに大勢いて、「二重国籍を禁じる」なんてことは実質的にはできなかったのです。だから、「日本国籍選択と外国籍放棄の宣言」という国内向けの手続きによって、二重国籍者を日本国籍しかない者とみなす、という方便がとられたわけです。更に時代は流れ、1984年当時より国際結婚の数も、日本国内に住む外国人の数もかなり増えているし、国外に住む日本人もおそらく増えていると思われます。当然、二重国籍者の数も1984年当時より増えているでしょうし、その数は今後も減ることはないでしょう。そういう現状の中で、二重国籍を認めない、などという法改正は時代に逆行するものでしかありません。もっとも、この法案が成立する可能性など、今の時点では万に一つもないでしょうけどね。ただ、今のような世の中の風潮がどんどん進んでいったとき、10年後は果たして、という一抹の不安はあります。
2016.09.27
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前回の続きです。登ってきたのとは反対側の稜線です。宝剣岳から極楽平へのルート。前回書いたように、宝剣岳山頂から浄土乗越に引き返す手もあります。そのほうが、多分距離は短いです。天気が午後まで安定しているなら、引き返して伊那前岳から下山、という選択肢もありました。しかし午後から雨というのではその選択肢は無理っぽいし、「さっきのあの場所をまた通過するのは」というのもありました(二度目は、もう足を置く場所を間違えたりはしないですけど)。そんなこんなで、写真の極楽平方向の稜線を進むことにしました。こちら側も難所続きですが、もう足の置き場を間違えるようなヘマはしなかったので、余裕を持って歩けました。見上げると絶壁のようです。主観的には、浄土乗越から宝剣岳山頂までのあの場所が最大の難所でしたが、客観的にはどうかな、このあたりのほうが厳しいかもしれません。極楽平は目の前。実は高さはほとんど同じなんですね。その間にアップダウンがあるだけで。しかし、極楽平を目前に、岩場で転落して極楽行き、というのはシャレになりません。宝剣岳山頂部を振り返ってみました。なかなか険しいですね。ほぼ垂直の岩場。おそらく、極楽平側から来る場合は、ここがこのルート最大の難所なのではないかと思います。ただ、浄土乗越側から来ると、ここは登りになるので、そんなに困難ではありません。宝剣岳全景。写真の左端は木曽駒ケ岳です。木曽駒ケ岳が大勢の人でにぎわっているのに比べると、さすがに宝剣岳は登山者は格段に少ないです。それでも、結構登山者とすれ違いましたけど。伊那前岳へと続く稜線。極楽平に到着、危険地帯も終了です。ここで、ケーナを何曲か吹きました。風が強まってきて、笛の音も風邪に書き消され気味でしたが。このとき、まだ時間は10時なのです。このまま下山するのはもったいなくて、荷物を置いて稜線上を少し先まで行ってみましたが、再びガスが沸きはじめていて、天気が下り坂ということが改めて確認できたので、結局千畳敷に下りました。極楽平から千畳敷への下りの途中で撮影。9月に入ってから雨続きなので、多分例年ほど紅葉はきれいではないはずです。ややくすんだような印象もあります。が、それでもこの紅葉は壮観です。千畳敷に戻ってきました。まだすぐに雨が降りそうではありません。すぐ帰るのはもったいないので、ロープウェイ駅の前で昼食のカップラーメンを食べながら写真を撮ります。行きに登った浄土乗越への登山道。朝は上のほうがガスで隠れていましたが、この時間は上まで見えます。時刻は11時頃ですが、まだまだ大勢の人が登って行きます。下ってきた極楽平方面も撮影。千畳敷で写真を撮っている間にも、どんどん登山者が帰ってきて、ロープウェイの待ち時間も延びそうだったので、11時半頃帰りのロープウェイに乗りました。駒ヶ根駅まで下って、新宿行きの高速バスに乗ると、3時頃には雨が降り出しました。この時間まで天気が保って、本当にラッキーでした。前回記事にも書いたように、千畳敷から木曽駒ケ岳までの累積標高差が400mあまり、そこから宝剣岳までは、標高差わずかに60m、宝剣岳から極楽平までも多少のアップダウンがありましたが、それをあわせても、累積標高差は500m程度で、体力的にはかなり楽な登山でした。
2016.09.26
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昨日になりますが、夜行日帰りで中央アルプス(木曽山脈)の主峰木曽駒ケ岳と宝剣岳に登ってきました。新宿発駒ヶ根行の最終1本前の高速バス(最終は満席だったので)で駒ヶ根市に向かい、日付が変わった頃到着。飯田線駒ヶ根駅の待合室で仮眠して、朝5時のバスでしらび平に向かいました。しらび平には6時頃着いたのですが、すでにロープウェイを待つ乗客の長い列ができていました。天気はあまりよくなかったのですが、紅葉がちょうど見頃の週末でしたから。それでも、6時半より少し前にはロープウェイの終点、海抜2612mの千畳敷カールに到着しました。が、天気はこんな感じでした。曇りで、稜線上はガスがかかっています。これは展望は期待できそうにありません。ただ、紅葉は一番の盛りを迎えているようでした。とりあえず、雨が降っているわけではないので、登りはじめることにしました。木曽駒は、今年2月にも来ましたが、そのときは猛吹雪で、この斜面を登りきったところ(浄土乗越)でそれ以上前に進めず、撤退したことがあります。そのとき以来の再挑戦です(といっても、積雪期と無雪期では全然違いますけど)。登り始めてすぐ、ロープウェイ駅を振り返ってみました。天気はいまひとつですが、紅葉はなかなかきれいです。千畳敷から浄土乗越までは急勾配ですが、標高差はたいしたことがないので、それほど時間はかかりません。浄土乗越から先は緩い斜面なので、中岳まではあっという間に到着です。しかし、中岳でも天気はご覧のとおり。これは展望はまったく期待できそうにありません。中岳から木曽駒ケ岳までは500mしか離れていません。しかし、完全にガスの中で、中岳から目の前の木曽駒ケ岳がまったく見えません。ところが、中岳から鞍部に下って木曽駒ケ岳に向かって登り返していると、急にガスが切れてきました。急に景色が見え始めました。目の前の中岳が姿を現しました。その向こうの南アルプスも。中岳の右隣の鋭鋒が、このあと登った宝剣岳です。視界は開けましたが、日差しはあいかわらずほとんどありません。(何回か、日差しが出る瞬間がありましたが、すぐに隠れてしまいました)宝剣岳と中岳のアップです。登山計画書には宝剣岳も登ると書きましたが、実のところ、このときはまだ登るかどうかは決めていませんでした。そして、あっという間に木曽駒ケ岳に到着です。千畳敷カールが2612mで、木曽駒ケ岳山頂が2956m、中岳との鞍部からの登り返しを加えても累積標高差は400mあまりしかありません。東京の高尾山(京王線高尾山口から登った場合)と大同小異の標高差しかありませんから、ほとんど疲労を感じるまもなく、あっという間に到着しました。今回、時間をちゃんと記録していなかったのですが、8時になるかならないか、くらいだったのでは。だとすると、1時間半くらいの行程です。(高尾山は高尾山口駅から1時間以内で登れるので、それよりは時間がかかりました。8月下旬からジョギングをサボっていて運動不足なので、脚力はちょっと落ちています)木曽駒山頂から南アルプスの山々を望みます。で、目的の山に登ったので、あとは下山してロープウェイで帰ります-では、味気なさ過ぎます。この時点で考えていたのは、宝剣岳に登る(登山届に書いたプラン)か、あるいは伊那前岳を経てロープウェイを使わずに下山。さて、どちらにしようかなと思ったのですが、予報ではこの日は午後から天気が崩れて雨になると。伊那前岳経由下山のルートは、登山地図のコースタイムで4時間かかります(私は、登りはコースタイムよりかなり速く歩けるけど、下りはさほど速く歩けません)。そうすると、下山する前に雨が降り出してしまうかも知れません。というわけで、宝剣岳を選びました。一応、その予定でヘルメットも持ってきたし。しかし、この宝剣岳が結構な難物でした。体力的には、標高差がほとんどなくて、全然たいしたことはないのですが、技術的な難易度は結構なものでした。技術的な難易度は、昨年登った北アルプス西穂高岳の独標より先と同レベルかな、あるいはそれより上かもしれません。距離が短くて体力的にはずっと楽ですけど。そして、ここです。個人的には、ここがこのルート最大の難所でした。というのは、ここでうっかり足の置き場を間違えてしまい、あやうく進退きわまるところでした。本当に落ちそうになったわけではありませんけど、落ちたら確実に死ぬ場所なので、後でヒヤッとしました。で、それ以降は足の置き場を間違えるようなへまもせず、山頂に到着しました。写真右の岩の上が、宝剣岳の「本当の山頂」で、見ている間にも2人ほどこの上に登っていましたが、私は遠慮しておきました。その左奥に見えるのが中岳、更に左奥が木曽駒ケ岳です。眼下には、千畳敷カールとロープウェイ終点が、案外近くに見えます。標高差300mしかありませんから、目の前です。宝剣岳に向かおうか、伊那前岳経由でロープウェイを使わずに下山しようか、と迷った伊那前岳の稜線です。天気がよければ、宝剣岳から引き返して、この稜線を下山することも十分可能でした。ただ、正直言ってさっきの場所をもう一度通るのは嫌だな、と。木曽駒ケ岳のアップです(右手前は中岳)。この写真でも、山頂付近に大勢の人がいるのが分かります。次回に続きます。
2016.09.25
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首相、キューバ初訪問 経済・対北朝鮮など協議安倍晋三首相は22日午後、日本の首相として初めてキューバを訪問し、ラウル・カストロ国家評議会議長と会談した。両首脳は、医療分野への約12億7千万円の無償資金協力や日本からの投資拡大など経済関係を強化していくことで合意。北朝鮮問題への対応なども話し合った。首相は、兄のフィデル・カストロ前国家評議会議長とも会談した。ラウル氏との会談は、ハバナ市内の国家評議会で行われ、夕食会を含めて3時間以上に及んだ。安倍首相はがん診療などの医療機材を提供するため、約12億7千万円の無償資金協力を申し出て、書面で合意した。昨年4月、岸田文雄外相によるキューバ訪問の際に合意した本格的な無償資金協力の「第1号」となる。首相はキューバの中長期債務1800億円のうち、延滞利子分に当たる1200億円の免除を表明。日本からの投資促進に向けた官民合同会議を11月に東京で開くこと、JICAキューバ事務所の開設なども合意した。首相は、北朝鮮による核実験や弾道ミサイル発射について「従来とは異なるレベルの脅威だ。東アジアの平和と安定は我が国にとって極めて重要な問題だ」と主張。北朝鮮と友好関係にあるキューバに対し国際社会が結束して制裁強化にあたれるよう協力を要請し、拉致問題の早期解決に向けた理解と協力も求めた。ラウル氏は「いかなる紛争であれ、平和的に解決することが重要だ」と応じた。これに先立ち、フィデル氏との会談はフィデル氏の私邸で約70分間行われた。首相は冒頭、フィデル氏の広島訪問を含む過去2回の訪日に触れ、「二国間関係は大きく進展した」と述べた。北朝鮮問題については「厳しく対応する必要がある」と主張。フィデル氏は「キューバでも、広島・長崎の悲劇が広く語られている。両国は核のない世界をつくることで一致している」とした。キューバは昨年7月、米国と54年ぶりに国交を回復し、欧米からの経済協力や民間投資が活発化している。日本政府も、投資や貿易の拡大によりキューバとの関係強化を図る考えだ。ーーー安倍首相大嫌いですが、キューバへの訪問は素晴らしいことです。ただ、オバマがキューバを訪問する前に行っていれば、歴史的訪問と言いたいところでしたけど、結局米国の大統領が訪問してからでないと、行けないんだねえ。やはり米国の属国だから。ま、それは安倍だけの責任ではないでしょうけど。それに、そのことを割り引いてもなお、キューバ訪問は英断です。ラウルだけではなく、フィデルとも会談したんですね。すでに引退から結構な年月が経過しているけれど、まだ元気そうです。それにしても、兄のフィデルにしても、弟のラウルにしても、キューバという小国を国際社会の中で生き残らせていく、その手腕は卓越したものがあります。革命後、米国と対立して、経済封鎖の中、旧ソ連の援助をうけ、その旧ソ連崩壊後の経済危機を乗り越え、21世紀に入ってからはベネズエラのチャベス政権の援助をうけ、チャベスの死後、石油価格の低迷からベネズエラが青息吐息になると、まさかの米国との関係改善、しっかりと生き残り続けています。もっとも、それは現在のラテンアメリカにおいて、キューバと近い左派政権が軒並み苦境にある、ということでもあります。キューバに代わり、ラテンアメリカ左派政権の盟主となったベネズエラは、チャベスの死、その後継者の政治手腕が今ひとつだったこと、それに石油価格の低迷が重なり、もはや政権倒壊の瀬戸際という状況で、とても他国を援助する余裕はありません。ペルー、アルゼンチン、ブラジルでも、相次いで左派政権が下野を余儀なくされました。ボリビアでも、モラレス政権が4期目出馬を可能にする憲法改正案を出したものの否決され、次の大統領選で後継者が当選できるかどうかはともかく。モラレス自身の次期出馬は不可能になりました。政治という振り子は、右に振れたり左に振れたり。残念ながら、左に振れたまま、というわけにはいきません。今は、日本でもラテンアメリカでも、政治の振り子は右に振れていますが、もちろん、右に振れたまま、ということはないし、そうであってはなりません。
2016.09.23
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豊洲の水問題は騒ぎすぎか 検出「ヒ素」はミネラル水レベル東京の豊洲新市場の床下空間にたまった水から、都議会各派などの調べで、微量のヒ素や六価クロム、シアン化合物が検出され、その見方を巡って専門家の間でも議論になっている。「ヒ素検出」「地下水由来か」――共産党都議団が2016年9月16日に青果棟床下の調査結果を発表すると、各メディアにはこんな見出しが躍った。環境基準の1リットル当たり0.01ミリグラムには満たず、0.004ミリグラムに過ぎなかった。しかし、「汚染地下水」という共産党側の見方も報じられ、ネット上では、新市場で生鮮食品を扱うことに不安を訴える声が相次いだ。さらに、都が17日に発表した調査結果でも、環境基準以下のヒ素や六価クロムが検出され、今度は都議会公明党が20日、水産卸売場棟床下から猛毒とされるシアン化合物が検出されたと発表した。それによると、環境基準とほぼ同じ1リットル当たり0.1ミリグラムだった。公明党の調査では、基準以下のヒ素も検出されている。シアンの検出については、専門家の見方が分かれた。朝日新聞の記事によると、都の技術会議元委員で都環境科学研究所の長谷川猛・元所長は、「汚染のないきれいな河川と同レベル」などと答えた。一方、元日本環境学会長の畑明郎氏は、「極めて重大だ」「地中には、より高濃度で残っている可能性がある」と指摘した。~しかし、識者からは、ツイッターなどで騒ぎすぎではないかとの指摘がいくつも出ている元大阪府知事の橋下徹氏は、「もう報道もめちゃくちゃだ」とツイッター上などで不満をぶちまけた。都が揮発性ベンゼンなど有害物質の除去作業はすでに終えたとしていることを指摘し、シアン検出について、「おいおい、環境基準と同程度なら何の問題もないだろ」と疑問を呈した。そして、「そもそも豊洲では地下水の飲用はない。本当は地下水対策は不要なのに、行政の素人の専門家会議が無害化対策を提言したことで大混乱」と書いている。ツイッター上では、共産党側の調査で検出されたヒ素の0.004ミリグラムは、札幌市内の研究機関が調べたミネラルウォーター中のヒ素濃度0.003~0.009ミリグラムと同程度だったことが話題になっている。厚労省のホームページを見ると、水道水も0.01ミリグラム以下と水質基準が示されており、検出ヒ素は、水道水よりも濃度が低いようだ。ただ、公明党側の調査で0.1ミリグラム検出されたシアンについては、ミネラルウォーターの調査では不検出、厚労省の水道水基準では0.01ミリグラム以下とされている。今後、もしたまり水が地下水由来と分かれば、さらなる調査が都に求められる可能性がありそうだ。---騒ぎすぎだと、汚染のないきれいな河川と同レベル、なのだそうです。ならば飲めますよね、多分へんな雑菌はいないと思いますが、念のため煮沸はしてもいいでしょう。しかし、ろ過や中和はせずに、是非飲んでください。あるいはせめて、素肌をその水に漬けてください。そうすれば不安に思っている人たちも納得するでしょう。さあ、どうぞ。実際には、この水は飲めませんし、素肌を漬けることも問題があります。。確かにヒ素や六価クロムは環境基準以下かもしれません。シアン化合物は環境基準を超えていますが、すぐに健康に害のあるレベルではないかもしれません。しかし、それでもこの水を飲めば大きな健康被害が生じます。なぜなら、この水は強アルカリ性だからです。maki5417さんのコメントで私も知りましたが、PH12以上とのことです。そんな水を飲んだら、口腔内やのどは、タダではすみません。飲まなくても、肌に触れれば皮膚が溶けます。多少の量なら、飲んだり触れたりするとただちに命に危険があるわけではないけれど、健康には影響があることは確実です。食物を扱う市場の地下にそんな水がたまっている、という時点で、食に対する安心感を著しく脅かすことは確実です。騒ぎになるのは当たり前のことです。それを「騒ぎ過ぎ」などと揶揄したところで、一度失われた安心感は戻ってきません。
2016.09.22
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自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!私は「健康保険制度」と「年金」をすべて解体すべきだと考えています。それを実行できる政治家がいるのかどうか…結論から言うときっと現れないことでしょう。でも、私は考えています。それが日本を再生させる極めて有効な手段だと。今の日本には「不安」が広がっている、と多く報じられています。本当にそうでしょうか?「不安」なのでしょうか?~日本人は「気づいている」のだと思うのです。「不安」なのではなく「ちゃんと分かってしまった」のではないかと思うのです。ネットの普及によって。もう、年金のシステムなんて、とっくの昔に完全に崩壊していることを。もう、健康保険のシステムが、完全に時代に合わなくなってきていることを。先日、ある「人工透析」を担当しているお医者さんと話をする機会がありました。「はっきり言って大半の患者は自業自得」「患者さん?お金にしか見えないですね」「まー、人工透析を見てると、日本の未来はないってよくわかるwwww」腎機能の低下を招く原因とは一体何なのでしょう?あるお医者さんの話をよく聞くと、「遺伝的な疾患も確かにあります。しかし、私の見立てでは…8~9割ほどの患者さんの場合「自業自得」の食生活と生活習慣が原因と言わざるを得ません」(以下略)---長谷川豊というフリーアナウンサーのブログです。元フジテレビのアナウンサーですが、金銭がらみの不祥事で退職に追い込まれてフリーに転じた人物です。なかなかムチャクチャな発言が並んでいますが、正直なところ、透析患者の大半、かどうかはともかくとして、自業自得の例が少なからずある(おそらくは、実際の比率以上に目立つ)、という話自体は、事実であろうと私も思います。知り合いの医者とも、そんな話をしたことがあります。「暴飲暴食」という言葉があり(長谷川の文章でも使われている)、確かに脂っこいものをはじめとする栄養過多な食生活は様々な成人病の元になりますが、人工透析というレベルに至るのは、結構な割合で「暴飲」つまり飲酒のほうが原因であることが多いのではないか、という気がします。ただ、「自業自得」という言葉を安易に振りかざすことには、非常に大きな問題があるように思います。同じような暴飲暴食を繰り返しても、人工透析になる人ばかりではありません。否、透析にはならない人のほうがずっと多い。そこには、やはり単なる生活習慣の問題だけではなく、体質、内蔵の機能の差がおそらく存在するのです。たとえば、当ブログで何度か言及したことがありますが、中川昭一という政治家がいました。財務大臣在任中に記者会見で泥酔していて、そのことが原因で辞任に追い込まれた人物です。彼は、明らかにアルコール依存症、それも末期的な状態でありました。事実、その8ヵ月後には死亡してしまいました。酒を浴びるほど飲む生活を続けた挙句の急死ですから、これを自業自得と呼ばずしてなんと呼ぶ、と思いますけれど、それでも人工透析にはならなかったようです。そして、中川がアルコール依存に至った原因は、ストレスでしょう。中川に限らず、依存症や暴飲暴食の原因には、ストレスが大きく作用していることは明らかです。それをどこまで「自業自得」と指弾できるかは、なかなか難しいところです。もうひとつ、長谷川は莫大な医療費という側面から「自業自得」の人工透析患者を非難しているようですが、それはどうでしょう。荒れた食生活の挙句に人工透析に至ったような人間が、人工透析になった途端にまじめな人間になれるわけがありません。だからこそ、「自業自得」なんて思われてしまうわけですが、透析になってもなお荒れた食生活を続けていれば、どうなるかは火を見るより明らかですね。死んじゃいます。つまり、人工透析は確かに医療費がかかりますが、その人工透析患者の中では、「自業自得」な人たちは相対的にあまり医療費がかからないのです。そんな人たちはすぐに死んでしまうからです。人工透析を受けつつも5年10年と長生きできるのは、食生活についてある程度自らを律することができる人です。ということは、莫大な医療費を槍玉に挙げて人工透析患者を非難するなら、実は「自業自得ではない人」をこそ槍玉に挙げなければならない、ということになってしまいます。どうやって槍玉に挙げるんでしょうか。透析患者の分際で、つましく食生活を律して長生きなどするから医療費がかかる、暴飲暴食でもして、とっとと死ね - とでも言うのでしょうか。まさかねえ。それに、「自業自得」と指弾されるような行為が、一部の「ろくでなし」だけの占有物であるなどとは考えないほうがよいのです。前述のとおり、似たような過剰飲酒で依存症になっても、人工透析になる人もいればならない人もいる(ならない人のほうが多い)。私は、別に依存症ではありませんが、酔っ払って駅の階段で転んで腰を強打したことがあります。幸い、翌日腰が痛かった、というだけのことで済みましたが、似たような状況で転倒して、脚を骨折した知人がいます。私と知人の差は、運不運でしかない。私は山登りが大好きですが、これまでのところ遭難したことはありません。もし運悪く遭難すれば、自業自得と指弾されることになるのでしょう。そういう意味では、怪我のほとんどは「自業自得」と言えます。風邪だって、自己管理がなってないからだと指弾される場合があります。旅行先で、スポーツやそのほかの「生活のために絶対に必要ではない行為」の中で怪我、病気になったら、それはすべて「自業自得」と言えなくはありません。運動不足で成人病になったら自業自得だが、成人病にならないために運動による怪我や故障も自業自得だ、ということになったら、逃げ道はありません。結局、自業自得ではない病気や怪我ってあるのでしょうか。あるとしても、ごくわずかでしょうね。先天性の障害くらいでしょうか。それも、「産んだ親が悪い」などと言われかねませんが。だいたい、医療が、病気や怪我を治すことよりも、その原因が自業自得でないかどうかを追及することにエネルギーを費やすようになったら、世の中おしまいです。確かに、感情論のレベルで言えば、「自業自得」と思う透析患者はいますが、だからと言って、実費負担させろ、嫌なら殺せというのは、理論にも何もなっていない。実現性もなければ論理性もない暴言に過ぎないのです。相模原の障害者施設の大量殺人者の言い分とどこが違うのか。
2016.09.21
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昨日、戦車登場100周年ということについての記事を書きました。その際に、「1970年代末から80年代前半にかけて、120mm砲を装備するドイツのレオパルド2や米国のM1戦車が開発されると、それ以来30年以上にわたって、もうそれ以上強力な戦車や戦車砲は登場しなくなります」と書きました。レオパルド2やM1戦車は、現在もドイツと米国の主力戦車です。それ以外の国でより最近に開発された戦車はありますが、それらの戦車の主砲の威力や総合的な戦闘力は、それほど大幅に進歩しているわけではありません。が、しかし、よく考えてみると、これは何も戦車に限った話ではないかもしれません。飛行機の分野では、世界最初の飛行機であるライトフライヤー1号は、時速10km(!)、一人のりでした。それが、第1次大戦時(1910年代後半)には、戦闘機は時速200km近い速度になり、第2次大戦当時の戦闘機では、戦争初期で時速500km台、末期では600km台から700kmでした。第二次大戦後ジェット機の時代になると、1947年に始めて音速の壁を破る記録が樹立され(最初の超音速機はジェット機ではなくロケット実験機でしたが)、1950年代にはマッハ2、60年代にはマッハ3を超える戦闘機が開発されました。が、それがマッハ4になりマッハ5になることはありませんでした。それどころか、マッハ3クラスの戦闘機も、後継機が開発されることはなく、ほぼ姿を消しています。旅客機の世界では、1949年に初めてのジェット旅客機コメットが開発されて以降、それ以上の速度工場はほとんどありません。唯一の例外は超音速旅客機コンコルドとTu144ですが、Tu144は営業飛行を行うことなく消え去り、コンコルドも後継機が開発されることはありませんでした。大きさにおいても、1960年代末にB747ジャンボジェットが開発されて以降、長らくそれより巨大な飛行機が開発されることはありませんでした。21世紀に入って、B747を超えるA380という巨人機が開発されたものの、注目の大きさに比べると売れ行きはあまりよくなく、今やいつ生産中止になるか分からない状態です。つまり、飛行機の世界でも、ハード的な性能(速度や輸送力)は1960年代末頃にはすでに上限に達していて、それ以上大きな、あるいは速い飛行機はほとんど開発されなくなっています。ただ、エンジンの燃費がどんどん向上しているので、航続性能は今でも伸びています。が、これもそう遠からず上限に達するでしょう。何しろ地球は1週4万kmですから、どこからどこまで飛ぶにしたって、2万km以上の航続距離は必要ないのですから。(厳密には、飛行コースの制約などから、2万kmより多少多くの航続距離を必要とする場合もあります)船なんか、その傾向が更に著しくて、19世紀末に世界最初の蒸気タービン船タービニア号がたたき出した速度34.5ノット(時速約63.8km)以降、速度に関してはほぼ頭打ちです。40ノットを超える高速艦船も何隻か建造されたものの、燃費そのほかの問題から、現在は小型の水中翼船以外ではそんな高速を発揮する船はないし、水中翼船でも速度はせいぜい40ノット台半ばです。大きさについても、1970年代に史上最大のタンカー、史上最大の空母が建造されて以降、もう40年以上も、軍艦でも商船でも、それ以上大きな船は建造されていません。つまり、乗り物に関しては、「より速く、より大きく」という面の進歩は、少なくとも最近40年程度はもう止まっているわけです。技術的に不可能、ということではなく、経済的に意味がない、あるいは採算が取れない、ということでしょうけれど。今性能向上が続いているのは、ひとつは燃費、もうひとつは、制御するコンピューターの性能(処理能力とOSの技術向上)です。それも、そろそろ限界が近付きつつあるところでしょう。パソコンの性能(CPUの動作周波数、メモリーやストレージの容量)も、15年前と比べれば大幅に進歩している反面、進歩の速度はかなり低下してきているように思います。別に、兵器の技術なんか進歩しなくても一向に構わないです。ただ、民生品も含めて、世界の工業技術の進歩は、明らかに頭打ちになってきているように思います。ただし、これはあくまでもハード面の技術の進歩です。日常生活が便利になったという面の進歩は、現在も進んではいます。新しい技術の恩恵を受ける裾野が広がっていることも事実です。たとえば、前述のように飛行機の進歩は、1960年代末にB747ジャンボ機が登場して以降はほとんど止まっているのですが、それにもかかわらず、飛行機を利用する人の数は日本でも世界でもB747が登場した当時よりはるかに増えており、飛行機の利便性(航空運賃の安さも)も比較にならないほど向上しています。とはいえ、これもいつまで進歩が続くかは、なんともいえないところです。技術の進歩があれば、その後何十年かは、その技術向上の普及と応用で一般消費者にとっての利便性というソフト面の向上は続きますが、それも限界はあるでしょうから。
2016.09.19
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ロンドン中心部に「百年前」の戦車展示第1次大戦中の1916年、英軍が世界で初めて戦車を実戦投入してから100年になるのを記念して、ロンドン中心部のトラファルガー広場で15日、当時の戦車を再現した複製が展示された。英軍は、ドイツ軍との間で第1次大戦最大の激戦となった「ソンムの戦い」で、歩兵を支援したり、塹壕を乗り越えたりするため、開発した最初の戦車「マークI」を使用した。展示は英南部ボービントンにある「戦車博物館」などが企画。マークIを改良し数年後に戦闘で使われた「マークIV」が展示された。突然、観光名所の広場に登場した珍しい「戦車」を外国人観光客らが取り巻いて、熱心に写真を撮っていた。---第2次世界大戦が終わってから、去年で70周年だったわけですが、第一次世界大戦からは約100年が経過しています。したがって、その第1次世界大戦の最中に登場した戦車も、百周年を迎えた、というわけです。戦車、戦闘機をはじめとする軍用飛行機、潜水艦、毒ガス、これらの兵器が初めて戦場に登場したのが、いずれも第1次世界大戦で初登場しています。ということは、これらの兵器も初登場からほぼ100周年ということになります。しかし、まさか毒ガスの登場100周年を好意的に扱うことはできません。戦闘機は何をもって「史上初」の戦闘機とするか、定義があいまいなのではっきりしません。飛行機に銃器を持ち込んで相手の飛行機と撃ち合いをするところから、前方に向けて固定式の機関銃を装備するまでの幅があるからです。潜水艦も、兵器として意味のある実用的な潜水艦の登場は第1次世界大戦だったものの、その原型はもっと古くから存在します。それらに比べて、戦車の場合は、エンジンと無限軌道によって走行し、大砲を装備した戦闘車両と定義すれば、その第1号が引用記事にあるイギリスのマーク1であることは明らかです。同じ技術的基盤から開発されたその他の装甲車両(装甲兵員輸送車や装甲戦闘車、各種自走砲)は、戦車より後に登場しています。引用記事の写真にある戦車は、最初の戦車であるマーク1ではなく、その改良型のマークIVだそうですが、素人目には両者の差はよく分かりません。ひし形の外観で回転砲塔を持たず、左右両側面に2門の主砲を配置するデザインは、両者同じです。そして、この形状は、これ以降の戦車には採用されることはありませんでした。実用面で色々な欠陥があったからでしょう。容易に分かるのは、正面に対して砲を向けにくいことです。そして主砲を複数装備すること(多砲塔戦車)は、第二次大戦直前まではいくつか例があったものの、実用性が低くて消えていきました。そういう意味では、現在に続く戦車のデザインという意味では、戦車第1号は1918年に登場したフランスのルノーFT17だ、とも言えます。ちなみに、最初の戦車であるマークI(マークIVも同じ)の主砲は57mm砲2門でした。それが第2次大戦になると、75mm砲が中心となり、有名なタイガー戦車は88mm砲を装備しました。(一方で、47mm砲でがんばっていたどこかの国の戦車もありますが)戦後も戦車の主砲はどんどん強力になり、1950年代には100mmクラス、60年代には120mmクラスの主砲が装備されるようになりました(冷戦時代、戦車砲の口径は、西側陣営より旧ソ連の戦車のほうが一足先に大口径砲を採用する傾向があった)。しかし、そのまま70年代には140mm、80年代には160mm・・・・・・とは、ならなかったのです。1970年代末から80年代前半にかけて、120mm砲を装備するドイツのレオパルドIIや米国のM1戦車が開発されると、それ以来30年以上にわたって、もうそれ以上強力な戦車や戦車砲は登場しなくなります※。※威力に関しては、口径は同じでも砲身の長さを伸ばしたり、発射薬の改良で、多少の進歩はありました。それ以降現在に至るまで、搭載するコンピュータなどソフト面の性能向上はあっても、戦車砲の威力やエンジンの馬力など、ハード面の性能向上は、もはやほとんどありません。これ以上強力な砲(ということは、必然的に、もっと重い車体ということになる)を搭載する戦車は実用性が乏しい、ということでしょう。先ほど、日本は第2次大戦中、47mm砲という当時としても極めて非力な主砲しか持たない戦車を主力としていたことに触れました。戦闘機や軍艦では、緒戦期の一時期だけとはいえ、日本陸海軍は米英ソ独などに匹敵するか上回る兵器を開発しましたが、戦車に関しては、旧日本軍はまったくダメでした。その理由は様々ですが、もっとも大きいのは、道路や橋梁、戦車を運ぶ輸送船のクレーンの吊り上げ能力などの制約から、日本軍は戦車の重量を15t程度に制限したことです。かのドイツ軍のタイガーII型(キングタイガー)は、重さが70tもあって、現在に至るまで、量産された戦車としては史上最も重い戦車でした。現在最も重い戦車は、やはりドイツのレオパルド2で約60tあります。一方エンジンの馬力はタイガーIIが700馬力、レオパルド2は1500馬力ですから、タイガー戦車は現在の戦車より重い車体を半分の馬力で動かしていたわけです。戦場で敵に撃破された戦車より、戦場に着く前に動けなくなって放棄された戦車のほうがはるかに多かった、というのもうなづける話です。ところで、日本でも戦前の89式中戦車というものが陸上自衛隊によって復元されています。さすがに、太平洋戦争時にはすでに旧式化して生産終了していましたが、1937年ノモンハン事件の際には主力戦車でした。旧ソ連のBT戦車には歯が立たず、大損害を受けて早々に撤退しています。どうみたって、対戦車戦闘などまったく念頭においていないような短い主砲、いかにも装甲が薄くて軽そうな車体、下手すると、正面装甲以外なら重機関銃でも貫通できるんじゃないか、と思えます。どう見たって敵の戦車と戦って勝てるような代物ではありません。ただ、世界初の戦車マークIの登場が1916年で、この89式が1929年ですから、13年後には国産化しているんですね。マークIにしても89式にしても、今の戦車から見ればおもちゃのような代物ではありますが、生身の人間から見れば、凶暴な「戦う車」であることには違いありません。
2016.09.18
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豊洲市場 地下水に微量のヒ素・六価クロム 環境基準下回る豊洲市場の土壌の汚染対策をめぐる問題で、東京都は、盛り土が行われていなかった市場の建物の地下にたまった水について調査した結果を発表しました。検査項目とした7種類の有害物質のうち、ベンゼンやシアンなど5種類は検出されなかった一方で、環境基準を下回る微量のヒ素と六価クロムが含まれていたことがわかりました。豊洲市場の土壌汚染対策をめぐっては、東京都が専門家の提言に反して建物の地下には盛り土をしていなかったことが明らかになり、主要な建物の地下に設けられた空洞には水がたまっています。東京都は今月13日に水を採取し、豊洲市場で過去に検出された有害物質を検査項目として成分を調べた結果を17日、発表しました。それによりますと、検査項目とした7種類の有害物質のうち、ベンゼンやシアン化合物、鉛、水銀、それにカドミウムの5種類は検出されませんでした。一方で、環境基準を下回り、基準の1割から3割程度の微量のヒ素と六価クロムが含まれていたことがわかりました。この結果について、都の担当者は「結果については問題ないと考えている。ただ、今後開かれる専門家会議で指摘などを受ければ、追加の調査を検討する」と話しています。(以下略)---豊洲という土地柄自体は、高級マンションの林立し、多くの人が住んでいる場所であり、「豊洲が」危険というわけではないことに注意が必要です。多くのマンションや商業施設が林立している地域と、新市場は少し離れた場所です。地図で確認する限り、豊洲新市場は「ゆりかもめ」で豊洲駅から2駅、1km以上離れています。この場所は、元々東京ガスの工場跡地だったとのことで(そういえば、入ったことはないけれど、近くにガスの科学館という施設もある)、その当時の汚染物質が土壌中に残っていることが問題となっているわけです。私は、先の都知事選では小池知事には票を投じなかったし、彼女の政治的立ち位置にも賛同はしかねますが、これまで、いわば既成事実化でなあなあに進行してきた、豊洲新市場をめぐる深刻な問題を大きくクローズアップさせた功績は、認めざるを得ないだろうと思います。引用記事によると、地下に溜まっていた水に含まれる有害物質は環境基準を下回るとか。しかし、だから問題ない、とはいえないように私は思います。そもそも、それがどういう水であるにしても、オープン前の新築の時点で地下に水が溜まっている建物ってどうなの?と思います。まともな状態ではないでしょう。たとえば新築のマンションを買うとして、「地下室には水が溜まっています、でも危険な水ではありません、居室も上階だから問題ないでしょう」と言われて、買う気になるでしょうか。そして、その水には微量ながら有害物質が含まれている。「有害だが微量(環境基準以下)」と見るか、「微量だが有害」と見るかは見解が分かれるかもしれません。しかしそもそも、最初から汚染された水が流入してきた可能性はどう考えても低く、土壌が汚染されているために、そこに流れ込んできた水が汚染されたと考えるほうが自然です。とすると、汚染源である地下の土壌汚染はどの程度か、ということも懸念されます。それに、ことは食に関わる問題です。人々の口に入るものについては、それ以外のものよりも多くの人が敏感になるものです。このコップには便を入れました。捨てて、洗剤でよく洗いました、もう清潔ですから飲み物をいれました、さあ飲んでください、と言われても、もう平常心では飲めない人が多いでしょう。緊急時、飢餓の時代なら別ですが、平時にお金を払ってそんなものを飲みたい人は、そう多くはありません。正直なところを言うと、私自身は、そういうのに対してどちらかというと無頓着なほう(原発には反対ですが、ごくわずかの放射能を極度には気にしません)なのですが、それもあくまでも程度問題だし、選択肢があるなら、わざわざ積極的に汚染されている(かも知れない)方は選びません。他にどうしても場所がないならともかく、豊洲の東京ガス工場跡でなければならない必然性もよく分かりません。(もちろん、今となっては「もう建設してしまった」という既成事実が最大の必然性なのでしょうが)いずれにしても、食に関わる問題で、「口に入れて大丈夫かなあ」という印象を与えてしまったことは、商業施設としてはもはや致命的と考えざるを得ません。ここまでに投じられてきた費用をどうするのか、という問題はありますが、もはや移転は凍結するしかないのかも知れません。
2016.09.17
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高速炉実現に新工程表…もんじゅ廃炉へ調整日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」のあり方について、政府は廃炉も視野に月内にも判断する方向で最終調整に入った。もんじゅの再稼働には巨額の追加支出が必要なため、政府は国民の理解が得られないと判断した。核燃料資源を有効利用する「核燃料サイクル政策」は堅持し、研究開発は続ける。今後、高速炉実用化のロードマップ(工程表)を作成、サイクル政策を実現する道筋を明確にする方針だ。複数の政府関係者が明らかにした。26日召集の臨時国会では、各党から政府の対応を示すよう求められるとみられ、首相官邸を中心に調整を急ぐ。1兆円超の事業費が投じられたもんじゅは、1995年にナトリウム漏れ事故が起きて以降、ほとんど運転していない。トラブルはその後も続き、原子力規制委員会は昨年11月、所管の文部科学省に対し、機構に代わる組織を探すよう勧告したが、受け皿探しは難航している。---さすがに、もんじゅは廃炉以外の選択肢があるはずがなく、当然の決断がやっと下ることになりそうです。とはいえ、よく見ると、「核燃料サイクル政策」は堅持し、研究開発は続けるとあるのですが、つまり「もんじゅ」はあきらめても核燃料サイクルはあきらめない、ということでしょうか。ということは、六ヶ所村の再処理工場はあきらめない、ということなのでしょうか。そして更に、こんなことは想像したくありませんが、「もんじゅは廃炉にして、新しい高速増殖炉を」なんてことはないでしょうね。いや、まさかいくらなんでもされはないとは思うのですが、そんなことになったら、焼け太り以外の何物でもありません。「夢の核燃料サイクル」は、どう考えても実現しそうにありませんが、それでも未だにそれに固執し続けるのは、使用済み核燃料を「再利用できる資源だ」ということにしておかないと、その保管を受け入れる先がなくなってしまうことが理由のひとつでしょう。でも、もうひとつ、核兵器開発の条件整備のひとつ、という側面も否定はできないように思います。ともかく、あまりに危険すぎる高速増殖炉には、断固としてNoを突きつけなくてはなりません。
2016.09.15
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蓮舫氏の台湾籍 「二重国籍」への認識が甘い国会議員が自らの国籍を正確に把握できていないとは、あまりにお粗末と言うほかない。民進党の蓮舫代表代行が記者会見し、台湾籍を保有していたことを認めた。台湾は父親の出身地だ。蓮舫氏はこれまで、1985年1月に日本国籍を取得した際、台湾籍を放棄した、と説明してきた。党代表選への出馬後、二重保有ではないかとの指摘を受けて、台湾側に確認し、判明したという。結果的に、30年超も不正常な状態を放置してきたことになる。蓮舫氏は「私の記憶の不正確さによって様々な混乱を招いた」と陳謝し、改めて放棄手続きを進めるというが、遅きに失した対応だ。日本政府は「二重国籍」を認めていない。国籍法で、原則22歳までに、自らの国籍を選択しなければならない、と定めている。外国籍保有者が国会議員になることを排除する規定はないが、外交官への採用は禁止されている。外交・安全保障などの国益を担う国会議員が、自身の国籍を曖昧にしておくことは論外である。蓮舫氏は、17歳当時、台湾の大使館に当たる台北駐日経済文化代表処で行ったとされる放棄手続きの完了を確認しなかった。2004年参院選の出馬時にも、その作業を怠った。政治家として認識が甘く、資質が問われよう。台湾は親日的とはいえ、尖閣諸島の領有権を主張するなど、日本の立場と相反する問題もある。台湾籍があれば、台湾との関係であらぬ疑念を招きかねない。(以下略)---蓮舫が、台湾籍が残ったままの二重国籍であったことを認めたそうです。当ブログで何度も指摘したことですが、二重国籍であることに何の問題も、違法性もありません。上記読売新聞の社説は事実認識に誤りだらけで、読むに耐えないものです。引用文中に日本政府は「二重国籍」を認めていない。国籍法で、原則22歳までに、自らの国籍を選択しなければならない、と定めている。とありますが、この文章は極めて誤解を招きやすいものです。確かに、日本政府は二重国籍を認めないというタテマエを取っています。そして、原則22歳までに、自らの国籍を選択しなければならないのも事実です。しかし、国籍法の実際の規定は、国籍選択の手続きを行えば、実際には外国籍が放棄されていなくても、日本の国籍法上の取り扱いとしては二重国籍ではなくなったものとみなしますよ、というものに過ぎません。二重国籍を認めないのではなく、二重国籍ではないことにする、というだけの話です。そして、蓮舫はこの国籍選択の手続きは行っています。法に定められて義務は履行しています。だから、日本の国籍法上は「外国籍は放棄して日本国籍だけになった」のです。本当に台湾籍から離脱したかどうかは、関係ない。国籍法第16条には、一応は日本国籍を選択した二重国籍者に対して、実際に外国籍から離脱することを求める規定はあります。しかし、これは義務規定ではなく努力規定に過ぎず、実際の運用においても、法務省は外国籍からの離脱を求めていません。つまり、これはせいぜい、日本政府としては二重国籍はあまり好ましいとは思っていない、という以上のものではない、ということです。法が理想とするものとは外れるかもしれないけれど、法に触れる、反する、ということはまったくない、ということです。日本の国籍法が二重国籍を認めないのは、以下の3つのいずれかに相当する場合だけです。1自己の志望で外国籍を取得するか、二重国籍者が外国籍を選択した場合(第11条)2二重国籍を持つ者が20歳までに日本国籍選択の宣言をしなかった場合(第15条3)3二重国籍者が、外国の公務員に就任して、その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反する場合(第16条2 ただし、「できる」規定)蓮舫は、父親が台湾人だっただけ※で、自分の意思で外国籍を取得したわけではないので、1には該当しません。1984年に国籍法が改正され、母親が日本人である蓮舫は日本国籍を取得して二重国籍になりましたが、その直後に日本国籍を選択する宣言を行っているので、2にも当たりません。蓮舫が外国の公務員に就任した、とは聞いたことがないので、3にも当たりません。※そもそも、日本の植民地であった台湾に生まれた蓮舫の父親は、元々は日本国籍を持っていたはずです。したがって、蓮舫の「二重国籍」は、法的にも道義的にも、なんら問題のないことであり、また(本当は二重国籍であったとしても)日本国籍しかない、というのは、日本の国籍法上の規定に基づけば、正しい表現ということになります。ただし、ここまで説明が二転三転したことは、政治家としての力量面でどうなのか、という疑問は残ります。このような質問は徹頭徹尾無視するか、または最初から上記のような国籍法の規定を調べた上で、台湾籍はあります、その何が問題でしょうか、あるいは、これから放棄の手続きを行います、等の態度を首尾一貫して取り続ければよかったのではないか、とは思います。本人に非のあることでなくても、火の粉が飛んでくる、ということは誰にでもあることで、政治家ならなおさらでしょう。それに対する火消し策としては、いささか拙劣だったようには思います。もっとも、一連の騒動は、一部ネット上で騒ぎになっているだけで、民進党内は案外冷静なようです。蓮舫氏、代表選へ影響は限定的か 「リスク要因」の声も民進党代表選が15日に迫る中、蓮舫代表代行が「私の台湾籍が残っていた」として謝罪する事態になった。発言が二転三転したためで、優位に立つ蓮舫氏が新代表に就任した後の対応を不安視する声もあがるが、代表選そのものへの影響は限定的だ。(以下略)---二重国籍が明らかになる前から一部では投票が始まっていた、という事情は割り引かなくてはならないにしても、大筋において民進党内では、蓮舫が二重国籍であっても党首に推す声が強いようです。先の投稿でも書きましたが、私は二重国籍問題は別にして、蓮舫の主張を支持するものではありません。辺野古移設問題だけに限定すれば、蓮舫より前原のほうがよい、とさえ言えます。(ただし、前原が政権トップに就いたとき、本当にそれを実行するか、という点にはいささか疑念もありますが)とはいえ、蓮舫に二重国籍があるから党首にするのはやめました、というのでは、全国に50万以上とも60万以上とも言われる二重国籍者の人権を、民進党が自ら否定するに等しいことになりますから、この「騒動」にも関わらず代表戦は蓮舫優勢、というのは当然のことであろうと私は思います。
2016.09.14
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蓮舫氏「辺野古移設堅持を」=普天間めぐり討論-民進代表選民進党代表選の3候補は11日、さいたま市内のホテルで開かれた公開討論会に臨んだ。米軍普天間飛行場を同県名護市辺野古沿岸部に移設する現行計画について、蓮舫代表代行が堅持する立場を示したのに対し、前原誠司元外相と玉木雄一郎国対副委員長は見直しを主張した。選挙戦を優位に進める蓮舫氏は討論会で、現行の移設計画は旧民主党政権が米側と確認した内容であることを踏まえ、「結論は基本として守るべきだ。どんなに米国と話をしても選択肢は限られてくる。基軸はぶれるものではない。それが外交の基本戦術だ」と訴えた。 これに対し、前原氏は「辺野古以外で、本当に日米で合意できる場所がないか、違う案をしっかり議論すべきだ」と表明。玉木氏も「民進党になったので、沖縄政策は大胆に見直して米国としっかり対話すべきだ」として、民主党政権時代の結論に拘束されるべきではないとの見解を示した。---「二重国籍」問題なるものでは蓮舫断固擁護ですが、この主張は、まったくいただけない。地元である沖縄県では、辺野古移設反対派が知事選、県議選、衆院選参院選、いずれでも勝っています。地元が断固拒否している辺野古への移設が、そもそもどうして実現できるのか。それを強行するというほうが、実現性のある話ではないでしょう。そして、なぜか蓮舫が辺野古移設堅持で、従来は親米派、保守派とされた前原※が移設見直しを主張するという逆転現象が生じています。※もっとも、私の認識では、前原はいわゆるリバタリアンであり、安全保障面で親米派ではあるものの、政治的価値観は保守派ではない(なかった)、と思いますけど前原は、私自身は未読ですが、岩波書店の「世界」での対談記事で、かなり社民主義的な主張をしていることから、「左旋回している」との評があるようです。確かに、共産党との共闘を最初は「シロアリ」と罵倒していたけれど、その後の衆院補選では、共産党の小池晃と同じ街宣車の壇上に並んで応援演説を行ったりしており、現在は共産党との共闘を、少なくとも全面否定ではないようです。もっとも、「言うだけ番長」とも言われるので、仮に代表になって、当面その可能性はないけれど、もし民進党が政権に付いた場合、果たしてどうかという一抹の不安もありますけれど。「違う案をしっかり議論したけど、やっぱり辺野古しかありませんでした」となる可能性も、十分にあります。このような状況だと、蓮舫より前原のほうがいい?ただ、いずれにしても、情勢は蓮舫有利のようです。そのまま代表になって、辺野古移設堅持を主張し続けるとすると、これでは民進党は相変わらず沖縄での支持は皆無、という状態が続くことになりそうです。確か、沖縄では旧民主党の一般党員は2人しかいないと、何かで読んだ記憶がありますが。(真偽のほどは未確認です)
2016.09.12
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あまり無事ではなかったかも、ですが、キラ・ウィルカ9曲+カンチャ・ニャンとの合同で2曲の合計11曲、演奏してきました。最初の2曲ほどは、正直言ってピンチでしたが、後半に行くにしたがって尻上がりに調子が戻ってきました。というわけで、6曲目と8曲目、「フク」と「ハチャ・マリュク(偉大なるコンドル)」の2曲をYouTubeにアップしました。当ブログ常連のBill McCreary さんにもお越しいただきました。ありがとうございました。16年まえまでは、新宿にあったとあるライブハウスで、毎月、1回3ステージ21曲(+アンコール1曲)の演奏をしていたこともあるのですが、もはや毎月ライブなんて、絶対無理。そして1回に20曲も演奏したら死んでしまいます(笑)。
2016.09.11
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引きこもり推計54万人 人数減少の一方で長期化増加内閣府が行った、いわゆる「引きこもり」についてのアンケート調査によりますと、全国で「引きこもり」の人は推計でおよそ54万人と、前回、5年前の調査より減る一方、引きこもりが長期化する人が増えていることがわかりました。この調査は、内閣府が去年12月に、全国の15歳から39歳までの男女5000人を対象にアンケート形式で行ったもので、62.3%に当たる3115人から回答を得ました。調査では、「ふだんどのくらい外出するか」という質問に対し、「自室からほとんど出ない」や「趣味の用事のときだけ外出する」などと答えた人のうち、病気の人などを除いた人を広い意味での「引きこもり」と定義しています。調査結果によりますと、回答者の中で「引きこもり」に当たる人の割合は1.57%で、このうち男性が63.3%を占めています。内閣府は、調査を基に推計すると、全国で「引きこもり」の人は54万1000人と見ていて、前回、5年前の調査より15万5000人減りました。一方、「引きこもり」になってからの期間については、「7年以上」と答えた人が前回のおよそ2倍の34.7%に上りました。内閣府は、「人数的には改善があったように思われるが、長期間引きこもりが続いている人への専門的な取り組みが必要で、訪問支援などの充実を図りたい」としています。---このニュース、私は自宅で購読している毎日新聞の紙の紙面で読みました。ただ、検索しても毎日新聞の記事は引っかかってこなかったので、NHKの記事を引用しましたが、毎日新聞の分析では、この54万人という数字自体が過小評価であろうということです。なぜなら、調査対象が39歳までに限定されているからです。前回2010年の調査では(今回の調査ではなお一層その傾向が強まっていますが)、引きこもりが一番多かった年代は35歳から39歳だったそうです。2010年の時点での年齢で、です。今は、当然40歳を越えています。その人たちが、みんな引きこもりではなくなったのでしょうか?そんなわけないですよね。その相当部分が、今も引きこもりを続けている蓋然性が高い。とすれば、調査範囲を40歳以上まで拡大すれば、引きこもりの人数は確実に増えるはずです。加えて、調査手法はアンケートだそうです。回答者3115人のうち1.57%が引きこもりで、その比率から全国に54万人とはじき出しています。問題は、アンケートの回答率が62.3%であることです。残りの37.7%の中に、引きこもりは多いのか少ないのかによって、推計値は変わるはずです。実際のところはどうでしょう。日中は学校や仕事に行っているから連絡が取れずに回答がない、ということならよいのですが、どうも私には、無回答の37.7%の中にこそ、深刻な引きこもりが隠れているんじゃないかって気がするのです。それらの要素を加味すると、実際の引きこもりは54万人よりもっと多い可能性が高いように思えます。実際のところ、どの程度以上を引きこもりとするか、という定義によって数値は変わるものの、日本の引きこもりの人数は150万とも300万とも言われます。それに比べると54万人は相当控えめな推計です。もっとも、これらの条件は前回調査でも同じでしょうから、「前回調査よりは多少減った」という傾向は事実なのかもしれません。いずれにしても、引きこもりは全国に大変な人数がいるわけです。しかも、その期間が7年以上という人が全体の1/3以上にもなります。30台で7年以上引きこもりを続けている人のその後の人生を考えた場合、極めてシビアであろうことは想像に難くありません。その年齢までに仕事のまともな経験を持っていなかったら、もはやその後の人生で正規雇用は絶望的だろうし、正規だろうが非正規だろうが、他人の信頼を得られるような仕事ができるかといったら、絶望的と思わざるを得ません。今は親の援助で生きていても、親の亡き後は?仕事もできない、年金もほとんど加入していないで40代、50代、60代、さてどうなるでしょうか。絶望的です。そのとき、引きこもりの人たちが生活保護などの福祉的施策だけに頼るとどうなるでしょうか。現在の生活保護受給者数は、163万世帯214万人です。そこに150万人とか300万人という数字が加わったら、大変なことになってしまうでしょう。何とか、引きこもりの状態を脱して自分の力で収入を得られるようにしていかないと、それは絵空事ではなくなるかもしれません。正直に言って私も、自分の子どもが果たしてそうならないかどうか、不安を覚えることはあります。今の時点(中学生)では、何とか大丈夫そうですが、結構揺れ動いている年頃でもあるし、先も絶対大丈夫、なんて自信はありません。とはいえ、実際に引きこもり状態を脱して自立的な生活を送れるようになるため、有効な対策ってどんなものがあるのでしょうね。なかなか解決が難しい気もします。
2016.09.08
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蓮舫氏の“国籍問題”で新たな問題か?日本の政治家として資質に疑問民進党代表選(15日投開票)で深刻な問題が浮上している。出馬した蓮舫代表代行に、日本国籍と台湾籍とのいわゆる「二重国籍」でないかとの指摘があり、その疑問が完全に解消されないのだ。蓮舫氏は「台湾籍は抜いた」と説明しているが、その時期は不明確。~蓮舫氏は「ガラスの天井を破る」として、女性初の首相を目指している。「国籍単一」の原則を持つ国のトップとして、外国籍を持つか否かは根源的な資質の問題だ。---この「問題」については、前にも記事を書きましたが、 蓮舫の主義主張のすべてに賛同というわけではありませんし、7月の参院選でも票は入れませんでした。でも、二重国籍の何が問題なのか、私には理解できません。人は生まれてくる両親も国籍も選ぶことはできません。彼女は、旧国籍法の時代に生まれたので、出生の時点では外国籍しかなかったけれど、母親が日本国籍なので、1984年の国籍法改正によって、自動的に日本国籍を得て、二重国籍になったわけです。そこに本人の選択の余地はありません。この世の誰も、自分で自分の生まれを決められる人などいない、それと同じことです。しかし、その後彼女は自分の意思で日本国籍を選択をしています。日本国籍と台湾(中国)国籍どちらを選ぶことも可能な中で、あえて日本人を選択したのです。日本で生まれ育ち、台湾語を話すこともできないので、実質的には他の選択肢はなかったかも知れませんが、そういった実利も含めて、日本を愛しているから日本を選んだのでしょう。ひょっとしたら、日本国籍を「選択」する機会などない大半の日本人より、その意識は強いかも知れません。ともかく、重要なことは、彼女が二重国籍という属性になったことについて、彼女自身の選択の余地は皆無ということです。本人の選択権のない属性を攻撃するのは、差別です。「国籍単一の原則を持つ国のトップとして、外国籍を持つか否かは根源的な資質の問題だ。」と、産経新聞はほざいているます。日本国の国会議員だから、日本国籍の有無が根源的な資質の問題、というなら分かります。それに、去年日本国籍になったばかりです、と言われたら、それはどうかと思います(蓮舫は当然日本国籍を、30年以上前から持っている)。でも、外国籍を持っていないかどうかが、何故根源的な資質の問題になるのか、私にはまったく理解できません。そういう言い方をするなら、「平和憲法を持つ国のトップとして、今の憲法を守る意志を持つかどうかは根源的な資質の問題だ」と、私は思います。何と言っても憲法は国の根幹となる、もっとも重要な法律ですから。もっとも、それでも、憲法を変えようとする人間が日本のトップにいるのが現実で、それが選挙の結果なんだから、仕方がありません。それに対して、日本の国籍制度は、実質的には二重国籍を容認しているに等しい状態で、国籍法16条はほぼ空文化しています。そのような空文化した規定に合致するか否か(それも、本人の選択によってではなく生まれによってそうなっただけなのに)が、何で根源的な資質の問題などになるのか。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。要するに、排外主義の一形態ということです。
2016.09.06
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自衛戦争さえ認めぬ男性3割、女性5割超…こんな状況で自衛隊が第1列島線を守り切ることができようか?戦後、日本の安全はアメリカが守ってきた。どこから見ても極めて奇妙な他国依存の安全保障環境を日本国民は空気のように当然視してきた。しかし、アメリカは中国の尋常ならざる軍拡に対応すべく国防戦略を根本的に見直している。結果、日本は核兵器を除く分野で国土防衛のほとんど全てを自力で行わなければならなくなっている。戦後初めての局面だ。この大変化に対応できなければ日本は生き残れないが、わが国はまだ対応できていない。これでどうして日本国と国民を守り切れるのか。政府中枢の、とりわけ国防の責任者は眠れぬ夜を過ごしているのではないかとさえ思う。~戦争回避のために必要だと、彼らが考える防衛装備と人員を整え、防衛予算を倍増する程の大規模改革を急ぐときだ。---相変わらずの人が相変わらずの中国脅威論を叫んでいます。確かに、米国が国防戦略を根本的に見直しているのは事実でしょう。要するに、もう世界の警察官を気取るだけの経済力が米国にはない、ということです。ただし、どのように見直しているかが問題です。要するに簡単に言えば、中国とは対立関係ではなく、商売相手として仲良くしていきたい、ということです。はっきりいってしまえば、米国にとって中国と対決しなければならない理由は、今はないということです。ところが、米国の一の子分である日本は、そんな米国の変化に対応できず、いまだに中国とことを構えようとしている。それも、米国の力をアテにして。中国とこれ以上ことを荒立てるのはやめてくれ、どうしてもやるなら、自分の力でやれ、米国の力に頼るんじゃない、というところでしょう。日本が米国の変化に対応できていないというのは、むしろ、反中国を叫んでいる人たちの認識じゃないかと思います。日中のGDPが逆転したのはたった5年前ですが、すでにその差は2倍にもなっています。経済的な面でも、今となっては中国との関係がなかったら成り立たない状況です。それにも関わらず、未だに中国のほうが経済的に格下だった時代の感覚で中国とけんかをするのは、まさしく日本を危うくする道としか思えません。「防衛予算を倍増する程の大規模改革」あまりに嗤っちゃうので、この部分だけ引用してみました。言うのは気楽でいいですが、その財源はどこから沸いてくるんでしょうか。消費税を10%じゃ足らずに20%くらいに上げるんでしょうか。それとも赤字国債でしょうか。現実性のない話であることおびただしい、というしかないでしょう。
2016.09.05
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先日、弦楽器の糸巻きについての記事を書いた際、Bill McCrearyさんから、「フォルクローレには、ベースは無用なんでしょうか?」という質問をいただきました。無用どころか、近年はベースを使うフォルクローレグループはものすごく増えています。今日一般に「フォルクローレ」と呼ばれている音楽は、イメージとしては「アンデスの伝承音楽」と思われがちですが、実際のところは、伝承音楽のエッセンスを使って、比較的近年に完成された音楽です。民族音楽ではなく民族音楽風、と言ったほうが正確かもしれません。コンフント・スタイルと呼ばれる4~7人編成のフォルクローレに使われる楽器は、通常は笛(ケーナとサンポーニャ)、クラシックギター、チャランゴ、ボンボ(太鼓)で、あとはマンドリンやロンロコ(大型のチャランゴ)が加わる場合もありますが、そもそもこういうスタイルの編成が確立されたのはそれほど古い時代の話ではなく、1960年代頃のことです。だから、元々それほど長い伝統のある音楽ではありません。ロックなどの音楽でエレキベースとエレキギターが担う役割は、上記のような編成のフォルクローレの場合、チャランゴとクラシックギターが担うことになります。だから、フォルクローレのギターでは、低音を強調するストローク、またベースラインを弾く奏法が多用されます。私は、ギターはさして上手くもないのですが、低音をでかい音量で弾くことだけは得意だったりします。ただ、どうがんばってもクラシックギターはクラシックギターですから、音量や音の太さではベースにはかないません。そのため、近年はボリビアを中心に、多くのフォルクローレグループが、エレキベースを取り入れています。どのグループが初めてフォルクローレにエレキベースを使い始めたのかは知りません。ただ、私の知る範囲では、チリのビクトル・ハラが1971年に発表したEl derecho de vivir en paz(邦題「平和に生きる権利」)で、ロックグループとの競演でエレキベース(やエレキギター)を取り入れています。平和に生きる権利そのビクトル・ハラと活動をともにしていた、チリのキラパジュンというグループも、1975年に発表したマレンベという曲で、ベースを使っています。もっとも、どちらの例も、いわゆるアンデスのフォルクローレではありませんが。マレンベ(カリブの音楽をベースにしています)上記のyouTubeの映像は1986年のものですが、このときには、すでに他の(カリブではない曲調の音楽でも)エレキベースをかなり取り入れています。それに比べると、ボリビアのグループは、エレキベースを取り込むのはかなり遅かったようです。が、90年代末か21世紀はじめ以降は、エレキベース入りの演奏が一般化しています。おそらく、ボリビアでもっとも初期からベースや電子楽器を取り入れたのは、このグループだと思います。カラマルカいつ頃から活動しているのかは知らないのですが、少なくとも1990年代以前から演奏しており、その初期からエレキベースやシンセサイザーを多用していました。現在では、古くから活躍しているグループも、少なからずエレキベースを取り入れるようになっています。たとえば、ボリビア史上最大の人気グループ、カルカスの場合おそらく1989年の来日公演の際の演奏エレキベースは入っていません。同じ曲の最近の演奏(動画の前半)エレキベースとドラムセットが入っていますアワテイーニャス演奏時期ははっきり分かりませんが、20年以上前のもの(曲名の記載がありませんが「タイピカラ」という曲です)ベースは入っていません。同じ曲の2015年の演奏ロス・マシス(1970年代から活躍する老舗グループ)2013年の演奏のようです。やはりベースとドラムセットが入っています。ベースはエレキデハナクセミアコースティックのようですが。でも、すべてのグループがエレキベースを入れるようになったかというと、必ずしもそうではありません。やっぱり電子楽器なしで演奏を続けるグループも、今でも少なからずあるし、また同じグループでもそのときの状況や曲次第でベースを入れたり入れなかったり、ということもあるようです。わたしの個人的な好みでいうと、フォルクローレにエレキベースが入っているのは、少なくとも嫌いではありません。十分に許容範囲です。シンセサイザーもそうです。ただ、自分が演奏するときにベースやシンセサイザーがほしいかというと、必ずしもそうではありませんが。それに対して、フォルクローレにドラムセットを入れるのは、正直なところ許容範囲を若干外れるかな。もちろん、それは純然たる好みの問題であって、音楽的な良し悪しの問題ではありませんが。
2016.09.04
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蓮舫代表代行インタビュー(3)--出身の台湾と日本との「二重国籍」でないかとの報道がある。帰化していると思うが…「帰化じゃなくて国籍取得です」--過去の国籍を放棄し忘れているのではないかという指摘だ「ごめんなさい、それ分かんない。それを読んでいないから」--国籍法が改正されて、22歳までは日本国籍があるけども、そこで選択を迫られ、残った国籍は速やかに放棄しなければいけないという規定がある。それをしているかどうかという記事が出ている。首相を目指すのであれば、仮に台湾籍があるならば、ネックになると思うが「質問の意味が分からないけど、私は日本人です」--台湾籍はないということでいいのか「すいません、質問の意味が分かりません」---いやー、私も質問の意味がさっぱり分かりません。ただ、質問の意図は分かる。何でもいいからアラ探しをしたい、ということでしょう。だいたい、「帰化」と「国籍選択」を混同しています。二重国籍者が日本国籍を選択する手続きのことを「帰化」とは言いません。それについては、以前に、蓮舫の国籍については記事を書いたことがあります。ここにも、根拠なきネットデマを鵜呑みにする馬鹿がいたで、産経新聞の言う「二重国籍でないかとの報道」なるものの出所は、このサイトらしいです。蓮舫にまさかの二重国籍疑惑蓮舫の国籍問題について、あらためて、整理しておきたい。蓮舫の父親は台湾出身の貿易商、母親は日本人で、日本生まれだ。当時の国籍法では、父親の単独国籍となったうえで希望すれば帰化することになっていたので、中華民国籍の謝蓮舫として育った。ところが1984年に国籍法が改正され、蓮舫のように母親が日本人だと、日本国籍を与えられて、22歳までに選択できることになった。蓮舫は日本国籍を選択する手続きを法務局にしたようだ。ただ、この選択の時には、もう一方の国籍を放棄するように努めるようにと法律でされて、窓口ですみやかに手続きを取るように指導されるが、確認はされないのである。どうして、一時的にせよ二重国籍が認められるかというと、男性の場合には兵役を果たさないと離脱を認めないなど国籍離脱に制限のある国もあるからだ。しかし、女性の蓮舫にとってこれが理由になるとは思えない。いずれにせよ、法的には日本国籍選択後、たとえば数週間とかのうちに中華民国の国籍を放棄することが求められているわけだが、現実には面倒くさいか、あるいは、何か二重国籍のメリットがあるから放置している人もありうる。~また、どこかの国民であることは、義務もともなうわけで、日本国の利益以外に従うべきものがあることになるし、それは、日本国のように緩やかなものとは限らない。まして、いま、尖閣問題で日本は中国や台湾と向かいあっている。そのときに、自衛隊最高司令官がどっちの味方か分からないのでは困るのである。そもそも、生まれながらの日本人でなく、少なくとも18歳まで中華民国人謝蓮舫として育った人をなにも首相候補たる野党第一党の代表にするベキでないと考えるのが世界の常識だ。(要旨)---まあ、馬鹿馬鹿しい話と言うしかありません。問題の、「選択の時には、もう一方の国籍を放棄するように努めるようにと法律でされて」という規定は、国籍法第16条の規定のことをいっているのでしょう。第16条 選択の宣言をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければならない。「努めなければならない」であって、「離脱しなければならない」ではありません。義務ではなく努力規定であって、罰則もない。外国籍離脱を義務付けない理由は、引用記事にあるように、国籍離脱を認めない国もあるから、というのも大きな理由のひとつでしょうが、おそらくそれが理由のすべてではないと思います。もうひとつの理由は、おそらく、在外日本人(特に南北アメリカの日系人)の日本国籍を保護するためだろうと思います。改正国籍法の施行日である1985年1月1日以前から二重国籍だった人は、国籍選択をしないと、自動的に日本国籍を選択したものとみなされます(附則第3条)。この規定によって、南北アメリカの日系人は、何の手続きもしなくても自動的に日本国籍を選択したとみなされることになりました。だけど、外国籍放棄を義務化したのでは、この規定を無意味にさせてしまいます。現に外国で生まれて生活している二重国籍者に、その国の国籍を放棄しろと言っても、できるわけがないですから。いずれにしても、日本国籍を選択した二重国籍者を、国内法の建前上は「日本国籍しか持っていない人」とみなしつつ、実質的には二重国籍を容認しているのです。実際のところ、日本国籍を選択したからといって、外国籍を積極的に放棄する手続きを行う人は、ほとんどいないでしょう。(ただし、自分で意図しなくても、日本国籍を選択すると自動的に国籍を剥奪する国はあります)そもそも、法務省のサイトの「国籍選択について」の案内を読んでも、日本国籍選択後は外国籍を放棄しなさい、とも、放棄の努力をしてください、とすら書かれてはいません。※つまり、この規定は完全に空文化している、ということです。※訂正と追記 その後、よく調べたところ、別ページのフローチャート図に日本国籍の選択宣言→国籍選択の義務は履行したことになる→外国国籍を喪失していない場合は、外国国籍の離脱の努力という表記があります。一応は、放棄の努力についての言及はありましたので、この点は訂正します。ただし、これを誰がどう読んだって、日本の役所で国籍選択の宣言をするところまでが義務なのであって、外国国籍離脱は義務ではないことは明白です。同じく国籍法第16条の2項には、こんな規定もあります。2 法務大臣は、選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失つていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であつても就任することができる職を除く。)に就任した場合において、その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反すると認めるときは、その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる。 ペルー元大統領のフジモリは、日本とペルーの二重国籍者です。彼が初当選した際に、出生時に国籍留保届けが出されている、つまり日本国籍を持っていることを、当時の外務省は調査して確認していたそうです。ただし、その後国籍離脱の手続きがなされていないかどうかの最終確認は、フジモリが日本に「亡命」(?)してきたときに行ったそうですが。後で国籍離脱なんてまずありえないので、それは最後の念押しに過ぎません。つまり、日本政府はフジモリが大統領に当選した時点で、彼に日本国籍があることを99.9%の確度で掴んでいたのです。およそ、外国の大統領ほど「その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反する」公務員の職が他にあるでしょうか。それでも、フジモリの国籍喪失の宣告はしませんでした。フジモリは、「亡命」中に日本で、国民新党から参院選に出馬(落選)しました。外国の大統領を努めた人が日本で参院選に出馬というのはびっくり仰天ですが、それを批判する論調はほとんどなかったように記憶しています。八幡和郎は批判したのでしょうか?寡聞にして聞きませんけど。という次第で、この第16条第2項もまた、空文化しているのです。結局、第16条の規定全体が、無意味なものになっているのです。このような化石化した、しかも元々努力規定でしかないものにしがみついて、それに違反していると特定の個人を攻撃するのは、誹謗中傷の類ですらあろうと私は思います。上記八幡和郎の文中には(長いので引用は略しましたが)かつて年金問題では加盟していない期間が短期あると言うだけで政治家として不適格といわれたものだ。という記述もあります。年金未納は軽い問題だが外国籍未離脱は重大だとこの人は思っているようです。私は、どちらもさほど重大な問題とは思いません。しかし、それでも比較するならば年金未納のほうが重大な問題でしょう。なぜなら、日本国籍を選択したことが外国籍を離脱するのは、「努めなければならない」という努力規定に過ぎませんが、国民年金の納付は義務規定だからです。第88条 被保険者は、保険料を納付しなければならない。2 世帯主は、その世帯に属する被保険者の保険料を連帯して納付する義務を負う。3 配偶者の一方は、被保険者たる他方の保険料を連帯して納付する義務を負う。 実際、年金機構は「国民年金加入は国民の義務」と盛んに宣伝していますし、高額所得者なのに未納の場合は督促状の発行や差押も行っています。単なる努力規定を破るのと、義務規定を破るのでは、重大性は義務規定を破るほうがより重いのは当然でしょう。それに、自分自身の将来の年金受給権にも関わってくる話ですし。罰則のない努力規定といえば、たとえば憲法27条の定める勤労の義務があります。「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。」と憲法は規定しています。では、無職期間がある人、現に無職の人は「憲法違反だから政治家の資格がない」のでしょうか?と言えば、八幡和郎の言い分がどれだけトンデモか分かるでしょう。その他にも、とんでもない記述が続きます。尖閣問題で日本は中国や台湾と向かいあっている。そのときに、自衛隊最高司令官がどっちの味方か分からないのでは困る国籍がある=その国の味方をする、というのはあまりに単細胞的な見方です。太平洋戦争中の米国の日系人強制収容と同じ理屈です。生まれながらの日本人でなく、少なくとも18歳まで中華民国人謝蓮舫として育った人をなにも首相候補たる野党第一党の代表にするベキでないと考えるのが世界の常識だ。蓮舫はそもそも日本生まれだし、生まれた時点での国籍は、本人が選択できるものではありません。「どっちの味方か分からない」も同様だけど、本人に選択権のないものを攻撃するのは、極めて質の低い差別です。しかも、彼女は日本国籍を自ら主体的に選択したのですから、むしろ日本が好きなのでしょう。それに対してこういう言い方は、排外主義丸出しで、下劣に過ぎます。それに、前述のフジモリをはじめ、重国籍者の大統領、首相、政治指導者の例は外国でも散見されます。もちろん、どこの国にも、重国籍者は政治家の資格がない、などと攻撃する輩がいるようです。トランプは、共和党内のライバルであったテッド・クルーズがカナダ生まれでカナダとの二重国籍であることを盛んに攻撃したようですが、八幡和郎もトランプの同類でしょうね。村田蓮舫という本名があるのに、頑として村田姓を使わないし、子供にも中国人らしい名前しか付けなかった華人意識のかたまりもうほとんど八つ当たりに近い揚げ足取りでしょう。芸能人としての蓮舫という芸名(いや、本名だけど)のほうがはるかに知名度が高い以上、そちらを政治活動にも使用するのはよくある話です。横山ノック、森田健作、そのまんま東(当選後は本名に変えたけど、宮崎県知事選中は芸名で戦った)、不破哲三、扇千景、コロムビアトップ、西川きよし、アントニオ猪木・・・・・・掃いて捨てるほど例があります。「子供にも中国人らしい名前しか付けなかった」とか、だから何なの?という話でしょう。個人攻撃にしてもあまりに低劣です。
2016.09.03
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